凶極刀はネフェルの手の中で不吉な風を纏っている。
「刀がワニみたいに口を開いたと思ったら不意討ちをかましてくるなんて随分ぶっとい神経してるのね、ネフェル。それとも刀があなたにそうさせてるのかしら?」
シレジアの腕の袖が裂かれ覗く素肌は赤く染まっている。
凶極刀がカタカタと音を立てる。
『シレジア・ミルビッチ――正統なるおぞましき女の血を引く怪物。ヒッヒッヒ、聖女と対をなす者と相見えるとはこれは一体何の因果か?』
「ワタシを怪物と呼ぶなんて、あなた中々いいセンスしてるじゃない。本気でへし折ってやる甲斐があるわ」
『穢らわしい女だ。我を見ても怖じ気つかんとは……』
ネフェルが金切り声を上げた。乱れた髪が一本一本意思を持つかのようにくねくねと動いている。
「うぅぅぅ……シレジア……私が超えるべき存在」
「あなた、まだそんな事に執着してるの?いい加減目を覚ましなさい。弱音ばっか吐いて自分の力で困難を乗り越えようとしない女がワタシの実力を超えるなんてありえない。夢見る女は夢に囚われてればいいのよ」
凶極刀の切っ先がシレジアに向く。
『何を言う?人という生き物は夢に生き、追い求め、囚われる生き物。ネフェルティアは夢に忠実に向き合おうとしているのだ。貴様はその邪魔立てをしようと言うのか?』
「刀が綺麗事を言うなんて世も末ね。あなたがネフェルに何を吹き込んだかは知らないけど、ネフェルがあなたの力を求めているようにはワタシは思えないわ。正直に答えなさい。だってあなたが求めているのは力じゃないんでしょ?」
「私が……私が求めているのは……うわぁぁぁ」
『小賢しい!我が主をたぶらかそうとは腹黒い女め!』
「ワタシが話してるのはネフェルよ!あんたは黙ってな!」
『グッ……』
シレジアの気迫に押され沈黙する凶極刀。その姿はなんとも情けない。
「私は……たい」
か細い声で答えるネフェル。しかし、その声はシレジアに届いていない。
「私は知りたいんだ」
「あなたのしたいことをすればいいじゃない」
「でも怖いんだ」
「一人になるのが怖いんでしょ?ならあなたのチームがあるじゃない。帰るべき場所に帰りなさい」
「一人には慣れてる。でも今は一人じゃない」
「何が言いたいのかワタシにはサッパリだわ」
「アルマダに入って私は気づかされたんだ。誰かに頼られることが、必要とされることがこんなにも嬉しいだなんて感じたことはなかった。今まで経験したことのない感情が込み上げてきたんだ」
「そう」
「だから怖いんだ。みんなの期待に応えられなかったらどうしよう?みんなに嫌われたら見捨てられるかもしれない……」
「バッカじゃないの」
「えっ?」
「あなたっていつも自分を中心に世界が回ってると思ってるの?アルマダのお姫様にでもなったつもり?悩めるヒロインを気取ってみんなに好かれてハッピーな気分を満喫したいってことね」
「そんな……私はそんな生半可な気持ちで――」
「いい?人って自分の居場所がないと頑張れない生き物。役目を与えてくれないと努力できない生き物なのよ。でもそんなのって誰かが与えてくれるわけでも、授けてくれるわけでもない。要するに自分から求めないと相手は応えてくれない。教官のあなたなら一番よくわかってるんじゃない?」
「自分から求める?そんなことしたら優柔不断だとか身分不相応だとか罵られて肩身が狭くなるだけじゃないか!」
「自分勝手かどうかはあなたが決めることじゃない。あなたを信頼してくれる人が決めることよ」
「私を信頼してくれる人なんて……」
「今、頭に思い浮かんだ人があなたを優柔不断だ、身分不相応だと罵倒したことがあるのかしら?」
「ない!あるわけないじゃないか!」
「ならその人のために頑張ればいいじゃない。信じてくれる人がいれば他の人間の顔色なんて気にならないわよ。だって陰口を叩くような人間の評価なんて当てにならないもの」
「そうか。やっとわかったよ。私の本当の気持ちが」
「ワタシは聞かないわよ」
「知りたいんだ……知りたいんだ!ラーシュの本当の気持ちが」
沈黙を続けていた凶極刀が障気を放つ。ネフェルの右腕が黒い霧に覆われていく。
「う……うわぁぁぁ!?」
『終末の聖女と原初の魔女の馴れ合いは目に余る。虚無の聖域が限りなく近くに存在すれば繰り返される因果もまた然り』
「魔女ってワタシのことかしら?怪物、魔女って呼ぶのだから女の扱いが下手くそみたいね。まるでどこかのサムライみたい」
『ヒッヒッヒ、我はラーシュ・ダスティヒと星を異にして一つの魂の拠り所を持つ。なればランブリング・リードは時幻世界へと我々を導く一筋の光』
「時幻世界?それがランバーと何の関係があるっていうの?」
『時幻世界はこの星と別次元の星から独立した世界。星々からの干渉を受け続けたことにより、歴史が歪曲され時間の流れに綻びが生じ、星と星との間に独立した異空間が生まれた。それこそが時幻世界』
「な、なんですって!?ランバーはその世界から来たっていうの!?」
『話には続きがある。我はこの星に存在する刀に導かれたのだ。そしてその刀は歴史を修正する力を秘めている。その力を抹消すれば時幻世界は独自の未来へと歩を進め、星と星とは別々の歴史を歩むことができるのだ』
「ランバーにはちゃんと帰るべき場所があるってことね」
『顔色一つ変えぬとは、さすがは原初の魔女の血を引く者。話の分かる女だ。なれば我の僕となりて――』
「ランバーはワタシの右腕よ。あなたに協力する気なんてさらさらないし、拾った捨て犬を売り飛ばす飼い主がどこにいるっていうのよ!」
『なに!?歴史の歪曲を許容すると言うのか!?この星の未来まで変えることになるかもしれんのだぞ!?』
「あなたにとって時間なんて途方もないことかもしれないけど、ワタシたちには一秒も無駄にできる時間なんてないのよ。今を生きることで精一杯。あなたに協力して時間をドブに捨てるぐらないなら人生を振り返る時間に当てるわ」
『小癪な怪物め!人の子として生まれてきたことを後悔するぞ!』
「もうとっくに後悔してるわよ。あなたに会わなければランバーの記憶が戻らなくても良かったと思えたのに――」
ブレーダーの音が近づいてくる。槍を突き出したラーシュが黒い霧を振り払った。
「はぁ……はぁ……」
シレジアは息を切らすラーシュの胸ぐらをつかんだ。
「おい、
「許可なく構内に立ち入ったことに関しては如何なる処罰も受け入れる」
「こっちはあんたのチームのゴタゴタに巻き飲まれてるのよ。痴話喧嘩ならよそでやってほしいわ。それにあなた、どこで道草食ってたのよ?番犬にでも出くわしたのかしら?」
シレジアのあてこすりに背筋が伸びるラーシュ。
「申し訳ない。ネフェルのことで頭が一杯だった故、身支度に時間を割き過ぎてしまった。それと今の私は無免許ではない」
「身支度ってあなた、服はヨレヨレだわ耳から血が出てるわブレーダーは欠けてるわ、そんなんでネフェル相手に戦えるのかしら?」
「私の相手はネフェルではない。貴様だ――凶極刀!」