『ラーシュ・ダスティヒ、やっと我に魂を委ねる気になったか』
「貴様、ネフェルに取り憑いて何を企てようとしている?ネフェルを陥れるというのなら刀身ごと叩き割る!」
『ラーシュ・ダスティヒ、よく聴け。我々は同じ魂を共有する者。お前の育ての親、即ち命知らずの騎士たちがこの世界に堕ちた時、お前の命もまた救われることになったのだ』
「なに……!?」
『お前は生まれながれにして海に捨てられ小さな灯火は地上から消えるはずだった。本来の歴史ならばお前は命を落としていたのだ。しかし、偶然この世界に堕ちた育ての親が産声に導かれ崖下に流れ着いた赤ん坊を拾い上げることになったのだ。その赤ん坊こそがラーシュ・ダスティヒ』
「父上と母上はこの世界の人間ではないのか!?」
「どういうこと?サムライの両親もランバーも時幻世界から来たっていうの?」
『命知らずの二人は時幻世界とはまた別の異次元からやってきた時の輪を乱す存在。崩壊しかけていた並行世界を救い、星々の秩序と調和を成し遂げた
「父上と母上は何故この世界に?」
『命知らず騎士は本来の時間軸から逸脱した魂そのもの。即ち存在すら許されなかった者たちの魂が集まることによって形成された世界がこの世界とはまた別に存在し、その世界の過去を修正するために命知らずの騎士たちが歴史を書き換えたのだ』
「歴史を書き換えたがためにランバーはワタシたちの世界に飛ばされたってこと?」
凶極刀はシレジアの問いに沈黙する。しばらくすると答えを返した。
『ランブリング・リードはお前が持っている刀に導かれ、この世界に飛ばされたのだ。その刀こそが歴史を書き換える諸悪の根源。我と対をなす慚愧の塊』
ラーシュは腰に差している三日月刀を見つめた。
『我の使命は時幻世界の過去と未来を改変しようとするお前の持つ呪われし刀を抹消すること。その刀を我に寄越せ!さもなくばネフェルティアは虚無の聖域で自らの行いを永久に悔やむことになろう』
「私はネフェルに伝えねばならぬ。私の想いを伝えねばならぬのだ。魔刀がネフェルを連れ去ると言うのなら全身全霊を持って貴様の野望を打ち砕くのみ!」
『ヒッヒッヒ、片耳が聞こえぬ深傷の刀使いなど我の相手ではないわ!』
「なにゆえ耳が聞こえぬことを知っている?」
ラーシュはふとマブライの言葉を思い出した。
「もしやヒャッコ先生殿が仰っていたのは貴様のことか?本部全体に高度な術がかけられていると――」
シレジアがラーシュに突っかかる。労るのかと思いきや、またも胸ぐらを掴んだ。
「あなた耳が聞こえないの!?どうしたらそんなことになるのよ!?バカなの?」
「会長殿、細かい話はネフェルを解放してからにしてもらいたい。今回ばかりは私一人ではどうにもならぬ。なれば会長殿の力をお借りしたい。
「フン、まあいいわ。二対一でネフェルをボッコボコにするってのも痛快よね。いいわよ、全力であのうっとしい長髪をバッサリ切り落としてやるわ」
「待って頂きたい。我々の相手はネフェルではなく――」
シレジアは有無を言わせずネフェルに飛びかかった。
ネフェルの周囲の霧が濃くなる。
「いくわよ!――
シレジアのマントが風を受け広がった。マントの内側から氷のナイフが生まれ、次々とネフェルに降りかかる。
霧の中では何が起きているのかわからない。
凶極刀がさらに視界を悪化させた。その場にいる人間に、まるで蜃気楼が起きているかのような錯覚に陥らせる。
ネフェルはブレーダーを発進させ、シレジアの腰を斬りつけた。
『これが我の真の力――
「なっ、何が起こったっていうの!?」
『ヒッヒッヒ』
黒い霧が凶極刀の周りに渦巻く。ネフェルの姿は糸で操られた人形のようだ。
「ネフェル、私の声を聞いてくれ」
「……」
「闘技祭で会長殿に使った技を覚えているか?」
「あ……」
ネフェルの口と指が微かに動いた。
「火に覆われた砂を巻き上げ相手の動きを封じる技。本部に残り日々習得のため、二人で励んだことは私にとって忘れることのできない大切な思い出となった。ネフェルの不断の努力によってなし得た私との絆の証だ。思い出せ、ネフェルティア!」
ネフェルは機械のような動きで凶極刀を構える。
「ラーシュと私の証……
火を含んだ砂粒が凶極刀によって巻き上げられラーシュにまとわりつく。シレジアは火の粉がかかったマントを翻した。
「グッ……」
「敵に発破をかけてどうすんのよ?ネフェルをなまくら刀から解放する策があるんでしょ?」
「ある」
「ならさっさと教えなさいよ!あなたが協力しろって言ったんでしょ!」
「もう少しだけ待って頂きたい」
二人が諍いをしている間にネフェルはまた元の調子に戻ってしまった。
「先ほどのネフェルの一振り。やはり完全に魔刀に取り込まれているわけではないようだ」
「そうかもしれないわね。でも取り込まれる前に手を打たなきゃ見境なく襲ってくるわよ」
「なれば次の一手で魔刀をネフェルの手の中から弾き出す!」
「そんな芸当があなたにできるっていうの?」
「わからぬ。だが迷ってる場合ではない」
黒い霧が濃くなり始めた。
「ネフェル、もう少しの辛抱だ。我慢してくれ」
ラーシュは槍を置き、ケイコとパドンの意に反して三日月刀を抜いた。
ネフェルの澱んだ瞳が揺らぐ。
「
ラーシュの腹部の傷が赤く発光しブレーダーが火を吹いた。爆発的な加速力を得たブレーダーは火花を撒き散らしながら凶極刀に接近する。刀の仄かな光を頼りに黒い霧に飛び込んだ。
紅き閃光が常闇を払う。
「うわぁぁぁッ!?」
ネフェルの悲鳴が地面を揺らす。黒い霧から凶極刀が姿を見せると苦痛にもがき始めた。
「凶極刀は弾き出せなかった上にあの女の肩、外れたみたいね。まさに泣きっ面に蜂ってとこかしら?」
「ぬぅ、石の力を用いてもネフェルを解放できぬとは……」
「あなた、気づいてたのね。闘技祭の時かしら?化然石での治療の後遺症で力を発現できるようになった。後遺症というよりは思わぬ副産物ってとこね」
ラーシュは足首に隠していた小刀を取り出す。
「小刀は私のお守りとして父上と母上が授けて下さった家族の証。誰かを救う力や困難を乗り越えるような特別な技を使えるような代物ではないが、私は守り刀に誓ったのだ。例え小刀一本であったとしてもネフェルを守り抜くと」
「それって……
ネフェルの表情が緩んだ。ラーシュが一歩足を運ぶが、凶極刀が障気で行く手を阻む。
「黒い霧がネフェルを苦しめているのか。障気をどうにかせねばネフェルに届かぬ」
三人の上空には昼間にも関わらず薄暗い雲が広がる。凶極刀はケラケラと笑い続けた。