アルマダ・ブレーダーズ   作:公私混同侍

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シレジアの流儀

『まだ我に忠誠を誓う気にはならんか』

 

ネフェルは戦っていた。己の心の弱さにつけ入る魔物と。そして凶極刀を払い除けようと懸命に腕を押さえつけた。

 

「くぅ……お前みたいな人を利用することでしか存在意義を見出だせない刀なんかに私は屈しない!」

 

ネフェルは肩の激痛に耐えながら抗い続ける。ラーシュは救いの手を差し伸べるべく近寄ろうとするが障気が邪魔をする。見かねたシレジアが化然石を発動した。

 

「肩が脱臼してるってわりに勇ましいわね。うるうるしちゃうわ。いいわよ、ワタシが手伝ってあげるわ」

 

「シレジア……?」

 

ネフェルの頭上に一羽の小鳥が羽ばたく。

 

「ご覧なさい、ネフェル。これがワタシのオリジナルよ。天空に羽ばたく鳥たち心を奪われなさい――颯昇(そうしょう)波鳥(はちょう)

 

シレジアの手のひらから氷の鳥たちが一斉に飛び立つ。目を奪われるような優雅な舞にラーシュは思わず指を差し出した。指先で留まる小鳥が羽の毛繕いをしている。

 

『おのれ、鳥の大群で視界を奪い動きを封じるつもりか!?』

 

「なにぼさっとしてるのよ!ワタシの時間稼ぎを無駄にするつもり?」

 

ラーシュは慌てて槍を拾い穂先を凶極刀に向けた。勢いよく発射された穂先は四つの鉤爪となり、足の止まったネフェルの腕を捉える。

しかし、ラーシュに放電させる意思はなかった。

 

「何してんのよ!?ワタシに恥をかかせた時みたいにあの女を痺れさせなさいよ!」

 

「できぬ。ネフェルが意識を失っては私の声が届かなくなってしまう」

 

「じゃあどうすんのよ!このまま睨み合ってても埒が明かないじゃない!」

 

『ヒッヒッヒ、お前らの頭脳では動きを封じるまでの力量しか持ち合わせていないようだ。さすれば更なる現実を突きつけてやろうぞ!』

 

凶極刀は障気で本部全体を包み込んだ。黒い霧が空との境目を曖昧にし暗黒の空間を生み出す。時間という概念そのものを覆し特異な地形が三人の前に広がる。

 

「こ、これは!?」

 

「どうなってのよ!?これって闘技祭の会場じゃない!?」

 

『ヒッヒッヒ、ネフェルティアの記憶を呼び起こしたのだ。心に深い傷を刻み込まれた、あの日をな』

 

「なに……?」

 

「意味がわからないわ。闘技祭自体がネフェルの心に深い傷を負わせたってこと?」

 

『そこまではわからん。しかし、お前の存在がネフェルティアを心の闇に閉じ込めた事実に変わりはない』

 

「私がネフェルを……?」

 

「しっかりしなさい。これはあくまでネフェルの記憶よ。目に映るものが全部、真実とは限らないわ」

 

『ヒッヒッヒ』

 

「確かに腰を据えて周囲を観察してみれば不自然な点が散見される。昼間が夜になり満月まで顔を出している。時系列も会場の細かい部分も完全に再現されてるとは言い難い」

 

「まるでネフェルの夢の中にいるようね、ワタシたち」

 

『さあ、我が主よ。憎むべき相手は目の前におる。奴に現実を教えてやるのだ!』

 

「い、嫌っ!助けて……ラーシュ」

 

ネフェルは凶極刀の霧に取り込まれてしまう。近づくことも動くこともできないラーシュは必死に刀で霧を払うが、状況は何一つ改善しない。

本部一勝ち気なシレジアも軽口を叩く余裕はなかった。

 

「無免許侍には申し訳ないけど、ネフェルを止めるには最悪死んでもらうことになるかもしれないわね」

 

「待って頂きたい!まだネフェルの心は生きている!」

 

「この状況でまだそんな減らず口が叩けるわけ?あの女の目を見てみなさいよ!愛する人に絶望して、自分を信じきれず、人生の負け犬みたいな瞳をしているじゃない」

 

「可能性は残されているはず。希望はあるはずだ、きっとどこかに」

 

ラーシュは満月に問いかけるように刀を強く握った。我慢の限界に達したシレジアが二個の青の化然石をネフェルに向けた。

 

「希望なんて最初からなかったのよ。これで全てを終わらせてあげる――瀑竜斂舞(ばくりゅうれんぶ)!」

 

会場を覆い尽くすほど膨れ上がった水の竜はラーシュごと巻き込み、津波のような高波がネフェルに覆い被さる。

 

『水攻めで障気を打ち消す魂胆か。だが、無意味だ!』

 

凶極刀は高波を振り払う。水流は分断されネフェルを避けていく。更にもう一振りすると刃が水を吸収し水位が下がっていく。

ラーシュは荒れ狂う濁流の中、意識を保ち続け耐え抜いた。

 

「ゲホッゲホッ……ハァ……ハァ……」

 

「瀑竜斂舞が効かないなんてどうしてよ!」

 

現実を受け入れらないシレジアは氷の化然石を取り出し、ネフェルの背後を取る。

 

「これであなたを確実に氷漬けにする!――天命神授の活殺自在(プロスクリプティオ)

 

シレジアは白い息をネフェルの顔に吹き掛けた。凶極刀が主を守ろうと腕を出す。

 

「かかったわね!」

 

凶極刀の刃がみるみる氷に覆われていく。粉雪が積もったような白い膜に包まれ腕は侵食された。

 

『な、なんだこれは!?』

 

「ワタシの息に触れると氷の彫刻になるおまじないをかけたのよ」

 

『原初の魔女め、かくなる上は――』

 

「ネフェルに火を出させて解かす気ね。やらせるわけないじゃない!そのまま腕を切り落とさせてもらうわ!出血は最小限に抑えてあげるから安心しなさい!」

 

シレジアは氷の短剣で容赦なくネフェルの腕を切り落とした。

 

『ヒッヒッヒ』

 

凶極刀の不気味な笑い声が木霊する。猛烈な風が吹き抜けるとネフェルの体は液状となり跡形もなく消えてしまった。

 

「こ、これって……!」

 

シレジアの胸が赤く染まる。

 

「会長殿!?」

 

ラーシュの声に振り向くとネフェルが長剣を突き刺していた。

 

「嘘よ……こんなことが……」

 

長剣を引き抜くとシレジアは血を吐き動かなくなった。

 

「まさか、まさか会長殿が……!?」

 

『まさか水の分身に命を取られるとは思いもしなかっただろうな。ヒッヒッヒ』

 

ラーシュはシレジアが遺した氷の短剣を見つめる。

 

『お前を護る盾はなくなった。魂と器を捧げる意思を固めるには十分過ぎるぐらいであろう』

 

「フッ」

 

『何がおかしい?』

 

ラーシュはシレジアの元に歩み寄ると背中に手を置いた。

 

「会長殿は最期までネフェルを手にかけようとしなかった。それが何故か貴様にわかるか?」

 

『愚問だ。原初の魔女は自らの驕りゆえ終末の聖女に命を奪われたのだ』

 

「違うな。会長殿は最期までネフェルの心に問いかけ続けていたのだ。自信と誇りを取り戻せと」

 

『自信と誇りだと?そんなもの我が持つ人智を超えた恐怖と圧倒的な支配力でねじ伏せられる!』

 

「貴様の思い通りになると思うな。会長殿は自らの信念を貫いてネフェルと向き合ったのだ。ならば私も後に続かねばならない」

 

『同じ轍を踏むことになるぞ?ヒッヒッヒ――』

 

「黙れ!」

 

『!?』

 

「今の私ならネフェルがどんなに苦しく辛く悲しい思いをしてきたのか、手に取るように分かる」

 

『それが何だというのだ?』

 

ラーシュは三日月刀を満月の光に照らし祈り始めた。

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