ネフェルはエディンソン・カンパニーの高層ビルで行われる予定のオークション会場に出向いていた。
肩までかかる長い黒髪をなびかせる。颯爽とした佇まいが一際、オークション関係者の目を引く。
中央本部から送られた一枚の写真には、武士とも騎士とも言えないのような男が写っている。
「古風な格好をしているが、こんな綺麗な瞳を持つ人も世の中にはいるのか……」
ネフェルはブレーダーの免許を持っているが、中央本部の役員でもなければチームにすら所属していない。無所属の彼女のポリシーは中央本部から依頼された仕事を忠実にこなすことだ。
今回の依頼は写真に写っている人物の警護。
写真をポケットにしまうとネフェルの携帯が鳴った。
『もしもーし?フェルちゃん、順調?』
「なんだ、レインか。順調もなにも現場に着いたばかりなんだ。用がないなら切るよ」
電話の相手は中央本部役員の一人、レイン・カウンティ。趣味は思いつきであだ名つけること。突き抜けた明るさが彼女の取り柄だ。
『そういえばターゲットの特徴、教えてなかったよね~?写真の後ろに適当に書いてあるから確認よろしくー!』
「それは駄目だよレイン。個人情報は丁重に扱えって免許を取るときに教わらなかった?それに以前も狂犬に捲し立てられてたの、私が知らないとでも思った?」
『あちゃー……ワンちゃんに躾られてた場面を見られていたとは。ウーン、レインちゃんはうっかりさん?』
「叱られているうちが花なんだから――」
『おっーとぉ!ターゲット接近中!フェルちゃん、健闘お祈りしまーす!』
本部から送られてきたターゲットの居場所をネフェルの携帯が受信する。
すでに会場内にいるようだ。本会場へ移動するとオークションは始まっており、熱狂と悲哀が渦巻いている。
会場の端に男が二人、ひそひそと会話をしている。一人は写真に写った人物にそっくりだ。特徴を確認するためネフェルはターゲットに気づかれないように近づく。
「うひょー!お宝ばっかりで目がくらんじまいそうだぁ!」
「パドン、我々は悪事を働きにきたわけではない。騒ぎを起こすとなれど、主君の顔に泥を塗ることになりかねない」
ラーシュはパドンと共に来ていたようだ。
「固いこと言うなよ。パドン様だって罪滅ぼしを兼ねてラーシュの兄貴の手伝いを志願したんだぜ?ちょっとぐらい信頼してくれたっていいじゃんか」
「なれば多少なりとも礼節を身につけるべき。さもなければパドンにとって敷居の高い楼閣は居心地の悪さを増幅させるだけであろう」
「へいへい、気をつけますよーだ」
悪態をつくパドンをよそにラーシュは不穏な空気が体にまとわりつくのを感じた。地面を這うような冷たい風は部屋全体を覆っていく。しかし、客は誰一人異変に気づいていない。
司会者の男がマイクを持って壇上に現れた。
「次の商品は魔刀を呼ばれる太古の刀。誰が何の目的で、その刃を研いだのかもわからない。正体不明のなまくら刀。その名も――凶神器凶極刀(きょうしんききょうごくとう)。又の名を『タライ』!」
「タライ?何でタライなんだ?」
パドンは首を傾げた。
見た目は普通の刀だ。人を斬るとは思えないほど作りは粗末。なまくら刀と言われてもしょうがない。だが、ラーシュには明らかにその刀が普通ではないことが理解できた。
冷たい風はまるで刀が呼吸するかのように吹き出ている。
(ラーシュ……)
「なにやつ!?」
「うわっ!?なんだ!?……ラーシュの兄貴?」
ラーシュは問いかけに反応するが、周囲にそれらしき人物はいない。
(我が声が聞こえるか?ラーシュ・ダスティヒ……
声の主は刀だ。刀がラーシュに呼び掛けている。
「貴様が私の名を呼んでいたのか?」
(ヒッヒッヒ……多くの人間が我を手に取り骸と成り果てた。それゆえに『タライ』と称され忌み嫌われているのだ。さて次の生け贄はお前か?)
「私は……私は貴様など知らぬ!」
(我とお前は虚無の聖域より生まれし存在。ゆえに魂を虚無に還さねばならないのだ)
「
「お、おい、ラーシュの兄貴?なんだか喋り方が……?」
パドンの呼び掛けにラーシュは聞く耳を持たない。
そこにネフェルがやってきた。
「君たち、様子がおかしいようだけど何かあったのか?」
「い、いや、それが……何て言えばいいかわからないけど、とりあえずラーシュの兄貴が変なんだよ!」
「ラーシュ?君がラーシュ・ダスティヒ?」
会場が突然真っ暗になり騒然となる。司会者が冷静になるように呼び掛けると、数分で明かりが灯る。
「お、おい!?あれ見ろよ、刀が無くなってるぜ!?」
パドンが壇上を指差すと凶極刀が跡形もなく消えている。ラーシュは出口に目をやる。二組の男女が不自然な動きをしていた。
「もしやあやつらが――」
「待てよ、ラーシュの兄貴!どこ行くんだよ!?」
「君はここで待っていてくれ。私が彼の後を追うから」
ネフェルは状況が掴めていないパドンを待たせ、ラーシュを追いかけた。