龍神ボーラスで東方暮らし 作:名無しの永遠衆
「ぼぉらす様、御相伴に与りに参りました~!」
「青娥、また来たのか……」
日が天頂に達そうという頃、俺の根城『龍洞御所』に青娥が押しかけて来た。
永遠衆たちも順調に根を下ろし始めたため、青娥は普段豊聡耳たちに仙人修行を手ほどきしている。
しかし
とは言っても、狙ったように
「まあいい……おい、持ってこい」
俺が傍付きをさせている永遠衆たちに声をかけると、少し時間をおいて一匹の牡鹿が運ばれてくる。
永遠衆たちによって力ずくで拘束されており、必死で暴れてはいるが、疲れを知らない彼らの縛めが緩むことはない。
「立派な鹿ですねぇ。ぼぉらす様、たまには丸まま味わってみては?」
「そうだな、お前がこれから
「あらあら、それはできません。好き嫌いせずに食べることが不老長生の秘訣ですゆえ」
コロコロ笑う青娥と言葉遊びをしているうちに鹿は俺の前に引き出され、一人の永遠衆が進み出てそれに腕を伸ばす。
不気味な光を帯びたその手を向けられた牡鹿は、恐怖を感じたのか一層激しく暴れだす。
永遠衆の光る掌が牡鹿に触れると、その身体から
永遠衆の身体を熱する光が頂点に達した時、牡鹿の肢体は力なく
これは永遠衆全てが持つ能力であり、ラヴニカ*1でニコル・ボーラスが企んだ計画の一端、《古呪》だ。
永遠衆はプレインズウォーカーから《灯》を奪い取ることができる。
絶大なエネルギーでもある《灯》を抜き取られたプレインズウォーカーは絶命し、奪った永遠衆も《灯》に内側から焼き尽くされるが、主を失い宙を漂う《灯》はボーラスによって回収されるという仕組みだ。
『配下と犠牲者を区別しない』と言われたボーラスの冷酷さが垣間見える手法である。
もちろんこの鹿はプレインズウォーカーではないのだが、《灯》が燃え上がる前のもの、《プレインズウォーカーの火種》といえるものを奪い取っているらしい。
《灯》より明らかに弱々しいが奪われた者は絶命するし、奪った永遠衆も焼き尽くされないまでも使い物にならなくなる。
それでも数日に一度、野生動物などを使ってこの行為は繰り返してきた。
永遠衆が収穫した《火種》をパクリと呑み込む。
新アモンケットの頃から、精神体で過ごしていた期間を除いて数日おきに《火種》の収穫を行っている。
これをするだけで俺の巨大すぎるドラゴンボディーは何も食わなくても支障なく過ごせるのだ。
正直、俺の体格に見合う食料を食べていては、すぐに食料が尽きてしまう。
最初はダメもとで行った事だが、今では便利に使うようになった。
死んだ鹿は精肉して最近来るようになった龍洞御所の参拝者に振舞ったりしているのだが、青娥は器用にこれをする日にやってくる。
空腹感を感じてきたら行うので、別に決まった日数開けてやってるわけじゃないんだが、なぜわかるのだろう。
まさかこの邪仙、俺を監視してるんじゃあるまいな……?
姿だけは上品に焼いた鹿のもも肉を口に運ぶ女仙人に問いかける。
「そういえば青娥、豊聡耳たちの仙人修行とやらはどうなっているんだ?」
青娥の指導の下に始まった3人の仙人修行、彼女の話によると仙人にも色々いるらしい。
天に昇華し仙人となる天仙、霊山に遊び仙人となる地仙、そして死を契機に仙人となる尸解仙だ。
死から遠ざかるのが仙人の道であるのに対し、死を経験する尸解仙は最も位階が低いとされている。
だが、豊聡耳たちは権力の中枢にいる者なので、気の遠くなるような時間をかけたり人里離れた場所にこもるような修行はできない。
故に最も短く済む尸解仙を目指す、というのは正論ではあるのだが、それでも『死を契機にする』というのは存外重い。
青娥が教えるのは代わりの物で死を装い、尸解仙となるきっかけとする道教の秘術だ。
代替物に肉体を再構成させる方法もあるらしいが、こちらは埋葬されてから復活するという形で時間がかかるとのこと。
修行と代替物の準備さえできるなら、こちらの方が確実だという。
代替物は最も簡単なのは竹の棒、格が高いのは宝剣らしいが、まだ彼女たちの修行はその段階には至っていないという。
「豊聡耳様たちはとても励んでおられますが、秘術を施すにはまだ肉体が追い付いていません。せめてあと1年は修行を続けて、相応しい宝物を用意しなければ……」
「なるほど、そう簡単にはいかんか」
豊聡耳たちが仙人になれば俺たちの体制は盤石になる。
彼女らにはぜひ頑張ってもらいたいものだ。
「はい、まずは土台を固めることこそ寛容……あら?」
にわかに龍洞御所の門前が騒がしくなり、こちらへドタドタと忙しなく走る足音が響いてくる。
外と謁見の間を分ける扉が勢いよく開け放たれると、血塗れの屠自古姫を抱えた豊聡耳が涙目の布都姫を帯同して入って来た。
「屠自古が物部の叛乱で深手を負った! 青娥、何とかならないか!」
豊聡耳は普段の澄ました笑みが消し飛んで真っ青になって、布都姫はボロボロと涙を流している。
これには邪仙もいつもの胡散臭い笑みを止めて、屠自古姫の傷の具合を診に近寄った。
腹部に負った傷は布で縛られているが、染み出した鮮血でそれは真っ赤に染まってしまっている。
「これは……厳しいですね。わたくしも肉体の修復には造詣の深い自負がありますが、傷だけ直しても助かる見込みは少ないかと」
青娥の的確だが冷たい言葉に、布都姫は涙を零しながら言い
「そんな!? 何とかならぬのか? 我の、我のせいなのだ。屠自古は我を庇って……」
「残念ですが、傷は直せても熱が後から出ることがございます。臓腑まで傷つけられているとなると、まず間違いなく命に関わる熱が出ることでしょう」
見る間に顔を曇らせ震える布都姫は、今度は俺に請い願う。
「ならばぼぉらす殿は? ぼぉらす殿の力で屠自古を助けては頂けませぬか!?」
これには俺も顔が苦る。
原作ボーラスは『生と死は取り替えが利く』と豪語するほどの力の持ち主だったが、繊細なマナ操作が必要なようで、今まで試しても一度も成功していないのだ。
中途半端に蘇ってすぐまた死んだり、ひどい時だとゾンビになってしまったりした。
これでは彼女が望むものには到底及ばない。
「……すまない。力は貸してやりたいが、俺の力は何もかも叶えられるものではないんだ」
絶望に打ちひしがれる布都姫を見ると、なぜもっとマナ操作の鍛錬をしてこなかったのか、もっと強力な、万能な力が欲しいと強く思う。
奇しくもそれは、ニコル・ボーラスが抱えていた全能の力への渇望に似ていたかもしれない。
「ぼぉらす様、力をお貸しいただける気持ちはあるのですね?」
話に入って来たのは青髪の邪仙、霍青娥。
念押しするような言葉は、思わず断りを入れたくなるような不穏さを俺に感じさせた。
「そうだが、何か方法があるのか?」
あるならさっさと言え、と怒鳴り付けたい気持ちを抑えながら聞くと、青娥は場違いなほどにっこりと笑みを浮かべて言った。
「道教には霊魂を使役する術が存在します。これを応用し、屠自古様の御魂を生前と同じく此岸に繋ぎ留めることならば可能ではないかと思いまして」
「なるほど、死ぬのは防げないが次善の策という事だな。で、何故先に言わなかった?」
「術を制御するには相応しい術符が必要です。今から材料を選別するには時間がありませんが、ぼぉらす様が死人の戦士の鎧と同じ素材をくださればと……」
コイツ……ラゾテプが欲しいだけじゃないのか?
そんな疑念が頭をよぎるが、今は時間が惜しい。
それで出来るというなら、くれてやろうじゃないか。
「分かった、受け取れ。《野望のカルトーシュ》*2」
青娥の手の上に、ラゾテプで出来たカルトーシュが現れる。
これは《絆魂》という与えたダメージ分回復する吸血鬼などが持つ能力も付くので、意識のない屠自古姫には悪いが、俺が自傷して血を彼女に垂らせば治るかもしれない。
「確かにお預かりしました。わたくしに出来る全力を尽くすと誓いましょう」
青娥も真剣な顔になり、床へ寝かせられた屠自古姫のところで術の準備を始めた。
布都姫はまだ涙目だが、多少の望みを信じてまっすぐにそれを見ている。
一部始終を珍しく顔を歪めながら黙って見ていた豊聡耳は、瞑目し一つ頷くと謁見の間の出口へ身を
「豊聡耳、何処へ行くんだ」
「私は統治者だ、叛乱の鎮圧に赴かねばならない。氏族の姫を傷つけられた蘇我氏はご立腹だ。上手く誘導しないと、叛乱の情報を知らせてくれた布都まで殺せと言いかねない。……大丈夫、君たちを信じているからね」
彼女の声色は平生のものと変わらなかったが、固く握りしめられた右手だけが、彼女の内心を表していた。
「……"統治者は、信用はしても信頼はしないべき"じゃなかったのか?」
これから彼女は大切な者の行く末を見守ることもできず戦場へ赴く。
そんな姿が痛々しくて、感情を爆発させてもいいのだ、と帝王学講義の内容を基にあえて揚げ足をとってみた。
しかし豊聡耳は"私が気を使われるとは、私もまだまだ青いね"と呟いて、握りしめた手を解いて言った。
「統治者でも、信頼する者が数人はいないとやっていられないよ。統治者だって人間だからね」