龍神ボーラスで東方暮らし 作:名無しの永遠衆
結論から言って、屠自古姫は助からなかった。
臓腑まで届いた傷は深く、彼女はその日の夜には高熱にうなされながら命を落とすこととなった。
しかし、青娥の道術は正しく効果を発揮し、その魂はあの世に旅立つことなく霊体として穢土*1に留められる。
布都姫は、苦しむ屠自古姫を見て泣き、術で霊体として再誕するのを見て安堵でさらに泣き、もう見ていて気の毒になるほどだった。
現在は泣き疲れて、霊体となった屠自古姫の膝……たぶん膝を枕にして寝入ってしまっている。
「んー、腹を刺された後の記憶がないけど、まさかこんな姿になるとはね……」
布都姫の頭を載せたまま、まるで漂う煙のように白く不確かな形となった、いわゆる幽霊足の先をぴこぴこ動かす屠自古姫。
青娥は全力を尽くしたのだが、急ごしらえの術式であった事実は覆しがたく、両足の再構成は不完全なものになってしまった。
かろうじて足が二本になっていることは分かるが、この足では人間を装うのは難しいだろう。
幸いにも霊体となった事で浮遊して移動できるようになったので歩けずとも移動に困ることはないが、表舞台に戻るには何かしらの手段が要りそうだ。
まあそこら辺は豊聡耳が上手くやるだろうが……
「すまないな、お前を助けることができなかった」
「おいおい、アンタまで布都みたいなこと言うなよ。そりゃあ身体を失くしたのは残念だけどさ、これはこれで便利そうだし不満は無いよ」
そう言って笑う屠自古姫。
その顔には、言葉通り己を襲った境遇に対する不満は感じられない。
あの豊聡耳の側近をしているだけあって、切り替えの早さも器の大きさも段違いだな。
「それに
彼女は胸に下げられた《野望のカルトーシュ》を手で弄びながら言う。
突貫作業のぶっつけ本番でそれを術符に改造した青娥は、術が成功したのを確認すると倒れるように眠りについた。
青娥が寝る前に、霊体が安定するまで術符を身に着けておく方がいいと言ったため、屠自古姫は首から下げるように身に着けたが、奇しくもそれは永遠衆やアモンケットの修練者たちと同じ方法だ。
何かしら悪影響が無いといいんだが。
「それにしても、豊聡耳は叛乱の鎮圧を上手くやっているだろうか」
「心配は無用じゃないか? 太子様に勝てる奴がいるとも思えないしね」
流石の豊聡耳信者、圧倒的信頼感だ。
でも確かに、あの怪物的政治家が永遠衆の戦力込みで一豪族に負けるとは思えないけど。
「勝てる奴がいないというのは、俺を含めてもか?」
少なくとも俺が不覚を取ったのは、超未来都市の爆撃の時だけだぞ。
エルダードラゴンボディはその質量だけでも圧倒的戦力なんだ。
俺の意地の悪い問いに、屠自古姫は苦笑して返す。
「……訂正、互角の力があれば、太子様に勝てる奴はいないよ」
あー、同じ力の持ち主なら地頭の差で負けるなあ確かに。
俺もプレインズウォーカーとしてのボーラスの身体を使いこなしているとは言い難いし。
「おお、怖い怖い。敵にしないようにしなくてはなぁ」
「そうだよ、せいぜい太子様の役に立ちな」
お互いにクスクス笑いながら言葉を交わす。
亡霊と龍の間に、豊聡耳が敗れるなどといった疑念は、欠片もありえなかった。
「鎮圧にかかった時間は兵の召集を含めてわずか一刻半、物部氏は布都姫を除いて族滅か……」
「豪族の叛乱としてはむしろ規模は小さい方でございますよ? 布都様も変わらず豊聡耳様に仕えることを許されたのですし、むしろ穏当かと」
明くる朝、朝日が昇る頃には既に叛乱は鎮圧されていた。
豊聡耳は兵を緊急召集すると、遅れた兵が集まるのを待たずに永遠衆を使って夜襲を仕掛けたのだ。
夜の闇に乗じて攻め込んできたのが死者の軍勢だったのを見た時の相手側の驚きは相当なものだったのだろう。
瞬く間に叛乱軍は総崩れ、豊聡耳の采配もあり、物部氏の中に逃げ延びられた者はいなかったという。
血生臭い話ではあるが、この世界、この時代ではそう珍しいものではない。
というか、そういった事をしてなかったのは永琳が住んでた未来都市くらいのものじゃないかな。
諏訪子の国も神奈子ががっつり攻めて来たし。
布都姫は己の氏族の叛乱を良しとせず、その情報を一早く豊聡耳に伝えた功をもって特別に許された。
ただし、その身は豊聡耳の預かりとなり、婿を取ることは許されない。
血を継ぐことを重視する女性観の中ではかなりの罰なのだが、本人は全く
「これで太子様のもっと近くで
その発想は流石にどうなんだ、と思わなくもないが、この前向きさが布都姫の美点なのかもしれない。
逆に良い方向で受け入れられたのが屠自古姫だ。
霊体とはいえ、助からないと覚悟した屠自古姫と再会できた彼女の父と兄は涙を流して喜び、死してなお仕える決意を聞いた父親は頭を下げて"娘をよろしく頼む"と豊聡耳に頼み込むほどだった。
豊聡耳と蘇我氏の根回しによって、屠自古姫は『英霊』として
本人は"仰々しくされるのは好きじゃない"と、やや不満げだったが。
命を失い霊体となった屠自古姫の件を受け、豊聡耳は仙人修行を急ぐ決断をした。
朝廷の支配域拡大を多少遅らせてでも尸解仙となることを優先するようになったのだ。
それは、彼女自身の慢心への自戒であり、残された布都姫を案じてのことでもあったのだろう。
軍権を握る武闘派や豪族が永遠衆の浸透によって大人しくなっていったため、彼女らの仙人修行も順調に進み、一年の時が過ぎたころ、ついに尸解の時が訪れた。
※※※
尸解は死を契機とする必要があるため、豊聡耳たちは"黄泉の国の女神にお目通りに行く"という名目で、一時の死を装うことにした。
秘術の媒体にするのは豊聡耳は名のある宝剣、布都姫は特殊な焼成で作った特製の皿だ。
死の演技をするとはいっても大勢にバレると成功率が下がるらしいので、倒れた後は俺が黄泉の国に連れて行くという体で運び去ってうやむやにする。
あとは術が成功次第、都に帰るだけという寸法だ。
……これ"黄泉の国の女神"とやらにバレたらえらいことになるな、《夜陰明神》*2みたいな奴じゃないといいんだけど。
式典のような儀礼は龍洞御所で行われ、豊聡耳たちは俺の前で気負いした様子もなく毒酒*3を
ぐらりと倒れた二人を屠自古姫と支え、落とさないように全員を抱えて御所から飛び立つと、速すぎないように気を付けながら西へと飛び立つ。
都が山で隠れて見えなくなったところで適当な森の中に降りて隠れ、後から追いかけてくる青娥が合流するのを待った。
かなり待つのは覚悟していたのだが、突然足元の地面に穴をあけて出てきたのには驚いたな。
青娥いわく、"仙界"という術で作った人工空間を応用した長距離移動だそうだが、この笑顔は驚かしたかっただけだな。
入口さえ作れば俺でも入れるという話だったが、瞑想領土*4といい、特殊な空間は嫌な予感がするので遠慮しておいた。
「術は成功しております。あとは肉体がこの状態に慣れて安定するのを待つだけですね」
青娥の太鼓判も出たので、本当にあとは時間を置いて帰るだけなのだが、媒体をもとに秘術を受けた身体が安定するまで青娥が教えた道術は使えないらしいので、周囲の警戒と敵性者の排除は俺の仕事だ。
青娥にも働けとは言ったが、"術の不具合に対処する人員はいらないので? "と言われれば口を
たぶんコイツは楽したいだけだと思うが。
野営など一度もした事のないお偉いさんかと思っていたが、豊聡耳は野営の基本などを心得ていた。
"軍を率いるならこれぐらい知っていて当然"とは彼女の言だが、本当に完璧超人だな……
それに比べ、布都姫と屠自古姫は本物の箱入り娘だったようで、二人とも慣れない野営に苦労していた。
具体的に彼女らが何をしたとは言わないが、火の扱いは布都姫に任せてはいけないと一同は心に誓った。
そんな野生に返りかける数日間の後、俺たちは都へと戻った。
多くの臣が
彼女が気に入っていた愛馬、あの馬は豊聡耳が死んだと思ってあとを追うように亡くなった。
馬には一時的に死ぬだのということは分からなかったのだろう。
人知れず、自分に忠を誓っていた者が死んだという事実が、屠自古姫の件で残った心の傷をささくれさせたのか。
協力者が仙人として不老になった事でこの国での基盤は盤石といっていいが、願わくば時間が彼女の心の傷を塞ぐことを願わずにはいられなかった。
書いてから思ったけど、死んで数日後戻ってくるって罪を背負ってない立川の聖人みたいですね。