龍神ボーラスで東方暮らし   作:名無しの永遠衆

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第十七話 隠れ里の賢者たち

 豊聡耳たちの生還を祝う式典は、舞踊の披露や宴会なども開かれて盛大に行われた。

 一時的にとはいっても"死んで黄泉の国へと向かう"というのには不安を感じる者も多かったようで、特に豊聡耳を信頼している王とその側近や、留守中の政務を任された官吏たちは政府首班である彼女の帰還を大いに喜んだ。

 そんな賑やかさも日が沈めば徐々に落ち着いていき、龍洞御所も元の静寂を取り戻していく。

 俺も永遠衆たちに警備を任せて眠りについたが、夜半を過ぎたころ、妙な違和感を感じて目を覚ます。

 

「なんだ……?」

 

 身体が引っ張られるような、押し返されるような、微妙な感覚。

 人間くらいの大きさならそれほど感じなかったかもしれないが、俺の巨大な身体全てにそんな感覚があれば嫌でも目が覚める。

 寝床である屋根付きのスペースから猫のように丸めた身体を伸ばして這い出し、首を伸ばして妙な感覚があった方向、《王神の玉座》の前を覗き見た。

 

 そこにいたのは紫色のドレスを着た長い金髪の女性。

 満月の月光の下で明るく照らされた謁見の間に、上品な日傘をさして立っていた。

 

 この事に驚いた俺は急いでその女性の前に移動した。

 こんな夜更けに永遠衆たちの警備を出し抜いてここまで来た事にも驚いたが、なによりもその服装に驚いたのだ。

 この次元世界で洋風の服装をしているのを見たのは初めてだった。

 永琳の服装はなんとも表現しがたいセンスだったし、他は大まかに言って和風といってよかった。

 そこに現れた明らかに現代的な洋風のドレスの女性。

 まさかプレインズウォーカーか、と警戒した俺を誰も間違っているとは責められまい。

 

「何者だ?」

 

 俺の誰何(すいか)に、女性は全てを煙に巻くような何とも胡散臭い笑顔でニコリと笑った。

 

「こんばんは、"偽りの龍神"様。良い夜ですわね」

 

 その言葉にドキリと心臓が跳ねた気がした。

 俺の"黄泉の龍神"という触れ込みが偽りだと知っている……! 

 とっさに俺は周辺の土地から一気にマナを集めて戦闘態勢に入ったが、女性は日傘を回しながらクスクスと笑っていた。

 

「あらあら怖い、こんなか弱き女に暴力を振るうおつもりですか?」

 

 口では怖いと言っているが、女性は余裕綽々と言った風で、(こた)えた様子はなかった。

 ここに入ってこれたこともそうだが、まともな胆力ではないな、油断はできない。

 

「もう一度だけ言う、何者だ?」

 

 俺の再度の誰何、いや恫喝ともとれる問いに、女性は恐れた風もなく艶やかに笑んで返す。

 

(わたくし)、スキマ妖怪の八雲紫(やくもゆかり)と申します。今夜は話し合いをさせていただきたく参りました」

 

 その言葉にいくつかの疑問が氷解する。

 妖怪は人よりも長生きだ、諏訪子のところで厄介になっていた頃を知ってる奴もいるだろうし、特殊な能力があればここに忍び込んでくるのも不可能ではない。

 なにより見た目で判断できない相手が多いので、この女性もそんな妖怪の一人なのだろう。

 スキマ妖怪というのは聞いた覚えがないが……まあ次元世界特有の生き物とかも多いし、そこは聞くだけ無駄だな。

 しかし、話し合い? 

 

「そんな事の為にこの夜更けにやって来たのか」

 

(わたくし)たちにとっては死活問題ですので。それに、貴方様も他人の事は言えないのでは?」

 

 ぐっ……豊聡耳と密談したことまでバレてるな、これは。

 思った以上に目の前の女性、八雲の耳は良いらしい。

 できるなら帝王学師範・豊聡耳に同席してもらいたいが……

 

「わざわざこの日、この時間を選んだということは豊聡耳が来れないのも想定のうちか」

 

「うふふ、聖徳王様は人間の指導者ですもの。(わたくし)たちとは話が合いませんわ」

 

 その言い方だと暗に俺の方が(くみ)しやすいって言ってるようなもんなんだが……分かって言ってるんだろうな、タチが悪い。

 全部相手の予想通りなのは気に入らないが、こういう相手は下手に反抗した態度をとるとより酷い目に遭う*1

 相手の持ってきた流れに乗るのは悪いことじゃない、大事なのは舐められない事だ……だったかな。

 

「分かった。話し合いとやら、させてもらおう。相手はお前一人か?」

 

「いいえ? 今呼ばせていただきますわ」

 

 八雲はそう言うと、何もない宙に指を滑らせる。

 指の軌跡に線のようなものが残り、そこを起点に()()()()()()()()()()()

 裂けた場所の中は、真っ暗な中に無数の目玉が存在する異様な空間だった。

 空間の裂け目の両端には可愛らしいリボンが結ばれており、裂け目の異様さを一層増している。

 永遠衆というゾンビを使っている俺も思わずドン引きする異空間から、ぞろぞろと何人かの人影が出てくる。

 一人ずつ八雲が紹介してくれるのだが、是非曲直庁の何某(なにがし)だとか、天人代表・比那名居家の誰々だとか言われても一つも分からん。

 まあとりあえず、妖怪の八雲が連れて来たということは人間以外の勢力の各々の有力者なんだろう、程度で聞き流した。

 紹介を終え、八雲は少しばかり顔を引き締めて本題を切り出した。

 

「"偽りの龍神"……いいえ、ニコル・ボーラス様。貴方様のやっていることに(わたくし)たちは深い懸念を抱いているのです」

 

「!?」

 

 その言葉に俺は一瞬呼吸を忘れる。

 ドラゴンなのに頭から血の気が引いていくような気分になりながらも、一番重要な事を聞く。

 

「お前は……俺を、ボーラスを知っているのか?」

 

 最悪の場合は、この場で《(あられ)炎の責め苦》*2も辞さない決意を固めたのだが、八雲は可愛らしく小首を傾げた。

 

「? 貴方様のお名前ですが? 諏訪の地中から現れた異形の龍、その力は神をも凌ぐほど、と伝え聞いております」

 

 ……あっっっっぶねぇぇぇぇ! セーフ! プレインズウォーカーじゃなかった!! 

 思いきり安堵して大きく息を吐く。

 俺の情報がそこからなら、大きな問題は無い。

 いや、都の人間に知られたらまずいけど、妖怪の言う事を信じたりはしないだろう。

 

 いっそもう大抵の願いなら手伝ってもいいくらいに安心した。

 話を遮ったことを謝り続きを促すと、八雲は訝し気にしながらも続けた。

 

(わたくし)たちは人の文明が過度に進むと不利益を被る者たち。貴方様の成し様は人を守り文明の針を進めるものです。ですが、互いに力をぶつけあうのは愚かな事。互いの折り合いをつけるためにこの場を調えさせていただきました」

 

 うーん……文明が進むと不利益を被るっていうのがよく分からんが、《グルール一族》*3みたいなものか? 

 正直、俺たちのやってることの真反対といった感じだが、これまでの応対でも分かるほどの智慧者を敵に回すのは確かに愚かというしかない。

 こういう智慧者が相手の時は……

 

「そこまで言うという事は、腹案があるのだろう?」

 

「……お話が早くて助かりますわ」

 

 よし、成功! 地頭がいい奴はこういう時に、自分の考えを纏めていないはずがない。

 あとはその流れに、譲れない所を主張してこっちの色も出すだけだ。

 

(わたくし)たちは、朝廷の支配から隔離された隠れ里を創りたいと思います。お互いに不干渉として、棲み分けをしていくのですわ」

 

 なるほど、主張がぶつかり合うなら距離を置く、実にまっとうな考えだ。

 俺もわざわざ自分のやり方が正しいと示したいとか考えてる訳じゃないし、平和裏に済むならそっちでいい。

 朝廷はこれから支配域をどんどん拡大していくだろうが、その広がっていく領域に比べれば隠れ里の一つや二つ小さいもんだ。

 

「分かった。互いに不干渉、それでいい」

 

「助かります。了解が取れたところで(わたくし)たちはこれで……」

 

「待て紫、話が終わったなら私にも話させろ!」

 

 会話に割って入って来たのは、金髪は八雲と同じだが、服装はオレンジ色の狩衣に緑の(はかま)と至って和風な少女……に見えるが、容姿通りじゃないんだろうな。

 

隠岐奈(おきな)、話は終わったのだから少しは遠慮なさいな」

 

「何を言う! ここで話した方が早いではないか」

 

 (いさ)める八雲と譲らぬ少女、確か名は……摩多羅隠岐奈(またらおきな)だったか。

 やがて押しの強さに八雲は諦めたのか大きくため息を吐いて少女に道を譲る。

 え、丸投げされても困るんだが。

 

「私は秘神・摩多羅隠岐奈! 名にし負う聖徳王に私の化身にならないか、聞いておいてはくれまいか?」

 

 いっそ清々しいほど自分の望みだけ言って説明を省いた言葉に、俺は思わず八雲に視線を向けた。

 八雲はいささか面倒臭そうに言葉を紡ぐ。

 

「隠岐奈は大陸から渡って来た密教の神で、見所のある人間を自らの化身ということにして自身の神徳に習合するのが趣味なのですわ。今でも後戸の神・障碍の神・星の神・養蚕の神と様々な神徳を持っています」

 

 なんだそれ、無節操過ぎない? 諏訪子みたいな土着神だったら姿が歪むとかいう問題じゃないくらいだぞ。

 

「うむ! 聖徳王の帰還を言祝ぐ宴で申楽(さるがく)を舞った秦河勝(はたのかわかつ)という者も見所があった! 献上していた面も素晴らしい出来であったし、能楽の神になるのも良いな」

 

 うわぁ……スカウト(死後)という点では人のこと言えないが、これは酷い。

 一応共犯者のよしみで断ってやろう。

 

「悪いが、豊聡耳はしばらく死ぬ予定はない。他を当られるとよろしい」

 

「ん、そうか? アレはなかなかの傑物なのだが……残念だが仕方ない。だがその気があればいつでも迎えると伝えておいてくれ!」

 

「隠岐奈、いい加減にしておきなさい。……それではニコル・ボーラス様、約定の程、よろしくお願いいたします」

 

 そう八雲が別れの言葉を口にすると、再び空間が裂けて俺以外のこの場に集まった者たちを呑み込んだ。

 ……摩多羅だけ下に落とすように呑み込んだように見えたが、まあ神なら死にはしないだろう。

 

 日中の式典も含めて今日は疲れた……

 明日、青娥が来たら愚痴ってやろう。

 

 

 疲れから深い眠りについた俺を、次の日の昼まで起こす者は誰も存在しないのだった。

 

 

*1
豊聡耳帝王学講座より

*2
王神たるニコル・ボーラスがアモンケットに帰還した際に行った無差別攻撃。つまり"こんにちは、死ね"。

*3
ラヴニカ次元で文明に反抗していた反体制組織。「文明は欲望を抑圧する檻であり、弱者を強者に見せかけるまやかしだ」というのが彼らの主張。

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