龍神ボーラスで東方暮らし 作:名無しの永遠衆
「それで? 貴方たちは何を話しに来たのかしら。求婚に来た者たちなんかよりずっと面白いから、雑談でも構わないのだけれど」
そう言ってクスクス笑う輝夜姫。
こちらとしては好都合なんだが、警戒心がなくて逆に心配になるな。
永遠衆たちの昼夜を問わない巡回によって治安が劇的に良くなったとはいえ、それでも犯罪者というのはどこにでも湧いて出るものだ。
今の時代、命は軽い。
"俺たちは害する意思は無いが、少しは警戒しろ"と苦言を呈すると、意味深な顔で"私は大丈夫よ、
過信などではなく、何か根拠があっての確信のようだが……不思議だ、身を護る術など知らない少女にしか見えないんだが。
もしかしたら、月から超技術兵器の一つでも持ってきてるのかもしれない。
(俺の用件は、知り合いに伝言を頼みたいだけだ)
俺の言葉に、輝夜姫は可愛らしく小首を傾げる。
「別にいいけれど……それ、私じゃないといけない事? 私、そのうち月に連れ帰られるのだけど」
(ああ、むしろ輝夜姫以外にはできない。俺の知り合いは月にいるんでな)
彼女は俺の発言に驚いたのか一瞬
「素敵だわ! あの月の都に貴方みたいな穢れを持ってる者と仲のいい人がいたなんて、地上に来てよかった!」
なんだか喜んでるようだが、何が心の琴線に触れたのだろう。
あの超未来都市の連中が築いた都なら、それ以降の地上の都市なんて屁じゃない程生活水準は良いと思うが。
そのことについて問うと、彼女は整った顔を歪めて言った。
「退屈なのよ」
(は?)
「退屈なの! 誰も彼も穢れを抑えるために欲も少なく変わり映えのしない毎日。無いも同然の寿命が来るまでそんな毎日を過ごし続けるなんて私はまっぴらだったの!」
まあ……退屈は心を殺すというし、気持ちは分からなくもないが、そのために争いの絶えない地上まで来るとは見上げた度胸だ。
彼女の口から止めどなくぶちまけられる憤懣に、相当鬱屈として過ごしていたことが察せられる。
話のそこかしこから地上に来てからの刺激的な日々への感動も分かるし、この姫、地上生活をかなりエンジョイしていたようだ。
そう考えると月へ帰るのは不本意なんだろうが、伝言は帰らないとできないし、これ頼んでいいやつなのだろうか?
「……ああ、ごめんなさい。愚痴を聞かせちゃったわね。大丈夫よ、次の満月には迎えが来るだろうし、諦めもついてるから」
(そうか? なんなら永遠衆の警備を派遣しても……いや無理か、月へ行った連中が相手だと)
「ふふっ、正しい自己評価のできる人は好きよ。地上の民では月の民には敵わない、この国の王様にはそれが分からないのかしらねぇ」
聞くと、王は月からの迎えを返り討ちにするつもりなんだそうだ。
正直、肉片が残るかどうかも怪しいというのが感想である。
永遠衆の軍隊でも数を頼みに時間稼ぎくらいしかできそうにない相手に、この国の兵士で相対しようというのがそもそもの間違いだろう。
当時のあいつらは永遠衆に近づきたがらなかったから小康状態が保てただけで、正面からぶつかり合えば普通に負ける。
伝言の事がなければ、勝てないまでも力を貸してやりたいくらいだが、相手が悪い。
口ごもる俺に、彼女は力なく笑って問う。
「それで、伝えたい言葉ってなに?」
(……ああ、それは────────)
「ぼぉらす様、よろしかったので?」
珍しく空気を読んで席を外していた青娥が、邸宅を去ろうとしていたところでどこからか現れる。
いつもこれぐらい気が利いたら良かったんだが……いや、それはそれで不安になるな。
俺は失礼千万なことを考えているのを声に出さない様にして答える。
(いいんだ。ようやく政治が上手くいっているのに、都に
「それほどですか……」
青娥は月の民に興味があるようだが、あらかじめ"命が惜しければ関わるな"と忠告しておく。
あいつらと戦う事を考えると、アモンケットの封印されていた蟲の神*1や永遠神*2を投入することまでやらなければ難しい。
しかし、俺に迫る巨体で隠せないから騒ぎになることは間違いなしだ。
罪悪感が残るが、輝夜姫が月でそれなりの扱いを受けることを祈ろう。
……大丈夫、伝言の相手はきっと輝夜姫のことも見捨てないと信じている。
※※※
輝夜姫を訪問した日から次の満月の夜。
俺は龍洞御所で月を見上げて物思いにふけっていた。
もう、輝夜姫は月へ帰ったのだろうか。
都で騒乱が起きた様子はないが、月の連中との技術差を考えれば騒ぎすら起こらなくてもおかしくない。
流石に王は現場にいないだろうけど、生者の兵や武官が遺体も残さずごっそり死ぬと人員の補充など結構な痛手だ。
豊聡耳たち後始末をさせられる側からしたら、王をハッ倒してやりたいくらいだろうな。
そんな事を月を見ながらつらつらと考えていたが、突然の青娥の声に現実に引き戻される。
「思索中に申し訳ありません。外にぼぉらす様を訪ねに来た方がおられます」
こんな時間に誰だ? 青娥が明言しないということは豊聡耳たちでもない。
それを彼女に聞くと、"どなたかは存じませんが所作から貴人の類かと。輝夜姫様を伴っておいでです"と答えた。
「は!? 輝夜姫が共に来ているだと!」
まずい、月の連中が輝夜姫の迎えついでに俺を殺しに来たのか!?
そう考え慌てる俺に、青娥はおっとりと"少々荒れた姿ではございましたが、害意は無いようでした。輝夜姫様を背負われて、仲睦まじいご様子で"と言う。
それは……刺客では、ないようだな。
月に行く前の連中は常に
それが、俺や胡散臭い青娥*3に待たされるのを容認するというのも訝しい。
輝夜姫を連れているということは、彼女を連れ帰りたい者たちとは別の勢力? しかし月の連中を
分からない、分からないが……俺との敵対的接触を求めているわけではなさそうだ。
なら、せいぜい虚勢を張って、こちらを良く見せるくらいができることかな。
「分かった、会おう。ここに案内してくれ」
「かしこまりました」
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
緊張しながらも、威厳ある龍神の仮面をかぶって邂逅に臨む。
しかしそんな覚悟は、扉を開けてその人物が入ってきた瞬間にすべて頭から吹き飛んだ。
入って来たのは、スヤスヤと寝ている輝夜姫をおぶった銀髪の女性。
三つ編みで纏められた長い銀髪、青と赤に色が分かれた衣装、首から下げられた見覚えのある護符、砂埃で少しばかり汚れていたが見間違えるはずもない。
入ってきた女性は、懐かしい笑顔を浮かべて言った。
「伝言、受け取ったわ。『いつでも訪問を歓迎する』、嘘じゃないわよね?」
「……ああ! 歓迎するとも、