龍神ボーラスで東方暮らし   作:名無しの永遠衆

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第二十六話 恐れの化身と見解の相違

 勇儀の全霊の一撃が迫る。

 たとえ俺のウロコが鉄より硬くても、一切の関係なくすべてを血煙へと変える剛拳。

 マナを動かすには時間が足りない、せめて《暴君の嘲笑》*1が使えれば……

 次の瞬間に襲い来るだろう死へ通ずる痛みを思い、俺はただ固く目を閉じるしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………あれ? 痛みが、来ない? 

 

 

 恐る恐る目を開けると、勇儀は俺に拳を当てる直前で光でできた鎖や障壁でがんじがらめにされ空中に縫い留められていた。

 

「ぐ、ぐぎぎぎぎ……ダメだ、全然動かん! 最後の一矢も報いず、か……」

 

 歯を食いしばり、必死にもがこうとする勇儀だったが、首から下はピクリともしていない。

 鬼の馬鹿力を封じ込めるとは、これは一体……

 

 

「ぼぉらす様~、ご無事ですか~?」

 

 困惑しているところに、地面に穴をあけて癪に障るほど綺麗な声をした女仙人がひょっこり顔を見せた。

 

「青娥!?」

 

「はい! 忠義の臣、霍青娥でございますよ」

 

 場違いにニコニコしている青娥は穴から出てくるとおどけた様子で一礼し、心にもない言葉を吐いた。

 お前が忠義の臣だったら、この世界のだいたいの奴は股肱(ここう)の臣に成れるわ。

 

「安門京都の豊聡耳様、蘇我様、物部様に御出座いただいて三方陣を敷きました。準備に時間がかかりましたが、ご無事な様で何よりです」

 

 そうか……あの三人が協力しての術ならば強力なのも頷ける。

 応援を呼んでくれて一瞬感謝しそうになったが……そう言えば元凶こいつじゃねぇか! ほとんどとばっちりだったわ! 

 

「青娥、とりあえずこっち来い」

 

「えっと、助けを呼んだので相殺になったりしません?」

 

「いいから来い!」

 

 この期に及んで往生際の悪い青娥の結った髪に爪を引っかけて強引に引っ張って来る。

 青娥は"乙女の命になんてことを! "などと言っていたが、乙女なんて齢か、お前が。

 ゴネる青娥を引き摺って勇儀の前に連れて行き、"こいつが毒の出処だ"と告げる。

 それを聞いた勇儀は頬を引きつらせながら答える。

 

「あー、つまり、本当にアンタは無関係で、そいつが元凶だと……?」

 

「最初からそう言ってる。というか、今度は信じるんだな?」

 

 俺が適当に生贄を差し出して尻尾を切ろうとしてると疑うかと思ったが。

 それに対して彼女は、"そいつからは性根の腐った臭いがプンプンするからね"と返した。

 さもありなん。

 

「迷惑かけちまったね。私の首は晒そうが何しようが構わないが、くれてやる前にそいつを八つ裂きにしてもいいかい?」

 

「いいぞ」

 

「ぼぉらす様!?」

 

 おっといかん、つい本音が。

 

「……と言いたいところだが、こんなのでも替えの利かん人材でな。襤褸切れみたいになるまでこき使う予定だから諦めてくれ」

 

「ヨヨヨ、忠義の臣にこのような扱い……あんまりです……」

 

 おい青娥、あからさまな泣き真似するな、勇儀に差し出したくなるだろうが。

 勇儀も言ってみただけなのか、先程までの闘気は欠片もなく、ただ己の首を刈られるのを受け入れる清々しいほどの潔さがあった。

 

「じゃあスパッと首落としちまってくれや。鬼の首は誉れだが、力と絆で私の全力を退けたアンタならどんな扱いをしても恨みは残らないからさ」

 

 人ではないからか、それとも鬼特有のものなのか。

 己の死について語っているはずなのに、相対する側が現実感を失うほどに、彼女はまっすぐだった。

 

「聞いていいか」

 

「うん?」

 

「戦う前に言っていた、"人の心を偽らせるのが許せない"とはどういうことだ」

 

 なんとなく、此処で聞いておかなければ埋めることのできないすれ違いが起きたままになるような気がして、俺は彼女に問いかけていた。

 

「そうさねぇ……私たち妖怪は、人間の"恐れる心"が形になったもの。それ故に人間を(おびや)かし、害する。特に鬼は"強き者への恐れ"から生まれる。だから生まれた時から強いし、人間の及ばぬ強さを持つ」

 

 勇儀は一つ一つ噛み締めるように語った。

 それは最期に語る言葉だからか、それとも、己の根源に触れることだからなのか。

 今まで知ることのなかったこの世界の(ことわり)、他の次元世界と同じ特有の生き物だと思っていた妖怪の真実を俺は知った。

 

「だからね、鬼に本来人は勝てやしないのさ。それでも鬼が人に退治されるのは、人が鬼に心で勝つからに他ならない」

 

「心で勝つ?」

 

「そうさ、人が鬼に心で勝った時、鬼は負けを認める。鬼は強いが故に心を偽れない。自分が負けを認めたら誤魔化す事なんてできないのさ」

 

 そして、と言葉を切り、勇儀は歯をギシリと鳴らして怒気を溢れさせた。

 

「鬼は心を偽ることを憎む。嘘や謀りを否定するんじゃない、己自身の心に嘘をつくのを許せないんだ。それは抜けない棘となっていつか己の心を殺すものだからね」

 

 妖怪は人の心から生まれると勇儀は言った。

 ならば己に嘘をつけず、ひたすらにまっすぐな鬼があれほど強いのも当然だろう。

 心が強いのが強い妖怪であり、鬼なのだろうから。

 

「退治に来たやつらも、あれほどの武器と技量を持ちながら、鬼に立ち向かう事を止めた。何かしらの理由を付けて、今までの己を、仲間を信じなかったんだ。それが私達には許せない、それを勧めた奴もね」

 

 これで全部だ、と言って勇儀は怒気を解いた。

 愚直なまでのまっすぐさ、それが鬼の強みであり、変えられない存在原理なのだろう。

 少なくとも龍神という偽りの虚像で塗り固めている俺には彼女の在り方は否定できない。

 せめて一撃で首を落とすのが情けか、と考えていると青娥がずい、と前に出た。

 

「お言葉ですが鬼の方、私は毒は用意しましたが、毒を使うように勧めてはいません。全ては源氏の御大将の選択にございます」

 

「なっ!? あの男は心は偽れど、その力量は本物だった! 心弱き者にあそこまで鍛えられるはずがあるか!」

 

 青娥の言葉に再び怒気を漲らせる勇儀。

 しかし、青娥は臆することなく言葉を連ねた。

 

「恐れながらそれは見解の相違というもの、人は貴方々の思うほどに弱くはございません。抜けぬ棘、消えぬ咎を背負おうと、墓まで運んでいけるのが人の強さ。その不屈の心の強みはそれこそ鬼の貴方様の方がよく知ることでは?」

 

「そ、れは……」

 

 勇儀にも思い当たることがあったのだろう、己の価値観の根幹が揺らぐショック*2に言葉も出ない様子だ。

 呆然自失となった勇儀を尻目に、青娥は俺に振り返って仰々しく礼をして言った。

 

「ぼぉらす様、この者の助命をお願い致したく存じます」

 

「「!?」」

 

 ギョッとして思わず言葉を失った俺より少し早く我に返った勇儀は青娥へ向かって問い詰めた。

 

「何故だ、何故お前のような者が私を助けようとする!」

 

 勇儀の言葉に青娥はニコニコした顔のまま応える。

 

「個人的に貴方様のような方が好ましいというのが一つ。もう一つは、鬼は上がいなくなると無秩序に被害が増えるので皆さん纏めて隠棲して欲しいのですよ」

 

 ようやく話が見えてきて俺は思わず息を吐く。

 青娥が慈愛に目覚めたのかと思って勇儀の一撃より世界の終わりを感じたぞ。

 

「つまり幻想郷だな」

 

「はい、幻想郷です」

 

 こちらから隔離するのに便利なんだよな幻想郷、まあ八雲も"強い妖怪は危機感が無くてなかなか受け入れが進まない"とか言ってたし渡りに船だろう、たぶん。

 

「かなり上位の鬼とお見受けしましたので、ご同胞を肉体言語(説得)するのも簡単でしょう。うってつけかと」

 

「待て! まだやるとも言ってないだろ!」

 

 勇儀の必死の抗議にも、青娥は腹が立つほど笑顔のまま現実を突きつける。

 

「敗北者には選択肢など無いものですよ。なにより貴方様も先程の言葉に思うところがあるのでは? 心の底で認めてしまったものからは目をそらせないでしょうに」

 

「ぐっ……」

 

 いっそ気の毒になるほど青娥に弄ばれている……こいつ自分が優位だと途端に調子が出るんだよなぁ。

 まぁ勘違いで襲撃されたのは許しがたいが、鬼が全員幻想郷に行って以降被害がほぼなくなるなら利がでる。

 でも感情的に納得しづらいのは分かる、青娥は全方面苛立たせる天才だし。

 

 結局、青娥の"人が道を分かち先へ進んだ今、鬼は挑まれない壁と同じで置き去りにされますよ"という言葉に折れ、醜態を晒し続けるくらいならと隠棲することに同意した。

 俺としても鬼との暴力的説得に出張る必要が無く、今後のための投資と思えば旨味のある話なので認めることに否やは無い。

 鬼の嘘をつかない心根は理解したので、勇儀には自分の名に懸けて隠棲するように他の鬼を説得すると誓ってもらった。

 首をくれてやれない詫びとして『入れた酒の味がグンと良くなる盃』という鬼の秘宝を譲られたが……いまいち価値が分からん。

 

 三方陣を解除した後、豊聡耳からは説教を喰らいそうになったものの、"鬼が全員隠棲したら、龍神が調伏したと流布する"という案でかろうじて許してもらえた。

 俺の影響力は豊聡耳の後ろ盾だからなぁ、おちおち死んでもいられない。

 テゼレットなんか泣きながら"最後までお供出来ずすみません!"と切腹しそうな勢いだったな。

 

 全てが一段落ついた後、早速再建が始まった龍洞御所を見ながら青娥に問いかける。

 

「青娥、勇儀の助命を乞うたのは他にも何か理由があるだろう。到底あれだけとは思えん」

 

 こいつに限って変な仏心を出した訳もなし、確認しておかないと重大な事だとマズイし。

 

「ホホホ、幻想郷に移って醜態を晒して淘汰されるのを避けたとて、人に置き去りにされるのに変わりはありません。ただそれを眺めるだけの日々……力強き者のみじめな末路と思いませんか?」

 

 

 あー、うん、やっぱこいつ邪仙だわ。

 

 

*1
ゲートウォッチの一人、ギデオン・ジュラが古きプレインズウォーカーが鍛えた剣でボーラスに挑みかかったのを、無慈悲に一蹴した場面のカード。ボーラスの"特別な剣で英雄がドラゴンを倒す"という構図への嘲りを表している。

*2
2点ダメージは出ない


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