龍神ボーラスで東方暮らし   作:名無しの永遠衆

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閑話 諦めない者たち

「……えー、このような背景でもって、日本の統一政権誕生後初の他国による大規模侵略"元寇"が起きた。この時、永遠衆の方々による軍備増強を疑問視していた者たちも、改めて平和を保つための備えの必要性を認識したと言っていい」

 

 とある高校で行われている歴史の授業。

 世界でも類を見ない経緯を辿ったこの国の歴史は近代以前までと近・現代に分類されているが、どちらかは必ず履修しなくてはならないため生徒たちの越えねばならない壁だ。

 学習意欲に差は有れど、飛鳥時代の骸伝永年(がいでんえいねん)不朽法(ふきゅうのほう)以降、龍神が関わる諸々(もろもろ)はこの頃の学生たちには特にウケがいい。

 もっとも、年代を覚える暗記要素が嫌われるのは変わらないのだが。

 

「この元寇の攻勢は二度に渡り、一度目は文永の役・二度目は弘安の役という。特に二度目の攻勢に備えて行われた歴史的な出来事があった。──────鈴木、言ってみろ」

 

「ハイッ! 『永遠神の投入』です!」

 

 そうだ、と満足そうに頷く男性教師。

 年号も同じように覚えてくれればな、と思いつつ、説明をする口が(なめ)らかになるのは彼も同じ穴の(むじな)だからか。

 

「龍神様の御力で、有事の備えとして遥か昔に亡くなった(ふる)き神の骸の永遠衆……『永遠神*1』が実戦投入された。この三神が動物の頭部を持っているのは原始信仰のトーテミズムやアニミズムの観点で非常に興味深く……」

 

 教師は思わず話が逸れてしまったことに気付き、ごほん、と咳払いして気恥ずかし気に続けた。

 彼が学生たちと同じ年頃の時、歴史研究会に所属して日夜仲間と語り合っていた身としては、この話題は身が入りすぎる。

 教師としては、あまりに趣味に寄った話を聞かせるわけにはいかないのだ。

 

「永遠神の個別の名は秘されているが、それぞれ蛇の頭を持つ神が活力、猫の頭を持つ神が結束、鳥の頭を持つ神が知識を司っていたとされる。……おい、ノートとれー! テストに出るぞー!」

 

 慌ててノートに書き込みだす生徒たちを見て、教師はやれやれと肩をすくめた。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 所変わって、とある秘境のそのまた奥、限られたものにしか辿り着く事の叶わぬ屋敷"マヨヒガ"。

 そこで、紫の道士服を着た女性が空間に映し出された高校の様子を眺めている。

 

「おや、紫様。(ちぇん)からこちらに来たと聞いて来てみれば、遠見の術ですか? 外の世界を覗き見とは珍しいですね」

 

 名の通りの色をした服を着る女性に声をかけたのは、似たような作りの青の服を纏う女。

 二人とも金の髪を持ち、どちらも負けず劣らぬ秀麗な顔立ち。

 いささか方向性が違いはするが、人によっては美人の姉妹と思う事だろう。

 しかし青の道士服を纏う女性の背後には九つもの獣毛に覆われた尻尾が生えていて、あからさまなほどに人外の化生であることを物語っていた。

 

「いやねぇ藍、私も"神隠しの主犯"と呼ばれる存在だもの。外の世界の調査研究(リサーチ)(おこた)れませんわ」

 

「そうですか。ならば"幻想郷の賢者"としても、結界の管理にもう少し力を割いて頂きたいものですが」

 

 狐目の女性"八雲(やくも)(らん)"の鋭い切り返しに、"神隠しの主犯"八雲(やくも)(ゆかり)は思わずウッとうめいた。

 幻想郷がまだ不安定な隠れ里だったころ、()()ヤバイところド真ん中の朝廷に忍び込める政治力を買って採用(スカウト)した彼女は非常に優秀だった。

 それまで我の強い他の賢者を必死で纏めながら幻想郷を運営していた紫にとっては、まさに天の(たす)け。

 紫が配下にするときに埋め込んだ"式"の補助を含めてもほぼどんな仕事でもこなせたため、必要に駆られて彼女は藍に仕事をどんどん割り振った。

 なまじ優秀なのが悪かったのか、"幻と実体の境界"や"博麗大結界"を作成する激動の時代を越える頃にはその仕事量はもはや常態化。

 主人と式、使う者と使われる者の関係ではあるが、紫もちょっぴり悪いなーとは思っているのだ。

 

「それにしても()()龍神の眷属を現世では学業として教えているのですか……」

 

 紫が術で映し出した現世の風景を見て、藍はげんなりとした顔をする。

 話題を変えられそうだと感じた紫は、あえて余裕をもって部下に問いかけた。

 

「あら、藍はやっぱり永遠衆は嫌い?」

 

 思惑を隠した主人の問いに、真面目な藍は苦み走った表情で答える。

 

「利は分かります。しかし、朝廷で正体がバレた時にアイツらに数の暴力で叩き出されましたからね……倒しても倒してもキリがないあの感覚は、どうにも苦手です」

 

「ふふふ、今の顔、(ちぇん)に見せたらびっくりするわよ?」

 

「お戯れを……」

 

 責められていたのに、いつの間にか揶揄(からか)う側に立っている。

 この変わり身の早さは老獪(ろうかい)な大妖怪の面目躍如だろう。

 しかし、これらのまやかしに誤魔化されたままでいるほど、八雲藍という妖怪は若くはなかった。

 

「……それで、今度は何処の誰が接触してきたのですか?」

 

「あら、分かる?」

 

 この箱庭を管理するための膨大な雑務を藍はこなしてきたのだ、新参者が来る前の予兆が感じ取れるようにもなる。

 それに紫という管理者の女房役も慣れたものだ、未だに追いつけるとは思わないが、いつも誤魔化されるほど付き合いは短くない。

 

「しかし、ここで新参者ですか……また幻想郷が荒れますね」

 

「大丈夫よ、当代の博麗の巫女は手加減しない子だから」

 

 クスクス笑う紫に、今から後処理の規模の計算を始める藍。

 彼女らに新しい移住者を受け入れないという選択肢はない。

 

 此処は幻想郷、忘れられしものの楽園。

 故に幻想郷は全てを受け入れる。

 それはそれは残酷な話である。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 深夜、守矢神社の祭殿。

 誰もが寝静まるこの時間に、洩矢諏訪子は同じ神社の中でも被らないように行動している八坂神奈子の下を訪れた。

 

「神奈子、まーたなんか企んでるでしょ」

 

「いきなり随分な物言いだな」

 

 単刀直入に問う諏訪子とは対照的に、神奈子はどこかはぐらかすように答える。

 いつもならちょっとした注意だけで終わらせるところだが、感情の行き場が無く鬱屈していた神奈子に余裕がある時点で()()()()()と諏訪子は感じていた。

 

「先の大戦、氏子たちの戦勝祈願に応えた加護も結局信仰に大きくつながらなかったしさぁ。もういい加減諦めたら?」

 

 分隊長として永遠衆の実地指揮をしに戦地へ赴く氏子たち。

 戦勝祈願に多少集まった信仰に応えて可能な限りの加護を与えたが、結局戦勝は永遠衆の活躍あっての事。

 結果としてやらないよりマシだったが、大勢を変えうるものではなかった。

 あれから大きな戦は無い。

 未来の展望のなさ、生かされているだけの現状に神奈子が不満を持っていたのは知っていた。

 

 だが、今更自分たちに何ができる? 

 龍神(あいつ)への信仰という大魚の口から零れた信仰が、今の自分たちを現世に繋ぎ止めている。

 出来る事と言えば、参拝する熱心な氏子の小さな願いを叶えることくらい。

 そんな体たらくにもかかわらず、内なる野心を隠そうともしない神奈子が諏訪子は昔から好きで嫌いだった。

 もし、神奈子が無茶しようとすれば、きっとあの娘(早苗)は付き従うだろう。

 それだけは、認められない。

 龍神以外に信仰などほぼ存在せぬ時代になって、今更現れた先祖返り。

 かつての王国の残り香、愛しく切ない我が子の(すえ)

 あの娘を巻き添えに死に花咲かせようなんて考えているのなら、全力で刺し違える覚悟があった。

 

 軽い言葉とは違い、言外に"タワケたこと抜かしたらぶっ飛ばしてやる"という気迫のこもった諏訪子の言葉に、神奈子は涼しい顔で応える。

 

「諦めなどしない、私が私としてある限りな。……だが今すぐ龍神(あいつ)に挑んで玉砕するつもりもない。だから少し落ち着け、殺気が漏れている。早苗たちが起きるぞ」

 

 すぐさま臨戦態勢に入りかけた諏訪子を、神奈子は余裕をもってなだめた。

 諏訪子は釈然としない顔をしたが、神奈子が一枚の紙────術の込められた式紙を見せると表情が変わる。

 

「ふーん、それが今のアンタの"希望"?」

 

「ああ、秘境"幻想郷"の話は知っているだろう。そこに移住を考えている」

 

 神奈子の言葉に、諏訪子は訝し気に彼女を見つめた。

 

「本気? 幻想郷、忘れられたものの楽園と言えば聞こえはいいけど、結局は敗残兵のたまり場でしょ? 牛後より鶏口ってのは分からなくはないけど、お山の大将で満足するのはアンタらしくないね」

 

 まだ隠してるならさっさと吐け、という諏訪子の促しに、神奈子は語った。

 幻想郷のまやかしに包まれた事実を。

 

「たしかに幻想郷は負けた者の集まり、敗れ忘れられた者が最後にたどり着く場所だ。……だがおかしいとは思わないか? 幻想となったものを限られた箱庭にかき集め続けるなど」

 

「その方が都合が良いんでしょ。なんだっけ五百年くらい前に『妖怪拡張計画』だとか言って各地の妖怪やらの集まりに触れ回ってたじゃん」

 

 諏訪子の言葉は事実だ。

 五百年以上前ではあるが、各地に隠れ潜んでいた人ならざる者たちを幻想郷がかき集めた。

 幻想郷内部の妖怪の数のバランスの為だと言われていたが。

 

「五百年も前の話だぞ? 未だに結界で幻想の者たちを集め続ける理由にはならん」

 

 そう言われれば、おかしな話ではある。

 人間と妖怪の数のバランス調整ならもっと短い期間で終えているはず、しかし幻想郷は今もって忘れられたものたちを集め続けている。

 諏訪子は話が俄然(がぜん)キナ臭くなっていくことに眩暈を感じるとともにどこか納得していた。

 こんな紛争のタネみたいな話、神奈子が首を突っ込まないはずがない。

 

「幻想郷の中に忘れられた者たちを集め続ける、外の世界には龍神(あいつ)のおかげで幻想を受け入れる下地はある。ならば最終的に内部の幻想が外の現実の量と釣り合い、超えたなら……」

 

「中の幻想が外の世界に溢れ出す、か………… なーにが楽園だい。反撃の牙城の間違いじゃない?」

 

 実際にはそんな日は来ないのかもしれない。

 だが逆転の目があるなら、未来に希望をもっていられる。

 実に神奈子らしい、大きな野心だ。

 

「一緒に来い、諏訪子。私はお前を死ぬほどこき使うと決めているんだ」

 

「……早苗は連れて行くの?」

 

 一緒に来て欲しい想いと、無理に付き合わせたくない想い。

 二つに揺れる諏訪子に、神奈子は自信ありげに笑った。

 

「私とお前が一緒に行くなら、止めたって付いて来るさ。あの子は私の風祝(かぜはふり)だ」

 

「……言っとくけど、()()()()()()だからね!」

 

 

 

 逆転の一手か、破滅への道か。

 ただ星空は、諦めない者たちのために輝いていた。

 

*1
アモンケットで殺害した神々をボーラスが永遠衆に加工したもの。蛇頭のロナス・猫頭のオケチラ・鳥頭のケフネト・鰐頭のバントゥがいる。特にバントゥはボーラスの決定的敗北の原因となった。




某龍神「ケフネトは許す、ロナスも許す。オケチラも、まぁ許そう。
    だがバントゥ、テメーはダメだ。」


アマラ深界在住 様、誤字報告ありがとうございます。
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