龍神ボーラスで東方暮らし   作:名無しの永遠衆

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第二十七話 怪しい噂

 鬼たちの襲撃からはや数ヶ月。

 勇儀は約束を守ったようで、龍洞御所の修繕が終わる頃には都の近辺の国で鬼の目撃は激減した。

 流石に種族全員漏れなくとはいかなかったが、勇儀に声をかけられなかった名も無き鬼は種族の中では弱小の部類なので永遠衆でかろうじて対処できる。

 弱小の輩でそれなんだから本当にフィジカル強いよなぁ……

 

 龍洞御所の復旧が終わったことで、定期的に行われていた豊聡耳たちとの会合を再開することになった。

 定例会合は最近では身の回りで起きたちょっとした出来事の報告や豊聡耳の政務の愚痴、布都と屠自古の習得した術の発表会みたいになっているが、時折り新たに開発されたエーテリウム電池動力のカラクリ仕掛けなどの報告もあって侮れない。

 "冥田収受法で貸与された《仕える者たち》を返すので、新たに不朽処理された血縁者の遺体を取り上げないで欲しい"という嘆願が出ていたのを知ったのもこの会合だったし。

 総じて、迂闊な事をするたびに耳に痛い小言を貰う場ではあるが、貴重な生の情報が得られる機会でもある。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

「歳を取らない尼僧?」

 

 定例会合で豊聡耳たちと談話する中で、最近安門京都で流れている噂としてそんな話題が出た。

 龍洞御所とは都を挟んで反対側、都の裏鬼門に当たる方角の山寺にいつまで経っても若い尼僧がいるらしい。

 毘沙門天を祀る山寺で仏道の教えを説いているその尼僧は、近くにある信貴山の寺を建立した命蓮という高僧の姉を名乗り、高徳により歳を取らず若いままなのだと。

 

「流石に騙りじゃないか? というか、その尼僧の弟の命蓮とやらに確認をとればいいだろうに」

 

「初めにやったさ。しかしね…………死んでるんだよ、とっくに」

 

「は?」

 

 話を聞くと、信貴山の寺が建立されたのは今から六代も前の王の御代のこと。

 その時の王が崩御したのも六十年以上前で、命蓮の姉らしき人物が訪ねて来たことはあったらしいが詳しいことは定かではない。

 問い合わせられた現在の住職は面目無いと謝罪して来たそうだが、責めるのは流石に無体だろう。

 となると、実際その尼僧に会った者の古参の感想だけが元になる。

 これが五、六年やそこらならただの童顔で済んだ話だが……

 

「十年以上経ってもシワ一つ無いそうだ、訝しいだろう」

 

「裏が無いとしたら驚異的な若作りだな」

 

 この時代でそのレベルの若作りができるとも思えないので、つまりは裏があるということになる。

 こう言っては何だが、どんな裏があろうが、表面上を取り繕えるのならば介入するほどの話ではないのだ。

 問題は、その尼僧の化けの皮がはがれた時に"歳を取らない人間"ということになっている豊聡耳たちに疑いの目が連鎖するかもしれない事か。

 

「歳を取らない人間などいない、死後の輪廻解脱を謳う仏道の信徒ならなおさらね。ならば正体は人間ではないか、人間をやめた"人でなし"かだ」

 

 厳密に言えば豊聡耳を含めた仙人も彼女の言うところの"人でなし"なのだが、それを口にすれば"【理想的な為政者】など只人の身で務まるとでも? "とか返ってくるだけだから黙っていよう。

 その尼僧の正体が狐狸の類か、はたまた外法に手を出した破戒僧かは知らんが、政治不信の引き鉄になってもらっては困る。

 まともな説法しかしてないなら可哀想ではあるが、盤石な基盤の維持の為にも王道楽土の礎になってもらう他ない。

 

「しかし、この話を俺にする必要あったか? 俺の図体じゃ尼僧の身辺調査とか向いてないんだが」

 

 精神体での偵察は妖怪や特殊な感覚の持ち主にはバレるのは判明済みだ。

 むしろ豊聡耳が対処を済ませて報告だけ上げるのを聞く以外に出来ることあるのか? 

 

「その尼僧の居る山寺が評判になるのと前後して、近隣で"空飛ぶ船"が目撃されている。彼女は吉兆の『宝船』だと説いてるらしいが……叩けば埃が出そうだろう」

 

 その言葉に思わず唸る。

 なるほど、豊聡耳たちが山寺を査察でもして調査、俺は関連の疑いがある宝船の現場を押さえて証拠か情報を押収する訳だな。

 空の上まで出張る必要があるのなら、確かに俺向きの仕事だ。

 

「ああ、それと今回は連絡役として布都を君に同行させる。布都も、もう十分に実力を養った。生半な妖怪には(おく)れは取らないから安心するといい」

 

「この物部布都、ぼぉらす殿の足手まといにはなりませぬ! 共に太師様のために怪しき輩を征伐しましょうぞ!」

 

 話に上がった布都は、フンスフンスと聞こえそうな程息荒く意気軒高な様子だ。

 征伐って…………まだ討ち取ると決まってはいないんだが。

 暴走しそうなくらい気合が入ってる様子に他の面々に助けを視線で求めるが、豊聡耳はこの役割を決めただけに涼しい顔、屠自古は"アンタにゃ悪いが面倒見てやってくれ"と言いたげな申し訳なさそうな顔、青娥は……完全に面白がってるなコンニャロウ。

 思わず青娥に"お前も手伝え"と言いたくなったが、この状態の布都に加えて青娥もとなると俺の手には余ると思い直す。

 青娥は『ギリギリ怒られはするけど許される』くらいのラインまで踏み込むのに躊躇が無いからな、巻き込むと話がややこしくなりやすい。

 特に、興奮して猪突猛進な状態の布都など格好のからかいのタネだろう。

 むしろ勝手に首を突っ込んでこない様に、しばらくテゼレットとエーテリウム電池動力機関の研究を名目にカンヅメにさせておくか。

 

「では、ぼぉらす殿! 早速明日にでも、その怪しき船を探しに行きませぬか?」

 

「待て待て、闇雲に行っては上手くいかん。まずは事前調査をだな……」

 

 

 あー、本当に大丈夫なのかね、この娘は。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 永遠衆の中でも飛行能力を持つ《エイヴンの永遠衆》や《叫ぶ落下兵》を使った事前調査の結果、満月の度にそれらしき物体が上空を飛翔している事が分かった。

 しかし一体何処から現れたのか、そして何処へ帰っていくのかも、その時になって急に周囲を覆い隠す雲のせいで分からず仕舞いである。

 そういう訳で、当初の予定通り飛んでいるところを直接押さえるべく、俺と布都は満月の空に飛び立った。

 

「布都、もうすぐ目的の"空飛ぶ船"とご対面だ。準備は良いか?」

 

「問題ありませぬ! しかし、雲間の遥か空の上とは、足元が揺れてまるで船の上のような不確かさですな……」

 

 むう、俺は自分の翼で飛んでいるが、布都は俺に乗っているだけだからなぁ。

 自分の思うようにいかない不安定な足場は、平衡感覚が狂うから本能的に嫌なものだし。

 幸い、布都は乗り物酔いしない方のようで、飛行機などとは比べ物にならない程乗り心地の悪い俺の上でも気分が悪くなったりはしていない。

 豊聡耳に付き添って馬で遠乗りとかもしてるらしいから、一般人より振動に慣れてるのかな。

 そんな事を考えてる飛んでいるうちに、進行方向の雲が引き裂かれ、件の"宝船"とやらが姿を現した。

 

「…………宝船と聞いたからどんなものかと思っていたが、こんなものか?」

 

 大きさは中々だ。

 竜骨など西洋船にある構造が無いこの国の船に比べれば、確かに巨大と言えるだろう。

 その船の上に、一軒の長屋を載せたような独特の形状。

 積載だけでなく居住まで用途として考えられているのだろうか。

 概してこの国の船としては規格外に凄いのだろうが……俺としては拍子抜けだ。

 なんかもっとこう、でっかい帆に宝とか書いてあって、珊瑚や米俵をこれ見よがしに載せたおめでたい感じかと思ったがそうじゃないし。

 MTG的にも《宝船の巡航》*1なんかは印象深いカードだったが、それに比べても木材一色で地味だ。

 空を飛ぶくらいだから、特殊な力があるのは間違いないが……

 

「ぼぉらす殿、いかがしますか?」

 

「……そうだな、まずは接触し、相手の出方を見てみるとしよう」

 

 俺は船の前半分にしがみつくように掴まり、体重をかける。

 船は大きく木材の軋む音を響かせるが、壊れることはなかった。

 これは、見た目通りの耐久力じゃないな。

 その辺にも何か特殊な力が働いていると見るべきだろう。

 

「くぉらあああああぁぁぁ! 私の船になんてことすんの!」

 

「ちょっとムラサ! 出ちゃダメだって!」

 

 船の建築物部分から飛び出してきたのは、白装束にびしょ濡れの黒髪と空色の髪の尼頭巾姿の少女二人組。

 尼姿の方がはがい締めにして抑えようとしているが、びしょ濡れの白装束の方が底抜けの柄杓を振り回しながら彼女を引き摺って出て来た。

 

 ……片方は尼、か。

 

 やっぱり、件の尼僧は黒だったらしい。

 

 

 

 

*1
墓地のカードを代替にコストを低減できるドロー呪文。パワーカードすぎていくつかのフォーマットで禁止・制限された。

これからの展開について

  • まだまだ時代順に見ていきたい
  • そろそろ原作時期の絡みが見たい
  • 過去の原作勢が概ね出たら時代飛ばして
  • 並行して書け

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