龍神ボーラスで東方暮らし 作:名無しの永遠衆
霊気動力の利用が始まって、都の発展は著しい。
工業では紡績機・織機の自動化、農業では耕運機などの農業機械の導入もあり、国としての生産力も右肩上がりだ。
耕作地の急速な拡大とテゼレット肝いりのプロジェクト『霊気動力鉄道計画』によって物流も大いに盛んになってきている。
今のところ大規模耕作地と各地の都市の幾つかを繋ぐ程度に留まっているが、最終的には国中に食料と物品を流通させる一大計画は、人口の増加に伴う
まあそんなこんなで、民の生活水準は上昇、国の国力も充足してきて大きな戦乱も無し────これは芽が出てすぐに潰しているからだが────と全部良いように見えるが、今一番地獄を見ているのは朝廷の文官だろう。
急速に拡大する農地と税収、増えた人口に割り当てる冥田と《
そうなれば朝廷の最高責任者である王の執務も当然のように激務であり、引退して”上皇””院”と号される先代の王も執務に引っ張り出されて戦力に数えられてしまう事態になっていた。
特に為政者としての経験が段違いに長い豊聡耳は院と王を足しても届かないくらいに多い執務をこなして余裕を持っていたのだが……
「しばらく来れない?」
「ああ、引き受ける執務の量が流石にね……」
定例会合で豊聡耳からそう聞いた時には、いよいよ朝廷の処理能力も限界に近いのかと思った。
しかし聞いてみると、話はそう単純ではないらしい。
執務の大きな戦力でもある先代の王、鳥羽院。
彼が最近、体調を崩しがちで執務をまともにこなせなくなったために豊聡耳にしわ寄せが来たようだ。
鳥羽院も、もう引退した身なんだ、齢が齢なら身体にガタがくることぐらいあるだろうと思ったのだが、典薬寮*1の診察ではそうではないとのこと。
「は? 腎虚*2?」
「……まあ、私もこれを聞いた時は耳を疑ったがね」
いい歳した先王が新しく入った若い寵姫に魅了されて体調を崩す程にやつれている、と……それで仕事が回ってきた豊聡耳はさぞ複雑な気持ちだろう。
先王もそこまで色好みといった噂は聞かなかったが、そんなに入れ込むとはその寵姫はどれほど美しいのか。
美貌でもって権力者の身代を持ち崩す、まさに傾城……いや朝廷の執務に障害が出ているんだから傾国か。
「そんなに美しいというなら一つ俺も見てみたいものだな」
「種族が違う君にそこまで言われるとは、美しさで”玉藻の前”に敵う者はいないかもね」
…………あ? たまものまえ?
「その寵姫の名前は”玉藻の前”で間違いないのか?」
「あ、ああ。そうだが、どうかしたかい」
玉藻の前、傾国の美貌、新しく寵姫になった、体調を崩す先王……
やべぇ、アカン要素が役満になってる。
「豊聡耳、お前から見てその寵姫はどう見えた?」
「いや、執務が忙しくて鳥羽院の寵姫に面会するほどの暇は取れなくてね。……だが、博識で女官もやっている彼女と確かに一度も顔を合わせたことがない、妙だな」
豊聡耳を執務で忙殺して正体を隠す、か……やってくれるじゃないか。
他人の欲の声を聴く豊聡耳が相手では隠し切れないと踏んだからこそ、自然な形で接触機会を消したわけだ。
俺も”玉藻の前”なんてビッグネームじゃなかったら、年寄りの火遊びだと見逃すところだった。
「布都はその寵姫と会ったことはあるか?」
「数度言葉を交わした程度ですが……心映え穏やかで、機知に富んだ好人物に思えましたが」
布都視点では怪しい所は無しか。
じゃあ屠自古は? たいていセットで行動してるよなこの二人。
話を彼女に振ると、少し言い辛そうに答えた。
「私はこの体だからあんまし文官と接点ねーからな……だけど、遠目に見る限り愛想のいい奴っぽかったが」
……ふむ、屠自古視点でもシロか。
もしかしてこの世界では普通の寵姫なのか?
思えば、俺の疑念の論拠は元の世界の記憶だけだし……でもなぁ、”玉藻の前”だしなぁ……
「あらあら、お二人は少し眼が曇っていらっしゃるのでは? 私から言わせれば、彼女はかなりの食わせ物だと思いますよ」
「青娥……」
芳香を膝枕してあやしながら剣呑な意見を出したのは青髪の邪仙。
その顔は微笑みを湛えてはいるが、寵姫を貶める己の意見に強い自信があるのは明らかだった。
「”良い子チャン”過ぎるのですよね。性格に幾らかの
なるほど……毒婦は毒婦を知る、ということか。
蛇の道は蛇に聞け、とはよく言ったものだな。
そう考えれば、もう何百年為政者の側近をやっているということもない二人をして隠し通せるとは尋常の演技力ではない。
新しく寵姫として入ったというなら齢は若いはず、まずあり得る事とは思えん。
確かめねばならない、一番簡単なのは豊聡耳に面通しさせることだが……
顔を豊聡耳に向けると、彼女は肩をすくめた。
「まあ確実に何かと理由をつけて私の面会を断るだろうね。最悪は骨抜きにされた鳥羽院から有形無形の妨害が入るだろう。……いや、執務も逼迫しているから既に入っているのか」
まあ、そうだろうな。
仮に俺が記憶を見ようと玉藻の前を呼び出しても、体調不良とか先王が断りを入れるとかするだろうし。
そうなると、非公式で忍び込み、記憶を見てしまうのが簡単か。
豊聡耳にそう伝えると、任せる、だが……と釘を刺された。
「いつかの宝船騒動の時のように、足元を掬われることの無いよう気を付けたまえよ」
「……そうだな、『追い込まれた狐はジャッカルより凶暴』*3かもしれん」
「じゃっかるとは何だい?」
「あ~~……
※※※
毎度お馴染みになった精神体で、宮中の壁を無視して玉藻の前に割り当てられた居室に向かう。
マナを支障が出ない程度に可能な限りかき集めて来たので、不安定な抽出されたマナが消えるまで時間との勝負だ。
普段宮中の壁には妖怪や怨霊除けの結界が張られているが、今は青娥の手引きで解除されている。
精神体の今の俺には遮る物が無いので、ほどなくして目的の場所に到達した。
豊聡耳の面会依頼を体調不良で断ったので、居室で御簾の中で横になって眠っている玉藻の前。
俺の存在に気付いているのか、それとも気付かず眠っているのか、どちらも記憶を見ればわかることだ。
(それでは確認させてもらおう。《心臓露呈》)
物騒な名前の呪文だが、本質は宝船騒動の時に一輪に使ったものと同じ
野望の神バントゥ曰く、『真意が宿るのは頭脳ではなく心臓だ』。
その心底、見定めさせてもらおう……
俺が玉藻の前の記憶を読もうとした時、視界が暗転し世界が全く違うものへと変わった。
精神体だったはずの俺はいつものドラゴンボディに、周囲は黒で塗りつぶされたような果ての無いものに、そして眼前には石で作られた組木細工のような隙間の無い立方体が浮かんでいる。
そして頭に響いたのは妙齢の女の声。
【淑女の心に土足で踏み入ろうという不埒者には、それ相応の報いを受けてもらおうか】
声と共に眼前の立方体が震えると、青く燃える火球が幾つも現れて俺へ目がけて放たれた。
マナはいつになく充足している、《相殺の風》で火球を吹き散らし、俺は状況を理解した。
これは精神世界だ。
アモンケットでジェイス・ベレレン*5がボーラスに精神魔法で挑んだ時のように、己の精神が剝き身で晒されているのだ。
もともとゲートウォッチがカチコんでくることも考えてたんだ、精神魔法に関してはだいぶ前から研究している。
一つ、精神世界では
二つ、精神世界では
三つ、それらの呪文は
つまり精神世界での戦いとは、クリーチャーなしでの空中戦だ。
そして精神世界と言うことは、現実で使ったらヤバそうな呪文を使っても何の影響もないということ。
マナは十分すぎるほどある、まずはこちらを有利にさせてもらおう。
【いくぞ、《
膨大な多色のマナが吹き荒れ、俺の精神の写し身であるボーラスのドラゴンボディがみるみる大きくなっていく。
《
アラーラという五つに分かれた次元の断片が元に戻る時に引き起こされる強大なマナの嵐を、自分の為にかすめ取ろうというボーラスの邪悪な計画の一つ。
効果は赤・青・緑・白・黒のカードを一枚ずつライブラリー(デッキ)から選んで手札に加える破格のものだ。
……まあコストも五色+3マナと破格なんだが。
立方体が再び火球を飛ばしてくるが、既に体格差でその程度の大きさの火球など手で振り払っても熱くもなんともない。
俺が立方体をこじ開けようと大人と子供どころか巨人と小人ほども差がある手を伸ばすと、すぐさま立方体は形を栗のイガのように変えて掴まれるのに抵抗した。
棘が刺さらないように一部を毟ると、すぐさま新たな棘を生やして俺を威嚇する。
もはや俺に攻撃するのはやめて守勢に専念している玉藻の前の精神(仮)に、俺はとどめの一撃を与える事にした。
そう、まさにこういう局面にぴったりのやつを。
【下らない作戦もそれまでだな、玉藻の前よ。身の程知らずのうぬぼれはどこへいった? *6 《機知の終わり》】
相手の手札全てを捨てさせる、まさに破滅の呪文。
それを受け、溶けるように彼女の精神の防殻が消え去ると内に守られていた記憶が流れ込んできた。
──────やはり、九尾の狐だったか。
大陸の国家を荒らした後、遣唐使の船に便乗してこの国にやってきたようだ。
俺としては濡れ衣じゃない事さえわかればそれでいい。
適当な記憶を一つ吹き飛ばすと、世界は元の玉藻の前の居室に戻っていた。
しかしそこにいるのはもう玉藻の前ではない。
着物の下からは九つの金毛の尻尾が見え隠れし、艶のある黒だった髪も獣毛と同じ金髪に変わっている。
「えっと~、あなおそろしや~。玉藻の前様は狐の化生であった~、者ども~であえ~であえ~!」
間延びした声で女官姿の芳香が叫ぶと、扉から永遠衆が部屋になだれ込む。
呆けていた玉藻の前も己を取り戻し、巨大な狐へと姿を変えて彼らを弾き飛ばすも、その数は全く減らない。
この日の為に、近隣から二万体の永遠衆を動員したんだ、そう簡単には弾は尽きないぞ。
気付かれないよう青娥が手引きして、この辺の天井裏から床下まで永遠衆がみっちり控えてるんだ。
まるで蟻にたかられた死に掛けのバッタみたいになっている九尾の狐を尻目に、後を任せて俺は宮中を後にした。
※※※
「ハァッ、ハッ……ハァッ……」
雲霞の如く襲い来る龍神の眷属を命からがらいなし、宮中を脱出した九尾の狐。
襤褸雑巾のようになった体を引きずり山中に身を隠したが、騒がしい声が遠くから近付いていることから考えるに、既に山狩りが始まっているらしい。
「もはや、これまでか……」
「そうでもありませんわ」
「なに!? ウッ……」
突然の他者の声に驚くのも束の間、何かが身体に打ち込まれる感覚と共に九尾の狐は意識を失った。
山狩りは夜通し行われたが、血痕は見つかったものの不自然に途切れ、その遺骸は見つかることはなかったという。
「朝廷に幻想が圧されている今、貴重な戦力になりますものね」
闇の中に誰が聞くこともない、うすら怪しい婦人の声だけが響いた。
これからの展開について
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まだまだ時代順に見ていきたい
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そろそろ原作時期の絡みが見たい
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過去の原作勢が概ね出たら時代飛ばして
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並行して書け