龍神ボーラスで東方暮らし 作:名無しの永遠衆
件の古木”西行桜”があるのは
花見ごときを大事にしたくない俺からすれば人気が少ないのは好都合で、出発を目撃する者がいないように日が沈んでからの出発だ。
同行者は三人。
豊聡耳から借りてきた随伴者兼お目付け役、蘇我屠自古。
霊気動力鉄道計画の列車初号機『クロミウム*1』と弐号機『アスマディ*2』が完成したので息抜きに連れてきた開発主任、テゼレット。
──────”花見をするから来い”と雑に誘われた幻想郷の賢者、八雲紫。
約一名笑顔が怖いが、善意で誘ったのにコレガワカラナイ。
しかも道中で妖怪嫌いの屠自古は八雲に一々つっかかり、八雲も分かっていて彼女をからかうものだから、仲裁するテゼレットが元の性格との乖離とか気にならなくなるくらいの清涼剤だ。
屠自古は豊聡耳と離れ離れな事へのイライラから八つ当たり気味なのはわかるが、一応俺が呼んだ客なんだから少しは仲良くしてくれよな……
面倒な山道もひとっ飛び、空から目的地を探すと山間の開けた場所に本当に桜かと疑うような巨木が生えている。
咲き方からして八分、いや七部咲きってところか?
今日は空に雲も少ないし、明日の昼ごろには満開になってるかもな。
どうやら絶好のタイミングで来られたらしい。
なぜか巨木の周りだけは森が開けているので、空き地に木々を薙ぎ倒さないように降りる。
いやしかし、たまには外出もいいな! 空気がうまい!
龍洞御所近辺も開発が進んでるし、やっぱり山間まで来ると森林浴とかマイナスイオン的な何某かがあるのかもしれない。
同行している皆にも同意を求めたが、俺の意見に追従Bot状態のテゼレットはともかく、他二人は”どことなく空気が澱んでいる気がする”と不評だった。
おかしい……俺はすごいしっくりくるんだが……
さて、では目的である花見といきたいところだが、月に桜も悪くはないが満開間近のようだし夜明けを待ってもいいだろう。
適当に野営する場所を見繕おうとすると、巨木の陰に小さな小屋があるのに気付いた。
あばら家、というにはしっかりした造りだが、複数人が住んでいるにしては小さすぎる。
こんな辺鄙なところにも住人がいるのか? どこかの開拓集団*3でもあるまいし。
朝起きてパニックになられても困るし、接触はしておこう。
誰が対応すべきか?
見上げるほどの巨竜、ダメ。
足の無い亡霊、却下。
片腕が銀の鉤爪の男、うーん惜しいが無し。
消去法で、人間に姿が近くて気配も自在に消せる八雲だな。
呼んでおいてよかったよかった。
「はぁ……あの方も、もう少し他所の都合というものを考えてくれるとよいのだけれど……」
ただの妖怪や神からの呼び出しなら無視するか文句の一つも言うところだが、相手が朝廷の中枢に巣食う龍神となれば分が悪い。
折しも、新たな
ここで不用意な対応をして、せっかく安定してきた大事な箱庭を潰されるわけにはいかないのだ。
それにしても、妖怪の隠れ里を運営している身で言うことではないかもしれないが、よくもまあこんなところに住んでいる者がいたものである。
まるで土地に染み付いたような穢れ、そしてそれが放つ瘴気にすら近い澱んだ空気。
あの自称龍神は居心地よさげであったが、普通の人間には害が出るギリギリだろう。
不謹慎かもしれないが、どんな奇特な人物なのか少し興味がある。
木戸を叩き、妖力を隠して眠っているだろう家主に声をかけた。
「もし……夜分に申し訳ありません。どなたかいらっしゃいますか?」
いくばくかの間をおいて戸を開けて出てきた人物は、予想の外のものだった。
「……お客人ですか? お初にお目にかかります。私はこの地で墓守をしている幽々子と申します」
お、八雲が家主らしき若い娘を連れてこっちに来た。
事情は大体伝えたようで、目を丸くしているが恐怖に慄く様子はない。
家主の娘はこんな山奥に住んでいるにしては顔立ちが整っている、実は良いところのお嬢さんと言われても通じるくらいだな。
若干目が死んでる気もするが、儚げなダウナー系美人といったところか。
「龍神様にお初に御目文字致します。この地で果てた歌人西行の娘、幽々子と申します」
「少し場所を借りるぞ。公式な場ではないから楽にしろ」
一応偉そうにして挨拶を受ける。
本当は傍に控えるテゼレットか屠自古が応えるのが正式なんだが、それも含めて非公式であることの裏付けだ。
どうせ明日には帰るんだし、娘一人に形式をガチガチに守る必要もあるまい。
頭も上げて構わないと思うんだが、幽々子は平伏したまま続けた。
「龍神様の恩情に重ねて感謝を。亡き父が受けた恩情のおかげで私は生きています」
「は?」
俺は原作ボーラスと違って造反者狩りとか最終的に死ぬ試練への強制参加みたいなの課してないから心当たりないんだが?
いや、亡き父って言ってるし、なんかやらかしたのは父親の西行の方か。
西行、西行ねぇ…………なんかあったっけな。
「あれじゃねーか? 『反魂術事件』てのあったろ」
屠自古が少しばかり前にあった事件を挙げ、当時のことを思い出す。
《仕える者たち》の不朽処理技術を見様見真似で模倣した若者が、『反魂の術』と称して勝手にゾンビを作った事件。
本人は生前の記憶を保持したしゃべれるゾンビを目指したらしいが、出来上がったのは《むら気な召使い》*4のようなもの。
厳罰を求める意見もあったが、結果がお粗末だった事で俺の威が相対的に上がった事、若者の両親の必死の嘆願と宮中の政治力学の結果、出家させて出世コースから外すことで決着したはずだ。
でもあれ西行なんてやつ関わってたっけ?
「『反魂術事件』の術者である佐藤義清の出家後の法名が西行ですな。将来を嘱望されていただけあって歌人としても優秀だったようです」
テゼレットが補足してくれるが、正直そんなん分かるかぁ!?
この時代、名前をコロコロ変えるやつが多すぎるんだよなぁ。
生まれた時から固定の名前があるエルダードラゴンを見習えよな*5。
「ま、まあいい、俺に含むところはない。桜を楽しんだら帰るつもりだ」
「はぁ……」
※※※
夜が明け日が高くなり始めると、陽気と共に西行桜の咲いていなかった蕾が花開きだす。
料理や酒は事前に龍洞御所で用意したものを運んできた。
場所を借りただけでも良かったのに、幽々子”食事されるのなら……”と、わざわざ山菜を集めて一品用意してくれた、ありがたいことだ。
野外での催しということで、膳など特に用意していないので屠自古は食いにくそうにしているが……こういう時育ちって出るよな、あいつ口悪いけど基本お姫様だし。
花見の席なので俺も、飲み食いは必要ないが酒をたしなんでいる。
といっても文明的にどぶろくなんだが。
龍洞御所にもたびたび酒は奉納されるんだが、いかんせん普通のどぶろくは糠臭くてかなわん。
なのでこの時代では偏執的な精米で糠を削ってつくった特別製のどぶろくを持ってきたのだ。
俺の巨体で味わう量が必要だから大きな樽で持ってきたが、俺目線だとショットグラスより小さい。
酔うために作った訳じゃないが、掛かった費用を思うと釈然としないな……
「へぇ、それが噂になっている”龍神の美酒”ですか? 独りでお楽しみとはどうかと思いますわよ」
「八雲、飲みたいのならそう言え」
こいつ、美人だけど結構酒好きだよな。
同じく糠臭いどぶろくは苦手らしくて、遠い異国の珍陀酒*6を飲んでいたのを見たことがある。
思い返せば豊聡耳や青娥、神奈子や諏訪子も酒好きだったし、この世界はのんべぇが多いのかもしれないな*7。
桜を愛でながらのんきにそんなことを考えていると、屠自古が機嫌悪そうに話しかけてきた。
「……おい、気付いてるか?」
「何がだ?」
俺の答えが気にくわなかったのか、視線を鋭くして彼女は続けた。
「ただの桜の名所にしちゃあ、ここは穢れが強すぎる。桜の根元をよく見てみろ」
促されて観察してみると、土が丸く盛られたところが結構ある。
幾つかは盛られてからそう経っていないのか、土が新しいように見えるが……
「ありゃあ、土饅頭だ」
「ゲェッ!?」
土饅頭、つまりは土葬の跡だ。
”綺麗な桜の根元には埋まっている”とは良くいう迷信だったが、マジかよ……こわ……
というか、いくらなんでも数が多過ぎないか。
衝撃の事実に幽々子に確認を取ると、彼女はためらいがちに答えた。
「父の最期の話を聞いてここを訪れた歌人たちの墓なのです……自分もここで最期を迎えたいと。その弔いも兼ねて私はここで墓守をしているのです」
ちょっとだけ”お前も肥料になるんだよ! ”みたいな山姥的展開かと思ったけど、この娘さんにはそんなことする力はなさそうだ。
「おそらく、最初の数人は言葉通りだったのでしょうが、その骸から穢れを得て桜が半ば妖怪化してしまったのでしょうね。むごい話ですわ」
八雲の推測によると、桜自体が【死体から穢れを得る】→【花に見惚れたものを死体にする】の流れを繰り返しているのだろうとのこと。
餌を引き寄せる食虫植物みたいなものか……何が酷いって、誰にも悪意が無かったのが酷い。
妖怪化ってことは放っておいても改善はしないだろうし、むしろ悪化するだろう。
ミシュラランド*8みたいな一時的な妖怪化ならまだしも、完全に妖怪になって移動されても困る。
「今のうちに伐採してしまうか*9」
俺がポツリとこぼした言葉に、幽々子が血相を変えて平伏して言った。
「不遜なことは承知ですがそれだけは御勘弁を……! 我が父が最後に愛した景色なのです……!」
「同情するけど、そういうわけにもいかねーだろ。こんな危険な妖怪予備軍が居ていい場所なんてあるわけ……」
そこまで言った屠自古と俺の視線が八雲へと流れた。
妖怪たちを保護する箱庭”幻想郷”の管理者である八雲はいきなり自分に話が流れてきたことに狼狽する。
「ボーラス様っていつもそうですわね! 幻想郷の事をなんだと思ってるんですか!」
俺も成長したからここで本音の『正直、便利な場所だと思ってる』ではなく『ソンナコトナイヨー』と建前で答える。
八雲も幻想郷の理念からして断れないんだから、素直に受ければいいのにな。
結局、西行桜は八雲の力で幻想郷の中でもそう簡単には来れない場所に植え替えられることになった。
幽々子は”命ある限り、あの桜の行く末を見守ろうと思う”と共に幻想郷へ移住を決断。
妖怪溢れる幻想郷へ移住する意志の強さに、八雲も幽々子を気に入ったようだ。
予想外のことが結構あったが……まあ下調べ通り荒事にはならなかったから豊聡耳もうるさくは言わんだろう。
「あれ? そう言えばテゼレットはどうした?」
「あいつは真っ先に酔い潰れたよ。最近太師様並みに仕事抱えてたからな」
やば……流石に仕事を振りすぎたか。
忠誠心があるといっても、もう少し労働環境を整えてやらんといかんな。
ゾンビはブラックでも、生者にはホワイトな環境を整えるのが今後の課題か。