龍神ボーラスで東方暮らし 作:名無しの永遠衆
第二十三話以降の太政大臣に就任した豊聡耳神子の公称は『聖徳太師』です。
これは太政大臣の唐名が『太師』だからなので、『太子』の誤字ではありません。
紛らわしい表記で申し訳ございません。
妖怪たちの隠れ里を管理している"幻想郷の賢者"八雲紫。
普段はこちらから呼び出すことが多いのだが、珍しく向こうから連絡用の式を寄越してきた。
まあ、結構な頻度で便利遣いしている自覚はあるので、多少の頼みごとがあるなら聞いてやらんでもない……くらいの気持ちでいたのだが。
「月のやつらと戦争?」
マジで? 自殺志願者なのか??
月の奴らの技術力は圧倒的だ。もし現在の永遠衆全部を動員して総力戦を仕掛けても、兄弟戦争*1みたいに一掃されるのが関の山。
幸い、月人は穢れを嫌って地上まで来ることはほぼ無いから、わざわざ喧嘩を売る必要が理解できないぞ。
「最近、幻想郷に住む妖怪の増長が激しいのです」
「ほう、増長……」
聞いたところによると、幻想郷に大妖怪と呼ばれる実力のある妖怪が参加して来たことで、強力な後ろ盾を得たと勘違いしてヤンチャする中級妖怪が後を絶たないのだという。
他の妖怪の縄張りを侵犯して小競り合いを起こす、昼夜問わず人里を襲撃して龍神像にぶっ飛ばされる、派閥の違う大妖怪の下にいる妖怪と諍いを起こす……
別に仲良しこよしを強制したいわけではないが、ところかまわず不和の種をまかれて嬉しいわけもない。
ここで一つ、喧嘩っ早い連中を間引きついでに
……でもなぁ、あんまり月人に目を付けられたくないし。関わりたくないなぁ。
「特に鬼の方々が大挙して来てからは気が大きくなってばかりでして……彼らは派手好きですから。天狗などは階級社会が下まで染みついているのでそうでもないのですけれど、他の木っ端妖怪は……ハァ……」
「ゥグッ……」
そういえばそんなこともしたなぁ! くっ、身から出た錆ということか。
でも、だからといって俺に何をしろと? 直接出るなんて絶対拒否だし、仮に出ても初手で全力
可能ならば永遠衆の出動もしたくないぞ。月人にこれ以上目の敵にされたくないからな。
「無論、ボーラス様に直接戦力になってくれとは言いません。ただ、撤退時に追撃で殲滅されないよう支援していただければと」
「それならば、まあ……」
一応は自分で蒔いた種みたいなもんだし、それぐらいなら許容してやるべきか。
幻想郷には永琳たちも住んでいるし、あまり騒がしくなるのも嫌だろうから。
もちろん、俺がその役を担っているとバレないように、八雲には遠隔で術が使えるようにサポートしてもらうけどな。
っと、そうそう、豊聡耳にも話を通しておかないと。
いくら表に決して出てこない隠れ里の中の争いとはいえ、報連相は大事。俺は成長できるドラゴンだからな!
おーおー、吹き飛んどる吹き飛んどる。
龍洞御所から術式を介して戦場を覗き見ているが、月人vs妖怪の戦い……まるで相手になってないな。
たしか月兎、だったか? あれらと戦ってる奴らはまだ『戦い』の土俵に立てているが、月人相手の方は武器の一振りで粉みじんにされてたりと全く歯牙にかけられていない。
死は穢れだから、ある意味嫌がらせにはなっているんだろうけど……戦争というには戦力差が大きすぎるように見える。
敗走するまでそう掛からなさそうだ。さっそく準備を始めたい、のだが……
「術式の準備を頼むぞ」
「……御意のままに」
八雲が新しく式神に加えたとかいう、藍、だったか。なんかめっちゃ睨んでくる……
名前の通り、青の色が入った道士服を着た金髪ツリ目の美人だ。どこかで見たような顔だが、会ったことあったっけ? *2
八雲がわざわざこっちに寄越したんだから、能力に不足はないとは信じているけど、どうも居心地悪いな。
「……妖怪連合、敗走を始めました。続けて、月面軍が追撃陣形に移行していきます」
「うむ、ここで追撃を妨害すればいいんだったな。《侵入者への呪い》*3」
追撃の指揮官と思われる者に、術式を介して遠隔で黒のエンチャントをかける。
直後に月人の攻撃で遠隔用術式が破壊されたが、突然指揮官が穢れに包まれたのだから大騒ぎだ。
『けっ、穢れだ! 急いで
『追撃中止! 周辺を警戒しつつ、防御陣形へ再編!』
『おのれ地上の妖怪め! 月で穢れをまき散らすなど!』
流石は月人の練度、混乱はさほど長続きしなかったが、もはや妖怪たちへの追撃には間に合うまい。
これにて妖怪たちによる月面戦争は終着、八雲は高くなってた鼻をへし折られた妖怪たちを収容し、無事に撤退。万事上手くいったな。
実際あいつらとの敵対はトラウマもんだから、跳ねっかえり共も以降は大人しくなるだろうさ。
撤退の算段をスムーズに進めた八雲の株も上がるだろうし、今回の利益一位はあいつなんじゃないか?
まあ、八雲が自分の損になる案なんて出すわけもないか……
「依姫様、ご助力かたじけなく……!」
「いいのです。この月で、穢れをまき散らす術式など容認できるものではありませんから」
綿月依姫が
戦いは圧勝だった、だが依姫の心には払えない疑念が残っていた。
先ほど自分が祓った呪い、あれは地上に存在する術式とは全く違う異物。
全く違う体系の下で培われたとしか思えない違和感があった。
思い浮かぶのは、失踪した師・八意様が話してくれた『異界の知識を持つ龍』。
地上で穢れを好き放題にまき散らしているという、他の月人が言うところの『穢れた龍』ならば、あの得体のしれない術式を使えるのではないか。
しかし、その術式が出たのは追撃の直前のみ。やろうと思えば、戦闘中に各所を攪乱することもできたはずなのに……
もしや、今回の妖怪たちの侵略と撤退、それすらも彼の者の思惑通りなのではないか。
そうだとしたのなら、かつて月の都で穢れを発生させた禁薬・蓬莱の薬も異界の知識を基に作ったと教えて頂いたし、全てが掌の上……!?
「月夜見様に、お伝えしないと……!」
彼の者の腕はあまりにも長い。地上でも表で派手に動きながら裏では静かに、そして狡猾に暗躍しているに違いない。
今の地上の文明では、此度の侵略軍を先導した八雲某という妖怪のように特殊な能力が無ければ月まで来ることは叶わないが、未来永劫まで約束されるものではないのだ。
まずは今回の侵略ルートをまた使われないように徹底的に封鎖。そして地上の動きを注視していく必要がある。
穢れが充ち溢れすぎている地上に直接赴くのは難しいので、何らかの方法を編み出さなければいけないだろう。
ああ、こんな時に八意様がいらっしゃれば……
「へっくしょいっ!!」
どこかで過大評価された龍神(偽)がくしゃみをしたのは別の話。