戦姫絶唱エヴァンゲリオン   作:とりなんこつ

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第2話

 

「俺は、国連直属特異災害タスクフォースことS.O.N.G.総司令、風鳴弦十郎という」

 

相模湾に停泊していた本部から、ヘリコプターで駆けつけた弦十郎はそう口火を切る。

 

「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。…恐縮ですが、国連にそのような組織が存在したことは、小官は耳にしたことはなく…」

 

目前の、葛城ミサトと名乗った女性が背筋を伸ばしたまま答える。

 

「ふむ。俺も、NERVという組織は寡聞にして聞いたことはないな」

 

「………」

 

軽い腹芸を装うと、ミサトは真っ直ぐに見つめてきた。

強い瞳だな、と弦十郎は思う。何かしらの使命感を秘めた眼差しだ。

 

「まあ、とりあえず座って楽にしてくれ」

 

S.O.N.G.の所持するトレーラーのさして広くない内部の簡素な組み立て式だが、弦十郎は椅子を勧める。

彼女は三佐らしいが、この場においては俺の肩書を優先させて然るべきだろう。

 

「後ろの―――赤木博士でよろしかったかな? どうか楽にして欲しい。互いに鯱張(しゃっちょこばっ)てても埒が開かんだろう?」

 

促され、赤木博士こと赤木リツコも頷いて椅子へと腰を降ろす。

彼女の研究者然とした表情と佇まいを伺い、なるほど腹に一物を抱えていそうだな、などと弦十郎は感想を抱いたが、櫻井了子やウェル博士といった先人たちの先入観があったことは否定できない。

 

「どうやら貴女(あなた)たちと我々の認識する国連は、似て非なる、もしくは全くの別物の可能性がありそうだ」

 

「ええ、そのようですね」

 

素直に肯定するミサトだったが、その表情はあくまで固いまま。

何か言えぬ事情が存在するのだな、と弦十郎は察する。

同時に、いかにホームとは言えど、こちらも開示する情報を選ぶ必要があった。

 

「ともあれ、こうやって言葉は通じるし、同じ日本人のようだ。多少の垣根は取っ払って、情報交換と洒落込みたいところなのだが」

 

突如出現した謎の大型ノイズ。

追随するように現れた三体の巨人。

巨人に搭乗する少年少女。

 

疑問は尽きないが、敢えて鷹揚な態度で弦十郎は問いかける。

対面のミサトが視線を落とし、眉が考え込むように動いたが決して長い時間ではない。

 

「そう、ですね。我々としても、現状を判断する材料が欲しいところですし」

 

「うむ。それはお互いさまだな」

 

「さきほど風鳴司令が仰ったように、ここは日本で間違いないのですか?」

 

「ああ。日本の箱根で間違いないぞ」

 

「では、本日の日付は…」

 

「西暦2045年の6月で―――」

 

 

 

 

 

目前の巨漢の台詞を耳にして、葛城ミサトは目を見張る。

 

―――西暦2045年、ですって!?

 

「…どうした、葛城三佐?」

 

訝しげな眼差しを向けてくる風鳴弦十郎。

 

「いえ…」

 

内心を隠すためにわざと微笑してみせるミサト。

もっとも動揺しているのはバレバレだろうなと思いつつ、傍らのリツコへと視線を飛ばす。

リツコは黙って肩を竦めて見せた。

この行動を意訳すれば『責任者はあなたでしょ?』ということになる。つまりは完全無欠の丸投げだ。

恨めし気な眼で親友を一瞥し、弦十郎に向き直ったミサトはいよいよ覚悟を決める。

 

「風鳴司令。不躾ですが『セカンド・インパクト』という言葉に聞き覚えは?」

 

「その単語は聞いたことはないな。ひょっとして月が形成された際の巨大衝突説(ジャイアント・インパクト)と関連がある言葉だろうか?」

 

巨漢の猛々しい見かけに寄らぬ博識ぶりに驚きつつ、ミサトは更に質問を重ねる。

 

「では、『使徒』という言葉は?」

 

「かのイエス・キリストの弟子を現す言葉ではないのか?」

 

ある意味予想していた返答に、ミサトは天を仰ぎたくなる。

使徒うんぬんは置いておくにしても、やはりセカンド・インパクトという言葉が膾炙していないのは決定的だ。

ミサトの脳裏に高速で仮説が打ちたてられる。

あまりにも荒唐無稽なのだが、現状の整合性を取るためにはそれを採択するしかないのか。

 

…いえ、それでも焦りは禁物よ。

 

自分に言い聞かせつつ、ミサトの気分は一気に重くなる。

親友であるリツコだけでなくチルドレン三人の責任も負わねばならない立場だ。加えて三体のエヴァの重さまでが肩にのしかかってくるよう。

 

すると、不意に弦十郎が口を開く。

 

「こちらからも同様の質問をさせてもらってもいいだろうか?」

 

ことさら陽性に富んだ声は、急に表情を暗くしたミサトを気づかったものだろう。

 

「え、ええ。どうぞ」

 

一方的に情報を引き出すのはフェアではない。ミサトはごく自然に了承。

 

「では、葛城三佐。『ノイズ』というものは御存じか?」

 

「…ノイズ? 雑音を意味する言葉だと思いますが…?」

 

「ふむ。それでは『ルナアタック』という言葉を聞いたことは?」

 

「いえ。字面だけならば、なんとなく想像がつかなくもないですけれど…」

 

ミサトの様子に、我が意を得たりとばかりに弦十郎は強く頷いた。

 

「ならば、直接見て頂いたほうが早いでしょう」

 

トレーラー内の巨大なモニターに電源が入る。

表示されるは虚空に浮かぶ月の映像。

かつてのフィーネの一撃の傷痕も深く、粉砕された一部が土星の如く周囲で環を作っていた。

 

「これが…月!?」

 

ミサトは息を飲む。

その様子を見た弦十郎は、彼女が口に出すことを躊躇っていた仮説を臆面もなく断言する。

 

「どうやら貴女たちは、こちらの日本と違う時間軸の日本から来られたようだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…これから、僕たちはどうなっちゃうんだろう?」

 

プラグスーツの格好のままで碇シンジはぼやく。

エヴァを降りてレイの元へと駆けつけたシンジとアスカだったが、いつの間にか黒服の大人たちに囲まれていた。

すわネルフのエージェントかと思ったが、どうやら全く違うようで、銃を突きつけられた挙句、有無を言わせず三人まとめてトレーラーの中へと連行された次第。

クーラーは効いているが、機能性重視の殺風景なトレーラー内部は、窓もなく外の様子も伺えない。

軟禁されているといっても過言ではなかった。

 

「ミサトさんはどうしたんだろう?」

 

呟きながら巡らしたシンジの視線は、部屋の隅で右腕を吊ったレイの上で止まる。

 

「あ、綾波、腕は大丈夫?」

 

「…問題ないわ」

 

ぼそりと答えるレイ。一応の手当らしきものを受けている。

 

「そう。良かった」

 

シンジが応じると、レイの対角線で壁に背中を預けていたアスカが爆発した。

 

「あー、アンタってばさっきから同じことばっか繰り返して! 鬱陶しいのよッ!」

 

「そ、そんなこといっても仕方ないだろ…」

 

「なによ、『あやなみ、うでわだいじょうぶ』って? バカの一つ覚えみたいに何度も訊いてんじゃないわよ! アンタがバカなのは知っているけど、他に何か話すことはないの!?」

 

微妙に論点のズレた憤慨をしているアスカに気づいた風もなく、シンジなりに彼女の指摘はもっともだと思考を巡らす。

 

「あの使徒は…なんだったんだろう?」

 

結果、口に出した話題は、先ほど相対した使徒だ。

今回のあの使徒は、気づいたら目の前にいたと言ってもよい。

エヴァに搭乗する以上、使徒の迎撃が最優先事項だと三人で挑んだのは当然として、零号機が右腕を失う結果になったことは完全に想定外だ。

不満げな表情を煌めかせたのも一瞬で、アスカも考え込むそぶりを見せる。

 

「…あの使徒の形状は、本部のデータベースで見たことがあるわね」

 

アスカの指摘に、シンジは微妙な表情で頷く。

先ほど戦った使徒は、彼が初号機で初めてまみえた使徒と同じ形をしていた。

初陣というには大雑把かつ切迫した状況でどうにか勝つことは出来たが、シンジとしてはあまり思いだしたくない相手である。

 

「なんであの使徒と同じ使徒が出てきたんだろ…?」

 

使徒の数は限られていて、その順番も不可逆とミサトから聞いたことがある。

思わずのシンジのぼやきに、すかさずアスカが牙を剥く。

 

「そんなの、あたしも分かるわきゃないでしょっ!?」

 

怒鳴りつけられ首を竦めるシンジの耳に、トレーラーの外から女の子の声が聞こえた。

 

『…だから、大丈夫ですって! へいきへっちゃらですって!』

 

『しかし…』

 

渋る大人の男性の声もする。

 

『私も同道しますし、緒川さんの許可も頂いてますから』

 

別の凛とした女の人の声もした。

 

『でしたら…』

 

男性の声からしばらく間があったと思ったら、プシューっという音とともにトレーラーの後部ハッチが開く。

 

「!?」

 

シンジは驚く。レイは相変わらず泰然とした眼差しを向ける。アスカは一人戦闘態勢を取るように油断なく身構えた。

 

そんな三人の前に、黄色がかった髪をした女の子が立っていた。

肩にクーラーボックスをぶら下げた立花響である。

その隣に、蒼い髪をサイドテールにした女の子も立っていたが、その落ち着いた佇まいから先の女の子より年上のようだ。

 

「みなさん、初めまして! わたし、立花響っていいますッ!」

 

満面の笑みを浮かべた自己紹介に、シンジはともかくアスカまで毒気を抜かれた格好になる。

 

「それで、出来たら、みんなの名前も教えてくれると嬉しいなッ!」

 

子供向け教育番組MCのお姉さんみたいな物言いで一気に距離を詰めてくる響。

その様子を警戒しようにも、彼女はあまりに無邪気すぎる。

 

「…ぼ、僕は、碇シンジといいます…」

 

気圧されたように、シンジの唇から自分の名前が漏れていた。

 

「きみ、シンジくんっていうんだ! いい名前だね! よろしくッ!」

 

一瞬で喰いついてくる響の笑顔は、まるで誰にでも懐く犬のよう。

 

「…綾波レイ」

 

少し遅れてレイが追随して名乗る。

 

「へえ、レイちゃんかあッ! なんかすごく綺麗な名前だよ~!」

 

はしゃぐ響の横で、サイドテールの女性も腕組みをしてうんうんと頷く。

 

「確かに綾波とはなんとも流麗な名字だな。…おっと、遅れたが私も自己紹介しよう。私は風鳴翼という」

 

四人も名乗り交わした空間で、ただ一人名乗っていないアスカへ視線が集まったのは当然の流れ。

アスカをしてもその視線に耐えかねたのか、同調圧力に屈するように、不承不承名乗る。

 

「…惣流アスカ・ラングレーよ」

 

「! ひょっとして、外人さんとのハーフとかッ!?」

 

全身で興味を示してくる響に気圧されたのか、アスカは反射的に返答をしてしまう。

 

「ドイツ人とのクォーターだけど」

 

「やっぱり! ねえ、クリスちゃん! クリスちゃんと同じだよ、この子! 道理で綺麗なわけだッ!」

 

余りにも明け透けな物言いに、シンジたちの視界の外からダダッと走り込んでくる小柄な影。

ウルフカットに二本の細長い髪をなびかせているのはもちろん雪音クリスで、彼女は走り込んできた勢いそのままに響の頭にゲンコツを見舞う。

 

「このバカッ! 恥ずかしげもなく綺麗だなんだと口にしてんじゃねえッ!」

 

顔を真っ赤にして拳をプルプル震わせるクリスに、シンジは呆気にとられる。

そしてその背後では、アスカの顔も真っ赤に染まっていた。

面向かって『綺麗』だと言われたことは皆無ではないが、響の言葉ほど純粋に真っ直ぐ心に刺さったことはない。

 

「…アンタたち、もしかしてコント芸人かなにか?」

 

それでもたちまち気を取り直し、憎まれ口に近いものを叩いてしまうのは、アスカのアスカたる所以か。

まあ目前の光景は実際にそれに近しいものだったし、先の戦いでもアスカたちは響ら装者の活躍を目の当たりにしていなかった。

現在、謎の使徒を足止めしたS2CAの一撃も、何かしらの戦術兵器が使用された結果だと思っている。

 

「わたしは芸人じゃないけど、翼さんは芸能人だよ! トップアーティストで世界の歌姫なんだッ!」

 

嫌味を口にされたことも露知らず、響は全力全開で情報をぶっちゃける。

 

「へえ? 全然聞いたことないけど?」

 

即答するアスカに、翼は何かしら思うところはあったようだが敢えて苦笑いを作る。

 

「立花、司令の頭越しにそうそう私のことを宣伝しなくても良い。それより別の用事があるのだろう?」

 

本人はやんわりと響に釘を刺したつもりだ。

 

「あ、そうでした!」

 

翼の気遣いに全く感じいった風でもなく、響は足もとにクーラーボックスを展開。

 

「ねえ、三人とも、喉乾いていない?」

 

詰め込まれたアイスクリームを指し示し、響は胸を張る。

ゴクリと喉を鳴らしたのはシンジ。今さらながら喉の渇きを思いだしたよう。

 

「好きなものを、どうぞ!」

 

満面の笑みを浮かべる響の前で、おずおずとシンジが動く。

クーラーボックスの中を覗き込んで、それから背後を振り返ると、

 

「あ、アスカはイチゴ味でいいかな?」

 

「…なんであたしに真っ先に確認してくんのよ!?」

 

「だって、いつもそうしないと怒るじゃないか…」

 

怒鳴りつけられて戸惑うシンジにツカツカと歩みより、アスカはその手からガリ○リくんイチゴ味を強奪。

つっけんどんな態度と裏腹に、その実、馴染のあるパッケージを眼にしてほっと胸を撫で下ろしていたり。

 

「綾波は、ソーダ味でいいかな?」

 

コクリと頷くレイに対して、シンジはパッケージを破って渡すという豆々しさを発揮。

現在片腕を負傷中の彼女にとって仕方のないことなのだが、なぜかアスカは不機嫌になる。

不満顔のままパッケージを破ろうとして、アスカの手は止まった。

 

「…ねえ。アンタ、立花響だっけ?」

 

「うん! なになにアスカちゃん!?」

 

馴れ馴れしい口調と態度で迫ってくる響に辟易しつつ、アスカはパッケージの印字を指さす。

 

「アイスとかに賞味期限はないって話も聞くけど、これ、大丈夫なの…?」

 

アスカの指さした数字は、46.10.31という、今の彼女にとってはちょっと理解不能の数字。

 

「うん? どれどれ? …えーと、まだ1年以上大丈夫だよ!」

 

「…それじゃあ、今年は?」

 

「2045年だけど、それがどうかしたの?」

 

図らずも、アスカはミサトと違う流れで現在の状況を知る羽目になった。

思わず青い瞳を見張るアスカだったが、さっそくガリ○リくんに齧りついてアイスクリーム頭痛に顔をしかめるシンジに、響の声は聞こえてなかったようだ。

 

…全く能天気なヤツ!

 

勝手に憤慨し、アスカは驚きを殺してアイスへと齧りついた。

『美味しい?』とばかりにニコニコと見てくる響を無視し、冷たい塊を咀嚼しながら考える。

 

取りあえず、この連中はあたしたちに害意はないみたい。

けれど、なるたけ急いでミサトと合流して、情報の共有をしなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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