戦姫絶唱エヴァンゲリオン   作:とりなんこつ

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第4話

 

「…LCL、急速注入」

 

左手だけで、それでも懸命に零号機を機動させるべく奮闘するレイがいる。

シークエンス通りに、黄色がかった液体がコックピットをたちまち満たしていく。

 

「うわ、水?! なにこれッ!?」

 

「!?」

 

背後の声に振り返れば、そこには立花響がいた。

 

「どうしてコックピットの中に…!?」

 

呆然とするレイの口にもたちまちLCLが満ちた。

がぼッと空気を吐き出し、思わずレイが見直せば、響は後頭部に手を当てて苦笑い。

 

「ごめんね~。さっきの爆発で、ちょっとこの中へと転げ落ちちゃって…」

 

部外者をエヴァに搭乗させるなど言語道断だ。そもそも異物の混入はエヴァとのシンクロ率を阻害する。

だが、響を放り出すことをレイは選択できなかった。

なぜなら、基本的に一回で使い捨てのLCLは、今コックピットを満たしているもので最後。予備はない。

ここで響を放りだせば、零号機は起動すら覚束なくなる。

 

「…いい。このまま一緒に行く」

 

止むを得ず、仏頂面のままそう答えるレイ。

 

「そう? じゃあ、近くで降ろしてくれればいいから!」

 

悪気もなく、まるでタクシーへ乗ったようなノリで笑う響。

全く対照の表情を浮かべた二人を載せて、片腕の零号機はゆっくりと大地へ立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

「くッ…」

 

風鳴翼は身体を起こす。

すると、頭上から声が降ってきた。

 

『大丈夫ですか、翼さんッ!』

 

初号機がこちらを見下ろしている。

 

「…碇か」

 

翼は、自分が初号機の手に載せられていることに気づく。さきほどの光線を弾き返した衝撃に巻き込まれ、一瞬前後不覚に陥ってしまっていたらしい。

 

『良かった、眼を覚ましてくれて…』

 

安堵の声を降らしてくるシンジに、すかさず立ち上がって翼は訴えた。

 

「それより碇、聞いてくれ! 私を…!!」

 

『え? なんですか?』

 

問い返してくるシンジに、翼は天羽々斬のブースターで初号機の肩口へと飛び移る。

人型だから耳の近くで叫べば聞こえるだろう、というアニメロボットの知識を持たない翼らしい行動だ。

一方のシンジはというと、うろ覚えのマニュアルを懸命に思い出し、集音装置のスイッチを入れることに成功。

 

「聞こえるか、碇!?」

 

『あ、はい、聞こえてます!』

 

初号機の返事に頷き返し、翼は叫ぶように言う。

 

「もう一度、きゃつのバリアを割り開くことは可能か!?」

 

『ATフィールドをですか? 出来るとは思いますけど…』

 

「ならば頼む! あとのことは私が何とかする!」

 

翼の進言に対し、シンジは返事をする暇すら与えられなかった。

 

『くぉのバカシンジ! いちゃついてないで早くあたしを助けなさいよッ!』

 

謎の使徒に迫られ、必死で防御に徹する弐号機からの通信が。

慌てて注視すれば、弐号機の片手の中に雪音クリスの姿もある。

どうやら彼女を護っているので、弐号機は攻勢に出られない様子。

 

『アスカ! 今いくッ!』

 

即座にシンジは側面から謎の使徒へと迫る。

しかし、接触する数メートル前で、透明の壁にぶつかったように急停止。

初号機の突進を阻害する波紋のような光を浮かべたそれは、紛れもないATフィールド。

その表面に初号機は指を突き立て、ギリギリと左右に引き裂こうと力を込める。

 

「よし! いいぞ、碇!」

 

初号機の肩に立ったまま翼は激賞。

このやっかいなバリアさえ突破出来れば、シンフォギアの攻撃でダメージを与えられることは判明している。

或いは絶唱を使うことも視野に入れ、翼が気を引き締めた時。

謎の使徒の手が、初号機の顔面の直線上にあった。

シンジの脳裏に、筆舌に尽くしがたい嫌な予感が去来する。

翼も、直感的に叫んでいた。

 

「よけろ碇!」

 

謎の使徒の掌から、高速の光針が撃ちだされる。

首を捻り、初号機はその一撃をギリギリで回避。

おそらく、シンジの予感と翼の直感、そのどちらが欠けていても躱すことは出来なかっただろう。

だが、致命的な一撃を回避した代償に、初号機は大きく態勢を崩す。

中和されようとしていたATフィールドは再びその光と頑強さを取り戻した。

そしてまたしても鳥の顔の両目に光が満ちていく。

こちらの攻撃を遮断するクセに、向こうからの強烈な攻撃はダイレクトに炸裂するという理不尽と不条理の極み。

 

「くッ!」

 

天羽ノ斬を巨大化させて防御しようとする翼の耳に歌が届く。

それはたちまちこちらへと迫ってくる。

あまりにも馴染みのある歌声に、翼は思わず眼を剥いた。

 

「立花ッ!?」

 

だが、翼の視界に映ったのは立花響ではない。

響の歌を外部スピーカーから流しているエヴァンゲリオン零号機。

 

「な、何がどうなっているのだ…!?」

 

事情を知らない翼は、一瞬、状況が理解できない。

そしてやむを得ず零号機に乗り込む羽目になった響はというと、後にこう述懐する。

 

『なんか降ろしてっていったんですけど「ダメ」って断られちゃって。

 乗ったままじゃわたしには何もできないんで、せめて歌でも唄おうと思って…』

 

零号機を操縦するレイ自身、予期せぬ同乗者がいきなり歌を唄い始めたことに面喰らっている。

しかし、不思議なことに不快さはない。それどころか、常に冷静というか低血圧気味な振る舞いをするレイなのだが、胸の奥が熱く滾るような感覚をおぼえている。

更に不思議なことに、操る零号機の動きが軽快さを増していた。

 

これは、シンクロ率が上昇しているの…?

 

考え込むには、謎の使徒へ達するまでの距離は短すぎる。

走った勢いそのままに、片腕にも関わらず零号機は大きく跳躍。

見事すぎる跳び蹴りが使徒へと炸裂した。

その一撃は強烈なもので、ATフィールドごと使徒は地面をえぐりながら後退。

茫然とする初号機と弐号機の前に、護るように零号機は立ち塞がる。

 

エヴァ両機の中では、シンジとアスカが全く同じ驚愕の表情を浮かべていた。

シンクロ率の高さがエヴァの戦闘能力を左右する以上、零号機が最も決定力に欠けることは否めない。

なのにこの頼もしさはなんなのだろう?

 

目を見張る二人の前で、零号機の片腕が、カーテンをめくるようにあっさりと使徒のATフィールドを引き裂く。

すかさず跳ね上がる前蹴りに、シンジは顔色を無くす。

使徒の顔面を蹴り上げた右足は、右腕のようにたちまち炭化―――していない!?

 

「むうッ! これは歌の力がノイズの障壁を中和しているのだッ!」

 

翼の唸る声が聞こえたが、歌の力と言われてもシンジは理解が追い付かない。

そもそもシンフォギアもノイズも知識にないのだから当然である。

 

振り抜いた右足の勢いそのままにくるりと上体を回転させた零号機は、ローリングソバットを見舞う。

強烈な一撃に吹き飛び、間合いをが生じたかに思われたが、謎の使徒はたわめた発条が戻るような勢いで反転。吹き飛んだ速度の倍のスピードで零号機へと詰め寄ってくる。

突きだされた使徒の右手を、零号機の左手が受け止めた。

零号機が万全の状態であれば、使徒の左手も受け止めて手四つの状態が作れたことだろう。

しかし、今の零号機は右手を欠いている。

結果として使徒の左手は零号機の顔面をがっちりとホールド。

使徒の左肘から、鋭い槍のような器官が、大きく後方へと引き絞られていく。

 

「…綾波ィッ!」

 

強烈な既視感に襲われたシンジは悲鳴じみた叫び声を上げていた。

全身を流れる脂汗が、忌避すべき経験であると本能へと全力で訴えている。

 

「…立花ッ!」

 

翼も叫ぶ。逃げろとの警告を発するより早く、使徒の槍は放たれていた。

光の槍は、零号機の頭部を貫通。

串刺しになり宙に浮かぶ零号機は、貫徹力の勢いそのままに後方へと思い切り吹き飛ぶ。

 

「ファースト!?」

 

アスカの声が響く中、零号機から聞こえていた歌は止まっていた。

山の斜面にぐったりと持たれる零号機の頭部が、ガクリと前に落ちる。半瞬遅れて、頭部の貫通創の前後から噴きだした血潮にも似た液体が、驟雨のように周囲の木々を濡らす。

 

死を意識させる静寂を破るように真っ先に声を上げたのは、アスカだった。

 

「…よくも! よくもファーストをやってくれたわねぇええ!」

 

アスカは吠える。

おそらく、彼女自身意識していない魂の咆哮。

だが、それすら掻き消すような凄まじい咆哮が、箱根一帯に鳴り渡る。

アスカが青い眼を見開いた。

雄叫びを上げているのは、ついさきほど沈黙したと思われた零号機。

全身を震わせながら零号機は立ち上がり、天に向かって両手を開くように胸を反らして咆哮を続ける。

イエローカラーの全身がみるみる黒く染まっていく様子に、今度こそアスカもシンジも言葉を失った。

 

 

 

 

本部到着間際にUターンしてきたヘリコプターの機上で、葛城ミサトもこの光景を目撃していた。

 

「あれは…暴走なの!?」

 

「…いえ。あんなゲシュタルト崩壊しそうな外見になるなんて、過去の暴走のデータとはまるで一致しないわ…!」

 

隣で赤木リツコも驚愕に眼を見張っている。

 

その二人の背後で、風鳴弦十郎は静かに断言する。

 

「―――いや。あれは間違いなく暴走だな」

 

まるで黒い炎が燃えるような外観と化した零号機。

彼は過去に酷似した光景を見たことがあった。

そのことを証明するかのように、零号機の失われていたはずの右腕が再生していく。

 

 

 

 

 

 

 

「まさか…!」

 

今の零号機を眼にし、奇しくも弦十郎と同じ思いを抱く翼。

そんな彼女の目前で、零号機は宙を飛ぶ。

およそ人型の機動ではなかった。獣の挙動。

零号機の顔面の単眼が赤々と燃え、流れる血のような軌跡を描く。

使徒に対し両膝でニーパットを決めた零号機は、勢いそのままに馬乗りへと移行。

続けざまに再生した右腕と合わせて使徒の顔面へと間断なく拳をおろし続ける攻撃は、およそ人としての理性を欠いていた。

ついには使徒の顔面の接続部へと指先を捻じ込ませ、デフォルメされた鳥のような顔を鷲掴みで引っこ抜こうとする。

これにはとうとう使徒も耐えかねたらしい。

ぎゅるりと身体を流体のように変形させ、零号機の上半身を覆うように取りつく。

閃光が奔り、地鳴りが轟いた。

垂直に天を衝いた火柱は、膨大極まりない火力が集中した証。

 

爆風に翼の髪が吹き散らかされる。

眼を細め、爆心地を見つめながら翼は呻いた。

 

「立花…ッ!!」

 

なお上がり続ける火柱の中から、のっそりと黒い影が姿を現す。

単眼はなお真紅に燃え盛り、変わらずその口元から獣じみた唸り声が漏れ続ける。

 

『…行くわよ、シンジ』

 

『うん。綾波を止めなきゃ』

 

暴走状態にある零号機を止めるべく、弐号機と初号機が顔を上げる。

が、すぐに両機の肩から力が抜け、一様に項垂れた。

 

『活動限界!? よりによってこのタイミングで!?』

 

『くッ! 動け! 動いてよ!』

 

焦るアスカとシンジの声が響くも、エヴァ二体は沈黙。

 

「…センパイ、いけるか?」

 

硬直した弐号機の掌で上体を起こしながらクリス。

 

「ああ。されど、我ら二人であれを正気に戻せるかどうか…」

 

かつて暴走状態となった響を二人で取り押さえたことはあったが、零号機を見上げる翼の額に冷や汗が浮かぶ。あの時と違い、彼我の体格差は圧倒的に過ぎた。

 

『…アンタたち、まさかあれに立ち向かう気!? 無茶よっ! 逃げなさいっ!』

 

辛うじて稼働しているスピーカーからアスカの声が降ってくる。

だからといって防人を自認する翼に退転の二文字はない。

ましてや暴走しているのは仲間だ。信をおいた仲間が、守らねばならないはずの人々へ牙を剥く姿を看過することなど、出来るはずもない。

 

無謀と承知しつつ、巨人へ挑むため、翼とクリスがエヴァの上でそれぞれが立ち上がろうとした時だった。彼女らと零号機のちょうど中間地点あたりに、空から生身の人間が降ってきたのは。

 

『えっ!?』

 

シンジとアスカが異口同音の驚きの声を上げる。

翼とクリスも驚いたのは同様だが、その人影が誰であるのか見定めて、たちまち安堵の表情を浮かべていた。

赤いシャツを棚引かせ、すくっと地面に降り立つは風鳴弦十郎。

コキコキっと準備運動とばかりに首を巡らせれば、彼の超人的な視力は、遥か頭上のヘリであんぐりと口を開けたミサトとリツコの姿を捉えている。

 

―――無理もないか。何も言わずにヘリから飛び出してしまったからなあ。

 

不敵な笑みを浮かべ、弦十郎は声を張り上げた。

鍛え上げられた腹筋と丹田から発せられた声は、生身にも関わらず大音声で周囲に響き渡る。

 

「聞こえるか、響くん! 聞こえていたら正気に戻ってくれ!」

 

零号機の顔が一瞬斜めに歪んだように見えた。

だが、返答は、獣の雄叫びに大地ごと叩き潰すような拳の一撃。

地面が抉れ、土砂が舞い上がる。躱しながら弦十郎は涼しい顔で呟く。

 

「止むをえんか」

 

次の瞬間、黒い獣と化した零号機の身体が、至近距離で爆発を受けたように大きく仰け反る。

 

「正中線三段突き…!」

 

観戦していた翼が眼を見開いた。

弦十郎が一瞬でに三つもの拳を振るったことを見極めたのは、おそらく彼女一人だけだっただろう。

 

『…なんなのよ、あのおっさんは!?』

 

アスカが困惑しきった声を張り上げたのは無理もない。

 

(たった一人の人間がエヴァを翻弄している。これって、現実なの?)

 

まるで冗談みたいな光景は、さらに軽々とアスカの常識の斜め上を行く。

ダメージに苛立ったように再度拳を振り下ろす零号機。

対して、今度はそれを受けて立った弦十郎は、受け止め、受け流す勢いで拳ごと零号機をぶん投げた。

 

「ふんッ!」

 

気合一閃。

巨大な放物線を描き、零号機は山の麓へと頭から墜落。

逆さまにひっくり返り、斜面に身体を預けるようにぐったりと動かなくなる。

同時に、全身を染めていた黒色も、もとの黄色へと戻っていく。

 

「―――ふむ。こんなものか」

 

パッパッと両手を払う弦十郎の背中に、翼とクリスは驚愕と誇らしさの混じった眼差しを向けるしかなかった。

 

 

 

 

シンジの興奮した声が、通信機越しにアスカの耳へ届く。

 

『…凄いや』

 

アンタばかぁ!? 凄いとかどうとか、そういうレベルの話じゃないでしょ、これは!?

 

そう怒鳴りつけたいアスカだったが、彼女をして目の当たりにした光景に、その気力を根こそぎ奪われてしまっている。

 

 

 

何機ものヘリが上空を舞っている。

見回せば、なにやら撤収作業のようなものが開始されていた。

どうやら、よく分からないままにも事態は収束、もしくは決着したよう。

いつの間にか周囲は薄闇に包まれ、早くも蜩が鳴いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綾波レイは薄らと目を見開く。

清潔そうな白い天井が見えた。

どうやら自分は仰向けで寝かせられているらしい。

 

「…知らない天井」

 

呟き、ゆっくりと上体を起こす彼女の鼻先を、甘辛い匂いが満たす。

匂いの方を向けば、隣のベッドの上で、立花響が同じく上体を起こしていた。

額に包帯、ほっぺに絆創膏を貼りつけた彼女は、手にもった丼の中身をわっしわっしと咀嚼中。匂いの原因はどうやらこれのようだ。

 

身体を起こしたレイに気づいた響は、ごくん! と口の中のものを飲み下して破顔。

 

「良かった、レイちゃんも目を覚ましたんだねッ!」

 

「………」

 

レイが沈黙で答えたのは、自分がなぜベッドへ寝かせられているのか理解出来なかったからだ。

零号機で謎の使徒へと挑んだことは憶えている。けれど、直後の記憶が曖昧だ。

あの使徒と、碇くんたちはどうなったのかしら…?

 

なお沈黙を続けるレイの姿をどう解釈したのか、響は満面の笑顔を浮かべて手に持った丼を差し出してきた。

 

「ひょっとしてお腹空いてない? レイちゃんも食べる?」

 

差し出された半分ほど中身の入ったそれを見て、どういうわけか自然にレイの口から台詞が零れ落ちていた。

 

「…知らない天丼だわ」

 

 

 

 

 

 

 

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