「目標パターン補足しましたッ! 前回の出現時の波長と99.98%一致しています!」
藤尭朔也の声がS.O.N.G.発令所内に響く。
「おいでなすったかッ!」
弦十郎が拳と掌を打ち鳴らす。
彼らの視線の先の巨大モニター。そこに映る光景は、箱根山中にまたしても光の柱が立ち昇っているところ。
その光が収まったあとに出現した巨影に、ミサトは確信を込めて呟く。
「やっぱり、第四使徒…ッ!」
そして、発令所内で同じ場面を目撃した立花響は、ぼそっと次のように呟いた。
「なんかでっかいプラナリアみたい…」
この物言いに、発令所内のオペレーターたちは目を点にし、ミサトとリツコは揃って口元を押さえる。
響本人としては、見たままの感想を素直に口にしただけに過ぎないのだが、例によって装者随一のツッコミ役が穏やかではいられない。
『このバカッ! 戦いの前に気ぃ抜けることいってんじゃねえッ!!』
通信機越しに響くクリスの怒声。
「ええ!? でも、あれはどう見てもプラナリアでしょー!? みんなもそう思いますよね? ねッ!?」
響が周囲を見回せば、オペレーターたちは揃って目を逸らし、ミサトとリツコは口元を押さえたまま肩を小刻みに揺らしていた。
ただ一人、腕組みをしたまま微動だにせず弦十郎は命令を下す。
「よしッ! 作戦通りに頼むぞ、シンジくん!」
『りょ、了解です!』
今回の迎撃作戦に配置されたのは、エヴァ初号機とシンフォギアを纏った風鳴翼に雪音クリス。
『…なんであたしは後方待機なわけッ!?』
モニターの隅に小さくウインドウが開き、プラグスーツを着たアスカが唇を尖らせている姿が映る。
「事前に説明したでしょう? 今回の使徒は、迎撃経験のある初号機を優先させるって」
『でも、相手は使徒じゃなくて使徒ノイズなんでしょ?』
「だから、いざという時のために、絶対的な切札としてあなたに待機してもらっているんじゃない」
アスカのプライドをくすぐるミサトの説明は、一面の事実である。
チルドレンの中で一番戦闘経験が豊富なのはアスカで間違いなかった。危急の場で、上の指示を待たず咄嗟の判断で動けるのも、おそらく彼女だけだろう。
初号機を今作戦で出撃させたのは、シンジが相対した経験というかノウハウを持ち合わせているから、という理由も嘘ではなかった。
敵が第四使徒の形状を模しているが、コアが明滅している姿から間違いなく『使徒ノイズ』である。
また、一度倒した初号機をぶつけることによって、使徒と使徒ノイズとしての差異を見極めるというプランも並行して実施されていた。
『姿形で侮るのは愚策だぞ、立花ッ!』
鋭い叱責ともに大刀の一撃を飛ばし、戦闘開始の口火を切る翼。
『ちょっせえ!』
半瞬遅れてクリスのイチイバルが様々な弾頭の一斉射。
ことさら存在感を主張する初号機だったが、この世界にエヴァ専用の射撃武器を持ちこめてはいなかった。
肩部のウェポンラックのプログナイフが精々で、迂闊に近接戦闘を行えば、身体を炭化させられる危険がある。
ゆえにシンフォギアの先制攻撃なのだが、やはり使徒のATフィールドに遮られてほとんど効果は認められない。
『…来るッ!』
シンジの声と同時に、第四使徒は光の触手を展開。鞭のようにしなるそれは、シンフォギアをかすめ、箱根の山を切り刻む。
『…なるほど、大した切れ味だッ! これが彼奴の唯一の武器でいいのだなッ!?』
『は、はいッ!』
翼の声にシンジが応じている間にも、蛇のように波打つ触手が天羽々斬を目がけて跳ねてくる。
剣戟一閃。
二本の触手は大刀を振るった翼に盛大に切り飛ばされていた。
『いまだッ!』
『了解です! 碇シンジ、行きますッ!』
刃の払う翼に背中を押されるように、シンジは第四使徒へ向けて猛ダッシュ。
エヴァも持つATフィールドを展開することにより、使徒のそれを中和して行く。
そしてフィールドが消失してしまえば、あとはシンフォギアの出番となる。
『行くぞ、雪音! 勝機を零すなッ!』
『くらえッ! 全部載せだッ!』
明滅する巨大な丸いコアへ向けて、クリスは全力全開のフルバースト。無数の弾幕を追いかけるように翼も渾身の蒼ノ一閃を振り下ろす。
果たしてコアは―――。
「バカなッ! 全部弾かれただとぉ!?」
弦十郎の声が発令所に轟いた。
クリスの火力どころか天羽々斬の斬撃すらも通じていない様子に、専用席でリツコも額に冷たい汗を掻く。
「これは、元々の使徒の防御力の高さ? それとも単純な決定力不足…!?」
今回の作戦の要諦は、エヴァがATフィールドを無力化し、その隙にシンフォギアが決定打を見舞うという単純な分担作業。
だが、肝腎の使徒が倒せないとあれば―――。
「シンジくん! 一旦下がって!」
ミサトが弦十郎を差し置いて声を上げたとき、翼もまた命令を待たずに指示を飛ばしている。
『いや! 勝機はまだ我らが手にありッ!!』
翼が使徒目がけて投じたアームドギアが見る見ると巨大化していく。
巨大な一振りの刃と化した天羽々斬を、装者自ら柄頭を蹴って滑空、加速してブチ当てる《天ノ逆鱗》。
凄まじい勢いで真っ直ぐに飛んだ切っ先は、使徒のコアの表面でビリビリと火花を散らす。
この必滅技を用いてなお、使徒のコアにはダメージを与えられないように見えた。
だが、その時。
『碇! 今だッ!』
『…ッ! はいッ!!!』
柄頭から飛び退いた翼に、シンジは彼女の意図を諒解。
初号機の全力を載せた右拳が、アッパー気味に巨大化したアームドギアへと叩きつけられた。
その一撃に、大剣は楔のようにコアに深々と撃ち込まれる。
たちまち巨大球にはヒビが入り、間もなく表面の明滅も停止。
かくして第四使徒に似たそれは、がっくりと項垂れるように力を抜いた直後、全身をあっという間に炭と化して崩れ落ちた。
「どうやら上手く撃滅出来たようだ」
弦十郎の巨大な手がこちらに向けられている。
握手を求められていることに気づいたミサトは、慌てることなくゆっくりとその手を握り返した。
「こちらもお役に立てたようで何よりです」
すると弦十郎は太い眉を歪めて、
「あの敵に対し、我々の立場が対等だと思っている。お互いのどちらかが欠けても今回の作戦は成功しなかっただろうからな。
ゆえに、そんなに
「そう言って頂けると報われます。我々ネルフ一同を代表し、厚く御礼を。そして、今後とも良き協調が図れることに尽力は惜しみませんし、S.O.N.G.側のお力には存分に期待させて頂きますわ」
「うむ。期待に沿えるよう微力を尽くそう」
弦十郎の握ってくる手に力がこもる。
ミサトも悠然と微笑み返し―――内心では、出来ることならすぐにでもその場にへたり込みたい。
正直、シンフォギアの攻撃が通じず、初号機に引くように叫んだ時など心臓はバクバク、冷や汗だらだら、思考回路はショート寸前だった。
第四使徒に瓜二つの使徒ノイズが登場するであろうことは予測していた。
元の世界では3週間ものスパンを置いて出現しているので、それに合わせてエヴァの整備や戦闘プランの策定もしていたが、正直ギリギリだったと思う。
同時にミサトは予定通りに使徒が出現してくれたことにはホッとしていた。
予定通りはおろか、最悪使徒が出現しない可能性も存在する。
そうなれば、ミサトら一行などこの世界に於いての無用の長物となり、
結果として、こちらの持つ情報のアドバンテージの確認と帰還方法の目途が立ち、ミサト的には諸手を挙げての万々歳。
まあ、現実的な課題はまだまだ山積しているけれど…。
「今後、君たちは正式にS.O.N.G.の傘下へと編入され、作戦行動に従事することになる」
ミーティングの場で、弦十郎は集まった関係者各位を見回す。
「同時に、諸君の待遇と身分も、準職員として登録された」
言いながら弦十郎はネルフ組の各自へ携帯端末を手渡す。
この端末には身分証明をする機能が組み込まれていること。
ある程度のキャッシング決済が可能であること。
GPSを仕込んであるので、常に起動させた状態でおいて欲しいこと。
アスカは、元の世界の最新スマホより数世代あとと思われる携帯端末を弄り回す。
薄型軽量で、何やら見たこともないアプリも常駐されているようだけど、とりあえず使い方は変わらないみたいで安心する。
「あれ? でも、これを渡されたってことは―――」
アスカの期待の眼差し受けて弦十郎は笑顔を見せる。
「そうだ。晴れて君たちは、この潜水艦の外を歩き回る許可を得たのだ」
一様に表情を綻ばせるチルドレンたちは無理もない。
いかに潜水艦の内部が広く、それなりに真新しいものはあれど、巨大な檻に閉じ込められていたことには変わりない。
三週間ものあいだ、使徒が襲来するまでのヤキモキした時間を仕事とアルコールで凌いでいたミサトと違い、子供たちのストレスは相当なものだったようだ。
証拠に、アスカが実に晴れ晴れとしか顔で快哉を上げている。
「はーっ! ようやく外の空気が吸えるってわけねー…」
しみじみとしたその声は、より大きな快哉の声に上書きされる。
「良かったー! これでみんな外へ遊びに行けるんだよね! さっそく美味しいご飯食べにいこッ!」
満面の笑みを浮かべた響が、さっそくとばかりにアスカの背中を押す。
普段のアスカであれば「鬱陶しいわねッ!」と振り払ったことだろう。
だが今は多少は機嫌が良いらしく、ジロリと響を一瞥。
「…アンタ、どこか美味しい場所、知ってるの?」
「そりゃもちろん! ふらわーのお好み焼きでしょ! 三修屋のとんかつに、牛光のステーキ丼! フル―ツティアのフルーツポンチに、スプーン館のビッグチョコパフェ!」
ゴクリ、とアスカの細い喉が動く。
「そ、そりゃああたしたちのいた時代から30年も経った世界の食事には興味が沸くわね!」
「アスカって結構食いしん坊だから…」
フォローのつもりかそんなことを口にしたシンジは足の甲を踏みつけられた。
「決まりだねッ! じゃあみんなで行こうッ!」
そういって一緒に背中を押してくる響に、レイは困惑した表情を浮かべたがされるがままだ。
「車に気をつけてね! あんまり遅くならないうちに帰ってきなさいよ~!」
何ともオカン臭いミサトの台詞も、外出を解除されたとて当面の寝床はこの潜水艦のままだから仕方がない。
「一応、うちの保安部も遠巻きに護衛についているからな。余程のことがなければ問題は起きないだろう」
請け負う弦十郎にミサトはぺこりと頭を下げる。
「お手数をおかけします…」
さて、子供たちは物見遊山に出かけたが、大人たちはやるべきことが山ほどある。
まずは戦闘データの検証をしてから、より有効な戦術を立てる必要があった。
その為には、ミサトも次に襲来するであろう使徒の情報を開示しなければならない。
弦十郎らに向けて熱心に語るミサトを遠目に、与えられた専用席に座ったリツコは隣の小柄な少女へと声をかける。
「今回はとても助かったわ。改めて御礼をいわせてちょうだい」
「い、いえ! そんな…」
ワタワタと手を振るエルフナインに、リツコの眼鏡の奥の瞳は自覚もないままに優しげだ。
この世界の科学水準は凄まじく、たちまちエヴァのアンビリカルケーブルを作成してくれた。電力供給も申し分ない。
そんなリツコがエルフナインを手放しで称賛する理由は、おそらくこの世界でも精製は難しいと思われたLCLを、彼女が見事に作成してくれたこと。
本人は完全に同じではないと否定していたけれど、成分一致率が99.99999999%とくれば文句をつける道理はない。事実、エヴァもきちんと起動している。
真っ赤な顔を伏せ、「あ、ボクの研究室にデータスティックを忘れてきちゃってました! とってきます!」と逃げるようにエルフナインは発令所より退室。
そんなリツコを呼びにきたらしいミサトは、にやにや笑いを浮かべながらその白衣の肩へと腕を載せた。
「あら~、懐かれちゃって、このッ!」
「からかわないでちょうだい。あの子の本業は錬金術師だそうだけど、科学者としてもジャンル的には私より優秀よ?」
「リツコに、あのくらいの娘がいてもおかしくないわけよね…」
耳元でしみじみと言われ、赤木リツコ博士は迷わず懐に飲んでいる愛銃のグロッグをブローバックさせる。
「ミサト、あなた、死にたいのかしら?」
「じょ、冗談よ! 冗談! あっちで風鳴司令が呼んでいるって…!」
「…ふん」
鼻を鳴らして銃を仕舞い、リツコは白衣を翻す。おっかなびっくり後をついてくるミサトを引き連れ、赤シャツの偉丈夫の前に来れば、モニターには先ほどの戦闘がリピート再生されていた。
「おう、赤木博士。これをどう思われる?」
弦十郎の指し示すシーンは、初号機が巨大化した天羽々斬のアームドギアを使徒のコアに撃ちこむところ。
「…一つに、この使徒ノイズの基本的な防御能力は、私たちの知っている使徒のスペックを凌駕していると思われます。
もう一つは、この連携は有効打足りえますが、諸々の危険性を孕んでいて、推奨するのは困難と思われる点です」
「なるほどな。貴重なご助言感謝する」
弦十郎の物言いこそ丁寧だが、この程度のことは考え付いているはずだとリツコは見当をつけている。
使徒の基本的な防御力がシンフォギアの攻撃力を上回っていたことが、今回の戦闘で露呈した最大のリスクだ。
決定打を与えるためには、エヴァもシンフォギアも近距離戦闘に挑まなければならない。
使徒ノイズは人造人間であるエヴァにとっては致命的なものに成りえるし、そもそもの巨大な質量に近距離で挑む装者たちの危険性が跳ねあがるのも当然と言えた。
「僭越ですが、エヴァの追加兵装の件は…」
現段階でのエヴァの兵装はナイフだけだ。
多少なりとも距離を取り直接使徒ノイズに接触する危険を避けるための、ミサトにとっては至極現実的な申請。
だが、弦十郎は太い眉を寄せて渋面を作る。
「その件に関しては、国連からも難色が示されていてな…」
これも当然のことで、いきなり現れた巨大ロボットのための巨大質量兵器の作成許可を、と求めたところで素直に認めて貰えるわけもなく。
しかも、違う時間軸からの来訪者であることの詳細は伏せていた。
謎の巨大生物に相対するための日本政府の秘密兵器だ、との建前を打ち立て、周辺諸外国への情報封鎖を、弦十郎は兄である八紘へと一任している。
一見をして無茶苦茶案件を、八紘は剛腕を振るってどうにか抑え込んでくれている。
実際的に、今日も新たな使徒が襲来してきたので、上層部も多少理解と許容する雰囲気が出てきているらしいが…。
「ないものねだりをしていても仕方ない。与えられた手札で我々は勝負に出なければならん」
力強く言う弦十郎に、悲壮感は欠片も存在しない。
使徒の襲来日が分かるという優位性を最大限に利用すれば、決して撃滅出来ない敵ではないのだ。
やはり問題とすべきは、人的、物的両方への被害のみだろう。
相撃ちで敵を倒せたとしても、それはこちらの敗北。
弦十郎は総司令として勝ち筋をそう見定める。
「だからといって、どうしたもんでしょうね…」
ぼやく藤尭の隣に、意気揚々とエルフナインが戻ってきた。
「お待たせしましたッ!」
「おう! どうしたエルフナインくん」
「これはボクの考えなのですが、その課題を一気に解決できるかも知れません」
「…なんだとッ!?」
エルフナインはコンソールを操作し、モニター上の映像を切り替える。
そこに映るは、黒々とした影を滲ませ暴走する零号機の姿が。
「これは…」
我知らずミサトは呻いていた。
自分たちの知らない形の〝暴走〟。
そのリスク管理のために、今回の対第四使徒戦において響と零号機を出撃させず本部待機させている。
「響さんは良く覚えていないそうですけれど、これはあの時の暴走と同一のものと思われます」
エルフナインの言に、S.O.N.G.の一同は深々と頷く。
対ネフィリム戦で見せた響の獣染みた動きと凶暴性は、モニターの中の零号機とシンクロしている。
その映像を見せてもらっていないミサトとリツコは若干釈然としないものの、エルフナインは結論を下す。
「おそらく、エヴァンゲリオンとシンフォギアの親和性はそれほど悪くないと想定されます」
「ッ! エルフナインくん! まさかッ!」
驚く弦十郎に、エルフナインは小さく頷く。
「目指すものは、対使徒ノイズ戦に特化したエヴァンゲリオンとシンフォギアの融合です。
ボクはこれを『プロジェクト・シンフォギア』と名付けます!」