戦姫絶唱エヴァンゲリオン   作:とりなんこつ

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第8話

 

 

「あたしたちに学校に行けっての?」

 

ミサトの提案にアスカは素っ頓狂な声を上げる。

場所はS.O.N.G.本部のある次世代潜水艦の第三ラウンジルーム。

個室にいない時、チルドレンたちは良くここでダベっていることをミサトは知っていた。

 

「若人が昼間から暇してぶらぶらしてちゃダメでしょ? それに学生の本分は勉強よ、勉強」

 

エヴァとの調整といったチルドレンが必要とされる作業もあるが、それ以外はアスカたちに義務的にやることはない。

 

「あたしだって暇を持て余してるわけじゃないわよっ! ちゃんとトレーニングとか自主的に勉強も…」

 

そう主張するアスカだったが、さっきまで彼女が読んでいたのは東京グルメや遊マップといったガイド本。

ミサトのじーっといった視線に居心地の悪い顔になるアスカの前に、弦十郎を先頭にした装者たちもやってくる。

 

「そ、それに、シンフォギアとの連携も強化しなきゃいけないんでしょ?」

 

「でも、わたしたちも基本的に日中は学校だしー」

 

すがるようなアスカの台詞だったが、しかし響は一蹴。

そんな彼女と背後のクリスも制服姿だった。

 

「…30年後の未来の世界なんてレア中のレアでじゃない? 学校に行くより色々と街を回ってみたくてさ…」

 

とうとうアスカは白旗を上げたというか、自分の正直な願望を口にする。

 

「気持ちは分からなくもないけれど、あなたはまだ中学生でしょ? 一人で昼間から繁華街をうろついていたら補導されちゃうわよ?」

 

「俺からも、一人で動き回るのは極力避けてほしいところだな」

 

ミサトに続いて弦十郎も言ってくる。

 

「それに、学校に通ってくれるのならば、こちらとしても警備がしやすくて有難い」

 

弦十郎が語るところによれば、アスカたちに通って欲しいのは私立リディアン音学院といって、小中高一貫の私立学園だとのこと。

S.O.N.G.の前身組織の肝煎りで設立した学校で、装者たちも高等部に在籍しているそうな。

 

「…分かったわよ。謹んで通わせてもらうわッ」

 

自分たちが客分であることを弁えているアスカである。それでもツンとした態度で了承。

するとさっそくその両手を掴まれた。

 

「良かった~! これでアスカちゃんたちもわたしの後輩だね! 中等部は敷地が少し離れているけど、遊びにいくからねッ!」

 

そのまま手をブンブンと振り回され、アスカはされるがままだ。

まだ一か月に満たない付き合いであったが、立花響というパーソナリティの奔放さに、ある種の諦観を抱くアスカである。

 

「…僕も学校に通うんですよね?」

 

おそるおそる言ってくるシンジを見やり、弦十郎は太い腕を組む。

 

「シンジくんも一緒に通ってもらったほうが、安全性(セキュリティ)の観点からも望ましい。しかしな…」

 

「しかし?」

 

「リディアンは女子校でなあ」

 

 

 

 

 

 

 

 

更衣室のドアが開くと、リディアン音楽院の制服を着たアスカとレイが出てくる。

 

「うん、似合っているじゃないの、アスカ」

 

にっこりとミサトは答えた。

 

「まあ、悪くはないわね。スカートの裾はちょっと短いけど…」

 

アスカは身体を左右に反らして自分を見下ろす。

 

「レイもどう?」

 

「…問題ありません」

 

ミサトに問われいつも通りの返答をするレイだったが、その頬は微かに赤い。アスカが指摘した通りのスカートの丈の短さに恥らっているのかも知れなかった。

 

「わー、二人ともとっても可愛いよ~!」

 

パチパチと手を打ち鳴らす響に、ふん! と照れたように鼻を鳴らしてから、アスカは更衣室へと声をかける。

 

「ほら! シンジもさっさと出てきなさいよ!」

 

「…僕も見せなきゃだめなの…?」

 

「じゃあ、何のために着たのよ、あんたは!?」

 

更衣室の隙間へ手を突っ込んで、アスカはシンジを引っ張り出す。

すると、リディアンの制服を着たシンジが現れた。

モジモジと内腿を擦り合わせながら立つ彼には、ご丁寧にセミロングのウィッグまで被せられている。

 

「じゃーん! 碇シンコちゃんでーす!」

 

「ちょ、ちょっと止めてよ、アスカ…!」

 

ノリノリで紹介するアスカに、顔を真っ赤にするシンジ。

その光景にミサトはニヤニヤしていたが、絶句するは弦十郎を始めとしたS.O.N.G.の面々。

 

「…シンジくん、かっわいい~!」

 

見蕩れていたらしい響が手放しで称賛。

 

「マジかよ、そこらの女の子も顔負けじゃねーか」

 

クリスも目を見張っている。

 

「いや、これはなかなか違和感がないものだな…」

 

弦十郎から全く感心したように見下ろされ、シンジの顔はますます真っ赤に染まっていく。

 

「うん、これでシンちゃんもアスカとレイと一緒にリディアン音楽院に通えるわね♪」

 

「ええええ!? 本気ですか、ミサトさん!? そんな、僕、トイレとかどうしたら…」

 

激しく狼狽するシンジに、アスカは大きな溜息。

 

「あんたこそ何を本気にしてんのよ? 本当にあんたが女子校に通えるわきゃないでしょー」

 

「え? だって、こんな制服まで準備してもらって…」

 

「いい加減、からかわれたってことに気づきなさいよね!」

 

「………」

 

黙り込むシンジの顔が朱色になった。しかしこの赤さは、恥ずかしさより怒りが大半を占めている。

 

『弄んだなッ!? みんなして僕のことを弄んだんだッ!』

 

そう叫んで本部を飛び出し、座席に腰を降ろして俯いたまま山手線を延々と循環しそうなシンジの行動フラグは、物理的に粉砕される。

 

「どおれ! 冗談はさておき、シンジくんはいっちょ俺と特訓でもするかッ!」

 

「は、はい!? 特訓!?」

 

「男子たるもの身体を鍛えておいて損はないぞ!」

 

がははと笑う弦十郎に肩を叩かれる。

 

「それにな、強くなければいざというとき、親しい友も大切なものも守れないぞ?」

 

そう口にした弦十郎の表情はややほろ苦い。彼の脳裏のネフシュタンの鎧をまとった櫻井了子の姿は、いまだ鮮やかだった。

 

一方で、シンジも少し思うところがあった。

そもそも、今回2045年に来た原因として、第12使徒へと取り込まれたことが考えられる。

その特性が分からなかったとはいえ、自分が飲み込まれるのを助けようとして、他のエヴァや面々まで飲み込まれてしまったのは、シンジの胸に重くのしかかってきている。

また、使徒に相対したとき『戦いは男の仕事!』と嘯いたことも、今となっては恥ずかしくて仕方がない。

 

「…分かりました。よろしくお願いします」

 

毅然と顔を上げ頷くシンジに、彼の保護者であるミサトは微かな違和感を抱く。ここまではっきりと意志を表明する被保護者の姿は珍しい。

 

「よし、決まりだなッ!」

 

「あ、でも勉強の方は…」

 

一応、保護者の立場で声をかけたミサトに、弦十郎は破顔。

 

「そちらも俺が請け負おう。教員免許も持っているしな」

 

この答えに、室内のほぼ全員が目を剥いた。

 

「お、おっさん、教員免許なんて持ってんのかよッ!?」

 

真っ先に驚きの声を上げたのはクリス。

 

「ん? 何かおかしかったか? こう見えても大学は出ているんだぞ?」

 

「いや、おかしくはねーっていうか…いやいや、やっぱおかしいだろッ!」

 

この反応に、さすがの弦十郎も苦笑するしかない。

 

「なら、おまえたちには俺はどんな風に見えているというのだ?」

 

弦十郎自身は意識してないだろうが、この問いかけはなかなかの難問だ。

こんな規格外の人間を、どうすれば一言で言い表せるというのだ?

 

どういうわけか、室内の視線は響へと集まった。

その圧に全く気付いた様子もなく、響は難しい顔で考え込んでいる。

おそらく、いまのこの空間で、一番真面目だったのは彼女で間違いない。

そんな響は、悩みに悩んだすえの回答を口にする。

 

「えーと…マッチョマスター?」

 

「なにいってんのかわかんねえよ、バカ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.本部の置かれている潜水艦の下層。それも相当セキリュティの高い階層に、エルフナインは自身の研究所(ラボ)を貰っている。

そして今日、珍しく彼女はそこに客人を招いていた。

 

「…凄いわね」

 

研究所に入るなり、周囲の光景に赤木リツコはそう呟く。

 

「あ、適当に座って下さいね! いま、お茶を淹れますからッ!」

 

パタパタと駆けていく小さなおさげ姿を見送って、リツコは改めて室内を見回した。

どうにか用途の見当がつくデバイスも目を引くが、キリル文字で書かれた書物なども置かれていて、彼女が錬金術師であることを強く意識する。

なんにせよ、この室内は科学者であるリツコの興味を引くものでてんこ盛りだった。

 

「おませしましたッ!」

 

エルフナインがマグカップをお盆に載せて戻ってきた。

アニメ調のエビフライがプリントされたカップを持ち、リツコは頬を緩ませる。

でも、なんだかんだいって、まだ子供なのよね…。

微笑ましくリツコが眺める先で、エルフナインは、ぷはッとコップの中身を一口。

 

「…赤木博士の世界のスーパーコンピューターMAGI、でしたよね? 三つのコンピューターに三つの人格を移植して合議制を取り、人間のジレンマを意図的に再現させる…」

 

「ええ。私の母の、それぞれ科学者、母親、女性の人格を移植した、世界初の第七世代コンピューター…」

 

「大変興味深いです! キャロルも、オートスコアラーそれぞれに自分の人格を移植してましたから」

 

「私としては、自律自動人形(オートスコアラー)とかいう存在の方が驚きだけどね?」

 

苦笑しつつ、リツコはこのエルフナインと呼ばれる少女の人格が、元はホムンクルスのものということに戦慄している。今の彼女の人格が、キャロルという稀代の錬金術師の肉体に宿っていることも大概で、彼女の行使する錬金術のエネルギーが『想い出』と言われたのは、正直理解不能だ。

 

「…それにしても、この世界と私たちのいた世界は、妙にシンクロするところがあるみたいね」

 

現人類ではない前人類の技術を流用した兵器や装備の数々や、人類の天敵たる存在が人類を脅かしている点は弦十郎も言明した通りだ。

他にも人造人間と自律自動人形に魂を込めるという点も共通している。

もっとも、リツコをして、初号機にシンジの母親である碇ユイの魂が宿っており、綾波レイがそのクローン―――エルフナインの言うところのホムンクルスであることは伝えていなかったが。

 

「その点はボクも疑問に思っていましたけれど、もしかしたらそれこそがこの世界へ赤木博士たちが来た理由の一つではないかと」

 

「共通世界ゆえの何らかの重ね合わせ現象。そして時間軸、いえ、因果律の調律とでもいうべき結果なのかしら?」

 

答えながら、リツコは僅かに自嘲している。

こんなの、科学の領分ではなくオカルトの領分だわね。

 

「赤木博士はイデア論にも詳しいんですね! さすがです!」

 

「齧った程度だけどね」

 

苦笑するリツコだが、無邪気な尊敬の眼差しは妙に心に染みた。

もとの世界でも後輩である伊吹マヤから称賛を受けることはあったが、あちらはややねっとりとしたモノが混ざっている気がする。

 

「ですが…そうなると」

 

エルフナインの表情が一気に曇る。

おそるおそるこちらを伺ってくる彼女に、リツコは笑顔で受けて立つ。

 

「ええ、あなたの懸念は理解できるわ。私たちが元の世界へ戻ったとしても、この世界の記憶は持ちこせないということでしょう?」

 

第12使徒の影に飲み込まれ、自分たちはこの世界へ来たことを、リツコはエルフナインへと伝えている。だからといって、すわあの影は異世界のゲートだった、という結論には至らない。

 

「おそらく、私たちの身体は、元の世界の影に囚われたまま存在する。同時に、この世界へも間違いなく私たちの肉体は存在している…」

 

どんな因果が作用してこのような事態になったのかは今だ明確ではなかった。

しかし、この物理的な矛盾は解消されなければならない。そして解消された時に起きる現象は、いわば胡蝶の夢だ。

―――我、夢で蝶となるか。蝶、夢で我となるか。

元の世界へ戻れば、こちらの世界での記憶や行動は、全て夢のようにあやふやになるだろう。

また、このような矛盾した事態が起きているからこそ、『使徒ノイズ』といったハイブリッドな敵性体の来襲があるのではないだろうか?

 

「赤木博士には申し訳ないのですが、そうなるとボクたちの世界が一方的に益を得るような格好に…」

 

エルフナインからいくら技術や情報を提供しても、リツコたちは元の世界へ記憶は持ちこせない。夢程度にうっすらと覚えている可能性もあるにはあったが、やはりエルフナインはフェアではないと思っているよう。

対して、赤木リツコは微笑して言った。

 

「リツコでいいわよ」

 

「…え?」

 

「確かに、この世界の技術や文化は興味が尽きないわ。元の世界へ一部でも持っていければ、何かしらのブレイクスルーも可能でしょう。なんせ30年先の未来なのだから」

 

だが、それは実質的に不可能なことは、エルフナインも先述した通りだ。

だからといって、リツコの表情はもっと明るくサバサバとしたもの。

 

「科学者ってのは因果な商売でね。研究対象があれば、何が何でも突き詰めて知りたくなるのよ」

 

珍しく悪戯っぽい表情を浮かべて見せるリツコに他意はない。

真の研究者は、どんな環境でも、どんな状況でも、最後の最後まで探究を諦めない。

その根底にあるものは、損得など関係ない純粋な知りたいという探究心のみ。

只人をして、命の危険に遭遇すると過去の記憶より助かる手段を探がそうとする。それが走馬灯の正体と言われていた。

となれば、研究者とは、人間の本能を先鋭化させた職業であり、この上なく本能に忠実な(さが)の持ち主であると言えるかも知れない。

 

「だいたい、無駄になるから学ばないって姿勢が論外よ。どうせ人間、誰もが持っていた記憶を抱えて死ぬしかないのだから」

 

「ボクもそう思います、赤木博…リツコさん!」

 

うんうんと勢い込んで頷いてくるエルフナインの髪の毛を、思わずリツコは撫でていた。

ひゃあ!? と頬を染めるエルフナインに、リツコは飼っている猫のことを想いだす。

 

「そういえば、あなたは猫を飼ったりしないの?」

 

「え? 猫、ですか? …そういえば、生き物を飼うといった発想はしたこともありませんでした」

 

「猫はいいわよぉ。なにせ、二次元に勝る唯一の三次元の生き物だから」

 

「そ、そうなんですか…?」

 

得体の知れない迫力で一瞬エルフナインを怯えさせて、リツコはゴホンと咳払い。

 

「話を変えるけど、あなたの言うところの『プロジェクト・シンフォギア』についての詳細を知りたいのだけれど…」

 

エヴァとシンフォギアの融合。

エルフナインは前にそう語ってくれたが、リツコとしてはエヴァのハード面やソフト面を物理的に弄るのは極力避けたいところだ。

なにせリツコ自身良く分からないブラックボックスの塊こそエヴァである。

こちらの世界の技術であればある程度の解析も可能かも知れない。それはそれで興味深かったが、藪蛇だけは勘弁して欲しかった。

こちらの世界へ来た早々に見た零号機のあの暴走は、完全に予想の範疇を越えている。

 

リツコが自らの懸念をそう語ると、エルフナインは真剣な面持ちで頷く。

 

「ボクもリツコさんと同意見です。エヴァもそうですが、こちらの世界の聖遺物も、励起はさせても徒に中身を弄るものではないとボクは思っています」

 

答えながらエルフナインは研究室のディスプレイを起動。そこにとある画面を表記させる。

 

「…これは!?」

 

一瞥して、赤木リツコは驚きと理解の声を上げた。

 

「こんな発想があっただなんて…」

 

唸るリツコに、エルフナインは彼女にしては珍しくやや得意げに答える。

 

「マクロコスモスとミクロコスモスの照応は、錬金術の基本中の基本ですから」

 

 

 

 

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