戦姫絶唱エヴァンゲリオン   作:とりなんこつ

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第9話

「レイ、準備はいい? 大丈夫?」

 

S.O.N.G.発令所のモニターを見つめ、ミサトはそう声をかける。

 

『―――問題ありません』

 

平坦なレイの返答。

 

「シンクロ率も安定しているわ。これならきっと…」

 

隣で言ってくるリツコをちらりと一瞥し、ミサトは固唾を飲み込む。やたら喉が渇き、握った手のなかに汗がじっとりと滲んだ。

 

「―――そろそろか」

 

腕を組み、目を瞑っていた弦十郎が括目。

ほぼ同時に鳴り響くアラームと、飛び交うオペレーターの声。

 

「使徒ノイズ出現パターンの波長をキャッチ!」

 

「高濃度の生態反応あり! 座標でます!」

 

このたび相対するは第五使徒。

来襲する当日は分かるが、出現する正確な座標まではミサトたちも知り様はない。

巨大なモニターに、十字型の光の柱が立ち昇る様子が見える。

光が収まったあとに現れるは、見紛うことなき巨大な正八面体。

 

第五使徒ラミエル。

ミサトたちが知っている使徒と違う点は、その表面が青い水晶のような一色ではなく、旧世代のコンピューターのランプのように幾種類の色で明滅を繰り返しているところ。

 

「…この距離なら、ギリギリで間に合うはずよ!」

 

リツコの焦燥混じりの声を背に、ミサトは矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「レイ! 作戦通りにお願い! アスカとシンジくんは、万が一の時の援護を!」

 

『了解!』

 

返事をしてくるエヴァ初号機と弐号機は、巨大な盾を構えて零号機の後方へと待機している。

そして零号機はというと。

 

『…行きます!』

 

こちらも巨大な盾を構えたまま、零号機は第五使徒へと向けて突撃。

 

「…! 目標に、巨大なエネルギーが収束して行きます!」

 

藤尭朔也がそう叫び終わらない内に、零号機目がけて第五使徒より加粒子砲が解き放たれていた。

陽電子ビームの直撃を盾で受け止め、零号機はそれでも走るのを止めない。

 

「対象まで距離は2000メートル! しかし、残り3秒で盾が完全融解します!」

 

友里あおいの悲鳴じみた報告。

こちらの世界の技術で造られた耐熱光波防御盾だったが、この第五使徒の姿をもった使徒ノイズの出力は、ミサトたちの知っているものの威力を越えていた。

このままでは零号機は蒸発してしまうだろう。

ミサトが思わず拳を握りしめる先で、澄んだ歌声がモニターから発令所全体へと響く。

 

 

Balwisyall Nescell gungnir tron…

 

 

零号機が光に包まれていた。

全身を覆う光は陽電子ビームを跳ね返し、その間に零号機は第五使徒へと肉薄。

もはや斜角すら取れない足元へと潜り込んだ零号機は、その外見を大きく変えている。

黄色い機体に、黒と黄色のツートンカラーの鎧のようなモノに覆われていた。

そして何より特徴的なのは、その両腕に巨大なガントレットを装着していたことだろう。

その姿格好は、紛れもないガングニールだ。

零号機はガントレットを素早く充填。拳が大きく振りかぶられた。

 

『…いけええええええええええッッッ!』

 

モニターを震わせるような気合は立花響の声。

全体重を乗せた零号機の右拳が第五使徒へと叩きつけられる。

インパクトの瞬間、ガントレットのカートリッジも解き放たれた。

ほぼ零距離からの拳の衝撃は、第五使徒の対面まで貫通する。

遠距離では無類の強さを発揮するはずの第五使徒は、その懐に潜り込んできた零号機の一撃で粉砕。

巨大な八面体はたちまちその色を失い、灰となって崩れ落ち、風に吹き散らかされていく。

 

「―――作戦は成功だッ!」

 

弦十郎の断言に、発令所内に歓声が上がる。

ミサトもようやくほっと胸を撫で下ろした。

 

(今回は、本当に寿命が縮んだ気がするわ…)

 

無言で呟き額の汗を拭うミサトを、弦十郎は微笑を浮かべて眺めていた。

そして歓声が響いているのは、何も発令所内だけではない。

 

『やったー! やったよ、レイちゃん!』

 

()()()()()()()()()()()()、大声ではしゃぐ響がいた。

対してレイは無言。「そう、良かったわね」と突き放すには、響はあまりにもポジティブに過ぎる。

 

そんな好対照な二人もモニターしながら、リツコは隣席へのエルフナインへ賞賛を惜しまなかった。

 

「…本当にあなたは大したものね」

 

エルフナインの発案した『プロジェクト・シンフォギア』。

 

操縦者であるチルドレンはエヴァを自在に操作でき、同時にエヴァの受けたダメージをフィードバックする存在だ。

結論的にも実際的にも、エヴァは操縦者の延長であり分身であると定義することが可能である。

 

となれば、シンフォギア装者をエヴァの操縦者に据えればどうなるだろう?

装者=操縦者=エヴァという図式が成立するのではないか?

 

そして装者はシンフォギアを纏うことが出来るゆえの装者である。

エヴァ本体が装者の延長であると拡大解釈すれば、装者でもあるエヴァンゲリオンがシンフォギアを纏えてたとしてなんら不思議はない。

 

「これがミクロコスモスとマクロコスモスの照応、というわけね。納得だわ」

 

エヴァとシンフォギアの融合というのが主軸ではあったが、前提としてエヴァをあくまで人造人間と定義して固定したところが白眉だと思う。

忌憚のないリツコの称賛の連射にエルフナインは頬を真っ赤に染めていたが、意を決したように顔を上げる。

 

「で、ですが! 現状では、レイさんと響さんでしかエヴァの『シンフォギア・モード』が発動出来ていませんッ」

 

いくら哲学的な見立てが成立しても、装者個人にエヴァの操縦はできない。なので、媒介とでもいうべきファクターとしてチルドレンも同時にコックピットに乗り込むダブルエントリー方式を採用していた。

他の初号機と弐号機も、同じような方法でシンフォギア・モードの発現を試行していたが、結果は芳しいものではない。

 

「まあ、それは追々にね。今はプロジェクトの成果が出たことを喜びましょう」

 

リツコは苦笑しながらそう答える。

彼女の視線の先のモニターの中では、勝ち戦に関わらずやや浮かない顔をしている、アスカ、シンジ、クリス、それに翼の表情がうかがえた。

 

 

 

 

 

 

S.O.N.G.本部内の第二会議場。

今日も今日とて、そこは即席のパーティルームと化している。

 

「…あ~、この一杯のために生きているッ!」

 

一息でジョッキグラスの半分ものビールを空け、ミサトはぷはーっと息をつく。

目尻に感動の涙を浮かべている素の表情は、様々な重圧から一気に解放された証左だろう。

それでも、うっかり面前で無防備な姿さらしたことに気付いたらしい。慌てて周囲を見回して色々と取り繕う。

もっとも、周囲のOTONAたちは、そんな彼女のことを見て見ぬふりをする情けが存在した。

その筆頭とでも言うべき弦十郎が、料理を載せた皿を持ってミサトの前にやってくる。

 

「おう、葛城三佐。今回も、ほとんど被害もなく殲滅出来たのは何よりだ」

 

「は…」

 

恥ずかしげに声を潜めるミサトに敢えて気づかないフリをして、弦十郎は続けた。

 

「今日の使徒ノイズが、事前に知らされていた第五使徒の戦闘力を行使していたら、実際にはどれほどの被害が出たことか…」

 

申し訳なさそうな顔付きなる弦十郎は、当初ミサトより具申された作戦計画に応えられなかった。

敵の射程圏外からの超長距離攻撃。

ミサトの元いた世界の第三新東京市では日本中の電力を集めて超陽電子砲を使用したと聞かされていたが、この提案に、弦十郎サイド、いや、日本政府が難色を示した。

技術的にも十分可能なはずだが、かつてのカ・ディンギルの一件以来、国内にそのような兵装を配備すること自体が拒否反応が凄まじく、一種の禁忌となってしまっている。

 

また、弦十郎の申し訳なさそうな表情には、実はもう一つの理由が存在する。

S.O.N.G.の有するシンフォギア装者がもう三人いるのは周知の通りだ。

マリア・カデンツァヴナ・イヴ。暁切歌。月読調。

彼女たち、いわば元F.I.S組は、ミサトたちが来訪する以前より欧州に派遣されていた。

向こうでの作戦活動は終了していたが、敢えて弦十郎は彼女らを帰還させていない。

今回の第五使徒へ対して、装者全員の長距離攻撃S2CAの行使も考えなかったわけではない。

しかし、未だ調整中の技では万が一にも不安が残るし、使徒ノイズだけではなく錬金術師への対応も必要だ。

本部に何かあったときの保険、もしくはリスクヘッジとして、弦十郎はマリアたちを欧州に留め置いている。そしてその事情まで、弦十郎はミサトに対し説明していない。

協調体制にあったとて、全てを詳らかにするわけにはいかぬと彼は考えている。

 

さて、ロングレンジの攻撃が不可能である以上、第五使徒の特性状、ミドルレンジでの攻防は自殺行為だ。

超接近戦は分があるように見えて、まずはどうやって使徒ノイズへ接近するのか?

そもそもの使徒ノイズの出現座標は定かではない。

想定した範囲内に間合いをとって出現されることが重大な懸念の一つ。

よしんば取りつけたとしても、接近戦は装者もエヴァもリスクを負うのは周知の通りだ。

 

つまるところ、今回の作戦は苦肉の策であった。

正直、新式のシンフォギア・モード頼みの賭けの度合いが大きく、弦十郎、ミサト双方とも神経をすり減らしまくったのは言うまでもない。

 

「ともあれ、プロジェクト・シンフォギアの実用性が証明されたわけだ。次の戦闘への安心材料が積み重なったと喜んでもいいのではないか?」

 

弦十郎の物言いは苦笑を孕んでいる。

厳つい彼の顔を見上げ、ついでその視線の先を追い、ミサトも納得の表情を浮かべた。

 

 

 

 

会場のテーブルの一角。

装者とチルドレンたちが占拠するそのエリアで、立花響が一人ではしゃいでいた。

 

「う~ん! このピザ美味しい! ね、みんなも食べてみなよッ!」

 

頬張りながら仲間たちに奨めているが、反応は微妙なもの。

 

「いいよ、おまえが食えよ…」

 

「あれ? クリスちゃんどうしたの? ひょっとしてお腹痛いのッ!?」

 

「おまえな…ッ!」

 

肩を怒らせて―――結局、クリスはがくりと力を抜いてしまう。

そんな彼女は、ちらりと響の隣の席でサラダを食べるレイを見る。

 

(なんでこの子とバカの組み合わせだけで『シンフォギア・モード』が発動するんだ?)

 

初戦で零号機を暴走させたあたり、元のからの親和性も高いのだろう。

だが、それだけで説明がつくものだろうか?

どちらにしろ、クリスの年上としての面目は丸つぶれだった。

それは、先輩である翼も同様のようで、微妙な表情で箸を操っている。

 

クリスは、こっそりと視線を巡らす。

視線の先には仏頂面でサンドイッチに齧りつくアスカがいた。

プロジェクト・シンフォギアに於いて、クリスのパートナーになるのがこの金髪少女である。

そして、お世辞にも二人の相性が良いとは、クリス自身が思っていなかった。

 

(我が強くて、口が悪くて、隙あらばマウント取りにくるところがウザってぇ!)

 

クリスは強くそう思っていたが、相手であるアスカも全く同じことを思っていることなど、露ほども考えていない。

 

視線に気づいたらしいアスカが顔を上げる。咄嗟にクリスは視線を逸らす。

ふん! と互いにそっぽを向いて鼻を鳴らす仕草は瓜双つだったが、当人たちは気づいたかどうか。

 

「え、えーと、シンジくん? 師匠との特訓はどうかな?」

 

響なりにようやく微妙な空気に気づいたらしく、シンジへと水を向けた。

 

「え? あ、はい。ついて行くのがやっとっていうか…」

 

シンジは弾かれたように顔を上げ、おそるおそる隣の翼の様子を伺っている。

体力的には年相応というか、むしろ貧弱なシンジである。

実際に弦十郎との特訓といえど、体力づくりの基礎の基礎がやっとらしい。

そこらへんが翼的に不満そう。

 

(男子たるもの、そこまで貧弱でどうするッ!?)

 

口にこそ出さないがそんな風に思っているのは明白。

挙句、故にシンフォギア・モードが発現しないんのでは? と、常の彼女らしからぬ牽強付会な思考に陥っている。

 

結果として、翼の顔色を伺ったままシンジは沈黙。その隣では瞑目したまま箸を動かし続ける翼。

クリスとアスカは相変わらずギスギスとした空気をまき散らし、パートナーであるレイは無言で黙々とサラダばかりを食べている。

さすがの響もこの場を盛り上げることを諦めかけたその時、彼女の師匠が降臨する。

 

「おうッ、食べているか、おまえたちッ!」

 

ガハハと笑う弦十郎は、俯いたシンジの肩を叩く。

 

「飯をしっかり食べることも鍛錬の一つだぞ!」

 

「は、はいッ!」

 

返事をするシンジを眺め、弦十郎に師事していることがこの少年に決して悪い影響を与えていないとミサトは思う。

反して、他のチルドレンたちはどうだろう。

レイに関しては、無愛想ではあるものの相も変わらぬマイペースさは逆に頼もしい。

問題はアスカであって、こちらも別の意味で無愛想かつ神経質になっている様子。

ことエヴァに対する依存が強いアスカだ。

レイ&響ペアがシンフォギア・モードを発現できていることにコンプレックスを抱いているのかも知れない。

 

ミサトの推察の是非はともかく、なぜにレイと響のみがエヴァにシンフォギアを纏わせることが可能なのか?

前者はあまり主体性を持たず、後者は主体性の塊みたいなもの。

ゆえに欠けたピース同士がガッチリと噛みあっているのではないか、というリツコの仮説に、ミサトも概ね賛同していた。

ミサトの見る限り、アスカとクリスは反発しあっているし、翼は年下の少年に対し未だ胸襟を開いていない節がある。

 

「…一応、装者同士ではユニゾンの特訓をしたこともあったのだがな。相手がチルドレンでは、勝手が違うようだ」

 

まったく打ち解けた様子を見せない装者とチルドレンたちに弦十郎も頬に苦笑を刻む。

 

「だからといって、悠長に仲が深まるのを待つ時間はありません。ここはわたしに提案させて頂けませんか?」

 

既に弦十郎には打ち明けていたが、今後襲来される使徒、いやさ使徒ノイズに対しては、元の世界では複数のエヴァのミッションで挑んでいる。

いかなこの世界のシンフォギアを纏ったエヴァとはいえ、単騎でどうにか出来るであろう可能性は低い。

初号機と弐号機にもシンフォギア・モードを実装するのは急務であると言えた。

 

うむ、と無言でうなずいてくる弦十郎に黙礼して、ミサトはチルドレンたちへ向かい合った。

 

「というわけで、みんなには改めてわたしの提案する特訓をしてもらいま~す」

 

殊更明るい口調を造り、卓上の視線を集める。

 

「…ッ! ミサト、まさかッ…!」

 

保護者の意図に真っ先に気づいたらしいアスカが、椅子から腰を浮かせた。

金髪を逆立てる被保護者に、ミサトはにっこりと笑う。

 

「そ。あなたたちそれぞれが、しばらくパートナーと一緒に同じ屋根の下で暮らすのよん♪」

 

 

 

 

 

 

 

 


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