雨が降っていた。
予報にはなかった突然の夕立は、しとしとという雨音を徐々に強めてきていて、迎えはいるかという家の人のメッセージに、もう少し様子を見ますと返事をしてしばらく。
弱まれば歩いて帰ろうかな。とも思っていたけれど、この調子だと徒歩で帰れるようになるまでは随分と時間がかかりそうだ。
そうして頭に浮かぶのは、自分に課されたあれやこれや。
帰宅すれば待っている習い事も、宿題も、別に苦痛だとは思わない。
クラスメイトの友人は、「めんどくさいー」とか「やだー」とか、こんなのやって何になるんだよ。とか、そんなことをぼやいていた。
自分は、別に、困ることはない。
やろうと思えば、そつなくこなせて、でも、”しなければならない”という課題はどこか億劫で。
勉強が好きな友人もいれば、好きなものに打ち込んでいる友人もいる。
パズルみたいに知ってることがハマる瞬間が心地いいと、目をトリップさせながら参考書を読む友人の姿はあんまり直視したくないな。って思うし、部活に全身全霊を捧げている別の友人の姿は、純粋に応援しようと思うけれど、とはいえそれ以上の何かを想い抱くことはない。
みんながいろんな熱を持っていて、そして、その熱を向ける先を見つけている。
長く続きそうという人もいれば、一瞬で燃え尽きそうという人もいる。
ただ、自分の中には今の所熱源はなくて、仮にそれが全くない一生はちょっと、なんだろう。
うまくいえないけど、味気ない、んだと思う。
はぁ。と小さくため息。
迎えにきてもらおうかと端末を弄ろうとしたその時、ふぅという吐息と自分のそれがかぶる。
私のは、沈んだ色をしていて、きっと色で表すなら寒色。
なのに、後ろから聞こえてきたそれは暖色。
ゆったりとした熱が、吐息の奥にこもっている。
「あっ。ごめんね斎賀さん。ちょっと寄るところがあるんだ」
と出口を塞ぐ自分を半ば押しのけるようにかわして駆け出して、じゃあねーと手を振る彼女に手を振り返すことも忘れて、その笑顔に目を奪われる。
確か、ひづとめ。太陽の陽に、務め。
らくは、とクラスのみんなに気軽に絡まれている彼女だけど、あそこまでにこやかな笑顔は、教室の中で見たことがない。と思う。
彼女は、笑っている。
突然の雨を笑顔で迎える人は少ないと思う。けど、彼女は笑顔でその中に駆け出してく。
風邪ひくよ。という心配も今更で、薄暗い放課後の帰り道なのに、彼女がぴちゃんと跳ね飛ばした水たまりに、陽だまりのような足跡が残っているような、そんな錯覚を抱く。
彼女は、寄るところがある。と言っていた。
つまりは、それがその笑顔の由来。
学校の外に、彼女の熱源がある。
じゃあそれは何なんだろう。
それはきっと、自分の中に落ちた火種。
待って。という声も、どこにいくの?という声も、その背中にかけるには遅すぎて、ただ、空をつかんだ自分の所在なさげな右手が、何かを引っ掛けられそうだと力なく揺れていた。
◇
それから、彼女を視線で追うようになっていた。
ある日も、また、明くる日も、彼女があの日の笑顔を浮かべているのは大体、普段よりもせかせかと何かが待ちきれないとでも言わんばかりに放課後のチャイムとほぼ同時に教室を弾丸のように飛び出す日で。
ある時、何か知ってる?と別の友人に聞けば、帰りに途中のゲームショップに寄る。って言ってたよ。という答えが返ってくる。
検索すれば、住宅街の近くに、個人経営と思しきゲームショップが一件。
何が、そこまで彼女を駆り立てるんだろう。
何が、そこまで彼女の中で燃え盛っているんだろう。
その熱源を知りたくて、それが何かわからなくて、意を決して、あくる日にそのゲームショップを訪れてみた。
それが、斎賀玲の何かを致命的に変質させてしまうきっかけとも知らずに。