もしもかぐやに滅茶苦茶強力な恋敵がいたら・・・ 作:ゾキラファス
ようやく書けました。これで傷心旅行編も終わりです。
かぐや達が乗った寝台列車が、バラナシを出発する。出発すると直ぐに、月明かりに照らされたガンジス川を渡る。こうやって上から見ると、やはり大きい。母なる大河と言われるのも納得だ。
更に列車は進み、翌日の朝には綺麗なインドの街並みが見える。かぐや達はその光景を見ながら、朝食後の紅茶を部屋で飲む。因みに紅茶のお供のお茶菓子には、ジャレビと言われるインドの甘いお菓子が採用されている。
「そういえばかぐやさん。一体この列車は何処に向っているんですか?」
ジャレビを食べ、紅茶をおかわりしている藤原が、かぐやに質問をする。てっきりガンジス川で沐浴をして、そこで穢れを落として目的は達成だと思っていたのに、かぐやにはまだ行きたい場所があるというのだ。
しかし、藤原にはその場所が皆目見当もつかない。でもわからないのなら、聞けばいい。なのでこうして、かぐやに聞いているのだ。
「そうね。簡単に説明すると、聖地と言われている場所ね」
「聖地?」
聖地と言われ、藤原は頭に疑問符を浮かべる。聖地とは、神・仏・聖人などに関係がある神聖な土地の事を指す。最近では、人気のアニメの舞台になった町や場所も聖地と言われたりするが、大抵の意味では宗教的に重要な土地の事を言う。有名な場所で言えば、エルサレムやメッカ、ラサや比叡山などがあるだろう。
しかしインドで聖地と言えば、先ほどまでいたガンジス川のあるバラナシではないのか。他のも聖地があるのは驚きだ。
「もう直ぐわかるわ。それまでをお楽しみにしておいて」
「それもそうですね。わかりました」
気になるが、かぐやの言う通りもう直ぐそこにたどり着く。ならば、それまでのお楽しみにとっておこう。藤原はそう思いながら、ジャレビをもうひとつ食べる。
そしてかぐや達は、遂にたどり着いた。
「着いたわね、ブッタガヤに」
最終目的地である、仏教徒の聖地、ブッタガヤに。
ブッタガヤ。
それは、仏教の祖であるブッタが悟りを開いたと伝わっている場所。インド東部、ビハール州にある村で、仏教徒にとっての聖地。毎日世界中から数多くの仏教徒や観光客がやってくる町。そしてこここそが、かぐやの最終目的地なのだ。
「かぐや様。一応聞きますけど、ここで何をするんですか?」
「当然、悟りを開くのよ」
早坂の質問に、かぐやは当たり前のように答える。確かにかのブッタが悟りを開いた場所であれば、もしかすると悟りを開けるかもしれない。だからかぐやは、ここまで来たのだ。早坂は正直『無理じゃね?』と思っているが、ここまで来たら最後まで付き合うつもりでいる。
「今日は結構急いで回るけど、大丈夫?」
ガイドのシンが、かぐや達に移動前に注意を促す。本来なら2日に分けて観るべきなのだが、流石のこれ以上インドにいると色々跡が大変なのだ。新学期までもう時間が無いし、これ以上は藤原の家族にも迷惑がかかる。なので明日には帰国しないといけない。よって、ブッタガヤは1日で回らないといけないのだ。
「問題ないわ」
「です」
「ここまで来たら、どんな過密スケジュールでも大丈夫です」
「そうですね。最後までお付き合いいたします」
急ぎ足になってしまうが、回れなくは無い。そして何より、ここまできたら全部観ておきたい。なのでかぐや達は、急ぎ足でも全部行く事にしたのだ。
「わかったヨ。それじゃ、ホテルに荷物預けたら行こうカ」
シンもその気持ちを汲んで、全力で4人をガイドする事にした。こうして、かぐや達の最後のインド旅行が始まったのだ。
「ここが、前正覚山のドゥンゲシュワリ洞窟。ブッタはここで6年間洞窟に籠って、悟りを開こうとしていたんだヨ。1日お米1粒だけしか食べていなかったから、6年振りに外に出てきた時はとっても痩せていたって伝わってるネ」
「6年間毎日お米1粒だけ!?」
まず4人が最初に行った場所は、ドゥンゲシュワリ洞窟。ブッタこと、ゴーダマ・シッダールタが6年も悟りを開く為に籠っていた洞窟だ。
因みに、ここに来るまでにおよそ300段の階段を登って来ているので、皆膝が少し笑っている。
「うへぇ…私絶対に半日でギブアップしちゃいますよー…」
伊井野程では無いが、結構食べる方である藤原にとって、毎日米1粒何て絶対にもたない。
「それじゃ、あっちで着替えようカ」
シンに言われ、かぐや達は着替える為に建物に入る。
数分後。
「こんな感じでしょうか?」
「えへへ、何だか楽しいです」
「こういうの、初めて着たなぁ」
そこには、女性用の僧服に着替えた3人がいた。尚、志賀は護衛に徹する為に動きにくい僧服には着替えてない。
「それじゃ、行こうカ」
4人は、お供え用の花を手にして、シンの後に着いて行き洞窟に入る。そこには、ガリガリに痩せている金色のブッタの像があった。
「これが、この洞窟で悟りを開く為に修行していたお釈迦様…」
「話を聞いてたから何となくわかってましたけど、超痩せてますね」
「本当に死ぬ1歩手前みたいだね」
「これが苦行ってやつですか」
像からは、どれだけここでの修行が壮絶だったかが伝わってくる。そんな像を見た4人は、先ず手にしていた花を像にお供えする。そして手を合わせて、1度お祈り。
「じゃあ、そこに座っテ」
シンに言われ、かぐや達3人は洞窟の隅に座り、瞑想を始める。
「「「……」」」
3人共目をつぶり、一言も話さない。あまり時間は無いが、このような場所で瞑想できる機会なんて滅多に無いので、割と本気で悟りを開くべく瞑想をしているからだ。
(お釈迦様は一体、ここで何を考えながら過ごしたのかしら…?)
ブッタはこの洞窟で、6年も修行をしたと伝わっている。その間、彼はどんな事を考えて悟りを開こうとしていたのだろうか。いくらかぐやが天才でも、その答えは全くわからない。なのでそういった考えは、一旦やめる事にした。
(でもこうしていると、少し心が穏やかになった気はするわね)
特別な場所で瞑想しているせいなのか、かぐやの心はちょっとだけ穏やかだ。昨日、藤原と早坂から誕生日プレゼントを貰ったおかげもあるだろう。今なら、白銀と京佳がイチャついていても、あまり何も思わないかもしれない。
(……あ、ちょっとだけイラってしちゃった)
訂正。やっぱりそう思えるのは、もっと先になるかもしれない。
「かぐや様、悟れましたか?」
「わかんない」
「わからないかー…」
「すぴー…」
「書記ちゃん寝てるし…」
尚瞑想が終わる事、藤原はぐっすりと寝てしまっていた。その後藤原を起こして、かぐや達は着替えて次の場所に向う。
「ここが、スジャータ・ガル。洞窟から出てきたブッタが、歩いてたどり着いた場所だヨ。そしてこの村に住んでいたスジャータという女の子が、キールっていうお粥をブッタにあげたんだよネ」
スジャータ・ガル。
6年間の洞窟修行を終えた空腹のブッタが、洞窟から出て最初にたどり着いた村である。彼はそこで、とある少女からお粥を貰い、それを食べた。その時、ブッタは悟りを開くきっかけを手にしたと言われている。
「本当に歴史的な場所なんですね」
もしそのスジャータと言う少女が、ブッタにお粥を渡さなかったら、彼は悟る事ができなかったかもしれない。そう思うと、ここは本当に凄い場所だ。
「そして、これがそのキールだヨ」
シンはそう言い、手に持っているお盆に乗ったキールを4人に渡す。キールとはインドのミルク粥で、お米と牛乳と砂糖で作られている。何ので、思っている以上に甘いのだ。
「あ、甘いわね…」
「私、甘さで舌がちょっと痺れてます…」
「でもこんだけ甘かったら、気力を回復して悟れるのもなんかわかるかも…」
「疲労困憊の時に食べる砂糖は、ある意味最適解ですしね」
それぞれ感想を言いながら、キールを口にする。日本ではあまり無い甘さだ。
「でもこれを食べたら悟りを開くきっかけを手にしたって事は、私も出家して極限まで空腹になるよう苦行でもすれば、悟りを開けるのかしら?」
キールを食べているかぐやは、ふとそんな事を口にする。今も白金の事でずっと悩んでいるかぐや。もしこのまま、本気で悟りを開く為に出家でもすれば、この苦しみや憎しみから解放されるかもしれない。
「それは違うヨ。そもそもブッタも、苦行じゃ悟りを開けないって後に弟子達に言ってるシ」
「そうですよかぐや様。というかそんな事言わないで下さい。今のかぐや様、ほっとくとマジで出家しそうなんですから」
「その時は私も出家します!かぐやさんを1人にはさせません!!」
「書記ちゃん?そういう問題じゃないよ?」
当然だが、そんな事誰も許さないし認めない。もし日本最大の財閥の令嬢と有名政治家一族の令嬢が揃って突然出家したとなると、間違いなく騒ぎになる。下手をすると、その騒ぎに乗じて他の財閥に隙を与えなけない。後単純に、かぐやをこのまま出家なんてさせたくない。
「冗談よ。流石に本気で出家はしなって」
「お願いしますから、冗談でもそんな事言わないで下さいよ…」
割と心臓に悪いから。でももしかぐやが本気で出家するなら、早坂も共に行くつもりだ。そうすれば、色んな意味で自由になれるし。
そしてキールを食べ終えたかぐや達は、最後の目的地に向かう。
「そしてここが、マハボディー寺院。ここでブッタ事、ゴーダマ・シッダールダが悟りを開いたって伝わっているネ」
「ここが…」
かぐや達が辿り着いた場所は、マハボディー寺院とても大きなお寺で、まさにここでブッタは悟りを開いたと言われているのだ。中央には高さ50メートル以上の主塔があり、その周りには、多くの仏教徒がいる。なんせここは、仏教徒にとっても聖地。仏教徒ならば、1度は行かなければと思う人は大勢いるのだ。
「中に携帯は持って入れないから、そこで預けてネ」
「わかりました」
かぐや達はスマホを係りの人に預けて、寺院の中に入る。先ずは主塔の中に入り、そこにある大きな黄金に輝く本尊にお参りをする。中は思っていたより狭く、直ぐに人とぶつかってしまいそうだ。
そしてそんな狭い場所に、大勢の仏教徒が読経している。お祈りを済ませた後は、寺院の裏に回る。そこが、この寺院で1番有名な場所だからだ。
「あれが」
「うん。あれが菩提樹。あの樹の下で、ブッタは悟りを開いたんだヨ」
かぐやの視線の先にあるのは、菩提樹。この樹の下でゴーダマ・シッダールタは悟りを開き、目覚めた人、仏陀となったと言われている。
「ここで、悟りを…」
「お祈りしますか?」
「ですね」
3人は菩提樹に頭を下げ、祈りを捧げる。回りには、かぐや達と同じように祈りを捧げている仏教徒。
やはりここは、彼らにとって聖地なのだろうと実感できる光景だ。かぐや達も負けじと、そのまま暫く祈りを捧げ、マニ車と呼ばれるクルクル回る円筒形の仏具を回す。これを回すと、お経を読んだ時と同じ効果が得られるらしい。なので、折角なので回しておく。
「おお!結構勢いよく回りますねこれ!?」
「藤原さん?それおもちゃじゃ無いのよ?」
藤原だけ、まるで子供みたいに何度も回していたが。
その後、マハボディー寺院を出て近くにある巨大なブッタの像を見たり、トゥクパという野菜ラーメンを食べたりして過ごした。
「かぐや様。何してるんですか?」
「今、この占い師に会長と私の相性占って貰ってる最中よ」
マハボディー寺院から出たかぐやは、シンにお願いをして、街1番の占い師のところに来ていた。折角インドに来たから、本場インドの占いをしてみたいと思ったからである。
(全然悟れて無い…)
しかし、その占っている内容が全く悟れていない。何で今更、振られた相手との相性を占うのか。かぐや的には、これで白銀との相性が悪かったら、諦めがついて悟れるかもという気持ちだが、口にするのは恥ずかしいので話さない。
「どうでした?」
占いを終えたかぐやに、早坂が話しかける。
「凄く相性良いって。何なら、今後2度とこのレベルの相性の良い人は現れないかもって…」
「……そうですか」
やらなきゃよかったと、かぐやは思う。これで相性が最悪だったらまだしも、結果はまさかの相性最高。
既にその相性最高の相手に振られているこの現状では、その結果は嬉しくもなんともない。
因みに金運が信じられないくらい凄く、死ぬまでお金に困らないとも言われたが、正直どうでもいい。
「私、ちょっと休憩するわ…」
「わ、わかりました…」
かぐやは暫く休みたいと思い、店の中にある休憩室で休む事にした。
その間、早坂は藤原と志賀と共に占って貰っていた。
(遠路はるばるインドまで来たのに、結局悟る事は出来ないでいる…私、何してんのかしら?)
休憩室で出されたお茶を飲みながら、かぐやは1人項垂れる。年末年始にインドまで来て、結局何も悟れていない。ガンジス川に入り、ブッタガヤで瞑想もしたのに、何もだ。これでは日本に帰っても、白銀と京佳に嫉妬してしまう。
それだけはダメだ。そうならない為にも、悟らないといけない。
「はい、どうゾ」
「え?ああ、どうも」
そんな風に悩んでいると、ガイドのシンがケーキを持ってきた。かぐやはそれを受け取り、一口食べる。
「甘い…いや、本当に甘いわねこれ?」
「インドのお菓子、基本凄く甘く作られるからネ」
インド人はお酒をあまり飲まないので、お酒の変わりに甘味を摂するようになったから、より甘い物を食べる為にただのケーキでさえこんな風に甘くなったと言われている。おかげでインドは、世界有数の糖尿病大国なのだ。
「ところで、ひとつ聞いていいかナ?」
「何でしょう?」
そんなかぐやに、シンが話しかける。
「どうしてそこまでして、悟りを開きたいノ?」
そして、かぐやが悟りを開きたい理由を聞く。実はシン、かぐやが悟りを開きたい事は知っているのだが、その理由までは聞いていないのだ。本当はあまりこうやって、観光客のプライベートを聞く事はダメなのだが、かぐやがあまりに必死になって悟ろうとしているので、よくは無いのだが理由が気になり、聞いてみる事にしたのだ。
「……実はその、私失恋しまして」
かぐやは、シンの質問に答える事にした。好きな人がいた事。その人が、別の女性と付き合う事になった事。それが認めらきれず、犯罪行為を働いて相手から奪おうとした事。でも最後には全部バレて、思いっきりビンタされた事。
それらが終わったのに、未だに2人が幸せな事をしていると思うと、嫉妬心で施行が満たされそうな事。
それら全てをかいつまんで話した。誰かにこの悩みを話せば、多少は楽になると思ったからである。
「……成程ね。そういう事だったんダ」
シンは、ようやく納得したといった感じの顔をする。
「ちょっと説教臭い感じになるけど、いいかナ?」
「え?」
そして、真面目な顔でかぐやに話し出す。
「私ね、元々スラムの生まれで、子供の頃は本当に大変だったのヨ。食べる物もあまり無かったシ、何より治安が歩くてネ。その辺に刺された人の遺体が転がっているなんて当たり前の場所だったヨ。そしてある日、母親が病気になってそのまま死んだのよネ。あの時は泣いたよ。お金さえあれば治療できたのにっテ」
突然自分語りを始めるシン。しかしかぐやはそれを、冷静に邪魔する事無く話を聞く。というか日本では想像も出来ない場所だ。やはり国が違うと、本当に色々違うのだとかぐやは実感する。
「その後すぐ、人攫いに誘拐されたのヨ」
「!?」
だがそのシンの発言には、相当驚く。実はインド、人身売買などの犯罪がかなり多い国なのだ。
中々埋まらない貧富の格差のせいもあって、親が子供を売ったり、または子供が人攫いの組織に誘拐されたりといった犯罪が横行している。これらは、未だにインドに根付いているカースト制度のせいと言われているが、そこは今回省略させてもらう。
「攫われて売られてからの10年間は、ここでは言えない事が沢山あったヨ。あの日々こそ、まさに地獄だったネ。毎日毎日、いっそ死にたいって思っていたヨ。まぁ死ねなかったんだけド」
そう言うシンの顔は、どこか暗い影が見える。恐らく、本当に思い出すのも億劫な日々があったのだろう。日本で有数の家柄に生まれ、何不自由なく過ごしてきたかぐやには想像も出来ないような日々が。
「でもある日、とある善人としか言えない人に養子として迎え入れられてネ。私はその日々からおさらばできタ。それから必死に勉強をしたおかげで、私は今こうして観光ガイドとして過ごせているヨ。結婚もできて、子供もいるしネ」
それはまさに蜘蛛の糸。もしあの出会いが無ければ、シンはとっくに死んでいた身の上だった。
「こういう言い方は偉そうに聞こえるだろうけど、そんな私からしたら、失恋なんてちっさい出来事だヨ」
「……」
確かに、その通りかもしれない。奴隷と言っても過言では無い日々と比べたら、かぐやの失恋なんて小さい出来事だろう。
「大丈夫。時間はかかるかもだけど、いつの日か乗り越えられるっテ。そもそも失恋経験していない人の方が、ずっと少ないし、失恋は女の人をより綺麗にするかラ」
そしてシンは、かぐやを励ます。多少無責任に聞こえるかもしれないが、大人としてかぐやの事を励ます。
「で、でも…私はまだどうしても嫉妬してしまうんです…もうそんな資格すら無いのに、あの2人が幸せそうにしていると思うと、心の中にふつふつとした未練たらしい嫉妬心が沸いてきちゃうんです…」
シンの話を聞いたかぐやは、ほんの少しだけ心が軽くはなった。しかし、それでもまだ問題が残っている。
それは、京佳に対する嫉妬心。自分が白銀の隣にいたかった。白銀の恋人になりたかった。沢山楽しい思い出を作りたかった。あんな事をしておいて、未だにかぐやはそういった未練が捨てきれない。どうしても、京佳に嫉妬してしまう。
「別にいいんじゃなイ?」
「え?」
だがシンは、それでいいと言い出す。
「そもそも、未練たらしく嫉妬するだけなら問題ないでショ?そこから何かしでかしたら大問題だけど、嫉妬するだけなら別にいいでショ。そもそも一切嫉妬しないようにするなんて、それこそお釈迦様くらいじゃないと無理だっテ」
嫉妬とは、誰もが持っている物。これを捨てる事なんて、本当に出家してその道に進まないと不可能だろう。
「それでもって思うのなら、もう時間をかけて現実を受け入れるしかないっテ。そもそも、いやなことを直ぐに忘れるなんて誰も出来ないからネ。大丈夫。10年後も同じ悩みを抱えている事なんて殆ど無いかラ」
嫌な事、辛い事があった時は、それらに向き合って時間をかけて受け入れるしかない。だって、過去はやり直せない。既に終わった事なんだから、受け入れて進むしかない。例え何年かかってでも、受け入れるしかないのだ。
(……そうね。私、少し急ぎすぎていたみたい)
ここでかぐやは、自分が生き急いでいる状態にある事に気が付く。確かに2人が恋人になった事実は、未だに完璧には受け入れられていない。何だったら、億にひとつの可能性で白銀と付き合えないかなとさえ思っている。それらの気持ちを浄化する為、悟りを開く為にインドに来ているが、よく考えたら別に今すぐそういった気持ちを捨てる必要はない。失恋なんて、受け入れるのに時間がかかって当たり前。
ならば時間をかけて、しっかりと受け入れよう。暫くは辛い時期が続くだろうが、それも自業自得として受け入れる他無い。
「ありがとうございます、シンさん。少しだけ、前を向いて歩けそうです」
「そう?よかったヨ」
まだまだ心の整理はついていないが、少しだけ肩が軽くなった気がする。少なくとも、インドに来る前よりは楽だ。
「かぐやさーーん!見てください!なんか私、将来凄い事をして歴史に名前が載るらしいですよーー!?」
その時、占いをしてもらっていた藤原がやってきた。
「ふふ、そうですか。それは楽しみですね。因みに早坂は?」
「今丁度占ってもらっています!」
「なら、ちょっと覗きに行きましょう」
「はい!!」
嫌な事や辛い事を忘れる為には、楽しい思い出で上書きする事も有効だ。明日には日本に帰るが、それまでの間インドの観光を楽しもう。それで多少は、心が晴れそうだから。
日本 京都 四宮家本家
「以上が、かぐや様が行った事の全てです」
「そうか…」
京都のある四宮家の本家。その屋敷の1室では、執事の高橋が四宮家当主、四宮雁庵にとある報告をしていた。
それは、かぐやがクリスマスにしでかした事の詳細である。
あれは、完全に犯罪だ。幸い警察沙汰にはならずに済んでいるが、それでもあれはダメ。一応かぐやから相手側と和解は済んでいると報告を受けているが、この事を本家に報告しない訳にはいかない。もっと言えば、かぐやの父親である雁庵に報告をしない訳にはいかない。
「相手側とは、既に和解しているんだな?」
「そう聞いております。警察沙汰にするつもりは無いとも。従者である早坂からも、そう報告を受けています」
「……」
全てを高橋から聞いた雁庵は、暫し考える。
「なぁ、高橋」
「はい」
「俺は、どうすればよかった?」
「……」
そして静かに、高橋に語り掛ける。
「かぐやがそんな事をするなんて、思いもしていなかった。俺がほっておいても、四宮として育つと思っていた。だが、違った。何がいけなかった?四宮家の教育か?秀知院に行かせた事か?それとも、俺がしっかりあの子と向き合わなかったせいか?」
雁庵は、かぐやと一緒に暮らしていない。年に数回、顔を会わせて一言話す程度だ。つまり、殆どまともに話してなどいない。
その結果なのかはわからないが、かぐやは犯罪としか言えない行為を行ってしまった。自分がもっとしっかり娘のかぐやの事を見ていれば、こんな事はしなかったかもしれない。
だが怖かったのだ。かぐやが本当は自分の子では無いのかもしれないと思うと、怖くて向き合えなかったのだ。だからあまり干渉しなかった。でもその結果が、これである。
「どうしてだかぐや…何でお前が、そんな事を…」
娘のしでかした事に、雁庵は少なくないショックを受ける。かぐやは本当に良い子なのだ。そんな子が、このような事をしてしまっている。その事実が、雁庵にはとてもショックなのだ。
「これは、親である俺の責任だ…」
雁庵はこの責任を、かぐやの教育係をしていた人間に問うなんて真似はしない。子の責任は、親が負うべきものだから。
「私は執事です。主人に対して、あまり多くの事を言う事は出来ません。ですが、今からでもかぐや様としっかり話すべきかと」
高橋は、明らかに落ち込んでいる雁庵に話しかける。それは、至極当たり前の事。でもとっても重要な事を。
「今更か?今までずっと関わろうとしなかった男が、今更話し合うべきと?」
「ですが、そうしなければ何も解決しません」
「……」
そう言われると、反論できない。でも今更な気がしてならない。どうしても、かぐやと話せる勇気が出てこない。
「……暫く時間をくれ。近いうちに、必ず結論を出す」
「わかりました」
結果、雁庵は結論の先延ばしをしてしまった。四宮家当主としてあるまじき判断だが、どうしても今すぐかぐやと話し合える勇気が出てこない。だから、ほんの少しだけの先延ばしをする。
「それでは、失礼したします」
「ああ。ご苦労」
報告を終えた高橋は、静かに部屋から出ていく。残ったのは、雁庵ただ1人。
「俺は、どうすればいいんだ?教えてくれ、名夜竹…」
雁庵は、心の底から愛してしまった女性の名を呟く。でもその呟きに答える女性は、もうとっくにいない。
その後も雁庵は、部屋で悩み続ける。これからどうすればいいのか、1人悩み続ける。
これにて、インド編完結。お付き合いくださって、ありがとうございます。次回から舞台はまた秀知院学園に戻ります。ようやく会長と京佳さんの絡みが書ける。
それと今後の予定ですが、修学旅行編は原作と結構違う展開にする予定です。上手く纏められるか心配だし、そこまで書くの時間かかりそうですけど、どうかよろしくお願いします。
それでは、また次回。