もしもかぐやに滅茶苦茶強力な恋敵がいたら・・・ 作:ゾキラファス
ところで大晦日に新作アニメやりますね。尺から考えるに、修学旅行編全カットっぽいけど。
「お久しぶりです、お兄様」
「よぉかぐや…髪切ったって聞いたが本当だったんだな」
「ええ、ちょっと色々ありまして」
早坂達の前に現れたのは、早坂にとって今最も会いたくない人物であるかぐやだった。彼女は早坂からの言伝を受けて散々京都市内を回り、ようやくここにたどり着いたのだ。
尚たどり着くまでの間、何度も『ちゃんと場所言え』と文句をずっと言っていた事は内緒である。
「かぐや様…」
早坂は怯える表情でかぐやを見る。なんせたった今、雲鷹に全部バラされたからだ。今更、一体どんな顔して会えばいいのかわからない。それにかぐやから、罵声を浴びせられるのが怖い。それだけの事をしてきたのだが、それでも怖い。怖くて怖くてたまらない。つい吐いてしまいそうなくらい、今の早坂は精神的に追い詰められていた。
「早坂、先ずどうしても聞きたい事があるから答えなさい」
「っ」
怯える早坂に、かぐやは質問をする。大方、どうして今まで騙してきたのかとかそんな質問だろう。でも早坂は、それに全部答える気でいる。もう全部バレた今、隠す事も出来ないからだ。
「あなた、立花さんと海外に駆け落ちするつもりだった?」
「いや突然何言ってるんですか?そんな訳無いじゃないですか」
だがそうやって早坂が身構えていると、かぐやが素っ頓狂な質問をしてきた。
「あ?何だ違うのか?」
「雲鷹様まで何言ってるんですか…マジで違いますから」
早坂の答えに雲鷹も驚く。彼も早坂が京佳と共に海外に逃げようとしているものだと思っていたからだ。
「そう、どうも私の勘違いだったみたいね」
さっきまでの緊張した空気がどこかへ飛んでいく。この時早坂は、多分かぐやはまたいつものようにトンチキな勘違いをしたのだろうと理解。というか雲鷹も何故か京佳の事を早坂の恋人と認識しているあたり、案外この兄妹は似ているのかもしれない。
「それじゃあ次は真面目な質問よ。たった今、お兄様が言っていた事は本当かしら?」
「……はい。全て事実です…」
かぐやは質問を続ける。今度の質問は先ほどのトンチキな質問では無く、裏切りについて。早坂はそれに素直に答える。
「10年前、初めて私に会ったあの日からずっと?」
「はい…」
「私の事、全部?例えば好きな食べ物とか人間関係とかも?」
「はい…」
「そう。ずっと私を騙してきたのね」
「……」
「うつむいていないで、何か言い訳でもしたどうなの?」
「……」
早坂は何も答えない。答えられない。言い訳なんて何も出来ないくらい、かぐやをずっと裏切ってきたのだから。
「早坂。私が1番嫌いなのは、裏切られる事って知っているわよね?それなのに貴方は、10年もの間私を騙してきた。私の事を、黄光兄さまにずっと報告し続けた。こんな事、許せる訳ないでしょう」
かぐやの顔には、憎悪がにじみ出ている。ずっと信じていた子に、実はずっと裏切られていたのだ。これで何も感じない程、かぐやは鈍感なんかじゃない。早坂は心の隅で、既にかぐやはこの事を知っていたという妄想に縋っていた。
でも、そんな都合の良い事は無い。これが現実だ。かぐやは間違いなく、自分を許さない。こんなにも自分を信用してきたのに、自分はその信用を踏みにじったからだ。これまでかぐやの事を裏切ってきた子と同じように、自分もかぐやからはもう2度と信用される事は無いだろう。
「このままだと貴方は、お兄様に何をされるかわからないわよ?どこかに精神が壊れるまで閉じ込められたり、知っている事全部喋るまで暴力を振るわれたりしるかもしれない。それを覚悟の上なのかしら?」
「……」
「黙っていないで、言い訳のひとつくらいしてみなさいよ」
「わた、私は…その…かぐや様と…」
「おい、もういいだろ?何時までもくっちゃべってんじゃねーよ。こいつはこっちで引き取るからなかぐや。立て早坂」
早坂がようやく何か言おうとしたが、それを雲鷹が止める。そして早坂のサイドテールを掴んだまま早坂を無理やり立ち上がらせ、その場を去ろうとした。
「今、早坂が喋ってるでしょうがーー!!!!」
「ごっ!?」
しかしその瞬間、かぐやが雲鷹の顔に思いっきり左手でグーパンをしてぶっ飛ばしたのだ。その衝撃で、雲鷹は早坂から手を離して倒れる。
「私は、今まで許せないって思っていた人を許した経験が無いの!許したいって思ったのが今日が初めてで、やり方がわからないの!!私はどうすればいいの!?貴方はどうしたいの!?答えなさい早坂!!今直ぐに!!」
かぐやは真剣な顔で早坂に尋ねる。これまでの人生でかぐやは、自分を騙したり裏切ってきた人を例外無く許さなかった。
だが今日、どうしても早坂だけは許してやりたいと心から思ってしまったのだ。ずっと自分を騙して、裏切り続けてきた早坂。普通なら絶対に許す事なんて無い。
だというのに、早坂だけは許したいと強く思っている。でもそのやり方なんて知らないので、早坂から言い訳を聞こうとしているのだ。言い訳のひとつでも聞ければ、そこから早坂をどう許すか考える事が出来るから。
「私は…」
そして遂に早坂、自分はどうしたいかを口にする。
「夜かぐや様の部屋で、毎日毎日飽きもせずバカみたいな恋愛相談したり、偶に考え付いた作戦を実行したり、その結果を共に共有する事が、とても楽しかったです…」
「そう」
「だからなんて言うか、えっとあの…どうしよう、考えが纏まらない…」
予想外の事に、早坂も少しパニック状態。故に自分の願いを口にする事が出来ないでいる。
「お前ら!!雲鷹様に手を上げるなんて!!」
早坂が考えを纏めていると、雲鷹の側近が怒りを露わにしながらかぐやと早坂に襲い掛かる。
「あーもう!うるさいなぁ!!こっちは今大事な話してるんだから黙ってて!!」
襲い掛かってくる側近に、早坂は大声を出しながら抵抗を試みる。先ず自分の背後から襲い掛かってきた帽子を被った側近が自分のサイドテールを掴んできた。
「なっ!?」
それを早坂は、懐に隠し持っていたナイフを使ってサイドテールを切り、脱出を果たす。そしてかぐやの背後から襲い掛かって来ている側近との距離をあっと言う間に詰めて、ナイフを使って動きを封じる。
「馬鹿ね…これくらい私でも何とか出来たのに」
そしてかぐやはそう呟くと、早坂が髪を切った事でバランスを崩して倒れた側近に近づいて動きをづ封じる。これでもう、雲鷹の護衛は動けない。
「お兄様。早坂はこちらで引き取ります。なのでどうか、このままお帰りください」
護衛を失った雲鷹に、かぐやが話しかける。このまま早坂を雲鷹に預けてしまうと、何をされるかわからない。下手すると、命の危険だってある。
だからかぐやは、早坂をこっちで引き取って何とかする事にした。ちゃんと早坂と話し合って、早坂を許す為に。
「アホな事言ってんじゃねーよかぐや。それで俺が引くと思ってるのか?」
しかし、雲鷹は引かない。ここで早坂を確保できれば、それは自分の陣営を今以上に強く出来る。このチャンスを、逃す手は無いのだ。
「だが、そうだな。取引をしないか?それに応じるなら、その鼠はお前に任せてやる」
「取引?」
「そうだ」
そしてかぐやに、取引を持ち掛けてきた。
「…聞くだけ聞きましょう」
本当ならそんな取引になんて、耳を傾ける必要も無い。だが現状、これ以上何か出来る事も無い。だから取り敢えず、話を聞くだけ聞く事にした。その上で、雲鷹の取引を断ろう。どうせろくでもない取引だろうし。
「かぐや。お前、去年のクリスマスに同級生を誘拐したらしいな?それも自分と強引に恋人にする為に」
「!?」
「……」
だが雲鷹のその言葉を聞いて、早坂は驚愕し、かぐやは無言で雲鷹を見つめる。
「最初にこの話を聞いた時は驚いたぜ。まさかお前が、あのクソみたいな兄貴の青龍兄貴みたいな事をするなんてな」
「あんなのと一緒にしないで下さい」
「事実だろ?あれも自分の欲望を満たす為に、今まで相当数の女を権力で脅して好きにしてきたからな。それと何が違うんだ?」
「……」
言い返せないかぐや。なんせ雲鷹の言う通りだからだ。かぐやも白銀の事が諦められずに、クリスマスにあんな事をして白銀と無理やり関係を作って恋仲になろうとした。これが自分の欲望を満たそうとしていない訳が無い。
因みに青龍と言うのは、四宮本家の次男であり、四宮家でもっとも役に立たないろくで無しの人物である。特に何にも出来ないくせに、四宮家の権力と金を使って好き放題生きている、かぐやだけじゃなく雲鷹も本気で嫌っている正真正銘のクズだ。
「な、なんで…!その事は本家に報告なんて…!」
そして早坂は、今日1番慌てていた。あの事件は、別邸でも信用できる僅かな人間しか真相を知られていない。表向きには、かぐやがクリスマス中に白銀を家に招いた事になっている。早坂も、真相を本家に報告なんてしていない。なんせ知られてしまえば、かぐやにとって相当な弱みになるからだ。
「別に鼠を使うのは、黄光兄貴だけじゃねぇって事だ。それに最近の盗聴機器は、随分高性能らしいぞ?」
その答えは簡単で、別邸には雲鷹の息がかかった使用人がいただけの話。恐らく、どこか見つからない場所に盗聴器でもしかけていたのだろう。
「もしこの事が本家に知られたら、お前の立場は今以上に弱くなるだろうな。それこそ、もう2度と本家からの命令になんて逆らえなくなるくらいに」
四宮家でのかぐやは、実はそこまで立場が強い訳ではない。なんせかぐやは、妾の子。それも本当に、四宮家当主雁庵の子供か怪しいのだ。事実、かぐやが生まれて直ぐの頃はかぐやを四宮家から追い出すべきではという意見も出ていた。
おまけに四宮家は、所謂男尊女卑の考えが未だに根付いている家。某呪術師御三家の家程では無いが、それでも女性というだけで見下されるのが当たり前なのだ。
そんな家なので、かぐやの四宮家での立場はそこまで強くない。かぐやがこうして四宮家で生活できているのは、一重にかぐやが非常に優秀だからである。
だがそれも、クリスマスの出来事が知られたら終わりだ。
「だがもし俺に協力してくれるのなら、この事は誰にも言わないでおいてやる。そして早坂も、お前に任せてやる。ああ、ついでに言っておくが、別に俺はお前をどっかに軟禁する気も無い。ただ裏で俺に協力してくれれば、今まで通り過ごしてかまわんぞ?」
これはマズイと、早坂は焦る。なんせかぐやは今、この取引を受けない訳にはいかなくなったからだ。受けなかったら、かぐやは四宮家での立場を大きく弱らせる。そうなればかぐやは今後、本家の政略道具として扱われるだろう。例えば四宮家の利益の為に、好きでもない男と無理やり結婚させられる事だってある筈だ。
だが受ければ、今後雲鷹に逆らえなくなる。雲鷹の立場を強くするために、色々と協力し続けなければならない。例えそれが望んでいない事でも、協力し続けないといけない。
どちらを選んでも、かぐやに明るい未来はもう無い。強いて言えば、雲鷹の方がマシといったところだろう。
(ここまで、ですね…)
ここで早坂は、自分を見捨てるようにかぐやに進言する事にした。確かにここで雲鷹に連れて行かれたら、自分は碌な目に合わないだろう。でもこれ以上、かぐやに迷惑をかけたくない。これ以上かぐやに迷惑をかけるくらいなら、いっそ死んだほうがマシだ。
「それで、どうする?今ここで答えてもらおうか」
「……」
「答えろかぐや。協力するのか、それとも拒否するのか」
雲鷹はかぐやに答えるよう促す。既に退路なんて無い。この時点で雲鷹は、勝利を確信していた。なんせかぐやに、これを断る事なんて出来ない。どういう訳か早坂の為に利益度外視で動いているが、流石に自分の未来までは天秤にかけられないだろう。
そしてこのまま早坂とかぐやを引き込めれば、四宮家内の勢力を書き換える事だって出来る筈だ。ひょっとすると、四宮家当主の座だって手にする事が出来るかもしれない。勝利は目前だ。あとはかぐやがこの取引を受けてくれればいい。
そして雲鷹の取引をかぐやは、
「お断りします」
きっぱりと断ってきた。
「何?」
「ですから、お断りすると言ったんです」
まさか断られるとは思っておらず、雲鷹の顔に焦りが出る。そんな雲鷹をよそに、かぐやは話し出す。
「確かにお兄様の言う通り、私はとんでもない事をしました。1人の男性を誘拐し、1人の女性のトラウマを刺激して心を折るという酷い真似をしました。おまけに早坂にも、その事を手伝わせています。言ってしまえば犯罪幇助か強要罪ですねこれ」
あの日かぐやは、早坂に命令を出して白銀を誘拐し、京佳に電話越しで酷い事を言わせた。早坂は自分の意志でやったと言うだろうが、作戦の立案は間違いなく自分だ。
もしこんな事が本家に知られてしまえば、かぐやの立場は無くなるに等しい。ただでさえ妾の子と言われ微妙な立場にいるというのに、こんな事を知られたらそれどころではなくなるだろう。そういう意味では、かぐやはこの提案を受け入れるべきだ。
「そしてお兄様が、私の為を思ってそんな提案をしてくれたのも理解しています」
「……」
もしこれが黄光であれば、こんな優しい取引なんてしない。有無を言わさず、自分に従うようにしてきただろう。だが雲鷹は、自分に協力すればかぐやと早坂の両方を助けると言ってきた。普通なら、こんな事ありえない。むしろ弱みに付け込んで、かぐやも早坂も同時に従わせようとするからだ。
しかし雲鷹は、そうはしない。なんせ雲鷹は、四宮兄弟の中で唯一かぐやの味方とも言える存在。父親に任されたからとはいえ、雲鷹はかぐやを無碍に扱う事はしなかった。幼いかぐやに教育を施した事もあるし、かぐやの社交界デビューを助けた事もある。
何よりかぐやが、いるだけで息苦しい本家では無く別邸で暮らせるようにしたのは雲鷹だ。
自分も四宮家の男だが、後妻だった母親の家柄が低いせいで、ずっと冷や飯を食べさせられてきた。そのせいもあってか、雲鷹はかぐやにそれなりの愛着を持っている。
そしてこの提案は、彼がかぐやの立場を可能な限り守る為にしているものだとかぐやは理解できていた。なんせ雲鷹は、四宮兄弟の中で唯一まとも寄りだとかぐやが判断しているからだ。まとも寄りであるから、このような提案をしてきているのだとかぐやは理解できている。
「ですが、それでも私はその提案を受け入れません」
だがそれでも、この提案を受け入れる訳にはいかない。
「……そこまでわかっていて、なんでだ?理解できねぇ。理由を話せ」
意味がわからない顔を、雲鷹はする。普通に考えて、この提案を受け入れない事はありえない。なんせ自分の立場を自分で捨てると言っているようなものなのだ。
そして、かぐやは雲鷹に答える。
「私はもう、自分の罪から逃げる訳にはいかないのですから」
これ以上、逃げるなんてしないと。
「既に当事者同士で和解が済んでいるとはいえ、私がした事が消える訳じゃありません。むしろ、死ぬまで一生背負っていかないといけない事です。だからこそ、この事が本家にバレたら、私はどんな罰でも受けるつもりでいます」
いくら京佳に謝って許されたとはいえ、かぐやが京佳と白銀にした事は犯罪。そう簡単に忘れていい事じゃないし、目を背けていい事でもない。だからここで、自分の罪を隠していくなんて絶対にしてはいけない。
もし本家にばれたら、かぐやは本気でどんな罰でも受ける気でいる。もしここでその罪から逃れようものなら、今度こそかぐやは自分を一生許せなくなるからだ。
だから逃げないし、雲鷹が用意した逃げ道も使わない。
「なので本家のこの事を報告するつもりなら、どうぞご勝手に。その代わり、早坂の安全だけは確保してください」
「か、かぐや様!それではあなたが!!」
「いいのよ早坂。だってこれは、私が始めた事。貴方は、私の命令に従っただけじゃない。全ては私に責任がある。だから、私だけは逃げたりしちゃダメなの」
「で、ですが…!」
早坂は必死になってかぐやを説得するが、かぐやの意志は固い。早坂が何を言ったところで、かぐやはその考えを曲げる事はしないだろう。
「……」
一方雲鷹は、口元を歪ませていた。これでは、取引が意味を成さないからである。
「お前、本当にかぐやか?」
「失礼な。私がドッペルゲンガーにでも見えると言うのですか?」
「正直、そっちの方がしっくりくる」
それどころか、目の前のこいつは本当にあのかぐやなのか疑いだしてきた。人を信じない癖に裏切りを許さず、他人の心情を読み取ろうとせず自分の勝手なルールに厳格。自分の臆病さを攻撃性で隠そうとする。そんな昔の自分にそっくりな子が、四宮かぐやだった筈だ。
断じてこんな、自分の罪を認め早坂という裏切り者を助けようとするような子では無かった。もしかすると、本当に何か別人と入れ替わったのかと雲鷹は本気で疑い出す。
「そこまでにしておけ、雲鷹」
雲鷹が少し混乱していると、この場に聞こえる筈の無い声が聞こえた。
「は?」
「今の声…」
「まさか」
雲鷹だけじゃなく、かぐやと早坂も驚く。なんせ今の声の主が、この場にいる筈が無いのだ。普段からとても忙しく、仕事以外で家を出る暇なんて無い。ましてや、こんな人気の無い場所に来る訳が無い。
そう思いながらかぐや達が声のした方を見ると、
「ところで立花さん、重くないか?」
「全然大丈夫です。私見た目通り、上背があって体力あるので」
何故か京佳におんぶされている、四宮家当主の四宮雁庵がいた。
『何で!?』
そのシュールで衝撃的な姿に、その場にいた全員が突っ込みを入れる。
「お父様!?どうしてここに!?ていうか何で立花さんにおんぶを!?」
「京佳!?どうして雁庵様をおんぶしてるの!?」
「おい親父。何してんだ?いや本当にマジで何してんだ??」
「「えぇ…」」
かぐや、早坂、雲鷹、そして雲鷹の側近2名も大層驚く。っていうか思考が少し停止した。
「立花さん、下してくれ」
「わかりました」
「ふぅ、誰かにおんぶされるなんて、小さい頃に足を挫いた時に、死んだ姐にされて以来だったな。ちょっと懐かしい気持ちになったよ」
「結構急いで来ましたけど、大丈夫ですか?」
「ああ、誰かを思いやれるような乗り心地だったよ」
「どうもです」
雁庵はそんな5人の事など気にせず、京佳の背中から地面に下りる。
「さて雲鷹。それ以上その2人に何かする事は許さん」
「いや待てや親父。そのまま話を進めるつもりか?」
「そうだ。文句あるか?」
「あるに決まってるだろ。せめて1度状況説明しろや」
「全く、我儘な奴だな。まぁいいだろう」
「……すぅーーー」
雁庵はやれやれとしながら、雲鷹に言われた通り説明をする事にした。そのしぐさに雲鷹はちょっとイラっとしたが、とりあえず一端深呼吸をしながらこの思いを押さえて大人しく説明を聞く姿勢を取る。
「かぐやに早坂、お前達はとりあえずその2人の拘束を解きなさい。もうお前達を攻撃したりせんだろうしな」
「「あ、はい…」」
雁庵に言われた通り、かぐやと早坂は雲鷹の従者2人の拘束を解き、雲鷹と同じように聞く姿勢を取った。
そして雁庵は、その場にいる全員に説明を始めた。
時間は数分前に遡る。
懐から拳銃を取り出し、それを京佳に向けた八雲の前に、突然四宮家当主の雁庵が現れた。普段会う事なんて無い雲の上の人物の登場に、八雲は慌てる。
「どうして、雁庵様がここに…」
「八雲。いいからその物騒な物を仕舞え」
「し、しかしこの娘は!」
「八雲」
「っ」
「お前はいつから、この俺に逆らえる程偉くなった?言ってみろ」
雁庵にそう言われた八雲は、青ざめる。自分が仕えている雲鷹より、ずっと恐ろしい人物である雁庵。彼が部下に一声かければ、自分なんて明日にはどこかの山の中か海の底にでも埋まられているかもしれない。つまりこれ以上、彼の機嫌を損ねる訳にはいかないという事だ。
「早く命令に従え」
「は、はい!!申し訳ございませっんぐ!?」
それを理解できた八雲は、大慌てで拳銃を地面に落とし京佳の拘束を解く。しかしその時、あまりに急いで動いたので足を少し捻ってしまい、八雲は手で右足首を押さえる。
「高橋」
「かしこまりました、雁庵様」
雁庵に命令され、執事の高橋が八雲に近づいて屈み、拳銃を手に取り弾倉と弾を抜く。ついでにスライドも外しておいた。これでもう、この銃は使えない。
「八雲、最近は銃刀法が非常に厳しくなったというのによくも実銃を持ち出してくれましたね。もし警察に職質されたら、どうごまかすつもりだったんですか?」
「それは…」
「あなたは、四宮家従者としての自覚が足りないようですね。近いうちに再教育を行いますので、そのつもりで。それと、足を痛めたのならそれ以上動かないように。下手に動くと悪化しますからね」
「…わかり、ました」
高橋に言われ、八雲は力無く項垂る。この時点で、彼女は一斉の抵抗を諦めたのだ。
「お嬢さん、怪我はないか?」
「え、ええ。特にこれといって」
「そうか。それはよかった」
その間、雁庵は京佳に近づいて怪我が無いかを確認し、何ともない事に安堵。それはそうと、京佳は気になって仕方がない事があった。
「あの、ところで四宮っていうと、もしかして」
「ああ。私は君の同級生のかぐやの父親だよ。立花京佳さん」
先程の会話を聞いてそんな気はしていたが、やはり目の前の老人はかぐやの父親だったらしい。
「そうでしたか。あれ?どうして私の名前を?」
「そこは後で説明をする。今は勝手な事をしている息子を止めるのが先でね」
色々と気になるが、確かに今はかぐやと早坂の安全が最優先だ。一刻も早く向かわないと、大変な事になっているかもしれない。
「君は坂を下って、下にいる同級生達と合流しておきなさい。高橋、お前は俺についてきてくれ」
「わかりました」
京佳にこの場を離れるように言うと、雁庵はかぐや達の元に向おうとする。そして高橋も、立ち上がって雁庵と共に行こうとした。
グキッ
「ほあっ!?」
「「「!?」」」
だが突然、立ち上がろうとした高橋が変な声を出して、その場に腰を押さえながら蹲る。
「ど、どうしました高橋様!?」
「こ、腰が…!腰が今グキって言って…!」
たった今まで項垂れていた八雲が、心配そうにしながら高橋に近づく。どうやら、腰をやってしまったようだ。
「ふむ、仕方が無い。高橋はそこで休んでいてくれ。後で本家から迎えをよこす。私はこのまま、上に向って雲鷹を止めてくる」
「わかりました…申し訳ございません、雁庵様…」
「かまわん。ではな」
腰をやった以上、高橋に無理はさせられない。雁庵はこの場に高橋を残し、自分だけで坂の上まで行こうとした。
「……」
しかし、その歩みは遅い、すっごく遅い。亀の如く遅い。だが仕方がないだろう。なんせ雁庵は、もう相当な高齢。杖を使わないと歩けないし、走るなんて最早不可能なのだ。しかしこれでは、坂の上にいるかぐやと早坂の危機に間に合わないかもしれない。
「あの、四宮さん。よろしかったら、私が背負って運びましょうか?」
「何?」
「その、急がないと大変な事になるかもしれないですし」
そこで京佳は、雁庵を上まで運ぼうと決めた。自分はもう、それくらいしか役に立たないと思ったからである。
「うむ……では、すまないがよろしくお願いする。歳を取ると走る事が出来なくてね」
「わかりました。それじゃ、どうぞ」
「すまない」
そして雁庵は、その京佳の提案を承諾。背中を向けてしゃがんだ京佳の背中に乗り、そのままおぶられ、かぐや達の元へと向かったのだ。
「と、いう訳だ」
「……かぐやと同い年のガキに背負われて羞恥心とかねぇのか?」
「歳取るとそんなもの無くなる。お前も、いずれわかるさ」
「……そうか」
雁庵から説明を聞き終えた雲鷹は、信じられないといった顔をする。だってあの四宮家当主である雁庵が、女子高生のおんぶされてここまで来ているのだ。それも、今まで碌に関わろうとしなかったかぐやの為に。先程のかぐやの行動を見ても信じられないという気持ちがあったが、これは更にその上を行く。
「にしても、結局あんたは俺や黄光の兄貴たちより、あの名夜竹って女の娘であるかぐやの方が大事ってか?じゃなきゃ、態々こんな山奥にまでこねーもんな?」
だが直ぐに頭を切り替える。ずっとかぐやの事なんて見向きもしなかったくせに、今日突然雁庵は接触してきた。やはりそれは、かぐやがあの女が生んだ子だからなのだろう。
秀蓉 名夜竹。
彼女は四宮雁庵が心の底から本気で惚れていた女性であり、そしてかぐやの母親である。孫程の年齢が離れていたというのに、雁庵はまるで初恋のように本気になって彼女に恋焦がれていた。名夜竹が雁庵の前から姿を消して、その後腹に子を孕んだ状態で再び現れた時も、大して問い詰めもせず四宮家に迎え入れている。やはりそれだけ、名夜竹という女が大事だったのだろう。そしてその娘であるかぐやも、自分達よりずっと大事なのだろう。
名夜竹の子なんかじゃなく、ただ家同士の政略結婚で結婚し、世継ぎを作るという義務を果たした結果生まれた自分達兄弟と違って。
「いや、それは違うぞ雲鷹」
「何?」
「俺にとっては、お前も黄光も青龍も、そしてかぐやも大事な子であることに変わりは無い」
しかし雁庵は、そんな事微塵も思っていない、彼にとって雲鷹や黄光らも、大事な子である事に変わりは無い。そこに区別も差別も無いのだ。
まぁ、ぶちゃけ次男の青龍はちょっと微妙だけど。
「じゃあ、何でだ?何で今更…」
ならどうして、今更かぐやを助けようとしているのか。今までずっとかぐやと向き合おうとせず遠ざけていたくせに、今になって急にかぐやを助けようとしている。これが、雲鷹にはわからない。
「お前の言う通り、確かに今更だ。かぐやが生まれてから俺はずっと、かぐやから目を反らしてきた。父親らしい事なんて、ただの1度もして事が無い。だが、それはもうやめだ。これからは今まで目を反らして来た事に、ちゃんと向き合おうと決めたんだ。それに先ほど、かぐやが逃げないと言っていただろう?なら俺も、もう逃げるなんて事はしない。ただそれだけだ」
しかしそれは単純で、今更だが雁庵も覚悟を決めたに過ぎないだけ。かぐやのクリスマスでの事件に、雁庵はかなりショックを受けている。今までずっと自分がかぐやに向き合わなかったせいで、かぐやはとんでもない間違いを犯してしまった。もっと自分がかぐやを見ていれば、防げたかもしれないと雁庵は自分を責めた。
しかし、時計の針を逆回しにする事なんてできない。だから、もう同じ後悔はしないように、これからの未来に向けて自分も逃げずに進もうとしたのだ。
「……そーかよ。じゃあもう好きにしな」
「ああ。それと今後だが」
「わかってる。もう2度とかぐやにも早坂にも、そしてそこにいるデカ女にも一切手出ししない。それでいいだろ?」
「それでいい」
「お前ら、帰るぞ」
「「は、はい!!」」
雲鷹はそう言いながら、かぐやや早坂に興味を失った顔をして坂を下る。同時に彼の部下2人も、その後に続く。
「立花さん、後は俺に任せて、君も帰りなさい。坂の入り口に車がある。一緒に来ていた友達と共に、それでホテルに帰りなさい」
「わかりました。それでは」
そして京佳も、雲鷹達から少し距離を取って坂を下る事にした。
「京佳!」
「ん?」
だがその時、早坂が京佳を呼び止める。
「ここまで手伝ってくれて、本当にありがとう!この恩は、絶対に忘れないから!!」
そして京佳に、深々と頭を下げてお礼を言った。
「立花さん、私からもお礼を言わせてください。ありがとうございます」
早坂に続いて、かぐやも京佳に頭を下げてお礼を言う。
「ああ、そのお礼を受け取るよ。それじゃ、私は先に帰るね」
「ええ、重ね重ね、本当にありがとうございました」
2人のお礼を受け取った京佳は、そのまま静かに坂を下る。このまま下にいるであろう龍珠と合流し、ホテルへ帰るとしよう。
「「「……」」」
京佳が去った後、その場に残された3人の間に微妙な空気が流れる。元々早坂とかぐやだけだったのに、そこに雁庵もいるからだ。
今までまともに話した事の無い父親。それが何故かここにいる。先程の会話を聞くに、かぐやを雲鷹から助ける為に来たらしいが、かぐやにはそれが信じられないでいた。ここは先ず、雁庵に話を聞かないといけない気がする。
「かぐや」
だがかぐやが話そうとする前に、雁庵の方が話しかけてきた。
「先ずは、早坂の娘と話してきなさい。俺との話は、その後でいい」
そして自分を後回しにして、早坂との話を有線するようかぐやに言う。
「…わかりました。早坂、少し向こうに行きましょう?」
「はい、かぐや様」
それを聞いたかぐやは、早坂と共に少し離れた場所にある池に掛かった桟橋に向う。
そして雁庵は、そこから少し離れた場所で2人の様子を眺めながらかぐやを待つ事にした。
かぐや様の母親の苗字は、当て字ですがしゅゆと読みます。秀才のしゅうに、蓉のゆと組み合わせてしゅゆ。元は須臾というほんの僅かな時間という意味の漢字。
因みに蓉は蓮の事を差し、蓮の花言葉には「救ってください」というのがあるらしいですよ。はは。
次回、早坂と父親関係を一気に解決予定。でももしかすると、クリスマスにまた本編ガン無視の特別編書くかもしれない。内容は藤原姉の予定です。
それでは、また次回。
かぐや様の父親が、立花家に謝罪に行くのは
-
あり
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無し