もしもかぐやに滅茶苦茶強力な恋敵がいたら・・・ 作:ゾキラファス
夜 四宮家別邸 かぐやの部屋
「という事がありました」
早坂は放課後に見た出来事をかぐやに報告していた。ところで何故早坂があの場にいたかというと、かぐやの命令である。
かぐやは帰り際に早坂に『会長と立花さんが何事も無く帰るか見ておきなさい』という命令を出していた。何事も無ければただの経過報告でよかったのだが、そうはいかなくなった。
何故なら京佳が白銀をデートに誘ったからだ。
それを見た早坂は本気で焦った。主人のかぐやには出来ない事を、ああも真っすぐに正面から言う京佳に。そしてその誘いを白銀が受けた事に。
このままでは本気で白銀が京佳に取られる。主人であるかぐやに幸せになって欲しいと思っている早坂としては、それは何としてでも阻止したい。そこで多少誇張してその時の出来事をかぐやに報告している。
そしてその報告を聞いたかぐやはというと、
「……」
目から光を失い、茫然としていた。その顔には生気がない。暫くそのままだったかぐやだが、徐々に顔に生気が戻り、肩をワナワナと震え出す。
「早坂!どうしてあなたはそれを阻止しなかったの!!」
そして早坂を大声で怒鳴りつける。
「いやどうやって阻止しろというんですか。いきなり2人の間に入って『ちょっと待って』とでも言えばいいんですか?不自然すぎるでしょ」
「貴方だったらそれくらい出来るでしょ!」
「そんな無茶な」
「ていうか何で!?何で会長はその誘いを受けたの!?ねぇ何で!?答えてよ早坂!!」
「知りませんよ。私は白銀会長じゃないんですから」
情緒不安定気味のかぐや。だがそれも仕方が無いだろう。なんせデートである。ある程度中の良い男女でなければ成立しないと言われているデートだ。それを白銀と京佳は、明後日の日曜日に行うと聞いたのだから気分が穏やかである筈もない。
「それで、どうするんですか?このまま座して待ちますか?」
涙目で錯乱気味のかぐやに、やや冷めた目で今後の事をどうするか聞く早坂。
「そんな事する訳ないじゃない!何としてでも2人きりになんてさせないわよ!
ってそれじゃ私が嫉妬しているみたいじゃないの!!」
「もう誤魔化せてませんからね?」
そしてかぐやに、このまま何もしないという選択肢は存在しない。夏休みのデートは既に終えた後に知った事なのでどうしようもなかったが、今回のは違う。まだデート前だ。つまり、いくらでも作戦を考えて、実行する事ができる。
「そうだわ。こうしましょう」
「何を思いついたんですか?」
数分間悩んだかぐやはある作戦を思いつく。
「私が藤原さんを水族館に誘うのよ。そして一緒に水族館へ行くの。そうすれば偶然偶々会長と立花さんに出会ってそのまま4人で水族館で遊ぶことができるでしょ?2人より4人で遊んだ方が良いにきまってます。会長と立花もその方が是絶対に楽しい筈です」
「偶然ねぇ…」
かぐやの作戦、それは『偶然を装って2人きりになるのを邪魔する』というものだ。これなら偶然である為なんら不自然なところはない。
「よし。それじゃ早速電話しましょう」
携帯を取り出して、藤原の番号へ電話するかぐや。
『もしもし?』
すると僅か2コールで藤原は電話に出た。
「もしもし藤原さん?今いいでしょうか?」
『こんばんわかぐやさん!どうしましたか?』
「実は知人から水族館の入園チケットを貰ったんですよ。だから明後日の日曜日に一緒に水族館に行きませんか?」
作戦通り藤原を水族館へ誘うかぐや。しかし、
『あー。ごめんなさいかぐやさん。私、明後日は用事がありまして…』
「え?」
なんと藤原は断ってきたのだ。
『実は明日の土曜日から家の用事で九州に行くんですよ~。ちょっとお父様の仕事の関係で会食がありまして。それに家族全員で参加しないと行けないんです。それが土日の2日ありまして。だから日曜日は無理です。ごめんなさい』
藤原であれば間違いなく大丈夫だと思っていたのに、まさかの事態である。これでは作戦が建てられない。出来れば言葉巧みに藤原を誘いたいが、政治一族である藤原家の用事であれば無理に誘う事もできない。
「そ、そうですか。それなら仕方ありませんね。また機会がありましたら…」
『はい!その時はお願いしますね!』
よってかぐやは、藤原を誘うのを諦める事にした。そして電話を切る。
「ほんと肝心な時に使えない女ですね…」
「電話切った瞬間にそんな事言うのやめて下さいよ。怖いんで」
電話を切った瞬間、藤原に対する不満を口にするかぐや。だがいつまでもこのままではいけない。かぐやは直ぐに次の相手を探す。
「なら次は伊井野さんを誘うわ」
「来てくれますかね?」
次の相手は伊井野だ。伊井野自身、かぐやに対して少し思うところがあるので、かぐやの誘いに乗るかは疑問が残る。
だがそこは四宮かぐや。言葉巧みに伊井野をその気にさせる事など朝飯前だ。事実、生徒会選挙の時は伊井野を言いくるめる寸前までいけた。
『はい。もしもし?』
「もしもし。こんばんわ伊井野さん」
『はい、こんばんわ四宮先輩。どうしましたか?』
数回のコール音の後、伊井野が電話に出る。
「実は知人から水族館の入園チケットを貰ったんですよ。だから明後日の日曜日に一緒に水族館に行きませんか?」
そしてかぐやは藤原の時と同じ様に伊井野を誘う。だが、
『明後日、ですか。ごめんなさい四宮先輩。私日曜日は用事がありまして…』
「え?」
伊井野も予定があり、かぐやの誘いを断ってきたのだ。
『実は、明後日は本当に久しぶりにママが日本に帰ってくるんです。だから、家族皆でご飯を食べに行こうって話になってて。私、本当に楽しみで。えへへ…』
伊井野も藤原と同じように家族との予定が入っていた。伊井野の母親は紛争地域でワクチンを配っている。その為、中々日本に帰る事が出来ない。
しかし、明後日の日曜日は数か月ぶりに帰国してくるという。そして伊井野家は、本当に久しぶりに家族全員で食事に行くのだ。伊井野は、今からそれが楽しみで仕方が無い。
「そ、そうでしたか。それなら仕方ありませんね。またの機会にしましょう。どうか家族との団欒を楽しんでくださいね」
『は、はい!楽しんできます!あと、誘ってくれてありがとうございます!』
伊井野の事情を知っているかぐやは、流石にこれに横やりを入れることは出来ないと判断。よって藤原の時と同じように、諦める事にした。
「ほんと私の周りは役立たずばかりね…」
「だからやめましょうってそんな事言うの」
電話を切った瞬間、また腹黒い事を言うかぐや。
「もう素直に水族館に行きません?」
「いいえまだです!まだ石上くんがいます!」
「いや、会計くんは行かないと思いますけど」
あくまでも偶然を装って水族館へ行くつもりのかぐや。最後の望みとして石上を誘おうとする。
しかし、
『おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っていないためかかりません』
「何でよ―――!!」
石上はそもそも電話に出なかった。
その頃の石上はというと、
「よっしゃあぁぁぁ!!あと1人!あと1人でドン勝つだぁぁぁ!!」
オンラインゲームが佳境に入り叫んでいた。
「それで、どうしますか?」
誰かを誘うというかぐやの作戦はおじゃんとなった。
「まだよ…柏木さんとか、弓道部の子とか…他にも…」
だがかぐやはまだ諦めていない。未だに誰かと一緒に水族館へ行き、そこで偶然白銀たちと一緒になるという考えである。
「かぐや様。もう素直に水族館へ行きましょう」
「そ、そんな事すれば、まるで私が…」
「いい加減にしてください」
そんなかぐやを見ていた早坂は、喝を入れる事にした。
「は、早坂?」
「かぐや様。今あなたの戦況がどれくらいのものかわかりますか?」
「どんな感じって…まぁ私がまだ優勢を…」
「日本史で例えるならサイパン島攻略時くらいですよ。当然、かぐや様は日本側です」
「はぁ!?もう負け寸前じゃないの!?」
日本史でいうサイパン島の戦いは、制空権と制海権を共に米軍に取られていたので日本側に勝てる算段など無かった。その結果は言うまでもない。そしてサイパン島が陥落すれば、それは日本の絶対国防圏の崩壊を意味する。
要するに、今のかぐやはどんどん追い詰められているという事だ。
「沖縄や硫黄島で例えなかっただけまだマシと思って下さい。でもこのままだと、本当に今年中に白銀会長を立花さんに取られますよ?」
「……そんな事…ある訳…」
「本気でそう思ってますか?」
「……」
かぐやだって、わかっているのだ。今のままではまずいという事くらい。このままでは、本当に京佳に白銀が取られるかもしれない。ならば自分も京佳の様に色々と動けばいいのだが、どうしてもその1歩が踏み出せない。あと少しだけ、勇気が出ない。
「なので、私が一緒に行きますよ」
「え?」
そんなかぐやに、従者である早坂は背中を押す。
「日曜日、私が男装します。設定は『かぐや様が偶々水族館のチケットを貰ったけど1人では危ないので従者が1人護衛として一緒に行く』という感じで。そしてタイミングを見て白銀会長と立花さんへ接近。後は何とか一緒に回るようにしてみますので」
早坂は提案した。これならば、かぐやがいう偶然を装うことも可能だ。白銀と京佳のデートも、2人きりというのも阻止できる。
「でも早坂、貴方さっき、私の戦況はもうサイパン島くらいだって…それだとどうあっても逆転なんて…」
「さっきの例えに付け加えます。マリアナ沖海戦は起きていないものと」
「え?」
サイパン島の戦いは、制海権と制空権の両方をとられていたから敗北したのだが、その原因のひとつにマリアナ沖海戦で日本海軍が米海軍に大敗したというのがある。だがもしマリアナ沖海戦で日本海軍が勝利していれば、サイパンの戦いは負けなかったかもしれない。
「なので、まだ立花さんに白銀会長を取られる事は無いかと。勿論、かぐや様がこの提案を受け入れ、そして行動を起こすのであればですが」
「……」
かぐやは黙り、考える。これだけの提案を受けても尚、あと1歩が踏み出せない。
そこで早坂は、今度は背中を蹴とばす事にした。
「もしこの提案を受けなければ、立花さんは白銀会長と恋人になるかもしれませんよ?水族館というのはかなりロマンチックな雰囲気が出ますから。もしかすると、そのままキスとかもするかもしれませんよ?このままかぐや様がこの提案を受けなければ本当にそうなるかも」
「やるわ」
かぐやはようやく決心した。
「でも早坂!そこまで言ったんだからちゃんとしなさいよ!」
「勿論。全力を尽くします」
こうして明後日の日曜日、かぐやと早坂は水族館へ行くこととなった。
同時刻 白銀家
「おにい…それ着ていくの?」
白銀家では、圭が兄の服を見ていた。買い物を終えた白銀は家に帰りついた後、妹の圭にデートの事を伝えた。勿論、素直にデートとは言っていないが。だが圭は直ぐにそれが京佳とのデートの事だと把握。心の中で京佳にエールを送った。
しかしひとつ懸念があった。着ていく私服の事である。
圭は、兄の私服がゴミレベルでダサイことを知っている。きっかけは、夏休みに生徒会のメンバーで小旅行をした時に、白銀が着て行こうとした私服を見た時だ。あまりにもダサイ。もしこれと一緒に街中を歩くと思うと、本気で死にたくなるくらいに。
そこで、試しに自分の前で日曜日に来ていく服装を見せて欲しいと言い、白銀は言われるがままに着ることにした。
結果、白銀は夏休みの小旅行時の服を着たのだ。
「いいだろ?もう10月も終わるけど、まだ結構温かいし。この上になんか羽織れば」
「いやそれ夏用の服だから!そんなの着て行ったら絶対に浮くかから!!」
季節は既に秋。そして白銀が着て行こうとしているのは夏物。決して白銀が自分で選んで買った服のようにダサイ訳ではないのだが、浮く。絶対に浮く。
(こんな格好でデートなんて行ったら、京佳さんが可哀そう…)
義姉になるかもしれない人にデートで恥をかかせたくない。そして圭は決心する。
「おにぃ。あした午後から暇だよね?」
「ああ。午後からはバイトないしな」
「なら明日の午後、服買いに行くよ。私が選んであげる」
土曜日に兄に服を買わせると。今ならいくつかの服を買うだけの蓄えくらいならある。決してデートに行っても恥ずかしくない、シンプルだが清潔感のある服装をさせると。
「いやいいって。勿体ないだろう。これで十分…」
「いや絶対にそれはダメ!下のジーンズはまだ良いとしても上は全部だめ!!」
「ええー?」
結局圭に押し切られる形となり、白銀は翌日近くの服屋でいくつかの秋物の服を揃えた。
尚その際、試しに自分で選んでみたら圭に超ダメ出しされた。そして白銀は今後、決して自分で服を買うなと圭に言われ落ち込んだ。
そして、あっという間に日曜日になるのだった。
Q、マリアナに勝っていたら日本は勝てたの?
A、多分無理。物量と技術で押されて遅かれ早かれ負けてると思う。日本が勝つにはミッドウェーで勝つしかないんじゃないかなぁ。本作ではあくまで例えという事で。
これで今年の投稿は終了です。次回は何事も無ければまた来週に。
それでは皆さん、良いお年を!