登場
何処かの世界の日本の何処かにある穏やかな街。
先ほどまでは確かにあった春の日差しを覆い隠すように季節外れの大雨が降り注ぎ、街並みを洗っていく。
叩くように降り注ぐ雨に人影は少ない。
当然ながら街外れにある墓所にも人影は皆無。
雨を嫌ったのか数少ない墓参りに来た客ももうすでに帰路についている。
否、一人だけ墓所に残っている女性がいた。
女性の顔は端的に言って美しさにあふれていた。
日の光が映える長く美しい金髪に宝石を思わせるマリンブルーの瞳、その顔立ちはまるで物語の中に出てくる深窓の令嬢そのものであり、気品ある美しさを醸し出していた。
この女性は名をスミレという。
スミレは最後に一礼すると墓所より離れて黒い傘を差し歩き去っていく。
黒い傘を差した姿は気品すら感じられる姿だがしかし何処か頼りない。
背を曲げる事はないが覇気のなく感じられる姿。
まるで魂を抜かれてしまったかのように、幽霊であるかのように見る者の心を痛ませる儚さがあった。
「……これから、どうしましょう、か……?」
不意にスミレは足を止めた。
何となく、本当に何となくだが不吉な物を空に感じた。
そして訝し気に空を見上げたが、結果として彼女の行動は遅すぎた。
結果として彼女の勘は正解だった。
彼女から少し離れた山地に天から落ちてきたのは大質量。
小さいとはいえ山一つを半壊させた崩落の衝撃は強烈な地震を起こしスミレは苦悶の声を上げる。
地響きと空気が攪拌され発生した気流に必死で耐えるが追い打ちをかける様に、それらすら上回る金切り声が浴びせかけられた。
「うわっ……くぅ……!」
地響きに続く金切り声にスミレから離れた街の人々も慌てて原因を確認するが、彼らもまた一様に驚愕の声を上げた。
「お、おいアレを見ろ! アレは────―」
「間違いねえあれは……怪獣だっ!?」
天より落ちてきた金切り声の主の正体は数年前からの魔王獣と呼ばれるものを始めとして、今や地球でメジャーな存在となった怪獣だ。
尋常の生物ではありえない巨体を有する怪獣は超常的な能力を持ち、ただ市街地を進むだけで街を破壊し人類を殺傷する天敵。
『―――――噂話通りの貧相な星よ』
今宵天より降りてきた怪獣は茶褐色の身体に奇怪なハサミを携えた四肢。
およそ人の感性に共感するとは思えないほどにカミキリムシの様な凶悪な面相。
そして蠍の様に長大で剣呑な尾を携えた怪獣だ。
名前をさそり怪獣アンタレスという。
『フン。他愛のない雑魚共が驚き慌てておるわ。
どれ一つ目に物を見せてやろう──────ムン!』
アンタレスは小さき人々の諸処の感情を一顧だにしない。
ただ悠然と長大な尾を手近な小山に振るった。
それだけですぱりと、どちらかといえば丘に近いスケールとはいえ山があまりにもあっさりと五合目から切断されて宙を舞った。
『ハハッ脆い脆い。山でこれならば脆弱な地球人はどれ程に脆いだろうな?』
平然と独り言ちる怪獣の技は危険に過ぎる。
まるでカラテの達人がビール瓶の口を手刀で割るような熟練の技。
水平に振るわれた尾の一撃が山を割るという空前のスケールで再現されたことに人々は恐れおののく。
あの怪獣は、あまりにも危険すぎると。
「な、なんだよあれ……山があんな風に」
「ビートル隊を! 早くビートル隊を呼ばないとっ」
「イヤ無理だ! 早く街の人を逃がさないと────アイツこっちに来てやがるぞ!?」
大雨が血を叩く音を圧倒するほどの様々な感情がこもった叫びが街を包み込む。
それぞれが巨大な存在に揺り動かされ奏でる叫びはさながら混沌の協奏曲。
「…………」
他方で土砂に半身を埋没させたスミレは無言だった。
『まずは暇つぶしといこう。小さき者どもよ我の糧となれ』
アンタレスの暴虐によって起きた土砂崩れにより身動きが取れない彼女は冷静というよりも空虚な目で、自分の方に近づいてくるさそり怪獣を見上げる。
恐らく目に入っているわけでもないのだろうが怪獣の歩幅を考えればこのままアンタレスはスミレを痛みを感じる間もなく踏み潰す事になるだろう。
その悲劇を地球人と同様の能力しか持たない彼女は状況を覆す事が出来ない。
この絶望的な状況をスミレは静かに受け入れる。
思ったよりも遅く、そして無意味な死だったが自分にとってはふさわしいのかもしれない。
空虚になった自分には。
視界を染める巨大なハサミと、右足の禍禍しい黒から目を背ける様にスミレは何事か呟き目を閉じた。
身を固くするも一瞬、そのまま彼女は何も感じなくなることはなかった。
むしろ感じるのは瞼越しにも分かるほどの眩い、何処か優しい光だ。
「えっ……?あ……」
吹き飛ばされ苦悶の声を上げるアンタレスに対して光は人の形に収束し、スミレを守るように立ちふさがる。
『ぬう……この星に未練がましくはびこる偽善者が! 全く以て忌々しい……!』
忌々し気に首を振るアンタレスは知っている。
己のような平和の敵の天敵となる存在の名を。
「あれは……来た来てくれたんだ!」
その姿をスミレは、街の人々は、この星に生きる人々は知っている。
それは光の巨人。人々を護る聖剣の勇者。闇を照らす光の戦士。
その名は────
『俺の名はウルトラマンオーブ! 闇を照らして、悪を撃つ!』
赤と紫の体色に金色のラインが刻まれた基本形態に変身したオーブは強力な切断能力を持つスペリオン光輪を抜き打ちに放つ。
『来いっアンタレス! スペリオン光輪!』
凶悪な切断能力を持つ光の環をアンタレスはとっさに飛びのいて回避するが頭部の角の片側を飛ばされ憎悪の声を上げる。
『ぬううっ! しゃらくさいわっ!』
黒い角が大地に突き刺さる中、頭部への攻撃に憤ったのか弾かれるようにアンタレスは突進する。
剣呑な叫びと共にオーブに対してハサミを交差するかのような軌道で振るうが、そうはさせじとオーブの熟練の受けに流された腕をがっちりとつかまれる。
アンタレスは膂力に優れるといってもそれはオーブも同じ事。体勢を崩したアンタレスをオーブは見事に投げ飛ばした。
『チィッ……やみくもで勝てる相手ではないか。ならば速さ比べだウルトラマンオーブ!』
『望むところだ! ジャックさん! ゼロさん!』
背中から落ちたアンタレスは苦悶の声を上げながらも回転し起き上がるが、突進よりも先に後退を選んだ。
初撃を喰らい頭に血を上らせていた物の短い戦闘ですでにオーブを難敵と認識したのか慎重に距離をとりオーブに致命的な一撃を見舞う機会を狙う。
『キレのいい奴頼みます!』
対するオーブも三又の槍を携えた青い姿に変身。
流星の如き速度でアンタレスの首を狙い槍を振るう。
『光を超えて、闇を斬る!』
蒼い軌跡が夜空に幾度なく瞬き、対するアンタレスも四肢をフル活動して対抗していく。
地を蹴り切り結び、そのまま幾度なく空中で交錯した両者はダメージを見せる事無く大地に降り立つと並走し更なる攻撃を交しあう。
アンタレスの攻撃は苛烈だ。
多様な攻撃手段と高度な格闘技を持つことで知られるアンタレスは、およそ獣のそれとは思えない精妙な足さばきで立ちまわり、思い拳をオーブへ打ち込む。
対するオーブは俊敏な動きで手にした青い三叉槍で縦横無尽に突き、薙ぎ払う。
このオーブという光の巨人はアンタレスと同様に、いやそれ以上の領域にある歴戦の達人の技を持っていた。
『せぇ……やぁっ!』
『────ッ!?』
アンタレスのフリッカージャブのような拳が巨人の槍によってはじかれる。
如何にアンタレスが達人と言っても槍と無手のリーチの差は多大なディスアドバンテージである。
拳をはじかれたアンタレスが体勢を崩した隙を突き巨人は大気を切り裂く鋭い斬撃を放つ。
『ぐがっ……かかったなアホがッ』
『なっ……!』
深く身を切り裂かれるアンタレス。
しかしさそり怪獣は裂帛の気合共に片足で跳ねて後退し、そして目から怪光線を放つ。
それはサーチライトのように巨人を撫でるとその体表で火花を散らした。
この光線は忍びの持つ暗器のようにアンタレスの奥の手ともいえる技だ。
拘束の近接戦の中で突如として放つ奥の手であるこの技は幾度なく彼に勝利をもたらしてきた必殺奥義。
これを受ければ如何にオーブといえども。
『キェアアアアアアアアアッ!』
其処に間髪入れず怪鳥のような叫び声をあげながらアンタレスは長大な尾を巨人に向け放つ。
アンタレスの尾はとある世界において富士山の五合目から上を切り飛ばす事が可能とすら言われた異常なまでの威力を持つ必殺武器であり、事実アンタレスは光線で動きを止めた相手をこの尾で斬殺する事を邂逅戦にも勝る最大の必殺技としている。侍の居合斬撃のような美しさすらある円弧を描いた毒尾が巨人を真っ二つにするかに思われたが
『────―闇を抱いて、光となる!!』
体の奥深くからの想いと共に叫ばれた言葉。
その言葉と同時にオーブの姿が赤と黒を基調とした姿に変わる。
全身の筋肉を隆起させた赤と黒の暴乱形態はその強大なパワーで尾の半ばを受け止め吹き飛ばされるどころか、むしろしっかりと地面を踏みしめアンタレスを振り回す。
『グォッ! ガギッ! グアアアッ!!? 』
アンタレスは何度も山肌に叩きつけられうめき声をあげる。容赦のない攻撃に獣のような声を上げ深いダメージを甘受するばかり。
そしてオーブははグロッキー状態になったアンタレスを宙に投げ飛ばす。
大地にたたきつけられたアンタレスは何とか体勢を立て直しながらも、それ以上の対応をすることが出来ない。
『ウオオオオァァっ!!』
そしてアンタレスに接近したオーブが荒々しい拳を連続して打ち込む。その身に宿す黒き暴王の圧倒的なパワーはアンタレスに技による防御を許さない。三発目、四発目とアンタレスの体がさらに宙に浮いていき、五発目の回し蹴りで山よりも高く跳ばされた。
オーブは宙を飛んでいく怪獣とは対照的に両腕を広げしっかりと大地を踏みしめる。
その両腕にはすでに光と闇のエネルギーが集中し、巨大な輪を描いており────
『ゼットシウム光線!!』
青い光線とそれを取り巻くような赤い螺旋状の光線が放たれ、アンタレスの身を抉るようにして破壊し、爆発させしめた。
『グガアアアアアアアアアッ!!? おのれ、おのれェ────―ッ!!』
暴力的なまでの破壊力の光線に圧倒され粉々に吹き飛んだアンタレス。
凄惨さすらある破壊を見届けた巨人はどこかへ飛び去っていく。巨人の巻き起こす風に、雨の中も咲き誇る花々がかすかに揺れた。
アンタレスとオーブの激しい戦いを見ていたスミレは何の感銘を受けた様子もなく無言だ。
まるでこの戦いの勝敗など興味がないかのように。
ただ一つ彼女の胸の内を語るのは街の人々が害されなくてよかった事に対する安どのため息のみだ。
自分を案じ、駆け寄ってくる人々の声にか細い声で返事をする。
最低限の礼儀としての対応をした直後スミレは意識を失った。
関東にあるとある養護施設の一室。
既に消灯した施設の一室で布団の中にこもりながらも、少女はこっそりとスマホの光を灯代わりに書類を読んでいた。
「……」
この日にようやくもたらされた書類をじっと真剣に読む少女の顔には不安や喜びの他にも、幾つもの感情が宿っている。
しばらくして少女は書類をそっと大切にしまうと準備していた旅行鞄を引き寄せた。
ずっしり重い鞄は彼女の心情を表しているかのよう。
しかし、それでも自分にもたらされる希望を胸に灯した少女は、かねてよりあったある決意を固めていた。
中篇も明日の同じ時間に投稿します。