〝 青春が、欲しかった…… 〟
「っ…、ここは……」
気がつくと、そこは一面真っ白な空間だった。前も後ろも、右も左も、上から下まで、全てが白く、何も無い場所。
立ち上がる。床という概念、重力という概念はあるようだ。飛んでもすぐ地に足が着く。
少し歩いてみた。けれど何も無かった。……そして、終わりもなかった。。
なんでこんなところにいるんだろう?
考えても、答えは出なかった。
少年の身体をした男は目を瞑って額にシワを作り、自分の最後の記憶を必死に呼び起こす。
━━そうだ、俺は……━━━━
〝 死んだんだ 〟
俺、笹宮 昇は普通の一般男性……ではなかった。生まれはとある財閥の跡取り息子。幼い頃より躾躾躾。自由な時間なんてなかった。褒められたこともなかった。怒られたこともなかった。前者はそれが当たり前で、後者は俺が優秀だったからだ。
親の顔もほとんど見た事なかった。そもそもあった回数も少なかった。ひとりぼっちで、使用人に囲まれて過ごしていた。ただそれが当たり前なのだと思って生きてきた。
ああ、でも、俺は知ってしまった。世の中にとってそれは、『当たり前』じゃないことを。
世の中の一般家庭には、使用人なんていなかった。家族と一緒に仲良く過ごすのが当たり前なのだと知った。褒められて、怒られることが当たり前なのだと知った。
家族に〝 愛 〟が当たり前に存在していることを、知ってしまった……
……俺は、俺の家族は、どうなんだろう……
気になった。答えは予想出来てたけど、それでも尋ねずにはいられなかった。だからあの日、数年ぶりにとある大規模なパーティーで再開した両親に、俺は尋ねようとした。俺たちに『愛』があるのか……
……でも、聞けなかった。いや、聞く気になれなかった。
再会した両親。俺を見た第一声。なんだと思う?
「ん?お前、だったか?私の跡取りは……」
「そうね。ねぇ僕。あなた苗字なんて言うの?」
……ああ、そうか。父上にとって、母上にとって、俺は跡を継がせるための〝 道具 〟だったんだ……
二人は俺の顔すら覚えていなかった。どうでもよかったんだ。それもそのはず、俺はその日、俺以外の『跡取り候補』の子供たちを、目にした。子供は俺一人じゃなかったのだ。
幸運か不運か、俺はその中で一番出来が良かった。両親……特に母は喜んだ。正室である自分の息子が一番出来がいいのは誰でも嬉しいのだろう。それでも母は……俺の名前を覚えようとはしなかった……
それどころかもっと俺に躾を強要してきた。早く俺に跡を継がせて、父親と隠居してラブラブ生活を送りたかったらしい。
俺はそんなものどうでもよかった。でも頑張ったら、また喜んで、そして……いつか、名前を覚えて、褒めてくれるかもしれない。そんな僅かな望みを捨てきれず、俺は努力を続けた。
周りの子供が当たり前のように過ごす青春時代。その全てを、犠牲にして……
結果は分かりきっていた。俺はどこまでいってもただの『道具』でしかなかった。
俺が20歳で跡を継ぐと、母親は何も言うことなく父親と姿を消した。その後一生、姿は見せなかった。
その五年後、財閥の頭が代わって落ち着いた頃、俺の前に数人の女が入れ替わり用意された。跡取り……『道具』を作るための『母体』。もはや普通の恋愛なんて、俺にはなかった。
でも、俺は何も思わなかった。俺にはもう、感情なんてものはなかったから。
だから適当に正室をきめて、順番に犯していった。時間の合間に、適当に。誰も文句は言わなかった。連れてこられた女たちは、皆一様に心を壊されているものばかりだったから。それをした犯人は分かってる。それでも俺には、どうしようもなかった。
いや、どうする気もなかった。
30年後。俺は十数人いる息子の中で一番出来の良い奴を跡取りにし、社長から名誉会長になった。経営には携わらないが、ご意見番としてたまに相談にのるポジションだ。
そしてさらに15年後。俺はそのポジションをも引退し、稼いだ莫大な富を持って、俺の『母体』だった『道具』たちと海外に移住。そのままのんびりと余生を過ごした。
そこからの日々は、使用人はほんのひと握り、それも言うことを聞いて、なおかつ信頼のおけるもの達だけ。あとは完全に関わりを絶っていた。
だからだろう。俺のその瞬間、少しだけ、幸せを感じ取ることが出来た……
でも、それが本当に幸せだったかは分からない。俺は普通じゃなかったから。俺は、普通の人が知っている幸せを知らない。
もし、来世があれば、俺は……
━━━普通の幸せってやつを、感じてみたい……━━━
「……気が付きましたか?」
「っ!」
突然場に響いた声。俺は素早く後ろを振り向いて、そして目を見開いた。何も無かった、誰もいなかったはずの真っ白な空間。しかしいつの間にか、一人のイケメン男性が宙に浮かびながらこちらに笑みを向けていたのだ。
歳の頃は25歳前後。遠目で見ても分かるサラサラな金髪が肩まで伸び、目尻は柔らかく、どこか中性的な雰囲気を漂わせている。来ているのは白い布を纏っただけにも見える簡単な衣装。だがその後ろ、背中側から見えるのは、明らかに異質な……そう、真っ白な羽根だった。よく見れば、頭の少し上には天使の輪のような黄金のリングが浮かび上がっている。
「……神様…。」
「いかにも。僕はこの世界を管理する神、エジルと申します。」
「……何故、私などに……」
「たまたまです。」
「え?」
たまたま、とは?そう言いたげな俺に、神様は俺を呼び出した理由を説明してくれた。
なんでもたまたま、数十年、もしくは数百年に一度の地上調査の際、とても切なく、悲しい波動、運命を持った生命体を発見したらしい。それが俺だ。神様はどういうことかと俺の一生をテレビのようなもので見て、なんと号泣。
普通なら死んだ魂は勝手に浄化され、また新たな命として地上に下ろされるらしいが、今回は神の権限を行使し、特別に俺だけここに呼び出したらしい。
「あなたには特別に、他世界へ渡る権利を授け……」
「神様。」
俺は神様からの言葉を不敬にも遮った。しかし、そんなものはどうでもよかった。
「もし、神様が今の理由で俺を呼び出してなにか特別なことをしていただけるのであれば、俺以外の子にしてください。あみも、しずかも、さきも、はるかも、ゆみも、えりも、はるなも、翔も、颯太も……」
俺が告げて言ったのは、俺の妻、そして、俺の子供たち全員の名前だった。俺は覚えていた、ちゃんと。そして全員の名前を告げ、神様に頭を下げた。
「俺は別に、普通に新しい生を迎えて構いません。なので代わりに、俺の家族に、その権限を行使して下さりませんか?あみたちもまた、幸せを知りませんので……」
「……それはできません。」
「なぜっ!」
「……笹宮 昇さん。あなたは勘違いをしていますね。……彼女たちはちゃんと、幸せでしたよ。」
……俺は、神様が言った言葉を理解できなかった。
あみ達が幸せだった?嘘だ。俺があみ達に初めて会った時、その心は既に、壊されていた。
「ええ。そうです。ですがあなたは、そんな彼女たちを雑に扱わなかった。」
「……違う。俺は彼女たちを母体として、道具として使った。」
「そうでしょうか?本当にそうなら、行為中にさんざん気を使ったり、普段の生活でも、優しく気遣ったりはしなかったんじゃないですか?」
「違う。それは当たり前のことをしただけだ。きっと、父上も母上や叔母にそれくらいのこと……」
俺のその言葉を、神様は静かに首を横に振って否定した。
「あなたの父親は、母親を本当に道具として扱っておりました。そして心を壊されていた母親は平然とそれを受け入れ、当たり前にしていったのです。どんな苦痛も、慣れてそれが日常化すれば、それが当たり前となり、快楽にもなりえますからね。」
そしてそこで一拍置き、神様は続けた。
「だが、あなたは彼女たちをその道に引きずり落とさなかった。優しく労り、心を修復していった。だからこそ彼女たちはあなたが完全に隠居しても、死ぬまでずっと、誰一人離れずあなたのそばで過ごしていたのですよ。」
「……俺は、そんなつもりなんてなかった。ただ痛がってたから気を使った。顔を曇らせていたから、ちょっと声をかけてみた。褒めてもいないし、怒ってもいない。愛は与えてない……」
「……そうでしょうか?あなたは彼女たちが初めて子供を産んだ時、笑いながらも苦しそうにしていた彼女たちを、優しく撫でていましたね。」
「……言葉はかけてない。」
「言葉は必要ありません。それ以上の気持ちが、彼女たちにはつたわっていますから。……それに、何よりあなたは彼女たちとその子供を、一緒に住ませていた。自分だけは別。それは仕方なくても、彼女たちとその子供たちに関しては家族離れ離れにならないよう、ちゃんと気を使っていたではありませんか。」
「……家を沢山用意するのは勿体ないだろう。」
「そうですね。ですが本当は、彼女たちに、そして子供たちに自分と同じ目にあって欲しくはなかったのでありませんか?」
「………………」
俺は何も言えなかった。口では否定しようとしたその言葉が、俺の心の叫びによって抑え込まれたから。だが、それでも俺が情に駆られたわけではないのも確かだ。だって俺には、『感情』なんてものが何もないのだから……
「……俺は、全部当たり前をしただけだ。」
「ならこう言いましょう。その当たり前が、他の何よりも彼女たちに幸せを与えていたことを……」
……負けた。これ以上俺は、何も言えなかった。でも、やはりこのままでは……
「ご安心ください。彼女たちも、あなたのお子さんたちも、皆来世にはちゃんと普通の人生を送れるよう調整しておきます。」
「……そうか。」
もはや、退路はなくなった。
「……全く、お優しい人だ。自分ではなく、その家族の幸せを願うとは……」
「当たり前ですから。」
「そうですね。ですがその当たり前を、あなた自身は知っているのですか?」
「………………」
俺はその問いに答えなかった。答えなんて、言うまでもなかったから。そんな俺に、神様は手を広げて温もりに満ちた声で告げる。
「私は、あなたにもその『当たり前』を知ってほしいのです。さぁ、選びなさい。どんな世界に行ってみたいですか?そこで幸せになる権利を、あなたに与えましょう。」
神様がそう言って差し出した選択肢は、軽く数百、数千はあるように思えた。それが全て、白いこの空間内に重ならないよう配置されている。
俺はまず絞り込んだ。異世界とか、ドラゴンとか、魔法とか、そういうのは全部消した。神様は意外そうな顔を一瞬浮かべたが、俺の境遇上、アニメなどそう言った娯楽を一切知らずに人生を終えたのだと理解し、なにもいわなかった。
その後、同じような現実世界に飛ぶ選択肢、ヒーローや、子供っぽいもの、または変に意味のわからない世界への転生もキャンセルした。
そして、神様曰く5072もあった膨大な選択肢は、いつの間にか11まで数を減らし、俺はその中から、ひとつの青春系のような世界を選択した。
なんでもそこは『ようこそ実力至上主義の教室へ』というアニメの世界らしい。俺は一瞬やっぱキャンセルしようか迷ったが、他も似たようなものばかりだったので、そこを選んだ。そして……
「最後に、何か望みはありますか?頭を良くして欲しいとか、運動神経を抜群にして欲しいとか……」
「……そうですね。それなら、俺に青春をください。俺も〝 当たり前 〟を知りたい。」
「……分かりました。あなたがちゃんとした青春を送れることを、神の名のもとに保証しましょう。最後に参考程度に聞いておきましょうか。あなたがもし結ばれるのなら、どの子がいいですか?」
神様はそう言ってとある資料を見せる。詳しくは言ってこなかったが、恐らくこのアニメの世界で重要になってくる人物だろう。それもピンからキリまで……
一之瀬帆波、軽井沢恵、坂柳有栖、椎名ひより……
俺はパラパラと資料を流し読みしながら、一人の少女を選んだ。その少女を選んだ俺に、神様は疑問をぶつける。
「おや?なぜその子を?このアニメの世界を見る限り、失礼だがもっと可愛くて、胸も大きくて、頭もいい子がたくさんいると思うのですが……」
だが、そんな神様の質問に、俺は静かに首を横に振った。
「神様。俺はそんなものどうだっていいんだ。ただ俺は、一緒にいて、楽しくて、笑いあえて、お互いが自然と笑顔になってしまうような、そんな彼女が欲しい。例えこの子がめちゃくちゃ可愛いというわけではなくても、胸が大きいというわけでなくても、頭がいいとか、運動神経がいいとかじゃなくても、ただ、一緒にいて……ただずっとっ、…俺のそばにいてくれれば…。それだけで、俺はきっと、今世よりも、その何倍も、幸せになれると思うから。」
「………………」
「……神様。俺は正確には、青春が欲しいんじゃない。将来も、家に帰って、「おかえり」と「ただいま」と「おやすみ」と「おはよう」と「行ってらっしゃい」と「行ってきます」、そんな当たり前と言われる幸せを、そんな在り来りな、なんでもないようなただの会話を飽きずにやってくれるような、そんな彼女が欲しいんです。……一度でいい。一度でいいから俺は、「幸せ(あたりまえ)」がほしい……」
「……そう、でしたね。」
神様は爽やかな笑みを浮かべてそう呟くと、その後、こっそりと主人公にささやかなプレゼントを贈り、そのアニメの世界へと送り届けたのだった……
初めまして、皆さん。
この作品に目を通していただき、ありがとうございます(。ᵕᴗᵕ。)
誤字脱字など色々お見苦しいところもお見受けするかもしれませんが、どうか温かい目で見守りください。
あと、この作品は週一投稿です。「イセスマ改」の方も呼んでくださってる方はご存知ですよね?
それとこの作品のストックですが、週一投稿にして2ヶ月分。つまり8話までしかありません。まぁメインは「イセスマ改」ですので、こちらを書くペースはかなりゆっくりですが、続けれる限り続けていくつもりですので、よろしくお願い申し上げます(。ᵕᴗᵕ。)