3話 VSクチナシ①
飛行機を乗り継ぐこと実に十五時間。オレさまは長旅の疲れを誤魔化すように伸びをする。身体の至るところからパキパキと音が鳴った。
空港を出ると、最初に強い日差しがオレさまを襲った。
「やっぱ暑いな……。流石常夏の島」
初めに訪れたのはアローラ地方。ここはいまだにポケモンリーグが存在しないが、Z技と呼ばれる他の地方にはないものがあるためポケモンバトル界隈では注目されているところだ。
ウラウラ島のマリエシティ。アローラのイメージである明るいものとはうってかわって落ち着いた雰囲気の場所だ。
先にチェックインだけ済ませるかとマリエシティの街並みを見て回る。建物はどれも背が低く、屋根が瓦になっていた。
「確かマリエシティはジョウト地方のエンジュシティを模してるんだったか。完全に観光都市だな」
生憎エンジュシティ自体に行ったことはないが、確かにそれっぽくは感じる。一回の観光で二度美味しいな。
実際視界に映る人達は統一感が無く、半分くらいはオレさまと同じ他地方から来たであろうヤツらがアイスを片手に歩いていた。
……何かアイスを見てると腹が減ってくるな。チェックインよりも先にどっかで飯でも食うか。
オレさまは目に付いた懐石料理の店にふらっと足を運ぶ。のれんが掛かっているが自動ドアになっている辺り、完全にエンジュシティを真似しているわけじゃないんだな。
中には何故か道着を着た店員がじっとオレさまを見ていた。
「……ヨクゾマイラレタ。……シテ、ヨウケンハ?」
何で片言なんだ。何でも良いけどよ。
「腹ごしらえにな。メニューはこれか?」
「Zカイセキノナカカラ、ヒトツエラブコトガデキル。イズレモ4000エンナリ。サア、イカガイタスオツモリカ?」
「Zカイセキね。なるほど……、ん?」
メニュー表を眺めるが、書いてあるのはニンジャやサムライ、ゲイシャなどとよくわからないものばかり。写真も無いからどんな料理なのかわからねぇ……。
「んじゃ、このオチムシャってやつで」
「ソレハツウムケノシナ。ヨクタベソウナオヌシニハムカヌガ?」
「こう見えて舌は肥えてるつもりなんでな。それで頼むよ」
「……オチムシャの支度を」
店員はどこか半信半疑だったが、それ以上忠告することはなく厨房へオーダーを伝える。さて、オレさまも適当な場所に座るか。
直後、移動しようとした瞬間。オレさまはただならぬ雰囲気を感じてバッと振り向く。
「……空いてるかい?」
白髪の混じった灰色の髪の毛。紅色のインナーに警察官のそれらしき黒いジャケットを羽織った目つきの悪いオッサンが、気付けば後ろに立っていた。
「……オオ、クチナシドノ。マイドヨクゾマイラレタ」
「ん、どうしたあんちゃん。驚かせたかい」
……コイツ、只者じゃねえな。カブさんのような強者特有の落ち着きとネズのような刃物のごとき鋭い気配を持っている。
「アンタ、ポケモントレーナーだよな。それもかなりの強さだ」
「何だ、おれのこと知ってんのかい」
「いーや? ただ空気感が普通じゃねーっつうか、知り合いの強いヤツらと同じもんを感じたんだ」
今の発言からするに、どうやらオッサンはアローラでは有名なのかもしれない。
……ハハッ! 幸先良いじゃねえか! ワクワクしてきたぜ!
「とりあえずカラテのあんちゃん、いつものやつ頼むぜ」
「デハマイラレヨ」
「お前さんも一緒に食うか?」
オッサンは試すような目付きでオレさまを誘う。断る理由もねえ。
「そうさせてもらうぜ。アローラのことも聞きたいしな」
「ん」
小さく相槌を打つとそのままテーブル席の方へ歩を進めた。歩調を合わせて後ろを着いていく。
お互い椅子に腰掛けるなり、オレさまは口火を切った。
「ガラルから来たキバナだ。よろしくな」
「クチナシだ。お前さん、ガラルってこたぁポケモンをデカくするとこだよな? 確かダイマックスだったか」
「ああ。ダイマックス同士のバトルは迫力満点だぜ!」
「おれぁスタジアムが壊れねえか心配になるな」
考えてみると確かにスタジアムのバリアの技術が無ければ観客から怪我人が出てもおかしくない。だからこそ観客はバトルを間近に感じられてエキサイトするとも言われているが。
「ガラルのあんちゃんは観光で来たのか?」
「いや、ちょっくら武者修行にな。世界各地を回ろうと思っていて、その初めにアローラに来たわけだ」
「ガラルから一周すんならまずはイッシュとかの方が良い気はするぜ」
「オレさまもそれは考えたんだが、まずはZ技ってのを体感してみたくてな。武者修行の猶予は半年あるからちょっとのロスは気にしないことにしたんだ」
「……運が良いな、ガラルのあんちゃん」
「? それはどういう……」
「シツレイスル」
オレさまの言葉を遮ってさっきの道着の店員が料理を運んでくる。続く言葉を飲み込んでひとまず料理を並べてもらう。
「Zカイセキ、ココニスイサン」
お重を二つオレさまとクチナシさんの前に置く。確かに量はそんなにないんだな。
「デハ」
道着の店員はそう言ってまたレジへ戻って行った。何か不思議なヤツだったな。
「……いただきます、忘れねぇうちに済ませておくか」
クチナシさんはそろりと手を合わせていただきますをする。オレさまもクチナシさんに倣って手を合わせた。
「いただきます。……っと、その前に写真写真」
「何だい、旅行の思い出か?」
「それもあるけど、ポケスタに上げるんだよ。まあファンサービスみたいなもんだぜ」
「アセロラもそんなこと言ってたっけな。おじさんにはよくわかんねえけどよ、要は全世界に発信する日記みたいなもんだろ」
「大体そんな感じだな。アセロラってのは奥さんか?」
「そんな大層なもんじゃねえよ。ただの近所のガキンチョだ」
そう言う割には優しい表情だが、まあ言わないのが花か。ぶっきらぼうだが良い人そうなのはこれまでの少ない会話だけで何となくわかった。
「なあクチナシさん、もし良かったらこの後オレさまとバトルしてくんねえか?」
「唐突だな。武者修行の初めの相手がこんな寂れたおじさんで良いのか?」
「むしろ願ったり叶ったりだ。アンタ、相当強ぇだろ?」
「どうだろうな。最近は本気でバトルすることもねぇから腕がなまってるかもしれないぞ」
「本気でバトルしたら圧勝してしまうってことだろ。オレさまの目は誤魔化せねぇぜ」
自慢じゃねぇがオレさまの目はよく利く。ガラルに居たらすぐにでもメジャーのジムリーダーにさえなれそうな気さえする。
「……そうだな。なら勝った方がここの会計を済ませるってことでどうだい。初めはおれが払っておくからよ」
「そんなことでよければ全然オーケーだ。こう見えてもオレさま、結構稼いでるんだぜ?」
「そりゃ羨ましいこった。しがない警察官には垂涎物の話だな」
なるほど、服装から予想はしていたがやっぱり警察官だったか。警察官は強いポケモンを使役する凶悪犯を取り押さえるためにバトルが強い人間が出世すると聞く。世の中にはポケモンマフィアなんて呼ばれるロケット団なんかを筆頭に、悪事を働く腕利きのポケモントレーナーはごまんと存在するからな。
それから他愛もない話を交わし、お互い料理を食べ終わる。強気の値段設定に負けないくらいの満足感だった。
「……ごっそさん。いけただろ?」
「ああ。最高に美味かったぜ」
「そりゃ何よりだ」
クチナシさんは席を立ち、レジでここの会計を済ませた。
いよいよ武者修行最初のバトルが出来る。そう考えると、胸の奥からふつふつと熱いナニカが湧き上がってきた。
「……さて、ガラルのあんちゃん」
オレさまへ視線は向けず、小さく口を開く。
見間違いじゃなけりゃ、端だけ見えた口元はかすかに笑っていた。
「久々に本気を出してやる。あくタイプの強さ、見せてやるよ」