私が目を覚ますと、昨日に引き続き、フォルテがいませんでした。ですが、暑苦しい掛け声が聞こえないので、早朝訓練をしているわけではないようです。
私が宿を出ると、住人が避難の準備をしていました。たとえ私達が護衛としているとしても、村に被害が及ばないと言い切れるわけではないということです。
家族に手を引かれた子供は、状況が理解出来ていないようです。その姿を眺める私に気付いたのか、手伝いをしていたと思われるフォルテが声をかけてきました。
「おはよう」
「おはようございます」
簡単に挨拶をすると、フォルテが相手をしていた子供達が向かってきました。どうやら、荷物を運ぶ家族の子守を頼まれていたようです。
「おねーちゃんも、あそんでくれるの?」
「やったやったー」
答えていませんが、遊ぶことになっているようです。
「……既に一度滅んだ村に、子供もいるんですね」
「カノン、この村について、知ってるのか?」
私は、フォルテを見上げながら首を傾げました。
「何故ですか?」
フォルテも首を傾げています。それにしてもよくわからないことをいう人です。
「まぁいいさ、カノンも、この子達の相手をしてくれるか? 元気すぎて、俺一人じゃ大変なんだ」
私は思わずため息をついてしまいました。
これから魔族と戦うというのに、疲れるようなことをしてどうするのですか。私が、ツリ目をいつも以上に鋭くし、睨みつけると、たじろいでいますが、理由がわかっていないようです。
「二人共、終わったからいくわよ」
「はーい」
子供達の返事が重なり、両親の元へ向かっていきます。相手をしていない私にも手を振っているように見えるので、一応手を振り返しておきます。
私が起きてきたのに気がついて、サンブルさんがこちらへ来ました。
「起きてきたか。君は軍人ではないから、とやかく言う気はない。ただ、結果だけは、出してくれ」
「ええ、それは約束します。相手が魔族なら、絶対に……」
サンブルさんが、私の表情を見て、言葉を失っています。今の私は、一体どんな表情をしているのでしょうか。
そんな中、フォルテが近づいてきました。
「カノン、落ち着け」
その言葉が合っているかはわかりませんが、優しい声が聞こえました。それと同時に、私の頭に手が乗せられました。
ほのかな暖かさと優しさを感じました。
「私は、落ち着いてますよ」
「なら、心を凍らせるな。カノンにそんな顔は似合わないよ」
よっぽどひどい顔をしているようです。ですが、フォルテの言葉は暖かい気がします。
私の表情の変化を見て、サンブルさんは、用件を思い出したようです。
「いつ襲撃があってもおかしくはない。しばらくは持ち場で過ごしてもらうことになる。準備が出来たら声をかけてくれ」
そういうと、サンブルさんは持ち場へ戻りました。それと入れ違いになる形で、背後から足音が聞こえてきました。
「二人の分の食料さね」
この声は、サイレントさんです。お礼を言うために振り向くと、見たことのない格好をしていました。
赤を基調とした布を前で合わせ、胸の下の辺りで幅の広い布を使い、締め付けているようです。さらに、腰の両側には、少し反った短めの剣をつけています。恐らくは、あれが得意な武器なのでしょう。
「ありがとうございます。それにしても、見ない服装ですね」
私は、食料を受け取りながら言いました。そうすると、サイレントさんは、少し笑いながら答えてくれました。
「私の故郷では、これが普通さね。私も、持ち場に着くから、お互い無事を祈るさね」
そう言いながら、立ち去って行きました。サイレントさんの故郷の伝統的な衣装なのでしょう。少し興味がわきました。ですが、今は、深く詮索する場合ではありませんし、そんな時間もないでしょう。
私達は、自分達の持ち場へ行くための準備をします。とはいえ、装備品の確認くらいしかやることはありません。
私達の持ち場は、二つの部隊の間です。それも、かなり端のほうです。前に襲撃された村からの移動経路を予測した結果において、もっとも可能性の高い場所を中心とし、そこから広がるように部隊が配置されています。
部隊の間には、私達のように、雇われた人達が配置されています。あまり期待はされていませんが、部隊の間を抜かれないようにということでしょう。
ある程度の補給物資を貰っており、その中には、軽い食事も入っています。
水分を補給し、体をほぐしながら、連絡が来るのを待ちます。
「それにしても、本当に来るんでしょうか?」
「さぁな。でも、村や街を襲撃しては逃走し、その先で襲撃ってのを繰り返してるらしい」
作戦も何もないという感じの行動ですね。まさに、手当たり次第という感じです。
「とにかく、今は待つしかありません」
「そうだな」
私達は、いつでも動けるように準備したまま待機します。
「ここは、墓地でしょうか?」
「そんな感じだな。出来ればここは、荒らしたくないな」
それは、私も同感です。随分と古い場所ですが、記載されている年を見ると、先の大戦まで使われていた場所のようですが、人の眠る場所を荒らしたくはありません。
しばらくすると、私は、妙な気配を感じ取りました。ここ最近、良く感じ取るものです。フォルテも、私の変化に気付いたようです。
「魔族、ですかね?」
「俺には、その感覚がわからないけど、カノンが言うんなら、そうなんだろ」
フォルテも、師匠同様に私の感覚を信じているようです。
「近いです。フォルテ、準備をしましょう」
私は、歌にも聞こえる詠唱を始めました。フォルテは、その詠唱を聞いたことがあるため、私が何をしようとしているのかは、わかっているようです。
周囲の部隊は、私がのんきに歌っているように見えているようです。ですが、何人かの魔法使いは、これが詠唱だと理解したようです。
私の詠唱をよそに、他の部隊からの連絡が来たようです。その内容を聞いて騒ぎ出しています。
「そっちの二人、中央に魔族の襲撃があったらしい。しかも、報告よりも数が少ないから、散開してる可能性がある」
大声で教えてくれました。
ですが、散開しているにしては、数が多い気がします。恐らく、補充があったのでしょう。
ちょうど詠唱が終わり、フォルテにかける前に言っておくことがあります。
「いいですか。少し改良しました。私の制御からは完全に切り離すので、フォルテ自身で制御してください」
「つまり、カノンの手があくってことだよな」
フォルテは相変わらず理解が早いです。私は、魔族の気配が近づくのを感じ取りながら、短くうなずき、フォルテの心臓の位置。つまり、竜痕の上に手を当てます。そして、魔法の名前を唱えます。
「『
フォルテを白い光が覆いました。光が強くなったり弱くなったりしているので、出力の上げ下げをして、使い方を確認しているようです。
私は、その様子を見ながら、もう一つの詠唱を始めます。
ですが、その詠唱が終わる前に、大きな声が聞こえました。
「敵襲だ!」
どうやら、魔族の部隊が、ここまで来たようです。
私達の両側にいる部隊が、戦闘を始めました。そして、その間を縫うように、二人の魔族が駆け抜けてきます。
一人一人なら、強化魔法を使ったフォルテでも対処出来るはずです。ですが、二人同時となると、話が違ってきます。
大柄な魔族は大剣を持ち、小柄な魔族は短めの剣を逆手に持っています。どうやら、魔法よりも剣による戦闘が得意な個体のようです。それにしても、魔族の武器は、基本的に黒いようです。魔族の土地で取れる黒い金属といえば、アダマンタイトですが、あれは、オリハルコンに似ているので、そんなに取れるとは思えません。
魔族達が臨戦態勢に入ると同時に、フォルテが地を蹴り、オリハルコンの長剣を抜きながら先に仕掛けます。主導権を握るつもりのようです。強化魔法の白い光に包まれた一撃が、大柄な魔族の持つ大剣に受け止められました。けれど、衝撃を殺しきれず、そのまま地面を削り取りながら、後ろへと下がっていきます。
小柄な魔族は、その様子に唖然としながらも、フォルテを追いかけました。
「『
小柄な魔族は、私の声に反応しました。ですが、これは攻撃魔法ではありません。けれども相手はそれを知るはずもなく、第三属性である風の魔法だということは理解していますが、その効果がわからないようで、しばらく動けずにいます。
私は、警戒したまま私自身の口で魔法の詠唱を始めます。それと同時に、『風の調』によって掌握した風を使い、詠唱を始めました。
その音に反応し、小柄な魔族が周囲を見渡しています。そして、私が原因だと理解したようで、私へと向かってきます。私は詠唱を始めたばかりで、迎撃が間に合いそうにありません。けれど、私は安心しています。
私の視界には、フォルテが映っているからです。フォルテは、大柄な魔族を蹴り飛ばし、その反動を利用しながら小柄な魔族を襲います。
「行ったぞ」
大柄な魔族は、声を出し連携することで、小柄な魔族に危険を知らせました。そして、小柄な魔族は振り向き、フォルテの一撃を防ぎます。このままフォルテが押してしまうと魔族が私の方に来てしまう可能性を危惧したのか、剣同士の接点を支点にし、宙を舞うようにし、私の方へ着地します。それは同時に、大柄な魔族の追撃も交わすことになっていました。
この時間のお陰で、魔法を発動させる準備が整いました。
「『
さらに、周囲から様々な魔法を発動させました。
帝国の部隊から離れているため、魔力を斬る剣を考慮する必要がないのはありがたいです。
周囲から多数の魔法が魔族へと迫ります。ですが、小柄な魔族を狙って発動させたため、後方に下がられただけで、回避仕切られました。けれども、私が正面から放った魔法だけが、未だに射程圏内に捕らえています。
大柄な魔族が、前へ出て、その手に持った大剣を振り下ろしました。それによって私の魔法が斬り裂かれてしまいました。
「とにかく、仕掛けるぞ」
フォルテがそう言うと、もう一度前へ出ていきます。
私は、出の早い魔法と、威力の高い魔法の詠唱をさせます。ある程度の弾幕を維持しつつ、強力な一手を出すことが出来ます。
フォルテもそれを理解しているようで、二人を近づけないように立ちまわっています。
私も、フォルテの隙を潰すように魔法を放ち、頃合いを見計らったところで、強力な魔法を放ちます。けれども、今のこの状況を維持することが手一杯です。
そこで――。
「『
私自身が、決め手となりうる魔法を放ちます。掌握した風による高位魔法は、消耗が激しすぎるため、高位魔法は、私自身が詠唱しなければいけません。
多重発動を使い、二人へ攻撃を行いました。近くにいた小柄な魔族は、手にした短剣で切り裂こうとしましたが、魔法が短剣を伝い、魔族の表面を焼きました。それを見た大柄な魔族は、回避を選びました。けれど、フォルテが、回避した直後を襲い、一太刀浴びせます。左側面へ浅い一撃が入りました。その一撃は、微かですが、大柄な魔族の動きを鈍らせることになりました。
けれど、一撃を受けたことにより、魔族の眼つきが変わりました。
人間だと舐めていた相手に、傷を付けられ、舐めるのをやめたようです。
それは、私達にとって不運なことでした。
二人の連撃が、フォルテを集中して襲います。三人の距離が近く、魔法を放つにしても、繊細な制御が必要です。そのせいで、私自身の詠唱が、なかなか進みません。
フォルテも防戦一方になっています。時折、片方の魔族が私へ向かってきますが、フォルテがそれを防ぎます。
その結果、フォルテは少しづつ傷を負っていきます。
フォルテに竜痕の力を使わないように言ったのは私です。そんな私をフォルテは、恨み事一つ言わずに守っています。
その決意には、答えなければいけません。
私は、今唱えている魔法を中断し、練り上げた魔力を霧散させました。普通であれば、あり得ない行動です。ですが、この魔法に拘る必要はありません。
私は、杖を一回転させ、先端を地面へと突き刺します。そして、私は、たどたどしくも詠唱を始めました。詠唱自体は、一応完成しています。単語の追加や削減はまだ必要ですが、魔法の基本は出来ています。だからこそ、試す必要があり、その時が、今なだけです。
周囲からの魔法の密度が下がり、フォルテが少しづつ下がってきています。けれど、今それを来にしている余裕はありません。
私は、フォルテを信じます。
私が得意とする、第二属性の火と第三属性の風を使った魔法、足りない部分は、私の経験で補います。
三人の剣が交わる音が、段々と近くなり、魔族が、後一息で私にたどり着く距離まで来ました。
フォルテの表情に焦りが見えます。けれど、心配ありません。詠唱は、終わりました。後は、魔法の名前を唱えるだけです。フォルテ達の距離は近いですが、フォルテなら、ちゃんと避けてくれるはずです。
「『
私は、杖の核石を通し、魔法を発動させました。
フォルテ達は、周囲の風が変化したことに気付いたようです。ですが、それが何を意味するのかまでは、理解出来ていません。
魔法の範囲内にいる中で、フォルテだけが、反射的に行動しています。
魔族による攻撃を紙一重で回避しながら、私の方へ飛びました。
私は、二人の魔族を確実に巻き込むために、広範囲に影響を及ぼすように発動させました。それは、私のいる位置すら魔法の影響を受けます。二人の魔族を確実に殺せるのであれば、それでも構いません。
フォルテは、私の考えを察していたようです。強化した身体能力を使い、私を抱えて思いっきり飛びました。
凄い勢いで離れていくのがわかります。
そして、それと同時に、燃えやすく調節された風が、一気に燃え上がり、灼熱の炎を生み出しました。
二人の魔族は、フォルテを追いかけていましたが、離脱することが出来ず、灼熱の炎にその身を焼かれています。
魔族の雄叫びが聞こえますが、次第に炎の勢いによってかき消されていきます。
火柱が上り、炎が消えると、そこには、魔族が持っていた武器が高熱で真っ赤になり残っていました。
「怪我の手当をしましょう」
他の部隊が戦っている中、私は離れた場所へ移動し、荷物をあさり、フォルテの手当をしようとします。けれども、フォルテによって、その手を掴まれました。
「カノン、今何をしようとした」
「治療を……」
私は、何故か心に痛みを感じました。
「そうじゃない、魔法を使った時だ。自分自身も巻き込むつもりだったろ。そこまでして、魔族を殺したいのか」
私は、反論出来ません。
確かに、フォルテを信じた裏側では、冷え切った心で、ただ魔族を殺すことだけを考えていました。
黙っている私を見かねたのか、フォルテは言葉を続けました。
「カノン自身のことを第一に考えてくれ。そうやって暴走するのは、これまでだ」
「暴走……というよりは、まだ、未完成なんです。中心の部分は出来ているんですが、範囲や持続時間などの調整が終わっていないんです」
嘘ではありません。けれど、それが理由の全てではありません。
魔族を殺す。その目的のために、周りを顧みなかったことは確かです。
「とりあえず、手当をしましょう。急いで援護に行く必要がありますから」
私はフォルテの手当を始めました。他の部隊が戦っているのですから、ゆっくりはしていられません。
「その必要はないよ。さっきのカノンの魔法を見て、魔族に動揺が広がってるし、帝国軍は、上手くその隙をついてる。この様子なら、すぐに終わるよ」
私がフォルテの見ている方へ視線を向けると、帝国軍がかなり優勢を保っています。
「襲撃を繰り返して移動を続けていたはずですから、疲弊していたのでしょうか?」
「その可能性もあるな。でも、あの部隊は、何でこんなことしてるんだろうな」
それに関しては、私にもわかりません。魔族を捕まえることが出来れば、わかるかもしれませんが、それは無理でしょう。
「とりあえず、この付近の戦闘が終わりかけているにしても、援護にいくそぶりくらいは見せたほうがいいと思います」
フォルテの手当も終わり、他の部隊の援護に向かおうとしますが、少し姿勢を崩してしまいました。恐らくは、命素を使いすぎたのでしょう。
地面が近づいてくるのをゆっくりと認識していると、突然何かに支えられました。
「カノンは休んでていいぞ」
「いえ、大丈夫です。それに、緊張を解くと、痛みがでそうなので」
確かに命素は消耗していますが、つまずく程度の消耗であれば、慣れたものです。それに、魔法を使いましたから、いつ刻印に痛みを感じてもおかしくはありません。
私は、援護に向かおうとしますが、やはり上手く歩くことが出来ません。実際に使ってわかりましたが、改良の余地がありすぎます。
そうこうしていると、戦場に変化が起きました。
一部の魔族が撤退を始めました。中には、逃げることの出来ない魔族もいるようです。とりあえずは、この場での戦闘は終わりそうです。
帝国軍の部隊が後始末を行っているなか、私達は休息を取るよう命じられました。
他の位置にいる部隊からの連絡を仲介してくれるそうなので、ゆっくり休むことが出来ます。
少し気を抜いただけで、左腕の刻印に痛みを感じました。いい加減慣れてきたのか、我慢できるようにはなりました。
「横になってもいいぞ」
「いえ、そこまでは必要ありません」
慣れたのか、馴染んできたのか、痛みはすぐに引きました。その様子を見て、フォルテも安心したのか、周囲を見渡しています。
「ここの墓地、30年前まで使われていた物か。三つ巴の大戦の時だな」
「この村は、その時に一度滅んだらしいですね。どんな大戦だったかは、知りませんが」
私には師匠と出会うまでの記憶がありませんから、子供でも知っているような知識でも、かけている物もあります。
「ああ、魔王も出てきたりして、やばかったらしいな。その時に重症を負って、完治してないらしいからな」
「つまり、こうした襲撃が頻繁に起こるようになったのは、魔族の力を誇示するためでしょうか?」
「そうかもな。魔族は負けたわけじゃない。そう言いたいんだろ」
魔族の内情は、不明な点ばかりです。ですから、表に出てきた情報だけで推測することしか出来ません。
「二人共、動けるか?」
帝国軍の軍人が声をかけてきました。
「ああ、どうした?」
「反対側で苦戦しているらしい。今戦闘が終結しているのは、この付近だけだから、行けるか?」
フォルテが私を見ています。命素を消耗している私を心配してくれているようです。
「足を用意してもらえるのなら、大丈夫です」
「ああ、すぐに用意する」
そう言うと、すぐに準備をしています。村を越えて、しばらく行くので、かなりの距離があります。中央付近でも戦闘が続いているはずなので、巻き込まれないように経路を考える必要があります。
どうやら、他の部隊は、中央の援護に向かうようです。
帝国軍の用意した馬車で移動します。雇われた人達のほとんどは、反対側へ向かうことになるようです。
私も、休息を取ることが出来たので、十全とは行きませんが、戦うことは出来そうです。
「フォルテ、こちら側にも、墓地がありますね」
「ああ、向こうと比べると、新しいな」
何故村の両側に墓地があるのか、普通は一箇所にまとめるはずです。
「カノン、あれ」
私は、フォルテの指し示す方を見ました。そこには、巨大な穴が出来ていました。
「地面がえぐれて……」
墓地の一部が破壊されています。その光景に、なんとも言えない感情が浮かび上がってきました。
「あれをやった魔法を使う魔族がいるはずだ。用心は怠るなよ」
「わかっています」
私の返事を聞いたフォルテは、最小限に留めていた私の魔法による強化の出力を一気に引き上げました。その結果、白い鎧を纏ったようになっています。
この場には魔法使いも多く、敵味方が入り乱れているため、『風の調』による弾幕を形成すると、味方を傷つけてしまう可能性があります。ですから、私自身が正確に狙いを定める必要があります。
「援護します」
私の声を聞いた瞬間に、フォルテが飛び出しました。オリハルコンの長剣を振るい、魔族へ攻撃を仕掛けていきます。
私も馬車を降り、詠唱を始めます。
そうしながらも、周囲を確認し、局所的な有利不利を見極めます。無闇に魔法を放つのではなく、放つ相手を考える必要があります。
一箇所、劣勢になっている場所があります。けれど、密集地になっていることには、変わりありません。だからこそ、私は、精密に放つことのできる魔法を詠唱しました。
「『
多重発動によって、いくつもの光の輪が現れ、思い思いの軌道で魔族へと接近ます。
私が狙った場所にいる魔族達は、私の魔法を見るや否や、散開しました。恐らく、魔族が苦手とする第五属性である光の魔法については、研究されているのでしょう。けれど、それによって生まれた隙をフォルテがつきました。
オリハルコンの長剣が魔族を斬り裂きます。
倒しきるまではいかないものの、劣勢になっていた戦闘を仕切りなおすことが出来ました。
全体を見回し、私にできることを探します。そんな中、遠くのほうに、巨大な魔法陣が出現しました。かなりの距離があり、何の魔法が発動したのかはわかりません。けれど、その様子に驚いていると、巨大な岩が出現しました。それは、こちらへ向かってきます。
恐らくですが、地面に巨大な穴を開けたのは、あの魔法でしょう。
あの巨大な岩は、敵味方入り乱れている場所を狙っているようで、早急に何とかしなければいけません。
「カノン、あれ何とかなるか?」
「いくつかに割ることなら何とか」
破壊しようとして魔法を放っても、少し砕く程度でしょう。それなら、細かく斬り裂いた方が被害は減らせるはずです。
「『
どうやらフォルテも気付いているようです。けれども、魔法が発動している以上、一刻の猶予もありません。私は、後をフォルテに任せ、詠唱を始めました。
それを聞いたフォルテは、私を庇うように立ち、詠唱の時間を稼ぐようです。
ありがとうございます。
私は、内心でそう感謝しながら、詠唱を続けます。
フォルテは、守るような戦い方に変わりましたが、その前に戦場に与えた影響は、かなり大きいようで、均衡状態を保っているようです。それが、あの魔法を使わせる原因になったのだとしたら、皮肉が効きすぎています。
「『断切』」
私は、多重発動も含め、影のような数本の黒い刃を出現させました。それが、自由自在に動き、燃え盛る巨大な岩へ向かいます。数人の魔族が阻止しようとしますが、『断切』の刃は物体では止められません。
黒い刃が何かを切断する度に魔力を持って行かれますが、巨大な岩までは、十分に届きます。
そして、巨大な岩を斬り裂きました。
いくつにも斬り裂き、いくつもの許容できる範囲の岩になりました。けれど、一つ、許容できない大きさの岩が残ってしまいました。
今の私には、残された時間で使うことの出来る魔法の中に、あれを破壊し尽くす魔法はありません。
フォルテが、岩の状態を確認すると、それを砕くために動き出しています。しかも、フォルテは漆黒の竜痕の力を引き出しました。
白い縁を持った黒い鱗の鎧を纏い、残りの岩へ向かっています。
他の許容できる範囲の岩ですら、地面に落ちた衝撃には凄まじいものがあります。けれど、それらを無視し、フォルテの拳が、巨大な岩を穿ちました。
竜痕の力を乗せた拳による攻撃で、その力が岩へ浸透し、細かく砕きました。
その結果、巨大な岩による被害を防ぐことが出来ました。
帝国の軍人は、漆黒の竜痕の力を見たことがないようで、どうやら気付かれていないようです。
運悪く落下が集中した場所には、最初にあった穴と比べると、小さいですが、穴ができていました。私の足元に、小さな角のようなのもが飛んできました。そこから不思議な力を感じます。ですが、手に取った瞬間、懐かしさが駆け巡りましたが、それ以降、不思議な力を感じ取ることが出来なくなりました。
「防ぎきったな」
フォルテが戻ってきました。
戦場は混乱したまま睨み合いへと移行しました。ですが、また先程の魔法を使われる可能性を考えると、ゆっくりしていられません。
そう考えていると、聞きなれない声が聞こえました。
「栄光ある帝国の軍人よ、陣形を組み、敵を各個撃破せよ」
その声に軍人の動きが変わりました。今までは乱戦になっていましたが、冷静になったのか、統率のとれた行動をするようになりました。それと同時に、後ろから、いくつもの乾いた破裂音が聞こえました。
見える範囲にいる魔族の体に、小さな穴が空いています。それが、致命傷となっているようです。
私達の前に、両手に銀色の筒のような物を持った紅い短髪の女性が現れました。
その女性は、周囲に聞こえない声で話しかけてきました。
「英雄の弟か。ここは、お礼を言っておくよ」
私達は絶句しました。まさかバレているとは思いませんでした。けれども、フォルテはそれを気にしていないようです。
「当たり前のことをしただけだ」
「そうかい。なら、ここにいる理由は聞かないでおくよ」
「ありがとうございます」
私がお礼を言っておきました。
「後は、私達に任せておきな。4将の名は、伊達じゃないよ」
そう言うと、彼女はその手に持っている銀色の筒のような物を掲げ、激を飛ばしています。そして、その武器の先端を魔族へと向けると、魔力を帯びた銀色の何かが発射されました。それが、魔族の体を貫いていきます。
そこから先は、あっという間でした。女性が率いてきた部隊により、形成が一気に傾き、帝国による一方的な戦闘になりました。
私達は、4将についての情報を隠すため、私達は前線から外され、待機を命じられました。
雇われた護衛を使う必要がないということは、それだけの増援が来たということでしょう。
私達が集められた場所には、この村の村長がいました。
「皆さん、少し早いですが、今回はありがとうございます」
「なぁ、村長さん、まだ帝国軍が戦ってるんだろ」
フォルテが当たり前のことを聞いています。ですが、それは誰もが思っていることです。
「増援の隊長は、帝国が誇る4将の一人です。彼女達なら、もう心配はないでしょう」
私達よりも帝国についてよく知っている村長が言うのでしたら、とりあえずは信じるしかありません。そう決めた以上、このことについて考えるのはやめます。ですが、時間があるので、一つ確認しましょう。
「あの……、この角ですが、何かわかりますか?」
私は、先ほど拾った角を見せました。
何故だかわかりませんが、この角が無性に気になっています。
「魔族の角のようですね。倒した魔族のものでしょうか?」
「恐らくですが、埋まっていたものだと思います。魔族の魔法で、地面に穴が開いた時に飛んできたので」
拾ったばかりの時はわかりませんでしたが、よく見てみると、魔族の角でした。女性の魔族には角があり、一部の魔法の触媒として使うことも出来ます。もっとも、使えるという伝承や書物があるだけで、実際に使うにしても、使えるほどの実力がある魔法使いは、ほんの一握りもいないでしょう。
「埋まっていましたか」
村長さんは、一言だけいうと、そのまま考え込んでいます。それは、知らないというよりは、言うべきか悩んでいるといった風です。
「えっと、言いにくいのでしたら、無理には聞きませんので。ただ、ちょっと懐かしい感じがしたので」
村長さんは、私の言葉を聞き、重い口を開きました。
「懐かしい感じですか……、この村は、2度滅んでいます。30年前の三つ巴の大戦と、5年前に起きた、魔族の襲撃です」
30年前の大戦以降、突発的な魔族の襲撃が起こるようになりました。王国・帝国共に、被害は魔族の国との国境である北の海に面した地方にとどまっていますが、一度の襲撃による被害は、かなりのものです。
「私は、元々近くの村にいたのですが、前の村長と血縁がありまして、この村で村長職についています。それと、これは噂ですが、人間と魔族の夫婦が住んでいたそうです」
人間と魔族の夫婦、数は少ないですが、各地にいると聞いたことがあります。人間を愛した魔族と、魔族を愛した人間、私にはよくわかりませんが、種族を超える何かがあるのでしょう。
「では、この角は、その人の角ということでしょうか?」
魔族の角はかなり頑丈です。自然に折れるということは、絶対にありえません。これは想像ですが、5年前にこの村のために戦ったのでしょう。
「その可能性は、高いでしょう」
「なら、この角はお返しします。きちんと埋葬しなおしてください」
魔族と一括りにしても、様々な人がいます。あの
村長さんは、私から角を受け取ると、丁寧に扱っています。村長さんも、私と同じ想像をしたのでしょう。
そんな話をしていると、私は、外が静かになっていることに、気が付きました。
「外、静かだな」
それは、フォルテ達も同様でした。
そして、足跡が聞こえてきます。
扉が開き、先ほどの女性が入ってきました。
「待機させてしまってすまない。私は、北の都市、ハイトレブルを領地とする4将の一人、アンプ=
リファイアだ。旅をしている諸君には、ガンシンガーと言った方が、わかりやすいと思うがな」
4将の一人、帝国の4将の中で、戦闘を担当する二人の内の一人です。彼女にフォルテの正体が知られたというのは、致命的です。
ここにいる理由は聞かないと言われましたが、それについて何も言わないとは言われていません。
「俺は、フォルテ=グレイスだ」
その言葉に、空気が一変しました。
それは、当たり前です。王国の英雄の家系の人間ですから。それを、堂々と明かすとは、何か考えているのでしょうか?
「そうかい。まぁ、予想通りだね。場所を変えるか?」
「別にその必要は――」
「すみません。私は、フィーネ=カノン=グリードと言います。フォルテと旅をしているのですが、詳しい話をするのでしたら、場所を変えてください」
私は、フォルテの頭を下げながら、私も頭を下げます。
「ほう、フィーネか、面白い。着いておいで」
アンプ=リファイアさんが、近くにいた兵士に何か指示すると、私達に着いてくるよう促します。聞こえた内容から察するに、私達のことの口止めを支持したようです。
やはり私の名は、興味をそそるのでしょう。ですが、それが不利に働かなくて、よかったです。
私達は、後を着いて行くと、どこかの小屋へ着きました。
そして、私達の方へ向き直ると、その口を開きました。
「理由は聞かないと言ったから、理由は聞かない。でも、目的は聞こうかね」
いきなりの詭弁です。
理由も目的も、この場合は、ほぼ同じものです。ですが、言い切られた以上、言うしかありません。
「んー、目的は、平和だ」
フォルテから目的を聞き、アンプ=リファイアさんが、大きく笑いました。敵国から平和が目的だと言われ、信じる人はいないでしょう。けれども、アンプ=リファイアさんの目が突然細くなりました。
「それを信じろと? 間者だと思った方が、真実味があるな」
フォルテにこういった話は苦手でしょう。私も苦手ですが、何とかしなければいけません。
「平和という目的が嘘なら、ここで傭兵として雇われる必要はありません」
「でも、間者で、情報を手に入れるためなら、不思議じゃない」
「えっと……」
間者という前提は、とてもまずいです。相手の国の利益になることをしても、情報を手に入れるためということで、説明がついてしまいます。
フォルテも考えているようですが、首をかしげるだけで、何も浮かんでいないようです。
そもそもフォルテが名乗ったせいで――
「そうです。間者なら、偽名を使うはずです。フォルテの名前が偽名だとしても、グレイスの名は名乗りません」
「ふーむ、それは、説得力があるね。確かに、この国で諜報活動をするなら、グレイスの名は、不利益しか産まないからね」
「それでは、信じてくれますか?」
私は、私達の話を信じてくれることを願うしかありません。
「頭を使うのは、私の担当じゃないから、保留さ」
「敵国の間者として扱われないのなら、それで十分です」
協力は得られませんでしたが、旅を続けることが出来そうです。
「ところで、平和のためって言っても、何するんだ?」
やはり聞いてきますか。何であれ、敵国の需要人物が乗り込んでくるのですから、気にならないはずがありません。
「それは――」
「オメガ=ウーファーに会いに行くんだ。兄貴が言うには、会えれば同盟を結べるかもしれないって言うから。それに、手紙も預かってる」
私が言いかけたところで、フォルテが上から被せてきました。
フォルテが使者で、私が護衛だということを覚えていたのでしょう。本来、旅の目的を私が勝手に言うことはありえません。ここは、私の間違いでした。
私の失態を謝るためにフォルテを見ると、フォルテはニッコリと笑いかけてきました。
その笑顔を見た途端、心臓が強く脈打ち、言葉が出なくなってしまいました。それと同時に、顔が赤くなっているようなきがします。
「若いねぇ。あのおっさんが何を考えてるかは知らないけど、面白そうだ。関所まで連れてってやる」
「もしかして、関所を通していただけるのですか?」
帝国の東側は、魔学都市クレモナという帝国の技術を司る都市があるため、立ち入りは疎か、接近にすら、厳重な警戒をしいています。
前に帝国を旅した時も、東側には行けませんでした。怪しい旅人でしたから。
「その反応、通る方法を用意していなかったのか?」
「あー、カノンは何か聞いてるか?」
「いえ、何とかしてくれと」
要するに、丸投げでした。何か手は打ってあると思っていたのですが、それらしきものも無く、本当に何もありませんでした。
「そうかい、そうかい。まぁいいさ、ちゃんと通してやるさ。あのおっさんが困る姿を見せてくれよ」
私達はただ笑うことしか出来ませんでした。
4将というのは、仲が悪いのでしょうか。けれども、思いがけず先へ進む方法が手に入ったのですから、良しとしましょう。
こんばんは
戦闘の描写というのは、難しいです。
片方はこう動き、もう片方は、それに応じてこう動く。
そういったことを、文章にすると、違和感を覚えて修正しても、違和感が消えなかったりします。
最終的には、こうだろうと決めつけることも多々あります。
いろいろな本を呼んで勉強するしかありませんね。
それでは、今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。
これからもお付き合いいただけると、幸いです。