私達は、戦いの後、最初に交渉をした部屋へと戻るために移動しています。
帝国側の人達は、先に戻られたので、今は私達二人だけです。
それにしても、移動中、フォルテがずっと何かを言いたそうにしていますが、煮え切らない態度で、中々口にしません。
気を張っていたため、氷に閉じ込められていたアンプ=リファイアさんを掘り起こすまでは持ったのですが、命素の消耗が激しかったので、自力で歩くことができず、フォルテに肩を借りているのですから、早く口にして欲しいものです。
「さっきからどうしたんですか?」
「いや、その……」
「いい加減にしないと、怒りますよ」
私が、ツリ目で睨みつけると、観念したようで、ようやく口にしました。
「その、さっき、カノンの髪が……」
そこで言葉が途切れました。続きが気になりますが、とりあえずは、空いている手で、髪を触ってみました。
「え……」
私は、足を止めてしまいました。本来であれば、肩付近の髪を触っても、髪の先端までいかないのですが、肩付近で、髪がなくなっていました。
「最後に、俺を助けてくれたときに、斬られたんだ」
あの時ですか。だから、重心がずれている感覚があるのですね。
私は、自分が無理して笑っているのがわかります。元々、師匠に憧れて伸ばしていたということもあり、私は、長い髪を大切にしていました。けれど、不思議と悲しくはなりません。その理由は明白です。
「仕方ありませんよ。代わりに、フォルテが助かったのですから、安いものです」
「でも、大事にしてたろ」
フォルテに気付かれているとは思いませんでした。
どちらかと言えば、相手をよく見ていないのは、私なのかもしれません。
「いいんです。今は、早く戻って話の続きをしましょう」
と言っても、体がふらついている私では、先に行くことが出来ません。締まらないと思いながらも、フォルテに連れて行って貰いました。
そして、最初の部屋へ戻ると、底には、女帝シンセ=ドラムスと、オメガさん、そして、エコーさんだけがいました。
「すまないで御座るが、ディープ殿は、女性陣に連れて行かれたで御座るから、話の続きは、女帝シンセを中心として、拙者達だけで行うで御座る」
「嬢ちゃん、ディープからの伝言だ。すまないとは思うが、戦いの中での出来事だから、謝る気はないそうだ」
恐らく、ディープさんがこの場にいないのは、髪に関係したことなのかもしれません。けれど、考えるのが恐ろしいので、気にしないことにしました。
「仕方ありませんから。それよりも、話を進めましょう」
「そうか、そこの男に慰めて貰っ――」
「そう言えば、何も言われてませんね」
女帝シンセ=ドラムスが言い切るや否や、私が横目でフォルテを見ると、フォルテは図星を突かれたような顔をしています。さらに、私の視線に耐え切れなかったのか、あからさまに顔をそむけました。
「やはり、我の部下として欲しかったが、仕方あるまい。フォルテ=グレイス、お前の希望通り、ドラゴニア王国と同盟を組む。けれど、その動きを魔族に察知されれば、大規模な襲撃を受けかねん。そのため、同盟の交渉は秘密裏に行うが、異論ないな」
「ああ、それは仕方ないさ。それに、終わりが見えているだけいいさ」
確かに、仕方ないことです。けれど、先ほどの話を聞いた後だと、信じ切れないのは、私だけでしょうか。
私がそう考えていると、女帝が、こちらを向いて笑いかけてきました。どうやら、私の考えがばれているようです。
「疑われるのは仕方あるまい。だが、我が言い出したことだ。だから、女帝シンセ=ドラムスの名に賭けて、この約束を守ると誓おう」
どうやら本気のようです。ここまで言われたのなら、私が何か言うことはありません。ただ、信じるだけです。
「わかった。なら、俺も、出来る限りのことをするよ」
「そうか。だが、具体的な交渉については、デュオ=グレイスを通して行う。お前が持ってきた手紙には、そうするよう書いてあったからな」
国同士で、公に交渉を行うのではなく、デュオさんを通して行うということは、デュオさんも、魔族の妨害を考えていたのでしょう。そこまで考えていたのなら、関所を通る方法も考えておいて欲しかったです。
「まぁ、俺に具体的な内容を決めろって言われても、無理だけどな」
「今は、非公式とは言え、外交中だ。そう言うことは、あまり口にしないほうがいいぞ」
「外交って難しいんだな。そうすると、これは言わない方がいいかもしれないけど、一つ、言わせてくれ。あの二人に俺達を殺さないよう言ってくれたんだろ。その御蔭で勝てた、ありがとうな」
女帝は、フォルテの言葉を聞き、目を丸くしています。
「気付いておったか。だが、手加減をさせたわけではない。お前達二人を手に入れるために、殺すなと命じただけだ。フィーネに関しては、刻印のある左腕も残すよう命じたが、お前に関しては、手足の計4本くらいなら、魔法機で代用させるため、問題ないと言ったのだが、それが仇となったようだな」
私は、その言葉を聞き、背筋に冷たいものを感じました。女帝の言葉には、嘘偽りがなく、本心そのものでした。これが、一国を統べる女帝の覚悟なのでしょうか。私達のように、感情から殺さないのではなく、国のためという理由で殺さない。それは、私には真似出来そうにありません。
「そうまでして俺達を欲しがってくれたから、勝てたんだな」
「そうなるな。お前達を手に入れられなくとも、同盟が成立すれば、味方には違いない。そう考えさせてもらう。それで、お前達は、これからどうする。すぐに王国へ戻るのであれば、オメガに送らせるが?」
女帝の言葉を聞き、私達は目を合わせました。
それは、思いがけないことでした。正直、無事に帰れるとも思っていなかったので、女帝との話が終わった後のことは、一切考えていませんでした。そのせいで、私達は反応出来ずにいます。
「坊主も嬢ちゃんも、遠慮することはないぞ。まぁ、二人でゆっくり帰りたいんなら、それでもいいがな」
「いえ、送ってもらいます。フォルテには、王国に帰ってから聞かなければいけない話がありますから」
本音を言えば、ノボリベーツという場所にも言ってみたいですが、それ以上に、フォルテの話を聞きたいと思っています。
「確かに、カノンに聞いて欲しい話があるし、兄貴も報告を待ってるだろうから、早く帰るよ」
「そうか、では、手配をしよう。お前達、また後でな」
そういうと、女帝は、王座の奥にある扉とはわからな場所から、奥へと消えました。
城には、隠し通路があるのが普通と言われていますが、こんなにも、あからさまに使われるとは、思っていもいませんでした。
「それでは、拙者も、任務がある故、これにて失礼するで御座る」
そう言うと、エコーさんが、消えました。
あの人は一体、何者なのでしょうか。
最後にオメガさんが残りました。
「あー、あいつのことは気にするな。流石に、国境付近までしか送れないが、帝国側の監視については、何とかしてやる。出発は明日でいいな?」
今からと言われても、流石に、私は動けません。こうして立っているのもやっとです。
「ああ、明日がいい。後、カノンを休ませたいから、風呂のある宿を教えてくれ」
時々、気が利く時がありますが、利かな時との差が激しいです。けれど、折角、気を利かせてくれたのですから、感謝することにします。
「そうだな。城にある国賓用や、来客用の部屋もあるが、宿のほうがいいか?」
「あー、秘密裏に同盟を結ぶんだから、そういう場所は、使わないほうがいいだろ」
「一応は考えてるんだな。なら、ワシの方で手配しよう。部屋に文句は付けるなよ」
何故か嫌な予感がしました。
オメガさんは、去り際に、デノンさんに案内させると、言い残していきました。部屋に残された私達は、帝国の軍人に、最初の部屋へ案内されました。そこで、しばらく待つことになりました。
椅子に座って待っていると、睡魔が襲ってきました。始めての魔法に、加減がわからなかったことと、『
ちょうどいい位置に、フォルテの肩がありました。
私は、目をつむり、フォルテの肩に頭を預けると、少し肩が上下しましたが、すぐにちょうどいい位置に戻りました。
そのお陰で、肩を……乗せ、しばら、く、すると……睡魔、が……。
ふと、目が覚めました。
どうやら、ベッドに寝かされているようです。うつ伏せになっていたようですが、顔が横を向いているので、視線の先には、壁があります。
ゆっくりと体を動かすと、ローブが無いことに気が付きました。寝るのに邪魔なので、脱がされたのでしょう。
ベッドの反対側を見ると、簡易的な机があり、それを挟んで、もう一つベッドがありました。
そこには、フォルテが寝ています。それも、かなり気持ちよさそうに寝ています。
私は、そのまま起き上がり、ベッドの上に座ると、周囲を確認しました。
今なら、私のツリ目も、垂れている気がしますが、恐らくは気のせいでしょう。
安宿ではありませんが、高級というわけでもないようです。ですが、手頃な感じがします。そんなことを考えながらも、昨日のことを思い出しています。
「起きれたのか」
横から、若干寝ぼけているような声が聞こえました。
「おはようございます。城の部屋で寝てしまったようで、すみません」
「いや、いいさ。昨日上手く言ったのは、カノンのお陰だし」
「私の、というよりは、私達二人で勝ち取った結果ですよ」
「そうだな。それ、でさ。その、髪、どうするんだ? 切り口がボロボロになってるけど……」
フォルテに言われ、髪を触ってみっると、確かに切り口が揃っていません。
「フォルテは、長いのと、短いの、どちらが好きですか?」
「んー、特にこだわりはないけど。カノンなら、どっちでも似合いそうだよな」
折角の機会なのに、フォルテの好みを聞き出せませんでした。
「そうですか。なら、短くしてみましょうか」
フォルテは、起き上がると、ベッドに座り込み、腕を組みながら何かを考えています。長いや、短い、と聞こえてくるので、想像しているのでしょうか。
そんなフォルテを眺めていると、扉がノックされました。
「お二人共、起きてますか?」
この声は、デノンさんです。窓から見える景色は、恐らく帝都なので、デノンさんも、帝都で一泊したのでしょう。
「起きてますよ」
私が返事をすると、デノンさんが入ってきました。
「ゆっくり休めましたか?」
「ええ、かなりの時間寝てたようです」
「それはよかったです。この家は、支給されたのはいいんですが、基本的にクレモナにいるので、使ってないんですよ。けれど、掃除は行き届いているので、すぐに使える状態で良かったです」
今、妙な言葉を聞きました。
「支給された、家ですか?」
「ええ、この家は、帝国から、私に支給された家です。重要な役職についている人は、帝都に家が支給されるんです。勿論、維持管理の人員込です」
驚きました。確かに、デノンさんの役目は、帝国において、かなり重要な位置です。ですが、王国では、そういった人達は、貴族なので、家が屋敷を持っているので、家を支給する必要がありません。これが、王国と帝国の違いでしょうか。
けれど、デノンさんは、普段使っていないそうなので、かなり無駄な気もします。
「この家には、私の個人的な試作品が多いので、お風呂も作りこんでます。フィーネさん、一緒に入りますか?」
「勿論です」
デノンさんが言い終わるや否や、即答した気がします。
そうですよね。デノンさんの家ですから、お風呂にも、一工夫、二工夫あってもおかしくないはずです。
「それでは、フォルテさん、フィーネさんをお借りしますね。それと、私がお世話になっている理容師さんに声をかけたので、髪をどうするか、決めておいて下さいね」
デノンさんも、この髪に関しては、気にしていてくれていたようです。
私達は、フォルテを置いて、お風呂へ行くことになりました。
「今度は、短くするつもりです」
「ディープさんのせいで、かなりバッサリいっちゃいましたし、結構強引な斬り方だったので、その方が髪にはいいかもしれませんね。あ、ディープさんには、私達でみっちりお説教したので、許してあげて下さいね」
昨日、最後の話のときに皆さんがいなかったのは、それが理由だったのでしょう。そのときのことを考えると、少し怖いです。
お風呂の後に、髪を短くしました。
今まで長かったということもあり、髪を切るときは、覚悟がいりましたが、切ってしまうと、案外すっきりするものです。
そして、オメガさんに、王国と帝国の国境まで送ってもらう時間になりました。
「それじゃあ、二人共、後ろに乗ってゆっくりしててくれ」
「ありがとうございます」
「ありがとうな」
よく考えると、4将の一人である、オメガ=ウーファー長官に御者の真似事をさせるというのも、凄いことです。
「カノン、えっと、短い髪も、似合うな」
フォルテがぶっきらぼうに言ってきました。けれども、嬉しいものがあります。
「あ、ありがとうございます」
ちょっと顔が赤くなった気がします。
フォルテの顔を盗み見ると、フォルテの顔も、少し赤くなっています。
しばらく無言が続きましたが、このままでは時間の無駄になってしまいます。
「ところで、国境に着いたら、どうやって戻りますか? 行きと同じですと、時間がかかりますが……」
「でも、他に方法がないから、ゆっくり帰ろうぜ」
「そうですね。焦らず、ゆっくり帰りましょうか」
そう、ゆっくりです。二人で旅が出来る短い時間ですから、ちゃんと旅をします。
本来であれば、数日かかる距離を、数時間で移動しました。
けれど、ここから先は、歩きなので、このまま普通の旅人が使う道で、国境を越えるにしても、山を超えるのには、数日かかるので、野営する場所を探すために、帝国側の村で一泊し、明日の朝に出発します。
そのために、まずは今日泊まる宿を探しているのですが、国境付近の街は、様々な事情で混み合っています。宿の需要が多いので、かなりの件数があるのですが、それでも足りない日があるといわれているそうです。
そして、何件もの宿の主人に部屋が空いているか聞いた所、問題が発生しました。
宿のほとんどが、満室だったのです。ただ、それ自体は珍しいことではないので、手当たり次第に確認を取っていましたが、寄った宿の全てが、満室だと言われ、残るは、最後の一件です。
最後の宿で、部屋は、空いていることは空いていました。ただ、ちょっとした問題があります。
「えっと、ちょっと待っててもらえますか?」
宿の主人に確認を取り、少し離れたところにいるフォルテと相談することにしました。
「どうしたんだ?」
「あの、えっと、この宿で空いているのは、二人部屋が、一部屋だけらしいので……」
「あー、でも、他には無いんだよな」
「それで、ですね。フォルテが構わないなら、ここで決めてしまおうかと思っているのですが……」
仕方のないことです。ここしか空いていないのですから。何故、私は恥ずかしがっているのかわかりませんが、これは、仕方のないことです。
「カノンが、いいならいいよ。ここしか無いもんな」
「そうですよね。ここしかありませんもんね」
こうして、二人部屋に泊まることになりました。明日から山越えになるので、数日は野営になります。ちゃんとしたベッドで寝れる最後の機会です。ですから、この機会を逃すわけにはいきません。
次の日の朝、国境付近の街だけあって、山越えに必要な物資は、簡単に揃います。そして、私達は、国境の山へ向かいました。
帝国に入るときに使った道とは違い、真っ当な道なので、時間はかかりますが、歩きやすい道です。また、人通りが多いので、魔獣の出現も、稀です。
実際に、王国側に入っても、まったく魔獣と会いませんでした。
今日中には、山を越えられる。そんなときに、数体の魔獣が現れましたが、群れからはぐれただけのようで、特に苦戦するわけでもなく対処しきりました。
ただ、一つ気になることがありました。
竜痕の力を引き出している間のフォルテの瞳が、縦に細長くなっているように見えました。今まで、気にしていなかったのですが、そのような変化はしていなかったと思います。けれども、その変化が見えたのは一瞬の出来ことで、気のせいといわれれば、それまでです。
後は、ゆっくりと王都へ向かうだけです。
私達は、とうとう王都へ戻ってきました。そして、旅の報告をするために、デュオさんの元を訪れます。
勿論、報告する場所は、フォルテの家である、グレイス邸です。
フォルテと共に、グレイス邸へ行くと、デュオさんが家にいるらしく、すぐに通されました。一応、歩いてきたので休みたかったですが、詳しい報告をするのはフォルテに任せて、私はゆっくり座っていることにしましょう。
「兄貴、戻ったぞ」
「失礼します」
私達が部屋に入ると、デュオさんがこちらを向きました。けれど、デュオさんが声を発する前に、別の声が聞こえました。
「お前達、遅かったな。概要の交渉は終わっているぞ」
私達は絶句しました。
何故なら、ついこの間、帝都で会ったばかりの人達がいるからです。
「拙者は、女帝シンセの護衛としている故、気にしなくていいで御座るよ」
「二人で仲良く旅をしていたようで、何よりだ。とりあえず座ってくれ。私と女帝シンセは、交渉と取り決めを決めるので、話に集中するが、何か話があったら、手短に頼む」
「いや、女帝がいるなら、別に言うことはないから、いい」
私達は、離れた場所で待機することにしました。それにしても、女帝とエコーさんが私達より早く着いているとは……、そもそも、女帝自身が来ているとは思いませんでした。
「今回の件、知っているのは、少数の者だけで御座る。そして、知る人間をより少なくするのであれば、女帝シンセが、直々に交渉する他ないで御座る。そのために、拙者と二人で、ここまで来たで御座る」
理由はわかりますが、一国の主が、国を留守にしても大丈夫なのでしょうか。帝国は、女帝を中心として、4将と共に、政を行っているのですが、その中心人物と、将の一人がいなくなっては、大変な気がします。
「それにしても、俺達より早いって凄いな」
「拙者達が使った方法については、秘密で御座る。知りたくば、お二人が、4将に加わり、6将になる他ないで御座る」
いきなり勧誘されてしまいました。けれど、私達が、帝国側になることはありません。それに、エコーさんも本気ではないようです。
「顔が冗談だと言ってますよ」
「ばれているで御座るか」
最初は、寡黙な人だと思っていましたが、どうやらお茶目な人のようです。
「なぁ、エコー……さん、あんたは、相当強いと思うんだが、ディープと比べると、どっちが強いんだ?」
「いきなりで御座るな。フォルテ殿、拙者は、剣士では御座らん。故に、剣士であるディープ殿と比べることは難しいで御座る。それに、帝国内で拙者に求められている技能は、一人の剣士としての力ではなく、群としての、諜報能力で御座る。個人としての力は、群を統率するためと、諜報活動をするために必要な物であって、それを主にした存在ではない以上、剣士としての力を問うことは、愚問で御座る」
どうやら、間者としての自身に、相当の誇りを持っているようです。それは、フォルテも理解したようで。
「すまない。立っているだけなのに、実力が測れなかったから、剣士の基準で聞いちまった」
「いや、いいんで御座るよ。拙者のような存在は、稀で御座るから」
それにしても、エコーさんは何者なのでしょうか。独特の戦い方や、女帝に謁見したときの動き、私の知る剣技や魔法では説明がつきません。
今、言えることは、一つだけです。
「エコーさんは、帝国の重要人物ですから、無理に詮索しても、答えてくれるはずありませんから、今は聞かないほうがいいですね」
まだ同盟関係を結んでいない以上、無理に聞き出しては、問題になります。
そう判断した私は、他愛もない話を振り、時間を潰しました。
そして、デュオさんと女帝との話が一段落したようで、こちらに声をかけてきました。
「フォルテ」
たった一言です。ですが、デュオさんを見たフォルテは、その言葉に込められた意味を理解したようです。兄弟ということで、何か通じるものがあるのでしょう。
「兄弟だけでわかりあうか、まぁよい。エコー、行くぞ」
そう言うと、女帝は、エコーさんを連れて出て行きました。とはいえ、グレイス邸で部屋を借りているそうなので、またすぐに会うでしょう。
「そうそう、今日の夕食には、メゾも来るぞ。女帝シンセが到着して、二人もすぐ来るだろうと聞いて、連絡しておいたら、今日から到着するまで居座ると、連絡があったんだ」
メゾに会いたいと思っていましたが、まさか向こうから来るとは思ってもいませんでした。
フォルテも、メゾを交えて話がしたいと言っていたので、ちょうどいいです。
ですが、いざ会うとなると、緊張してきました。私の中に、罪悪感のようなものがあるのだと思います。
「そっか、ところで兄貴、俺に話はあるか?」
「感動的な感謝の言葉を期待しているのなら、言ってもいいが?」
「いや、それはさっきので十分だ。俺が留守の間に、何かあったなら聞いておこうとおもったけど、無いなら、いい」
「それでは、私達は、休んでいますので」
「ああ、カノンも、ありがとう」
私達は、部屋を後にしました。
私は使用人の方に案内され、ひとつの部屋へ案内されました。そこは、前に通された客まではなく、ある程度の家具が配置された部屋でした。
部屋の物は好きにしていいという伝言を聞いたので、本棚の本を手に取って見ると、魔法関連の本ばかりです。その内のいくつかには、アリアと名前が書いてありました。
ここは、師匠が昔使っていた部屋のようです。
ただ、無差別に本がしまわれているようなので、魔法学校の寮から引き上げた物もあるようです。
これが、師匠の残したもの……
師匠の書き残した物を無差別に開くと、そこには、難しい魔法理論が記されていました。フィーネを継ぐ前の私では、その断片すら理解できないような物ばかりです。今では、師匠の知識が、刻印に残されているので、何とか理解できますが、それでも読み解くには、かなり時間のかかる物ばかりです。
夢中で読んでいると、扉の向こうから声がしました。
「カノン、メゾが着いたらしい」
どうやら私を呼びに来たようです。
私は部屋から出ると、フォルテと並んで歩き始めました。
玄関に着くと、フォルテがデュオさんと話をしていました。
「フォルテ様!」
メゾは、すぐにフォルテを見つけると、そのまま走ってきます。けれど、フォルテに飛び掛かろうという雰囲気があったのですが、フォルテの2,3歩前で、止まると、そのまま固まっています。
「カ……カノン、どうやら、抜け駆けをしたようですわね」
「……何のことですか?」
開口一番にそれを言われるとは思っておらず、すぐに反応出来ませんでした。
「その間もそうですが、その立ち位置が何よりの証拠ですわ」
私とフォルテは、お互いの位置を確認しました、フォルテがメゾの正面に立っており、私がその隣に、寄り添うように立っています。
「普通だと思います」
「ああ、普通だな」
私達の返事を聞くと、メゾの表情に変化が生じました。
「そうですか、そうですのね。それが当たり前の中になっているのですわね。まさか、カノンが泥棒猫になるとは、思わなかったのですわ」
本当に泥棒猫なんて言う人を始めてみました。
メゾが、私に掴みかかっていますが、メゾの発言が理解しきれず、抵抗らしいことが出来ていません。
「まぁまぁ、メゾ、落ち着いてくれ」
「フォルテ様、カノンを庇うということは……」
見る見るメゾの元気が無くなっていきます。ですが、私を揺らす手は、一向に止まりません。
そんな視線が揺さぶられている状態でフォルテを睨みつけますが、フォルテからはちゃんと見えていないようで、まったく効き目がありません。
「とり、あえず、止めて、くだ、さい」
揺さぶりが激しくなりました。表情は下を向いているのでわかりませんが、どんどん激しくなります。
「メゾ、落ち着いてくれ」
余計に激しくなりました。何だか気持ち悪いです。
そうしていると、急に止まりました。余韻が残っているので、ふらふらしますが、数歩下がってなんとか倒れずにすみました。
よく見ると、フォルテがメゾを抑えています。
出来れば、もっと早く止めて欲しかったです。
「カノン、わたくしと勝負しなさい。それで――」
「あー、メゾ、一旦そこまでにしないか? フォルテもカノンも、今日帰ってきてまだ疲れているんだ」
デュオさんがメゾの言葉を遮りました。確かに、一度踏ん張りはしたものの、疲労と空腹で今にも倒れそうです。
「デュオ様、ですが……」
「それに、夕食の準備も出来ているんだ。冷たくなる前に食べようじゃないか」
いけません、メゾの縦ロールが、クロワッサンに見えてきました。
美味しそうです。
「ほら、カノンに襲われるよ」
メゾが私の方を見て警戒しています。私の考えが、表情に出ているのでしょうか。
「そ、そうですわね」
「メゾ、夕食後に、話がある。カノンも一緒だ」
ダメです。意識が遠のいてきました。
誰かが、私を横から支えています。
目の前にいるメゾが、何かを言いたそうにしています。
何とか横を見ると、フォルテでした。
「さて、では食堂へ行こうか」
デュオさんの合図で食堂へ向かうことになりました。
けれど、考える力が残っていない気がします。
気が付くと、食事が終わっていました。ただ、とても美味しかったことだけは覚えています。
食事の後、私とメゾはフォルテに呼ばれました。その理由はわかっています。
私とメゾは、フォルテに連れられ、グレイス邸の庭に出てきました。庭には、石造りの丸い机と椅子がありました。
一緒に来ていた使用人の方が、お茶を用意して、去って行きました。
「まず、俺とメゾが、許嫁ってことは、知ってるよな」
「ええ、二人の話に出てきていましたから」
確か、家が勝手に決めたことと言っていました。
家が決めたことでも、それに従う必要がある。貴族の家というのは、そういうものだと思っています。
「そうだな。表向きには、家が決めたことになってる。けど、実際は、違う」
「フォルテ様、そこからはわたくしが言いますわ。まず、わたくしの家ですが、代々優秀な魔法使いを排出している貴族の家系ですの。でも、帝国との間で、大規模な戦闘が起きなくなり、戦うことの少なくなった魔法使いの家は、没落していきましたわ。それは、わたくしの家も例外ではございません。でも、王国の中枢にいる英雄の家系との付き合いが長いということで、何とか持ちこたえていましたわ。でも、それも時間の問題。そんな家に、幼い一人娘がいる。そうなれば、他の貴族がどう動くかは、明白ですわ」
メゾ生まれたアンダンテ家は、かなりの名家のようです。昔の記憶がないせいで、知りませんでした。けれど、そんな私でも、答えはわかります。
「娘を政略結婚と称して、差し出すのですか?」
「簡単に言えばそうですわ。わたくしの場合は、その結婚相手が、よぼよぼのおじいさんだったり、妻はおろか何人もの妾がいる人だったり、二回りでは効かないくらいの年上だったりということですわ。さらに言えば、わたくし、物心が着く前に、お見合いをしたらしいですわ」
私は絶句しました。そんな年端もいかぬ幼女を娶ろうとする貴族がいることにです。
「ただ、家としても、そんな年齢の娘を嫁に出すわけにもいかず、全ての家への返事を保留にしたまま、他家から借金を重ねていましたわ。もっとも、全ての家が、他の候補がいることを知っておりましたから、いかに恩を売るかを考えていたせいで、借金とは名ばかりで、娘に対する手付金という扱いでしたわ」
つまり、メゾがある程度の年齢に達したとき、その中のどこかに嫁がされる予定だったということです。
「ですが、そんなわたくしを助けてくださったのが、フォルテ様ですわ。当時、戦うための魔法使い以外の道を探すために、多額の資金を必要としていた家は、他の貴族からもたらされる額を釣り上げるために、何代も前から親交のあるグレイス家を利用しましたわ。幼い子供同士の仲を見せつけ、こちらの足元を見るようであれば、グレイス家に嫁がせる。そのために、一時期フォルテ様をアンダンテ家に、招いておりましたの」
相手が英雄の家系であるグレイス家であれば、他の貴族も、迂闊なことは出来ません。それほどまでに、グレイス家は、力のある家だということです。私ですら、個人個人は知らずとも、家の名前くらいは知っているのですから。
「そして、アンダンテ家の内情を知ってしまったフォルテ様が、わたくしのために、わたくしを許嫁にすると言ってくださいましたの」
「でも、それじゃあ……」
私が横から割り込んだら、メゾは……。
「その心配は要りませんわ。わたくしに魔法の才能があることがわかり、魔法学校へ通うようになったところ、今ではワイズマンの弟子ですわ。こう見えて、わたくしの研究成果で、王国の魔法は、かなり進歩したのですわ。その御蔭で、我が家の財政状況は、我が家が借金をしていた全ての家を上回りましたの。借金という名目の寄付も、全て返してありますわ」
「つまり、フォルテが許嫁を続ける理由が無いということですか?」
「理由は無いけど、一度決まった話を破断にすると、家の名に傷がつく。そう考える人が多いんだよ。まぁ、グレイス家は、家の名に興味ない感じなんだけど、アンダンテ家は、そうもいかないはずだ」
グレイス家が、対外的に家名を誇らないのは、漆黒の竜痕があるからでしょう。英雄の家系に対して悪評を広めようとしても、一般大衆がそれを許さないはずです。
ただ、メゾの家はそうとは限りません。ワイズマンの弟子といっても、ワイズマンになったわけではありませんから。
「まぁ、わたくしがワイズマンになるのは、時間の問題ですから、我が家も気にする必要はありませんわ」
何とも凄い理論です。実際、王国内の魔法を発展させたのであれば、それは、十分称賛されることでしょう。
「まぁ、何だ。それで、許嫁になるときにメゾと約束したんだ。当時は、友達を助けたいって一心だったから、もしどちらかに、その……、好きな人が出来たら、許嫁の話をなかったことにしようって」
つまり、メゾを守るための許嫁だったと言うことです。
けれど、メゾを見ていればわかります。メゾには、許嫁の話をなかったことにする気はありません。
「フォルテ様、今、この話をしたということは、なかったことにしたいということですわね。そして、その理由は……」
メゾが私を見つめています。ですが、フォルテは、メゾのそんな様子に気付いていません。
「ああ、そうだ」
メゾが承諾するわけがありません。だってメゾは……。
「わかりましたわ」
ほら、この通――。
「え……、いいんですか?」
「いいも何も、そういう約束ですわ。ですが、カノン、わたくしが、フォルテ様を振り向かせ直せばいいのですわ。それに、フォルテ様がわたくしを見ていないことは知っておりましたわ」
「いや、見てないっていうか……」
「フォルテ様は、わたくしの想いが、助けられたことによって生じた物だと思っているのですわ。確かに、それがきっかけだったかもしれませんわ。ですが、それだけでは、今も許嫁を続けてはいませんわ」
「フォルテは鈍いんですね」
二人を見ていてそう思いました。とはいえ、私が言えることではありませんが。
「そうですわね。わたくしの一方的な誓を聞いても、気付いてくださいませんでしたし」
そういえば、前に誓がどうのこうのと言っていました。今の話に出てこなかったので、許嫁の話とは、違うのでしょうか。
「誓は覚えてるぞ。俺が、メゾのために行動したから、メゾが、俺のために行動すれば、一歩的な関係じゃなくなるから、そうなったら想いを受け止めてくれってやつだろ」
なるほど、恩を好意と勘違いしていると思われているのであれば、その恩を返すことで、メゾの気持ちが純粋な好意だと気付かせようとしたのでしょう。
「フォルテ様に渡されたオリハルコンの長剣、あれは、わたくしが、材料集めから全て行いましたわ」
あのときは、ワイズマンの手伝いと言っていましたが、実際はほとんどメゾが作ったとは。
もし嘘だとしても、ワイズマンに聞けばわかることなので、これは本当でしょう。
「メゾ……、苦労しているんですね」
「いいんですわ。わたくしがフォルテ様と結ばれるには、一度許嫁の話を無かったことにする必要がありますもの」
そこまで言うと、メゾは、フォルテに近付き、腕を体全体で抱きしめました。そう、あの私より少し大きい胸を押し付けるようにしています。
フォルテも、メゾのあまりにも自然な動作に反応出来なかったようですが、次第に顔が赤くなっていきます。
私も、勢い良く立ち上がりましたが、そこで止まってしまいました。
「カノン、貴女は、旅に出るのでしょう。フォルテ様が貴女のことを思っていても、どうにもならないことですわ。それに、フォルテ様は男性ですわ。何処にいるかも、何をしているかもわからず、たまにしか会えない人と、何処にいるかも、何をしているかもわかる、いつでも会って触れ合える人、どちらを選ぶかは、明白ですわ」
ここに来てメゾは、とんでもないことを言い出しました。
けれど、そんなことを恥ずかしがるそぶりを見せずに言い切ったメゾは、腕を抱く力をさらに強くしました。その結果、腕に押し付けられ、形の変わる胸が、さらなる変化をしました。
「でも、会えないからこそ、想いを募らせることが出来ます」
「そんなこと、会える相手でも、出来ますわ」
この状況はまずいです。具体的なことはわかりませんが、私の勘が、まずいと告げています。
「でも、フォルテが許嫁の話をなかったことにしたいと言い出した時点で、フォルテはこちらを向いているはずです」
「ですから、わたくしの方を向き直させるのですわ」
この状況、何を言っても言い返される気がします。ならば、取る方法は一つです。
「フォルテ、胸が好きだからって顔を赤くしてないで、何か言ってください」
「……いや待ってくれ、別に胸が――」
「証拠は沢山あります」
「……えっと、メゾ、とりあえず離れてくれ」
「嫌ですわ」
「でも、俺は……」
「そうやって最後まで言えないということは、まだ機会はありますわ」
メゾは、満足したのか、大人しく元々座っていた椅子へ戻りました。
それを確認すると、私も座りなおしました。
そして、私達は、フォルテを黙って見つめています。
「……そうだな、カノンは、旅に出るのか?」
「旅に出るというよりは、旅しか知らないといった方が、正しいです。私には、師匠に拾われる前の記憶がありません。そもそも、フィーネを継ぐために、妖精隠しにあったのですから、当たり前ですが。師匠に拾われてからは、旅をしていました。それが、私の日常です。ですから、一箇所に留まるというのが、よくわからないんです」
旅に出ようとしているのではなく、旅をしているのが当たり前である以上、それ以外の選択肢は、頭にありません。
「なぁ、カノン、魔法学園に行かないか? カノンの実力なら、簡単に入れるだろうし、いろいろ学べることもあると思うんだ。それに、その、魔法学園がある魔導都市は、騎士学校からの近いんだ。そうすれば……その、会おうと思えば、会えるし」
一番最後の台詞が、フォルテの本心であって欲しいです。けれど、それは私の願望ですし、確かめるのが怖いです。
「メゾは、それでもいいんですか?」
「カノンに抜け駆けするなと言った以上、抜け駆けされた後でも、抜け駆けするのは、わたくしの主義に反しますわ。こう言えば、貴女も、頷きやすいでしょ」
「でも、それなら、一度抜け駆けさせる方が、平等な気がします」
「まったく……。確かに、本心では、魔法学園に来ない方が、フォルテ様をゆっくりと振り向かせられますわ。ですが、一人の魔法使いとしては、カノンという実力の近い相手がいた方が、嬉しいですわ。魔法学園にも、わたくしと戦うことの出来る生徒は、数人いますわ。ですが、わたくしに勝てる生徒は、一人もいませんもの」
「ワイズマンの弟子が負けたら、大変だと思いますよ」
私の返事を聞き、メゾが苛立っている気がします。
「ああ、もう。いいですの。カノン、貴女は黙ってわたくしの踏み台になりなさい。貴方に勝って、わたくしは、ワイズマンを継ぎますわ」
怒られてしまいました。メゾは、今にも高笑いしそうです。
「では、高い壁となって、立ちはだかります。そう言わないと、怒られ続けそうですから」
「何か、二人共、負けず嫌いだな」
失礼ですね。私は、師匠以外に負けたことはありません。逃げられたことや、うやむやになったことはありますが。
ですから、負けず嫌いではありません。
ええ、負けたことはありませんから。
「わたくし、魔法学園では、無敗ですわ」
どうやら、メゾも同じなようです。
「なら、近いうちに決着が着きそうですね」
「手加減は、しませんわ」
こうして、この場の話は終わりました。
フォルテによって少し論点をずらされた気はしますが、そこは大人しくしておきます。急ぐ話ではありませんから。
次の日の朝、私はデュオさんの元を訪れました。
その目的は決まっています。
「魔法学園へ入る方法か。私の推薦状があれば確実だが、どうする?」
「力を認めさせて入りたいので、そこまでしていただく必要はありません」
貴族の力を使うということは、貴族の力を使って魔法使いとしての階級を上げる人達と同じだと思われてしまいます。それでは、意味がありません。
「そうか。なら、編入試験を受けてもらうことになる。もっとも、カノンの実力なら、確実に受かるだろう」
「ありがとうございます」
「それと、一つ伝えておきたいんだが、帝国との同盟の話は、いつまでも隠しておけるわけではない。おおよそ、もって数ヶ月だろう。そして、魔族の知るところになれば、当然、魔族は動く。そのときまで、力を付けておいてくれ」
同盟の話を隠せている間は、今までのような散発的な襲撃が続きますが、話が公になれば、本格的な侵攻をしてくるはずです。デュオさんは、私のことを、そのときの戦力として考えているようです。
そもそも、フィーネという存在を考えれば、当たり前のことです。
そして、私自身にも、魔族と戦う理由があるので、願ってもないことです。
こんばんは
今回で1章が終わります。次は2章なのですが、何故か2章の序盤が最初の予定と微妙に違っているようで違っていないような、そんな状態になっています。
それでは、今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。
これからも、お付き合いいただけると、幸いです。