魔法使いと勇者と竜の国   作:enz

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第2章 魔族の国
魔法学園


 私は、魔導都市にある魔法学園の編入試験を受けるために、やってきました。

 勉強のために、師匠が残した物を漁っていましたが、元々、実技に問題はありません。ですが、座学に関しての知識が不足していることを痛感しました。感覚として理解していても、それを言葉に出来ないということです。

 けれど、一応は理解していることなので、みっちりと勉強してきたため、不安はありません。

 フォルテは、付き添いとして来たがっていましたが、騎士学校へ戻る必要があるらしく、途中で別れました。今は、メゾと来ています。

「カノン、その杖は、何ですの?」

「伸びたり縮んだりする不思議な杖です」

 睨まれました。

 冗談が通じないようです。

「魔法機という帝国の技術が込められています」

「まったく、よくわからないものを気に入りましたのね」

 呆れた口調で言いながら、魔法学園へ案内してくれています。

「ところで、デュオ様からの紹介状を貰わなくて良かったんですの?」

 何度目でしょうか。メゾなりに心配してくれているのでしょうが、一日に何度も聞かれると、流石に面倒です。

「つまり、私が信じられないんですね」

「いえ、そうではありませんわ。やはり、使えるものは使うべきだと思うのですわ」

「確かに、紹介状を貰えば、確実ですが、それでは、結局貴族の威光で入ることになります。私は、自分の実力で入りたいんです」

「座学の勉強で、疲れ果てていた人の台詞とは思えませんわ。それに、何ですの、あの資料は。まだ発見されていない高度な魔法理論が完成していましたわ。あれを理解出来れば、どれだけの魔法を開発出来ることか……。あの人は、どれだけの才能に恵まれていましたの?」

 それは、私が知りたいです。そもそも、ワイズマンが弟子にしようとするくらいですから。

「とにかく、この話も、もう飽きました。もうすぐ着くんですから、ここまでにしましょう」

 一方的に話を切り上げました。もう、魔法学校の入り口が見えているからです。

「わたくしが案内するのはここまでですわ。あそこの受付を通せば、案内してくれますわ」

「メゾ、ありがとうございます」

「礼には及びませんわ。それでは、教室で、待っていますわ」

 そう言うと、メゾは、一人先へ進んでいきます。私は、メゾに追い付くために、受付へ向かいました。

 編入試験という制度は、存在はしていましたが、それを利用する人のほとんどは、貴族の推薦状を持参するため、ちゃんとした試験は実施されたことがないようです。つまり、ちゃんとした試験を行うのは、私が始めてということです。

 魔法学校の先生達も始めてということで、準備に手間取っていましたが、前もって連絡がいっていたので、座学の試験に関しては、すぐに受けることが出来ました。

 そして、実技試験ですが、詠唱の早さや、命素の消費量といった、基本すぎて何を調べたいのかわからない内容でした。

 私は、その場で合格を言い渡され、少し虚しい感じがしました。

 

 

 

 

 その後、書類に記入するなどの様々な準備に追われ、一日が過ぎました。魔法学園では、制服としてマントが支給されるので、普段のローブから、マントに変えることになりました。

 次の日、指定された教室へ来ると、数人の生徒と教師と思われる魔法使いがいました。

 ちなみに、この魔法学園で教師になるには、中級魔法使い以上の階級と魔導師試験に合格しなければいけないらしいです。そして、合格すれば、魔導師と呼ばれるそうですが、結局は、貴族の力でなる人が多いらしいです。

 そもそも、魔導師って何なんでしょう。

 席が段状に広がっており、生徒がいくつかの塊になって座っています。その中で、一番前の窓際にメゾが一人で座っていました。

 私の視線に気付くと、小さく手を振ってきました。振り返そうと思ったのですが、目立つので止めておきましょう。

 この組の担任の先生に、自己紹介するよう促されました。

「始めまして。フィーネ=カノン=グリードです」

 周囲が続きを待っていますが、他に言うこともないのでこれだけです。

「それだけか?」

「それだけです」

 先生に聞かれたので、正直に答えると、軽く頭を抱えています。

 最前列で、メゾの反対側に座っている集団の一人が、話しかけてきました。

「他にあるだろ。例えば、魔法使いとしての、階級とかな」

 言葉の中に、嘲笑を感じました。

「階級ですか。登録魔法使いです」

 ついこの間まで帝国にいたので、半分忘れていました。この制度は、王国の物ですから。

 そして、私の階級を聞いた途端、嘲るような笑い声が教室に溢れました。

「君、わかっているのかい? この上級学科の教室には、僕達の様な、選ばれた魔法使いだけが入れるんだよ。さらに言えば、ここにいる全員が中級魔法使いで、僕の様な優秀な生徒は、上級魔法使いになれるとさえ言われているんだよ。そんな場所に、君の様な登録魔法使いがいていいと思っているのかい?」

 何だか癪に障る言い方です。どの程度の実力かわかりませんが、中級魔法使いが、そんなに誇れるものなのでしょうか。

 言い返すのも面倒です。無視しましょう。

「それで、何処に座ればいいんですか?」

 先生に聞くと、驚かれました。まさか無視するとは思わなかったようです。

 先生は、私と、私に話しかけた生徒を交互に見ています。

 何だか不穏な空気が流れていますが、早く質問に答えて欲しいものです。

「お前、無視するとはいい度胸だ。たかが平民ふぜ――」

「カノン、わたくしの隣に座ればいいですわ。この教室の席は自由ですわ」

 メゾの言葉で教室の空気が一変しました。

「メゾの縦ロールが邪魔そうです」

「十分に余裕のある広さですわ。まったく、早くしないと、時間が押してしまいますわ」

 私とメゾの会話を聞いて、さらに空気が変わりました。

「そうですか、では、隣にお邪魔します」

 私が動き出すと、別の生徒が、騒ぎ出しました。

「最前列は、優秀者の席だ。そして、メゾ=アンダンテが、最も優秀な生徒だ。お前にその隣に座る権利はない。新人なら、大人しく後ろへ行け」

 いい加減うるさいですね。

 メゾが最も優秀な生徒であるなら、他の生徒は、メゾよりも劣るということです。

「席は自由らしいですが?」

 私は、一言だけ言うと、メゾの隣に座りました。

 メゾも、呆れた目を私に向けています。

「もうちょっと穏やかに出来ませんの?」

「肩書で人を判断する人には、いい印象がありませんので」

 今気付きましたが、普段着ている黒を基調とした控えめなドレスのような服に、魔法学園のマントを付けています。普段付けていないのには、何かこだわりでもあるのでしょう。

「まぁいいですわ。実技の時に、実力を見せつけてやればいいのですわ」

「では、機会があれば、そうします」

 周囲から睨まれたまま、授業が始まりました。

 小難しい魔法理論の解説をしていますが、師匠の残した物に載っていたので、ほぼ理解しています。私としては、師匠が去ってからの内容を知りたいです。

 理解している内容ですが、始めての授業ということもあり、緊張していたため、精神的にですが、かなり疲れました。

 最初の授業が終わると、最初にいちゃもんをつけてきた生徒が、先生に何かを話しています。そのまま教室を出て行ったので、詳しい内容はわかりません。ですが、去り際に、ニヤつきながらこちらを見ていた気がします。

「カノン、休憩時間は短いので、手短に説明しますわ。午前中に二つ、お昼を挟んで、午後にも二つの授業が行われますわ。後で校舎を案内してあげるので、感謝して欲しいですわ」

「ありがとうございます。美味しい食堂があったら、さらに感謝します」

 次の授業の準備をしながら、説明を聞きました。前もって資料を貰っていたので、知っていましたが、それは黙っていましょう。

 そして、次の授業の終わりに、先生が午後に関する連絡を口にしました。

「午後の授業だが、実習に切り替える。全員、準備をして闘技場に集合するように」

 それだけ言うと、教室からそそくさと出て行きました。

「メゾ、こういうことは、よくあるのですか?」

「変更自体は珍しくありませんが、直前になって決まるなんてことは、基本的にあり得ませんわ」

 つまり、誰かの差金でしょうか。とはいえ、そんなことを気にしても仕方ありません。授業に備えるだけです。

「とりあえず、食堂に行きましょう。腹が減っては何とやらです」

「そうですわね。それに、実習の準備もしなければいけませんわ」

 私達は、食堂へ移動しました。

 移動中に、他の生徒からジロジロ見られましたが、何か珍しいのでしょうか。

 メゾは、慣れているようですから、ワイズマンの弟子であるメゾを見ているのでしょう。

「ここのお勧めは何かありますか?」

「どれも普通ですわ。一流の料理人がいますけど、我が家のお抱え料理人の作った物の方が、美味しいですわ」

 そうでした。メゾは、これでも貴族です。没落しかけてたと言っても、もう復興しているのですから、お金持ちです。

「そうでしたね。私のような旅人とは、食べている物が違うんですよね」

 目付きを鋭くしながら言い放ちました。

「仕方ありませんわ。ですが、味覚は人それぞれですわ。カノンが気にいる物を探せばいいのですわ」

「そうですね。メゾにお勧めを聞いた私が馬鹿でした」

「それにしても、随分と気を張っていますわね。そんなことをしていると、疲れますわよ」

 メゾの言葉が心に響きました。

 確かに、ちょっと棘を持ちすぎました。メゾにまで当たる必要はありません。

「そうですね、ごめんなさい」

「いいですわ」

 一言だけ言うと、注文を決めたのか、先へ進んでいきます。私も、最初に目に付いたものに決め、後を追いかけました。

 そして、料理を食べ始めて思いました。

「メゾ、本当にごめんなさい。確かに、普通です」

 何というか、普通としか言いようのない味です。不味いわけではありませんが、普通です。

「理解したようで、何よりですわ」

「仮にも、貴族の人間が多い場所のはずですが、何故こんなにも普通なのですか?」

「貴族用の厨房がありますもの。お抱えの料理人を連れてきて、そこで自分の分を作らせていますわ。だから、基本的に裕福な貴族以外が、ここには来ますの。国としても、権力のある貴族以外には、案外冷たいものですわ」

 ここにはお金を掛ける必要がないということです。何とも残念ですが、私が何をしたところで、変化があるわけではないので、諦めるしかありません。せめて、時間があれば、学園を出て、都市部で何か買えるのですが、今の私には、都市部の情報もありません。

「では、早めに都市部の食べ物屋を開拓します」

「それがいいですわ」

 そういえば、メゾは、ここの味が普通というのを知っていたわけですから、前もって言ってくれればよかったと思います。まぁ、私が気に入る可能性もあると考えたのかもしれません。

 食後に、一度メゾと別れ、準備を済ませてから合流することにしました。

 

 

 

 

 午後の授業のために闘技場へ来ました。

 メゾも既に来ており、杖を手にしています。

 私は、短くした状態で身につけています。

「カノン、杖を出しておいた方がいいですわ。妙な言いがかりをつけらる可能性がありますわ」

「わかりました」

 私は、杖を振りながら、核石に練り上げた純粋な魔力を流し込み、杖を伸ばしました。その光景を見た他の生徒は、目を丸くしています。帝国製の魔法機の杖ですから、珍しいのでしょう。

 それにしても、教室にはいなかった生徒もいるような気がします。

「はい、皆さん、注目して下さい。今回は、全学科合同での実習を行います。内容は、簡単な模擬戦です」

 どうやら、他の学科の生徒のようです。それにしても、ほとんどの生徒が、メゾを見て何か話しています。メゾが珍しいのでしょうか。

「カノン、思い違いをしていると思うので、訂正しますわ。普段、わたくしは、一人でいますの。けれど、今日は隣に貴女がいる。だから、皆が、見ていますのよ」

 つまり、メゾと一緒にいる私が珍しいということですか。

「なるほど。つまり、見られているのは一人ぼっちのメゾではなく、そんなメゾの隣にいる私ということですね」

 メゾは引き攣った笑顔を見せつつも黙って頷きました。和ませようとしたのですが、逆効果だったようです。こうして話している間にも、先生が説明をしているからでしょう。聞く必要のないほど当たり前な、観覧上の注意ですが、一応は耳を傾けておきます。

「では、まずは上級学科の生徒の試合を見てもらう」

 その瞬間、ほぼ全員の目が、メゾへ向きました。

 その気持は、わからないでもないです。私も、メゾを見ていますから。

「えー、まぁ予想通りの反応ありがとう。だが、メゾ=アンダンテの試合は、後だ。天才の試合よりも、秀才の試合を見てもらう。ブラッチョ=ヴィオラ、前へ」

 先生の合図に、教室で最初に突っかかってきた生徒が前へ出ました。周囲に対して大きく手を振り、存在を誇示しているようです。まるで、自己顕示欲の塊です。

「次に、編入生のフィーネ=カノン=グリード」

 私が呼ばれました。ですが、ほとのどの生徒は、頭の上に、疑問符を乗せているようです。

 私は、何故私が呼ばれたのかわからず、その場で首を傾げていました。

「グリード、早く来なさい」

 先生に呼ばれてしまったので、とりあえず、前へ出ることにしました。

 私が前へ出ると、先生が話の続きをします。

「内容は簡単だ。制限らしい制限はない。強いて言えば、相手に回復不能な傷を与えることを禁止するだけだ」

 本当に簡単です。それを学園の授業で行っていいのか疑うほどです。

 そんな私の様子を見て、何を勘違いしたのか、ヴィオラが声を掛けてきました。

「そんなに怯える必要はない。この学園の校医は、生まれ持っての治癒魔法の適正に加え、純白の竜痕を持っている。死なない限り治してくれるさ」

 それはいいことを聞きました。つまり、手加減をしなくてもいいということです。

 それにしても、怪我が絶えない場所である以上、治癒魔法を使える人が必要ということですか。

「そうですか。それは楽ですね」

 私の言葉をどう受け取ったのかわかりませんが、顔が少し引き攣っています。挑発と受け取られたのでしょうか。

「それでは二人共、所定の位置へ。他の生徒は、観客席へ移動するように」

 こうして試合の準備が整っていきます。

 闘技場の中心には剣士の間合いよりも遠い位置に立って向かい合っている私とヴィオラだけになりました。この間合いは、魔法使い同士としては、普通の間合いです。

「降参するなら、今のうちだ」

 そう言いながら、指揮棒の様な物を私へ向けています。あれが杖のようですが、何とも実践には不向きなような気がします。

 私は、片手で杖を持ち、軽く地面に刺すと、ヴィオラを見据えました。

「その杖、折れませんか?」

 その瞬間、何故か闘技場が笑いに包まれました。冗談を言ったつもりは無いのですが、何故でしょうか。

 理由を考えながらも、ヴィオラを見ると、怒りに顔を赤く染めています。

 また挑発と受け取ったようです。どうやら、沸点が低いようです。

 ヴィオラが、先生に早く始めるよう催促しています。

 先生が私の方を見たので、頷いておきました。

「では、始め!」

 私は、『轟炎(ごうえん)』を詠唱しています。魔法使い同士なので、最初は動きまわる必要がありません。そして、ヴィオラは、指揮棒の様な杖を高らかに掲げ、堂々と大声で詠唱しています。

 その詠唱は、第二属性である火の魔法特有のものなので、始めの方は、私と同じです。威力によって途中から変化するので、相手の魔法を推測することが出来ます。

 それにしても、教科書通りの詠唱です。

 普通は、人によって、意味の変わらない範囲で、多少の違いが出るものです。ですが、教わった通りの詠唱です。それも、遅いです。私は、『轟炎』特有の部分に入っていますが、ヴィオラはまだです。

 しばらくすると、ヴィオラも『轟炎』特有の部分に入りました。

 私は、詠唱が終わりましたが、ヴィオラの実力を見るために発動させていません。

 そもそも、あんなに大声で詠唱する必要がありません。

 私は、一応、口を動かしているので、詠唱しているようには、見えているはずです。

「こののろまが!『轟炎』」

 ヴィオラの上半身くらいの大きさの火球が現れました。それが、ゆっくりと私へ迫ってきます。まるで、止まっています。

「『轟炎』」

 私は杖を持った手を前へ出すと、名前を唱えました。私の前に、ヴィオラの全身を包み込んでも余りあるほどの火球が出現し、ほぼ一瞬でヴィオラも火球を飲み込み、そのままヴィオラに直撃しました。

 普段であれば、追撃のために詠唱しますが、とりあえず様子を見ることにしました。

 火球はそのまま闘技場の壁へぶつかりましたが、何かが残っています。

 ヴィオラは辛うじて、回避したようですが、数カ所に焦げと火が付いています。

 服に火が付いていることに気付いたのか、闘技場の土の地面へ転がり、何とか火を消しています。

「時間をかけて魔力を余分に練ったか。その技術は褒めてやる。だが、次はない。お前には勿体無いが、『獄炎(ごくえん)』を見せてやる」

 そう宣言すると、詠唱を始めました。

 私は、別の魔法を詠唱しながら身を低くし、ヴィオラへ向かって駆け出しました。高らかに詠唱しているヴィオラには、気付く気配がありません。

 私は、ヴィオラの前に着くと、勢いを利用し、そのまま杖を握った右手で腹を殴ります。

 物音に気付いたようで、ヴィオラは、腹を殴られる直前に私のことを見ました。けれど、予想外の行動らしく、驚愕しています。

 そのまま、腹を殴られたヴィオラは崩れ落ちそうになっていますが、左手で無防備な頬に思いっきり張り手を叩き込みました。

 いい音がします。

 勢いがよかったので、ヴィオラが少し飛びました。

「お前、これは、魔法使い同士の――」

「『断切(たちきり)』」

 右手に持った杖で地面を刺すと同時に、魔法の名前を唱えました。

 私の影から、意思を持つような動きをする黒い刃が飛び出しました。薄く、縦横無尽に動く黒い刃が、ヴィオラの杖を細切れにしました。

 指揮棒の様な杖が、持ち手だけになったことに驚いているのか、断面を見て、呆然としています。

 私は、ゆっくりと近付き、杖の先端をヴィオラに突き付けました。

 そして、先生の合図を待ちます。

 ですが、一向に声がかかりません。

 周囲を見回すと、誰もが唖然としています。

 しばらくして、先生が私の視線に気付きました。

「勝者、フィーネ=カノン=グリード」

 その合図を聞くと、核石に魔力を流し、杖を短くして、仕舞いました。その動きの途中で、小さい拍手が聞こえました。

 音のする方を見ると、メゾです。

 そして、メゾにつられるように、段々と拍手が大きくなりました。

 私は、周囲に手を振りながら先生の元へ向かいました。

「で、どうすればいいですか?」

「ああ、えっと……」

 何か言いにくそうにしています。私が勝つとは思っていなかったのでしょうか。

 先生の反応を待っていると、後ろから声が聞こえました。

「お前、何のつもりだ」

 右の頬を赤く腫らし、口の中を切ったのか、少し血を垂らしているヴィオラが立ち上がろうとしています。

 けれど、手足が少し震えています。

「相手を殺さなければいいと言われましたよ」

「だが、ここは魔法学園だ。あんな方法が許されると思っているのか」

 あんな方法……、要するに、魔法以外での直接攻撃ですか。

「はぁ、そもそもあんな遅い詠唱で、役に立つと思っているんですか? 詠唱に集中していて隙だらけですし」

「お前は、俺よりも遅かっただろ」

 こいつは、やはり気付いていなかったわけですか。それなら、何を言っても無駄でしょう。

「負けた人の戯言ですね」

 私の一言がとても悔しいようで、俯いています。

 けれど、急に顔を上げると、杖の残骸を握り、詠唱を始めました。手の中に残っていた持ち手の部分に核石があるのでしょう。

 少し、詠唱が早くなりましたが、それでも遅いです。

 私も、詠唱を始めました。

 先生が巻き込まれないように下がっています。

 私の詠唱が、魔法の固有部分に入りました。ですが、ヴィオラはまだ共通部分です。あの程度の実力で、何故秀才と呼ばれているのか、疑問です。

 そして、ヴィオラが固有部分に入ってしばらくすると、私の詠唱が終わりました。

「『獄炎』」

 私が魔法の名前を唱え、黒い炎が出現すると、ヴィオラが驚愕を浮かべています。

 それが、私の詠唱速度なのか、それとも、この巨大な黒い炎の塊に対してなのかはわかりません。

 私の魔法が、直進し、ヴィオラを飲み込もうとしています。

 そして、ヴィオラを飲み込む直前に、横から突風が吹き荒れました。

 これは、自然現象ではなく、魔法によるものです。

 発生源を見ると、メゾがいました。流石に、これはやり過ぎだと判断したのでしょう。

 私の魔法が、ヴィオラがいた場所を通り過ぎ、闘技場の壁の一部を焼き尽くしています。

 メゾの魔法で吹き飛ばされたヴィオラは、その辺に転がっています。

「先生、こんな無駄なこと、まだ続けたほうがいいですか?」

「い、いや、大丈夫だ。観客席へ移ってくれ」

 私は、一礼してから観客席へ移りました。

 呆然としているヴィオラは、その取り巻きが運んでいます。

「それでは、下級学科の生徒同士の模擬戦を行う」

 生徒を呼び出し、模擬戦を始めました。

 私がメゾの隣に座ると、話しかけて来ました。

「最初の魔法で、終わらせられたはずですわ。わざわざ相手の魔法が出るのを待つなんて、嫌味ったらしいですわ」

「案外ばれないものですね」

「相手の詠唱に気を払う余裕のある魔法使いなんて、ここにはほとんどいませんわ」

 今行っている下級学科同士の模擬戦でも、高らかに詠唱していますから、あんな詠唱をしているようでは、周りを見るのは無理ですね。

「それと、『獄炎』はまだしも、『断切』なんて、この学園で使える生徒を見たことありませんわ。ですから、覚悟しておいたほうが、いいですわ」

 私には、その言葉の意味がわかりません。

 とえあえず、覚えておくことにします。

「そういえば、メゾは天才なんて呼ばれているんですね」

「ワイズマンの弟子になった時からですわ」

「でも、師匠の資料を見ている姿を見ていればわかります。高い才能を持っているのに、努力をしている人の姿でした」

「褒められているのか、責められているのかわかりませんわ」

「事実を述べただけで、どちらの意味もありません」

 天才も秀才も、結局、他人がする評価です。

 ここでそんなことを気にしてもしかたありません。

「そういうことにしておきますわ。ところで、ここの生徒をどう思いますの?」

「実力に関してであれば、魔法使いではなく、魔法を使っているだけです。詠唱を暗記しただけで、使いやすいように改変していませんから」

「まぁ、そこに行き着きますわね。詠唱を自分の物に出来ない限り、魔法使いとは呼べませんわ」

 下級学科同士の模擬戦が終わり、中級学科同士の模擬戦に入りました。

 先ほどの生徒達と比べれば、魔法を使いこなしている生徒もいます。けれど、大半は、ただ詠唱しているだけです。

 この学園の生徒を見ていると、一つの疑問が浮かびました。

「何で王国は、帝国と戦えていたんですか?」

「どうしたんですの、急に」

「いえ、この程度の魔法使いしかいないのに、帝国と戦えていたことが、疑問に思えてしまって……」

「ああ、そういうことですの。確かに、まともな魔法使いは少ないですが、少なくなったのは、ここ数年ですわ。今、現役で戦っている魔法使いは、優秀ですわ」

「つまり、帝国としては、後数年待って、弱い魔法使いが増えたところで、戦争を激化させるつもりだったのかもしれませんね」

「恐らくは、それを危惧して、デュオ様も動かれたのですわ」

 王国としては、秘密裏とはいえ、同盟の道が見えたということは、その存続がほぼ確定したということです。

 しばらくして、上級学科同士の模擬戦になりました。

「メゾは、誰と戦うんですか?」

「普段であれば、学年2位の、自称秀才、ブラッチョ=ヴィオラですわ。ですが、彼はカノンと勝負をして、あそこで倒れていますわ」

 メゾが示す方向を見ると、ヴィオラが取り巻きに囲まれ、横になっています。

 数人が私の視線に気付き、睨まれましたが、ツリ目の私には、威嚇にもなりません。

 ただじっと見つめるだけで、相手の方が、目を逸らしました。

「先生とに、なるんでしょうか」

「その時がくれば、わかりますわ」

 流石に、上級学科というだけのことはあり、魔法を使いこなしている生徒が多いです。そのため、ヴィオラの詠唱が、あそこまで素人臭かったのが、気になります。

「では、次、メゾ=アンダンテ。相手は、先ほど戦った、フィーネ=カノン=グリード」

 私達が呼ばれました。

 お互いに顔を見合わせましたが、呼ばれてしまった以上、出て行くしかありません。

「グリード、行けるか?」

「無理だと言えば、見逃してもらえますか?」

 一応聞いてみました。

 そうすると、先生はにこやかな笑顔になりました。

「残念だが、無理だ」

 やっぱりですか。

 あの程度の消耗は、消耗の内に入らないので、問題はありませんが、ちょっとやりにくいです。

「メゾとですか……、手の内を知られているので、遠慮したいのが、本音です」

「わたくしとしては、貴女のとっておきを、全て見たいものですわ」

 メゾに見せていないとっておきは、一つしかありません。一つしかないと思うなとは言っていますが、そう何個もあるとも言っていません。

 けれど、あれは危険すぎます。

「同じ手は通じませんし、困りましたね」

 あんな奇策が通用するとは思えませんし、一度見せている以上、対策は取られるはずです。

 私とメゾが向き合うと、先生が声を掛けてきました。

「二人共、準備はいいな。始め」

 様子を見ただけで勝手に始められました。とはいえ、始まった以上は、始めるしかありません。

 私は、メゾの反応を見るために、『風の調(かぜのしらべ)』を詠唱し始めました。

 この魔法の核は、第三属性である風の魔法なので、少量ですが、その共通部分の詠唱を使用しています。

 メゾの詠唱に耳を傾けると、同じく風の魔法です。詠唱が進むと、私の知らない魔法ということがわかりました。けれど、私には、刻印に刻まれた、歴代のフィーネの知識があるので、知らないということは、基本的にあり得ません。ならば、考えられることは一つです。

 あれは、メゾが作った魔法ですね。

 詠唱の中に、『言の葉(ことのは)』に近い部分がありました。それは、私の詠唱にも含まれています。風を利用し、言葉を発する魔法、それを組み込んだ魔法……、私は、一つの仮説を組み立てました。

 私は、詠唱の速度を上げます。もし、私の仮説が当たっていれば、先に魔法を発動させたほうが勝ちます。

「『風の調』」

 私は、詠唱が終わると、すぐに魔法の名前を唱えました。メゾの様子を伺うほどの余裕はありません。

 周囲の風を手当たり次第に掌握します。そして、間髪入れずに、魔法を詠唱させます。

 外野がざわついていますが、気にする余裕はありません。

 魔法を詠唱しながら、メゾの出方を見ます。

 どうやら、詠唱が終わったようです。

「『魔の帳(まのとばり)』やはり、追いつけませんでしたわ」

 メゾの周囲にある風の支配を奪われました。時折、風の支配を広げようとしていますが、奪われてしまえば、取り返せるかわかりません。今まで、風の支配を奪い合ったことなどありませんから。

「同じ魔法ですか」

「わたくしなりの改変はしましたわ。でも、元の魔法には及びませんわ」

 詠唱の合間に会話を挟みましたが、予想は的中です。

 今は私が支配している範囲の方が広いので、何とかなっていますから、その間に決めてしまいたいです。

 そうこう考えている間に、いくつかの魔法の詠唱が終わりました。

 全方位からの魔法がメゾを襲います。けれど、心の準備が出来ていいたのか、そのほとんどを紙一重で避けています。ですが、詠唱を妨害するこは出来ているので、よしとしましょう。

「これはきついですわ」

「私は受けたことないので、わからないです」

 メゾが、苦虫を噛み潰したような顔をしています。けれど、魔法による弾幕の中に、私の制御下にない魔法が生まれました。

 私は、咄嗟に横に跳んで回避しました。

「そんな顔して、撃ってくるとは思いませんでした」

「表情や仕草も、大切な武器ですわ」

 一理あります。

 やはり、早く決める必要があります。そのために、長い詠唱をしているのですから。

 メゾによる反撃を回避しながら弾幕を張り続けていますが、ある種の膠着状態になっています。

 メゾ自身も、何度か魔法を放ってきています。けれど、決め手になるものではありません。

 私は、周囲から水の魔法を発動させました。出の早い魔法でも、数を重ねれば、かなりの水量になります。

 メゾは、腰くらいの高さまで水に包まれました。

 ちゃんと制御しているので、水は私の方へは来ていません。

 私は、杖を一回転させ、先端を地面に突き刺しました。

「『氷結華(ひょうけっか)』」

 私が作った魔法ではありませんが、相手の動きを止めるには、最適な魔法です。

 メゾの周囲が凍り始めると同時に、魔法により生み出された水が一気に凍りました。

 それは、メゾの動きを封じる結果となりました。

 凍結範囲が広がり続け、メゾの杖を手ごと凍らせました。

 メゾの魔法の効果は続いていますが、メゾ自身が詠唱を唱えることは難しいでしょう。完全に無力化したわけではありません。ですが、これで十分です。

「さて、どうしますか?」

「……私の負けですわ」

 すぐに降参してくれて良かったです。ここから追撃を加えた場合でも、上手く手加減出来ません。

 気を抜くと、周囲からの歓声が聞こえました。メゾの敗北を悲しむ黄色い声も聞こえますが、それは聞き流します。

「カノン、この氷、どうにかなりませんの?」

「それは人力です」

 私の声が聞こえたようで、先生が観客席にいる生徒を呼びました。

 火の魔法を使い、少しづつ溶かしていますが、この後始末だけは、どうにかしたいです。

 

 

 

 

 メゾを自由にした後、簡単な質疑応答の時間が設けられました。

 それぞれの状況でどの魔法を選ぶか、何故選んだのか、そういった疑問をぶつける時間らしいです。

 なぜだか周りからの視線を感じます。何が原因でしょうか。

「カ、カ、カ、カノン!」

 隣から震えた声が聞こえました。

「どうしました?」

「ど、ど、どうしましたじゃ、な、ない、ですわ」

「ああ、寒いんですね」

 よく見ると唇が青くなりかけています。それに、震えているのは声だけでなく、体全体でした。

 メゾが、震える声で火の魔法を使い、暖を取っています。

「あ、あの魔法はなんですの!」

「ああ、『氷結華』ですか。凍らせる魔法です」

「後で詳しく教えなさい」

 体温が戻ったのか、魔法を消して、掴みかかってきました。

「構いませんよ」

「ありがとうございますわ。では、わたくしは離れるので、頑張ってくだい」

 その意味がわかりませんでした。ですが、すぐに理解させられました。

 メゾが離れた瞬間に、他の生徒が押し寄せてきました。

 そして、四方八方から質問を投げかけられました。

 もみくちゃにされ、揺さぶられます。

 けれど、全員の言葉だけは確実に聞き取りました。

「えっと、『断切』は、古代魔法です。とにかく斬るやつです。『風の調』は、とっておきなので秘密です。『氷結華』はさっき言ったとおりです」

 魔法を使った理由ではなく、魔法そのものに対する疑問でした。

 一旦静かになりましたが、またすぐに騒がしくなりました。

「動きながら詠唱したいなら、魔術の勉強をしてください。魔法の発動を遅らせるのも、同様です」

 中には、魔法と魔術の区別が付いていない生徒もいました。

 すぐに思いつく質問が出尽くしたのか、また静かになりました。

 私は、今のうちに避難したいのですが、闘技場では、隠れる場所がありません。

 仕方ないので、離れていたメゾの後を追いかけました。

「とりあえず、人避けになってください」

「嫌ですわ。というか、なりませんわ。だって、わたくしも、『魔の帳』について、質問攻めにあう直前ですわ。いつも、わたくしが作り上げたものではないので、教えられないと突っぱねていますわ」

「そういえば、それについて聞いておく必要がありました。メゾの前では、そんなに使っていないのに、よく解析出来ましたね。あの時は、まだ不完全でしたよ」

「不完全と言っても、今と比べて、無駄が多いだけでしたわ」

 確かに、改変と言っても、魔力の効率を上げたり、詠唱を短くしたりということで、基礎は出来上がったときと、ほとんど変わっていません。けれど、わずかな回数聞いただけで理解するとは、流石です。

「まぁ、今は置いときますが、私の次は、メゾがもみくちゃにされるんですね」

「いえ、遠巻きに質問されるだけですわ」

 相手が貴族ということで、近寄りがたいということですか。思わぬところで違いが出ました。

 確かに、周囲を見渡すと、誰から質問するかどうか押し付けあっています。

 そんな中、一際神経を逆なでするような声が聞こえました。

「メゾ=アンダンテ、君は、そこの平民の魔法を盗んだということか」

 ヴィオラでした。よく見ると、頬がまだ腫れています。

「私達が普通に使っている魔法も、誰かが作り上げたものですよ」

「よろしいの? カノンの詠唱を聞いて真似したことには変わりませんわ」

「秘匿したいなら、作った魔法を使わなければいいだけです。使っている以上、仕方ありません。むしろ、改良してモノにしたことを評価したいです」

 私が認めたことにより、ヴィオラの勢いがなくなりました。私の詠唱をそのまま使って、自らの功績にしているならまだしも、自分のではないと言い切っているので、喚き立てるつもりはありません。

「そういうことですわ。あの魔法については、作った張本人である、フィーネ=カノン=グリードに聞くといいですわ」

 そういった瞬間、メゾが私から離れました。

 それを合図に、また人が集まってきました。

 こうなったら、あの手しかありません。

「私のとっておきについては、教えません。知りたければ、それ相応の魔法の秘密と交換です」

 これで、大抵の人は諦めるでしょう。諦めなくても、答えません。

 こうして、私の学園生活の初日が過ぎて行きました。

 いろいろと調べたいこともあるので、早くこの生活に慣れるとしましょう。

 




こんばんは

今回から2章に入ります。投稿してから章を付けるのですが、始まりと章の名前が噛み合わないのは仕様です。

それでは、今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。
これからもお付き合いいただけると、幸いです。
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