魔法使いと勇者と竜の国   作:enz

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貴族の誇り

 私が魔法学園に編入してから、一ヶ月近くが経ちました。

 ここでの生活にも慣れ、目的の一つである調べ物の時間も取れています。そして、今は、日課にしている朝の運動の時間です。

 室内の運動場の使用許可を貰い、軽く体をほぐしています。

 隣には、同じように体をほぐしているメゾがいます。

「カノンは柔らかいですわね」

 私は今、両足を開き、体を床に倒しています。

「いつものことですから」

 横目でメゾを見ると、私よりも大きな胸が、床に着いていません。それに、足の開き方も中途半端です。

「カノンがやっているのを見てから、わたくしなりに体を鍛えてますけど、中々上手く行きませんわ」

「私は、師匠に教わった通りに体をほぐしているだけで、後は自己流です。それにしても、増えましたね」

 私が体を起こして辺りを見回すと、そこには同じように体をほぐしているいくつかの集団がありました。

 始めは、私が運動するための場所を探していると、室内の運動場を使っていたメゾと遭遇し、連名でこの場所を借りることになりました。

 そんな風にしていると、実力の高い魔法使いが、二人揃って体を鍛えているという噂が流れ、他の生徒も、一緒にやりたいと言ってきました。そうして、段々と人が増えていき、ついに、他の学年や学科の生徒まで参加するようになりました。

「半信半疑の人や、藁にもすがる思いの人もいたらしいんですけど、最近は、命素の運用において、無駄がなくなってきたらしいですわ」

「それが目的ですから、効果がなければ、方法が間違っているだけです」

「相変わらずですわね。準備運動も終わりましたし、そろそろ始めますわよ」

 私達は、用意してあった木剣を手にしました。お互いに構えると、軽く打ち合います。

 次第に、周りからも木剣で打ち合う音が聞こえ出しました。

 私は集中していましたが、視界の隅、入口の方に、人影が見えました。

 初日の授業内容を模擬戦に変更させ、私に一泡吹かせようとして返り討ちにあったブラッチョ=ヴィオラです。噂を聞きつけてから、何かを企んでいるような雰囲気を醸し出しており、ああしてよく影から様子を伺っています。

 何もしてこなければいいのですが。

「カノン、そろそろ時間ですわ」

「そうですね。かいた汗を流しましょうか」

 これ以上続けると、授業に差支えが出てしまいます。

 実際に、他の生徒達も、戻り始めています。

「グリードさん、アンダンテ様、今度私とも、手合わせお願いします」

「ええ、そうですね」

「よろしくてよ」

 最近では、こうやって話しかけて来る人もいます。汗を流しに行く途中、メゾがおもむろに口を開きました。

「カノンは、人気がありますわね」

「メゾの方が人気なんじゃないですか?」

 何故かメゾにため息をつかれました。

「わたくし、話しかけられたこと、少ししかありませんの」

 何とも言いがたい言葉です。

「メゾは貴族ですからね」

「貴族なら、ブラッチョ=ヴィオラの様に派閥を作って取り巻きを作るので、普通なら、人に囲まれてますわ」

「アンダンテ家が恐れ多いんですよ、きっと」

 一度は没落しかけたと言っても、あのグレイス家と親交のある家ですから。

「復興したとは言っても、没落しかけた家に、そこまでの価値はありませんわ。それに、子供がわたくしだけでは、家の存続は難しいですわ」

 貴族社会というのは、面倒臭そうです。

「それに、知っていましてよ。時折、他の学科の生徒達の指導をしているのを」

 まさかばれているとは思いませんでした。何となく気恥ずかしかったので隠していたのですが、いつばれたのでしょうか。

 そう考えながらも、メゾへの反応に困っていると、目的の場所に到着しました。

「とりあえず、汗を流しましょう」

「そうですわね」

 私達は、運動の後に汗を流すために、メゾの部屋にあるお風呂場を使っています。メゾがワイズマンに交渉し、汗を流すための場所を用意してくれることになっていますが、まだ時間がかかるとのことです。

 他の生徒がどうしているかは知りませんが、メゾが場所を提供してくれる私は、運が良いです。

「貴族用の部屋は広いですよね」

「学園への寄付金によっても変わりますわ。わたくしも、最初は普通の部屋でしたから。それと、カノンの部屋は、実力とグレイス家の後ろ盾のお陰で、少し広くなっていますわ」

 貴族の後ろ盾を得ることで、無用な争いに巻き込まれたくなかったので断ったはずでしたが、デュオさんに編入試験の段取りをお願いした時点で、無関係ではいられなかったようです。

 ただ、メゾの部屋と比べると、狭いので、最低限の影響ということでしょうか。

「先生達には、気遣われている気配がないんですが、あまり知られていないんですか?」

「ワイズマンと、一部の先生方だけですわ。実力も高いので、不信ではありませんし。まぁ、カノンの場合は、刻印のこともあるので、個室のほうがいいかもしれませんわね」

「そうですね。変に詮索されても面倒ですから」

 そう言いながら、ここ最近、ヴィオラや、その取り巻きをよく見ることを思い出しました。正確には、見られていますが……。

「そうそう、今日も図書館に籠りますの?」

「ええ、師匠がまとめ損ねた資料の確認をしたいので」

 師匠が残した物の中には、中途半端な物がいくつかありました。駄目で元々と思い、図書館で調べ物をしたところ、貸出証に師匠の名が書かれている本を見つけ、その中には、中途半端な物を完成させるための手がかりと思われる物がありました。

 そんなことを考えていると、本について、一つ気になることがありました。

「そういえば、メゾは、本を書いているようですが、あれは何ですか?」

「完成させたいものがありますの」

 そういえば、前にそんなことを言っていました。そこから先について口を開こうとしないので、気にしてもしかたありませんね。

「ところで、何か用があるんですか?」

「居場所がわかっているなら楽ですわ」

「何がですか?」

 メゾは、私の問に対して答えてくれませんでした。何か用があるわけではないようです。ですが、とても気になります。

 

 

 

 

 放課後、私は図書館で調べ物の続きをしています。

 刻印に残っている知識のお陰もあり、順調に進み、終わりかけています。

 本を見ながら考え事をしていると、急に影が差しました。

 私は、視線を上へ向けると、一人の男子生徒がいました。

「グリードさん、お話があるのですが……」

 確か、中級学科の生徒です。一応貴族の息子らしいですが、力のある貴族ではないらしく。もっぱら、庶民の生徒といることが多いです。

「どうしました?」

「もしよければ、僕達に指導をお願いしたいんですが……」

 そういえば、彼等が指導を頼みに来るときは、いつも彼が来ていました。彼を含む集団の代表的立場にいるのでしょう。

「今からですか?」

「急ですみません」

 指導を頼むにしては、中途半端な時間です。普段であれば、朝か昼に頼みに来るのですが、放課後に来るのは始めてです。

 何はともあれ、調べ物についても、一段落しているので、断る理由はありません。

「まぁ、構いませんよ。場所は抑えてありますか?」

「はい。いつもの闘技場です」

「わかりました」

 少し疑問を抱えながらも、私達は闘技場へ向かいました。

 彼に着いて闘技場へ到着すると、中央に人だかりが見えます。けれど、何か不自然です。

 近付くに連れ、その正体がわかりました。

「グリード、遅かったな」

 ヴィオラです。何故こいつがいるのでしょうか。

「お前もご苦労だったな。そこで大人しくしてれば、ちゃんと返してやるよ」

 ヴィオラが取り巻きの方を顎で示すと、一人の女子生徒がいました。後ろ手の状態で、抑えられているようです。

「ごめんなさい」

 隅へ移動する際に、悔しそうな表情で俯きながら、小さくつぶやいていました。

 なるほど、人質ですか。

 確か、あの女子生徒は、彼と一緒に指導を頼みに来ていましたね。

「こうやってわざわざ呼びつけるとは、随分暇なんですね」

「お前は自分の立場がわかっているのか」

 威圧的な態度をしていますが、どうにも小物臭くて、笑ってしまいそうです。

「編入して初日の私に負けたのが、そんなに悔しかったんですか?」

 今度は、苦虫を噛み潰したような顔をしていますが、何も言い返してきません。ならば、続けてみましょう。

「人質を取って人を利用しなきゃ、何も出来ないなんて、随分と甘えてますね」

 何だか凄く睨まれています。ですが、ツリ目の私には、そんな睨み方では通用しません。

「そういえば、取り巻きの方達を総入れ替えしたんですか?」

 初日は、上級学科の生徒だけでしたが、今いるのは、中級学科の生徒だけです。恐らくは、見限られたのでしょう。

「黙れ!」

 いきなり大声を出してきました。けれど、予想外ではありません。

「グリード、お前は何様だ。いきなり現れて、俺を馬鹿にしやがって」

 確か、ヴィオラは、自分のことを僕と呼んで気取っていた気がしますが、化けの皮が剥がれたのでしょうか。小物臭さに拍車がかかりました。

「馬鹿にはしてませんよ。視界に入れていないだけです」

「それを馬鹿にしてるって言うんだ。お前ら、早く杖を取り上げろ。グリードも大人しくしてろ。あいつはお前の知り合いだろ」

 取り巻きの生徒が、私に向かってきました。魔法使いを制圧するには、杖を取り上げるのが一番です。ヴィオラもそれはわかっているようでした。

 けれど、無理に取られるのも癪なので、一泡吹かせてやりましょう。

「貸してあげますよ」

 私は、ヴィオラへ向かって思いっきり投げました。

 急なことで驚いたようですが、辛うじて弾き落としました。

 取り巻きの生徒は、取り上げるものが無くなったので、手持ち無沙汰にしています。

「ふっ、強がりやがって。さて、これからどうしてやろうか」

 そう言いながらも、下卑た笑みを浮かべています。

 けれど、杖を手放した私に対して油断しきっているようです。

 その隙を見逃す私ではありません。

 姿勢を低くし、一気に詰め寄ろうとしました。けれど――。

「動くな」

 横から声が聞こえ、姿勢を低くした私の顔に対して、横から拳が飛んできました。私は、意識的に動こうとしていたため、動きを切り替えることが出来ず、その拳をもろに受けてしまいました。

 私は、小さな悲鳴を上げながら横に倒れこんでしまいました。

 ヴィオラに集中していたため、周囲への警戒が疎かになるとは、一生の不覚です。

「よくやった。お前が動けるのはわかってんだよ。だから、お前が妙な動きをすれば、すぐに止めろって言ってあるんだ」

 ヴィオラが、倒れこんでいる私に向かってきました。

 頭が揺れたせいで、少し視界がクラクラします。何とか体を起こそうとしますが、その時、口の中を切っていたことに気が付きました。

「そうやって、人頼みですか」

「黙れ」

 起き上がろうとしている最中に、頭を何かで踏みつけられました。位置からして、ヴィオラが足で踏んでいるのでしょう。

「臭いですよ」

 試しに言ってみました。

「ふん、言ってろ。負け惜しみにしか聞こえないな」

 やはり、ヴィオラのようです。そこから、ヴィオラが私の杖を手にしているのが、辛うじて見えました。

 そして、一生懸命杖を振っています。

「馬鹿が持っても、伸びないんですよ」

 周囲から小さいながらも笑い声が聞こえました。けれど、すぐに聞こえなくなりました。

「まぁいい、こんな奴が持ってる杖に興味はない」

 そう言いながら、新調したと思われる杖を左手に持ちました。

「なら、返したらどうです?」

「黙ってろ。この状況で、強がりを言えることだけは評価してやる。それにしてもいい眺めだ。さて、色気はないが、ちゃんと躾けてやらないとな」

 今度は、私の髪を掴んで顔を上げさせられました。

 痛いです。

 ヴィオラが周囲に目配せすると、周りにいた取り巻きが、私を両側から抑え、立たせようとしています。流石に、純粋な力だけでは敵わないので、されるがままです。

「まずは、この前の仕返しだ」

 そう言うと、私の杖を握ったままの右手で、腹を殴られました。

 そういうことですか。痛いですが、動きが見え見えだったので、何とか我慢出来ました。

 私の様子を見て、舌打ちしながら、ヴィオラの杖も右手に持ち替え、左手を大きく振りかぶりました。

 そこからの行動も、予想通りでした。

 私の頬に平手打ちをしてきました。

 ちゃんと歯を噛み締めていたので。今度は、口の中を切ることはありませんでした。

「意趣返しですか。まったく、小物臭いですね」

 つい言ってしまいました。そして、私のツリ目で、思いっきり睨みつけてやりました。

「言ったろ、これは躾だ」

 そう言いながら、顎を捕まれ、上を向かされました。ちょうどいい位置にヴィオラの顔があるので、唾でもかけてやりましょうか。

 そう考えていると、入り口の方から声が聞こえました。

「躾ねぇ」

「誰だ」

 私の位置からでは、誰かわかりません。ただ、聞いたことがない声なのは、明らかです。

「んー、俺か? やっぱこっちじゃ知られてないかー」

 何だか軽そうなしゃべり方です。

 近付いて来ているのか、段々と声が大きくなっています。けれど、足音が一人分ではありません。

「誰でもいい、何のようだ」

「いやな、竜の谷に行く許可が出るから、同行者を連れて行こうと思って、腕の立つやつを探してるんだよ。アンダンテ家の令嬢は、ワイズマンの弟子だから禁止されててな、知り合いもいなくて、困ってんだ」

 話の内容から察するに、騎士学校の生徒でしょう。それにしても、妙なときに現れたものです。何処の誰かはわかりませんが、どうせならフォルテに来て欲しかったです。

 いや、フォルテにこんな場面を見せられません。

「竜の谷か。あそこは、凶暴な魔獣も多いらしいな。この場を邪魔しないのであれば、魔法学園で第二位の実力を持つ、このブラッチョ=ヴィオラ様が直々に着いて行ってやる。光栄に思え」

「あー、お前ヴィオラ家の人間か。そういえば、一人息子が魔法学園にいるって話、聞いてたな。名乗られたんなら名乗るのが礼儀だ。俺は、ヴォクス=テルミンだ」

 どこかで聞いたことのあるような名前ですが、すぐに思い出せないので、大した名前ではないでしょう。

「王国騎士団の知将と呼ばれる、テルミン家の人間か。なら、僕が着いて行くには、相応しい家柄だ。ところで、そっちのは付き人か何かか?」

 一人称が僕に戻っています。どうやら、余裕を見せようとしてるようです。それにしても、大した家だったようです。

「うーん、まぁ今は気にしなくていいぞ。それで、この状況は何? 俺は、女の子は愛でる方なんだが」

「何、ちょっとした躾だ。この庶民が、僕に無礼を働いたので、社会のあり方を教えていたんだ」

「偉そうに。一人じゃ何も出来ないじゃないですか」

 ヴィオラが、、騎士学校の人の相手をするために移動していたため、すぐに黙らせることが出来なかったようです。恐らくは、睨みつけていることでしょう。

「ちょっと待っててくれ」

 そう言うと、ヴィオラは、私の目の前に戻り、杖を突きつけながら詠唱を始めました。

 相変わらず遅い詠唱です。

 私を抑えている取り巻きは、ヴィオラの詠唱に怯えているようで、隙だらけです。私は、左腕の刻印に意識を集中させました。

 詠唱が、固有の部分に入るまで聞いていましたが、この詠唱は、『獄炎(ごくえん)』です。どうやら、前のことが相当悔しかったようです。

 私は、一つ試すことにしました。

「――――――――――――――! 」

 師匠が中途半端なまま残していた物の一つ、短縮詠唱です。ただ聞いただけで理解出来るものではないので、私が何をしたのかわからなかったようです。

 ただ、私の詠唱により、魔力が練り上げられていることだけは理解したようです。

「『断切(たちきり)』」

 私が、魔法の名前を唱えると、見える範囲の取り巻きが、怯えた表情をしています。一度見せたこともあるので、この後何が起きるか想像がついているようです。

 多重発動させることで、いくつもの黒い影の様な刃が、私の足元から現れました。

 その刃で私の周囲を薙ぎ払いました。けれど、ゆっくり行ったので、私を抑えていた取り巻き達は、難なく逃げられたようです。

 そのまま、ヴィオラの手足を貫きました。

「私の敵なら、一切の容赦はしません」

 貫いただけなので、黒い刃が刺さった状態です。ですが、相手を押さえつける効果はないので、ヴィオラが動けば、すぐに切断されるでしょう。ヴィオラも、それを理解しているようで、必死に動かないようにしています。

「……どうしますか?」

 私は冷酷に言い放ちました。返答次第では、痛い目をみることになります。

 すると、突然誰かが私の頭に手を乗せてきました。

「カノン、こんな奴のために魔法を使うのは勿体無いぞ」

 声のする方を見ると、私のよく知っている人物でした。

「……フォルテ?」

「ヴォクスが任せろって言うから、大人しくしてたけど、任せても何もしないじゃんか」

「だって、彼女、全然諦めてなかったぜー。それに、フィーネなんだろ」

 どうやらフィーネの意味を知っているようです。

「グリード、お前、俺にこんなことしていいと思ってんのか」

「あれ? ヴィオラ君、君、一人称は僕じゃねーの?」

 このヴォクス=テルミンという人、中々いい性格をしているようです。

 とりあえず、様子を見ようと思い、魔法の発動を止めると、ヴィオラがそのままへたり込んでしまいました。

 取り巻きも、少し距離を取り、逃げ出す準備をしています。

「そもそも、何で魔法を使える!」

「見せてあげましょうか?」

 そう言いながら、私は左袖をまくり上げました。

 そこにある刻印を見せるために。

「な、何だ、それ……」

「教える気はありません。それと、敵には容赦するなと言われてますから、私に害を与えるようなら、敵と認識します」

 次に同じことをすれば、一切の容赦をしません。それは、私が師匠から教わったことです。

「ブラッチョ=ヴィオラ、俺からも言っておく。カノンに手を出したら、許さない」

 こんな時ですが、ちょっと嬉しいです。けれど、表情には出しません。

「付き人風情が、俺にそんな口を聞いていいのか!」

 動揺しているのでしょうか、さっきから口調や一人称が変化しすぎです。

「あー、俺、こいつのこと付き人なんて言ったっけ? なぁ?」

「そういえば、気にするなとしか、言っていませんね」

「二人共、何か気があってそうだな」

 私は、あんなにいい性格をしてません。失礼ですね。

「俺、こういう勝ち気な娘、結構好きなんだよねー」

 何とも嬉しくない言い方です。

「私は軽薄そうな人は好きではありません」

「嫌いじゃないなら、構わないぜ」

 何だかフォルテが羨ましそうな目で見ています。

「お前ら、俺のことを無視しやがって」

 そういえばいましたね。

「フォルテ、あっちの娘、助けてあげて下さい」

 私が示す方向を見ると、一人の女子生徒が後ろ手に抑えつけられています。

 フォルテがその姿を確認した瞬間、漆黒の光をわずかに残し、消えました。

 少し風が吹いています。

 気付けば、女子生徒の周りにいた取り巻きが倒されていました。その様子に唖然としていた私を連れてきた男子生徒が、すぐに気付き、フォルテにお礼を言っています。

「黒の竜痕だと……」

「違いますよ」

 黒ではなく、漆黒です。微妙に光り方が違います。

「カノン、どうするんだ?」

 気付けば、フォルテが戻ってきていました。

「どうしましょうか」

 私が答えると、フォルテが布を取り出し、私の口元を拭き始めました。

「血が出てたぞ」

「それよりこいつらどうすんだよー」

 テルミンさんが聞いてきたので、フォルテの手を払いのけました。

「杖を返してもらいましょうか。後は……」

 そう言いながら、ヴィオラから杖を回収しました。けれど、具体的に何をどうするか決まっていません。元より眼中に無かったので、近寄らなければどうでもいいです。

 そのまま振り向くと、フォルテが私の血を拭いた布を見つめています。

「ブラッチョ=ヴィオラだったな。そこそこの家系らしいが、カノンを傷つけんたんだ、それ相応の覚悟は出来てるんだろ。それに、お前達もだ」

 少しフォルテが怖いです。

「た、多少立派な竜痕を持ってるからって、おま、お前に、何が出来る」

「あれが、漆黒の竜痕だ。それと、名乗ってなかったな。俺は、フォルテ=グレイスだ」

 その瞬間、ヴィオラや取り巻き達が息を呑むの音が聞こえました。

 目の前に現れたのが、英雄の家系で有名な、グレイス家の人間だと知ったら、驚くのも無理ないです。

 フォルテが、全員の顔を覚えるように見回すと、改めて、ヴィオラを見つめました。

「全員、覚悟しておけ」

 フォルテが、私の方へ歩いてくると、突然手を取り、闘技場の出口へ向かいました。ただ、力任せに引っ張るので、少し痛いです。

「ちょっとフォルテ、どうしたんですか。痛いですよ」

「医務室、行こう。ヴォクス、置いてくぞ」

 短く言うと、フォルテは無言で歩き続けました。手を握られているので、付いて行くしかありません。

 そして、闘技場を出ると、メゾが待っていました。

「全員の名前はわかりますわ。それと、カノン、もうちょっと自分を大事にしなさい。挑発しすぎですわ」

 一体、いつから見ていたのでしょうか。

「ああ、何か殴られてる辺りからだよ。フォルテが飛び出しそうになって、止めるの大変だったぜー」

 軽いというか、呑気そうな人です。ですが、一瞬真面目な顔をしています。

「グレイス家を敵に回したんだ、あいつら全員終わりだろ」

 その言葉に、恐怖しました。先ほどの発言とは、雰囲気が違うせいで、その様子が引き立っています。

「テルミン様、出来れば、あちらの二人を連れてきてもらえますか?」

「ああ、ヴォクスでいいぜ、その代わり、メゾちゃんって呼ばせてもらうから。協力させられただけらしいからな。任せとけ」

 後ろの方でそんなやりとりが聞こえました。けれど、フォルテは、私を引っ張ったまま、先へ進んでいます。ちなみに、メゾは、ヴォクス様以外の呼び方はしていないようです。

 そして、私はそのまま医務室へ連れて行かれました。

 

 

 

 

 扉を開けると、白衣を来た先生らしき人がいます。

「あら? 騎士学校の生徒ね。どうしたの?」

「ああ、俺じゃなくて、カノンの方を見て欲しいんだ」

 思いっきり腕を引っ張られたので、転びそうになりました。

 ですが、何とか持ちこたえて見せました。

「引っ張ったら痛いですよ、まったく」

 そういえば、医務室に来るのは、始めてだったきがします。

 毎朝、軽く木剣で打ち合っているとはいえ、怪我をするようなことはありませんでした。

「あらあら、頬が腫れてるわね。ちょっとこっちに座りなさい」

 露出の多い女性の先生です。胸も中々ありますね。

 そう考えながら先生を見ていると、胸を寄せて上げる仕草をしてきました。

 かなりの大きさです。

 視線を少し上に上げると、先生と目が合いました。どうやら、胸を見ていたのが、ばれていたようです。

 気を取り直して、向かいにある椅子に座りました。

「それじゃあ、口を開けてちょうだい」

 とりあえず指示に従います。頬が腫れているだけなら、外から冷やすだけでいいはずですが……。

「口の中を少し切ってるわね。まぁ、付けるものないから、どっちにしろ、冷やすだけだけどね」

「そのくらいは、自分でもわかります」

 お茶目な感じで言われましたが、それなら口を開ける必要が無かったように感じます。

 私が、訝しむ視線を向けていると、突然胸の中心に指を当ててきました。

「うーん、お腹の方は、大丈夫ね。顔の方も問題なし。貴女結構頑丈なのね」

「それなりに鍛えてますから」

「そうね、で――」

 突然、医務室の扉が開きました。

「ファウスト先生、見て欲しい生徒がいますの」

 メゾとヴォクス=テルミンさんが、先ほどの二人の生徒を連れて入ってきました。

「今日は忙しいわね」

 そういうと、同じように胸の中心に指を当てています。そして。

「二人共異常なし。大丈夫よ」

 あれだけで何がわかるのでしょうか。私の表情から察したメゾが、答えてくれました。

「ファウスト先生は、純白の竜痕を持ってますの。だから、命素の流れを見て、状態を把握できますのよ」

 なるほど、この先生が噂に聞く治癒魔法の適正と純白の竜痕を持つ人ですか。詳しいことはわかりませんが、純白の竜痕が理由であれば、見ただけでわかるというのは、何となく理解出来ます。あれは、そういうものらしいですから。

 ファウスト先生が、後から来た二人を帰し、振り返ると、先ほどとは違い、真面目な顔をしています。

「それで、貴女大丈夫なの?」

「大した傷ではありません」

「そっちじゃないわ。貴女の体の内面、命素の器が、酷く消耗してるわ。まるで、内側から押し広げて、無理やり大きくした感じね」

 『風の調(かぜのしらべ)』を使い、命素を大量に消費した後、倒れることがよくありましたが、その度に、扱える命素の量が増えていました。恐らくは、それに関係しているのでしょう。

「これは経験上のことですが、命素を使い切りそうになると、扱える量が増えたり、回復速度があがったりした気がします」

「そういえば、前にもそういってましたわね。わたくしも、同じような経験がありますわ」

 メゾに、この話をした記憶がありますし、『魔の帳(まのとばり)』で、私と同じことが出来るので、試したのでしょう。

「そういえば、貴女も倒れてたわね。二人共、よく聞いてちょうだい。命素について、詳しくわかっているわけじゃない。その中で、わかっていることを一つ教えてあげる。命素を消耗したとき、どうやって回復するか。命素を収めている体を、壺に例えましょうか。その中に、命素を生み出す核があるの。そして、壺の中の命素が、極端に減少したとき、その核が、周囲の魔素を取り込み、急激に命素を生み出すの。でもね、その核も、消耗するわ、確実にね。それがどんな影響を及ぼすかはわからない。だから、注意してね」

 注意するも何も、そうしなけらばならなかっただけです。

「ご忠告ありがとうございます」

「ふう、まぁ、全てがわかってるわけじゃないけど、自分は大事にしなさい」

 必要によっては無茶をする。そういう考えを見ぬかれているようです。ですが、別に死にたいわけではありません。

「ファウスト先生、カノンには、もっときつく言って欲しいですわ」

「だって、この娘、私の知ってるアリアにそっくりだもの。我が強くて、無茶を無茶とも思わない。それに、欲望に忠実そうよね」

「もしかして、師匠を知っているんですか?」

「ふふ、秘密よ」

 これ以上教えてくれませんでした。ただ、この先生は、師匠をよく知っているようです。

 

 

 

 

 その後、私達はゆっくりと出来る所へ場所を移しました。理由は勿論、フォルテがここにいる理由を聞くためです。

「さっきヴォクスが言ったけど、竜の谷へ行くのに、同行者が必要だから、カノンを誘いに来たんだ」

 そういえばそんなことを言っていました。まさか本当にそれが理由だとは思っていませんでしたが。

「面倒臭そうです」

「でもさー、俺達が、一人で行くのも、面倒なんだよ。だから、カノンちゃん、俺と行かない?」

 私は、ヴォクス=テルミンさんを睨みつけました。

「ヴォクス=テルミンさん、初対面の人をいきなり名前で呼ぶのが貴方の言う礼儀ですか?」

「おっとごめん、二人が、カノンって呼んでるし、フォルテからいろいろ話を聞いてたからついね。まぁ、俺のことはヴォクスでいいから、カノンって呼ばせてよ」

 やはり軽い人です。であれば、答えは決まっています。

「交渉は決裂です。フィーネかグリードなら、いいですよ。私は、テルミンさんと呼びます。それに、貴方は何ですか」

「いやー、いいね、君。まぁ、絶対に、ヴォクスって愛を込めて呼ばせてみせるよ」

 何だか悪寒がしました。この人は、ちょっと怖いです。

「えっと、ヴォクスは、騎士学校での友達の一人だ。何だかんだで貴族の人間って頭が硬いのが多いんだけど、ヴォクスは、その……、柔軟でな、結構、仲良くしてるんだ」

 要するに、軽いわけですね。

「それで、何で私なんですか? メゾを連れて行く方法もあるはずです」

 詳しく聞いても疲れるだけだと思うので、放置することにしました。

 私は、フォルテと帝国を旅したので、メゾとフォルテで旅をすれば、平等です。

「いや、メゾはワイズマンの弟子だから、駄目なんだ。何でも、重要な人物だから、帝国と反対方向に行かせるわけにはいかないらしい」

「それに、メゾちゃんは、フォルテの許嫁だからなー、俺と二人っきりはまずいわけよ」

 未発表とはいえ、帝国との戦争は終わるのですから、無視してもいい気がします。

 そういえば、フォルテとメゾの話は、有耶無耶にしていました。今のメゾとの関係を崩したくないというのもありますが、二人は貴族ですから、本人や家が気にしなくとも、時期を考える必要があります。

「もう、気にしなくてもいいと思うのですが……」

「未発表だから、今までと同じじゃないといけないんだよ」

 私は、驚きました。まさか、テルミンさんから答えがあるとは思いませんでした。そして、どちらの意味に取ったのか、それを追求するこは出来ませんでした。

「ああ、ヴォクスは知ってるよ。けど、今はその話じゃない」

 一体、どっちのその話でしょうか。

 私は迷っていましたが、フォルテは私の両肩に手を置いて、正面から見つめてきました。

 そして……、その、か、顔が、近い……です。

「俺は、カノンに来て欲しいんだ。だから、頼む一緒に来てくれ」

 両肩に、かかる力が……、つ、強くなっていきます。

 わた、私は、これ以上、見ていら、れません。

「わ、わかりました。わかりましたから、ちょっと離れてください」

 ちょっときつい言い方になってしまった気がします。けれど、このくらい強く言わないと、言えない気がしました。

「そっか、ありがとな」

 引き受けてしまった以上、やるしかありません。

 そう思っていると、突然、頭の後ろに、何か柔らかいものが押し付けられました。

 さらに、首に腕が巻き付いています。

 少し息苦しいです。

「フォルテ様との話はおわりましたわね。なら、次はわたくしの番ですわ」

「待って、ください。くる、しいです」

 私は、巻き付いている腕を叩きましたが、一向に緩みません。

「それはわたくしの嫉妬のせいですわ。それよりも、あの詠唱は何ですの。フィーネさんが残した資料には、あんなものありませんでしたわ」

 そう言いつつも、若干ですが、腕が緩みました。恐らくは、話させるためでしょう。

 メゾに隠し立てをする気はないので、正直に話しますが、出来れば腕は解いて欲しいです。

「メゾに見せたのは、完成しているのだけです。あれは、未完成の物を完成させました」

「詠唱の短縮なんて、大昔から研究されていましたのよ。それを完成させたんですの?」

「使えるという意味では完成してますけど、まだまだ未完成です」

 今のままでは、無駄が多いので、改善の余地があります。それが終わってこそ、本当に完成したといえます。

「そうですの。まったく、大したものですわね」

 本当に、凄い理論です。けれど、図書室の資料を繋ぎ合わせたものなので、他の人が完成させていても、おかしくなかったのですが、何故でしょうか……。

 けれど、それについて考えていてもしかたありません。とりあえず、フォルテと竜の谷へ行く準備をしなければいけません。

 あそこは、王国により立ち入りが制限されているので、簡単に行ける場所ではありません。詳しい情報もないので、フォルテが頼りです。

「そんじゃ、次は俺の番だな。フォルテの後でいいから、俺とも行ってくれよ」

 テルミンさんが、フォルテと同じようにしようとしましたが、肩を掴もうとする手を払いのけました。

「お断りします。フォルテの友達だからって、頼みを聞く必要はありません」

「つれないねー。まー今回は、諦めるけど、俺は諦めないよ。それじゃ、メゾちゃん、優秀な……、実力のある魔法使いを紹介してよ」

 早く諦めて欲しいです。

「数人心当たりがありますわ。ちゃんと男性を紹介してあげるので、頑張ってくださいまし」

 最近、メゾもいい性格をしている気がします。

 私では、交流のある一部の生徒しか知らないので、メゾならちゃんと紹介出来るでしょう。

 それをわかっていて、頼んだのかも知れません。




こんばんは

登場人物の設定資料はあるのですが、どう描写したのか確認のために振り返ると、誤字脱字や人数の数え間違いなどを発見したりします。
投稿前に確認しているのですが、中々なくせないものです。

それでは、今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。
これからもお付き合いいただけると、幸いです。
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