フォルテに頼まれ、竜の谷へ同行することになりました。
準備をするといっても、特別に何かを用意するわけではないので、簡単な旅支度だけですぐに出発することが出来ました。
ちなみに、騎士学校と魔法学園の合同行事扱いということで、私は魔法学園指定のマントを付け、フォルテは騎士学校支給の剣を持っています。
そして、数日かけた結果、私達は、竜の谷の入口に着きました。
「それで、何処へ向かうんですか?」
「ああ、この辺りに谷守の小屋があるらしいんだけど……」
「誰かに聞こうにも、誰もいませんね」
谷の番人は疎か、人っ子一人見当たりません。しばらく歩き続けると、何か聞こえるような気がします。
「歌でしょうか?」
「確かに、歌みたいだな」
音のする方へ歩いて行くと、何やら人影が見えました。けれど、かなり小柄です。
その人物は、幼竜に囲まれています。遊んでいるのでしょうか。
近くにいた幼竜が私達に気付き、一斉に見つめられました。
その様子に気付いた人物も、こちらに振り向こうとしています。
「えっと、どちら様ですか?」
正面から見ると、桃色の髪を頭の両側で結いており、かなり幼く見えました。
私達は、その外見に呆気に取られ、言葉を失ってしまいましたが、辛うじて残っている意識で、フォルテを肘で軽く突きました。
その衝撃で我に返ったのか、フォルテが口を開きました。
「えっと、俺達は竜の谷の谷守に会いたいんだけど、何処にいるか知らないか?」
「はい、それはわたしです。お客様ですか? 何のごようですか?」
私は、理解するのを放棄してしまいました。いくら厳重に管理されている竜の谷とはいえ、こんなにも幼い少女が谷守をしているとは信じられません。
「えっと、俺は騎士学校の生徒なんだけど、竜に会いに来たんだ」
少女は、顎に指を当て、首を傾げていましたが、何かを思い出したのか、急に表情が明るくなりました。
「はい、聞いてます。えっと、どっちのかたですか?」
「俺が、騎士学校の生徒なんだけど……」
「はい、それで、どっちの生徒さんですか?」
「いや、だから俺が……」
「フォルテ、ようするに、名乗ればいいんだと思いますよ」
今回は、フォルテとテルミンさんが立ち入り許可を得ているそうなので、その確認をしたいのでしょう。
「ああ、すまん。俺はフォルテ=グレイスだ」
「私は、付き添いのフィーネ=カノン=グリードです」
「はい、フォルテ=グレイス様と、フィーネ=カノン=グリード様ですね。わたしは、ドルチェ=ブリードと言います。ドルチェとお呼びください。ここで、谷守と、竜達の遊び相手をしています」
丁寧にお辞儀をされてしまいました。ただ、お辞儀の際に見えた頭の後ろに、一体の幼竜がぶら下がっていました。重くないのでしょうか。
「それで、詳しいことは、谷守に聞くよう言われてるんだけど、どうすればいいんだ?」
「はい、あちらに入口があるのですが、そこから入って、竜痕の力を使って、歩いてください。そうすれば、フォルテ様の力に引かれた竜が、向こうから来てくれます」
何故でしょうか、無性に頭を撫でてあげたくなります。
そして、何故か足が勝手に前に動き、手が上がっていきます。
「あのー、くすぐったいですよー」
いつの間にか頭を撫でていました。ですが、仕方ありません。そう、仕方のないことなのです。
「すみません、我慢出来なかったので」
「いえ、驚いただけなので、大丈夫です」
「それではフォルテ、行きましょうか」
「ああ、だけど、撫でるのやめないと行けないぞ」
どうやら、手が離れるのを拒んでいるようです。けれど、このままでいるわけにはいかないので、渋々手を離しました。
「それではドルチェさん、私達は、谷へ行くので、失礼します」
私は未練を断ち切り、フォルテと共に谷へ向かいました。
しばらく進むと、簡易的な柵と門があり、そこから先は、どことなく雰囲気が違います。そして、門を潜ろうとすると、後ろから大きな声が聞こえました。
「すーみーまーせーん、ひとつー、言いわすれましたー。ご飯の時間になるとー、危ないのでー、気をつけてくださーい」
竜相手に気を付けろと言われても、何をどうすればいいのでしょうか。
とりあえず、襲われる可能性があると、心がけるようにします。
「それじゃあ力を纏うぞ。それと、魔獣も紛れ込んでいるらしいから、気をつけろよ」
魔獣がいるというのは聞いていましたし、凶暴な竜もいると、今聞きました。流石に竜とは戦いたくないので、襲ってこないことを祈るばかりです。
「それにしても、一口に竜と言っても、いろんな種類がいるんですね」
「ああ、空を飛ぶ飛竜に、大地を駆ける地竜、後は、海や川にしかいないけど、海竜ってのもいるぞ」
前に見たデュオさんの竜は、白い飛竜でした。フォルテには、どんな竜が寄ってくるのか楽しみです。
「色には、何か意味があるんでしょうか」
「あー、今わかってる範囲だと、魔法と同じで属性があるらしい。白と黒は特殊なんだけどな」
「確か、デュオさんの竜は、白い飛竜でしたね」
「ああ、白い竜ってのは、珍しいんだ。兄貴の竜も、従えたばかりの時は、幼竜だったんだぜ」
驚きました。前に見た時には、座った状態でしたが、大人二人分ほどの高さがあったので、その先入観のせいで、最初から大きいものだと思っていました。やはり、竜も人と同様に成長するのですね。というか、先ほど幼竜を見たばかりですね。
「ちゃんと世話をすれば、大きくなるんですね」
「ああ、だけど、竜を従えるっていうことは、それだけで凄いんだ。海竜を従えた騎士は、海洋警備や、河川の警備を担当する部隊に、地竜を従えた騎士は、王国や同盟国を警備する部隊に、配属されて、それぞれの中で指揮官候補になるんだ。そして、飛竜を従えると、ある程度の経験を積めば、自分の騎士団を持てるし、他にも、王都の城に詰める近衛兵団にも入れるんだ。まぁ、立ち入り許可自体、ある程度黒い竜痕を持ってないと貰えないから、その時点で、引く手数多だけどな」
「フォルテは、どうなりたいんですか?」
「そうだなぁ……、結局、竜に選ばれるかどうかだし、その竜によっても全然違うから、何ともいえないんだよな」
確かに、今聞いただけでも、竜に選ばれるかどうかで、その先が大きく変わってきます。ですが、想像するのは自由だと思います。
「夢くらい見てもいいじゃないですか。そのくらいは自由ですよ」
「騎士としての夢はともかく、別の夢ならあるよ」
フォルテが、私の方を見ながら笑いかけてきました。
その笑顔を見て、顔が赤くなるのがわかりました。
急にそんなことを言うのは卑怯です。
「そ、それは、どんな夢ですか?」
「今は、秘密だ」
こうやって期待させておきながら秘密にするとは、ひどい話です。こうやって動揺させられるのは、何度目でしょうか。
しばらく歩いていると、お腹が空いてきました。
そろそろお昼時だと思い、休憩出来る場所を探していると、背後に目を向けたところで、私の動きが止まりました。
「ちなみに、背後でよだれを垂らしているのは、地竜ですか?」
私は、後ろを見上げながらフォルテに聞きいています。
その問に対して、フォルテは恐る恐る背後を確認しています。
「……地竜だな。だけど、凶暴というよりは、腹を空かしている感じがするな」
私達は、顔を見合わせました。
今にでも逃げ出したいですが、急に動いて竜を刺激したくはありません。けれど、竜に対する知識が不足しているので、何をすべきかがわかりません。
私が迷っていると、遠くから笛の音が聞こえました。
私達の目の前にいる竜には、それが何を意味しているのかわかっているようで、私達への興味を失い、音のする方向へと向かって行きました。
その場で立ち尽くしていると、多くの竜が、音のする方向へと向かっています。
「もしかして、昼の合図なのか?」
「そうかもしれませんね……」
そうだと思いたい光景です。
とりあえず、危機は去ったので、私達もお昼にしましょう。
竜がお昼ご飯を食べている間に、私達も休憩を兼ねてお昼にしました。
流石に、お昼の時は、フォルテも竜痕の力を止めていました。今竜に来られても、困るでしょうし。
そして、竜が動き始めるのを見届け、私達も休憩を終わりにしました。
「ところで、これはいつまで続けるんですか?」
「ああ、夕暮れまでだ。それでダメなら、今年は諦めるしかない。次に許可が降りるのは、来年だな」
立ち入り許可を貰うにしても、多くの生徒や、既に騎士団に配属されている騎士が順番を待っているらしいので、そう何度も挑戦出来るわけではないそうです。黒い竜痕を持っている騎士が減っていると言っても、現役の騎士には、それなりの数がいるので、順番が回ってくるまで時間がかかるそうです。
さらに、騎士学校の生徒が優先されているらしく、竜を従えることが出来ずに卒業してしまうと、竜騎士としての道は、ほぼ閉ざされるそうです。
「私には付き添うことしか出来ませんが、がんばってくださいね」
「ああ、任せとけ。って言っても、俺もこうやって歩くだけなんだけどな」
時折、迷い込んだ魔獣に出会いましたが、強い個体ではなく、何の問題もありませんでした。さらに、ところどころに魔獣の死体が転がっているので、恐らくは竜に襲われたのでしょう。
もし、凶暴で強い魔獣だとしても、竜相手では、分が悪すぎるはずです。それなのに、何故侵入するのでしょうか。
「カノン、あっち見てみろよ」
そう言いながらフォルテが示す方向には、海がありました。王国の北西部にある竜の谷は、広大な範囲のことをそう呼んでいるので、中には、海や山もあります。何故この地域に竜が大量に生息しているのかはわかっていませんが、こうして見ると、この光景に圧倒されます。
「東の方は、凍っていますね」
微かにですが、王国の北東部の海が凍っています。あれが、噂に聞く氷の海でしょうか。そして、氷の海の北側には、別の陸が見えます。
「王国と帝国の国境付近にある氷の海、その向にあるのが、魔族の国だ」
そう、魔族の国、完全に凍っているわけではなく、多くの氷の塊が浮かんでいるので、渡ろうと思えば、船で渡れますし、頑張れば徒歩で行くことも可能でしょう。
「フォルテ、今すべきことは、竜を従えることですよ」
声から感情が消えた気がします。けれど、その理由は理解しています。
出来れば、今の顔はフォルテには見せたくありません。
フォルテも、私のそんな考えを察してくれたのか、あらぬ方向を向いています。
最近、フォルテの優しさが目立つ気がします。
「さて、時間もないし、早く行こうぜ」
「そう……ですね」
私達は、景色を見るのを止め、歩き始めました。
そして、日も暮れ始めました。
「ダメなのかな」
そんなことを言い出したフォルテの顔には、焦りと疲労の色が見て取れます。流石に、長時間竜痕の力を引き出すのは、疲れるのでしょう。
ですが、フォルテらしくない気がします。
「フォルテが弱音を吐くなんて、始めてですね。でも、諦めるなら、何で連れてきたんですか?」
少しきつい言い方になってしまいました。けれど、弱気なフォルテなんて、見たくありません。
フォルテの顔を見ると、目を丸くし、驚いています。
「そうだよな。それじゃあ、限界までがんばるか」
「そうです、その意気です」
フォルテが小さく笑うと、私もつられて笑ってしまいした。ただ、最後に少し付け加えてきました。
「倒れたら、運んでくれよ」
嫌です。
その時は、復活するまで側にいてあげます。膝くらいなら、貸しましょう。
けれど、時間も時間なので、門へ戻らなければいけません。この残り少ない時間で竜が寄ってこなければ、次は来年です。
本人は気にしないと言うと思いますが、グレイス家の人間としての重圧があるのか、焦りの色が消えません。
「フォルぐぇ……」
フォルテに声をかけようとしたところ、魔法学園指定のマントを何かに引っ張られました。正直言って、恥ずかしい声を出してしまいました。
そして、後ろを振り返り、犯人を睨みつけると、そこには、黒い幼竜がいました。大きさとしては、フォルテの膝あたりまでです。
「大丈夫か?」
「今のは忘れて下さい」
「いや、でも……」
「忘れるか、忘れさせられるかです」
「忘れます」
私は、フォルテの返答に満足し、頷きました。
次は、この犯竜です。
どうしてくれましょうか。
そんなことを考えているとは露知らず、黒い幼竜が飛び掛かり、私の頭の上に陣取りました。
見かけ以上に重いです。
思わず変な声を出しそうになりました。
「あの……、重いので取ってくれますか?」
「ああ」
フォルテが手を伸ばすと、黒い幼竜が舌を伸ばし、フォルテの手を舐めています。
そのまま、器用にフォルテの腕を伝い、フォルテの頭の上へ移動しました。
何故幼竜は、頭の上を好むのでしょうか……、謎です。
「フォルテ、舐められてますが、大丈夫ですか?」
フォルテの頭の上に移動してからも、しきりに舐めています。どうしたのでしょうか。
「こいつ、俺じゃなくて、竜痕の力を舐めてる。多分、気に入ったんだよ」
「つまり、この幼竜に選ばれたのですか?」
「そうなんじゃないかな。兄貴が言うには、懐いてくるって話だったし、間違いじゃないと思うぞ」
つまり、フォルテも竜騎士の仲間入りが出来るということです。
私は、フォルテの周りを回りながら、幼竜を観察しました。すると、背にある小さな翼に気が付きました。
「飛竜ですね」
「そっか。なら、成長してくれれば、二人で乗れるといいな」
急に言われると、やはり恥ずかしいです。
「とりあえず、早く戻りましょう。気が変わってしまうと大変です」
「そうだな」
フォルテは、頭の上の飛竜に舐められ続けていますが、落とさないように器用に歩いています。
黒い幼竜が手足を投げ出し、フォルテの頭の上でくつろいでいます。その様子がとても可愛いです。私も、舐めてこなければ、一緒にいたいくらいです。
門へ戻ってくると、ドルチェさんが幼竜に囲まれ、私達を待っていました。
小さな体にも関わらず、大きく手を振っているので、とても可愛いです。
「おーふーたーりーとーもー、だいじょーぶ、ですかー」
私は、手を振り返し、無事を伝えました。
フォルテは、頭の上の黒い幼竜に手をやり、竜に選ばれたことを言外に告げています。
ドルチェさんの近くに行くと、相変わらず沢山の幼竜に囲まれていました。
「ほら、こいつが、俺を選んでくれたんだぜ」
「その幼竜は、飛竜ですね。フォルテ様は、すごいです」
ドルチェさんの目が輝いています。ここまで素直に反応してくれるとは、驚きです。
「ところで、今日はどうするんですか?」
「ご安心ください。みなさん、探索が終わった後には、あっちにある小屋に、泊まっていかれます。わたしが、小屋の管理人もしているので、ゆっくりしていってください」
思いがけず、ここで一泊することになりました。それにしても、フォルテは動じていないので、知っていたのでしょう。ならば、教えておいて欲しかったです。
けれど、泊まっていかないという選択肢はないので、素直に泊まっていきます。
「ドルチェさん、何か手伝えることがあったら、言って下さいね」
「はい、でも、一人で大丈夫ですよ。フィーネ様も、ゆっくりしていてください」
どうやら、かなりしっかりしているようです。
それにしても、様付で呼ばれるのは、少しむず痒いです。
「さ、行こうぜ」
フォルテが頭に黒い幼竜を乗せたまま行こうとしています。けれど、すぐにドルチェさんに行き先を訂正されています。
どうやら、小屋の位置を知らないようです。
ドルチェさんに着いて行くと、なかなか立派な小屋が……、いや、小屋というよりは、よくある宿です。
宿に着いてからというもの、部屋に案内はされましたが、ドルチェさんは慌ただしく働いています。けれど、手伝いは断られてしまったので、全て任せるしかありません。
「どころで、一組に対して一室とは、厄介な決まりですね」
そう、一人一室ではなく、一組一室です。元々、一人か二人でしかこれないので、いくつも部屋を作る必要がなかったのでしょう。
「まぁ、一人部屋を二つ作っても、二つ使うかわからないんだから、二人部屋を一つにしたんだろ。その方が広いし」
建物に関しては詳しくないのでわかりませんが、その方が安上がりだったのか、部屋数を少なくしたかったのでしょう。
しばらく時間を潰していると、ドルチェさんの声が聞こえました。
「お二人ともー、夕食の時間ですよ」
「はい、今行きます」
そして、ドルチェさんの作った夕食に舌鼓を打った後、ドルチェさんとゆっくり話す時間が出来ました。
「ドルチェさんは、いつも竜の世話をしているんですか?」
見た感じでは、世話というよりも、遊んでいるという風でした。けれど、ここは世話と言っておきましょう。
「わたしは、ここの谷守兼管理人というやつです。わたしを育ててくれたおじいちゃんが、谷守兼管理人だったので、わたしが継ぎました」
「あー、どうりで。聞いてた話だと、結構年取った爺さんの管理人がいるって聞いてたから、おかしいと思ったんだ」
昔はもう一人いたんですね。それにしても、継いだということは……。
「去年に、大きな病気をしてから、余生は大事にするっていって、観光の旅に出てますよ」
引退しただけのようです。
「連絡はあるんですか?」
「よく帰ってきて、お話を聞かせてくれます。ところで、フィーネ様は、魔法使いなんですよね」
「ええ、そうです。それと私に様は付けなくていいです。貴族ではないので」
「そうなんですか? では、お言葉に甘えさせていただきます。それで、魔法使いって、どうすればなれるんですか?」
「しっかりと魔法について勉強すれば、なることはなれますよ」
下手に夢を打ち砕くのも悪いので、大まかに伝えます。ドルチェさんは、魔法に興味が有るのでしょうか。
もう少し聞いてみましょう。
「魔法に興味があるんですか?」
「興味というより、おじいちゃんに拾われたときに、核石を握っていたらしいので、顔もしらない両親のことが、感じられる気がするんです」
少し気になることが出てきました。けれど、今それを確認するべきか戸惑っています。
そんな私の考えを察したのか、フォルテが口を開きました。
「……なぁ、両親のこと、覚えてるか?」
ドルチェさんが、少し不思議そうな顔をしました。ですが、その答えはすぐに返って来ました。
「顔は覚えていませんが、優しかったのは、覚えています」
私は、その答えを聞き、安心しました。
そもそも、私が師匠に拾われる前に、妖精隠しにあっていたのであれば、歳があいません。よく考えればわかることでした。
「それでは、今度わかりやすい魔法の本を貸してあげます。但し、貸すだけなので、絶対に返して下さいね」
「ありがとう、ございます。そのときを、楽しみにしています」
早い内に簡単な本をいくつか見繕わなければいけません。谷の立ち入り許可がなくても、谷に入るわけではないので、問題ないはずです。
こうして、平和な時間が過ぎて行きました。
翌朝には、この宿を出て、一度騎士学校へ向かいます。
その道中で、フォルテが妙なことを言い出しました。
「カノン、ちょっと大変なことになると思うけど、カノンなら大丈夫だ」
その言葉の意味を聞いても、フォルテは教えてくれませんでした。
けれど、妙に真剣な顔をしていたので、不思議と記憶に残りました。
数日かけ、騎士学校のある都市へと到着すると、ちょっとした手続きがあるということで、フォルテに付いて行きました。
その手続自体はすぐに終わり、私は魔法学園に帰る時、フォルテが何かを手にしていました。
「カノン、これは俺からのお礼だ。受け取ってくれ」
簡単な木の箱を渡されました。開けるように促されたので、開けてみると、そこには、実用性を重視した外見の短剣が入っていました。
「これは?」
「いや、だからな、お礼だよ。帝国では力になってくれたし、今回も着いて来てくれたから」
お礼と言っていますが、師匠以外から贈り物を貰うのは始めてで、少し緊張しています。
私が、短剣を見つめていると、フォルテが慌て始めました。
「いや、その、前の杖は刃があったし、剣はあった方が便利だろ。カノンは、他の魔法使いと違って、良く動くし」
このまま放置するのが可哀想になってきました。
私は、フォルテをまっすぐ見据え、笑いかけました。
「嬉しいんですよ、ありがとうございます。大事にしますね」
フォルテは、私の反応を見て、照れくさそうにしています。そんなフォルテを見ていると、何だか楽しくなってきました。
「その短剣には、核石は入ってないから、魔法は使えないけどな」
「それは持てばわかります。せっかくですし、左手で杖を持つ練習もしますよ」
私は、フォルテに笑みを見せたままです。そして、そのまま騎士学校でフォルテと別れました。
魔法学園に帰ってくると、周囲から妙な視線を感じました。その中には、怯えを感じます。
さらに、何人かの生徒が、私の方を見ながら、何か話しています。
メゾに何があったのか聞こうと思ったのですが、運悪く、今日は捕まえることが出来ませんでした。
そして、次の日の朝、私は、運動するためにメゾの元を訪れようと部屋を出ると、メゾと鉢合わせました。
「相変わらず、正確ですわね」
「おはようございます。ちょうどよかったです。少し聞きたいことがあるのですが」
「何となく察しはついていますわ。場所を変えますわよ」
こうして、メゾと一緒に朝の教室へ来ました。
こんな時間ですから、誰もいません。
「一応確認しますわ。聞きたいことって何ですの?」
「ええ、学園に戻ってから、妙な視線を感じていまして、何かあったのか確認したかったんです」
メゾは、私の答えを聞くと、やはりという顔をしています。
「簡単な話ですわ。フォルテ様達が来た日のこと、覚えていますわね。次の日、ブラッチョ=ヴィオラとその取り巻きが退学になりましたの。それも、フォルテ様が家の力を使ったんですのよ」
私は驚きました。
確かにフォルテは怒っていましたが、そこまでするとは思ってもみませんでした。しかし、それが何の関係があるのでしょうか。
「退学になったのはわかりましたが、それで、何故私を見て、怯えるのでしょうか?」
「簡単な話ですわ。あの誇りの塊が、大人しく退学になるはずありませんもの。職員室で、先生方に詰め寄ったんですわ。その時、まだグレイス家の使いの者がいたんですわ。詳しいことは知りませんが、その時何かあったそうですの。それで、変なふうに噂が広がったんですわ。噂の中には、カノン、貴女が、グレイス家の力を狙っているというのもありましたわ」
私は、空いた口がふさがりません。噂を気にする気はありませんが、グレイス家の力を狙っているのなら、メゾと仲良くしているわけがありません。
そんな簡単なことも思いつかないのでしょうか。
「それで、私に怯えているんですね。不興を買えば、どんな目にあわされるかわからないって」
「そういうことですわ。まぁ、馬鹿馬鹿しいことこの上ありませんわ」
「まぁ、実害がなければどうでもいいです。この状況であれば、無闇に手を出してくることはないでしょうし」
メゾが呆れたという仕草をしています。ですが、これが本心である以上、どうしようもありません。
「カノンがそれでいいなら、余計な口出しはしませんわ。ところで、フォルテ様から聞きました?」
「何をですか?」
何か意味深なことは言われましたが、あれは、この噂に関係することだと思います。であれば、他には何も聞いていません。
メゾも、私の表情から察したのか、ため息をつきながら説明を始めました。
「帝国との同盟が発表されますの。しかも、その立役者として、フォルテ様と、カノン、貴女の名前が公表されますわ」
そんなこと全く聞いていません。
「な……何で私の名前を公表する必要があるんですか!」
思わず声を荒らげてしまいました。
「何でと言いましても、わたくしは知りませんわ。ただ、そう聞かされただけですもの」
「そ……そうですね。フォルテが妙なことを言っていましたが、もしかしたら、こちらのことだったのかもしれません」
「正式発表の際に、王都で式典をするらしいので、グレイス家の使用人が迎えに来ると聞いていますわ。まぁ、諦めて頑張ることですわね」
他人事の様に言われました。確かに、メゾからすれば、他人事ですが、もうちょっと何か欲しいです。
「ところで、それっていつですか?」
逃げるなり、心の準備をするなり、逃げるなりするにしても、日程がわからければ、行動に移すことが出来ません。私の手の届かないところで動いていることは静観するしかありませんが、手の届く範囲では、精一杯抵抗してみせます。
「フォルテ様が竜を従えたらすぐだそうですわ。つまり、そんなに時間はありませんわ」
「竜、従えましたね……」
それも、ほぼついさっきです。
「そんなに嫌ですの?」
「だって、面倒ですし、目立ちますし、変に注目されそうじゃないですか」
私は、いままで多くの人と関わることはありませんでした。この魔法学園でも、そこまで大規模な集団に属しているわけではないので、その点についてはあまりかわりません。
それに、王国では、フィーネといえば、災厄の魔女の印象が強いので、大勢の前に出て行こうとは、思えません。
「まぁ、カノン次第ですし、わたくしがとやかく言うことではありませんわ。ただ、デュオ様が、同盟が公になる以上、魔族が動き始めるはずだと、おっしゃっていたらしいですわ。カノン、時間はありませんわ」
メゾの発言と表情に何やら違和感を覚えます。
けれども、元々、魔法学園に来た目的の一つは、師匠が残したものを完成させることです。それ自体はほとんど完成しているので、問題ありません。
こうして考えてみると、確かに、朝の運動を一緒にしていた生徒達には、便りにされていましたが、ここの生徒に指導するのは、私の役目ではないので、ここに留まる理由はありません。
「メゾ、貴女はどうするんですか?」
「わたくしは、ワイズマンの弟子で、王国に忠誠を誓った貴族の娘ですわ。なら、その答えは決まっていますわ」
そうですね。確かに、愚問でした。
そして、魔族と戦うということにおいて、私が断る理由はありません。
私は、決意をして、残り短い時間を過ごすことにしました。
それにしても、何やらメゾの表情が気になります。まるで、私の考えを見透かされているようです。
こんばんは
子供の台詞をひらがなだけにするというのを稀に見ますが、台詞が多いキャラだと、読みにくさが気になり、投稿前に変換しなおしました。
人物の年齢に応じて、一部を漢字にした方が読みやすく表現出来るのかもしれません。
それでは、今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。
これからも、お付き合いいただけると、幸いです。