魔族からの防衛に駆り出され、
今は、メゾの治療のこともあり、王都にあるアンダンテ邸にいます。
私には何も出来ませんが、付き添いという形で、メゾに付いています。けれど、四六時中一緒にいるわけでもなく、ただお世話になっているだけです。
朝食に呼ばれ、食堂へとやってきました。
「カノン、遅かったですわね」
既にメゾがいました。
左手でサンドイッチを食べています。
「……メゾが早いんですよ」
「そういうことにしておきますわ」
私が食堂に入ってすぐ、使用人の方がメゾの向かいに食事を準備していました。
式典の際に泊まった時は、二人で向い合って食べていたので、何も言わずに準備されました。
私が席に着くのを確認すると、メゾが口を空にしてから話しかけてきました。
「それで、いつ出発しますの?」
「準備は出来ているので、フォルテ次第です」
「フォルテ様だけですの?」
「……準備は出来ています」
「そういうことにしておきますわ」
私が朝食を食べている間、メゾは、左手でカップを持ち、優雅に紅茶を飲んでいます。
静かに朝食を食べ終え、紅茶を注がれました。
「カノン、わたくし、魔法書を作り直さないといけませんの。少し手伝って頂けます?」
「ええ、私に出来ることであれば、何でも言ってください」
メソが、私の言葉を聞く前に立ち上がりました。
私は、ヒラヒラとメゾの動きに合わせてなびく右袖を視界に捉え、後ろめたい気持ちになっています。
「それでは、まずはその辛気臭い顔をどうにかして欲しいですわ」
「わ、私は……」
「わたくし、今の貴女は認めませんわ。貴女は唯一と言っていい、わたくしが認めた魔法使いですわ。そんな顔をしている限り、わたくしの前に顔を出さないでくださいまし。それは、フォルテ様も同様ですので、伝えておいてくださいまし」
そう言ってメゾは食堂を出て行ってしまいました。
メゾに顔を見せるなと言われてしまったので、メゾの元に行くわけにはいきません。
とりあえず、フォルテに伝えるよう言われたので、フォルテの元へ行くことにしました。
同じく王都にあるグレイス邸を訪れると、式典の時とは違い、人に囲まれていませんでした。
使用人の方とは、既に顔見知りなので、すぐに案内してくれました。
案内された場所は、デュオさんの書斎でした。
そこには、デュオさん、フォルテ、そして、ヴォクスさんがいました。
「やぁ、カノン、どうしたんだ?」
「メゾに追い出されてしまいました」
「そんな顔をしていては、仕方あるまい。フォルテも来るなと言われているそうだ」
フォルテは、後ろ暗そうな顔をしています。
「なぁ、カノン、帝都で女帝が言っていたこと、覚えてるか?」
いきなりです。ですが、あの時はいろいろあったので、何のことかわかりません。
「どれのことですか?」
「俺のこと、手足の計4本くらいなら、魔法機で代用させるって言ってたろ。帝国に頼めば、メゾの右手も何とななるんじゃないか?」
そういえば、そんなことを言っていました。私も、左腕の刻印さえ無事なら、後はどうとでもなると、言われましたね。
「一応メゾちゃんの右手も保存してあるけど、切り口が焼けただれてるから、縫合は無理だって、言われてたな」
「クワドルーブルさんのような、純白の竜痕を持っている人にも、無理なんですか?」
「あの傷では難しいだろう。いくら治癒魔法と言っても、限度がある。今回の魔族による襲撃に関しては、お互いの状況を報告してあるが、改めて頼んでみよう」
デュオさんがそういうのであれば、後は任せるしかありません。もし、私に何か出来るのであれば、何でもします。
「それで、カノン、この前の戦闘のこと、どのくらい覚えてる?」
「全部、克明に覚えています」
「なら、最後、ジーベンを倒した時、何か異変を感じなかったか?」
何が言いたいのでしょうか。とりあえずは、答えないとそれもわからないでしょう。
「異変も何も、ただ、自分が冷たくなっていくのを感じただけです」
そう、それだけと言えば、語弊がありますが、基本的にはそれだけです。
今思い返せば、何か黒いものに支配されていく感覚はありました。けれど、それを異変とは思えません。
「そのな、額に、黒い物が浮かび上がって、まるで角みたいだったんだ」
「角ですか?」
私は、額に手を当ててみましたが、やはり何もありません。
「ああ、帝国に入ったばっかりの時にも、そんなことがあって、ずっと心配だったんだ」
帝国に入ったばかりのころですか。確か、魔族が率いる小規模の盗賊に襲われた時ですね。
あの時も、魔族に対して、冷酷になっていったのを覚えています。
「フォルテ、その角みたいなのがあったとしても、実害があるわけではありません。それなら、気にしても仕方のないことです」
「でも、何かわからないってことは、害があるかもしれないってことだろ」
フォルテの言うことにも一理あります。ですが、別の言い方も出来ます。
「何かわからないと言うことは、害がない可能性もあります」
このまま過ごし、害があるのであれば、それは、その道を選んだ私の責任です。自業自得である以上、文句を言うつもりはありません。
「あー、やめやめ、フォルテもカノンちゃんも、辛気臭いし、二人共、人を心配してるのは、自分が傷つきたくないんだろ」
「何を言っているんですか。そんなこと……」
反論しようとしました。けれど、そのための言葉が出てきません。
私は、自然と奥歯を噛み締めていました。
「自分の変わりに誰かが傷ついた。それは、自分のせいだけど、それを認めたくない。だから、相手を心配して、自分より弱かったから傷ついた。そう思いたいんだろ」
「何言ってんだ。メゾが弱いなんて、思うわけないだろ」
「そうです、メゾは、強いんですから」
「そうだ。メゾちゃんが怪我した原因は、俺達が弱いからだ。何て言うと思ったのか? 誰が強い、誰が弱いなんて、結局たらればだ。俺達は、九近衛を倒した、その代償が、メゾちゃんの右腕だった。ただそれだけだ。その結果だけを認めろ。誰かを心配するなんて、ただの傲慢だ。それがわかったら、さっさと前へ進め」
もう意味がわかりません。けれど、少しは理解出来ました。
フォルテも、ほんの少しですが、顔つきが変わっています。
「ヴォクスって、意味の分からないことを、勢いだけで言って、何となく相手に納得させるんだよな。俺も、何度それに騙されたか」
「それで悩みがなくなれば御の字だろ。それに、何となく納得出来るってことは、そいつにそれを理解するための下地があったってことなんだよ」
一応、ヴォクスさんなりに、私たちのことを気遣ってくれたのでしょう。後ろを向いているだけでは、何も出来ませんし。
「フォルテ、メゾの件は、デュオさんに任せて、私達は私達のするべきことをしましょう」
「ああ、でも俺達のするべきことってなんだ?」
私は、頭が痛くなりました。フォルテは、私達の目的を忘れたのでしょうか。
「魔王を倒すことです。本当は、メゾも一緒に行くはずでしたが、腕の方を何とかする必要があるので、とりあえず、二人で行くべきです」
口ではこんなことを言っていますが、今メゾと一緒にいると、また心配して辛気臭くなってしまうのがわかっています。
今は、ヴォクスさんのお陰で前を向けましたが、今の私に前を向き続ける自信はありません。とにかく、前を向いていられる内に、出発したい。そう考えています。
「兄貴、軍の方は動けるのか?」
「ああ、魔族の襲撃のせいで少々遅れたが、元々の期日はとうに過ぎている。準備は万端だ」
私達が、魔王を倒す旅に出ている間、私達に魔族の軍を近づけさせないための部隊を動かす予定でした。約束通りの一ヶ月は過ぎているので、準備は出来ているようです。
「なら、ヴォクスのお陰で気が紛れてる内に出発しようぜ。最初の予定からすれば、かなり遅れてるんだから」
「わかった。帝国への連絡も必要になるから、明日出発でいいな?」
「ああ、カノンもそれでいいよな」
「勿論です。準備は出来ています」
私はフォルテの方を向き、確かに頷きました。そうして、決意を確かなものにしないと、すぐにでも、暗い気持ちに飲み込まれてしまうからです。
誰かが後ろから私の肩を叩いたので、振り返ると、ヴォクスさんが満面の笑みを浮かべていました。
「さて、カノンちゃんも元気になったことだし、今日は俺とデートだな」
「な、ななな、な、なにを言ってるんですか!」
私は驚きのあまり、頭が真っ白になりました。そもそもデートの約束なんて……、していましたね。
「その顔は思い出したよね」
どうやら表情に出ているようです。さて、どうやって誤魔化すべきでしょうか。
「えっと、その……、準備があるので、買い物に行かないと行けないんですよ」
「ついさっき、準備は出来てるって言ってたよ」
言いましたね。余計な一言を言ってしまいました。
私は、困り果ててフォルテの方を見ようとしたら、顔を両手で挟まれ、ヴォクスさんの方しか見れません。
「えっと、そのー、ですね」
「ヴォクス、カノンも行きたくないから、誤魔化してるんだろ。そこは察してあげろよ」
「おいおい、これは俺とカノンちゃんの問題だぜ。フォルテはメゾちゃんに出発するって報告でもしてろよ」
そうです。その手がありました。
「えっと、私もメゾに報告しないといけないので、そろそろ失礼します」
「なら、俺も報告にいって、その後でデートな」
何故諦めてくれないのでしょうか。そもそも、何故私に拘るのでしょうか。
「ヴォクスさん、何で私なんですか?」
「ん? 一目惚れって言って信じる?」
「それでもかまわないので、断っている時点で諦めて下さい」
別に否定はしません。ただ、私の声に耳を傾けて欲しいです。
「そうだぞ、しつこくすると嫌われるぞ」
「そもそも好かれてない気がする」
「味方としては信頼出来ますよ」
ええ、味方であれば、信頼出来ます。ですが、好き嫌いでは、表現出来ません。
「味方としては、ね。否定出来ないから、何とも言い返しづらいな。しょうがない、今回は諦めるか」
今回は、と言うのが気になりますが、諦めてくれたようです。
「ヴォクスも納得したようだし、メゾに報告に行くか」
フォルテが言うように、メゾも元へ行くことになりました。今朝、顔を見せるなと言われたばかりなので、行きづらいですが、前を向いていれば会ってくれるはずです。
アンダンテ邸に三人で戻ってきました。
ですが、いざとなると、入りづらいものがあります。
なにせ、顔を見せるなと言われたばかりですから。
「ほーら、二人して辛気臭くなってるぞ。だから、息抜きしようって言ったのに」
「そうは言ってないと思います」
「そうは言ってないけど、そう言うことは言ったよ」
なるほど、つまり、何割かは、気遣ってくれていたんですね。ただ、気遣いの割合が少ない気がします。
「とにかく、行くと決意したんですから、行くだけです」
「ああ、そうだな」
アンダンテ家の使用人の方が出てきたので、メゾに取り次いでもらうことになりました。けれど、ただ取り次いでもらうだけでは話を聞いてもらえないと思うので、会って伝えたいことがあると、伝言を頼みました。
そのお陰か、メゾが会ってくれるそうです。
そして、メゾの私室へ向かいました。
勝手知ったるメゾの家ですが、大人しく案内されます。
私達がメゾの部屋に入ると、机に向かって左手で何かを書いているメゾの後ろ姿が見えました。
「どうしたんですの?」
「ああ、俺とカノンの二人で、魔族の国へ行くことにしたんだ」
フォルテの言葉を聞き、メゾが手を止めてこちらを向きました。
「少しは、いい顔つきになりましたわね」
「それでは、返って来た時には、見違えないようにしてくださいね」
「それは楽しみですわ。ところで、カノン、ヴォクス様とのデートはよろしくて?」
メゾが楽しそうな笑みを浮かべています。何故ここでそれを言うのか、恐らくは、ちょっとした意趣返しか何かだと思います。
「いやー、断られちゃって。まぁ、次は無理矢理にでもデートするけどね」
寒気がしました。何故ここまで私に拘るのか、聞いても真面目に答えてくれそうにないので、放置します。
とりあえずは、一段落です。
頃合いを見計らったのか、扉がノックされました。
「お嬢様、帝国の魔法技師を名乗る方が、いらっしゃいました」
デュオさんが帝国に依頼すると言ったのはついさっきのことです。それなのに、今来たということは、既に帝国側が手を回していたということでしょうか。
「連絡は欲しかったですわ。まぁ、仕方ありませんわ。通してくださいまし」
扉の向こうからの気配が、音もなく消えました。
そういえば、この家では、姿を見るまで使用人の方の気配を感じたことがありません。使用人としての教示なのか、凄い技術です。
「帝国の魔法技師ってどんな人なんですかね?」
「そもそも、俺達が知ってる魔法技師って、オメガさんとデノンさんだけだろ」
「まぁ、そうですね」
そもそも帝国の人でしっかりとした面識のある人なんて、数えるほどです。
そして、しらばくして、その魔法技師の方がやってきました。
帝国の象徴である赤を基調とした女性用の軍服を着こなし、茶色い髪をしています。そして、その動きの途中で、一本の大きめの三つ編みが見えました。私は、その姿に、見覚えがあります。
「ドラムス帝国、技術長官補佐のデノン=スピーカです。ドラゴニア王国からの依頼を受け、ドラムス帝国からの友好の証として、協力しに参りました」
デノンさんでした。けれど、依頼を受けてから来たにしては、早すぎます。
「わたくしが、メゾ=アンダンテですわ。遠いところを遥々、よくいらっしゃいましたわ。出来れば、前もって連絡が欲しかったですわ」
「それに関しては、女帝シンセが、国として、向こうからの依頼が必要だと言っていたので、連絡が出来なかったんです」
「そうですの。それで、こちらはどのように対応すればいいんですの?」
「小難いいことは上同士が決めてくれるので、気楽に対応してくれればいいですよ」
実際の肩書は凄いのに、何とも気楽な人です。
「では、フォルテ様、カノン、彼女の対応の仕方は任せますわ」
丸投げされてしまいました。それなら、言われた通りの対応をするだけです。
「デノンさんお久しぶりです」
「フィーネさん、お久しぶりです。その杖、気に入っているようですね」
「はい、使いやすくて、重宝してます。ところで、具体的にどんなことをするんですか?」
本題はメゾのことなので、早めに聞き出すことにします。
「それはですね。帝国特性の義肢を着ける気があるかどうかを確認してからです」
やはり、そういうことですか。これは、メゾに任せるしかありません。
「なぁデノン、それってここで出来るのか?」
「本格的には無理です。手術をするには、帝国にある設備が必要ですから。今日は、意思の確認と、簡単な検査のために来ました」
どんなことをするのかわかりませんが、義肢といっても魔法機でしょうから、それなりの魔法設備が必要になるわけですか。
「そういうことですの。では、参考までに一つ聞かせていただきますわ。デュオ様からは、どのような依頼を受けましたの?」
デノンさんは少し考え込んでいます。
「まぁ、口止めされていないので、問題ないでしょう。デュオ=グレイス様に直接確認したんですが、メゾ=アンダンテさん、貴女が望むのなら、その腕に関して、帝国の技術で最大限望みを叶えて欲しいとのことです。ちなみに、その対価は、デュオ=グレイス様個人が、お支払いになられるそうです。たとえ、それが何であろうとも」
「どういうことですの! 何故わたくしのために、デュオ様がそこまでなさるんですの」
私も驚きました。メゾの大声ではありません。デュオさんの覚悟にです。
「なぁ、それで兄貴に何を望むんだ?」
「先程もいいましたが、小難しいことは上同士が決めてくれます。女帝シンセが、デュオ=グレイス様個人を4将に欲する可能性もあります」
確かに、女帝は漆黒の竜痕の力を欲していました。だからといって、こんな方法に出るとは思いませんでした。
「そんな条件なら、わたくしはこのままで構いませんわ」
メゾは本気のようです。ただ、デノンさんの反応がおかしいです。
「そう言われると思ったので、その提案はこちらで却下させていただきました。帝国から王国への友好の証の一つとして処理することになっています。ちょっとした費用や資源や実験への協力を多めにしてもらうことにはなりますが、メゾ=アンダンテさんが気にするようなことはありませんよ」
どうやら、私達はデノンさんに一杯食わされたようです。流石は、帝国の重鎮です。
それはさておき、私は、どうしても気になることがあります。
「デノンさん、義肢ってどんな物ですか?」
「一応現物を持ってきているので、見てみますか?」
デノンさんがそう言い終わるや否や、アンダンテ家の使用人の方がデノンさんの荷物を持って現れました。
そして、その荷物を開けると、中から人の腕の様な物が出てきました。
「詳しい原理は秘密ですが、フィーネさんの杖と同じ魔法機です。細かい動作は内蔵されている核石によって制御出来ます。慣れるまでは大変だと思いますが、調整は簡単なので、慣れれば便利ですよ」
私が触ってみたそうにしていると、デノンさんから手渡されてしまいました。
魔法使いであれば、核石の場所は感覚的にわかるので、魔力を流してみます。
「結構難しいですね」
そもそも、どの核石が何処を動かすための物かわからないので、思い通りには動きませんが、一つ一つの動きはとても滑らかです。
「少し大きいですわね」
「その辺は、大きさを測って作り直せますよ。それに、手袋とかをしてしまえば、見た目ではわかりませんし」
メゾは、何かを決めたようです。
「それでは、詳しい話を聞かせていただきますわ。それと、この義肢の整備や、予備の作成に関する交渉もさせていただきますわ」
「整備や作成のための魔法技師の費用は、別途請求しますが、大丈夫ですか?」
「ここまでお膳立てされている以上、断るわけにはいきませんわ。それと、デノン=スピーカ様、わたくしのことは、メゾでいいですわ」
どうやら、メゾは義肢を着けることになるようです。
「それでは、私もデノンでいいですよ、メゾさん」
「わかりましたわ、デノン様。では、王国にいる間は、この家に滞在されるといいですわ。カノンが旅に出てしまいますので、寂しいんですの」
それにしても、今更呼び方の確認ですか。もっと先にしておくべきことだった気がします。
それと、最後の台詞の時、横目で睨まれた気がします。
メゾがけしかけようとしていたはずなのに、何故でしょう。
「さて、話がまとまった所で、デュオ=グレイス様から、フィーネさんにお届け物があります」
「デュオさんからですか?」
さっき会ったのですから、その場で渡してくれればよかったのに、何故デノンさんに頼んだのでしょう。
「これです」
その手には、フード付きのマントがありました。しかも、寒冷地用に、モコモコしています。
「魔族の国は、寒い所なので、前に使っていたローブや、魔法学園指定のマントだと、耐えられないそうです。他の小物類は、フォルテさんに渡すそうなので、これだけ渡して欲しいと頼まれました」
前に言っていた、魔王討伐のための装備ということですね。下手に妙な杖を用意されなくて良かったです。
それにしても寒冷地用ですか。この手触りは、くせになりそうです。
「ありがとうございます。フォルテ、デュオさんにもお礼を言っておいて下さい」
「いや、明日会うだろうから自分で言えよ」
それもそうですね。では、明日にしましょう。
「なーなー、俺ずっと蚊帳の外だったんだけど、デノンちゃ……デノンさん、話せる範囲でいいから、魔法機とか魔法設備について、教えてくんね?」
そういえばそうでした。私とフォルテはデノンさんと面識がありますし、メゾは話の中心人物ですが、ヴォクスさんは完全に部外者でした。
それにしても、フォルテが魔法機に興味を示していなかったので、騎士学校の生徒は、こういった物に興味が無いと思い込んでいましたが、それは間違いだったようです。
「えっと、こちらの方は?」
「ああ、ヴォクス=テルミンって言って、騎士学校の友達だ」
「なるほど、王国の智将と言われるテルミン家の方ですか。これは失礼いたしました。改めまして、デノン=スピーカです。メゾさんに教えるあいまでしたら、構いませんよ」
「よっし、あんがと」
何だかとても嬉しそうです。
それにしても、テルミン家は、帝国にも知れ渡っているんですね。
この後、デノンさんは、メゾの検査をした後、魔法機の簡単な説明をしています。
フォルテとヴォクスさんは、帰る時間になったので、帰宅の準備をしていましたが、メゾがフォルテを呼び出していましたが、何を話していたのか聞くのを憚られました。
そして、この日はのんびりと過ごしました。
次の日、朝早く旅立つことになっていましたが、メゾもデノンさんも私より先に起きていました。
「まったく、カノンが一番遅いですわね」
「メゾさん、出発する本人ですから、いいじゃないですか」
この二人、とても仲良くなっています。
「そういえば、少し髪、伸びてますね」
「そう言われてみれば、そうですわね。毎日見てたので、気が付きませんでしたわ」
そう言われて髪を触ってみると、確かに伸びています。
前ほどではありませんが、何とも中途半端です。
「まぁ、切ってから時間が立ってますから、当たり前ですね」
「せっかくの旅立ちですから、髪くらい整えてもいいんじゃないですか?」
「そう言われても、拘っているわけではないので、難しいですね」
「短くするのはいつでも出来ますわ。けど、短くしたら、伸ばすのに時間がかかりますわ。だから、ゆっくり考えればいいことですわ」
それもそうですね。見て欲しい本人がいませんし、好みを教えてくれませんでしたし。
「メゾは、何で縦ロールがいっぱいあるんですか?」
「わたくし、癖毛ですの。それと、フォルテ様は、外見には無頓着ですわ。数を変えても気付いてくれませんでしたわ」
いや、その縦ロールいくつあるかわかりませんよ。その上、数を変えて、気付けという方が無茶です。
「この前、一本斬られてしまいましたね」
「カノンさんといい、メゾさんといい、普通頼んでもないのに髪を斬られるってありえませんよ」
ほんとにそうです。
「デノンさんも気を付けて下さいね」
「私の場合、燃やしそうですが、気を付けますよ」
この後、グレイス邸へ向かいフォルテと合流しました。
フォルテは、かなり大きくなったブラッキーを撫でながら、準備万端で私を待っていました。
「カノン、準備はいいか?」
「ええ、問題ありません」
「兄貴は、陽動部隊を率いるために、もう出発してる。どっかで帝国の部隊と落ち合うんだとさ。俺達の足は用意してくれてあるから、早く出発するか」
私達は、出発前に簡単な挨拶を済ませました。
けれど、出発直前に、メゾが何かを伝えにきました。
「カノン、いい忘れてましたわ。わたくしとフォルテ様の婚約ですけど、腕を理由に破棄しますの。けれど、譲る気はありませんわ。ただ、同じ場所から始めるだけですわ」
「いいんですか?」
「いいんですの。許嫁という立場を引きずっても、わたくし自身が許しませんわ」
「そうですか。では、戻ってくるまでには、有利に立ち回ることにします」
そういいましたが、メゾが不敵な笑みを浮かべています。恐らく、私にはそんな抜け駆けが出来ないと思われているのでしょう。
「カノン、絶対帰ってくるんですのよ」
「ええ、約束します」
こうして、私とフォルテは出発しました。ただ、寒冷地用のマントなので、王国内ではちょっと熱いです。
数日後、王国の北側にある海へと到着しました。何度か近くで魔族の襲撃がありましたが、私達は、魔族の国へ行き、魔王と戦うという役目があるので、参加を禁じられています。
「それにしても、ブラッキーは本当に大きくなりましたね」
「人が乗れるくらいの大きさには、すぐなるよ。こっからが時間かかるんだけどな」
「頑張れば、二人で乗れますね」
「あー、結構くっつかないと難しいけどな」
フォルテは、少し顔を赤らめています。
私も、自分で言っておきながら、恥ずかしくなってきました。
「ところで、氷の海ってどうやって渡るんですか?」
大きな氷塊がいくつも浮かんでおり、船で渡るには、専用の船が必要ですし、氷の上を渡るにして、結構危ないです。
話しに聞くのと見るのでは、かなり違います。
「ああ、始めは、兄貴達と一緒に渡る予定だったんだけど、魔族に先手を取られたから、船の調達が上手く行かなかったらしい。だから、こっちだ」
そういうと、フォルテはブラッキーに跨がり、私に対して手を伸ばしています。
まさか……。
「ブラッキーで渡るんですか?」
「そうだ。二人乗ると長時間は飛べないけど、氷の海を渡るくらいなら、何とかなるぞ」
私は、フォルテの手を取り、フォルテの後ろに少し間を開けて座りました。それでも、少し狭いです。
「もうちょっとくっつかないと飛べないぞ」
「あの、その……」
フォルテの腰の両脇に手を起きました。
「もっとだ」
そう言って、私の手を取ると、無理やり引っ張られました。その結果、フォルテの腰に手を回すようになりました。
もの凄く恥ずかしいです。
フォルテの腰に手を回すということは、完全に密着するということですから。
「これで、その、大丈夫ですか?」
フォルテは、ブラッキーを撫でて、様子を見ています。
「飛べるってさ」
「それは、よかったです」
それにしても、胸が高鳴り、フォルテに聞こえてしまうかもしれないほどの大きな音が鳴っているきがします。
そうしているのも束の間、ブラッキーが羽撃き、宙に浮き始めました。
下を見ると、陸地が遠退き、氷の海の上にいます。
飛竜に乗り、空を飛んでいるのですが、風を全く感じません。これは、飛竜のお陰なのでしょうか。
「フォルテ、聞こえますか?」
「ああ、聞こえるよ」
どうやら、お互いの声が聞こえるようです。
感じないのは風だけのようで、少し寒くなってきました。
「凄いですね」
「ああ、本当に凄いよな」
フォルテに抱きついたまま時間を過ごしていましたが、出発前に、この旅で有利に立ち回ると言ったので、自分の言葉には責任を持つべきです。
少し、胸を押し付けるようにしてみました。
……何の変化もありません。これはこれで傷つきます。後で、何か仕返しをしましょう。
そんなことをしていると、陸地が見えてきました。
あれが、魔族の国です。それにしても、全体的に嫌な感じがします。
「そろそろ着陸するから、注意してくれ」
そう言われても、何もしようがありません。
せめてもと思い、フォルテを抱きしめる力を強くしました。
フォルテの暖かさを感じ、少し安心出来ます。
そのままフォルテに体を預けていると、声がかかりました。
「もう大丈夫だぞ」
そう言われ、目を開けると、荒れ地のような場所にいました。けれど、波の音が聞こえています。
「ここが、魔族の国ですか?」
岩場のような海岸にいくどとなく波が押し寄せ、陸地側には、荒れ地が広がっています。けれど、部分的に整備されている場所もあり、破壊痕も目立ちます。
恐らく、三つ巴の大戦から、整備をしていないのでしょう。
「魔族の国の情報はほとんど入ってきてないし、ボイスに貰った地図も、わからないことだらけだったぞ」
今、聞き逃せないことを言われた気がします。
「地図、貰ってたんですか?」
「ああ、俺にも写しをくれたぞ、ほら」
そう言って広げた地図は、見たことのない場所の物です。
「まったく、そういう大事なことは先に行っておいて下さい」
地図があるとないとでは、旅の仕方が全く違います。
「ああ、それと、ボイスが絶対に通ってほしい場所があるって、印付けてたぞ」
確かに、地図には数カ所、印が付いています。
その内の何処かで、アインと戦えるのでしょう。
後は、デュオさん達の陽動との兼ね合いでしょうか。
「今この辺りですよね。印の場所を考えると、目指す方向はこちらでしょうか」
「ああ、そっちだな。それと、ブラッキーは空を飛びながら着いてくることになるから、歩いて移動だ。流石に、長時間は飛べないし」
どんなに大きくても、まだ幼いということでしょう。
この国で人間は目立つでしょうが、何か探られたら、適当に誤魔化すしかありません。その方法を考えながら、私達は、目的地の村を目指して旅を始めました。
それにしても、魔族の国全体から魔族の気配がします。ここで特定の魔族の気配を感じ取るのは難しそうです。
こんばんは
何だかんだ書いていると、いらないとわかっていても入れてしまうシーンが、多々あります。
もう少し進めば、本格的に話が動くはずだと思います。
それでは、今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。
これからもお付き合いいただけると、幸いです。