私が目を覚ますと、見慣れた天井が目に入りました。
ここは、グレイス邸で私が使っている部屋です。
ただ、ベッドの横には、メゾがいました。どうやら、目を覚ました私に気付いているようです。
「気が付きましたの?」
「ええ、面倒をかけます」
私が、起き上がろうとすると、まだ寝てていいと、身振りしてきました。
刻印に異変は感じないので、体だけは起こします。
「無茶はしないほうがいいですわ」
「無茶というほどじゃありません」
メゾは、やれやれという雰囲気です。
昨日は、意識を手放してしまったので、早急に確認しなければ……、何か音がしました。何の音かは秘匿しますが、優先すべきことが出来ました。
「メゾ、朝食は取りましたか?」
「もうすぐお昼ですわ。それに、いい音……、何でもありませんわ」
私は、ツリ目を生かして、よく睨んでいましたが、段々効果が薄れている気がしたので、恐怖を与える笑顔というのに挑戦してみましたが、どうやら成功したようです。
思っていた以上に効果てきめんのようで、メゾの顔が引き攣っています。
ですが、気を取り直したのか、咳払いをしています。
「とりあえず、カノンが起きたことを報告してきますわ。昼食の後に、今後のことを話し合うことになりますわ」
そう言って、メゾは部屋を出て行きました。
確かに、一度意識すると、他のことを考える余裕がありません。
そして、私は戻ってきたメゾに連れられ、昼食を取ることになりました。
昼食の後、私達はデュオさんの指示で、グレイス邸の一室に集まっています。
今回は最低限の人数ということで、デュオさんとフォルテ、私とメゾ、そして、ワイズマンとフュンフがいました。
「昨日のことは、フォルテから報告を受けているから、カノン、君から改めて聞く必要はない。昨日の内に帝国に連絡をしてあるから、報告待ちだ」
デュオさんはここで一度言葉を切りました。
これが、今の状況ということでしょうか。
「カノン、君はどうする? 君は王国に忠誠を誓っているわけではないから、君の行動を拘束することは出来ない」
何だかとても水くさいことを言われている気がします。
デュオさんの言うことは確かにそうですが、今更やめる気もありません。
「最後まで付き合います。新しい魔族が生まれたら、王国だの何だの言ってる場合じゃありませんし。それに、その……」
フォルテの方を見ましたが、少し恥ずかしくなったので、口に出来ませんでした。
もっとも、デュオさんは、私の回答を予想していたようです。
「それでは、これからの話をしよう。フュンフは、継承の間の核を取ってきて貰いたい。マガツヒの元へ行くには、継承の間を使う必要があるが、鎧ということなら、着慣れておく必要もある。次に、ワイズマンとカノンとメゾは、帝国と協力して命素の杖の製作に当たって欲しい。フォルテは、アマツによる竜痕への影響を確認し、使いこなしてくれ。人の身で、竜王に挑むんだ。そのことを肝に銘じておくように」
打倒な指示というより、それしか無い気がします。ただ、私にも気になることがあります。
「デュオさん、私の方も、影響を調べておきます。それで、ヒュンフに聞きたいことがあるのですが、今、ヘルツさんが継承の間に入っているんですよね。なら、その核を外して大丈夫なんですか?」
継承が終わってしまえば、新たな魔王が生まれることになるので、マガツヒへの道も閉ざされることになります。制限時間を確認しておくことも、大事です。
「デュオさんには伝えてあるのですが、口止めをしていましたね。皆さんも、他言無用でお願いします。現在、ヘルツ様は、継承の間に入られておりません。まずは、前魔王であるノイズ様の遺体を継承の間に入れることで、その力を回収している段階です。ですが、回収後は、すぐにヘルツ様に入っていただく必要があるので、私は、その時に、内部にある核を回収します」
魔族側の機密というわけですね。
フィーネのように、死んだらもう片方の種族へ無作為に転移する力と違い、代々受け継いできた力である以上、回収する必要があるわけですか。
「力の回収には、後一ヶ月ほどかかります。けれど、継承には、一年ほどかかるので、気にする必要はありません」
思った以上に長いですが、竜王を倒すための準備期間と考えると、短いとも思えます。
「フォルテ、カノンが協力してくれるからとわいえ、魔素に占められた領域に連れて行くことは出来ない。恐らくは、魔素の鎧を着たフォルテだけで行くことになるはずだ。その点を考慮しておくように」
そういえば、アマツのいた場所には、命素しかありませんでした。私が気持ち悪いと感じたのは、そのせいでしょう。
それと、どうやらフォルテもメゾも黙ってくれていたようです。
「デュオさん、その心配はありません。私は、混血なので、ある程度の適正がはあるはずなので、耐えられるはずです」
デュオさんが驚いています。
確かに、普通の魔族と比べれば、魔素に弱いはずですが、どんなに魔素が濃い空間だとしても、耐えてみせます。
「カノン、記憶が戻ったのか?」
「いえ、師匠に拾われる前を思い出したわけではありません」
どうやら、疑問が浮かんできたようです。
私は、そのままフィーアとのことを話しました。
その結果、デュオさんも納得してくれたようです。
「なるほど、では、帝国の北にある村が、カノンの故郷ということになるわけか。王国の軍人としては、帝国側に知られたくない情報だな」
デュオさんがそう呟きましたが、そんなことは、言われるまで考えていませんでした。
ずっと旅をしていましたし、記憶がないので、故郷という物の感覚がいまいちわかりません。
「確かにそうですね。まぁ、一度滅んだらしいので、どうにも実感がないですけど」
「その辺りについては、私が口を挟むことではないな。では、帝国からの連絡が来たら、伝えるので、準備をしておいてくれ」
デュオさんがそう締めくくったので、私はアマツの影響を確認しながら、メゾと防御魔法の研究を続けることになりました。
ワイズマンが少し協力してくれるとのことで、思いがけず早く完成しそうです。
私とメゾは、魔法学園に戻り、研究を続けています。けれど、それだけに掛かりきるわけにもいかないので、時折、フィーネの力の確認をしています。
アマツの影響なのか、魔族の力なのかわかりませんが、簡単な魔法陣であれば、核石を必要としなくなりました。ただ、慣れの問題もあるので、当分は核石を使ったほうがいいでしょう。後は、命素の量が増えたり、回復速度が上がった気がします。この辺りは、魔法使いとして修行していれば、起こりうる範囲のことです。ただ、増加量の桁が違いました。
それはもう、怖くなるほどです。
問題としては、無駄に増えた分、細かい制御が難しくなったことくらいです。これでは、しばらく苦労しそうです。
一つ問題が混じっていますが、これが確認出来た利点です。
アマツは、私達にとって諸刃の剣だと言っていました。つまり、何らかの明確な問題点があるはずです。それも、利点による悩みではなく、独立した悪影響です。
今はまだわかりませんが、細心の注意をする必要があります。
そして、メゾとの共同研究ですが、一つの大きな問題にぶち当たっています。
「発動媒体自体は、何も難しく無いんですが、魔法を発動させるのに、名前を唱えないといけない以上、剣士の間合いでは、どうも弱いですね」
「そもそも、魔法使いが剣士の間合いで戦うという想定がおかしいですわ」
そう言われても、旅をしているときは、野盗に襲われた時など、接近戦をしなければいけない状況は、数多くあります。
「ですが、安全に魔法を使える状況であれば、こんな防御魔法はいらないですよ」
「わかりましたわ。カノンが必要だから、作っている以上、カノンの求める基準で作りますわ」
とりあえずは納得してくれたようです。ですが、魔法の名前を唱えるという点は、どうにも出来そうにありません。
「今のところは、後から追加する命素の量で、強度と大きさの変化が付けられるようになったので、移動も出来るようになるといいのですが……」
「そこまですると、魔法陣が複雑になりすぎて、手袋に縫い付けるのを前提とするには、使える面積が足りませんわ」
「いざとなれば、マントの内側にでも縫い付けますよ」
マントの皺がどう影響するかわかりませんが、それだけの面積があれば、細かい模様があっても、大丈夫なはずです。
「けれど、手の甲の側に魔法陣があったほうが、すぐに使いやすいと言ったのは、カノン、貴女ですわ」
通常、杖は手に持つので、手から杖を通して、核石に練り上げた魔力を流し込みます。つまり、手の甲に魔法陣があれば、流しこむ方向を変えるだけですむので、魔法使いにとって使いやすいはずです。手のひらでないのは、杖に注ぎ込むはずが、間違えて魔法陣に注ぎ込むのを防ぐためです。
「そうですね、最初から欲張るのもいけませんね。今は、使える面積で縫い付けられる魔法陣をつくりましょう」
「ところで、ずっと気になっていたんですけど、貴女、指の感覚が、とか言って、手袋しませんわよね、どうするつもりですの?」
これは盲点でした。
昔は仕込み杖を使っていましたし、今は短剣を持っているので、手袋をして刃物を握る習慣がありません。寒い地域で防寒具として使うだけですね。
ですが、指の感覚をもたせる方法など、いくらでもあります。
「暖かさなど求めていませんし、指ぬきの手袋にでもしましょう。それに、左手だけにすれば、短剣を持つ右手には、変化はありませんし」
「では、その方向で試作品を作ることですわ。手配は手伝いますけど、今回の発案者はカノンですから、自分で動いて下さいまし」
「勿論です」
防御魔法の研究に、一先ずの終わりが見えてきました。
課題というか、改良の余地はありますが、実際に使ってみた方が、わかることも多いはずです。
数日後、帝国からの使者が来たということで、デュオさんとフォルテがやってきました。
二人が来たという話は、あっという間に学園中を駆け巡り、物凄い噂になっています。
そして、私とメゾは、ワイズマンの研究室に呼ばれました。
「やぁやぁ、カノン殿、お久しぶりで御座る」
エコーさんです。こんな重要人物が、使者としてやってきたとは、帝国も本気ですね。
「エコーさんお久しぶりです」
「始めましてエコー様、わたくしは、メゾ=アンダンテですわ」
「うむ、拙者、エコーと申すもので御座る」
それにしても、相変わらず一切の隙がありません。それでいて、目の前にいるにも関わらず一切の気配を感じ取れないのですから、恐ろしいです。
「それで、エコー、そろそろ話を聞かせてくれないか?」
「そうで御座るな。それでは、本題に入るで御座る。帝国にある竜の叡智、その中に記されている、命素の杖の情報で御座る。まず材料で御座るが、ミスリル・オリハルコン・アダマンタイト、この辺りは、想定の範囲内で御座った。次に、力の強い竜痕所持者の命素、それも、かなりの量と言うことで御座る。そして、使う者の、血と命素で御座る。これは、使う者を限定するための仕組みでもあるらしいで御座る」
三種類の鉱石に関しては、確かに想定の範囲内です。ただ、命素や血も必要だとは思いませんでした。けれど、この場には、フォルテもデュオさんもいるので、問題はなさそうです。
「それで、どうやって作るんですか?」
「わからないで御座る」
静寂が訪れました。
この回答は、誰も想定していなかったようです。
「エコー、では、わかっている範囲で教えて欲しい」
「デュオ殿、焦る必要はないで御座る。今の段階では、わからないというだけで、作り方を見る方法はあるで御座る」
エコーさんは、ここで一度言葉を切り、私達を見回し、口を開きました。
「竜の叡智によると、命素の杖、正確には、その核石で御座るが、それの作り方を見るには、竜の叡智がある場所に、素材を揃える必要があるで御座る。つまり、帝国に来てもらう必要があるで御座る」
今回の場合、私とフォルテが行く必要があるということですか。
無駄に作らせないためといえば、そうとも取れますが、一度作り方を知ってしまえば、簡単に広められるはずです。
何とも中途半端なことです。
「では、竜痕所持者ということであれば、フォルテに一任しよう。カノンは当然として、ワイズマンとメゾも着いて行って貰えるか?」
デュオさんの言葉に対して、最初に反応したのは、名前を呼ばれた人達ではありませんでした。
「デュオ殿、確かに、帝国と王国は同盟を結んでいるで御座る。けれど、竜の叡智は、帝国の要、その在処を無闇に教えることは出来ないで御座る」
「つまり、杖は作らないということか?」
一瞬で空気が張り詰めました。
けれど、本当に一瞬でした。
「そうではないで御座る。竜の叡智へ案内するのは、フォルテ殿とカノン殿の二人だけで御座る。その代わり、必要な鉱石は、こちらで用意したで御座る」
偶然にも、視界にメゾが入りましたが、かなり残念そうな顔をしています。
それもそのはず、フォルテと旅が出来ると喜んだ瞬間に、来るなと言われたのですから。
それにしても、いつもメゾとは旅が出来ていません。全てが終わったら、二人で旅をしましょう。
「フォルテ、カノン、二人で大丈夫か?」
「帝国には行ったことあるから、大丈夫だろ」
「そうですね、大丈夫です」
フォルテと帝国を旅した時のことを思い出しました。
ええ、いろいろありましたね。
「では、準備をして欲しいで御座る。ところで、拙者も帝都まで同行した方がいいで御座るか?」
「帝国から戻った時のような向かえはないんですか?」
「いろいろあって、そこまで手が回らないで御座る」
それは残念です。けれど、あの時と違って、今回は簡単に行けそうです。
「なぁ、カノン、北にあった村に寄ってくか?」
フォルテが妙なことを言い出しました。
確かに、私の故郷らしいですが、今ここで行く必要はありません。
「何を言ってるんですか?今回はブラッキーに乗せてもらって、まっすぐ帝都へ向かえばいいんですよ」
どうやら、フォルテはまた同じ道順で帝都へ向かうと思っていたようです。
そんなに私と二人で旅をしたいんですか。
悪い気はしませんが、もうちょっとゆっくり出来る時にしたいです。
「今回、二人に関してのみ、帝国の上空を飛ぶことを許可すると、女帝シンセから言われているで御座る」
エコーさんも前もって言ってくれれば、フォルテが妙な誤解をすることもなかったはずです。
まぁ、問題があるわけではないので、いいですが。
「フォルテ、ブラッキーならここからどのくらいで着きますか?」
「正確な距離がわからないから、何とも言い難いけど、3日くらいじゃないか?」
かなり大雑把ですが、ブラッキーが飛んでいられる時間を考えると、そのくらいでしょう。
前は大回ししたから、時間がかかっただけですし。
「では、拙者は他にも用があるので、これにて失礼するで御座る。帝都に着いた際は、この手紙を門番に渡して欲しいで御座る」
それだけ言うと、エコーさんは私に手紙を渡し、扉から出て行きました。
流石に、ここで消えるわけには行かなかったのでしょう。
それにしても、何かを言う暇もありませんでした。
「では、二人共、準備が出来次第、向かってくれ。私達も竜に乗ってきているから、すぐに向かえるだろう。それと、帰り道では、命素の杖の試験をしておいてくれ。私の方でも調べてみたいから、返って来た際には、預かることになると思う」
どうやらブラッキーもいるようです。
エコーさんは、必要になるとわかっていたのですから、当然でしょう。
それに、命素の杖がどのような力を持っているのかわからないので、その力を確かめるのは必要なことです。
「ワシも力を貸そうと思っておったのに、残念じゃ、まぁ、今日は昼を過ぎておる。明日の朝にでも、出発すればよい」
「そうですね。フォルテ、出発は明日にしましょう。それまでに試作品を完成させたいので」
「ああ、カノンがいいなら」
フォルテの返事を聞くと、私はメゾを連れてワイズマンの研究室を後にしました。
試作品に関しては、簡単な確認をすれば、それで終わりです。
ただ、メゾの愚痴を聞く可能性があるので、出来る限り時間を多く取ります。
「まったく、カノンばかりずるいですわ」
一体この台詞は何度目でしょうか。
何を言っても、結局この台詞に戻っています。
「そんなことを言っても、今回は長旅じゃありませんよ」
「カノン、気付いていないようですけど、わたくし、まだブラッキーに乗ったことありませんのよ」
それは気付きませんでした。
確かに、最初に乗ったのは、魔族の国へ行く時でした。
「では、全部終わったら、フォルテに頼んで下さい」
「いいんですの? わたくし、押し付けますわよ」
メゾは、謎の発言をすると、胸の下で腕を組みました。
それも、見せつけるようにです。ですが、今の私には、気になることがあります。
「……気付いてくれればいいですね」
フォルテの今の状態を考えると、感覚があるのかわかりません。
メゾは、私の言葉の意味がわかっていないようなので、まだ聞いていないようです。
少し暗くなってしまったので、話題を変えましょう。
「メゾ、この防御魔法の手袋、販売の準備をしておいて下さいね」
「いいですわ、わたくしが責任を持って、準備しますわ」
メゾが胸を張っています。
この方面には、私は全くコネが無いので、メゾに頼むことにしました。
今後のことも考えると、先立つ物は必要なので、頼りにさせてもらいます。
「では、全部終わったら、一緒に旅でもしましょうか」
「それもいいですわね」
この後、私達はそれぞれの部屋へ向かいました。
明日は、フォルテと共に、帝都へと向かいます。
こんばんは
よくある下準備の回なわけですが、3章に入ってから魔法障壁的なものが存在しないことに気がついて無理やりねじ込んだ感があります。
それでは、今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。
これからもお付き合いいただけると、幸いです。