私達が泊まった風呂付きの宿ですが、残念ながら運動が出来る場所がありませんでした。ですが、私は朝からお風呂場で水浴びをしています。浴室には、魔法設備が付いており、練り上げた純粋な魔力を流し込むと、水を汲み上げたり、お湯を沸かしたりしてくれます。この手の設備は、王都の高級な宿や、貴族の家にあったりするのですが、まさかこの宿にあるとは思っていませんでした。水を浴びる、私は、これだけで幸せになれます。それに、水で顔を洗うと、目が覚めます。このせいで、目付きが悪いわけではありません。生まれつきと思われるツリ目のせいです。
お風呂から出ると、師匠に憧れて伸ばしている青い髪の手入れをします。旅先で、長いと手入れが大変そうと言われますが、いつものことなので、慣れてしまいました。そして、身支度を整え終えると、ここからが朝一番の重労働です。
いつもいつも、はだけている長袖のシャツ1枚で寝ている師匠を起こす時間です。このひと目を引く巨乳を羨みながら、師匠を起こします。私は、決してまな板ではありません、並です。波なんです。
「師匠、起きてください。ホットケーキですよ」
昨日は、このウェストゲートの名物と聞いているホットケーキを食べていないため、この単語を出せば、すぐに起きてくれると思っていました。
「んー、そうだにゃ……」
意味がわかりません。結局睡魔には勝てないようです。そもそも、勝とうとしているのかも、わかりません。
どうせなら、ここについて教えてくれたエコーさんに、よく寝る人の起こし方を聞いておくべきでした。あれだけ優秀な人なら、何か知っているはずです。
「師匠、起きないなら、ホットケーキは、無しにしますよ」
「んんー、だめだよー」
師匠が体を起こしました。やはり、食べ物の力は偉大です。
タレ目がいつも以上に垂れていますが、大丈夫です、体を起こしたのですから。
師匠が身支度を整え始めました。ですが、その長い銀髪の手入れは、いつも適当です。手櫛で軽く梳かす程度で、大した手入れはしていません。なのに、あれだけ綺麗な髪を維持しているのは、一緒に生活している私からしても、謎です。
「師匠、おはようございます」
「んー、おはよう。さて、ホットケーキだね」
「いえ、その前に朝食です。ホットケーキはデザートにしてください」
師匠、その体型は、どうやって維持しているのですか。
私達は、朝食を食べ、師匠はホットケーキを食べています。もちろん、私もです。
今日の予定は、仕込み杖の鞘を作り、その後は、その時決めるという予定です。実際は、ほぼ何もきまっていないということです。鞘を作ると簡単に言っていますが、結構時間がかかるものなのです。
私達の杖に巻いている二箇所の布は、杖として使う時と、剣として使うときに、握るための場所です。
「師匠、そろそろ木材屋に行きましょうか」
「そうだね。普通に剣として持ってると、何か変な感じだもんね」
「私を拾ってくださったときから、仕込み杖でしたからね。急に変わると、そうなうのでしょうね」
私は、仕込み杖を持っていない師匠を見たことがありません。とはいえ、一目みただけでは、仕込み杖とは気づきませんが。
「それじゃ、行こうか」
はい。私が、エコーさんに書いてもらった地図で、師匠を案内します。エコーさんによれば、ここの木材屋さんの木材は、質がよく、加工職人さんの腕も、かなりのものだそうです。
しかし、エコーさんは詳しいですね。サウスゲート商会お抱えの護衛団なら、サウスゲート近辺が、地元でしょうに。
「すみません。何方かいらっしゃいますか?」
木材屋に着きました。ですが、人気がありません。奥にいるのでしょうか。
「すーみーまーせーん!」
「あー、何だい。親子……じゃないか、姉妹か? 家族へのプレゼントを特注するのかい?」
「いえ、全部ハズレです。師匠、師匠の鞘を作るんですから、寝る場所探してないで、自分で頼んでください」
「そうだね。カノンに任せるよ」
「基本は同じでも、細かいところが違うんですから、自分でやってください」
師匠は、ゆっくりと動き出しました。美味しいものの時だけは、率先して動くのに、それ以外は、のんびりしすぎです。
「この仕込み杖の鞘を作って欲しいんですが、お願いできますか?」
「仕込み杖か、しかし、嬢ちゃん、妙なもんを使ってるな。まぁ、見せてみろ」
師匠は、木材屋さんに、杖を渡します。その際に、貰った鞘は外して、私に持たせました。
木材屋さんは、刃の形状を確認しています。恐らく、既存の木製の鞘に入れ、周囲を削り落として、手間を省こうとしているのでしょう。
「仕込み杖用の、細めの刀身だから、既存の物だと、あわないと思うから、持ち手から作りなおしてもいいよ」
「ああ、その通りだ。さて、どうすっかな。おい、クラフト」
木材屋さんは、奥に声をかけました。恐らく、クラフトさんという人を呼んだんでしょう。
「はいよー。何だい、爺ちゃん。ああ、いらっしゃい」
「こんにちは」
私達は、軽く挨拶をしました。二人共、そっくりな赤い髪をしているので、恐らくは、お孫さんでしょう。歳は、私達の間くらいのようですが、このお孫さんが、エコーさんの言っていた加工職人さんでしょうか。
「で、爺ちゃん、何かようか?」
「まったく、客が来てるんだ。俺に聞く前に挨拶しろ」
「はいよ。お客の前なんだ、説教は後にして、用件を伝えな」
「まったく、減らず口を。ほら、この剣を見てみろ」
そういうと、木材屋さんは、師匠の杖を手渡します。それを受け取ると、クラフトさんの目付きが代わりました。睨み付けるというよりは、詳細に調べるという感じです。
刀身や、持ち手の部分を見て、一つの結論が出たようです。
「仕込み杖か、珍しいな。こりゃ、既成品じゃ大きすぎる。特注だと、金がかかるよ」
クラフトさんは、師匠を見ました。そして、見られた師匠は、私を見ました。その視線につられ、全員の視線が、私に集中します。
「えっと、私が持ってるのと、同じような形にするのですが、いくら位になりますか?」
師匠、自分でやってください……
「うーん、そうだねぇ。材料費と、手間賃込で、これくらいかな? 大丈夫か?」
そろばんを取り出し、私に見せてきます。特注品だからでしょうか、結構値が張ります。ですが、許容範囲内です。
「これなら問題ないですね。師匠、食費に影響しないので、安心してください」
「流石はカノン、お財布を任せて正解だよ」
いえ、昨日までの護衛依頼のお陰です。もっとも、それがなくても、払えますけど、日々貯蓄はしておくものです。
「うーん、その反応なら、もうちょっとふっかけるべきだったかな」
「クラフト、この客なら、倍はいけたはずだぞ。もっと確認しとけ」
確かに、倍でも払えました。ですが、ふっかけるのはやめてください。私は、内心そう思いながらも、顔には出しません。ただ、苦笑いをします。
「爺ちゃん、そこまでの金持ちには見えないよ」
「昨日、サウスゲート商会の商団が、久しぶりに来た。遅れた理由は、魔獣騒ぎや、護衛団のゴタゴタで、出発出来なかったそうだ。そして、その商団が、今回、魔族が頭を務める野盗に襲われたが、無事に到着している。つまり、凄腕の護衛がついていたはずだ」
「それが、護衛団だろ」
「馬鹿が。魔獣騒ぎで出発を延期するほどのゴタゴタだぞ。場合によっては、主力がいない可能性すらある。だとすれば、相当な実力者が、一緒に来たことになる、魔族を倒すほどのな」
この木材屋さんは、洞察力がありすぎます。護衛団のゴタゴタについては知りませんが、きっと副団長関連でしょう。
「なるほどね。それで、珍しい仕込み杖を持った魔法使いの客か。サウスゲート商会から、たんまりと、報酬を貰っている可能性が、あるな」
「ああ、それに、地元の奴以外で、ここにそこそこの腕の加工職人がいるのを知っているのは、エコーくらいだろ。奴がここを教えたんだったら、実力者なのは、間違いない」
「くっそー、なぁ、あんた、今から交渉し直さないか?」
クラフトさんは、あろうことか、今から値上げをする気です。ですが、そうはいきません。
「その場合、こちらは値下げを要求しますよ、この金額の時点でふっかけられたとわかったのですから」
「くっそー」
クラフトさんは、悔しそうです。目の前でそれだけの話をされて、はいそうですかと言う人は、いないと思います。
「こっちのちっさい嬢ちゃんも、場数を踏んでるようだからな、お前よりしっかりしてる。それに、師匠の方も、いろいろありそうだ」
「んー、秘密ですよ」
「それで、どのくらいの時間がかかりますか?」
「ああ、それなんだが、この杖、ビワの木だよな。それに、木目も綺麗だ、四季のしっかりした地域のだな。爺ちゃん、これにあうの、あるか?」
持ち手の部分だけで判断したのか、私の杖を遠目に見てわかったのか、どちらにしろ、優秀な人のようです。それを考えると、やはり、ここに来て正解でした。
「何だい、在庫も把握してないで交渉しようとしたのか。奥に残ってるよ。買ったはいいが、欲しがる奴がいなくてな。ちょうどいい在庫整理だ」
同じ木があってよかったです。持ち手部分の材質が変わると、違和感を覚えそうですから、作り変えるにしても、同じ木のほうがいいです。
「そんじゃ、まぁ任せときな。今日中に作ってやるよ」
「そう、ならおねがいね。私の杖は、置いていくから、持ち手から作りなおしてもいいよ」
「ん? 待て、あんたも魔法使いだろ。核石が無くていいのか?」
「ふふっ、カノンがいるしねー。それに、どうとでもなりますよ」
師匠は、言いたいことだけ言うと、出て行ってしまいました。クラフトさん達は、唖然としていて反応できませんでした。核石を手放しても平然としていられる魔法使いなんて、片手で足りる数しかいませんからね。
「師匠、待ってください。何処に行くんですか」
そんなことを考えていたら、私も置いて行かれそうになりました。
師匠に追いつき、魔法協会の支部へ来ました。鞘の出費が痛くないとはいえ、先立つモノは必要です。護衛団が来たことで、依頼の方も、増えているかもしれません。時間は有効活用するべきです。
「すみません、登録魔法使い二人なんですが、受けられる依頼はありますか?」
ここの受付もおばさんでした。私の知る限り、どこの支部も、受付にはおばさんがいます。しかも、別人にもかかわらず、第一印象は、同じ印象を受けます。どうしてでしょう。
「そうさぇね。お嬢ちゃん、実力の申告は出来るかい? あっちで寝てるお連れの人の分もたのむさね」
「えっと、あっちで寝てるのは、師匠なんですが、私達は昨日護衛団と一緒に来たんですけど、そうですね。魔獣程度なら、何の問題もないくらいです」
「もしかして、魔族を倒したって噂の魔法使いかい?」
「護衛中の内容に関しては、守秘義務があるので、言えません」
それに、その噂が広がっているなら、肯定してしまうと面倒なことに巻き込まれかねません。特に、前の街でテクノさんに突っかかっていた人とかがいると、厄介です。
「そうかい、そうさねぇ、護衛団の連中が、こぞって受けに来たから、あんまいいのがないよ」
「そうですか」
やはり、もっと早くに来るべきでした。ですが、師匠が早朝から来るのは不可能です。それに、今日は鞘のこともありましたから。
どうしようか考えていると、受付のおばさんが、一つの依頼を見せてきました。
「こんなのがあるんさね。妖精隠しって知ってるだろ。最近このウェストゲート周辺で、多発してるらしいんさね。それで、調査をしてほしいって依頼さね。見つけた手がかりとかで、報酬が変わるから、あんた達の頑張り次第では、結構稼げるよ」
妖精隠し、私は、不覚にも動揺してしまいました。こんなところでその言葉を聞くとは思いませんでした。
いつの間にか、師匠が私の後ろに来ていました。そして、そのまま優しく、私の頭に手を載せています。
「カノン、どうする?」
「結果次第で報酬が変わるのであれば、頑張るだけです」
「ん、そう。それじゃあ、その依頼を受けるので、詳細を教えてください」
「ああ、大丈夫なら、いいんだけどね」
受付のおばさんは、そういうと私達に現在わかっている限りの情報をくれました。
私達は、その情報を見ながら、行動を決めます。
「ウェストゲートの周囲にある村で、多発しているようですね」
「この妖精隠し、本物だとは思えないんだよね。私が知るかぎりだと、今は起こるはずがないから」
「理由は教えてくれそうにないので、聞きませんが、こんなに多発する例は、基本的に誘拐ですよね」
本物の妖精隠しの場合、かなり高い魔法の素質を持った子が、忽然と姿を消すそうです。ですが、今回の事件は、魔法とは無縁の子供が、数多く消えています。もちろん、絶対とは言い切れませんが、別の何かが関わっている。そう考えるべきだと思います。
「師匠、一番近い村なら、今から行けば、帰ってこれますよ」
「調べるなら、泊まることになるね」
それはまずいです。いくら師匠がすごい魔法使いだと言っても、核石がない状態では、その力をフルに発揮できません。もし、誘拐事件だったとすると、それは致命的な弱点になるかもしれません。
「明日にしませんか?」
「あれれ? カノン、いいの? 本物の妖精隠しだったら、カノンのことも、何かわかるかもしれないよ」
私のことを考えてくれるのは嬉しいです。ですが、師匠を危険な目に合わせるわけにはいきません。ですが、照れくさいので、言葉にはしません。
「急がば回れです」
「そう、カノンがそう言うなら、宿と木材屋に遠出するっていいにいこっか」
師匠、何故そうなるのですか。
「カノン、行くよ」
そういえば、この村、ここのホットケーキに使われている蜂蜜の産地ですね。
私達は、蜂蜜が名産の村へやって来ました。
妖精隠しのせいでしょうか。外で遊んでいる子供が少なく、全体的に寂しい雰囲気です。
「師匠、蜂蜜のお菓子を食べながら、方針を決めますか?」
「そうだね。宿も取らないとね」
私達は、宿を兼業している食堂へ行きました。この手の小さな村だと、こういう宿が一般的です。私は、部屋の交渉をしているのですが、師匠は名物を頼んでいます。
「ふぁて、ふぁノン、もらった情報を整理しょうか。この村だけでぇ、何か共通点ふぁある?」
「師匠、意味は理解しましたが、食べながら話さないでください」
食べるか、話すか、どっちかにしてくださいというと、絶対に食べます。だから、選ばせません。
情報に目を通しますが、これといった共通点が見当たりません。
「時間も、性別も、最後に目撃された場所もバラバラです。年齢は、子供といえる範囲です。それと、魔法の素質の有無はわかりませんが、家系的には、ないです」
「まぁ、すぐに見つかるようだったら、もう見つかってるか」
そんな話をしていると、師匠の注文した料理が、また、運ばれてきました。
「ねぇ、おねえちゃんたち、ようせいかくしをしらべてるの?」
「ええ、そうです。何度も聞かれていると思いますが、何か知っていますか?」
この宿の子供みたいです。外にだすのは不安なので、家の中で過ごしているのでしょう・
「えーとね、わかんない。でも、そとであそべないから、みんなをみつけてね」
私は、返事が出来ませんでした。確約出来ない以上、無闇に期待させたくないからです。もし、見つけられなかったら。そう考えると、言葉を口に出来ませんでした。
「ふっふー、お姉さんに任せなさい」
「おねえ、さん?」
師匠の笑顔がかたまりました。子供は残酷です。ですが、師匠はまだ若いといえます。大丈夫です。相手が子供過ぎるだけなのです。
「それじゃあ、何でもいいのですが、ここ最近で、変わったことを知りませんか?」
「えーとね、みなみのもりに、おにのきょうだいがいたの。あかいのと、あおいの」
鬼の兄弟ですか。赤鬼と青鬼だとすると、魔獣か何かでしょうか?
私が考えていると、師匠が少年に質問しました。
「ねぇ、青い方は、すごく大きかった?」
「うん、こんなだった」
少年が、手を広げ、大きさを表そうとします。けれど、子供の体では、そこまで大きくは見えません。
「その青い方は、右肩に何かあった?」
「みぎかた?」
師匠は、右肩を叩き、場所を示します。
「えーとね、なんか、しわしわになってた」
「そう、ありがと。ほら、他の料理が出来てるよ」
師匠が、急に話を変え、少年を離しました。しかし、その顔に浮かんでいるのは、何かがつながったような雰囲気です。
「カノン、魔族の野盗、覚えてるよね」
当たり前です。昨日のことですから。
「はい、頭が、青い大きな魔族で、み、右肩が……」
私は、師匠が何を確認したのか、やっと理解しました。
恐らく、あのときの野盗が、誘拐をした一味です。
「可能性はあるよね。そして、兄弟だから、組織自体も、残っている可能性がある。だとすれば、これからも続く可能性があるよ」
さらにいえば、私達が返り討ちにした分、人数が減ったため、それを補充する必要があります。だとすれば、損失を取り戻すために、強行な手段に出る可能性すらあります。
「師匠、やはり杖を取りに行きましょう。魔族が相手にするのなら、必要です」
「でもね、この時間に短距離とはいえ、街道を歩くのは、めんどくさいな。それに、宿も取ったしね」
「ですが!」
「カノン、心配しないの。私を誰だと思ってるの?」
師匠は、それ以上の言葉を聞いてくれませんでした。確かに、師匠は私の知る限り、最高の魔法使いです。ですが、普通の魔法使いは、基本的に核石を必要とします。核石がなくとも、魔法を発動できても、それは、本来の力と比べると、遥かに劣ります。
核石は、使用者に合わせ、調整をしているので、私の杖を師匠が使うことは出来ません。だからこそ、私の心配は、なくなりませんでした。
「さ、カノン、明日は早いよ」
師匠、早いのは、無理だと思います。
翌日の朝、私がいつのも時間に起きると、ベッドに師匠がいませんでした。
慌てて宿の中を探すと、既に蜂蜜を舐めていました。
「カノン、遅いよ。それと、身だしなみは、きちんとね」
「すみません」
怒られてしまいました。なぜだか理不尽なものを感じましたが、この反応は、正しいはずです。
その後、普段よりも圧倒的に早い朝食を取りました。
「師匠、やはり杖を――」
「しつこいよ。私なら大丈夫だから」
昨日と合わせて何度目になるかわからない会話です。師匠は何故ウェストゲートに戻ろうとしないのか、それが私にはわかりません。
「師匠、一つ聞きたいんですが、ウェストゲートにいたくない理由があるのですか?」
師匠は、ウェストゲートにいる間、ずっと周囲を気にしていました。私は、災厄の魔女に関することだと思っていましたが、この様子だと、そうではないようです。
「んー、ちょっとね。嫌な予感ってやつかな?」
「嫌な予感ですか。随分と抽象的ですね」
「そ、よくわからないから、留まらないことにしたの」
結局、私達は南の森に行くことになりました。街道から外れると、草木が茂っており、ローブを着ているとはいえ、スカートから出ている足に、まとわりつきます。こんな時は、師匠のズボンが羨ましく思えますが、師匠が許してくれないので、諦めるしかありません。
野盗が縄張りにしているせいか、野生と思われる魔獣は見たらず、ときおり、警備していると思われる魔獣がいました。魔族は、ある程度であれば、魔獣を操れるので、やはり、魔族が率いているのでしょう。
魔獣と何度か戦闘をしてしまったので、接近は気づかれているはずです。ですが、気づかれた以上、時間をかけてしまえば、逃げられる可能性があるため、急ぐ必要が出来てしまいました。
野盗のアジトへ近づいているのか、敵と遭遇する回数が、目に見えて増えてきました。
「テメーら、何もんだ!」
どうやら、野盗の生き残りと遭遇してしまったようです。
私は、声が聞こえたのと同時に、空気中の魔素と体内の命素を詠唱を頼りに魔力へと練り上げる。この場で、大きな音を立てるのは、得策ではありません。なので、静かに戦います。
「『
風の刃が、野盗を襲います。
襲ってくる以上、手加減はしません。完全に敵である相手に、情けをかけるということは、自身を危険にさらすということです。さらに、師匠の杖がない以上、私がどうにかする必要があります。
私達は、二人で何年も旅をしています。行く先々で、正義感を振りかざした人や、邪な目的がある人に、女の二人旅は危ないと言われ続けました。ですが、私達は、今もこうして無事に旅を続けています。
師匠は、私と出会った直後でも、襲ってくる人に対して、一切の容赦を見せませんでした。それは、旅の危険を知っているからだと思います。私も、そんな光景を目の当たりにし、恐らく慣れてしまったのでしょう。今では、野盗に対して、震えることすら、ありません。
何度か野盗による襲撃を退けていると、私に、一つの考えが浮かび上がりました。
「師匠、次の野盗に、アジトまで案内させませんか?」
「それが早いね。探すのも大変だし」
そう決めると、すぐに次の野盗が現れました。それも、複数です。
「『風斬』」
野盗を一人だけ残すように、魔法を使います。詠唱を唱えるときに、余分に魔力を使うことで、同じ魔法であれば、その魔力量に応じて、複数同時に発動できます。
目の前で仲間が倒れていく。その光景を見た野盗は、恐怖に震えています。
そこへ、空かさず追撃を加えます。
「『
魔法で作られた激流に、野盗が押し流されます。ですが、どこかへ流されてしまったら、意味がありません。流れを操作し、大木へぶつけます。
「ぐは」
大木へぶつけられた衝撃で、野盗が意識を失いました。ですが、道案内をさせるのですから、寝かせるわけには行きません。
私達は、大木によりかかり、意識を失っている野盗に近づきます。そして、大きく振りかぶり――
「カノン、道案内させるんだから、足はダメだよ。やるんなら、腕か頭ね」
「あ、はい」
師匠、やっぱりえげつないです。ですが、その忠告は、たしかです。下手に抵抗されてもあれですから、肩ですかね。
私は、杖の先端を肩付近の骨の隙間に差し込みます。そして、体重を一気にかけます。
「ぐあああ」
野盗が目を覚ましました。かなり痛そうな表情をしています。中の剣を使っているわけではありませんが、尖っているので、痛いのでしょう。
「さて、質問があります」
「ぐ、ぎいい」
強情なのでしょうか?
奇声を上げるだけで、答える気がなさそうです。
「カノン、流石に、刺したままじゃ、無理だと思うよ」
そうでした。抵抗させないために、杖を刺したままでした。
骨の隙間から、杖を引き抜き、野盗が安堵した瞬間に、喉元に突きつけます。
「ひっ」
「いいですか、余計なまねはしないこと。まず、私の質問に対して、YESなら首を縦に、NOなら首を横にふること。いいですか?」
野盗は首を縦に振りました。よしよし、いい子です。
「貴方は、この辺りにアジトを持つ野盗の一味ですね」
野盗は首を縦に振りました。野盗は、この状況に震えています。それはしかたのないことでしょう。野盗とはいえ、仲間が目の前で殺され、その相手が、自身に対して、杖を突きつけているのですから。
「ちょっとこのやり方はめんどうですね。質問に答えるきはありますか?」
野盗は、首を縦に振りました。なら、尋問を始めましょうか。
「まず、この辺りで妖精隠しだと言われている行方不明事件が起きています。私達は、貴方達が、犯人だと思っています。それに対して、どう答えますか?」
「それは……」
野盗が言いよどみました。それに対し、私は、不機嫌そうといわれるツリ目を、より険しくしました。
「わかった。いう、いうから。妖精隠しって言い始めたのは、村の奴らだが、ガキどもを攫ったのは、俺達だ」
「そうですか。では、次です。貴方達の一味に、青い大きな魔族はいますか?」
「ああ、いたよ。昨日、商団の護衛をしてた奴に殺されたんだ。だから、俺達は、今夜ガキどもを人質にして、仇を討ちに行くんだ。邪魔はさせねぇ」
「それでは、次です。赤い魔族はいますか?」
「ああ、俺達の頭は、魔族の兄弟だからな。さぁ、もういいだろ」
いいも何も、逃すわけがありません。何を勘違いしているのでしょうか。
次の質問を考えていると、師匠が近づいてきました。
「うーん、それじゃあ、次は、私ね。私達、野盗を潰しに行くんだけど、道案内する気ある?」
「このアマ、ふざけたことを抜かしやがって!」
「それじゃあ、耳寄りなこと、教えてあげる。右肩に、火傷の跡がある、青い魔族を殺したのは、私だよ」
「な……お前が、やったのか!」
野盗が師匠のことを睨みつけています。けれど、師匠は、意に介していません。この程度の相手には、恐怖を感じる理由がありません。
野盗は、吠え続けていますが、師匠は、それを無視しています。どうやら、ここまでのようです。
「アジトは、どこですか?」
「教えるわけないだろ!」
「師匠、もう十分ですね」
「しょうがないか」
私は、詠唱を始めました。
それに気づいた野盗は、恐怖に顔を染めています。
「まて、待ってくれ」
「『
相手は野盗です。人を犠牲にした上で生活しています。そんな相手に情けをかける気はありませんし、そんな相手だからこそ、非情になれます。
相手が燃え尽きると、師匠がそっと私の頭を抱きました。手と胸で目を覆ってきます。
大丈夫です。私は、慣れていますから。
「カノン、ごめんね」
「大丈夫です。一昨日も大丈夫でしたから」
私は、自分に言い聞かせていました。だから、手が震えていることを、理解しつつも、大丈夫だと、言い張っています。
「一昨日とは違うよ。確かに、襲ってきたのと同じ相手だけど、今日は、私達が襲ってるんだから」
私達は、しばらくそのままでいました。
じっとしていると、耳に届く音は、師匠の鼓動だけでした。
そして、静寂を破ったのは、師匠でした。
「来た方向から、大まかな位置は推測できるけど、魔族の位置わかる?」
「何となくですが、あっちにいるきがします」
私は、何か力を感じる方向を指さしました。師匠がその先を見つめると、何かを決心したようです。
「なら、行ってみよっか」
私達は、黙って歩き続けます。そして、足元に妙なものを見つけました。
「師匠、これは、車輪の跡ですか?」
「んー、そんな感じだよね。とりあえず、たどってみよ」
私達は、街道のある方向とは反対方向へと進みます。街道の方とつながっているということは、襲った相手から奪った荷物を運ぶのに使った可能性が高いからです。
そして、しばらく歩いていると、微かですが、人の話し声が聞こえてきました。
内容は聞き取れません。ですが、何か大きな力を感じます。
気付かれないように、慎重に近づきます。その結果、大きな赤い魔族が、部下と思われる相手に対し、暴れていました。
「お前達、弟を殺した相手は、まだわからんのか!」
「あの護衛団の中では、リーダーが一番強いらしいので、恐らくそいつだと思うので、今、証拠を集めてます」
「早く、早く見つけろ。俺様が、八つ裂きにしてやる!」
赤い魔族は、そう叫びながら、周囲のものに当たり散らしています。どうやら、赤い方が、兄らしいです。
私達は、対応を検討します。
状況としては、頭の赤い魔族と、十人以上の野盗がおり、アジトと思われる洞窟からは、出入りしているようすが伺えるので、恐らく、中には、子供達と、野盗の残りがいると思われます。
「赤いのを倒せれば、瓦解すると思うよ」
「ですが、私では倒せません」
「ふふ、大丈夫だよ。あれの相手は、私がするから」
「ちょっと待って下さい」
師匠は、私の静止を無視し、そのまま野盗に対し、悠々と姿を表します。
野盗からすれば、何の脈絡もなく、魔法使い風の女が現れたことになります。その光景に、野盗のほとんどが、ただ呆然としていました。
師匠は、左手を赤い魔族へ伸ばし、手のひらを向けます。そして、右手で左手の肘の辺りを掴みました。そのまま、魔力を練り上げながら、詠唱を始めます。
赤い魔族は、第六属性である闇属性の魔法ではなく、その強靭な肉体を使うことが、得意なようで、魔法に対しての警戒心を露わにしています。ですが、他の野盗は、杖も指輪も持たない相手に対し、最低限の警戒をしますが、ほとんど何が起きているのかわかっていません。
私は、師匠を放置するわけにもいかず、詠唱をしながら、茂みから飛び出しました。
「魔法使いだ!」
野盗は、私に反応しました。やはり、核石が付いている杖を持っていると、反応しやすいようです。けれど、私が詠唱しているのは、比較的短い詠唱の魔法です。ですから。
「『焔』」
余分に魔力を練り上げ、多重発動させます。ですが、多重発動では、二桁に届きません。
そこで、一つは、陽動が目的で赤い魔族へと放ちました。結果は、予想通り、ダメージを与えることが出来ませんでしたが、私に一瞬とはいえ、意識を向けさせることができました。さらに、普通の野盗には、十分なダメージを与えました。
そして、『焔』に動揺した隙を突き、新しい魔法を詠唱します。今度の目的は、、足止めです。其のために使うのは、やはり、短い詠唱の魔法です。
「『
いつくもの風の刃が、野盗を襲います。
私が、野盗を引きつけている間に、師匠の詠唱が終わりました。ですが、核石を持っていない師匠では、強力な魔法を使えるわけがない。私は、そう思っていました。
「『
それは、私の知らない魔法です。黒い光を纏っていた師匠の左腕を媒体とし、魔法が発動しました。
師匠の周囲から、黒く薄い何かがいくつも出現しました。それは、くねくねと動きながら、赤い魔族へと向かいます。
「こんなもので」
赤い魔族は、正体のわからない魔法に対して、無防備に、殴りかかりました。師匠の魔法が、赤い魔族の拳とぶつかると、拳を縦に斬り裂くように突き進みます。その事実に驚いた表情を見せると、赤い魔族は、自ら横に倒れました。
そのせいか、赤い魔族を斬り裂くはずだった黒く薄い何かは、腕を根本から切断するだけでした。
赤い魔族は、師匠の魔法によって切断された傷口を抑えました。けれども、何が起こったのか理解できていないようでした。
その証拠に、野盗は、全員が、あまりの衝撃に、動きを止めていました。
けれども、師匠は詠唱を続けます。その様子に、意識を取り戻したのか、野盗の一人が叫びました。
「敵だ!」
アジトの中に聞こえるように叫び、仲間を呼びだそうとしたようです。さらに、その声のせいで、この場にいる野盗も、動き始めました。
赤い魔族も、傷口に力を入れ、無理やり血を止めながら、師匠に襲いかかります。しかし、その攻撃を、余裕を持って回避しています。
私は、師匠を確認しつつも、動きを止めません。師匠が核石を使わなくても、魔法を使えることは知っていました。ですが、今までは、ちょっとした魔法を使うところしか、見たことがありませんでした。けれど、あれほど強力な魔法を使えることがわかれば、もう、心配する必要はありません。
「『
より強力な魔法を唱えました。応援が来る前に、今いる野盗を倒すことにしました。そうすれば、応援が来たとしても、これ以上、数で圧倒されることもありません。
師匠は、動きながらも、詠唱をしています。詠唱を聞く限り、私の知らない魔法です。ですが、古代魔法であれば、私が知らないのは当然です。
「『
赤い魔族が、突然地面に倒れました。
何かで上から抑えつけられているのか、まったく動く気配がありません。そして、その力は、赤い魔族を地面へとめり込ませます。
大地にヒビが入りながら、潰されていきます。
私は、何度目になるかわからない魔法を発動させました。
最初にいた野盗は倒しました。けれども、アジトから次々出てきます。この数は予想外でした。
師匠は、魔族にかかりっきりになっています。ですから、私が何とかしなくてはいけません。心の中で、気合を入れなおした時、背後の森から、音が聞こえました。
野盗が戻ってきた?
私は、事実を確認するために、目の前の野盗を視界からはずさないように位置を変え、音のする方向を見ました。
「我々は、ウェストゲート駐在、駐屯兵団である。連続誘拐犯に告ぐ、大人しく投降しろ」
野盗は、駐屯兵の乱入に驚き、大きな隙を作りました。さらに、野盗を超える数の駐屯兵が、アジトも含め、この場を制圧しました。
駐屯兵団の分隊長と思わしき人が、師匠へと近づきます。
「フィーネ=A=グリードだな。通報感謝する。だが、このような危険な行動は、謹んでいただきたい」
「んー、じゃあ、あれ、自由にしていいの?」
師匠は、魔法で赤い魔族の自由を奪っていました。
分隊長は、それを確認すると、師匠にたいして、自身の左胸を見せました。
「私は、灰色の
そういいながら、分隊長は剣を抜きました。それは、普通の隊員が持っているものと同じ剣です。その剣だけでは、魔族の皮膚を傷つけるのが精一杯です。
「その魔法を止めても構わないぞ」
「あっそ」
師匠は、それだけいうと、何のためらいもなく、魔法を止めました。その瞬間、赤い魔族が、飛び上がりました。意識はあったわけですから、話の内容を理解していたはずです。ならば、この行動は、想定の範囲内です。
分隊長の胸にある竜痕が、灰色に輝きました。その光が、剣を覆います。そして、赤い魔族が、残っている腕を振りかぶり、殴りかかりました。けれど、分隊長の灰色に輝く剣が、先に赤い魔族へと届き、魔族の肉体を切り裂きました。
「へー、上手に使いますね」
分隊長は、師匠の声を聞き流し、魔族に対し黙祷を捧げました。
通常の部隊では、魔族を捕まえることは困難です。そのため、殺すしか無かった。恐らくは、そのことを気にしての行動でしょう。
「竜痕を与えられたものとして、使いこなすのは、当然の責務だ」
「師匠、あれが、竜痕ですか?」
私は、竜痕を始めてみました。
王都で国王に認められた人にのみ与えられる竜の加護だそうで、色によって、与えられる加護の量が変わるらしいです。
「灰色だからね、今の時代なら、そこそこ珍しいよ。竜痕所持者の質が低下して、ほとんど白に近いのしか出てきてないって聞いたから」
「純白の竜痕は、第五属性である光属性に含まれる治癒魔法の後天的適正を得られるらしいですね」
「でも、純白なんて、滅多にでないね」
普通は、竜痕の力を使って、自己強化を行えるようになるらしいです。
個人の質を上昇させることによって、軍全体を強化する方針のきっかけです。
「君達、誘拐事件の協力に感謝する」
「いーえー、私達だけでやるのは、面倒ですから」
「師匠、そこは、嘘でも助かりましたと言っておくべきです。それと、いつの間に連絡したんですか?」
私と一緒にいる間、どこかに連絡するようなことは、していなかったはずです。なにせ、起きてからずっと一緒にいましたから。
「ん? 今朝だよ。カノンが、よく寝てるから、その間に、村の人に頼んだの」
珍しく早起きしていると思ったら、そんなことをしていたのですか。
師匠、そういう大事なことは、前もって教えて下さい。
「ん、ごほん」
私達が話の方向をずらしていると、分隊長がわざとらしく咳払いをして、意識を引き戻しました。
「我々は、子供達を保護して、いったんウェストゲートへと向かう。君達はどうする?」
「送ってもらえると助かりますが、分隊長さんで間違いありませんか?」
相手の身分を確認しておく必要があります。下手なことをいうと、失礼に値するかもしれませんから。
「ああ、私は、分隊長を務めている」
「私達は、魔法協会からの依頼で、今回の件を調べていました。報酬の関係上、私達の成果を、そちらから魔法協会に証明していただけますか?」
依頼内容は、妖精隠しの調査ですが、その調査に関係したことですし、犯人も突き止め、子供達も保護出来ているはずです。ならば、依頼主が予定している全額を受け取れるはずです。
「ふっ、そういうことか。まぁいい、そのくらいはしましょう。では、準備が終わるまで、しばらく待っていてくれ」
分隊長は、行方不明の子供達のリストと、アジトにいた子供達を照合しています。どうやら、全員の確認がとれたようで、移動の準備にとりかかっています。
移動の最中に、野盗から聞いた内容を、報告しました。ウェストゲート襲撃計画と、青い魔族を殺した人物を見つけるという目的があったので、ウェストゲートに入り込んでいる野盗が残っている可能性があるからです。
私達は、分隊長を引き連れ、魔法協会へやって来ました。妖精隠しの調査依頼の報告が目的です。
「すみません、妖精隠しに関しての報告に来ました」
「ああ、昨日のお嬢ちゃんか。何かわかったのかい?」
私が、分隊長の方を見ると、受付のおばさんも、つられて視線を向けていました。
「私は、ウェストゲート駐在、駐屯兵団の分隊長をしているものだ。彼女らの協力によって、この付近で多発していた連続誘拐事件が解決出来た。これは、そちらの妖精隠しのリストとの照合の結果だ。受け取って欲しい」
「え、ああ、そ、そうさね」
受付のおばさんは、突然のことに理解が追いついていないようでした。妖精隠しだと思われていたことが、連続誘拐事件だったのですから、無理もありません。そして、極めつけに、解決したのですから。
状況を何とか理解したのか、渡されたリストに目を通し、確認しています。そして、私に対して、結果を告げました。
「そうさね、書類の精査と、依頼主への報告があるから、結果は明日でいいさね?」
私は、師匠を見ました。この都市にいたくない。そんな雰囲気を醸し出していたため、明日へ引き伸ばされることに、戸惑いを感じていました。
「しょうがないか」
師匠は、とりあえず諦めることにしたようです。
「それでは、明日伺います」
「多分だけど、全額受け取れるさね」
それは何よりです。
分隊長は、軽く挨拶を済ませると、先に出て行きました。
私達は、師匠の杖を取りに行く必要があるのですが、師匠が疲れたというので、少し休んでからいくことになりました。
しばらく休憩していると、どこかで見たことあるような剣士が、受付へ歩いて行きました。
「報告に来たぜ。妖精隠しの依頼についてだ」
「ああ、あれなら――」
「本物なら、記憶を失い、どこかへ飛ばされているはずだ。だから、各地の知り合いに連絡して、一斉に探す手配をしてきた。これで、見つけられるはずだ」
各地の知り合いに連絡ですか。長距離通信の魔法は、特殊な媒体を必要とするので、魔法協会や、王国の出先機関や、軍、4大都市で活躍する商会などが所持しており、後は、一部の貴族が道楽で所持していると言われています。
ですが、その設備を使うには、専門の魔法技師が必要ですし、魔法的に連結している媒体にしかつながらないため、連絡網としては弱いですが、全てを使うことが出来れば、王国の全土を網羅できると言われています。
あの剣士に、それほどのコネがあるとは思えません。
「さぁ、この成果を査定してくれ」
「いや、その件だがね、解決したんさね。野盗による連続誘拐事件だったさね」
「な……なんだと……」
「ほら、あそこに二人の魔法使いがいるさね。彼女たちが、解決したんさね」
おばさん、こっちに話をふらないでください。私は、あの剣士について思い出してしまいました。
サウスゲートの近くの街で、商人に護衛として売り込んでいた剣士です。何でしょうか、こちらを睨みつけています。とりあえず、目を逸らしておきましょう。騒いでこないことを祈るだけです。
ですが、祈り通じず、こちらへ近づいてきました。
ちなみに、師匠は寝ています。休憩と言っていたはずが、すぐに寝始めていました。
「おい、お前、俺の苦労をどうしてくれるんだ」
視線を逸らしている私に対して、顔を近づけてきます。
さて、どうしましょうか。とりあえず、穏便に済ませましょう。
「誘拐事件を解決出来なかったのは、貴方の未熟さ故です。それを私達のせいにしないでください」
「なんだと、この小娘が!」
何故でしょう、煽ってしまいました。ですが、やってしまったことは、どうしようもありません。とりあえずは、落ち着いてもらうべきです。
「そもそも、居なくなった子供達の情報を見る限り、妖精隠しでないことは明白です。貴方は、妖精隠しに対して、中途半端な知識しか持っていなかったのですから、どのみち解決なんで出来ません」
「ふざけるな。俺がどれだけの苦労をして調べ上げたと思ってる。許さねぇ」
煽る気は全くないのですが、本音が口をついて出てしまいました。
私が、どうしようか考えていると、剣士が、腰につけている剣に手を伸ばしました。もし、剣士が剣を抜くのであれば、私も、それ相応の対応をしなければいけません。
視界の隅を確認すると、何人かは息を呑んで見守っています。
私は、ただ、剣士をじっと見つめます。ツリ目のせいで、睨んでいるように見られますが、普通に見ています。ですが、相手に威圧感を与えるようで、剣士は、剣を握ったまま動けずにいます。
そして、奥から声が聞こえました。
「ここで剣を抜く意味がわかっているのですか?」
私達は、その凛とした声のする方に、視線を向けました。
そこには、メガネをかけ、金色の髪を後ろで束ねている女性がいました。その声で、この場を支配していた緊張が、別のものにかわりました。
「誰だ」
「まったく、最近は剣士の質も落ちたものです。私は、この支部を任されている、シルヴィア=オペラです。ここで剣を抜くということは、魔法協会の全てを敵に回すということです。それを、理解していますか?」
剣士は、言葉を発することが出来ません。魔法協会の全てを敵に回して生きていけるはずが、ないからです。
そして、オペラさんは、私の方を見つめて、口を開きました。
「貴女も、貴女です。火に油を注ぐようなことを言って、何かあったらどうするのですか」
「いえ、煽る気は無かったのですが、何故でしょう?」
これは、嘘偽りのない本音です。ですが、それを信じられないようで、オペラさんは、ため息をついていました。
「一応、貴方の報告に関する査定もしますが、既に解決しているため、報酬は出ないものと思ってください。今日のところは、大人しく帰るのであれば、問題にしないことを約束しましょう」
剣士は、顔を赤くしながらも、大人しく帰って行きました。これ以上暴れることに、一切の利益がないことを理解したのでしょう。大事にならなくてよかったです。
「えっと、シルヴィア=オペラさん、危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
「いえ、この中での揉め事は、全て私に解決の義務がありますから。ですが、貴女も、言葉には注意するように」
「はい、すみませんでした」
この場をおさめてくれたことには、感謝します。私も、この仕込み杖を抜く必要がありませんでしたから。とりあえず、師匠を起こして、この場を去るとしましょう。
「ああ、それと、貴女も、ここで剣を抜く意味を理解しているのでしょ」
私は、師匠を起こす手を止めてしまいました。
さっきは、持ち手を握っただけで、抜く素振りを見せていないにも関わらず、気付かれていたとは思っていませんでした。私は、ただ笑って誤魔化すので、精一杯でした。
シルヴィア=オペラさん、ただならぬ人です。
私達は、杖を受け取り、お風呂の付いている宿へと戻りました。今日はいろいろありましたが、明日は平穏に旅が出来ることを祈ります。師匠が、ここにいたがらない理由は、わからずじまいですが、何かある前に、ここを離れてしまえば、問題ないのですから。
こんばんは
本来であれば、事件が起きるので1話、ヒントを見つけて解決で1話を使うべきなのかもしれませんが、気が付いたら、1話で書ききっていました。
さて、王道とかいいつつ、中々勇者が出てきません。いや、ちゃんと出てきますよ。ちょっと時間がかかっているだけですから。
それでは、今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。
これからもお付き合いいただけると、幸いです。