私が目を覚ますと、ぼやけた視界に、何処かで見たことのある天井が映りました。
けれど、体が重く、動けそうにありません。
ここは、どこでしょうか。
声を出そうにも、うまく声が出ません。
ただ、手から覚えのある暖かさが流れこんできています。
「フォ、フォル、テ」
間違いありません、この暖かさは、フォルテのものです。
「カノン、よかった。目を覚ましたんだな」
フォルテが私の顔を覗きこんできました。
その瞬間、私の視界が一気に晴れました。
「どう、なったん、ですか?」
「ああ、マガツヒを倒したら、黒い場所が壊れ始めてな、何とか戻って来たんだ」
マガツヒがあの場所の核となっているのであれば、その存在がなくなったことで、あの場所自体が壊れたことは説明がつきます。
そして、それは当初の目的通り、マガツヒを倒せたということです。
「それで、私は、どうなったん、ですか?」
「多分、命素を使いすぎたんだ。それも、かなりやばいところまで」
命素の使い過ぎは良くないと言われていますし、随分前に警告を受けた覚えもあります。
最近疲れているように感じたのは、そのせいもあったのでしょう。
「無理はしないでくれ」
とりあえず起きようとしたのですが、フォルテに止められてしまいました。
「寝たままだと、悪いですし、起きるくらいは大丈夫ですよ」
「わかったよ、でも、無理はするなよ」
フォルテが体を支え、起きるのを手伝ってくれました。
長い間寝ていたのか、少し体が硬いです。
「ありがとうございます。それで、その後のことも、教えてくれますか?」
「ああ、まず戻って来てからだけど、命素を使いすぎたんなら、補給すればいいってことで、俺がこうやって命素を送ってたんだ」
そういえば、先程までは手を繋いでしました。
体の中に残る暖かさは、このお陰だったんですね。
「でも、フォルテも消耗してるはずですよ」
「そこはほら、ノイン達にも協力してもらったんだ」
「でも、魔族は……」
魔族にも命素がある。それはわかっています。けれど、魔族が人に命素を渡せるほど、器用に操れるとは思えません。
「カノンの言いたいこともわかるよ。実際、命素を操ることは出来ないって言われたから。でも、魔族の方も、命素の鎌の欠片を回収しててな、それで深く斬れば、命素に到達するから、体の外に出た命素を使ってくれて言われたんだ」
かなり無茶苦茶な方法です。
私の記憶が正しければ、相当深く傷つけないと体の中の命素まで到達しないはずです。しかも、それをフォルテが上手く回収出来る保証すらありません。
けれど、そんな危険な手段を使ってまで、私を助けてくれたのですから、ちゃんとお礼をしなければいけません。
「そうだったんですね。フォルテ、助けてくれた皆さんに、お礼を言いたいのですが」
「それに関しては、マガツヒを倒してくれたんだから当然のことをしたまでだって言ってたぞ。むしろ、この程度じゃお礼にもならないってさ」
そこまで感謝されているとは、恐ろしいくらいです。
まぁ、そのことに関しては、後で何とかしましょう。
「とりあえず、それは置いておきます。それで――」
突然フォルテが顔を近付けてきました。
それどころか……、あの、えっと、その。
「カノン、状況を把握したいんだろうけど、病み上がりどころか、まだまともに動けないんだから、後にしてくれ」
しばらくして、フォルテが離れ、そんなことを言っています。けれど、動揺しているので、意味がわかりません。
とりあえず、今顔が赤くなっているのだけはわかりました。
「い、いま、何したんですか!」
「ほらほら、落ち着いて」
「お、おち、着いてなんて、言われても、その、だって、初め、て、なのに……」
もう少し雰囲気とか、いろいろ考えて欲しいです。
けれど、フォルテは何故か気まずそうな顔をしています。
「えっと、ごめん、前に、カノンにしたことあるんだ」
「……い、いつの間に。まさか、寝込みを襲ったんですか」
私が覚えている限り、フォルテとそんなことをした覚えはありません。
「ほら、帝国にあるベップウの遺跡で、溺れただろ。あの時、水の中で、人工呼吸を」
あの時のことは、フォルテの顔が近くにあったということは覚えています。
けれど、意識が朦朧としていましたし、突然のことだったので、どんなふうになっていたかはわかりません。
「それは、救命なので、なしです。数えません」
何だか無駄な抵抗のようなきがしますが、とりあえず、言ったもん勝ちです。
「カノンがそう言うなら、いいんだけど」
「フォルテ、その、もう少し雰囲気とかを考えて下さい。そうすれば、その……」
私は何を言っているのでしょうか。
まぁ、嫌ではありませんが……、いえ、そうではなく、状況というものがあります。
「なるほど、つまり、雰囲気を考えてから、行動すればいいんだな」
そんなことを言いながら、フォルテが近付いて来ます。
それどころか、私を押し倒し、覆いかぶさってきました。
「あの、えっと……」
「こうして無理やりそういう雰囲気にするのも、ありだよな」
「は、は――」
突然、扉が叩かれ、声が聞こえました。
「ノインですが、フィーネさんは、起きられましたよね」
何度か少し大きめの声を出したので、気が付いたことは、知られているはずですね。
フォルテが、少し残念そうな顔をしています。
「私は一生フォルテのそばにいますから」
そう言って笑いかけると、フォルテが嬉しそうな顔をしています。
そして、気を取り直して扉を開けに行きました。
「ああ、カノンなら起きたぞ」
「そうですか。何なら、後で来ますが、どうしますか?」
ノインさんが不敵な笑みを浮かべています。
とりあえず、顔を見られないように気を付けることにしました。
「大丈夫だ。ただ、まだまともに動けないぞ」
「少し話をしにきただけですから、問題ありません。けれど、そちらに行って、大丈夫ですか?」
絶対に私とフォルテの会話を聞いて、頃合いを見計らっていたに違いありません。
ただ、少し早かったので、助かりました。
「大丈夫ですよ」
今度は一人で起き上がりました。
けれど、何かいい匂いがします。
「フィーネさんにお食事をお持ちしました。10日も寝たままでしたから、何か食べたほうがいいでしょう」
「え……」
そんなに寝ていたのですか。だから、こんなに体が重いのですね。
「この話はまだだったみたいですね。とりあえず、食べますか?」
「そうですね、いただきます」
ノインさんが廊下に向かって合図をすると、食事が運ばれてきました。
どうやら、食べやすいものを用意してくれたようです。
二人が待っているので、ゆっくり食べるわけにはいきません。
けれど、久しぶりの食事なので、ゆっくり食べざるを得ませんでした。
「それで、何の話をしにきたんですか?」
「今後のことです。我々魔族との交渉窓口として、王国では、デュオ=グレイスが、帝国では、女帝シンセ=ドラムスがいます。けれど、最大の功績を残したお二人を無視するわけにはいかないので、先に確認させていただきたいのです」
私とフォルテは顔を見合わせました。
正直なところ、他国との交渉を取りまとめろと言われても、何も出来ません。
私としては、残りは丸投げしたいです。
「私のことは無視してくれて、かまわないです。何も出来ませんから」
「俺も政治的なことはわからないから、兄貴に任せるつもりだ」
「そうですか、予想通りですが、確認出来て良かったです。それでは、今後のことはお任せ下さい」
そのままノインさんは部屋を出て行きました。
私達は、二人で部屋に残されています。
そして、数年の月日が経ちました。
今、私は、魔法学園がある都市の外れに住んでいます。
街中に住めないのではなく、広い場所が必要だったので、外れの方になってしまいました。
家のことをしていると、元気な足音が聞こえ、そのまま扉が開くと、元気な声が聞こえてきます。
「おかーさん、わーずまんが、はやくきなさいって、いってたよ」
「アリア、ワーズマンじゃなくて、ワイズマンでしょ」
「うん、それ。いつもみたいに、せっかく、りんじなんとかにしたんだから、かおをみせるべきですわって」
ここに住んでいるのも、メゾがワイズマンになってから、魔法学園の臨時魔導師という肩書を押し付けられたという理由もありました。
ちなみに、魔法関連の教員だから魔導師だということです。
私の気が向いたらくればいいと言われたのですが、ちょっといかないだけで、すぐに呼ばれてしまいます。
「ところで、また学園に行ってたの?」
「だって、わーずまんがあそびにきてっていったから」
アリアにも、魔法の基礎は教えてありますが、ちゃんとした生徒でもないのに、学園に立ち入らせるのは、警備の面で問題があるきがします。
まぁ、身元ははっきりしていますが。
「家事も一段落しましたし、たまには行きましょうか。アリアも行く?」
「うん、またいくー」
私はアリアと手をつなぎ、学園へと向かうことにしました。
アリアの名前は、師匠から頂きました。私にとって、最初の大切な人の名前です。
フォルテに相談したときは、躊躇うこと無く賛成してくれました。
ただ、髪はフォルテと同じ金髪ですが、目は私に似てツリ目になっています。
けれど、常に笑っているので、目付きは悪くありません。
「そうだ、お父さん、今日は都市の方で仕事してるから、後で向かえに行こっか」
「うん、おとーさんのおむかえ、いくー」
フォルテにはブラッキーがいるので、遠い場所に行かない限りは、毎日帰ってこれます。
けれど、今日は珍しく都市の騎士団に呼ばれているそうなので、ブラッキーは家の隣で寝ていました。
学園での仕事も、フォルテが帰るまでには余裕を持って終わるので、迎えに行くにことが出来ます。
それでは、メゾのお小言を聞きに行きますか。
こんにちは
今回で最終話です。
今回までお付き合いくださり、ありがとうございました。