私達は、王都シンフォニアへ向かう馬車に乗っています。和睦の使者は、王都にいるそうで、使者と引き合わせるために、王都へ連行されています。模擬戦の後、すぐに出発したのですが、ウェストゲートからは、それなりの時間がかかります。大量に消費した命素事態は、既に回復しているので、日常生活に支障はありません。ただ、騎士団に所属している魔法使いに、『
私が、馬車の中を見渡すと、師匠が寝ています。何故、師匠はこの状況で寝ていられるのでしょうか。
「貴女の師匠は、いつも寝ているのですね」
その視線が、師匠の胸を捕らえていることに関しては、触れないことにしましょう。コロナ=クワドループルさんは、スレンダーですから、触れてはいけないはずです。
「ええ、それが師匠です」
先ほどまで師匠は、私に古代魔法を教えてくれていました。騎士との模擬戦で、実力は十分だと判断してくれたようです。
この馬車には私と、師匠と、コロナ=クワドループルさんが乗っています。ですが、この人には、どうも馴染めません。
「そうそう、さっきデュオ様に叱られてしまいました。貴女達に対して壁を作りすぎだと」
「はぁ」
壁を作っているのはお互い様なので、気にすることではないと思います。けれど、突然だったので、簡単な返事しか出来ませんでした。
「そこで、貴女のことを、名前で呼ばせてもらうから、貴女も名前で呼びなさい。お互いに、貴女とか、すみませんとか、言ってるから、名前すら読んでいないものね」
「まぁ、そうですね。王都までの付き合いですが、少しは打ち解けますか。では、クワドループルさん」
「何かしら、フェアリ」
呼び捨てにされました。実際、クワドループルさんの方が、年上なのでおかしくはありません。ですが、基本的にカノンと呼ばれることが多いので、違和感を覚えます。ですが、私の名前を呼ぶのは、基本的に師匠だけなので、問題ないでしょう。
「試しに呼んでみただけなので、気にしないでください」
「そう。なら、私が質問するわ。私は、純白の竜痕を持っているの。だから、命素の動きには、人一倍敏感よ。その感覚を持って警告させてもらうけど、フェアリの魔法は、危険すぎるわ。魔法の維持と、魔法の連続発動で、大量の命素を消費しているから、一歩間違えれば、死にかねないわ」
それは、私が一番理解しています。なにせ自分のことですから。
「そのおかげと言ってはなんですが、命素の量と、回復力は、人並み外れていますよ」
私の反論に、クワドループルさんは、呆れた顔をしています。ですが、危険は承知で使っているのですから、余計なお世話です。けれど、私は一つ思い出しました。
「忘れていましたが、治療、ありがとうございました」
「あら、気付いていたの?」
「気付いたというよりは、今、理解したというところです。最後の魔法で作った火傷が、ほとんど消えていますから。それに、クワドループルさんの、純白の竜痕の話を組み合わせれば、誰でもわかります」
純白の竜痕を持つということは、治癒魔法の後天的適正を手に入れることになります。それは、高度な治癒魔法を使えるということです。クワドループルさんは、短めの黒髪に、キリッとした顔立ちで、少々厳しそうな印象がありますが、どうやら優しい人のようです。
「それだと、忘れていたわけではないわね」
訂正です。ちょっと嫌味な人です。
私達は、とうとう王都シンフォニアへ到着しました。師匠との旅では、今まで来たことはありません。師匠は、何故か大きな都市へ行くことを嫌がっていました。それについても、案の定、教えてくれません。
こうして考えると、私は師匠について、知らないことが多いようです。
王都の端にある、グレイス家へと案内されました。グレイス家は、代々漆黒の竜痕所持者を排出しており、英雄の家系と呼ばれているそうです。
応接間のようですが、高そな調度品が、数多く置いてあります。この部屋には、私と師匠が並んで座っており、デュオ=グレイスと、クワドループルさんが向かい側に座っています。
「さて、それでは、帝国への使者を紹介する前に、カノン、君は私のことを、グレイスさんと呼んでいるが、少し紛らわしくなるから、デュオで構わないよ」
私には、このデュオ=グレイスに名前で呼ばれる筋合いも、名前で呼ぶ筋合いもないのですが、何故こうなるのでしょうか?
まぁ、紛らわしくなるという理由があるのでしたら、理解しましょう。納得はしませんが。
「わかりました。では、デュオさん、名前で呼ぶことを許した覚えはありません」
「ハハハ、フィーネ、昔の君にそっくりだ」
デュオさんを、さん付けで呼んだ途端、クワドループルさんに睨まれました。そういえば、彼女は、様付でしたね。
「そうだよ。私の弟子だからね」
師匠の返事の後、扉がノックされました。
「ここでフィーネとの昔話に花を咲かせたいが、来たようだ」
ノックに対し、返事をすると、私と同い年くらいの少年が入ってきました。
「兄貴、何かようか?」
「紹介しよう。私の弟の、フォルテ=グレイスだ。お客様がいるんだ、挨拶をしなさい」
「どうも、不出来の弟の、フォルテ=グレイスです」
ファミリーネームで呼ぶと、紛らわしくなるといったのは、こういうことでしたか。ですが、この兄弟は、似てないですね。長い金髪の兄と、金髪は同じでも、無造作に散らかしている弟、体格も、兄は、細身ですが、華奢というよりは、無駄がない印象です。それに引き換え、弟は、普通です。目に見える部分では、鍛えられていることはわかりますが、筋骨隆々でもありませんし、骨でもありません。とにかく、普通です。
どうやら、私の品定めをするような視線に気付いたのか、向こうも、私と師匠を見比べ始めました。
彼が、私と師匠の胸を見比べ、私に向かって笑いかけてきました。何故でしょう、無性に腹がたちました。恐らくは、同情されたのでしょう。
これは、仕返ししてもゆるされますよね。そう思い、杖を握る手に、力を込めました。
「いや、待ってくれ」
「どうかしましたか? 胸を見て馬鹿にしてきた相手に、魔法をぶつけようとすることの、何を待つのでしょうか?」
つい、考えが口から出てしまいました。何故でしょう。
私の言葉を聞き、スレンダーなクワドループルさんが、フォルテ=グレイスを睨みつけていますが、きっと私には関係のないことです。
「いや、馬鹿になんてしてないから」
「まぁまぁ、二人共、これから共に旅をするんだから、仲良くしてくれ」
「は?」
偶然ですね。私と、フォルテ=グレイスの声が重なりました。
「前にも言ったが、フォルテが、帝国への使者だ。そして、こちらの二人が、その護衛だ」
フォルテ=グレイス、今代の英雄の弟というのは、王国にとっても重要な人物です。それが、和睦の使者として帝国を訪れる。確かに、王国の本気を示すには、ちょうどいいでしょう。
ですが、人の胸を見て同情してくる人を護衛していると、私が襲撃してしまいそうです。
「兄貴、そういうことは、前もって言ってくれ」
「私は嫌です」
「ふふふ、カノン、面白そうだから、引き受けようか」
師匠は、そのタレ目をフォルテ=グレイスへ向け、両腕で胸を少し寄せています。その仕草に、フォルテ=グレイスは、静かに息を飲んでいます。胸ですか、胸がいいんですか。
「君は相変わらずだな。本当に、懐かしいよ」
デュオさんが、何処か遠いところを見ています。この二人については、そのうち追求しましょう。今は、この非常事態を切り抜けるのが、先決です。
「師匠、私は――」
「カノン、引き受けるからね。フォルテ君、私は、フィーネ=A=グリード、それで、この娘が、カノン=フェアリ、私の弟子だからね。まぁ、よろしく」
「は、はい。俺は、フォルテ=グレイスです。フィーネさん、よろしくお願いします」
フォルテ=グレイスは、師匠だけをみて、丁寧にお辞儀しました。何でしょうか、私は眼中にないということでしょうか。
そして、フォルテ=グレイス、貴方は師匠のことをグリードさんと呼びなさい。名前で呼ぶなんて、100年早いです。
「あ、あの、フィーネさん、そいつが、ちょっと怖いんですが……」
気がついたら、いつも以上に睨みつけていました。私は、最近人を睨んでばかりな気がします。
「私が、怖いですか。ですが、貴方に振りかかる本当の恐怖はこれからですよ」
フォルテは、私に怯えています。ですが、師匠に対し、馴れ馴れしくしている以上は、恐怖に震えてもらいましょう。
「こらこら、眉間にしわ寄せちゃって。それと、一緒に旅をするんだから、名前で呼ぶこと」
「師匠が言うなら、仕方ありません。では、グレイスさん」
「何だ、フェアリ」
何故私は呼び捨てにされるのでしょうか?
そんなことを考えていると、師匠から横槍が入りました。
「はい、やり直し、フォルテ君、この娘は、カノン。そして、カノン、フォルテ君だよ。あ、敬称禁止ね」
私は、無言で師匠を見つめます。名前を知っている人を呼び捨てにする。それは、私にとって、とても難しいことです。
「では、フォルテ」
「何だ、カノン」
「とりあえず、魔法をぶつけていいですね」
「よくねーよ」
胸を見て同情してきた件、私は忘れません。私は、師匠ほど胸はないですが、クワドループルさんのように、スレンダーでもありません。並です。
「君達の仲が良くなったようで、なによりだ」
「そうだね。後は若い二人に任せて、私達は三人で、詳細を詰めようか」
やめてください、フォルテと二人にされたら、魔法を使ってしまいます。それにしても、私をここまで怒らせるとは、中々恐ろしい人です。
「待て、そんなことされたら、殺される」
「お前も漆黒の竜痕を持っているんだから、大丈夫だろ」
私は、驚きました。グレイス家が、代々漆黒の竜痕所持者を排出していることは知っていました。けれど、フォルテも持っているとは思いませんでした。
「それに、詳細を詰めなきゃいけないのは、本当だから、カノンは、フォルテ君に、王都を案内してもらいなさい」
「詳細を詰めるなら、私達もいた方がいいのでは?」
「そうだ。俺が使者なんだから」
フォルテも、まともなことをいいますね。それに、こんな人と二人っきりにされるのは、まっぴらゴメンです。
「だーめ。カノンは、フォルテ君と王都の観光をして、美味しいものを買ってくる仕事があるんだから」
師匠、結局食べ物ですか。
私が呆れていると、デュオさんが、苦笑いしています。
「そういうことだ。フォルテも頼むぞ」
こうして、私達は王都観光と師匠のお使いをすることになりました。ですが、はっきり言ってめんどくさいです。そもそも、私の興味をそそるようなものがあるのでしょうか?
私達は、グレイス邸から放り出されてしまいました。隣には、フォルテがいます。とりあえずは、彼に案内させるしかありません。
「フォルテ、持ち帰れる美味しいものに、心当たりはありますか?」
「んー、フィーネさんは、好き嫌いとかあるのか?」
「ありませんよ。美味しければ何でも食べます。ただ、苦いものは苦手らしいです」
フォルテは、私の答えを聞くと、上を向き、考えています。
何かつぶやいていますが、それを聞く限り、かなりの量がありそうです。
「まぁ、大抵のものは、配達してくれるから、手当たり次第にいくか」
「そうですか。ああ、支払いは私がするので、案内だけ、お願いします」
無闇に借りを作りたくないので、ちゃんと蓄えから支払います。ですが、フォルテには奢りません。これは、私と師匠のお金ですから、無駄遣いはしません。
「わかった。それじゃあ、何件かまわるか」
私達は、手当たり次第にお店をまわりました。師匠は、基本的に出されたものは残さないのですが、体型に変化はありません。なので、安心して買うことが出来ます。
何件か周り、私は、蓄えから師匠の分と私の分を払いました。お会計の際に、会計を奪い合う私達を見て、店員さんが苦笑いしていましたが、そこは譲れません。
「カノンに王都を案内するように言われてるから、一箇所連れてってやる」
「いえ、連れて行ってもらわなくて大丈夫です」
「いいから、行くぞ」
そういうと、フォルテは、私の手を掴み、引っ張っていきます。流石に力では敵わないので、大人しく付いて行くことにしました。けれど、この痛み、後で仕返しをします。
私は、王都の中心部へと連れて行かれました。
目的の建物は、大聖堂でした。
「ここが、王都の大聖堂だ。聞いたことあるだろ。騎士に竜痕を授けるための場所さ」
「大まかには、聞いています。ところで、フォルテも騎士学校に行ってるはずでは?」
「ああ、竜痕も貰って、寮で生活してたんだけど、兄貴がやらせたいことがあるって、呼び寄せたんだ」
騎士学校で、ある程度の成績を収めると、王都の大聖堂に連れて来られ、竜骸の炎によって、竜痕を付けられるそうです。その色は、個人の資質や適正によるそうですが、純白や漆黒の竜痕は、滅多に出ません。つまり、フォルテは、それだけ貴重な存在だということです。
「この竜骸の炎って、天竜王アマツが人間に与えた竜の力って言われてるんだ。この力で、魔族を倒せって解釈してる連中が、大半だけどな」
「帝国を旅した時に聞いたのですが、帝国にも、アマツから与えられたものがあるらしいですよ。それが本当なら、アマツに力を与えられた国同士が、戦争をしてるんですね」
フォルテは、「そうだな」と短く言うだけで、黙ってしまいました。そもそも、アマツが、何故二つの国に、力を与えたのか、わかっていません。
しばらくは、大聖堂の中を見学することになりました。ですが、展示品などに興味があるわけではないので、そう長くは持ちません。そして、飽きました。
「大聖堂の前にある広場で、休憩するか」
「そうですね」
フォルテが、また手を掴もうとするので、その前に手を引いてやりました。そう何度も掴ませません。痛いですから。
少し残念そうな顔をしていますが、私はいちいち気にしません。
「どこか座れるところはありますか?」
「ああ、あっちだ」
広場のはずれの方に来ました。確かに、椅子が設置してあるので、休めそうです。
「あ、ちょっと座って待っててくれ」
「ちょっとだけなら、待ってあげます」
理由はわかりませんが、とりあえず座って待つことにします。長く休めるのなら、何よりです。
フォルテは、どこかへいったので、私一人です。日当たりがよく、過ごしやすい気温なので、眠くなってきました。これは、師匠がよく寝ている気持ちがわかる気がします。
こうして、うとうとしていると、視界の隅にフォルテが映りました。何かを持っているような気がしますが、私は寝そうになっているため、頭が理解しようとしません。それどころか、フォルテが戻ってきたにも関わらず、このまま寝ようとしています。
フォルテが何か言っていますが、既に意識を手放しかけている私に、言葉は届きません。
次の瞬間、フォルテが、ひんやりしたものを、私の頬に当てました。
「ひゃう」
突然のことに、変な声を上げてしまいました。
「な、何をするんですか!」
これは、後で仕返しをする必要があります。
そう決心しながら、フォルテが手に持っている物の正体を確かめます。
「ほら、溶けるぞ」
ソフトクリームでした。魔法で凍らせた氷を使って、牛のミルクから作る冷たいお菓子です。前に何処かで食べたことがあります。とても甘くて美味しかった記憶があります。
「これを、師匠にですか? 流石に溶けますよ」
「違うよ。カノンに、だ」
私は、差し出されたソフトクリームに目をやります。私の頬に当てたせいで、多少形が崩れています。そして、それを見て、頬を確認すると、ソフトクリームが、少し付いていました。
フォルテをおもいっきり睨みつけます。
「その……、眠たそうだったから、冷たくて起きるかなって……、ごめん」
私は、ソフトクリームを受け取りながら、謝罪を受けました。謝るのなら、最初からやらないでください。空いた手でハンカチを取り出そうとしていると、また、頬のに何かが当たりました。
フォルテが、自身のハンカチで、私の頬を拭いています。とりあえず、その心がけだけは、評価しましょう。
「とりあえず、お礼はいいますが、いきなりやらないでください。驚きます」
「ごめん」
「その台詞は先程も聞きました。謝罪は入りません。それで、これはいくらですか?」
借りは作りたくありません。ですから、ちゃんと代金は支払います。
「いいよ。女の子には、優しくするもんだ」
「優しくするのに、ソフトクリームをぶつけるのですね」
「いや、その、許して」
ソフトクリームの件の謝罪は、終了しています。ですから、謝らなかったことは、評価しましょう。
「では、許します。ですが、胸を見て同情したことは、絶対に許しません」
「いや、別に同情したつもりはないんだけど……」
私が、睨みつけると、フォルテはそれ以上続けられなかったようです。
「さて、そろそろいい時間ですが、他には、どこかありますか?」
「いや、ほとんどまわったかな。帰ろうぜ」
「そうですね。グレイス邸へ行きましょうか」
私達は、グレイス邸へ向けて歩き出します。ですが、その途中で、大事なことを思い出しました。
「フォルテ、ソフトクリーム、ありがとうございました」
「ああ、気にするな」
お礼を言い忘れていました。これを忘れるとは、人としてまずいです。それが、どんなにひどい相手でもです。
グレイス邸へ戻り、夕食をごちそうになりました。とても美味しかったです。
「フィーネ、先ほどいい忘れたのだが、フォルテの剣をとある場所に依頼しているんだ。それを取りに行ってもらってもいいだろうか?」
「何処?」
それはもっともな質問です。帝国へ行くのに、反対側だった場合、とてつもなくめんどくさいです。
「ああ、方角的には問題ない。ここから南東にある、魔導都市だ」
それは、魔法学園を持つ、この王国最大の魔法研究の場です。数多くの魔法設備や、魔法が研究・開発されています。そこで剣を作っているということは、特殊な鉱石を使っているのか、特殊な加工をしているかのどちらかのはずです。
「そう……、魔導都市ね」
「ああ、すまないと思うが、頼めるか?」
「まぁ、大丈夫でしょ。それに、一度引き受けた依頼を、放棄するのは、性に合わないし」
師匠が引き受けました。ですが、何故か躊躇っているような気がしました。
次の日、魔導都市へ向けて、出発する際に、デュオさんが見送りに来ました。
「フィーネ、フォルテのことは、頼んだよ」
「そうだね~。まぁ、私の名にかけて、フォルテ君の役目を全うさせて見せるよ」
「ふっ、そうか。フィーネがそう言ってくれるのなら、安心だな」
師匠とデュオさんの会話を尻目に、フォルテが私の横に立とうとしてくるので、私はさり気なく移動を続けています。
旅には念入りな準備が必要ですから。
普段であれば、私と、師匠の二人なのですが、今回は、フォルテがいます。歩き方としては、師匠を真ん中にし、私とフォルテが、左右にいます。フォルテは、師匠の胸が気になるらしく、師匠を見るときは、かならず胸をみてから、顔を見ている様に見えます。
きっと、フォルテとよく目が合うのは、そのせいでしょう。
「フィーネさん、今は、騎士学校の支給品だけど、前衛は任せてくれ」
「そう。なら、任せるわね」
「師匠、魔獣なら、近づいてくる前に倒せるじゃないですか」
街道に出没する魔獣なら、私達が手を焼くことはありません。
「俺だって、苦労しねーよ。ただ、役割分担をはっきりさせておくのが、大事なんだよ」
「そうですか。では、前衛として動くのですから、師匠から離れてください」
前衛が、後衛である魔法使いと同じ位置にいては意味がありません。ですから、離れてもらいます。決して、他意はありません。
「いや、でも、前から現れるとは、限らないし」
「カーノーン、のんびり行けばいいじゃない」
私は、何故か納得できませんでした。けれど、師匠が言うのですから、大人しく従いましょう。
そうこうしていると、フォルテがいる側の森から、魔獣が出現しました。リザードマンと呼ばれるタイプの魔獣です。群れからはぐれたのか、1体だけで行動しています。
「ちょうどいいから、カノンとフォルテ君が、二人で倒してね」
二人で倒す。それは無理な話です。何故なら、協力する前に、倒せてしまうからです。
ですが、フォルテは、師匠の言葉に従おうとしています。
「カノン、どうせ一撃で倒せるんだろ。とりあえず、注意を引きつけるから、任せるぞ」
「わかりました」
私は、そう返事をすると、魔法の詠唱を始めました。強力な魔法を唱えると、フォルテを巻き込もうとしているのがバレてしまいます。ですから、そこそこ強い魔法を唱えます。
巻き込まれるかどうかは、フォルテ次第です。
フォルテは、リザードマンの攻撃を、危なげなくさばいています。その剣には、余裕すら感じられます。しかし、竜痕の力を使う気配が見られません。何か理由があるのでしょうか。
そう考えていると、詠唱が終わりました。フォルテは、時々こちらを見ていましたから、詠唱が終わったことには気付いているのでしょう。私は、そのまま魔法の名前を唱えます。
「『
大きな炎の塊を、リザードマン向けて放ちます。リザードマンを惹きつけていたフォルテは、すぐに反応しましたが、ギリギリまで待ってから回避しました。恐らく、早く回避することによって、リザードマンにも回避される可能性を考えたのでしょう。
私は、フォルテの実力を認めることにしました。
私の魔法が、リザードマンを焼き尽くすのを確認すると、フォルテが声をかけてきました。
「『轟炎』で倒しきるとは、中々やるな」
「そちらこそ、いい動きでした。実力は、認めてあげます」
「ありがとな。なら、俺も、実力は認めてやるよ」
「そうですか、ありがとうございます」
私達は、お互いの実力を認めることになりました。ですが、フォルテは、私に正面から見られ、少し震えています。恐らく、巻き添えにしようとしたことに気付いているのでしょう。
「カノン、次からは、巻き込もうとしないようにね」
「師匠が言うなら、仕方ありません」
「やっぱりか!」
私は、根に持つのです。ですが、師匠には、逆らいません。ですから、お灸を据える方法を、考えるとしましょう。
私達は、数日かけて街道を進みました。そして、この日、視界の中に、魔導都市が、見えてきました。
「あれが、魔導都市ですか」
「ああ、魔法学園を中心に発展した街なんだよな」
確か、ワイズマンと呼ばれる王国最高の魔法使いが、学園長を務めているそうです。聞いたところによると、今代のワイズマンは、数十年もその地位に居続けているそうです。
果たして、ワイズマンが凄いのか、他の魔法使いがダメなのか……
そんなことを考えていると、私達は、魔導都市にたどり着きました。
「師匠、何処に向かうのか、聞いていますか?」
「えーと、フォルテ君に教えとくって聞いてるよ」
「何でも、ワイズマンのところに行けって言われたな」
魔法使いの元へ剣を取りに行く。それだけ見ると、意味不明です。ですが、魔法使いが加わる必要のある剣ということは、ミスリルなどの、希少金属で作っているのでしょう。あの辺りの金属を加工するには、魔力が必要不可欠ですから。
何はともあれ、ここはフォルテに案内してもらう必要がありそうです。私は、この都市に来たことがありませんから。
「ワイズマンなら、魔法学園にいるはずだよね。専用の研究室を持ってるし」
「兄貴も同じことを言ってたから、それであってるはずです」
どうやら、師匠の言う通りらしいです。
ワイズマンは、最高の魔法使いと呼ばれていますが、かなりのお年寄りであることは間違いないはずです。偏屈な人でないことを祈りましょう。
そんなことを考えながら歩いていると、後ろから老人の声が聞こえました。
「フォッフォッフォ、その青い髪は、ワシの昔を思い出すのう」
私は、声がした方を向きました。けれども、声の主と思われる人物が見当たりません。フォルテも、私同様に、辺りを見渡していますが、声の主を見つけられずにいます。
私は、幻聴かいたずらと判断し、無視することにしました。
「さて、きっと気のせいです。先を急ぎましょう」
「まぁ待て、ワシはここじゃ」
私は、振り向かずに先へ進みます。
フォルテは不思議そうな顔をしながらも、そんな私を見て、師匠と一緒に後を追うように歩いてきます。
私達の行動に驚いたのか、老人の声に、焦りの色が見えました。
「待て、待つんじゃ。声で相手を想像するでない。今子供がいたじゃろう。それがワシじゃ」
「子供がそんな声をしているわけありません。残念ですが、お年寄りに付き合っている暇はありません」
私は、そういうと歩き続けました。ですが、相手も諦めが悪いようです。
「そうか、では、デュオ=グレイスからの依頼は、どうするのじゃ?」
私は、その声に振り向きました。私達が、デュオさんから依頼を受けていることを知っている人は、そんなに多くはありません。ですが、それを知っているということは、この依頼に関わっている人の可能性が高いということです。
「何処にいるんですか」
私は、少し大声を出してしまいました。街中で、急に大声を出したせいで、周囲の視線が突き刺さりますが、私は気にしません。
師匠が、私の肩を叩きました。師匠の方を見ると、目の前の少し下を指さしていたため、その先へ視線を向けます。そこには、
フォルテも、同じように、見つめています。
ですが、私は、改めて師匠の方を見ました。
「師匠、それはないです」
「いや、あっとるぞ。ワシが、今代のワイズマンだ」
「この子が、兄貴の言ってた、タクト=ワイズマンか?」
「流石に違うでしょう」
「古代魔法に、見た目を変えるのがあるから、多分それだよ」
古代魔法、師匠は、かなりの数を知っていますが、私は数えられる程度です。
「流石は、今代のフィーネだのう。それにしても懐かしい、また会うことになろうとは」
「それで、ワイズマン、兄貴の頼んだ物は、どうなってる?」
フォルテは、ワイズマン相手に、いつもの口調で話しています。師匠は、基本的に変わりませんが、フォルテの場合は、立場などを考えて、口調を変えた方がいいと思います。
「フォッフォ、では、着いてくるがよい」
私達は、ワイズマンの後を着いて行くことになりました。お年寄りの声で、白髪の少年、怪しすぎます。ですが、ワイズマンである以上、気にしても仕方ありません。
ところで、誰も気にしていないようですが、師匠とワイズマンは知り合いなのでしょうか。
ワイズマンの研究室へ来ると、思わぬ出迎えがありました。
「フォルテ様ー」
黄色い声が聞こえました。
フォルテ、私、師匠の順に、研究室へ入ったため、黄色い声を上げた人物は、フォルテとの間に現れた私を突き飛ばし、フォルテへと抱きつきました。
「フォルテ様、私は、フォルテ様のために、剣の製作を手伝ったんですわ。フォルテ様のお役に立てましたわよね。ですから、子供の頃の誓を守ってくださいますわね」
「メ、メゾか?」
「はい、そうですわ。昔の誓、覚えてくださってますわよね」
痛いです。突然突き飛ばされ、師匠に支えられました。ええ、頭は無事でした。ですが、すごい力で突き飛ばされたので、とても痛いです。
やはり、苦情は入れるべきですね。
「どこの何方か存じませんが、周囲はしっかりと確認して下さい」
「フォルテ様、私は成長したんですのよ」
このブロンドの縦ロールは、私の話を聞いていません。黒を基調とした控えめなドレスのような服装から、貴族だとは思いますが、何者でしょうか。
私は、あれこれ考えていると、フォルテがようやく動きました。
「メゾ、何でここにいるんだ?」
「わたくしは、今、ワイズマンの弟子になっていますわ。ですから、師匠であるワイズマンの研究室にいるのは、当然のことですわ」
ワイズマンの弟子、つまり、最高の魔法使いを継ぐ人物だということです。それに、フォルテの知り合いのようです。
世間的には、災厄の魔女と呼ばれている師匠の弟子である私とは、ある意味、対極の位置です。
「これこれ、メゾ、フォルテが困っておるじゃろ。それに、来客は、フォルテだけではないぞ」
私は、ワイズマンの変化に驚きました。先ほどまでは、明らかに、やんちゃ盛りの子供でしたが、今では、長い髪と長いひげを持った、老人です。お伽話に出てくるような、魔法使いです。
子供の姿の髪は、
「わたくしとしたことが、失礼いたしまた。わたくしは、中級魔法使い、メゾ=アンダンテですわ。以後、お見知り置きを」
そして、私の胸を見て、少し笑いました。この人は、私より少し大きいくらいで、自慢気に勝ち誇っています。なので、少し横にずれて、絶望を味あわせてあげましょう。
「私は、登録魔法使い、カノン=フェアリです。そして、こちらで立ったまま寝ているのが、師匠のフィーネ=A=グリードです」
最初は、私を抱きしめながら支えていました。ですが、いつの間にか、私を支えにして寝始めていました。ですが、作戦は成功のようです。師匠を見た瞬間に、自信を打ち砕かれた顔をしています。
今までは、人の上にいたことが、自信となっていたようですが、自身を上回る相手を見て、その自信を打ち砕かれているようです。
「こっちの二人は、兄貴が用意した護衛役だよ。どうせ、兄貴の計画を聞いてるんだろ」
「ええ、勿論ですわ。ですから、師匠に同行の許可を頂きましたの。そうしたところ、条件付きで、許可を頂きましたわ」
条件ですか。ですが、その前に、この二人は、どういった関係なのでしょうか。
私は、そう考えながら、師匠を手頃な椅子で寝かせることにしました。すると、近くの壁に、沢山の人物画が飾ってあるのに気付きました。どうやら、魔法学園のそれぞれの代の最も優秀な生徒の絵のようです。ですが、一箇所だけ、スペースが空いており、アリア=ネイムレスという名前だけが、かけられています。
「そこはのう、ワシが弟子にしようとしていた生徒の場所じゃ。卒業前に、他の魔法使いに取られてしまってのう、絵を描く時間がなかったんじゃ。その娘はのう、事情があって、名無しのアリア、そう呼ばれておってな。ある時から、開き直ったのか、その名前を名乗るようになったんじゃ」
ワイズマンは、懐かしそうに見ています。ワイズマンが、弟子にしようとするくらいの魔法使いですから、相当な実力者だったのでしょう。ですが、アリアという名前を持つ魔法使いに、一人、心当たりがあります。その人は、その名前を認めないでしょうが、私の中では、ほぼ確信しています。
「一緒に来るつもりなのか?」
「護衛の方々を含めた、全員の許可が貰えれば、着いて行ってもいいと言われましたわ」
フォルテ達の会話が、聞こえてきました。フォルテの方も、手こずっているようです。
それにしても、私達全員の許可ですか。つまり、私や師匠の許可も必要ということですね。さて、どうしましょうか。
「フォルテ様、どうか、一緒に連れて行ってください。わたくしなら、絶対にお役に立てますわ」
「いや、でも……」
フォルテは、困っています。ですが、二人の関係がわからないので、私は、横で終わるのを待ちます。
しかし、ワイズマンが、そんな私の様子に気付いたようで、二人に割り込みました。
「まずは、用事を済ませてはどうか?」
「そうだな。兄貴が剣を頼んでたらしいからな」
ワイズマンは、フォルテの返事を待たずに、奥から一振りの長剣を持ってきました。
フォルテは、その剣を手に取ると、重さを確かめるように、鞘に入れたままの剣を軽く降り始めました。
「案外軽いんだな」
「フォッフォッフォ、オリハルコンの剣だからの。それに、竜痕との相性を考えれば、こちらの方が秀でておる」
オリハルコン、それは、ミスリルよりも珍しい希少金属です。古代の遺跡の奥地から取れると言われています。その特性として、高い魔法耐性は有名ですが、竜痕との相性がいいとは、知りませんでした。
フォルテは、鞘から少し剣を抜き、その材質を確かめています。
「基本的には、普通の剣と変わらないけど、腹の部分が金色になってるな」
「それが、オリハルコンですか。始めてみました」
私は、好奇心を抑えることが出来ず、脇から覗きこんでしまいました。希少金属は、その存在自体が珍しく、私達のようにあてのない旅をしている魔法使いには、縁のない物です。
「ああ、俺も、始めて見た。カノン、持ってみるか?」
「いいのですか? 遠慮しませんよ」
「ああ、持ってみろ」
私は、フォルテから剣を受け取りました。両手にずっしりと重さがのしかかります。けれども、その大きさほどの重さは感じません。これくらいの重さなら、私でも、両手で振ることくらいは出来そうです。
腹の部分の金色は、輝いているわけではないので、戦場で目立つことはないでしょう。
しばらく見ていると、何やら不穏な視線を感じました。けれど、私はそれを無視することにしました。
「それでは、お返しします。オリハルコンの精製も、かなり丁寧に行われているようですね。見事な技術です」
「なるほど、見ただけでわかるのかのう。嬢ちゃんも、かなりの腕前のようじゃのう」
「いえ、それほどでもありません」
私が凄いのではなく、簡単にわかるほど、凄い技術で作られているということです。流石はワイズマンと言いたいところですが、彼女が、手伝ったと言っていたので、彼女もかなりの実力者だということです。
「フォッフォッフォ、カノン=フェアリと言ったな。興味があれば、学園へ来るがいい。メゾのいいライバルになるじゃろう」
「機会があれば。とだけ、答えさせていただきます」
私の答えを聞き、ワイズマンは、目を細めながら遠くを見ています。そして、とうとう私が無視していた視線の主が、行動を開始しました。
「貴女は、自分がフォルテ様のそばにいるのに相応しいと思っていますの? 私は、ワイズマンの弟子ですのよ。つまり、次のワイズマン候補ですのよ。大体、ここへ来てずっと寝ている人の実力なんて、たかが知れてますわね。そんな人が師匠なんて、お笑い草ですわ。本当に、あのフィーネ=グリードなのか、疑わしいですわね」
私は、ツリ目をさらに強調し、彼女を睨みつけました。私のことをとやかく言うのは、聞き流します。けれども、師匠のことを侮辱することは、絶対に許しません。
「ワイズマンの弟子でありながら、中級魔法使いの貴女は、一体どれだけの力を持っているのでしょうね。まぁ、師匠の力を見抜けないようですから、大したことはないと思いますが」
火花を散らす私達の間で、フォルテが慌てています。けれど、口を出すのが怖いのか、割って入ろうとしません。
「貴女のような、登録魔法使いごときが、フォルテ様とつりあうわけがありませんわ。どうせ卑怯な手を使ったのでしょう。わたくしが変わって差し上げますから、どこへなりとお行きなさい」
「私の実力なら、デュオさんが、確認しました。その上で、私はここにいるんです。そもそも、貴女に変わりが務まるとは思えませんね」
「貴女は、何様のつもりですの。私は、由緒正しいアンダンテ家の長女ですのよ。フェアリなどと言う家は、聞いたことがありませんわ。どこの馬の骨ともわからない魔法使いが、わたくしに対して、口答えするなんて、何様のつもりですか!貴女は、さっさ――」
「やめんか。まったく、ここで騒ぐでない。メゾ、お主に出した条件を覚えておるか? この二人の許可も必要なのじゃぞ。まぁ、この様子なら、同行するのは無理じゃろう」
本来であれば、私は、依頼を彼女に押し付けたいです。ですが、私達は、一度引き受けた依頼を、自分勝手に放棄することは絶対にしません。だからこそ、ここで彼女に護衛を譲ることはありえません。それに、師匠が付けてくれた名前を侮辱することは、絶対に許しません。
ですから、ワイズマンに叱られ、少しへこんでいても、同情する気は一切出てきませんでした。
「それにしても、ワイズマンの弟子は、威勢がいいよね。昔は、弟子を取るそぶりすら見せなかったのに」
「ワシの後継者として考えていた生徒を、別の魔法使いに取られてしまったからのう。素養のある者を、自分で育てることにしたんじゃ」
彼女は、師匠同士の会話に入ることが出来ず、俯いたまま静かにしています。
師匠は、なにげに顔が広いようで、一体どれだけの人脈を持っているのでしょうか。
「フォルテ様、許嫁のわたくしを置いて行かれるのですか?」
「その……、許嫁って言っても、家が勝手に決めたことだし、メゾは、ワイズマン候補として、学ぶことが沢山あるんだろ。なら、連れて行くわけには行かない」
許嫁ですか。それなのに、師匠の胸に見とれているわけですね。
私は、フォルテが、彼女に対して、連れて行かないと明言したことで、これ以上食い下がらないだろうと思い、安心しました。
そもそも、剣士一人と、魔法使い三人では、バランスが悪すぎます。私と師匠は、ある程度であれば、前衛も出来ますが、私は、剣士と比べれば、はるかに劣ると、評価しています。
うるさい人とのいざこざが終わり、魔導都市での用事は済みました、後は、帝国へ向かうだけです。
ですが、慌ただしい足音が聞こえ始めました。それは、段々と近づき、研究室の前で停まりました。
「大変です。国境にある帝国側の砦が攻撃され、犯人が、王国騎士団を名乗り、王国内へ逃げ込みました」
どうやら、使者の護衛は、大変な自体を迎えそうです。
こんばんは
昨日投稿するつもりが、チェックをして、微修正していたので、一日ずれてしまいました。
オリハルコンとかミスリルには、夢があります。架空の金属ですから。
よく、神の金属とか破魔の銀とか言われますよね。
いっそナノカーボンにしようかと思いましたが、技術的に無茶ですね。
それでは、今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。
これからも、お付き合いいただけると、幸いです。