魔法使いと勇者と竜の国   作:enz

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敵の目的

 私が目を覚ますと、見慣れない光景が広がっていました。

 窓の外には、一部が破壊された街が広がっており、私がいる部屋自体も、知らない部屋でした。

「目を覚ましたようですわね」

 私が声のした方をみると、クロワッ……いえ、ブロンドの縦ロールの髪に、黒を基調とした控えめなドレスのような服装少女がいました。

「メゾ=アンダンテ……」

「そうですわ。そして、貴女は、カノン=フェアリ、そのことはわかっていますわよね」

「わかっています」

「ならよろしいですわ。昨日は、急に倒れましたし、目が覚めても、ぼーっとしているので、心配になりましたわ」

 どうりで、記憶が中途半端になっているはずです。恐らくは、命素の使いすぎで、倒れたのでしょう。今も、体が重いのが、何よりの証拠です。

 私が立ち上がろうとするとふらついてしまいます。そんな様子を見かねて、メゾが、支えに来ました。私をベッドに座らせながら、文句を言っています。

「動くのなら、前もって言ってくださいまし。それにしても、ほぼ枯渇しかけてた命素が、そんなに

回復するなんて、貴女、どうなっていますの?」

「何度も、使い切りそうに慣れば、絶対量も、回復速度も、上がりますよ」

「貴女死ぬ気ですの?」

 命素は、命そのものだと言われています。それを完全に使い切るということは、死ぬということです。ですが、普通であれば、使いきる前に、意識を失ったりするため、使い切れないと言われています。私も、『風の調(かぜのしらべ)』を練習している時に、何度も倒れましたから。

「人は、そう簡単には死にませんよ」

「まったく、才能も、実力もあるのに、努力を怠らない。貴女が恐ろしいですわ」

「貴女だって、ワイズマンに認められる程の才能を持っているじゃないですか。それに、古代魔法や、第五属性の光魔法すら扱っていますし」

 私は、光魔法を使うことは出来ます。ですが、この言い方をすると、師匠に怒られますが、得意ではありません。そんな魔法や、私が使えない古代魔法を使うことが出来る時点で、尊敬に値します。

「ワイズマンになるためには、必要なことですわ。でも、『風の調』という魔法は、初めて見ましたわ。もしかして、自作ですの?」

「ええ、そうです」

 メゾは、一瞬驚いた表情を見せました。

「カノン=フェアリ、初めてあった日の無礼をお詫びいたしますわ。貴女は、私が認めるに相応しい魔法使いですわ」

 今度は、私が驚かされました。ワイズマンの弟子であるメゾが、私を認める。そのことが信じられませんでした。

「熱でもあるんですか?」

「貴女は失礼な人ですわね。ですが、今日は許しますわ。いいですか? 貴女は、威力を上下させた魔法ではなく、今までにない、全く新しい魔法を生み出したのですわよ。そんな才能を持つ魔法使いを、認めないほど、狭い度量を持ったつもりは、ありませんわ」

「そうですか。では、私も、貴族出身の魔法使いでありながら、あれだけの実力を持っている貴女を認めます。貴女には、私の通過点になってもらいます」

「わたくしを目標にしても、よろしくてよ」

 メゾは、調子に乗ってますね。

「私の目標は、師匠です」

 私の言葉を聞き、メゾは、呆れた表情を見せました。ですが、すぐに納得したようです。

「そうですわね。お互いの目標は、お互いの師匠ですものね。では、負けませんわよ。カノン」

 メゾは、そういうと、私に向かって手を伸ばしました。

「私も、負ける気はありません。メゾ」

 その手を握り返し、握手しました。たまには、こういうのもいいものです。

 

 

 

 

 私は、身支度を整え、師匠の元を訪れました。

「師匠、起きてますか?」

 ですが、どうせ寝ているだろうと、返事を待たずに扉をあけます。

 その様子に、メゾは驚いていますが、私にとっては、いつものことです。

「ああ、カノン、起きれたんだ」

「カノン、一応は師匠の部屋なんだ、返事はまった方がいいと思うぞ」

 私は、扉を開けた姿勢のまま停止してしまいました。

 師匠がベッドに座っていますが、起きており、入り口とベッドを挟んだ反対側の椅子には、デュオさんが、座っているのです。恐らく、何かの話をしていたのでしょう。確かに、普段よりは遅い時間ですが、驚愕です。

「失礼しました。起きているとは思っていなかったものですから」

「んー、ならしょうがないね」

 師匠の怪我は、一見すると大丈夫そうです。ですが、デュオさんは、弱っている師匠の部屋で何をしていたのでしょうか。

「デュオさん、昨日はありがとうございました」

「例には及ばない。帝国側の砦を襲撃した犯人が、魔族だと言い切れる状況になったのだから。これで、同盟を結ぶための障害が一つ消えた」

 確かに、王国と帝国の緊張状態が高まれば、同盟を結べる可能性は、ほぼ無くなるでしょう。状況からして、襲撃の犯人が魔族だということは、ほぼ確定しています。であれば、共通の敵として扱うことで、より有利に、事を運べるはずです。

「依頼を達成しやすくなるのでしたら、何よりです。ところで、師匠、体の調子はどうですか?」

「うーん、全力は出せないけど、怪我自体は、問題ないよ。まぁ、全力が出せない状態なのは、デュオも同じだろうけどね」

 デュオさんも、魔族との戦闘で、怪我をしていたようです。師匠ばかり気にしていたため、全く気が付きませんでした。

「私が全力を出す機会なんて、ない方がいいさ」

「デュオ様、フォルテ様は、どちらにいらっしゃいますか?」

 そういえば、フォルテの姿が見えません。もっとも、私より先に、師匠の部屋にいたら、私は許しません。

「ああ、外で汗を流しているから、必要があれば、呼んでくれと、言っていたな」

 メゾは、「そうですか」と短くいうと、ションボリしています。

 ここは、一つ元気づけてあげましょう。

「師匠、一つ有耶無耶になっていましたが、メゾの同行の件ですが、同行を許してもいいのではないでしょうか?」

「カノンがいいなら、いいよ」

「ありがとうございます。メゾ、そういう訳で、よろしくお願いします」

 メゾは、元気になるどころか、ぽかんとしています。恐らく、意味がわかっていないのでしょう。ですが、それには自分で気付いてもらいましょう。

「ああ、デュオ、私達は、もう出発していいんだよね」

「構わないが、怪我は治してからの方がいいと思うぞ」

 それに関しては、私も同意見です。メゾが加わるといっても、師匠の怪我を補えるわけではありません。

 ですが、師匠には、先を急ぐ理由がありました。

「ここって、一応砦だから、食堂があるせいで都市部の食堂がいまいちなんだよねー」

 誰もが絶句しました。ですが、師匠らしい理由です。

 私は、そんな師匠に呆れながらも、師匠の意思を尊重することにしました。

「それでは、いつ出発しますか?」

「カノン、貴女の師匠が怪我をしてるのですわよ。それなのに、止めないとは、どういうことですの?」

「これが、師匠ですから」

 私の一言に、メゾは呆れ返っています。そもそも、昨日今日で、私と師匠について理解しようとするのが、無理なことです。

 

 

 

 

 私達は、この日の内に、都市を出発するために、昼過ぎになりましたが、門へとやって来ました。

「それでは、出発します」

 全員に声をかけると、それぞれの反応がありました。

 師匠が出発するというのに、デュオさんは見送りに来ないようです。少し予想外でした。

「皆さん、デュオ=グレイス様からの伝言があります」

 そこには、都市に駐屯している兵士がいました。そして、伝言を伝えます。

「デュオ=グレイス様は、ここから北にある砦が、九近衛(ここのえ)のアイン大将軍によって襲撃されたという連絡を受け、そちらの救援に向かわれました。なので、気をつけるように。とのことです。」

「それはそれは、わざわざありがとうございます。では、気をつけて行ってきます」

 魔族の動きが活発になっているようです。恐らく、魔族の側でも、何かあったのでしょう。ならば、依頼を早く達成し、恩を着せるべきです。

「さて、行こうか」

「はい」

 師匠も、待つ気がなくなったのか、先を急ごうとします。

 アイン大将軍が北の砦にいるのであれば、こちらは少し安心出来そうです。

「なぁ、カノン、あれって昨日の奴じゃないか?」

 安心したのも束の間、フォルテの言う方に注意を向けると、いくつかの魔族の気配があります。さらに、こちらを挑発しているつもりなのか、大剣を持っていた褐色で大柄のゼクスが、姿を表し、待ち構えています。

「厄介ですね。確かに昨日の魔族です」

 ですが、別の気配も漂ってきました。

「師匠、あっちにも、強い気配があります。恐らく、昨日同様、師匠と分断するつもりなのでしょう。どうしますか?」

「下手に暴れられると困るし、大人しく策に乗ってあげよっか。一人は北の砦らしいから、今の私でもなんとかなると思うよ」

 魔族は、また都市に入り込んでいたようです。

 私は、私達で対処していいのかを確認するために、伝言を伝えに来た兵士に確認をとります。

「そちらは、どうしますか?」

「すみません。我々には、現在、九近衛と戦うだけの戦力がありません。可能であれば、対処をお願いします」

 兵士に確認すると、私達は、行動を開始します。

「師匠、アインがいないとはいえ、万全の状態ではないのですから、絶対に無理はしないでください」

「大丈夫だよ。そっちこそ、気をつけてね」

 師匠は、強い気配のする方へ向かいました。恐らく、魔将軍のツヴァイと参謀将軍のドライがいるのでしょう。

 姿を表しているのはゼクスだけですが、ジーベンとアハトは、隠れているのでしょう。

「フォルテ、前もって竜痕の力を引き出しておくことは出来ますか?」

「『風の調』の影響下でなきゃ、大丈夫だぜ」

「では、最大まで引き出してください。向こうは、私達を待っているようですから、私も、もう一つのとっておきを用意します」

 『風の調』は、あくまでも、魔法を大規模に連続発動させるためのものです。ですから、弾幕としては優秀ですが、火力という面では、物足りないです。

「ちょっと待つのですわ。とりあえず、敵が見えているのに悠長に話をしている件については、後にしますが、もう一つのとっておきってどういう意味ですの!」

 何故か怒られました。そもそも。

「とっておきが一つなんて、誰が決めましたか?」

 メゾは、私の返事を聞き、呆れ返っています。ですが、フォルテは笑っています。

「ところで、どんなとっておきなんだ?」

「簡単にいえば、強化魔法です。ただ、竜痕の力と併用出来るかは、わかりません。それでも使いますか?」

 そもそも、竜痕の力は、魔法が使えなくても使える強化の力です。ですが、その燃料には、命素と魔素を使います。だから、同じ燃料を使う強化魔法がどんな影響を与えるかわかりません。

 ですが、フォルテは笑ったままです。

「なんとかなるだろ。頼む」

 いい度胸です。

 私は、気合を入れるために、杖を一回転させ、先端を地面に叩きつけます。

 そして、詠唱を始めます。

「歌、ですの?」

「確かに、歌みたいだな」

 私も、魔法の理論を考えているときに、歌のような印象を受けました。

 そいうえば、一つ言い忘れていましたが、この魔法を使うのは、始めてです。複合魔法ですから、師匠に古代魔法の指導を受けて、完成しました。とはいえ、不安を煽るのは、やめておきます。

「『戦いの調(しらべ)』」

 白い光が、フォルテを包み込みます。

 いつの間にか、竜痕の力を使っていたようで、白と黒の光がいくえにも重なっています。

 手を握ったり開いたりして、様子を確認しているようです。

 よく見ると、瞳が縦に細くなり、体のあちこちに、黒い縁の鱗のようなものが見えます。竜痕の力を高めると、こんなふうになるのですね。

「ちょっと制御が難しいけど、凄いな、この魔法」

「私も、制御する必要があるので、『風の調』との併用は出来ません。メゾ、私が注意を引くので、火力をお願いします」

「わかりましたわ。それに、あっちの魔族も、しびれを切らしそうですわね」

 ここまで待ってくれるとは思いませんでした。ですが、ようやくこちらの準備が整いました。

「それじゃ、行くか」

 現在ゼクスまでは、かなりの距離があります。ですが、フォルテは、その距離をたった一歩で詰めました。さらに、背中に担いでいた長剣すら抜いて、斬りかかっています。

 ゼクスは、驚いていますが、長剣の一撃を漆黒の大剣で受け止めています。

 二人が何度も斬り合う中、私達は、急いで近づきます。

「カノン、遅いですわよ」

「制御、しながらで、大変なんです」

 私の様子を見て、それ以上声をかけてきませんでした。その変わりに、小声ですが、詠唱が聞こえてきました。私の、火力を任せるという言葉を思い出したようです。

 なら、私も、準備をしましょう。

 私達が、詠唱しながら走っていると、私は、もう一つの気配を感じ取りました。恐らく、ジーベンかアハトでしょう。

「カノン、貴女、優秀な魔法使いだと思っていましたけど、優秀な魔術師でもあったんですわね」

 恐らく、遅延発動のことでしょう。魔法のための技術を魔術と読んでいますが、数多くの魔術を使えなければ、優秀な魔法使いにはなれないと師匠に言われてきたので、私にとっては、当たり前のことです。

「優秀な、魔法使いは、魔術に、関しても、優秀だと、思いますよ」

「権力だけで魔法使いとしての階級を上げた人は、魔術を蔑ろにしていますわ。それに、貴族というのは、階級の高い者を、優秀と呼ぶのですわ」

 なるほど、貴族出身の魔法使いの言うことには、一理あります。ですが、コネを作ることに関しては、優秀なのでしょう。

「メゾも、本当の、意味で、優秀ですから、大丈夫、です。それに、『風の調』が、使えない以上、弾幕を、作るには、この手しか、ありません」

「人間の技法には、興味がありますね。後で調べるとしましょう。『フレアシュート』」

 声のする方を見ると、建物の上にジーベンがいました。既に、魔法を発動しています。

 炎の弾丸が私達目掛けて降り注いできます。

「メゾは、フォルテの援護をお願いします。『水撃(すいげき)』『雷撃(らいげき)』『風檻(ふうかん)』『(ほむら)』」

 発動待機にしていた魔法の名前を唱えることで、魔法を発動させます。

 まず、水で相手を押し流し、そこに雷を加える事で、雷の威力を増し、風の檻で動きを封じます。そして、そこに炎を加えれば――。

 大きな爆発が起きました。それは、ジーベンを中心とし、近くの建物を巻き込みました。

 どうやら、周りへの被害を考えないという点では、私も師匠と同じようです。

 煙が晴れ、魔族の姿を確認しようとすると、声が聞こえました。

「面白い技法ですね。前もって詠唱を済ませ、名を呼ぶだけで魔法を発動させる。さらに、魔法同士を組み合わせ、威力を増すわけですか」

 どうやら、無事なようです。

「魔族というのは、頑丈なのですね」

「ええ、我々魔族は、種族として、人間を上回っていますから」

 ジーベンが、姿を表したことで、この都市にいる魔族の気配が、より鮮明になりました。恐らく、ジーベンが、気配を隠す魔法を使っていたのでしょう。

 ゼクスとジーベンのものと思われる二つの気配、このくらいでしたら、なんとかなるでしょう。ですが、師匠の方に、強大な力が、三つあります。

「え?」

 この都市にいるのは、ツヴァイ・ドライ・ゼクス・ジーベン・アハトのはずです。けれど、私の感じ取った気配の内、師匠の方にいるのは、どう考えても、アイン・ツヴァイ・ドライのものです。

「どうしました?」

 そういいながらも、ジーベンは、魔法を放ってきます。

 私は、それを回避し、魔法を打ち返しながら、フォルテ達を横目で確認すると、2対1なので、押しているようです。ですが、フォルテの強化具合が、想定以下です。何かミスをしたのでしょうか。

 メゾも、着実にダメージを与えているようです。ジーベンを私が引き付けているため、思うように魔法が使えているのでしょう。

 この状況が、私の疑惑に、より信憑性を与えます。何故なら、ゼクスが押されているのに、アハトが出てこない理由がありません。

「結局、貴方達は、囮ですか……」

「おや、気付きましたか。ですが、逃がしませんよ。それに、弟子である貴方を殺すという方法もありますし」

 私は、私の考えを伝えるための詠唱を始めます。

 ジーベンに対しての抵抗が弱まりますが、今はそれを気にしている場合ではありません。

「『言の葉(ことのは)』」

 古代魔法の一つ、『言の葉』、それは、特定箇所の風を操り、言葉を届けるための魔法です。範囲は、目の届く範囲が限界ですが、相手に聞かれずに作戦を立てるためには、重宝します。

「二人共、聞いてください」

 二人は、突然聞こえた声に驚いています。

 この魔法によって声を届けられた相手は、耳に少しくすぐったさを感じるのが難点ですが、使っている私が感じるわけではないので、考慮しないことにします。

「恐らく、北に現れたアインは、アハトの幻術です。目的は、やはり師匠です。恐らく、本物のアインは、この都市にいて、三将軍が、師匠と戦っているはずです」

 二人の声は届きませんが、話を理解してくれたようです。

「お願いします。師匠の元へ行くために、手を貸してください」

 二人は、戦いの合間にこちらを向き、にこやかに笑いかけてくれました。二人の協力を得られるのでしたら、師匠を助けられるはずです。

 私は、そのための詠唱を始めます。

 フォルテ達も、少しづつ下がり始めています。離脱する際には、近くにいた方がいいという判断でしょう。

「『濃霧』」

 杖を地面へと叩きつけると、そこから濃い霧が広がります。それは周囲を包み隠します。

 ある程度の範囲を霧が覆い尽くすと、私には周囲を知覚できません。恐らくですが、魔族も同じでしょう。

 ですが、一人だけ例外がいます。

「行くぞ」

 フォルテです。竜痕のおかげかも知れませんし、『戦いの調』の魔術的な回路が、私達を繋いでいるので、おおよその位置を把握しているようです。

 私の腰を抱くように腕を回し、一気に霧の中から離脱しました。右手側には、メゾが同じように抱えられています。少し顔を赤らめていますが、どうしたのでしょうか。

「ありがとうございます」

「いいさ。それより、フィーネさんの位置はわかるか?」

「強い気配を感じます。恐らくは、九近衛の三将軍だと思われます」

 そういいながら、左手で方向を示します。

「それじゃあ、二人共、しっかり捕まっててくれ」

「ちょっ、きゃっ」

 フォルテがおもいっきり跳躍しました。驚きのあまりに変な声を出してしまうとは、一生の不覚です。建物の屋根へと飛び乗ると、そのまま一直線に向かいます。

 着くまでは待つしか無いので、『戦いの調』の効き目を調べるために、目を閉じ、フォルテの体に耳をつけました。

 その様子を見たメゾが何か言っていますが、気にしません。

 私は、フォルテが纏う黒と白の光に触れ、強化具合を確かめました。

 どうやら、竜痕を主軸にし、『戦いの調』の出力を低めにしているようです。確かに、ゼクス相手では問題ないようでしたが、これでは、フォルテ自身の負荷が高すぎます。

 私は、フォルテを見上げながら、忠告することにしました。

「『戦いの調』の出力を上げてください。これでは意味がありません」

「でも、力が暴走しそうになるぞ」

「それは、上げ方が中途半端なだけです。いいですか。荷車の車輪を転がすところを想像してください。ゆっくり押せば、すぐに止まり、倒れてしまいます。ですが、おもいっきり転がせば、勢い良く転がります。倒れるのは、速度が落ちた時だけです。つまり、出力が高い方が、安定するはずです」

 フォルテは、少し考えるそぶりを見せています。にわかには信じられないのでしょう。けれども、すぐにフォルテを包む輝きが、強くなりました。まるで、白い縁を持った黒い鱗の鎧を身につけているようです。

「なるほど、凄いな」

「ですが、命素の消耗には気をつけてください」

「ああ、任せろ」

 任せろというのですから、信じましょう。

 こうしている間に、師匠が見えてきました。

 想像通り、三将軍と戦っています。辛うじて、師匠の声が聞こえてきました。

「『爆化陣(ばくかじん)』」

 師匠が仕込み杖の先を地面に叩きつけると、周囲が爆炎に包まれました。師匠が上手く立ちまわったのか、三将軍を巻き込むように爆発しています。

「あれは大丈夫ですの?」

「師匠なら、大丈夫なはずです」

 フォルテは、近くの屋根の上で止まりました。爆煙が酷く、近づくことが出来ないからです。

「どうする。今は近づけないぞ」

「とりあえず、降りま――」

 その瞬間、何かが煙の中から出てきました。

 師匠です。かなりボロボロですが、一応無事のようです。

 次の瞬間、ゼクス同様に褐色で大柄の魔族が、煙の中から師匠を追って出てきました。恐らくは、アインでしょう。

 それを見て、フォルテが間に割り込みます。私達を屋根の上に置いていきました。

 けれども、今はそれが正解です。

 アインの剣が、師匠に届く前に割り込めたのですから。

「フィーネさん、大丈夫ですか?」

「ふふ、ありがと」

 師匠は平静を保ったままです。

 私達は、落下速度をゆっくりにする魔法を使い、地面へと飛び降ります。

「師匠、無事ですか?」

「ギリギリかな?」

 服はボロボロですし、数えるのも面倒なほどの切り傷があります。流石に師匠でも、三将軍を一人で相手にするのは無理があるようです。

「気付きましたか。ですが、君達が来たところで、結果はかわませんよ」

「ドライの作戦が失敗するとは、珍しいな。まぁ、あの新人もダメだったということだな」

「全くだねぇ。ま、あたしゃ、あの女を殺せればいいんだけどねぇ」

 煙が晴れると二人の魔族が佇んでいました。

 額から角が出ている女性の魔族と薄い緑色の肌をしているドライです。恐らくは、女性の方が、ツヴァイでしょう。

 この状況はまずいです。三将軍を倒せるとも思いませんし、時間をかけると、ゼクス達に追いつかれてしまいます。私達には、逃げるしか手がありません。

「師匠、勝ち目がない以上、逃げるしかありません」

「そう簡単に逃してくれるとは、思えないけどね」

「当たり前ですよ。それに、作戦は一つではありませんから」

「それによお、俺達は、殺しに来てるんだ。失敗すれば、八つ当たりで、この砦を消し飛ばすぜ」

 アインは、剣を担ぎながら笑っています。

 私と師匠であれば、気にせず逃げるという方法もありますが、フォルテとメゾがいる以上、その方法は使えません。

「とりあえず、俺がアインを抑える」

 フォルテは、アインへ剣を振りかぶりました。ゼクスと戦った時よりも、強化魔法を使いこなしているので、通用するはずです。

「甘いな」

 たった一振りで、フォルテが壁へ打ち付けられました。

 ゼクスとは、比べ物にならないほどの実力を持っているようです。

「フォルテ!」

 私は、詠唱の短い魔法を使い、牽制しながらフォルテの元へ向かいます。けれども、ツヴァイによって、その全てが迎撃されました。

「無駄だよねぇ。私達魔族と、貴女達人間じゃ、魔法を発動させるまでの速度が、全然違うの。だから、ほら」

 そう言うと、ツヴァイは、左右に手を振り、いくつもの魔法陣を出現させました。その数は、ゆうに二桁を超えています。

 それだけの数の魔法が、周囲をなぎ払いました。

 フォルテへ駆け寄った私は、フォルテに助けられ、師匠とメゾは、協力し魔法を撃ち落としています。ですが、傷だらけの師匠は、いくつかの魔法を受けてしまいました。

「あはは、ちょっときついな」

「フィーネさん、大丈夫ですの?」

「ちょっと困ったね。倒す方法が見つからないよ」

 師匠の言う通りです。九近衛が恐れるデュオさんは、北の砦へ誘い出されてしまいました。私達には、現状を打破する方法がありません。

「フォルテ、命素の残量は大丈夫ですか?」

「結構きついけど、まだ、何とかなるぜ」

 その顔に、疲労の色が出ています。二つの力は、高い領域で安定していますが、大量命素を消耗していることに、違いはありません。

 私は、フォルテと師匠達を交互に見て、作戦を考えます。目の前の魔族を倒すには、どうするべきか。そのことに意識を集中させていたため、気付くのが遅れてしまいました。

「カノン、後ろ!」

「え?」

 師匠の声です。ですが、目の前のことに集中していた私は、一つのことを失念していました。

 敵は、目の前にいる三将軍だけではないのです。

 フォルテが動き、私の後ろへオリハルコンの長剣を振りました。

 金属同士がぶつかる音が聞こえ、私の顔が、ようやく振り向き終わると、ゼクスの大剣が目の前にありました。そもそも、私達は、三人の魔族と戦っている最中に、こちらに来たのです。

「ちっ、気付かれたか」

「ゼクス、お前は、不意打ちでも役目を果たせないのか」

 ゼクスが来た、それは、ジーベンも来るということです。ならば、余計に急がねばなりません。

「フォルテ、私と一緒に、三将軍と戦ってください。師匠は、メゾと一緒にゼクスと後から来るはずのジーベンをお願いします」

 師匠なら、ゼクスやジーベンを倒せるはずです。私達は、その間、時間を稼ぎます。

 私の考えを理解してくれたのか、皆が動き始めました。師匠は、ダメージが尾を引いているのか、動きに不安がありますが、今は任せるしかありません。

「カノンは、ツヴァイとドライの妨害を頼む。アインは、俺が何とかする」

「私達は、時間稼ぎです。それを忘れないでください」

 フォルテが、ゼクスを吹き飛ばすと、アインの方へ向かいました。私は、多重発動と遅延発動を駆使し、手数を稼ぎます。一か八か、『風の調』を使うという方法もありましたが、詠唱の長さから、却下しました。

 とにかく、簡単な魔法で、狙いを反らし、威力をそぎ落とします。今のフォルテは、普通の攻撃であれば、身に纏う光が防いでくれます。ですから、その領域まで落とせばいいのです。

 フォルテと刃を交えているアインが、口を開きました。

「まったく、雑魚が調子に乗りやがって」

 そういった瞬間、アインの振り上げた剣に、魔素が集まっていきます。その影響か、フォルテも近づけず、私も、魔力の精製が上手くいきません。

 それほどの魔素を周囲から根こそぎ、かき集めています。

「消えろ。『黒影斬(こくえいざん)』」

 アインが、黒い光を纏う剣を振り下ろしました。その黒い衝撃が、師匠へ向かって行きました。

 結局、九近衛の目的は、師匠なのです。

「師匠!」

 アインの一撃が、師匠を捕えようとしています。

 誰もが、自身の相手への対処で精一杯で、師匠を助けることが出来ません。

 誰か師匠を。

 そんなことを考えている間にも、アインの一撃が、師匠へと向かいます。

「まったく、九近衛なんて、聞いてないぞ」

 何者かが、師匠と黒い衝撃の間に割り込み、盾を構えました。けれど、その騎士は、竜痕の光に包まれています。

 その光は、漆黒とまでは行きませんが、かなり黒いです。その光が、師匠を守り切りました。

「誰だか知らないけど、ありがと」

「フィーネ=A=グリードか。デュオ団長の命令だから、礼は不要だ」

 それとは別に、聞き覚えのある声が響きました。

「私達は、国王直属の黒痕(こくこん)騎士団です。デュオ様の命により、加勢致します。スコア、そのままフィーネ=グリードの護衛をお願いします」

「了解だ」

「クワドループルさん」

 クワドループルさんは、私の方を向くと、少し頭を下げ、全体に指示を飛ばします。どうやら、後から到着する予定だったデュオさんの騎士団が、到着したようです。

「されやれ、やっかいだね。ドライ、どうするんだい?」

「デュオ=グレイスが来れないというのは、絶好の機会なんですがね。この数は、骨が折れそうです」

「しかたねぇ、全員殺せ」

 アインが、号令を下しました。

 騎士団といっても、九近衛と戦える人が少ないのか、クワドループルさんの他に、この場には、4人しか来ていません。しかも、全員が騎士です。

 スコアと呼ばれた騎士が、師匠達と共に、ゼクスと向き合い、他の二人は、アイン達へ向かいます。

 ツヴァイは、体の動作で魔法陣を作り出し、多くの魔法を発動させています。それ故、向かってくる騎士相手でも、一歩も引けを取りません。

 ドライは、そもそも戦闘には向かないのか、もう一人の騎士と対峙してはいますが、ほぼ回避に専念しています。

 私とフォルテは、二人でアインを抑えることにしました。

「『風斬(かざきり)』」

 私は、多重発動を使い、いくつもの風の刃を、アイン目掛けて放ちました。ですが、アインは、両手で持った剣を一振りし、その剣圧で風の刃を振り払いました。

 フォルテは、その隙を突き、懐に潜り込みますが、剣から片手を話、空いた手で振る払われました。

 突如、後ろから大きな魔力の流れを感じ取りました。

「『鳴神(なるかみ)』」

 師匠の声です。

 晴れていた空から、雷鳴が迸り、轟音を鳴り響かせます。

 満身創痍の師匠は、仕込み杖の剣先を地面に付け、力強く相手を見つめています。

 そして、次の瞬間、空からゼクスと、来たばかりと思われるジーベンに、雷が降り注ぎました。

 何本もの雷が降り注ぎ、一つの大きな雷に見えます。

 二人の魔族の絶叫が響き渡り、黒焦げになっていきます。

 辛うじて生きてい入るようですが、もう虫の息です。ですが、その代償として、師匠は、立っているのも精一杯でした。

 九近衛は、後三人います。けれど、頼みの綱の師匠はもう動けません。戦力として可能性があるのは、私とメゾとフォルテとスコアという騎士の四人だけです。

「メゾ」

 私が名前を呼ぶ前から、既に詠唱を始めていました。恐らくは、同じ考えだったのでしょう。

「フォルテ、私もあちらへ行きます。ですから、私のことは気にせず、思う存分戦ってください」

 私は、フォルテの元へ駆け寄りましたが、このままでは、足手まといになってしまいます。ですから、師匠達の元へ行き、スコアと呼ばれた騎士の手の届く範囲にいることにしました。

「わかった。気をつけろよ」

 フォルテは、そう言うと、竜痕の力をより強く輝かせ、アインへと向かいます。純粋な力では敵わないと考えたのか、動きで翻弄しています。

 フォルテの剣の軌道が、黒と白の光の残滓を残し、いくつもの弧を描いていきます。

「面白い」

「余裕だな」

 アインとフォルテは、短い会話を交わしていますが、その力の差は決定的です。

「クワドループルさん、師匠の傷を治せますか?」

「傷は何とかなるけど、体力や血は戻らないわ」

 そういいながらも、純白の竜痕の力を使い、師匠の傷を癒やします。

 後は、私も今使える中で、最も強力な魔法を使うだけです。

 ツヴァイとドライの相手をしている騎士は、確かに実力はあるようですが、フォルテと比べても、物足りないようです。相手が剣士でない分、何とか持ちこたえられているようです。

「二人共、アインへは俺が向かう。タイミングを合わせるぞ」

 私とメゾは、詠唱が終わり、魔法を発動させるタイミングを図っていると、スコアさんが話しかけてきました。どうやら、三人がそれぞれを相手にする考えのようです。

 私達は、顔を見合わせ頷きます。そして、お互いの位置から考え、私はツヴァイを、メゾはドライを狙うことにしました。

 そして、太陽に雲がかかったの、影が生まれた瞬間に、二人の騎士が弾き飛ばされ、フォルテが一撃を利用し、アインに隙を作りながらも距離を取りました。

「『崩壊』」

「『断切(たちきり)』」

 私達の言葉に合わせ、スコアさんがアインへ向かいました。

 私は、『断切』を完全には使いこせていません。師匠は、何本もの刃を生み出していましたが、あれは、多重発動を駆使していたからです。それに比べ、私は一本の刃を生み出すのが限界です。

 私と同時に放ったメゾの魔法が、一直線にドライへと向かいます。それは、通過した場所を崩壊させる光を放っています。

 ドライは、それに反応すると、黒い杖を振り、魔法陣を展開します。その魔法陣は、魔法のためではなく、防御のためのもののようで、メゾの魔法を受け止めました。

 けれども、メゾは、多重発動させているようで、放物線を描くように、何本もの光が魔法陣を迂回し、ドライへと迫ります。

 そして――。

「ぐ……やりますね」

 魔力を纏った左腕を犠牲にし、致命傷を避けました。

 私は、『断切』の刃を操作し、ツヴァイへと向かわせます。

 ツヴァイは、両手を振り、いくつもの魔法を発動させ、防ごうとしますが、空間を断ち切るための刃にたいして、それは無意味でした。

 魔法の存在している空間を切り裂きながら、ツヴァイへと向かいます。

 ツヴァイは、膨大な魔力を両手に集中させ、自身の目の前で手を勢い良く合わせました。

 確実の肉眼で捕えることが出来るほどに圧縮された膨大な魔力を利用し、空間の刃そのものを受け止めました。

 ツヴァイの顔の目の前で黒い刃が止まり、私は、その自体に驚き、ただ呆然としてしまいました。

 スコアさんは、静かにアインへと向かい、黒い光を纏った剣を振り上げます。姿勢を低くし、少しでも気付かれる可能性を減らしています。その証拠に、アインの視界の外から回りこんでいます。

 そして、スコアさんの剣が閃きました。

「この、人間風情が!」

 一撃を与え、通り過ぎたスコアさんと、すぐには追撃に移れないフォルテから視線を外し、アインの目は、私を捕えました。

 その瞬間、私は、魔法を受け止められた衝撃とアインの鋭い目によって、体を竦めてしまいました。

 そして、私を捕えたアインは、体の傷を無視し、剣を私へと向けながら、一気に加速しました。

 私は、声を上げることすら出来ませんでした。

 恐怖に体が凍りつき、足が動きません。ですが、このままでは死ぬ。それだけは理解していました。

 けれど、突然、私の視界が、横へと流れました。

 誰かが、私を押したようです。

「カノン、止まっちゃダメだよ」

 師匠の優しい声です。

 私は、その声に誘われ、顔を動かし、師匠の方を見ました。

 先ほどまで私が居た位置に、師匠がいます。そして、衝撃に体を揺らし、苦痛に顔を歪めていますが、師匠は笑顔のまま私を見つめています。

「し……師匠?」

 アインは、師匠を貫いた剣を振り上げ、さらなる追撃を放とうとしています。

「アリア!」

 上から声が降ってきました。

 デュオさんです。周囲に影を作っていた白竜から飛び降り、アイン目掛け、剣を振り下ろしました。

 その勢いと、漆黒の竜痕の力を受け、アインの左腕が落ちました。

 けれども、アインは、構うこと無く右腕一本で剣を振り降りします。

 その一撃は、アインを追いかけてきたフォルテによって防がれました。

「くそ、デュオ=グレイス!」

「貴様!」

 デュオさんは、乱暴に竜痕の力を使っているようで、命素と魔素の無駄が放出されています。

 私は、その戦いを視界の隅に捕らえながらも、認識が追いついていません。何故なら、目の前に横たわる師匠のことで、頭がいっぱいだからです。

「師匠……」

 私は、血まみれの師匠を抱きかかえ、声をかけています。

「師匠、起きて、ください。こんな時間に寝ちゃだめですよ……。師匠、師匠、師匠……」

「あ……あは……は、カノ、ン、ごめん、ね……」

「師匠、大丈夫ですよ。だって……だって、クワド、ループルさんが、いるんすから」

 私は、クワドループルさんの純白の竜痕の力を頼るために、顔を上げました。

 ですが、クワドループルさんは、首を横に振るだけで、その力を使おうとしてくれません。

「クワド、ループルさん、お願いします」

 私は、クワドループルさんを見つめ続けました。ですが、目を伏せるだけで、動こうとしてくれません。

「カノ……ン、だめ、だよ。自分、が、一番……わかる、ん、だから」

 私には、師匠の言っている意味がわかりません。師匠は、ただ勝手に寝ようとしているだけなんです。

 けれど、師匠は、ゆっくりと左手を動かし、私の左手を掴もうとしています。

 私は、咄嗟に師匠の左手を掴みました。

「ごめん、ね。まだ、教え……たい……こと、あった……のに」

 師匠の手を掴んだことで、師匠の状態を否応なく理解させられました。体内にある命素が、物凄い勢いで霧散していっています。

 私は、それを受け入れたくなく、手を離そうとしますが、師匠が、渾身の力を込め、離しません。

「我、二竜王の力を持つ者」

「師匠?」

 師匠の口から、はっきりとした声が聞こえます。ですが、その声に違和感を覚えました。

「次代を継ぎし者に、この力を譲らん」

 無機質に師匠の口が動きます。

 そして、師匠の左手にある刻印が、輝きを放ち始めました。

「チッ、継承させるな!」

 周囲の動きが活発になりました。ですが、私には、それを理解する余裕がありません。

 ただ、何かに守られている感覚だけがあります。

「師匠、どうしたんですか?」

 師匠の左腕にある刻印が、つないでいる私の手を伝い、私の左腕へと巻き付きました。

 そして、私の意思に関係なく、口が動きました。

「我、新たに力を継ぎし者。その力を、我が身に刻まん」

 次の瞬間、脳裏に膨大な情報が流れ込んできました。

 そして、左腕が熱を持ち始めました。ですが、そのことに気を払っている余裕はありません。

「カノン、わかる、よね」

「師匠……」

 師匠の手から力が抜けていきます。

 私は、目の前の現実を受け入れられず、師匠と呼びながら、体を揺らし続けています。

「継承が終わったか。だったら、弟子を殺せばいい」

「アイン、参謀として、進言します。撤退です」

「何故だ」

「私達の傷が原因です。フィーネ=グリードを手に入れたとしても、我々三将軍が完治不可能な傷を負っては、意味がありません」

「チッ、ツヴァイ、撹乱しろ。雑魚は俺が回収する」

「はいよ」

「待て!」

「フォルテ、追うな」

「兄貴、でも……」

「今はいい。手負いの獣は厄介だ。それに……」

 私は、足音を捕えました。そして、肩に手を置かれました。

「カノン、その……」

 私は、冷たくなる師匠を抱える手を強くしました。

 心が目の前の現実を理解することを拒んでいるらしく、冷えきったまま、感情が出てきません。

 私の反応がなかったため、肩に置かれた手が、私を揺さぶります。

 その動きに対して、私はゆっくりと反応しました。

 肩に手を置いているのは、フォルテでした。

「カノン」

 ただ私の名前を呼び、見つめてきます。それに対し、私は、何かを言おうとしましたが、声がうまく出ませんでした。口から微かに息が漏れるだけで、意味のある言葉が出てきません。そもそも、何を言おうとしたのかすら、わかりません。

「カノン、辛い時は、泣け。じゃないと、後が辛いぞ」

 突如、私の視界が暗くなりました。

 ですが、目の前にはフォルテの胸があります。頭の後ろや背中に圧力をかけられ、無理やり体を捻っている状態になっているので少し痛いです。けれど、その痛みも、胸に感じる痛みと比べると、無いも同然です。

 次第に、私の目に、熱いものが込み上げてきます。目から溢れたものが、こぼれ落ち、目の前にあるフォルテの服を濡らしています。

 耳には私と同じ声の嗚咽だけが聞こえてきます。それ以外の音がせず、ただ感情を爆発させた音だけが響き渡ります。

 頭の後ろや背中にかかっている力が強くなるのを感じました。

 それを最後に、この日、私は意識を手放しました。




こんばんは

サブタイトルですが、内容を示しつつも、過度のネタバレにならないようなものをつけようと思っています。ですが、場合によっては関連が薄すぎることもある可能性が……
名前をつけるというのは難しです。

それでは、今回もお付き合いいただき、ありがとうございます。
これからもお付き合いいただけると、幸いです。
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