手足の生えた
謎である。圧倒的謎である。
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……私は、いつから痛みが怖くなったんだろう。
そんなもの、散々味わって慣れてきたはずなのに。
おかしい。
痛くても死にものぐるいで動かしてきたんじゃないの?
あの時からそうだったでしょう?
何を今更。
私は弱くなった。
なぜ?引っかかるけれど、今はどうでもいい。
生きなければ。生きるために、余計なものは捨てるべき。
今一番いらないのは、恐怖。
考えを巡らせ、自らの心を殺していく。ひとつひとつ、丁寧に。
腹部から自身の丈の半分と同等の針を生成、その勢いのままに射出する。
硬い皮膚に阻まれ、針先が僅かに肉にくい込みはしたものの、ダメージらしいダメージは与えられていない。
「ん?ふふふ、残念でした〜」
「……そう?」
だから、叩き込む。
Lv4、筋力SSSの膂力でもって存分な力を込めて針の持ち手を蹴り入れた。
呪われた針は、深々と怪物の腹部を刺し貫いた。
「あ"ぁ"うっ……!!」
拘束が緩んだ瞬間、刺さったままの針を蹴って飛び上がる。
苦痛に顔を歪めながら、人蜘蛛はなおも手を伸ばす。
そして、その手はカイネに届いてしまった。
右足を掴まれる。
しかし残った左足で掴まれた足を折り砕き、そのまま右回転。かかとで人蜘蛛の右頬を蹴り抜く。
下顎が吹き飛び、血しぶきが舞う。
右足を掴んだままの左腕を引きちぎり、距離をとる。
指を潰して外し、口に運んで食いちぎると見せつけるように咀嚼する。
「……まずい、ね」
明後日の方向を向いている右足を掴んで無理やり元に戻す。
生々しい音を発して、足は前を向いたが、体を支えるには不十分な強度だった。
すぐさま足の肉の中に針を数本生成し、外から糸で固定する。
「……これで、まだ動く」
人蜘蛛は感情の赴くままにカイネを惨殺しようと踏み出そうとするが、進まない。
代わりに重心のズレた上半身が人外の下半身から滑り落ちる。
理解が追いつかなかった。
逃げなければいけない。逃げなければ死ぬ。殺される。しかし動けない。
体が強ばって動かないのは初めての経験だった。
知らず知らずのうちに目からぼろぼろと涙が溢れ出す。
「
嫌だ。死にたくない。知らない。分からない。嫌だ嫌だ嫌だ。殺される。逃げなきゃ。どうしよう。どうすれば。助けて。逃げ───
取り留めもない頭の中、わけも分からないままに必死に糸で下半身の断面と接合しようとする。
怪物が得た「楽しい」や「嬉しい」以外の初めての感情は、くしくもカイネが先程不要と切り捨てた「怖い」であった。
しかし、怪物はこの「怖い」を表す言葉を知らない。
ぐしゃりと、髪を掴まれる音がした。はっと我に返ると、目の前にはカイネの無機質な紫紺の瞳があった。
「ぁ……ぅぅぁ……」
ぼろぼろと涙がこぼれる。しかし、目の前の無機質な紫紺は無感動を貫いている。
「ぃ、やだぁあああ!!」
恐怖にかられる怪物は、下半身と上半身を繋いだ糸を引き、接着を果たすとカイネの首に手をかけて無理矢理走り出す。
近くの壁に叩きつけ、そのまま張り付けていた糸をちぎりながら壁を削るほどに力一杯押し込んで、ひた走る。
しかし、髪を掴んだ手はまだ取れない。
むしろ力が強まっているようにすら感じる。
恐怖と過度な運動によって乱れた息を整えていると、抜けていたカイネの折れた足が跳ね上がる。
ぐっと足を伸ばすと、炸裂音を響かせて黒い針が射出された。
それは四方八方に飛び散り、人蜘蛛の下半身の前肢3本を吹き飛ばした。
急なパーツの損失により、バランスを崩してその場に倒れ込んでしまう。
ガラガラと壁を崩して頭を壁から抜いたカイネの紫紺の瞳と、目が合った。
「……もう、お終い?」
お終い。
その言葉に体が動かなくなってしまう。
触れられているのは掴まれている髪だけなのに。
目の前から迫っていた紫紺がなくなり、喉に、湿った感触を感じた。
ぶつり
勢いよく自らを支えてきた
減っていく。自分の中から無くなっていく。怖い。寒くなってくる。視界も暗く閉ざされて周りに何も無くなってしまった。
頭にだけ温もりを感じる。
今頭を掴んでいる、カイネの手の温もりだけ。
あぁ、そっか。私が欲しかったのは……いっぱいのおもちゃじゃなくて……このちょっぴりの……あったか……い……
ここに、宵闇を編む紫白の姫の再来は幕を閉じた。
……。…………。………………。
さて、リドを助けなければ。
黒い巨大な糸玉を転がして隠れ里の前まで運ぶ。
糸の組み方を見て、操糸で解いていく。
ある程度解き終わると、糸玉の下の方からフスーっ、フスーっ、と音が聞こえてきた。
どうやらリドの頭は今、下を向いているらしい。
構わず解いていく。
小さく下の方から、「なぁ、カイネ?この体勢すげぇ辛いんだけどちょっと変えてくんない?なぁ、カイネ?カイネ〜……?」と聞こえているような気がしないでもないが放っておく。
「なぁ、やべぇって。首に対して頭が直角向いてるんだって……!カイネよぉ……折れる、折れそう……」
「……」
「あノ、カイネ?リドが苦シんでいますガ……」
「……私には聞こえない」
「ハぁ……」
リザードマンの苦しみはまだ少し続きそうだ。
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