オーバーロード 賑やかし要員共【完結】   作:Ugly

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清々しい朝。ナザリック地上部はプレイヤー4人が集合し、彼らから少し離れたところでは大勢のシモベ達でひしめきあっていた。

 

今日、至高の御方の殆どがリアルに戻ってしまう。そう聞かされて見送らないという選択肢を取るものはいなかった。防衛のため警備のモンスターがナザリック内を廻っているが、侵入者が来たら知らせるだけの雑魚のみが残っている。

とはいえナザリックへの入り口は地上部にしかないため、侵入者はまずあり得ないのだが。

 

「よーし、じゃあそろそろ始めますよー!」

 

ペロロンチーノが元気良く言うと、すぐ側に控えていたシャルティアをはじめ、直属のシモベが動き出した。

木のテーブルに白い布をかけた簡易な祭壇が草原に設置され、どさどさと肉や酒、果物などが積まれていく。

その祭壇を中心として、獣の血や粉末状の貝、灰で魔方陣が描かれた。

 

プレイヤー達は上空で陣に瑕疵が無いか確認する。そして全ての準備が完了すると、各々配置についた。

 

たっち、ウルベルト、ペロロンチーノは陣の中央、祭壇部へ。モモンガやNPCは陣のすぐ外へ。

_の、予定であったのだが、1つ異物が持ち込まれていた。

 

謎を残したまま儀式を開始する訳にもいかない。モモンガはその異物を持っているたっちに問いかけた。

 

「たっちさん、それ何…いや何かはわかってるんですが何のつもりで持ってるんですか?」

 

たっちが手に提げているのは籠。そして籠の中には茶色いネズミが1匹、うろうろと回っていた。

 

「これですか?これは実験用の動物です。流石に人間やNPCを使うわけにはいかなかったので…」

 

「実、験…?」

 

実験をするということは、つまり結果を記録するということだ。結果を観測できなければ実験の意味がないのだから。

そしてその実験を記録するには、彼がもう一度、この世界に戻ってくる必要があるということでもある。

 

たっちは続ける。

 

「リアルにアバターがないこの世界の生き物を、リアルに連れていくとどうなるか。逆はどうなるか。その確認は必要でしょう。もし儀式をしてリアルに帰れた時、このネズミが無事ならまたこの世界に戻って結果を報告に来ます。詳しいことはセバスに言ってるんで彼に聞いてください。急にすみません、思いついたのが今朝だったんで。」

 

「あぁいえ、私は構いませんが…」

 

モモンガは驚いたが、たっちを咎める気はなかった。むしろ、たっちが戻ってくる可能性を知って気分が上向く。それに、アバターのないものが世界を移動するとどうなるかは必要な実験だ。

 

他の面々を見てもウルベルトは肩を竦めるだけに留め、ペロロンチーノは「ふーん」と相槌を打つだけだ。モモンガ同様、急な話を気にしている様子もない。

 

「うん、問題ないですね。じゃあ始めましょうか。」

 

ギルドマスターの言葉に、少しざわめいていた周囲がしんと場が静まる。

 

モモンガはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持ち、その腕を高く突き上げた。

 

「〈天地改変〉!」

 

1日に4度しか使えない超位魔法を発動させる。巨大な魔方陣が浮かび上がり、一定の時間を経てその効果が発揮された。

 

鳥の歌う朝が闇に包まれる。

 

頭上に昇っていた太陽が消え失せ、代わりに星が光を地上に届けていた。

 

ただの星空ではない。プレイヤーやNPC達も見たことがないほど満天の星々が空を埋め尽くさんとしていた。

 

「『星の揃う夜』。こんなものですかね。」

 

煌々と照る光を眺めてモモンガは言う。儀式に必要な条件を強引に満たし、ゲームとは違う魔法の使い道に思いを馳せていた。元々〈天地改変〉はフィールドエフェクトを変更させるための魔法だ。本来の用途とは違うが、「平凡な朝」を「星の揃う夜」に変える作戦が上手く行って良かったと言う他ない。「天」地改変という名前なのでいけるかなとは思っていたのだが。

 

因みに、儀式に必要な範囲がよくわからなかったのでモモンガはできるだけ広範囲に〈天地改変〉を行った。そして儀式そのものに魔力は必要ないため、彼はほぼありったけの魔力を注ぎ込んでいた。

 

結果として〈天地改変〉は世界中に発動された。

急に朝が夜になり世界各地が大混乱に陥っていたのだが、それはナザリックの与り知らぬことである。

 

 

モモンガは大きく息を吸う。肺は無いが。そして遠くまで声を届けさせるように、こちらも無い腹から音を出した。

 

 

「_いあ いあ いあ いあ」

 

ゆっくり、4度、歌うように独特の音程と拍子で唱える。彼の後に追随するように、異形のプレイヤー3体が続いた。

 

 

「「「_いあ いあ いあ いあ」」」

 

 

まるで単調な旋律をただ口ずさんでいるようだが、ここから4者の詠唱は大きく変化する。

 

たっちが、ウルベルトが、ペロロンチーノが、モモンガが、それぞれ別の詠唱を始める。

 

 

「_いあ いあ はすたあ はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい あい はすたあ あい_」

 

白銀の騎士が讃えるのは、黄衣の王であり邪悪の皇太子。風の邪神、ハスター。母であるシュブ・ニグラスを妻とした、黄の印を掲げる教団が信仰する神である。

 

 

「_いあ いあ くとぅるふ ふたぐん ふんぐるい むぐるなふ くとぅるふ るるいえ うがあなぐる ふたぐん いあ いあ_」

 

山羊頭の悪魔が唱えるのは、海底都市ルルイエに眠る邪神、クトゥルフ。非常に残忍な性質で、ハスターとは犬猿の仲であるとの説もある。タブラ・スマラグディナはかの神を参考にキャラメイクしたとモモンガは小耳に挟んでいた。

 

 

「_いあ いあ にゃるらとてっぷ つがー しゃめっしゅ しゃめっしゅ にゃるらとてっぷ つがー にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!_」

 

黄金の鳥人が呼び寄せるのは、這い寄る混沌ニャルラトテップ。幾多の貌を持ち、白痴の父なるアザトースの意思を代行するメッセンジャーである。

 

 

「_いあ いあ くとぅぐあ ふんぐるい むぐるなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ!くとぅぐあ!_」

 

死の支配者が招来するのは、遠い星フォーマルハウトに封じられた炎の神、クトゥグア。ニャルラトテップと非常に仲が悪く、ニャルラトテップの住居の内1つを焼き払ったという神話もある。

 

 

決められた呪文をそれぞれが唱え続ける。最初の数分は何事もなかったが、やがて異変が起き始めた。

 

満天の星に暗雲が入り込んでくる。

 

たっちの周りに風が吹き荒ぶ。

 

ウルベルトの近くから波の音と磯の香りが押し寄せる。

 

ペロロンチーノの周囲から不協和音のような音楽が鳴り始める。

 

モモンガの付近の酸素が減少し、確かな熱気が渦巻いている。

 

 

詠唱は止まらない。

 

「_はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん_」

 

「_ふんぐるい むぐるなふ くとぅるふ るるいえ_」

 

「_にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!_」

 

「_くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ_」

 

唱え続ける。讃え続ける。呼び続ける。

 

そうしながらも、プレイヤーやNPC達は確かな恐れを抱いていた。

魔法とはまた違う、何か大いなる力が近付いてきているのを肌で感じているからだ。

 

足元を失墜させ、臓物を鷲掴みにされるような怖気が、状態異常無効を無視して襲い来る。

 

 

 

それらはこの世界の者達が「神」と呼ぶ、プレイヤー(リアルの一市民)なんてちゃちな存在ではない。

 

それらはリアルでは創作神話とされてきたものだ。そして、この世界には確かに存在するものだ。

 

生きとし生けるもの達がこの世界に発生するずっと昔、かつてこの世界を掌握していた邪神(旧支配者)、もしくは今尚この世界という夢を見ている(外なる神)

 

どれほど強くなろうとも(HP)という制約が有る限り逆らうことのできない、自然災害よりも理不尽かつ圧倒的な力。

 

風が、匂いが、音が、熱が、どんどん強くなっていく。

 

 

近付いている。すぐ、そこまで。

 

 

 

恐怖に膝を折りたくなるのを堪え、モモンガは唱え続ける。

ふと、今まで音としてしか認識していなかった詠唱の、その一端を理解した。

 

「_いあ(主よ) いあ(来坐せり)_」

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、世界が崩壊した。

 

 

視界が白に染まり、遅れて轟音が鳴り響く。

 

途轍もない音と衝撃にモモンガは詠唱どころではなく吹き飛ばされた。

 

「_ッ!!!〈飛行〉!」

 

10数メートルは飛ばされたところで慌てて体勢を立て直す。

 

「たっちさん!ウルベルトさん!ペロさんっ!大丈夫ですか!?」

 

今だチリチリと焦げ付くような熱や異臭を放つ大地に仲間の姿を探す。

 

「大丈夫です!」

 

「問題ねぇ!」

 

「だいじょぶ!」

 

爆心地たる魔法陣の内側にいたプレイヤー3人はどういうわけか無傷だった。

 

では、と陣の外にいたNPC達を見るとかなり遠くまで飛ばされている。ざっと見る限り皆動いているが、負傷者も多そうだ。

モモンガが自身のステータスを確認するとHPが半分ほど減っている。この世界の人間なら確実に死んでいたダメージだ。心なしか身体が痛い気がしてきた。

 

地面も魔方陣そのものは無事だったが、周囲は魔方陣を中心にクレーターが形成されていた。

 

「陣の中の方が安全だったのか…いや、それより、」

 

モモンガは魔法陣の中央を見る。

 

祭壇の上、中空にぽっかりと闇が広がっていた。外見は〈転移門〉に似ているが、モモンガは直感的にそれとは別物と判断する。

 

〈転移門〉とは違い、行先がわからないのだ。その闇の向こうは未知の領域だった。

 

たっちとペロロンチーノの考えでは、この先はリアルに繋がっているはずだ。だが、わからない。実際には何も無いかもしれない。

 

これを潜れば死ぬかもしれない。存在自体が分解され、なかったことにされるかもしれない。

 

モモンガはこの時、はっきりと未知を恐れた。

 

 

 

しかし仲間達はどうやら違ったようだ。

 

「それでは、また会いましょう。」

 

「よし、生きてたら帰ってくるわ。じゃあな。」

 

「うへぇーこれ戻れるかなぁ。ま、行ってきまーす!」

 

 

「…いや、軽いですねアンタら!?行ってらっしゃい!!!」

 

ひょいひょいと軽やかに闇へ突っ込んでいく3人に、モモンガは急いで別れの言葉を叫んだ。

 

 

後には、空間に裂けたような闇と、夜になったせいで見えにくくなっている魔方陣、焦土と化した大地。そして傷ついた己とNPCだけが残った。

迫り来ていた大いなる何かは衝撃の後からキレイさっぱり無くなっていた。

 

「…とりあえず、皆の治療と…この闇と魔方陣の保護、か。あとクレーター埋めて、ナザリックに影響出てないかの確認もしないと…あー、こんなことならもっと遠くで儀式すれば良かった!ひとまず、全員集合!!」

 

この地に残った者は感傷に浸る暇もなく、忙しく行動を開始した。

 

 

 

 

NPCとモモンガ自身を治療し、ナザリック地上部の修復と全階層の点検、儀式の跡地保護などが全て終わったのは数日後だった。

 

シモベ達が休まず働くことにモモンガがこれほど感謝したことはない。とても速く隠蔽作業ができたからだ。

 

周辺調査がまだまだ未完成の現状であそこまでの爆発事故モドキを起こしたため、何かしらの脅威がこちらに来る可能性があった。

そうなる前にシモベ達が必死に補修し、モモンガが全力で隠蔽系の魔法を敷いていた。

 

幸いにも、隠蔽作業が終わるまでに脅威が襲来することはなかった。せいぜいナーガと巨大なハムスターが様子見に来た程度で、ちょっとしたお話(物理)でモモンガに服従した彼らは森に帰っていった。

 

 

儀式に使った魔方陣と裂けた闇はそのまま保存するため、それを囲んで大きな建物を建てた。リアルからこの世界にプレイヤー達が戻ってくるとしたら、この闇からだろうと考えたからだ。

ここは見張り兼防衛のため常にNPCが警護し控えている。交代制だが、特にシャルティア、デミウルゴス、セバスは創造主を迎えるためその建物に居たがった。モモンガも彼らに警護の仕事を多めに回している。

 

 

プレイヤーが1人になってしまって寂しい気持ちもあるが、良いこともあった。

 

NPC達が希望を持ち始めたのだ。リアルとこの世界が本当に行き来できるのなら、自身の創造主も来られるのではないかと。

 

弐式炎雷、タブラ・スマラグディナ、ぶくぶく茶釜、餡ころもっちもち、ブルー・プラネット…他にも多くのプレイヤー達。彼らがリアルで生きてさえいれば、会える可能性はゼロではない。

モモンガも期待していた。また会えるのではないかと。

 

 

そしてそれは、現実になろうとしていた。




Q.ハスターの呪文ってビヤーキー招来の呪文じゃね?
A.その通りなんですけどハスター招来の呪文が探しても無かったのでこのような形に。そもそも呪文は全部ネットから拾ったやつです。

Q.グは?
A. 多分とっくに死んでる。

次で最終話です。

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