ガゼフは己の目が信じられなかった。
トドメを刺しに来ていた天使の斬撃が、突然現れた「ミィ」の素手によって受け止められたからだ。
「すみませんね、ガゼフさん。遅れました。」
待ち合わせに遅れたかのように軽く言い放ち、彼はそのまま天使の持つ剣をへし折った。
「…は……はは、いえ、ありがたい、くらいです…」
「お疲れでしょう。モモさん、村に送ってやってください。」
「はい。っと、その前に回復ですね。」
びしゃ、と赤い液体が身体にかかる。朦朧とした意識の中でそれが何か認識する前に、ガゼフは村に転送された。
ウルベルトがモモンガに軽くチョップを入れる。
「こら、モモさん。ポーションは消耗品だって言ったよな?無駄遣いしないでくれよ。折角回復要員も頼んできたのに。」
「あ、すみません。死にそうな怪我だったので焦っちゃって。というか回復要員と言われても、人化したら誰が誰かわかんないですよ。」
「確かに。…でもルプスレギナとかあんま変わってないな。」
「ほんとだ。」
襲撃者達のリーダー、ニグンが問う。その目は天使の剣を折ったたっちを警戒していた。
「何者だ?」
ペロロンチーノがおどけて指差しながら紹介する。
「正義の味方一名、悪の魔王一名、死の支配者一名、冷やかし一名?あとはその補助。」
ニグンは鼻で笑った。
「フン、その程度の戦力でどうにかなるものか!全天使に攻撃させろ!急げ!」
ウルベルトは武器を掲げる。
「では、ゲームを始めましょう!よーい、」
_スタート。
その瞬間、凄まじい威力の攻撃が天使達を襲う。
大地を抉り、時には天使の操り手を殺しながら、一体一体丁寧に天使が消滅していく。
「……十六、十七、十八、」
「にーじゅっにじゅーいち、に、さん、」
シモベ達がカウントしているが、ユグドラシル時代の名残かプレイヤー達自身でも数えながら倒していく。
ニグン達は絶句する。
「なっ…あり、えない……」
「化け物か…!?」
そして部隊は恐怖のまま、狙いも定まらずに魔法や弓矢での攻撃を仕掛けた。
しかしその尽くは前衛のたっちと、攻撃を禁止されて控えていたシモベ達に叩き消される。
セバスが剣呑に目を細めた。
「_至高の御方々のお戯れに水を差すなど、許されざる愚行。」
シャルティアも苛立ちでやや口が裂けていた。
「万死に値するでありんす。」
矢を手掴みしたパンドラズ・アクターも不満そうに鼻を鳴らす。
「このようなオモチャで御身を害そうとは、全く嘆かわしい!」
カウント役が数えていないようなので、プレイヤー達は動きを止める。
モモンガがパンドラズ・アクターの背に声をかけた。
「あー、パンドラ?キル数数えてるか?」
「もちろんにございます、我が神よ!我々のことはどうぞお気になさらず!…失礼いたしました、ここにいては邪魔ですね。セバス殿、シャルティア嬢、退きましょう。」
「申し訳ありません、御方々。」
「申し訳ございません。どうぞごゆるりと。」
その言葉にプレイヤー達は再び動き出し、ついに天使達は全滅してしまった。
「ラストとった!」
弾む声のペロロンチーノとは対称的に、ニグン達の顔色はかなり悪い。
「あり得るか!こんなことが!生身の人間にこのような芸当が許されるはずがない!」
モモンガは一瞬、正体がバレたのかとドキリとした。
追い詰められたニグンはしかし不敵な笑みを浮かべ、懐から何か取り出す。魔封じの水晶だ。
「_最高位天使を召還する!」
ざわ、と空気が揺れる。プレイヤー達も多少動揺した。
モモンガが〈伝言〉を飛ばす。
《熾天使クラスですかね?だったらヤバいですけど。》
《なら奪い取ってしまおう。ペロさん、行けるな?》
《はいよー。》
ペロロンチーノは亜空間からゲイ・ボウを取り出しノータイムで射出した。
魔法の矢は狙い違わずニグンの手首に命中し、その手首から先は焼失した。魔封じの水晶は地面に転がる。
「シャルティア、取っておいで。」
「はい!」
シャルティアは〈転移門〉まで使い数秒も経たないうちに水晶を拾い上げ、ハンカチーフで拭いてからペロロンチーノに手渡した。
ニグンは痛みにのたうち回り、他の騎士達は唖然としてニグンの手とペロロンチーノを見比べる。
「__ぎゃああああ!!!」
「___なっ、なっ!にを!」
「ありがとう、シャルティア。モモ、鑑定お願いできます?」
「〈上位道具鑑定〉………へ?威光の主天使?雑魚じゃないですか!」
モモンガはすっとんきょうな声をあげる。
たっち、ウルベルト、ペロロンチーノも脱力した。
「なんだ、心配するだけ損でしたね。」
「はー、余計な時間だった。お前達、生きてる奴らをそこの森の中で拷問して、情報を絞り出してこい。村にいる人間達には見えないようにな。拷問後の処分方法は任せるが、生きて
「騎士は死んでるのだけ村に持ち帰って終わりましょっかー。」
「死んでるの五人くらいしかいませんが…まぁ残りはとり逃がしたことにしましょう。」
喚くニグン達を、人化したシモベ達が無力化していく。至高の存在に散々無礼を働いた彼らの末路は、悲惨なものであることだけが決定していた。
因みに天使キル数競争はペロロンチーノが優勝した。
村に戻り死体をガゼフに引き渡した一行は彼らから熱烈な歓迎を受けた。ささやかな宴が開かれ、村人達は喪った人々を祭りで送り出すように騒いだ。
ナザリック程ではないが美味しい食事に賑やかな歌声、朗らかな笑い声。相も変わらず良い天気。
社会勉強も兼ねて楽しんだプレイヤー、NPC勢がナザリックへ帰還したのは、拷問担当のシモベから情報収集終了の〈伝言〉が来てからだった。
惜しむ村人達と別れ、どさくさに紛れてガゼフとコネを作り、〈転移門〉でナザリックに戻って解散してと流れるような忙しい日の翌日。
モモンガとウルベルトは第五階層へ向かった。
「コキュートス、居るか?」
「モモンガ様、ウルベルト様!コキュートス、御身ノ前ニ馳セ参ジマシタ。」
跪くコキュートスに一度頷くウルベルト。
「とりあえず立て。用件は二つある。一つは、お前にワールドアイテムを一つ預けることになった。お前はナザリックの防衛の要だからな。結局アルベドに〈真なる無〉を持たせることになったのも理由だが。後でパンドラズ・アクターに確認して、自分に合ったものを見繕ってもらえ。
…そしてもう一つ。コキュートス、俺達にテーブルマナーを教えてくれ。」
「ハッ……………ハッ?テーブルマナー、デゴザイマスカ?」
コキュートスは呆気にとられる。
モモンガは、テーブルマナーだ、ともう一度念を押すように言った。決して聞き間違いではない。
「私達には教養がない。リアルの事情や家族構成を考えれば当然_と、この話は長くなるからやめておこう。とにかく、お前にはこの世界のテーブルマナーを調べ、実践形式で私達に教えてほしい。今のところは私とウルベルトさんにだけだな。確認できている国の中で比較的近い王国、帝国、法国。そしてナザリックでのテーブルマナー、全てだ。まぁ大体同じだろうがな。何せカトラリーが同じだ。」
「オ、畏レナガラモモンガ様、ウルベルト様。テーブルマナーニ関シテハ私ヨリモ他ニ適任者ガ居ルカト。」
ウルベルトが困った、と言うように首を傾げる。
「まぁそうかも知れんが、実はお前以外で階層守護者以上のNPCはそれぞれ別の仕事で手が空いてなくてな。お前自身もナザリックの守護という仕事があるが、階層守護者は別のシモベに指示を出して使えるだろう?
不安ならプレアデスの一人や二人、領域守護者の誰かしらでも補助につける。誰を使うかはお前に考えてもらうが、な。」
人間形態でも金に輝くウルベルトの瞳。それがすぅ、と細められるのを見てコキュートスは既視感を感じた。
この仕草、この目は彼の被造物であるデミウルゴスに似ている。コキュートスの友であるあのシモベがオモチャを見る目にそっくりだ。
つまり、
___遊バレテイル。
つまり、モモンガとウルベルトの暇潰し相手にコキュートスは選ばれたのだと、そう直感した。ならば答えは一つしかない。
「微力ナガラ最善ヲ尽クシマス。シカシ、少々オ時間ヲ頂キタク。」
モモンガは心配そうに言う。
「_無理なら無理と言って構わないぞ?強いるつもりはない。」
「イエ、御方々ノゴ意向ニ否ヤガアルハズモゴザイマセン。」
「そうか?なら頼む。時間的猶予は、遅すぎなければ良い。特に急いでいない。だがテーブルマナーを教えてもらうからには、一緒に食事をしながらだからな。共にテーブルを囲む時を楽しみにしているぞ、コキュートス。」
「俺も楽しみだ。無知を晒して申し訳ないが頼んだ、コキュートス。」
「オ任セクダサイ。」
歓喜で口から冷気を溢しながら、コキュートスは深々と礼をした。モモンガとウルベルトはそれぞれコキュートスの肩をポンと撫でるように叩き、第九階層へ転移していった。
第九階層、コキュートスの知覚範囲から遠く離れたモモンガとウルベルトは悪戯っぽく笑った。
「コキュートスはどう出るでしょうね。少しかわいそうですが。」
「まぁ簡単な実験さ。それに良いふれあいの機会だ。…自分の創造物ばかり優遇するわけにはいかんからな。」
武人として設定されたコキュートスは、今回の命令に役立つ技能は何も持っていない。
それでも彼らが調査役、教師役としてコキュートスを選択したのは、マナー面などを設定されていない彼が成長できるかどうか見るための実験、かつ共に食事をとるための口実とするためだった。単純にプレイヤー達がテーブルマナーを知らないことも加味されているが。
モモンガはそこに居合わせていた創造物達へ目を向ける。
「_というわけで。一応釘は刺しといたが、コキュートスから聞かれても過度なアドバイスはしないように。アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクター。」
「「「はっ」」」
一方その頃、ペロロンチーノとたっちはナザリックの地表部へ出ていた。アウラとマーレに会うためだ。
現在、アウラは森林の生態系調査、マーレはナザリック地表部の隠蔽活動に勤しんでいる。が、定期的な休憩を命じられている二人がちょうど合流したときを狙ってプレイヤー二人は現れた。
「アウラ、マーレ!やほー!」
「お疲れ様、二人とも。」
「たっち・みー様、ペロロンチーノ様!わざわざ地表部までどうされたのですか?」
「お、お会いできて嬉しいです。えと、僕たちにご用事でしょうか…?」
「んや、特にこれといった用事は無いんだけど…二人は姉ちゃんの作ったNPCだし、一度ゆっくり話したいと思ってて。」
「時間は大丈夫かな?」
「はいっ、はい!時間は全然大丈夫です!」
「ぼ、僕達のために、御方々がいらしてくれるなんて…!すごく光栄です…!」
「よしゃ。おいでー。」
とてとてと近寄ってきた双子を、ペロロンチーノは両腕で抱き上げた。右腕にアウラ、左腕にマーレを座らせた状態になる。
「よいしょぉっ、えっ軽…」
「わっ!?ペロロンチーノ様!?」
「ふぇっ…」
双子は硬直した。借りてきた猫のようになった彼女達をあやすようにペロロンチーノがゆらゆら揺れる。
たっちはぱちぱちと気の抜けた拍手をした。
「おぉペロさん力持ち。でも…なんでしょう、絵面に犯罪臭が…茶釜さんに代わってお仕置きするべきか…」
「待ってたっちさん正義降臨しないで!てゆーかアウラもマーレも軽すぎるんだけど!?ちゃんとご飯食べてる?」
「はい!食べてます!」
「毎日三食頂いてますぅ…」
「ほんとぉ?ちょっとたっちさん、抱っこしてみてくださいよ。」
「はいはいどうぞー。」
たっちが両手をやや広げる。至高の御方の、いかにもハグを受け入れるようなその動作に双子は面食らった。
「じゃ、そっちに移ってね。」
たっちの腕へと移すため、ペロロンチーノは双子を抱えたままたっちに向かい合う。
二人に挟まれ、人化した主達の皮膚と体温を直接または装備越しに感じた双子は一気に赤面した。
火照ったダークエルフに気がつかないたっちはそのままペロロンチーノから双子を受け取り__その顔を不可解そうに歪ませた。
「確かに…身長に対して軽すぎますね。しかも、二人とも筋肉は並み以上にあるでしょう?なのにここまで軽いのは謎としか言えませんね。まぁNPCの体重にリアリティを求めるのもなんですが。現実になると心配してしまいます。」
「んむ、リアルの子持ちが言うと説得力が違いますね。」
「さてこのまま散歩にでも行きましょうか。」
「ナイスアイデア。じゃあどっちかちょうだい!」
「アウラ、マーレ。どちらかペロさんの方に移れるかい?」
「あ、ぅえ!?えと、」
「ぼ、僕達が決め、えぅ…」
双子は顔を赤くしては青くしてと忙しい。
たっちとは離れたくないしペロロンチーノにも抱き上げられたい。ついでにどちらを選んでも不敬。これほどの正と正の、あるいは負と負のジレンマに直面したのは初めてであったのだ。
そしてそんな理由など知る由もないプレイヤー達はどちらも選ばない(選べない)双子を不思議に思い、結局、子ども特有の優柔不断だろうと結論付けた。
「…では私が決めても?ペロさんはシスコンなのでアウラ渡しときますね。」
「待ってたっちさん俺まだ
「『まだ』…?」
ぶくぶく茶釜のことが少々心配になるたっちだった。
余談
NPC達が至高達を呼ぶときの順番は、
モモンガ(現ギルド長)→たっち(元ギルド長)→ウルベルト→ペロロンチーノ(50音順)
で固定してます。覚えてる範囲で。これはNPCの心情とかではなく書き手が書きやすいようにするための統一です。