「お初に御目にかかります、第三王女ラナーと申します。今回は気楽な会ということで略式の挨拶とさせていただきますね。どうぞよろしくお願いいたします。」
ウルベルトはモモンガに〈伝言〉を繋ぐ。
《モモンガさんこの女ヤバい吐き気を催す邪悪だゲロ以下の匂いがぷんぷんする俺の中のデミウルゴスが即刻殺せと囁いている!!!》
《落ち着いてくださいウルベルトさん!デミウルゴスがそんな軽率な指示出すわけないじゃないですか、相手は要人ですよ!この一瞬で何を感じ取ったんです?》
《悪魔の本能と俺の富裕層アンチが超反応起こしてる…こいつはマジでまずいぞ精神の異形種とでも言うべきだ。ちょっと今から〈影の悪魔〉で監視させておくわ》
《んーーそこまで言うなら警戒しときますね。とりあえず挨拶を返しましょう。》
「南方より参りました、旅人のモモ、ベル、リリーでございます。本日は突然の申し出にも関わらず王女様ならびに『蒼の薔薇』の皆様にお会いできたこと、大変光栄に思います。」
現在地、王城のとある一室。窓から騎士訓練場が見える。
その部屋に居るのはモモンガ達と王女ラナー、ラナーの護衛騎士クライム、そして蒼の薔薇メンバーだ。ラナーの侍女達もいるが、彼女達は給仕に忙しい。
「チーム『蒼の薔薇』のリーダー、ラキュース・アインドラです。モモさん達は王国戦士長から、かなりの手練れであると聞いています。よろしくお願いしますね。」
「俺ぁガガーランだ。よろしくな!」
「ティア。リリーさん美人ね。」
「ティナ。リリーさんお綺麗。」
「おい初対面を口説くな。イビルアイだ、よろしく。」
姦しいチームメンバーを一旦押し退けてラキュースが話を続ける。
「王国戦士長の推薦により、異国の実力者である御三方の特別昇級試験を私達『蒼の薔薇』が監督します。貴殿方には私達と戦ってもらいますが、昇級の条件は私達に勝つことではありません。私達が貴殿方の実力がどれ程か測定する形ですので、どうぞ気負わずに全力を出してください。」
「無論、俺らに勝つならそれはそれで構わん!」
「5対3でごめん。」
「でも私達も(監督)初めてだから。」
「すまないが前例がなく、特例昇級試験のやり方を知らないのでな。わかりやすいしこれで良いか?」
ラキュース達から与えられたのは自分達より弱い存在への思いやりの言葉だ。
冷笑するウルベルトの顔面に裏拳を叩き込みながら、モモンガは頷いた。
《痛ッ顔は酷い!》
《じゃあそのわかりやすく馬鹿にした面を抑える努力をしてください。》
「私達は構いませんよ。」
「では、ここから見える訓練場で。」
モモンガはユリも含めて三人で〈伝言〉を展開し直す。部下を含める会話に、それとなく支配者ロールへ切り替えた。これから始まる戦闘に気分が高揚していることもあり、彼らは普段より魔王成分を上げて話す。
《しかし蒼の薔薇というものはどれ程の実力なのだろうか。ウルベルト、どう思う?》
《ガゼフからはベテラン冒険者と伺いましたが…「政治的権力の無い王女」と懇意にしている冒険者、ねぇ。あまり強くないのでは?世間からも強いとは見なされてなさそうですかね。この国の王族が冒険者を軽んじていなければ、ですが。》
《では伸してしまって問題無いか。》
《そうですね。ユリはどう思いますか?》
《御方々の御心のままに。》
《よし、少し遊ぶか。》
盛大に目測を誤った三人はその後模擬戦にて蒼の薔薇を圧倒してしまい、アダマンタイト級以上の戦闘力があると示してしまった。
しかし新参者がいきなり最高位の冒険者になるのは冒険者ギルドの体面が悪い。モモンガ達はひとまずミスリル級冒険者チームとして認められ、人柄や後の功績に応じて昇級を早めることが約束された。
無論ウルベルトやユリはそういった「お上の事情」に対して不満であり、蒼の薔薇も自チームを打倒した強者を軽んじることに異議を申し立てた。
が、モモンガがとりなす形でどうにか場を収めた。この件で既に蒼の薔薇からの同情を引けたから駄々をこねるのは良くないと感じた上に、最高位ランクがポッと出たら確実に現地人からの妬みを買うと理解していたからだ。もし、ユグドラシル時代に前触れなく最強角のギルドなどが現れていたら、モモンガ達だって思うところはあっただろう。
何にせよ目的の冒険者登録とガゼフへの挨拶は済ませ、裏ではシモベ達を使い王都にいるタレント持ち・武技持ちの調査も終えた。
もうここに用は無い。モモンガ達は王都を出て都市エ・ランテルへ向かおうとした。
そう、向かおうとしたのだ。
仮面の少女、イビルアイの言葉を聞くまでは。
「それにしてもあの凄まじい膂力、魔力、戦闘技能に高度な魔法…貴殿ら、まさかぷれいやーか?なんて、な。」
「イビルアイさんその話詳しく。」
「今プレイヤーっつった?」
王都を出立する別れ際、その挨拶中に投下された爆弾発言にモモンガ達は急遽もう1日滞在することが決まった。
上から下まであくせく働くナザリック。しかし夕方から夜にかけてはどことなく落ち着き、穏やかな雰囲気で満ちる。彼らの支配者が戻っているからだ。
プレイヤー達は友人と情報交換もといお喋りに明け暮れ、或いは体を休める。
NPC達は主の気配を感じて幸せを溢れさせる。この時間が永遠に続けば良いのにと思うのはご愛嬌だ。
円卓の間ではプレイヤー四人が、ぐだぐだと井戸端会議のようなとりとめのない会話を交えつつも着々と情報を纏めていた。
たっちは嬉しそうに笑う。
「このままいけば近い内にリアルへ帰れそうですね!ま、昨日も今日も明日もペロさんと遺跡巡りですが。」
「ね。断片的な情報しか手に入らないから、ゲームみたいで楽しいんですけどなんか中弛みしてきましたよ~。モモンガさんとウルベルトさんはどうです?」
「そろそろ王都を出ますよ。明日か明後日ですかね。」
「ん、そんくらいだな。コキュートス達のマナー講座、早めに習っといて良かったなー。」
ウルベルトが安堵の息をつく。その言葉を聞き、後ろに控えていたメイドの一人、ナーベラルがごく僅かに頬を緩めた。
つい先日行われたテーブルマナー講座はそこそこの成果を発揮できた。
まず現地のマナーを知るため、コキュートスは補佐にプレアデスのナーベラルとエントマ、領域守護者の恐怖公、ニグレドに協力を要請した。
恐怖公の眷属、つまりGから始まる例の虫はどこにでもいる。王国にも帝国にも法国にも。恐怖公とニグレドはそんな眷属達を各国に送り出し、彼らの目を通して見事テーブルマナーを習得した。
その情報を共有し、コキュートス達はこの世界のテーブルマナーについては随一の所作を誇るシモベとなった。そして人化したコキュートスと恐怖公を講師に、ナーベラルとエントマをそれぞれ御方々一人ずつのサポートにしてテーブルマナー講座は大成功を納めた。恐怖公の人化した姿にモモンガとウルベルトが二度見したことはまぁ余談である。
「ホントですよ全く…なんでお偉いさん方は交流と一緒に食事をしたがるんだか。たっちさん理由知ってます?」
「えぇ?……確か、食事したら副交感神経が活性化されてリラックスし、交流を深めやすくなるって聞いたことがあります。あと単純にマナーを見て育ちの良さを確かめる面もあると思いますよ。」
「はぇ~そうなんですね。王女サマとの料理って美味しかったです?」
「美味しかったですよ。まぁ質はナザリックに負けますが、リアルよりは遥かにマシです。」
モモンガの言葉に全員が頷いた。この世界の、特にナザリック産のものは美味しい。食べ物も飲み物も、空気すら美味しく感じる。
ウルベルトは微かな笑みを浮かべた。
「もし俺達がこの世界で生まれ育ってたら、もっとマシな人間になれたんかね。心身共に。」
「いえ、ウルベルトさんの性悪は治らないと思いますよ?」
「あ?」
モモンガがすぐメンチを切り合う二人を引き剥がす。
「まぁ、もしそうだったらユグドラシルとも縁の無い生活をしてたかもしれないですね。」
「特に俺らみたいなカルマ値悪寄りギルドとか作らなかったかもですね~」
「…まぁ、何事も巡り合わせだよな。」
夜は更け、新たに一日が始まる。
「エ・ランテル到着~!やぁ、賑やかですねぇ!」
「8888~。」
王都からエ・ランテルまで移動したモモンガ達は暢気に歓声を上げながら都市内を見て回った。屋台を冷やかし、冒険者ギルドを見学して、一応書物も検めたが改竄と矛盾が酷く読めたものではなかった。
夜には酒場に入り、タレントや高位の魔法に興味があると言って情報を集めた。酒代の金は王都からエ・ランテルまでの道中で冒険者の仕事をしてそれなりに稼いでいた。
観光をしない昼は野に出てモンスターを狩る。相手にもならない雑魚のみだったが、少なくとも冒険者業をしていると周囲にアピールができる上に、本人達もリアルではやったことのない実戦経験をちまちまと重ねていた。
「♪~♪♪~」
「てーててーてーてってって…てー♪」
戦闘BGMを口ずさみながら、大剣と魔法が飛び交う。ユリは楽しそうに殺戮する御方々を眩げに見守っていた。
数匹いたモンスターはリズムに合わせて殺され、そこそこの時間をかけて全滅した。
「トゥーララー♪」
戦闘勝利SEをおぼろげに歌い、ウルベルトがその場をくるりと回る。すると光のエフェクトがマネキンのように顔のない人間の女性を形作り、ウルベルトとホールドを組んでくるくると回った。
おお、とモモンガが驚く。
「特殊モーションじゃないですか!ウルベルトさんそのモーション持ってたんですね。」
「結構前から持ってはいたぞ。今存在思い出したけど。」
ヴェニーズ・ワルツさながらに数秒回り、エフェクトは淡く宙に溶けた。
「さて、もう少し狩ります?」
「そうだな、今日は酒屋でちょっと良い話が聞けそうだから飲み代くらいは稼ぐか。」
「ん、何かありましたっけ?」
「クラルグラって覚えてるか?ミスリルの冒険者チーム。」
「あぁはい、少し前に知り合ったとこですよね。覚えてますけど…」
「そこのイグヴァルジって奴が言うには、最近この街にキナ臭い連中がうろちょろしてるらしい。ここも
「あー、私達じゃ『怪しい人』がよくわかんないですもんね。じゃあ今日も夜は飲み会ですか。酔う身体なんですから気をつけてくださいよ。」
「大丈夫大丈夫、いざとなったらリリーがいるだろ?」
「お任せください。」
「自制もしてくださいよ!」
「はーい。」
その夜。
エ・ランテルの一角、騒がしい酒屋にて、ウルベルトは喧騒を生み出す原因の一端となっていた。
「だからよぉお貴族様ってぇのは本当にクソでよ__」
「わかる、わかるぞ__」
叩けば叩くほど悪事がまろび出る王国。上流階級の人間への悪口など留まることを知らない。況してやイグヴァルジは例え完璧超人であろうとも妬み僻みで悪く言えるタイプの人間だった。
結果、ウルベルトとイグヴァルジは大いに意気投合していた。
酒の席がもっと進む前は例の『怪しい連中』について会話を交わしていたのだが、聞ける情報は聞いたと判断したウルベルトが話題を変え、更に酒の力もあり、この始末である。
カウンター席を陣取ったチームクラルグラの横にウルベルト、ユリ、モモンガの順で横並びに座っており、ユリがベストタイミングで酌をし続けるためウルベルトもどんどん飲んでいた。
「ベルさん酔ってますねぇ…」
自身もちまちまと酒を嘗めつつモモンガが呟く。同時進行で影の悪魔達を繰り、先ほど得た情報の裏取りをしていた。
隣に座るユリにも聞こえないような声量で影の悪魔達から報告を受ける。
「(首謀者はカジットという人間…目標はアンデッド化?…エ・ランテルを大量のアンデッドで襲撃する計画をしている。…協力者はクレマンティーヌという、法国からのお尋ね者。…持ち出したのは特殊なマジックアイテム?…使用制限アリの…)」
断片的なそれらを繋ぎ合わせていく。
「(…エ・ランテルにいる、特別なタレントを持つ少年を使えば、使用制限は関係ない…狙われるのは、)」
「ンフィーレア・バレアレ…」
たどり着いた答えに思わず声が僅かに大きくなる。ユリがモモンガの方を向いた。
「?モモさん、何かありましたか?」
意識してフランクな口調で尋ねるユリにモモンガも軽く返す。
「…いや、リリーが気にするようなことは無いさ。」
何かはあったが、ユリの対応すべき仕事ではない。言外にそう示され、ユリは小さく頷いた。
「ん゛~、モモさん、リリー、なんかあったんれすかぁ?」
「そろそろ帰りますよ酔っぱらい!」
細かいことは後で決めようと、本格的に出来上がってきたウルベルトの首根っこを掴んで酒屋を後にした。