ブタイウラ   作:ちぇるの

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ぐでーっと。
だらーっと。

一応おしまい。


エピローグ・イン・スロース

 ……そんな風にみんなで撮影した映像作品。

 『ダンガンロンパ』を江ノ島と苗木は二人で見ていた。

 

 校舎のはずれにある部室棟という名の個人施設。江ノ島盾子が伝手を駆使して作成した超高校級のギャルのための部屋は無数のファッション誌とドレッサーの他には巨大なモニターとソファーがあるだけであった。

 いや、モノクマのぬいぐるみが一つある。

 

 最後のシーン、江ノ島が手を振りながら全力の処刑を受けるシーンで苗木は顔を真っ青にし、江ノ島は恍惚と頬を染めた。

 いい話みたいに脱出のシーンで光が差してきて終わる。

 

 二人がけのソファーに座っていた二人は見終わった後、力を抜いた。

 

「……これが江ノ島さんのやりたかったこと?」

「うん。すごい絶望的な未来につながる予定だった」

「怖いね、それは」

 

 こてん、と江ノ島は苗木の方に体重を預けた。

 

「負けちゃったけどね」

「それは、まあ。凄い手加減してもらったからね」

「正解です。実はこのお話も負けるの前提でシナリオ組んでましたー」

「だろうね」

 

 絶望的なほどに絶望な少女は、恐ろしいほどの意志力がある。

 本気で完遂させるつもりならば障害なんてそもそも作りはしない。彼女が負けたのは彼女が隙を自分自身で作っているからに他ならない。

 負けるために戦っている。

 彼女は、自分がどのように絶望的に滅びるかだけを求めているのだ。

 

 ――本当ならば。

 

 苗木はそっと江ノ島の手を握る。

 その温かさと柔らかさが江ノ島の心に杭を打ち込む。

 

 優しくて嬉しいと思うはずの心は、それをどのように壊せるかしか考えていない。

 その情動を感じるたびに、今更元には戻れないのだと温い傷跡をそっと抉っていく。

 

 江ノ島はその心地よさにぞくぞくとした。

 

「駄目だよ。僕は君に死んでほしくない」

「綺麗ごとは反吐が出るっつの。なんで分かんないかなー」

 

 じゃあなんて言えばいいのだろうと、苗木は少しだけ悩んだ。

 

「君が死んだらクラスのおっぱい枠が減る。それは凄く寂しい」

「……さっきよりは納得できたけど、その扱いはどうなのよ?」

 

 駄目か、と苗木は苦笑した。

 江ノ島は諦めたようにため息を付きながら苗木の胸の上に指でくるくると『の』の字を書いた。

 

「夢の一つはまあとりあえず吐き出したし……次はどんなことやろうかな」

「また映画でも取る?」

「や、映画は飽きた。次はサイコでポップなアニメでも作る」

 

 サイコでポップってなんだろう。モノクマ的なあれだろうか。

 しばらく余韻に浸るように『ダンガンロンパ』のチャプターメニューが流れるのを見る。

 16人の仲間たちの姿が順番に写されていく。

 

 それを眺める江ノ島の目はガラスのように透明だった。

 無言で虚しい時間だった。

 

 不意に静寂に飽きた様に江ノ島は口を開く。

 

 

「……ねえ、苗木。私ってこの後どう生きればいい?」

 

 

 世にも珍しい超高校級の絶望の弱音である。

 時々、妙に無防備で可愛いな、と苗木は思ってしまう。

 どうせ本気で自分を騙しにかかればどうとでも出来てしまうのが江ノ島盾子という少女なので、言葉はわざわざ裏を読まないことにしている。

 江ノ島も今のところは本音だけで接してくれてると思う。

 

 だから今回も真面目に受け答えよう。

 

「世界を壊すほどの絶望をボクが止める。代わりに一生を君と共に生きるよ。それでいいかい?」

 

 きゅう、と江ノ島の何かが締め付けられる。

 それは苗木が握ってくれてる左手かもしれないし、胸の奥の気持ちなのかもしれない。

 

「……あーあ。それ、もちっとイケメンに言ってほしかったなあ」

「そこはまあ、諦めて」

「なんでよ」

「江ノ島さんと付き合える男なんてそうそういないでしょ。イケメンは高望みし過ぎだと思うよ」

「待てやコラ」

 

 江ノ島は開いてる手で苗木のもう片方の手首を押さえつけた。

 

「え、なんなん? この超高校級のギャルという、顔面偏差値で手に入れた立場の私様に何よその言い様? このスーパーボディに群がる男がいないとでも?」

「いや、たてもちゃんは確かにおっぱい大きい美人だけどさ」

「たてもちゃん言うな」

 

 ごす、と江ノ島は苗木にヘッドバッドをかました。地味に痛い。

 

「でも隣を歩ける人じゃないでしょ、その人達」

 

 ぐぬ、と江ノ島はそのガラス細工じみた美貌をかすかに歪めた。

 というか顔が近すぎるので苗木の顔はだんだんと赤くなっている。

 

 ぽすん、と江ノ島は力を抜くように苗木の胸にしなだれかかった。

 

「……私様は、実は怖い」

「うん」

 

 そっと苗木が江ノ島の頭を撫でると江ノ島はその体を素直に預けてきた。

 

「絶望が好きな自分が怖い。絶望にみんなが落ちるのが怖い。絶望的に自分が絶望なことが怖い」

「うん」

 

 苗木はゆっくりと撫でる動作を続ける。

 その行動は江ノ島の心の中の血が止まって壊死した部分を撫でてくる。

 

 ――既にそこの部分は感覚も何も残っていないのだけど。

 ――それでも私はその部分に優しくされることを望んでいる。

 

「きっと苗木が掴んでくれてるこの手が離れたとたんに私はどこまでも堕ちる。

 希望とか全部摘み取ってしまう。

 人の目の前で大切なものを踏みにじる。

 そして復讐されたり恨まれたりすることすらも心地よく受け取って、泣きそうなほどに怖いことを楽しみながら実行し続ける、

 だって絶望的なんだもん。私という存在はその定義からして絶望だから。

 きっと逃げられないの」

「うん」

 

 ――その部分は壊れきっていて二度と理解することは出来ないけど。

 ――優しくアンタが触ってくれてる時だけ、形ぐらいは思い出せるから。

 

 江ノ島は苗木の胸に押し付けていた額を持ち上げて、苗木の困ったような顔を真っ直ぐに見つめた。

 

「だから、離したら、いや」

「うん。離さない。安心して」

 

 江ノ島盾子はこの世界に生まれ落ちた瞬間から絶望していた、と言うが本当はそんなことはない。

 自分語りをして、自分が不幸だと自慢して、自分が可愛そうだと泣けるのならばきっと今の江ノ島盾子は存在していない。

 

 お姉ちゃんがいなくなった時とか。

 その後の母親との二人暮らしのこととか。

 好きな人に期待して、結局希望なんて無駄だったこととか。

 まあ色々と言い訳に出来るような諸々はあったのだけれども。

 

 その結果として人間として当然あるべきものがごっそりと腐って、残りの部分が歪に肥大化したような心のかたちをしているのだろう。少なくとも江ノ島自身は自分の心をそのように認識していた。

 

「……ずっと、ずっと思ってたことがあって」

 

 懺悔するように江ノ島は語る。

 

「私には世界がドミノ倒しにしか見えない時がある。

 その最初に一枚を押せばどうなるのかが分かりきってるのに、誰もがその事実を無視してるように見えた。

 全部倒れて台無しにできるのに何で誰も押さないんだろう、って。

 ――それを押したらどれだけ絶望的な崩壊が怒るんだろう、って。

 そのドミノが色んな所にあって、じゃあ全部のスイッチをつなげたら簡単に一押しするだけで世界中を絶望に落とせるモノも作れるんじゃないかなって。考えたら手が勝手に動いてて。

 私ね。私……」

「うん。落ち着いて」

 

 そっと苗木が江ノ島の背中を撫でる。

 江ノ島の表情はほとんど無表情に近い。だが、苗木にはその表情が泣いているのと変わりなく見えた。――実際にはそれとかけ離れた感情なのだろうけど。

 多少鈍感な苗木にだってとっくの昔にわかっている。江ノ島盾子という存在にはまっとうな倫理観なんて残っていないことぐらいは。

 だけど、欠けてしまったはずの彼女の心は触れるたびに少しだけ反応するのだ。

 

 ――その歪さが痛いのだ。

 ――そのかすかな反応を大事にしたいと思ってしまったのだ。

 

「私、みんなのこと大好きなのに、壊そうとするの。

 ふとした時に、指先でお気に入りのCDの裏をひっかくみたいに。

 きっと誰も信じてくれないけど、私、みんなのこと……好きで……大好きで……

 ――だから壊したくて」

「知ってるよ。みんなのことを大好きだって。大好きじゃないものを壊そうとなんかしないって」

 

 それは苗木の嘘だった。江ノ島盾子の本質は常人には計り知れないほどにグロテスクだ。

 だが、それを指摘はしない。守ると言ったから、護るのだ。みんなも。江ノ島自身も。

 ほんのかすかな範囲しか重なっていない心なのだとしても。

 

「ねえ苗木。私は怖いの。毎日が。

 楽しい日々を、希望にあふれた日々を好きになる自分が怖いの。

 いつかとんでもない反動を伴って【絶望に落ちる自分】が怖い」

「それは違うよ」

 

 苗木は震える江ノ島をそっと抱きしめる。

 

「……僕がそんなことさせない。だって僕は【超高校級の希望】らしいから」

「……ふーん」

「ね?」

「ふーん」

 

 ぐりぐり、と江ノ島は額を苗木の胸におしつける。

 放置していた画面チャプターは残酷な死体のシーンをいくつか流し始めていた。

 

「僕はこれをみて悲しいと思うけど、君はきっと嬉しいと思うんだろうね」

「そうだね。凄く絶望的で……」

 

 二人の心の距離はとんでもなく遠い。

 ヘタをしたら世界で一番遠いかもしれない。

 

 だから苗木はいつまでたっても埋まらない溝を埋めることを諦めた。

 ただただ、同じ道を歩けないかと。隣の道を歩けないかと、溝の上で必死で手を伸ばした。

 

 江ノ島はほんの一片の気まぐれでその手を掴んだ。

 どちらかが手を放そうとしたらおしまいの関係を、二人は必死で手をつないでいる。

 

「あーあー。素直に絶望に浸れないなんて絶望的」

「ごめんね」

「責任とって結婚しよっか。苗木」

「へ?」

 

 江ノ島は苗木の両手を拘束したまま、そっとキスをした。

 時間にしてほんの数秒の、淡いキスだ。

 

「……ん。ファーストキス達成」

 

 江ノ島はしてやったりと笑ってやった。

 それをみて苗木はああ、と納得したようにつぶやいた。

 

「江ノ島さんって戦刃さんと双子なんだって今認識できた」

「どういうこと?」

「笑った顔がそっくりだ」

 

 きょとんとした江ノ島に苗木は笑ってしまった。

 

 そんなこんなのエピローグである。

 

 

 




母親に引き取られたとか離婚とかは脳内設定です。

ゲームの中でも江ノ島は抜群の不安定さを見せていましたが、全部は本当のこと言っていないし、全部が嘘でもないし、と思っています。
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