薄暗いモニタールームにレバーの音がガチャガチャと響きわたっていた。
「いけーそこだー。→↓→でライジングドラゴンなアッパーカット、いいや、違うね虎だ。
虎になるのだー! おっと残念、ハドウエナジーはモノクマには搭載されてないのでトルネードが関の山。
ハァハァしちゃうね。大興奮だよね。モノクマのスペックをフル仕様だね」
おおー、と後ろで見ていた不二咲が驚いている。
モノクマを操る江ノ島の手元には家庭用ゲーム機に合わせてある格闘ゲーム用のパッドである。
「おーっと超必殺。野生に彩られたモノクマの奥義が光るよ! 両手で二倍! ジャンプで二倍!
三倍の回転力で1200万猛獣パワーだ! だってクマだもの」
絶え間なく動き続ける江ノ島の指と、立て板に水の口。どちらも一瞬足りとて止まらない。
江ノ島が見ているのは2つのモニターのみ。モノクマ自身のカメラアイと体育館に設置された俯瞰視点の定点カメラである。
モノクマは格闘ゲームのような動きを再現しているが、どう考えても人間業じゃない。
あの反応速度であの動きをしている辺りが。
「うわぁ、うちの七海と対戦させたいぐらいだなぁ」
「七海ちゃんってアルターエゴのオリジナルだっけ?
うーん、どうだろうね。私のゲームのやり方って邪道って言うか人読みなところ有るからねー。
大神レベルに無心でランダムな攻撃が出来ないとすぐに凄い卑怯な勝ち方出来るようになるよ、私」
「そうなんだ」
「反射神経は人並みだけどね。基本全部の技に当て身カウンター入れられるレベルよん。
動体視力とか潜在スペック的にはお姉ちゃんと同じぐらいあるらしいしね。
……よーし、そこだ! ブロッキングからの中足払いからの疾風迅雷脚だよ。
あーもう大神の野郎平然とジャストディフェンス。やばいね、体力回復しちゃうね!」
もはや何のゲーム分からないぐらい混ざっている。
「随分と古いゲーム知ってるんだね?」
「暇つぶしでいろいろやってた時期があってねー。
まあ、コンピュータさんのパターンを見なくても読めるようになってからはさっぱりやってないんだけど」
「あははは……」
画面に映っている大神さくらとモノクマが空中で交差して、着地したところでふらりとやってきた
苗木がそのかなり異様な戦闘の光景を目撃してしまった。
「あ」
「ぬ」
「ええっと……」
さて。
どう収拾をつけよう。
「どういうことなのさ! ボクに逆らって無事で済むと思ってるの!」
モノクマが大神に怒りの声を上げた。
とっさにこの切り返しが出来る江ノ島に不二咲は感心しっぱなしである。
15人もの人間の監督役は伊達じゃないのだ。
「我には……もう仲間を裏切ることなどできぬ……!」
「ふーん。逆らうんだね僕に」
小芝居に乗ってくれた大神さんとそれをみて『なるほど』と手をポンと打った苗木。
(苗木は可愛いなあ)
(苗木くん可愛いよなあ)
モニターを見てた二人はそんな感想を抱いたが、とりあえず真面目に会話を続けようとした。
が、苗木がなにか小芝居を始める。
「ああっ!」
ふらり、と倒れる苗木。
何故に気絶(の演技を)したし。
「……大神さん今日の訓練はここでおしまい。苗木くんはボクが運んでおくね」
「む。そうか。……お主との訓練は非常に為になるのだがな」
「ボクも久しぶりに熱くなっちゃったね。読み切れない中段と下段はさすがだよ。
あの二択を捌くのがたまらないね」
モノクマのそらっとぼけた言葉に大神はかすかに笑った。
「何を馬鹿な。心を無にした拳でなければ牽制にしかならぬ。自身の修行不足を久しぶりに感じたぞ」
「うぷぷぷ。褒められて悪い気はしないよね。モノクマは素直さが美徳だからね」
本当にモノクマはどういうキャラ付なんだろう、と不二咲は思った。
江ノ島は最近は以前あったような底知れ無さはなくなったが、モノクマはベクトルが違う意味でなんか頭がおかしい。
画面の中ではモノクマが苗木をかついでてってけと歩いていく。楽しそうだ。
「この後ってどうするの?」
不二崎が疑問を口にした。
江ノ島は悩むようにうーん、と首をひねった。
「今の小芝居をそのまま動機にするしかないんじゃない? 裏切りものは大神だ、ということで」
「本当は誰がその役目だったの?」
「朝比奈」
明かされる驚愕の事実に不二崎が驚いた。
「え!? 最初から!?」
「そうだよ」
腹芸が苦手そうな朝比奈が今の今までスパイ役を頑張っていたことに不二咲は驚いていた。
「みんな勘違いしてるけど、朝比奈は頭の回転悪くないし別に腹黒いことできないわけじゃないよ。
『やっていない』だけでさ」
「そうなんだ」
(今の私みたいなもんね)
江ノ島は心の中だけで呟いた。
実際に持っている過剰なまでのスペックを意図的に使ってこなかっただけ。朝比奈は運動の才能以外。
私はギャルとしてのカリスマ以外。
とはいえ今更な話だ。絶望を諦めた絶望の果ての消化試合みたいな人生には必要のない才能なのである。
「要はいい子ちゃんなのよ。朝比奈っち」
「あはは。確かにいい子って感じかも」
江ノ島の格ゲーの様子を不二咲が見ていたという一幕であった。
//
パリーン一回目。
「うわぁ……」
「うわぁ……」
パリーン二回目。
「うわぁ…………」
「うわぁ…………」
もはや言葉がそれしか出ない。
結局、最後に大神が呑んだ毒薬判定の睡眠薬。
これでコロシが成立したわけなのだが……全員の心はさきほどの『うわぁ』で埋まっていた。
「突っ込みどころが多いと言うか……」
「でもジェノは素直な反応だと思う。ルール的に寝起きに側にいられたら警戒するし」
「そうかも」
戦刃の評に不二崎は頷いた。
「葉隠殿の一撃は、拙者割とドン引きだったのですが」
「女を後ろから殴るってのはさすがに許せねェよな」
山田の言葉に大和田も同意する。
「殺人鬼を自称するジェノサイダー翔くんよりも行動が酷いというのはどうなのだろうか」
「まァ葉隠だからなァ」
「……うーむ」
「そういやァちょっと話ずれるが……ジェノサイダーって実際前科何犯なんだ?
あまりにもクラスに馴染んでるせいで突っ込んだことねェんだがよ」
石丸との会話の中で大和田はかねてよりの疑問を口にした。
その質問に答えたのはセレスだ。
「ジェノサイダー翔は超高校級の人形技師ですわ。ゴシック系の蝋人形を主に作ってますの。
自身の作品をまとめた写真集を『迷宮入り事件簿』とし、自身は連続殺人鬼を語る正体不明の芸術家なのです」
「そうっだったのか……」
大和田は初めて知った事実に驚いていた。
「知ってたか、石丸」
「当然だ。クラスメイトが本当に殺人鬼だったら公正させなければならないに決まってるだろう」
石丸の熱血発言もこの時ばかりは同意の頷きばかりであった。
「ジェノが寝起きに大神の顔見て咄嗟に鈍器判定ので叩いたのは分かるんだが。
……葉隠のはなんなんだろうな、あれ」
「まあ葉隠だし」
「葉隠だからなあ」
「葉隠くんですし」
桑田の台詞に誰が同意したかはあえて語りはしない。
「むしろ前回の動機で動かなかったことが驚きだったね」
「確かに……」
不二咲の何気ない言葉に、何気なく戦刃がうなずく。
さりげなく酷い二人であった。いや、こっそりと同意の頷きをしている者も何人かいる辺り全員ひどい。
「でもよ。自殺ってありなん? そこんとこどーなのよ江ノ島監督」
「アリです。でも状況をよほど整えないとクロだと即バレだから両刃の剣」
「マジかよ……俺もシチュエーション的に自殺のが良かったのか?」
「理由がないので微妙。後、遺書は必須」
桑田が自分の時にもっと上手くやれなかったかで唸っているが、まあ無理だろう。あの状況は。
「殴られて殺害判定にならなかったのは?」
「私の独断。面白そうだから」
「か、監督役が横暴ですよー!?」
舞園の質問に驚愕の答えを返す江ノ島。
「いいじゃん。ミステリィじゃん。むしろ今まで密室がなかったことが驚きだよ。
セレスは頑張ってたけどさ」
「いやいや、俺も30分で考えたにしては頑張ってたっしょ?」
桑田の肩を石丸と大和田がぽんぽん、と叩く。その意味合いに桑田はがっくりと崩れ落ちた。
全ては終わったことである。
「大神さんはいつこっちにくるのかな?」
「目が覚めた後に、一応塗料を落としてからだと思うよ。30分後ぐらいかな」
「なるほど」
一同は大神を待つのであった。
//
ずぅん。と大神が一種独特な威圧感を持ってそこに佇んでいた。
「どうしたんだ? 大神。遠慮しねェで入ってこいよ」
「うむ……で、これはどういう状況だ?」
「麻雀中」
舞園がにこにこと牌ツモる。そしてほぼノータイムで悩まずに字牌を切る。
「ポン」
「あら」
江ノ島の鳴きにセレスがさも驚いたような声を出した。
ポーカーフェイスが変わっていないことから、鳴かれることも予想していたのかもしれない。
「ごめんねー。このまま放って置いたら次の巡目あたりにツモりそうだしね」
「そんなことないですよ、江ノ島さん」
「謙遜しなくていいですわ。舞園さやか。超高校級のアイドルになれるだけの不断の努力と天性の豪運。
お見事ですわ」
セレスはそう言いながら『ゆっくりなのに早い』という極限まで効率化された手で牌をツモり、そのまま流れるような動作で字牌を捨てる。
「ポン」
「あら、なんでも持ってるんですね」
「何でもじゃないわ。私の運で持てる分だけ」
江ノ島はそう言いながら牌を切る。
「……いかがわしい捨て牌ですね」
「そうかしら?」
「真っ当なゲームをしている動きではありませんわ。全く、天才と言うのはどなたも癖があるのですね」
セレスは端正な眉を微かに歪めて次のツモを行う。
「あら。やっぱり駄目でしたね」
「私のツモは……あー、関係なかった」
セレス、舞園とツモ切りをおこなった。
そして卓上の三人の視線が一人に注がれる。
「ひ……あの、盾子ちゃん。なんで私がここにいるのかな……?」
「人数合わせ。大丈夫だよお姉ちゃん。誰もお姉ちゃんの実力とか気にしてないから」
「そうなの……?」
このメンツに囲まれて最初から涙目の戦刃は牌をツモる。
手は別に悪くない。素直に行けばかなり早い段階でリーチが出来る。久しぶりに勝負に関われるような気がしてきた。
「……じゃあこれ」
ぱた、と捨てられた牌を見て舞園とセレスがため息を吐いて、江ノ島が含み笑いをした。
「ああ……」
「うーん……」
「うぷぷ……」
戦刃は状況が分からないが、どうやら不味い状況なようだ。
「残念だったわね。姉読みはこれでも得意なの。人読みは邪道?」
「文句はないです。一流のギャンブラーとしてそのレベルの読みに達したのでしたら文句もあろうはずがございません」
「そうだね。そもそもさっきの二巡でツモ上がれなかったのが悪いんだし」
江ノ島は笑顔のままパタパタと残りの杯を倒した。
「ロン。ホンイツトイトイホンロートーショウサンゲンヤクハイサン」
「……」
戦刃の顔が真っ青になる。
「席順を変えますか、舞園さん」
「あはは、席を変えたらセレスさん勝っちゃうから駄目だよ。
今のだって江ノ島さんの順位を調整するために聴牌崩してたんじゃないかな?
セレスさんテクニシャンだから」
「慣れの問題です」
セレスは否定もせずにしれっと微笑みで返す。
次元が違い過ぎる会話に大神は呆れていた。
「あまり戦刃を虐めてはならぬぞ。クラスメイトではないか」
「大丈夫。苗木くんとデートできる優先権を決めてるだけだから」
「なおの事、酷いであろう。賭けるななどとは言わぬが、責めて譲歩してやれはしないのか」
大神の天使のようなセリフに大和田と不二咲はうんうん、と陰ながら同意していた。
場をまとめるために石丸が発言をする。
「総合順位での順番決め程度にしておくことを提案しよう! それならば、問題はないだろうからな」
「チッ」
「チッ」
「ちっ」
女性陣3人から思い切り舌打ちをされて石丸が怯む。
「むぅ……! また空気が読めていなかったか……!」
「いや、兄弟。今のはお前が正しいぜ……」
大和田は石丸の背中をぽんぽん、と叩いた。
「麻雀で戦刃を虐める会はまあ今ので良いとして、ぬしらは何をしている?」
「狩りゲー。大神もやるか?」
「ぬ? よいのか? 四人用だと聞いたことがあるが……」
「Cell4なら最大8人までオッケー」
「そうか。では交流を深めてみるとしよう」
不二咲が新しい機体の準備を始める。
控室に物資が豊富なのはひとえに飽きっぽい江ノ島の準備の賜物である。
「さて、どうすればよいか……」
「とりあえず……パイルバンカーとかがいいんじゃねえか?」
「む? 大神君は格闘家なのだからナックルがよいのではないかね」
「ゲームなんだから実際の喧嘩は関係ねぇだろうが。殴られても怯まないパイルバンカーは分かりやすいと思うんだが」
「うーん。大神さんが好きなのでいいと思うな。フォローは皆で出来るから」
「そうか……では我は大和田の進め通り、このパイルバンカーと言う物を使ってみよう」
楽しそうな大神の様子に戦刃は妬ましそうに視線を送る。
その後、一時間ほど大神は楽しく狩りをクラスメイトと楽しみ、戦刃地獄の鉄火場で何度も崖から突き落とされるような思いを味わったのであった。