「提督があんなに怒ってる姿は久々に見たクマ」
「あぁ、俺もここで過ごして早3ヶ月経つわけだが湊のあんなキレてる姿は始めて見たぜ。ところでクマの姉さんは過去にもあんな風にキレた姿を見たことがあるんですかい?」
「...冬也が球磨を姉さんって呼ぶのを止めたら教えてやるクマ」
「いやでも多摩のやつが球磨さんのことを姉さんって呼ぶもんだから俺にもそう呼ぶ癖が移っちまったんですよ」
「多摩とはどういう関係クマ?なんでそんなに仲が良いクマ?」
「たまたま共通の悩みがあって、それで共感しあって仲良くなれたんです。多摩だけに」
「つまんないクマ」
「冷たいッスね...」
球磨が着任してから1ヶ月が経ったある日、彼女たち、『金剛型戦艦』の姉妹がやってきた。
金剛型戦艦の金剛、比叡、榛名、霧島である。
当時はまだ艦娘が現れたばかりで世間も艦娘という正体不明の存在には厳しく、疑心を向けていた。
深海凄艦という正体不明の怪物、それを倒せる唯一無二の存在。人間は頼もしいと思うと同時に恐怖も覚えていた。
「この横須賀鎮守府にはもともと、人間の整備士に学者、料理班も居たって事は知ってるクマ?」
「いや、初耳だ。てっきり俺はもともと艦娘と提督だけで鎮守府を運営しているのかと...」
「始めこそ艦娘たちの協力を行うために多くの泊地と鎮守府には提督以外の人間もいたクマ。でも、ある日事件が起きたクマ」
新しくやってくる艦娘に憧れや期待を寄せるとともに、人間たちはやはり恐れを感じていて、着任した彼女たちを歓迎する人間は誰ひとりとしていなかった。
提督でさえも。
「湊も艦娘を快く思ってなかったのか?」
「当然だクマ。提督がここに就いた経緯を知ってるクマ?」
「確か深海凄艦の攻撃で家族を失って...町をさ迷ってるときに妖精を見て叫んでたら捕まって、提督としての適正を見出だされたんだっけか...」
「そうクマ。昔の提督は家族を失った痛みに苦しみで、今の姿からは想像できないくらい粗暴で短気だったクマ」
「そうなんすか!?今の奴からは考えられませんね...」
「それじゃ話を戻すクマ」
横須賀鎮守府に着任した金剛姉妹の中でも一番艦の金剛は今の状況を見て一刻も早く改善する必要があると考えた。
深海凄艦の打倒には人類と艦娘、2つの種族の協力が必要不可欠だった。
いくら回りが遠ざかろうとも整備兵や駐屯兵、学者たちに笑顔を振りまいた...どんな状況でも金剛は笑っていた。
笑顔は伝染する。その言葉を糧に、ずっとがんばってきた。
私たちは敵ではない、味方だよ、友達になれるよ。
その心は届かない。
それでも金剛は諦めなかった。
ある時、工廠内で事故が起こった。
きちんと積まれていなかった鋼材が、整備兵に崩れ落ちて、それに気づいた榛名が整備兵をかばおうとして、突き飛ばした。
何でもない。彼女の心の善意。良かれと思って、危ないと思って助けた。
そして突き飛ばされた整備兵は大怪我を負ってしまった。当然だ。人間とは比べ物にならない力を持つ艦娘に突き飛ばされたのだ。たとえ榛名にその気がなくとも重傷を負うのは当然なのだ。
だが重要なのはそこではない。
鋼材の山が頭部に直撃しても、榛名は立っていた。助けられた。と思って、良かった。と思って。笑顔だった。
目撃した者は、整備兵をかばってくれたこと、資材に巻き込まれれば間違いなく死んだことには気づかなかった。
突き飛ばされて怪我をした整備兵と、倒れた鋼材にびくともしない艦娘を見て、恐怖した。何より笑顔でいたことに恐れた。悪魔のような笑顔に見えた。
助けてもらった礼を言う者も、怪我をさせたことを責める者もいなかった。
その整備兵は療養を理由にどこかへ消えた。
そして他の人間も提督の湊以外、一人、また一人と辞めていった。
「テートクゥ!今のままで本当に良いと思ってるんですカ?」
「.........」
「黙ってないでナンとか言ってください!人と艦娘が協力しなきゃこの戦いには勝てないヨ!」
「だから早く榛名の汚名を晴らしてくださイ!辞めちゃった人たちを呼び戻すんデスヨ!」
金剛は何も答えようとせず椅子に座り不機嫌そうにしている湊に意見を言う。
だが湊は黙ったままだ。
「お姉さま。もう大丈夫ですから...部屋に戻りましょ...」
「ノー!このままじゃダメね!だからテートクにはきちんと分かってもらう必要があるネ!」
そう言い湊の肩を掴もうとする金剛。だが湊はその手をはねのけて立ち上がった。
「うるさいんだよ。早く部屋に戻れ」
「戻れって...アナタはいつもそうやっていじけたような顔をシテ...!いつまでそんなんでいるつもりデスか!!」
「っ!!」
金剛の発言に顔を歪ませた湊は彼女の肩を掴んで突き飛ばした。
「黙れよ!!俺のことなんて何も知らないくせに!大体なんで俺なんかがお前らみたいな『化け物』の世話をしてやんなきゃならないんだ!俺の気持ちにも...なってみろよ!」
榛名は突き飛ばされたのだ姉のもとへ駆け寄った。
金剛はうつむいてはいるが体に傷はない。
「お姉さま!大丈夫ですか!!」
「ッ!」
「提督!いくらなんでも酷すぎです!金剛お姉さまを突き飛ばすなんて...!」
「俺を提督だなんて呼ぶんじゃぁ...ないっっ!」
提督の適性。
指揮能力、運営能力、戦術眼、戦略眼。
どれも大事だが、艦娘を指揮するに最も重要な資質。
それは、
”艦娘を恐れない”こと。
人に似て、人と違う、人よりはるかに強い、未知の存在。
人は本能的に、”人と似ているが人でないもの”を恐れる。
適性なく提督となると、必要以上に兵器として扱い、まともに運用できないのだ。
艦娘を恐れない彼は、そのせいで無理やり軍人にされた。
彼だって艦娘に恐怖や恐れの心を抱いていないわけではなかった。だが湊は目の前で家族を失った後悔とその無力感から彼は腐ってしまっていた。
始めて艦娘を見たときに抱いた気持ちなどなにもなく、興味もなかった。"どうでもいい"ただそれだけだった。
そんな状態の彼がまともに鎮守府を運営することなどできるはずがなかったのだ。
「そんなことがあったのか」
「そう。あの時の球磨なんて喋ったのは着任したときに挨拶した時だけだクマ」
「...」
冬也は自身の元いた世界のことを考えていた。
あの世界でも最初は災害の復興を行う能力者を見て憧れや感謝の気持ちを抱いていた人々だった。
だがそれも変わっていった。
(ミツルの奴が...言ってた通りだな...)
『人と違う力を持っている。それだけで羨望は嫉妬に変わる。
その力が強大なほど、人は恐怖する
いずれ自分たちに牙を向くのではないか...とね』
『僕らも我慢の限界が来たんだよ。』
『だから僕たちは人間どもに牙をむいた』
彼は今は亡き友の...家族の遺言を思い出した。
似たような事件が様々な鎮守府で発生し、人類と艦娘の距離は離れてゆくばかりだった。
しかし、初期艦を含め、所属する艦娘は彼を諦めていなかった。
時折見せる優しさを信じていたからだった。
五月雨が食事を持ってきたときに転んで盛大に中身をこぼして顔面にスープがぶっかかった時はまず転んだ彼女を真っ先に心配した。
艦娘たちが欲しいものを呟いているときには後でこっそり買ってきたり、仕入れたりしてあげたりもしていた。
「これは後から聞いた話だけど、提督は元は、6人家族で姉、妹、弟がいたクマ。海辺の町に住んでいた提督は深海凄艦の放ったはぐれた艦載機の爆撃で近隣の家ごと破壊されて皆亡くなったらしいクマ」
「どうして湊は無事だったんだ?」
「...提督はその時、両親と喧嘩して家出してて、謝ろうとして戻った頃には家はもう無くて、目の前で火だるまになって倒れていく家族を見た...そうだクマ」
「そうか...最後の家族との会話が、喧嘩で終わっちまったってことか...それが心に大きな傷を残しちまった...と」
「きっとそうだクマ」
「その話は誰から?」
「着任するときに大本営の人からクマ」
「なるほど」
「新しい海域を攻略しろってさ」
「どんな所デス?」
「さあ、でも大丈夫でしょ」
「ちょっと! ちゃんと事前に調査を・・・」
「作戦立案なんて俺にできるはずがないだろ?金剛が来てから負け戦は無いし、いけるって」
「もう!」
「装備はいつもの。どうせ他にはないんだけどね」
「ワタシは主砲と副砲、駆逐艦の皆さんは主砲と魚雷ネ。偵察機くらいは欲しいケド、仕方ありませんネ」
「じゃあ金剛旗艦で、任せた」
「...なんか、今の奴とはずいぶん違うな」
「当然だクマ。あの時なんて本来艦娘が搭載しなきゃならないはずの主砲に偵察機、爆雷を手に入れようともしなかったクマ。いくら提督の適正があっても、あれほど艦娘に関心がない司令は始めてみたクマ」
「はあ...」
金剛「そろそろ敵の制海権の範囲内に到着...デス。 全方位を目視にて索敵!」
電探も偵察機も無いため、駆逐艦が散開して見張るよう指示を出す。
彼女達の目視範囲は己の射程よりも遠く、信頼できる。
だが目視で敵艦を捉えることなど、不可能だった。
「敵艦の影、見えません」
「了解、引き続き警戒を・・・」
その瞬間、攻撃された。
鉄が破壊されるやたら大きく不快な音が響いた。
金剛が気づいたときにはもう遅かった。
「きゃあっ!!」
「くあぁっ!」
2人の駆逐艦が敵の攻撃に被弾。
吹き飛ばされ、海にそのからだが叩きつけられる。
「っ!2人の救援を!」
艤装を展開し攻撃体勢に入る金剛。
だが敵の姿を捉えることができない。
そしてたちまち更に攻撃を受ける。
「くあっ!」
金剛の足を直撃、更に救助をしようとした艦娘にも再び被害が出る。
「足元! 魚雷!」
「魚雷・・・!? 潜水艦だ!!」
予想外の敵の出現。
当然だ。ここはまだ敵の制海権。彼女たちには偵察機が無いため潜水艦の存在をあらかじめ知っておけるはずがない。
そして潜水艦に有効打を与えるための爆雷も、無い。
「見えない...!」
「どこだ...」
駆逐艦たちは慌てて冷静さを失っている。
「皆サン落ち着いてくだサイ!冷静になって!」
金剛は回りを落ち着かせようとする。だがこの場で最も冷静さを失っているのは金剛自身。
なぜなら彼女の砲は遠方にいる敵を倒すための武器。今攻撃手段が無いのは金剛ただ一人だけだった。
「金剛さん!敵の魚雷がそちらへ行きました!」
吹雪が叫んだ。
敵の更なる攻撃。
金剛にまっすぐ進む二本の白い筋、だが傷ついた足では動けない。
何より彼女には吹雪の声が届いてない。
「危ない!!」
吹雪はその小さな身体で戦艦を押し退けた。
結果、金剛は四本の魚雷の直撃を回避するがそのうち一本が彼女に、もう日本が吹雪に直撃した。
金剛はその堅牢な装甲により怯むだけで済んだ。だが吹雪は大きな爆発をあげながらその身体が空へと投げ出された。
「フブキ!!」
金剛は自身の傷の痛みも忘れ、海に叩きつけられそうになる吹雪の身体をギリギリのところでキャッチする。
「皆サン!撤退デス!」
艦隊が壊滅したという連絡を受けた。
「はあっ、はあっ、そんなバカな...」
彼女たちがいる。海へと走る。
轟沈は無し。だがこんな事態は始めてだ。
既に待機している艦娘たちに迎えに行くように行かせたが...。
「なっ...」
命からがら逃げて来たのだろう。荒い呼吸を繰り返しながら倒れている艦娘たちを見て湊は息が詰まった。
始めて大破した艦娘を見た。
中でも金剛は最も被害を受けている。深海凄艦との交戦中に魚雷を3発、撤退中に敵空母の爆撃をくらい、随伴艦を庇ったと聞いている。
空母の操る艦載機とやらの攻撃力の高さは...誰よりもよく知っている。
体が千切れているいるかと思った。
どこか体が無くなってしまっているかも知れないと思った。
そんな有り様だった。
「テイ、トク...」
右腕はだらんと垂れ下がり顔は血だらけ。ありえない方向に足が曲がってしまっている。
瞬間、彼の脳裏にかつての光景が蘇った。
家族との一時の、くだらない喧嘩。でもいつもよりちょっとムキになって怒って、家を飛び出てきた。謝ろうと戻ってきて。そしたら最愛の家族が。火の塊となった。妹がフラフラと出てきた。
その妹の姿と、金剛の姿が重なって見える。
「ゴメン、なさ...イ...」
「皆さんに、ケガさせてしまいましタ...」
涙が出そうになって、堪える。
が、もう限界だ。
「うっ、ぐ...」
「あああああああぁっ!!」
金剛を囲む駆逐艦を横切り横たわる彼女の元へ行く。
彼女の頭に手を添える。
「ごめん...!謝るのは、俺だ...」
「ロクに海域の調査もしないで...まともな装備も持たせないで...危険な目にあわせてしまった...!」
全部、俺のせいだ。
「生きて帰ってきてくれて...良かった...」
「本当に、すまない」
金剛は一瞬、驚いたような顔をみせると、ニコリと笑った。
「痛いよな、ごめんな、ごめん...」
俺は金剛の背中と両足に手を掛ける。
「少し、我慢してくれるかい?」
「ハイ...」
俺は金剛をそっと、優しく持ち上げた。
回りには担架がある。
そんなことは、分かっている。だがそんなことは分かっていてもやらなくちゃならない気がする。
金剛はそんな自己満足にも付き合ってくれた。
「テイトク...その、優しく...お願い...しマス...」
「あぁ...」
「ってことがあってから提督は真面目に仕事に取り組んで、今の熟練した提督になったんだクマ」
「へぇ~、そんな話があったんスねぇ...」
「大破した艦娘を出したのは、あの時以来だクマ」
「だからあんなに怒っているんですか...納得」
「じゃあ球磨は疲れたから寝るクマ、おやすみクマ」
「はい。おやすみなさい」
球磨はソファーから立ち上がり部屋を出ていった。
「俺も寝るか...」
そうひとり呟くと俺も部屋から出ていき、自身の部屋がある客間を目指した。