流れ出ずる豊穣   作:凍り灯

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なんとか一週間程度で書き上げられました。

そしてお気に入り数が何故か200を超えました・・・Why!?Why!?
正直、最初の投稿直後は無視されるかボロクソ言われるかのどっちかだと覚悟しておりました。見ていただいて、そして感想を書いていただいて本当にありがとうございます。
追記:誤字報告ありがとうございます。修正しました。

ちなみにタイトルの稲熱は「いもち」と読みます。
流れ去るのは病か狂熱か、







流れ去る稲熱

「懐かしい顔じゃ」

 

アシナ城の天守望楼とは別の一室。

広さは然程ないが、部屋の位置する高さは天守と同等のため、障子を開け放てばアシナの町を囲う山々を中からも見通すことができる。

障子の取り付けられていない唯一の壁沿いには、その山々を現したかのような立派な屏風が立てられ、その手前にこれまた見事な刀が刀掛台に掛けてあった。

 

そしてさらにその前に、水浅葱(みずあさぎ)色の着物を来た茶筅髷(ちゃせんまげ)の老人が脇息(きょうそく)にゆったりと肘を掛けて座っていた。

 

「病人が、良く吠えおるわ」

 

対して外へ通じる障子に手を掛けながら、大柄な老人―――梟が狭そうに姿勢を低くして現れた。

目の前の座る老人の声に何か含むものを感じたのか、しかしそれでも何処吹く風と受け流すように答える。

 

「その前に・・・」

「ぬ」

「酒じゃぁ!匂いでわかるぞ?」

「・・・まぁよかろう」

 

これでさっきまで梟が()()()()()()()()()()()分かっているというのだから大したものだ。

呆れながらもオチの御子から受け取った酒を目の前に置き、座った。

 

「竜泉ではないか!でかした!梟の癖に役に立つではないか!」

「あの戦の折に散々走り回させた癖によう言うわ」

 

竜泉という極上の酒を前に水浅葱色の着物の老人―――葦名一心が相好を崩す・・・ただし、そこには油断などは露程もない。

 

「一人で隠して飲んでおった癖にのぉ?」

「いつの話をしておる・・・貴様が言いふらしたせいで、お蝶のやつに追い回されたのだぞ」

 

梟は自身が先に昔の話を掘り返したことを棚に上げ、だがどこか懐かしむように愚痴を重ねる。

それは狼の師の話だろう。

 

「かかか・・・あやつもまた随分と()()()()

「・・・・・・珍しいことにな」

 

一心は三年前から()()()()()()()一人の老婆を思い浮かべた。

誰に()()()()()()()のか、狼は自身の師の一人戦うことになってしまう。

そして幻術を使うお蝶は弟子に打ち破られた。

人は彼女の事を"まぼろしお蝶"と呼んでいた。

 

「何を考えておる」

「貴様を"錦の御旗"にすることじゃ」

 

―――竜胤を手に入れるためと裏でこそこそしていた癖に、何故今、儂の前に姿を現した―――

 

要は一心はそう言ったのだ。

その言葉に込められた()()は尋常ではない。間違いなく"剣気"が乗せられた()()だった。

 

しかし周囲に誰かいたとして、未熟なものでは一切それがわからないだろう。

刀でするりと斬るように、無駄な破壊を望まない一心らしい対象を絞った、言葉に乗せた圧だ。

 

それでも梟はやはり表情に出すことなくさらりと受け流し、あろうことか「自分がこれから行うことの大義名分になってもらう」と言い出す始末。

これには一心も失っていない右目を少しばかり開いた。

 

「この様を病人と言うておいてか?」

「ワノ国を手中にしようと思う」

 

―――そしてこれよ―――

 

一心は梟とのこのまるで話を聞かないようなやり取りを懐かしんだ。

倅の狼も愛想がないが、梟もまるでない。

特に自身の目標を定めた時はいつもこうなるのだ。

 

梟は有無を言わせんと言うように自身の方針を提示してくる。おまえが乗りさえすれば上手くいくのだからさっさと頷けばいい、と。

ワノ国を手中に収める?

随分とでかくでたものだと一心は笑うが、それは馬鹿にしたようなものではなく明らかに好戦的な笑みだ。

 

「ほぉ・・・?・・・国盗りと来たか・・・だから儂をアシナの"御旗"として掲げると?」

「おう。立ってもらうぞ、御旗として」

「かかか・・・酒の対価にしては随分と大事じゃ・・・じゃが、そういうからにはこの()()を立ち上がらせる策があるのじゃろう?・・・・・・

 

 

 

 

 

                     竜胤か?」

 

 

 

 

 

途端に空気が張り詰める。

 

これを目の前で受ければ先ほどの一心がやったことなど稚児の遊びだと思えるだろう。

 

一心は竜胤を良しとしない。

多少珍しい()を使うのは良い。だが人の"在り方"を変えてしまう竜胤は一心にとっては面白くなかった。

 

アシナの民の多くは知らないだろうが、確かに珍妙な力を持った者はこの世界には多い。

竜胤もその一つでしかないと言えばそうだ。

 

だが果たして民のためと立ち上がった我々アシナ衆が、民を殺して得る力を振るって良いものだろうか?

成程確かに弦一郎の言う通り、そうしなくては勝てない戦もあるかもしれない。

結果戦に負け、民が虐げられ死んでいくことになれば本末転倒だ。

 

それでも一心には過程を蔑ろにして結果だけを求めることは出来なかった。

なによりアシナの地に生まれ、その身を故郷のために埋めていった先祖たちに切り刻まれるようなことはできなかった。

 

理解はできるが納得は()()()

それが裏から狼を支えた一心の気持ちだった。

 

故に梟に問う。

 

竜胤を使うつもりか?と。

 

言葉を違えば今度こそ冷たい刃が飛び出すことは間違いなかった。

 

「その剣気で何が病人じゃ。否じゃ。竜胤などとぬかせばどうなるかぐらいわかっておる」

 

しかし梟はこれを否定。その顔には僅かだが汗が通った跡が見える。

代案か、或いはさらに()()()()を見つけたか・・・

どちらにせよ碌な事考えていないのだろうが、正直一心は竜胤のようなものが関わらないのであればワノ国との戦については興味があった。

果たして一心は自身の身体が保つかは疑問ではあったが・・・それを考えていない梟でもないだろうと思っている。

 

「ほう!では全て話せぃ!こいつ(竜泉)でも飲みながらな!」

「夜が明ける程に話すことがあるわい」

 

もう月は高く昇っていた。

今夜は静かな夜になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めまして、竜胤の御子よ」

「遠路遥々ご苦労です、オチの御子殿」

「お互いに"御子"では呼びにくいでしょう、イブキ、と呼んでください」

「承知しましたイブキ殿。では私の事は九郎と」

 

白い月がアシナを囲う山々の隙間より顔を出し始めた頃、こうして二人は出会った。

 

 

 

 

 

「では・・・この竜胤の力のような物が世には溢れていると・・・?」

「はい。梟殿の話によれば、我々の言う"蛇柿"は世俗では"悪魔の実"と呼ばれているそうです」

「悪魔・・・確かにこの力は、正にそれと言えるでしょう」

 

イブキと狼は先ほど天守望楼にて梟より得た情報を九郎へと伝えた。

エマは梟を警戒していたため姿を隠してその話を聞いていたのか、頷くだけであった。

 

悪魔の実・・・それを食べて()()を得た能力者達はこの広い海に蔓延っている。

それは体を動物に変え、或いは自然現象そのものになるような人智の及ばない力を行使するという。

そしてアシナを襲うワノ国の支配者カイドウは竜へと姿を変えることができ、抗いようのない大災害とも言われる程の事態を個人で引き起こすことができると言うではないか。

 

イブキも話を聞いた時は驚いたが、自身の豊穣の力や竜胤の力を考えれば否定できるはずもなかった。

米を手の平から出すなどまさに奇想天外だろう。

梟は豊穣の力―――コメコメの実については、竜胤の力であるヨミヨミの実の関係性を知らなかっただけで、能力については知っていたため前任者について教えてくれた。

 

もう100年近くも前の話らしい。

イブキはその聞いたことを九郎に――――――

 

 

 

 

 

明らかに悪代官といった風貌の男に一人の若い領主が泣きながらも跪いていた。

若者の悲壮感と悪代官の悪い笑顔を見ればどういった状況かはなんとなくわかるものだろう。

 

「諦めんなよ!諦めんなよ、お前!!どうしてそこでやめるんだそこで!!もう少し頑張ってみろよ!!!」

 

悔しさに涙を流す若者の横に突如現れた男が悪代官に向かってそう叫んだのだ。

 

「な、なんだ貴様!?」

「僕かい?僕はただ明るいだけ。そして、神経質なところがある。でも、それが僕だ!」

「そんなこと聞いておらんわ!?出会え出あえ!こやつを捕まえろ!!」

 

どう見ても神経質ではない。

悪代官が控えさせていた侍をけしかけるが、男は仁王立ちでどっしり構えている。

そしてあらん限りの声量でこう言った。

 

「今日からおまえは藤山だ!!!!!!!」

 

男が地面に両手を付けて叫べば白い間欠泉―――全部米だが―――が悪代官の足元から勢いよく吹き出し、天高く突き上げた。

 

「うわぁぁぁぁぁ~~~~~!?」

「お米食べろ!!!!!!!!!」

 

そして辺り一帯は白く染まった。

 

 

 

 

 

――――――言うのはやめた。

多分言う必要はないだろう。

 

梟は神妙な面でこんな内容を話していて、対する狼も真剣な顔をしていたのでイブキもその時は真剣に頷いていた。

あの(隻狼)雰囲気に流されていたが今思えば何か物申してもよかったかもしれないとイブキは思った。

アシナには総じて、そういったことに対して指摘出来る人(ワンピースの住人)が少ない。

 

イブキがそんなことを考えていた頃、九郎は彼女から聞いた情報を整理していた。

彼はまだ幼いが、それでもその年齢から想像がつかない程に聡明である。

 

ついさっきまで敵対していたと思われる忍びが情報をこうまで開示すること自体違和感があるが、何より梟がそうしたことが一番の悩みとなってくる。

イブキを利用するつもりなのは間違いない。

でなければこうもすぐに、そしてあっさりと立場を変えるはずもないのだから。

 

―――まともに信じることなどできようはずもないが・・・―――

 

九郎は傍に控える狼へと視線を送る。

 

「御子様は必ずお守りします」

「ありがとう、狼よ・・・苦労をかけるな」

 

何より狼がそれを認めたのだ。

親子としてではなく、忍び同士の対峙によって。

 

狼の目に迷いはない。そして九朗を信じている。

梟にただ利用されて終わるはずがないと。

自身に仕える忍びを信じることこそが、その信頼に応えることだと九郎は思い定める。

 

「九郎殿は狼殿を信頼しておられるのですね」

「うむ!我が忍び故にな!イブキ殿のことも任せたぞ、狼よ」

「はっ・・・ですが、それは不要やもしれませぬ」

「狼よ、それはどういうことだ・・・?」

 

狼はそう言うと唐突に義手忍具の手裏剣を部屋の奥の障子に向かって投げつけた。

僅かな紙の擦れ合うような音を残し、吸い込まれるように鋭利な手裏剣が障子の向こう側へ通り抜け・・・鉄と鉄がぶつかり合うような甲高い音が響いた。

 

「あー待った待った、俺はそっちの嬢ちゃんの・・・まぁ用心棒ってとこだ」

 

手裏剣が通り抜けた障子をゆっくりと開けて出てきたのは身長が3尺程度しかない小柄な黒い傘を被った男だ。

檳榔子染(びんろうじぞめ)の質の良い着物を着ているのだが、胴体と顔が一体化してしているような首のない異形の身体のため、その暗灰色の着物も不気味さを際立たせるだけであった。

 

「・・・"ムジナ"!?・・・あぁ、オボロが言っていたのはそういうことでしたか」

「そういうこった。姿を隠していたのは悪かったがよぅ。こっそり見守れっつー話だったからな」

 

警戒はするがその異形の出で立ち自体に驚くものはいない。

彼らの容姿はオチの村に―――正確には神主のイブキにだが―――仕える"らっぱ衆"という忍びとして知られているからだ。

 

イブキが驚いたのは何故ここに村の忍びであるムジナがいるか、ということだった。

しかしどうやら思い当たるようなやり取りが出立の前に自身の従者とあったようで、すぐ納得した様子だ。

 

「っとぉ、そこのおっかねぇ"剣気"の別嬪さんが怖くてたまらねぇ・・・俺は"黒傘のムジナ"。そっちの眉間に皺のよったあんちゃんと同業者さ・・・黙ってないでおめぇが紹介してくれれば話が早ぇだろうに」

 

事情の知らないエマは当然警戒した。

オチの村はなにかと謎が多いが、ただの忍びならともかく、その長である黒傘のムジナと言えば裏では有名だ。

その代名詞である"黒傘"を使った守りはあまりに堅く、さらには小柄体躯を利用しつつ飛び回りながら繰り出される()()()は一級品と聞く。

 

しかし狼は何処で会ったのか、ムジナと顔見知りのようで警戒を解いている・・・もちろんすぐに九郎を庇える位置に移動してはいるが。

 

「それは・・・悪かった」

「そうしょげんなって・・・まっ、取り敢えず心配で仕方がなかった村のやつらの代表として俺が来たわけだ・・・ばれちまったがな」

「義父上も気づいていたようだ」

「あー・・・そりゃぁ斬られなくてよかったぜ」

 

今のやり取りで、ある程度狼が気を許していることを確認したエマは一旦警戒を解くことにした。

九郎もそれを理解したのかムジナに話しかける。

 

「おお、立派な黒傘じゃな。"黒"といえばアシナ衆の修行を思い出すの、狼よ」

「はっ」

「"黒と成って半人前、無と成って一人前"の一心様の教えですね、九郎様」

「っは、するてぇと俺は半人前ってことかねぇ。アシナ衆のやつらはどいつもこいつもおっかねぇぜ」

 

九郎は場の雰囲気を整えるために一度世間話を挟むことにし、エマもその気遣いを察して言葉少ない狼に代わってアシナの修行についての話題を提供する。

ムジナも憎まれ口を叩いてはいるが先程より態度を軟化させているようだ。

 

口は悪いが、イブキに仕える身。主と対等に話す九郎の顔を立てるためということもあってこの流れに身を任せることにした。

イブキもそういった外での世間話は久々なためか楽しいようで、皆の意を汲んで話を繋げていく。

 

「黒(玄人)で半人前とは・・・アシナ衆の強者が"武人(むろうと)(無人)"と呼ばれる、というのは本当だったのですね」

「ええ、一心様が使い始めてからその呼び名がアシナの者たちに広まったようです。元々考え方自体はあったようですが、明確に区別したのはアシナの歴史上で見れば最近と言ってもいいでしょう」

 

イブキの質問にエマは答える。

"剣気"と呼ばれる概念的な意志の力・・・梟曰く、外では覇気(ワノ国では流桜(りゅうおう))と呼ばれているそうだが、それを会得し、扱いに長けた者は体を黒く硬化させることができる。

そこまでが()()()(二流)。

 

一心の定義した武人(むろうと)の概念は、さらにその先の話だ。

相手に力を悟らせないこともあるが、斬る上での様々な無駄な力を無くすための技術を身に着け、結果無色と成る。

これでようやく()()()(一流)。

 

「・・・剣気を相手に悟らせず、動きを読ませない。"静"から"動"への瞬間でも常に悟らせず、相手は気づけば自身の()()()()()()()。それが忍びの基本であり極意。無色の鎧を纏った忍びは例え正面からの戦いでも侍にも劣らないと義父上も言っていた」

 

()()()()()()()()()()()―――それは梟への戦いに対する心中の願望が出たものだろうか。

狼はふと、そんなことを考えた。

 

「俺もたまにアシナの"夜鷹衆"や紫色の連中とやり合ったがよぅ、たしかに中には明らかに尋常じゃない剣気を纏っているような威力の癖して、全くそれを悟らせないようなやつはいたぜ」

「ムジナ・・・私は聞いておりませんよ?ワノ国からならともかく、夜鷹衆から干渉があったとは」

「あー・・・村の外に出てた時の話だぜ?俺も()()()()では一応名が知られちまってるからな。仕事柄、そんなやつがいたら誰だって警戒もするさ」

 

これは嘘である。

近年たしかにムジナはオチの村からアシナの近況を探りに出ていたことはあったが、そもそもそうした理由がアシナからの干渉があったからに他ならない。

 

夜鷹衆とはアシナの抱えている忍衆だ。

ここ数年でそういった輩が増えたのは、弦一郎がオチの村に目を付けて刺客を送り込んだからだ。

ムジナはこれから手を組むかもしれないアシナと不和が生じることを避けたかったので誤魔化したが・・・

 

薄っすらとその事情を一心から聞いていたエマは、些細な隠し事が後々影響してくるだろうと推測して口を挟む。

 

「ムジナ殿、弦一郎殿と一心様の考えは異なります。梟殿がどう一心様と話をつけるかはわかりませんが・・・少なくともこれからの方針は一心様の納得がいく話に落ち着かせるはずです。」

「村へのちょっかいは現当主の命令であって、剣聖の意思ではないって言いてぇのか・・・?んで、これからの話はその現当主のことはほっぽって良いってか?」

「弦一郎殿が戻ってきていない現状、このアシナの舵を切ることのできるのは一心様しかおられませんから」

 

ムジナはアシナの現状は把握はしているが、竜胤を巡る細かな人間関係までは把握できていない。

梟という存在もアシナ、ワノ国に加えての第三勢力という認識だ。(それに関しては狼たちもまだ同じ認識なのだが)

 

一先ず認識の齟齬を埋めるために互いの持つ情報を開示していく。

九郎の世間話はオチとアシナの関係の始めとしては良い方向へと働きかけてくれたようだ。

 

「―――うむ、すっかり最初の話から逸れてしまったな。ムジナ殿の実力もわかったので安心してイブキ殿を任せられる」

「できなきゃ俺は戻っても村八分だろうよ。ま、任せときな」

「ふふっ、ええ。ムジナも狼殿も、よろしくお願いしますね」

「命を賭して」

「イブキ殿、先ほどの豊穣の力についてですが―――」

 

夕暮れは山の向こうへ落ちていき、月が黄色くなった頃にはイブキも気兼ねなく笑えるようになっていた。

 

 

 

 

 

「皆、聞いて欲しい」

 

それから少しして四人の前に、九郎は立つ。

その覚悟を秘めた姿は、幼さから想像もつかない程に力強さを有している様に感じる。

まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように。

 

「私は、不死断ち・・・つまり私が()()()()()()()竜胤からこのアシナを解放できると信じていた。だが、実際は死したところでまたどこかに竜胤の力を宿した実が生まれるだけ。竜胤の先任者の"丈様"もかつてアシナで力を得たようだ・・・何の因果か、私もこの地で竜胤の力を得てしまっている。確証などないが、またこの地で竜胤の実が生まれる可能性も十分あり得ると思っている。・・・それにアシナでなくとも結局はどこかにまた生まれてしまうのだ」

 

能力者が死んだとしてもまたどこかでその能力の悪魔の実が生まれる。

それが九郎が不死断ちを決行する上で一番の障害だ。

 

「私は・・・生きている間の一時とは言えこの連鎖を抑えたい。そしてできるならばこの力を永遠に葬る、()()()()を成し遂げたいのだ。先の見えない戦いになるが、どうか私に力を貸していただけないだろうか」

 

九郎を九郎たらしめているのはある種の奥ゆかしさだろう。

それは武力によって上へ立った一心や弦一郎とは違う方面の、王の資質。

力弱き王なれど、その信念を秘めた臆さぬ小さな背中に、どうしようもなく惹かれてしまう者たちがいるのだ。

 

「御意のままに」

「九郎様が死なぬ道・・・そうであるならば是非もありません」

「俺は嬢ちゃんがいいってんならそれでいいぜ」

「もちろんです九郎殿。エマ殿の言うようにあなたが死なぬ道なれば喜んでお力になりましょう。私の豊穣の力もあなたの一助となるはずです」

 

「皆・・・ありがとう」

 

 

 

 

 

「まずは目先の問題から解決しましょう。まだ竜咳に苦しんでいる者がいるのですから。エマ殿、あなたの智賢をお借りしたい。私のこの力が、本当はどこまで竜胤に干渉できるのかを知りたいのです」

「そうですね。梟殿の言うには十中八九効果があるとのことでしたが・・・」

 

やはり問題になるのは梟だろうか。

エマは梟がまだ丸かった頃(それが本性なのかは分からないが)を知っているが、三年前に姿を消してからは一心より色々と暗躍の話を聞いていたため、余計に気掛かりであったのだ。

 

「・・・ええ。エマ殿の考えていることはわかります。梟殿を信用なされていないのですね。効果があったとして、このまま言う通り治療を進めてもいいものなのか・・・それは九郎殿も、そして狼殿も同じなのでしょう?」

 

ムジナは言うまでもない。

忍びであれば、同業者ほど信用できないものはないのだから・・・狼は別枠になっていそうだが。

 

「ああ。義父上は・・・目的のために手段は選ばぬ」

「梟は、イブキ殿の力に目を付けたようだ。おそらく竜胤もまだ諦めてなどおらぬ・・・だが、その心配は一心様にお任せしよう」

 

梟はまだまだ多くを隠しているのだろうが、エマ曰く、一心の前となれば話は変わると言う。

古い記憶とは言え、この二人はどこか、何と言えばいいか信頼のようなものが互いにあるとエマは感じていたようだ。

あえて言うならば悪友と表現するのがいいだろうか?

 

・・・切り捨てる時には互いに容赦するなんて想像もつかないが。

だからこそ、その関係であるが故に今は一心に任せるしかない。

 

「では一旦はその事は忘れましょう。とにかく竜咳の治療法の確立を優先させましょう。患者はどこに?」

「竜咳に罹患していることが分かっている幾名かは、"仏師殿"のいる荒れ寺からの隠し道を通してこの城に。竜胤の雫―――あぁ、九郎様より稀に得られる、現状唯一の竜咳の治療薬のことを言うのですが、それを人数分に薄めた薬液で応急処置を施しています」

 

竜胤の雫とは、竜胤の力を持つ九郎の涙の事だ。

 

「先任者であった丈様から零れ落ちた竜胤の雫を見つけたのは従者である"巴様"・・・そしてそれを命名したのが我が師、"道玄様"です」

「道玄・・・忍び義手の制作者と仏師殿から聞いているが」

「ええ狼殿、その道玄で間違いありません。とはいえ、当時丈様は竜胤の力を()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかしそれがいけなかったのか、丈様自身に竜咳が罹患してしまったのです」

 

エマの義父でもあった今は亡き道玄は、罹患してしまった丈を竜咳より助け出すために治療法を探していた。

丈とその従者であった()()の巴は元々は―――九郎の言葉にあやかれば―――"竜胤断ち"のために金剛山の頂にある"ミナモトの宮"と呼ばれる町より降りてきたと言う。

しかしその末路は・・・

 

「そのため、周囲への被害は皆無でしたが・・・丈様は我が師の健闘及ばず、お亡くなりになられました。巴様も後を追うように衰弱し、流行り病で・・・。ですが、助けられなかったとはいえ、唯一竜咳の苦痛を和らげることができたのが・・・」

「竜胤の雫、ということですか」

 

イブキは思う。

エマが竜胤の雫の効力を知ることが出来たのは一重に亡き薬師、道玄の古い書物によるものだ。

丈が一身に竜咳を引き受けたため、竜胤の引き起こす災害とも言える代償は予見はできなかったが、道玄による竜胤についての治験記録、考察等を記した書物は確かに今の命を繋ぐ力となっている。

 

雫をそのまま人一人に使うことが出来れば完治するだろうというのがエマの私見らしい。

だがそうするには今や、見捨てることになってしまう命が多く、そして雫はいつもたらされるのかも九郎自身もわからない。

だからそれは・・・本当に最後の手段なのだろう。

 

「ままならないものですね・・・」

「ええ・・・本当に。ですが、今はあなたがおられます。イブキ殿、さっそく豊穣の力を見せていただきたい」

 

エマの言葉には薬師として、いや探求者としての好奇の熱情が混ざっていた。

それはイブキにとっては今や苦笑いを浮かべてしまうような感情だった。

 

―――かつて仙峯寺では「死なず」を作ろうと竜胤を求めた、教えより外れた僧たちがいた。

彼らは竜胤の力を秘めている蛇柿―――悪魔の実のことだが―――をイブキより何とか手に入れようとしたが、当時の仕えていた忍びを突破することができないまま、村を襲う飢饉で皆倒れてしまった。(イブキの従者であるアヤとキヌが奪い取った錫杖は彼らの物である)

 

結局、納められていたものが特殊な力とはいえ竜胤ですらない、米を生み出すと言う見当違いのものだったためその後はかなり気まずくなったのを覚えている。

 

彼らは後に自身を取り戻し、イブキに恩を返すためと何故か肉体を鍛え始めたり、元々いた烏合の衆だった下っ端の忍びたちを組織し直したりと奮起した。

そしてそれはイブキを村の外の悪意から守る盾となった。

・・・そんな出来事があったおかげで、今のムジナが居て、ここにイブキが来ることが出来たのだ。

 

―――全くもって、巡り合わせとは、異なものですね・・・―――

 

ならば自身もここで、こうして奇妙に繋がってきた物をさらにその先に繋げるために・・・オチのため、延いてはアシナの未来のためにも成すべきことを成そうと改めて襟を正した。

 

この薬師のような熱情が未だ来ない夜明けを掴めると信じて。

 

「わかりました。では・・・豊穣を」

「おお、手の平から」

「これは、また・・・」

「イブキ殿から先ほど聞いたような力がこれに込められておるのか・・・」

 

九郎はイブキの手の平に乗る米粒を一粒摘まんでまじまじと眺める。

そして九郎はその聡明な頭で考える。

 

既に一般に普及している竜泉ですら効果があることは分かっている。

一心やエマが竜咳に何故か罹らなかったのはそのおかげだろうとエマより推測されている。(二人はたまに竜泉を周りに内緒で嗜んでいた!一心よ・・・人の事が言えておらぬぞ・・・)

 

罹患している者たちは食事も辛いようなので、やはり酒のような液体は好ましいだろう。

だが現状、竜泉は高価な薬水ということになる。大盤振る舞いとはいかない。

・・・とはいえ竜泉のように手間をかける必要もないだろうが。

 

特に今後のための治験をする場合はその他大勢の協力が必要不可欠となり、そう言った者たちにはもっと簡単な物でいいはず。

これは予防としてもそうだが、豊穣の力がどのように身体に影響を与えるかを調べるためだ。

 

ならば米をそのまま食べさせるのが一番手っ取り早いのだが―――

 

―――でもせっかくならおいしい方がみんな進んで治験に協力してくれるだろう。

そうだ。そうに決まっておる!

何が良いか。

煎餅は?団子もいいのう!いや、餅というのも捨てがたい。(もち米ではない)

 

 

 

 

 

ふと、九郎はイブキたちとのやりとりを思い出す。

 

 

 

 

 

―――先程、狼殿が梟殿に「何故連れてきた」と問われた時にこう言ったんですよ?「    」と―――

 

―――うーむ・・・そなた、何故そのようなことを?―――

 

―――はっ、義父上に戦場より拾われた時、腹をすかせていたのですが・・・義父上は黙って「   」をくれたのです。あの「   」は、とてもうまかった―――

 

―――まぁ、狼殿。それでイブキ殿を連れてきた理由が豊穣の力、つまり米を使うことから・・・―――

 

―――梟を見て思い出したと!お主も食い意地が張っておるの!―――

 

―――九郎殿、エマ殿、あまり狼殿で遊んではいけませんよ?―――

 

―――おお、申し訳ないイブキ殿、それで―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはぎ大作戦じゃ!!」

 

 

 

その唐突な叫びと、作戦名に対して湧き出た感想を、ムジナは飲み込んだ。

ムジナは大人(隻狼の住人)なのだ。

 

 

 

アシナには総じて、そういったことに対して指摘出来る人(ツッコミ役)が少ない。

 

 

 

 

 




・・・5話で終わらせたいと言ったな?あれは嘘だ()
全然話が進まないのです。ムジナが好きだから仕方ないんですごめんなさい。



老人組
梟「そうじゃ。これを食え」
一心「うん?・・・おはぎじゃな」
梟「(イブキの力について説明)」
一心「ほう!そいつは面白い!・・・じゃが、何故おはぎとな?」
梟「・・・米は炊いて食った方が、うまいからな・・・」

狼「・・・?」
九郎「どうした?狼よ」
狼「いえ、呆れのような視線を感じたのですが、気のせいだったようです(生米もちゃもちゃ)」
九郎「狼よ・・・米は炊いて食べた方が、うまいぞ?」

保護者は大変です。



梟はどこまで話したのか
・悪魔の実について(竜胤や豊穣の力の通称)
・アシナの外の世界の常識について(覇気についてや悪魔の実の普及率を軽く)
・ワノ国の現状について(自身が間者ということは話していない、まずは一心とのすり合わせが必要なため)



武人(むろうと)(無人)というのは造語です。
「玄人?まだ上があるじゃろうが!!」という勢いで勝手に一心様(作者)が作りました。
仔細は本編の通り。
頂上決戦の時に黒い武装色を誰も使っていないのは一定以上の強者はそういうのは隠すことがデフォなのでは!?という風に勝手に考えていたことから。


隻狼との違いまとめ

お蝶:昏睡状態だが生きている。死んだように見えた敵が「まさか生きてたのかー」ではなく「ここで出てくるのかー」の世界だからこそである。
ムジナ:着物を着ている。抜け忍ではない。"黒傘"の異名が恐れられる程の腕。元は他のらっぱ衆と同じ傘だったそうだが・・・。ちなみに戦闘のイメージはヨーダ。
ミナモトの宮:存在自体は有名だが交流はほとんどない。しかし一部の村とは交流がある。
丈:竜胤の先任者。戦の最中にアシナに降りたが、従者の巴含めて()()()()()()使()()()()()()。何故か自身が竜咳に罹患してしまった。
巴:丈の従者だった()()()の女性剣士。30は過ぎていたようで陸上で歩行できた。()()()()()()()()()()()()()()
九郎:カッコよさは流れ去った。
オチの御子:この後、茶屋の名前を考え始めた。
エマ:微笑ましそうに見ている。
狼:おはぎ。



次も一週間以内に出来るよう努力します。

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