流れ出ずる豊穣   作:凍り灯

7 / 11
20日と1日お待たせしました。

そういえば途中で止まってたワンピースの単行本を全部購入して読みましたよ!
今までだいたいまとめサイトとかで確認している知識だったので…

知識としては大して変わりはないですがいい刺激になりました。
やっぱり面白いですねぇ。

※後書きの補足事項に追記しました。
※誤字を修正しました。

さて、タイトルの「葛折」は「つづらおり(九十九折り)」と読みます。
何重にも折れ曲がって続く坂道の事を表します。







葛折街道

金剛山の山頂に一つの忘れられた宮がある。

そこは同じ地に住むアシナの民ですら長い間誰も訪れることがなかった聖地。

 

まるでカルデラ湖のような円状の窪地にできた湖の周りに沿って、荘厳な神社が建てられている。

しかしそれはよく知るアシナの建築様式より遥かに古いもののようだ。

 

湖沿いにはそれら全てを見下ろすように、根が一部水に浸かっているあまりに巨大な桜の木が一本ある。

 

この美しい神社の周辺には、本殿の正面を起点として扇状に広がる様に民家などの生活感を感じられる建物が並んでいた。

その家々の合間を縫うように湖より流れ出た水が町中を這っており、その行き先は底も見えない滝に繋がっている。

 

ここより流れ出づる水は正にアシナの民が愛する水の源流。

この島、いやこの国を古くから支えてきた豊穣の水だ。

 

それはこの"ミナモトの宮"の住人も例外ではなく、多くの水に恵まれているにも関わらず生活用水はできるだけ最低限、生活排水も浄化を徹底しており、アシナ全土へと流れる水に淀みが生まれないように気を付けていた。

これはもはやアシナに古くから根付いている仏教に続く第二の宗教なのだ。

 

水への信仰…つまり自然への信仰が仏教と共生しているのだ。

この神仏習合の形態はアシナの地にて形成されたものではなく、この地を拓いた仙峯上人によりもたらされた宗教観念だという。

 

諸々は割愛するがアシナの民にとって、水は尊ぶべき信仰の対象であり、隣人なのだ。

 

話を宮へと戻すが、よく見るとこの湖の円周上に配置された社殿は最初からその配置を意図していたわけではないことがわかる。

 

湖の中心に呑み込まれるように、半壊して老朽化した建物が沈んでいるのだ。

本殿の目の前にそびえたつ巨大な桜も、見れば大枝が何か強い力が加えられたかのようにへし折られているようにも見える。

 

まるでこの湖自体が"()()"の抗いがたい力によって押しつぶされたことで出来上がったようにも思える。

 

そしてそれは事実、何も間違っていない。

美しい蓮華(れんげ)が花開く湖の上で今、その"何か"が体をうねらせていた。

 

 

 

 

 

 

―――ミナモトの宮の外縁部にある町。

人々の雰囲気は普段の穏やかな物ではなく、普段途切れるはずのない町中から聞こえる笛の音も今は聞こえてこない。

代わりに硬い金属がぶつかり合うような甲高い不協和音や、何か巨大なものが這いずり回る音が聞こえてくるばかりだ。

そしてどういうわけ急速に空は曇り始め、今に雨でも降りそうな天気模様になりつつある。

 

町民である魚人や人魚の彼らが不安そうに空を見上げる中、烏帽子(えぼし)を被った上等な衣服の魚人や人魚達が町中を走り回って人々に何かを言い聞かせていた。

 

「皆、中心の湖から出来るだけ離れよ!!この地区の者は"朱の橋"の八尾比丘尼(やおびくに)の元まで!!」

磯禅師(いそのぜんじ)様!一体何があったのですか…!?」

「"ぬし"の世話係の姉妹か!?上人様(しょうにんさま)がどこぞの浪人と戦っておられる!宮の湖上で!」

「なんと…よもや上人様が直々に…!?」

「其の方も姉と父を連れて避難せよ!侮ってはいかん!また一つ湖が増えるかもしれん…!急げ!!」

「は、はぁっ!!姉上!父上ぇ!すぐに―――」

「静様!!静っ!!」

「ここだ、磯禅師」

 

磯禅師と呼ばれる高齢の女性人魚がとある名を叫べば、空を駆けるように一人の人魚が飛び降りてきた。

蹴鞠を抱えた白鯉の人魚である中年の女性"静"は彼女と同じように烏帽子を被った高位の者で、そしてその位は「長」。

つまりこのミナモトの宮で()()()に位の高い人物だ。

二人は業務的な報告を口早に済ませた後、静は崩し敬語で話始めた。

 

「母上もすぐに橋の方へ、後は若い者で事足りるでしょう」

「おまえはどうする?」

「私もしばらくはここに、しかしその後は…」

 

静は湖のある方へと顔を向ける。

今も絶えず硬い金属がぶつかり合う音が響いてくる。そして地響きと這いずり回る音…。

この音を聞けば特に古くからいる宮の者たちは震えあがってしまうのだ。

 

時に震えながら壺に入り込んで出ていこうとしない男を、力持ちな魚人が壺ごと抱えて避難させていく。

時に大柄な魚人が湖上が戦場故に"ぬしの色鯉"の末路を想像して決死の想いで止めに行こうとするも、二人の娘に引きずられて避難させられていく。

 

そんな光景を目の端に捉える。 

誰もが侵入者なんぞよりも"上人様"が戦うことで出る被害を恐れているようだ。

 

それでも長である静はその戦いから逃げるわけにはいかない。

 

静はその地位に見合った実力を持っている。

宮の中でも特に遠くから相手に致命の一撃を放つ技を持つ強者だ。

忘れられた宮とてやはりここもアシナ、むしろアシナの源流とも言える場所故か実力主義なのは変わらない。

 

静は"上人様"の邪魔をするつもりは余程のことが無い限りしないのだが…もしも、万が一にも"上人様"が敗れることがあれば次は自分の番なのだ。

 

"上人様"が敗れる相手に静ではあまりに荷が重い。

横槍を嫌うお方だが不意打ちで遠方から仕留めるための手助けをすることも考慮しなければならないでしょう、と静は覚悟を決めた。

 

「…そう、静。上人様に巻き込まれないように気を付けてね…」

「やれやれ…まぁそっちの心配をしますよねぇ…」

 

走り去る母を見送りながら静は、一体何故上人様が出張ったのかと考える。

 

―――あの方が早々に宮に起きる出来事に干渉することはあまり聞かない…国盗り戦の件や十三年前の()()()()に当て嵌めるならですがねぇ…何か琴線に触れることでもあったのか………となるともしや、竜胤関係ですか?―――

 

そこまで考え、しかしどうせすぐ見ることになるのだからと、頭を振って思考を止める。

近くを走り回っていた部下を呼び止め、一言、二言伝言を残した後、静は空中を蹴ってまるで空を泳ぐように湖の方へと飛んで行く。

 

見上げるまでもなく雲は分厚さを増しているのがわかり、雨は降り始め、雷の音が低く轟き始めている。

その雲と雷の様子に見覚えしかない静は、これまた面倒な客が来たものだと空を蹴る速度を速める。

 

高く昇っていく彼女の眼下の湖上では()()()()()()()と、一人の()()()を背負った浪人が(しのぎ)を削り合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アシナの気候は少し特殊だ。

どうにもこの島は、低い位置程寒く、高い位置程暖かくなると言う気候があるのだが、単純に天地の寒暖が入れ替わったと考えてもらえればいい。

 

そのため最も標高の低い港と海上では、周辺の海上から流れてくる暖かく湿度の高い風のために常に広範囲に()がかかり、そのせいでこの島は目視による発見が非常に困難である。

 

また、島特有の"磁鉄"を含む地層が多いためなのか記録指針(ログポース)に記録され辛い、所謂磁気が変動する島なのだ。

だからこそ()()の航海方法では辿り着くことは限りなく確率の低い運任せとなってしまう。

 

では上空には雲はかからないのか?と言えば否である。

 

先程天地逆転の例えをしたのだが、その実態、アシナは冬島なのだ。

そのためどちらかというと、なんらかの理由で山頂付近が温められているということになるようだ。

 

なので山頂より上ならば普通に雲もかかり、雨も降る。

山下のアシナに雪が降る時は、山頂より下にできた低い雲か、或いは山のある場所を避け、ぽっかりと穴が開くように雲が形成されそこから降ることとなる。

 

 

だが今、このミナモトの宮の湖上にできている黒い雲は明らかに低い位置に()()()()()()()()

 

「…!!……!」

「…」

 

硬い金属のぶつかり合う甲高い音…それは刀や剣同士がぶつかり合う音ではない。

 

「……!…はぁっ!!!」

「…」

 

赤い弓を背負った浪人姿の男が刀を振る。あるいはその背負った大弓に矢をつがえ、放つ。

 

「はっ…!……!!!」

「…」

 

しかしそのどれもが弾かれ、いなされ、又は打ち払われる始末。

 

立ちはだかるは"大百足"。

その全長はもはや数十メートルに及び、その岩のような暗灰色の甲殻を武器として、そして鎧としてうねらせる。

 

そこにはその巨体と見合わないような繊細な技術があるらしく、刀と矢の威力を、甲殻を這わせるように受け流していることが分かる。

 

さらには決して水深の浅くはない湖上だというのに、長い身体を滑るように水面を撫でながらうねり、どういう訳かその場に留まり続けている。

 

この大百足、単に百足を大きくした外見ではなく、見れば所々百足の足がヒレのようになっていて、足にも水掻きが見て取れる。

それらによって身体全てが沈む前にうねらせ、水を掻くことで沈まないようにしているようだ。

 

"彼"は間違いなく能力者である。

にも関わらず、その超重量と長さをものともしないように水上に留まり続ける。

それでいて半身は蛇が鎌首をもたげるように天高く持ち上げていると言うのだからあまりに恐ろしい。

 

そうしてこれまで何度もあったように浪人姿の男が大きく弾き飛ばされ、半ば沈んだ建物にぶつかり、止まる。

 

浪人のような姿をした男―――弦一郎は決して弱くはない。

その剣気(覇気)たるや見事なもので、その若さで一心の教えである武人(むろうと)(無人)の境地に達した上でそれは練り上げられ、研ぎ澄まされている。

 

普通ならばその巨体と言えどするりと断ち切っていただろう。

ただ相手が目の前の暗灰色の大百足でなければ…

 

であれば弦一郎にとって有効打を打てるのは弓であった。

大弓は硬く厚い鎧であろうと貫く程の威力を持つ。

ましてや弓の名手と知られる弦一郎が剣気を纏わせて放てばその威力は如何程か。

 

しかし未だに幾度と放っているにも関わらず大きな傷を与えることはできていない。

 

これは威力が不足しているわけではなく、既に()()()()()しまっているからだ。

その証拠に、最初の一本だけ甲殻の一部にめり込む様に矢が刺さっていた。

 

だがそれだけだ。

後は全て巨体をうねるように弾かれ、表面に浅い傷を付けることがせいぜいだった。

 

「はぁっっ!!!」

 

しかし弦一郎は手を止めない。

巨体による突進を紙一重で躱し、冗談のような威圧感を持つ薙ぎ払いをなんとか剣気を纏った刀で受け流す。

それらを湖上で朽ちた建築物の残骸の上を飛び跳ねながらこなしているのだから凄まじい。

 

斬る。躱す。飛ぶ。受け流す。全身全霊を持って。

 

懐に飛び込み、何度も刀を振るう。

 

そうして振るうは連撃。

葦名流では"浮き舟渡り"と呼ばれた異端の流派技である。

本来このような硬い相手には()()()()()()、手数で圧倒するための技だ。

 

「…」

「…っう!……まだだ!!」

 

最早血に染まらぬ箇所はないと言う程に赤くなった弦一郎は、それでも引かない。

その姿と気迫はまるで鬼のよう。

湖沿いにある巨大な桜の大枝の上で見ていた静が、思わず震えるような気迫(覇気)を漏れ出させていた。

 

そして彼女はそれらの行動の意味も正確に読み取っていた。

 

ちらりと彼女が空を見上がれば、その剣の連撃の()()()()()()()()()()()()によって集められた雲が既に辺りを覆っている。

そうして放たれる技は決まっている。

何故ならそれはミナモトの宮より持ち出された技なのだから。

 

言うまでもなく、仙峯上人も気が付いているだろう。

 

「………っ!!!!」

「…」

 

弦一郎とてそれはわかっている。

元々ミナモトの宮より降りてきた少年の従者に見せられた技なのだから知らない訳が無いだろうと。

 

それでも引くわけにはいかなかった。

 

彼はそんな血みどろの視界の中で、あの日の声だけが想起される。

 

 

 

――――刀の風を切る音と、ぶつかりあう音を、ミナモトの宮の貴族の()()()()笛の音に重ねて振るうのさ。調子を整え、途切れさせることなく奏で(振るい)続ける―――

 

―――刀の…音色?―――

 

――――弦ちゃんにはまだ難しい?――

 

――――すぐに覚える…!…だから……病なんぞで、死んではだめだ――

 

 

 

朽ちた不安定な建物の屋根を走り、飛ぶ。

さっきまで立っていた屋根は面白いように吹き飛び、水上を水切りのように跳ねて対岸へとぶつかり弾け飛ぶ。

着地と同時に空中でつがえていた矢を大百足の目元に放ち、避けさせることで上体を逸らさせ、次の時間を稼ぐ。

 

 

 

―――私たちはね、心臓の音が止まれば小舟に乗せられて水に流されるのさ。アシナに流れる川じゃないよ?裏手の、海へと真っ直ぐ流れ落ちる川の方さ…死後はせめて閉ざされた宮から自由になって"外"へと渡れるようにって。身体は遺体は鳥や魚の餌になるんだけどね。魂の一欠けらはその時、浮いた小舟に乗って海を渡ると言われてるのさ―――

 

―――それが、"浮き舟渡り"とよばれているのよ―――

 

―――浮き舟渡り…?―――

 

―――そうして魂の一欠けらは浮き舟で海を渡り、残された身体は鳥や魚の一部になり、彼らの養分となってやがて水へ溶け、そうしてアシナを囲う海上の雲となりこの国を守り続けるのさ―――

 

 

 

飛び回りながら今度は空中で矢を連続して放つ。

まるでこれではあの狼のようだと思う。

威力は先ほどより出てはいないが、だとしても剣気を込めた矢だ。目元ならば驚異のはず。

 

およそ躱すであろう位置を今まで戦ってきた勘から狙い、さらに三本の矢をばら撒くように放つ。

 

だが大百足は予想の上を行く。

今度は長大な身体を高く伸ばし、自身を錐を回すようにくるりと一回転させれば全ての矢が弾かれた。

その勢いのまま鋭い牙を持った、岩のような暗灰色の頭部がこちらに向かって薙ぎ払われ、迫ってくる。

 

回避―――間に合わない!

一瞬で無色の剣気(覇気)を刀と身体に纏わせ、それら身体に纏った剣気を刀の接触点となるであろう箇所に全て流れ込むように注ぎ込む。

 

瞬間、凄まじい衝撃が刀を伝い弦一郎に襲い掛かる。

 

意識は飛ばさない、飛ばしてはならない。確実に()()()

刀以外の剣気は全て接触点に流し込んでいるためにひどく無防備だ。刀を手放せば欠片も残るまい。

もはや目の前が真っ白になって何も見えない程の膨大な衝撃と剣気に襲われるが、それでも刀と百足の牙の接触点に剣気を一気に流し込み、弾く………!

 

 

 

―――あぁ…あの渦雲……上人様の雷がひどく懐かしい。…宮はみんな引きこもりだけど、とてもいい場所なの…私の故郷なのさ―――

 

―――………巴がここを好きになるように、ここの土に身を(うず)めてもいいと思えるような国にするから…今は戦続きだけど…必ず平和な国にするから…だから、まだ死んではダメだ。丈兄様だってそれを望んでいなかった―――

 

 

 

僅かに上へと逸れた巨大な牙の下を潜り抜ける。

頭部は振りぬかれているはず、雲は…?

 

目の前の"真っ白"から視力が戻り、見上げれば逸らされた勢いのままさらに回転して威力の乗った頭部が振り下ろされる瞬間を見た。

百足の暗灰色の身体の向こうの…黒い雲…!

 

 

 

―――楽しみにしてるね?―――

 

 

 

「…っ!!!!!!」

 

ようやく見えた…動きの癖…!

目が回復する前から飛び退いていたために叩きつけられる範囲から辛くも逃れる。

足場であった朽ちた建物は粉々に吹き飛び、凄まじい程の水柱が打ちあがり、その身に叩きつけられる。

 

かつての国盗り戦で聞いた話によれば、"能力者"と呼ばれる者たちは水に浸かれば力が抜ける。

 

頭部は一時、水の中。

今しかない…!

 

 

アシナ()のために…!!(アシナ)の雷、見せてやろう……!!」

 

 

 

彼女は死んだ。ただの流行り病で。

まるでそう、自身の親の記憶はないが…母のような人だった。

 

 

 

弦一郎は半ば沈んだ鳥居の柱を蹴り登り、そこから飛び上がる。

構えるのは刀…ではなく赤い大弓。

矢を天高く持ち上げ、そして次の瞬間、光と轟音と共に雷が掲げた矢に落ちた。

 

弦一郎はそこからは光の如く一瞬で矢をつがえ、狙い、放った。

 

それは満身創痍の男が到底できるとは思えない程の神業と言えるだろう。

ただ雷に打たれれば良いわけもなく、"弾く"剣気を纏い、受け流すように矢に流し込み、剣気とさらに混ぜ合わせて"内"に留めるのだ。

 

この大百足に最初の有効打を与えた時以上の威力と速さを乗せた一撃。

頭を振り下ろした後、こちらを見上げるような百足を見下ろし、そうして鳥居の上より放たれたその一矢はまさに雷のように落ちた。

 

 

 

 

 

「…!?」

 

「アシナの若き当主よ」

 

 

 

 

 

そこからはさらに一瞬だった。

 

大百足は撃ち下ろした矢に、見上げた顔をそのままに逆に喰らいつくように逆らって光の暴力の中を昇った。

矢はその牙で挟んで掴み、そこから流れ出る剣気と雷の奔流は牙を伝い、頭部を伝い、長大な身体を伝い、まるで身体の中を流すように暗灰色の甲殻を光らせながら尾の方まで伝っていった。

 

それは光の速さだったかもしれないが、弦一郎は確かに目で追うことが出来た。

 

そして尾へと伝う光の方へと視線をやる内に、いつのまにか一番後ろの足(曳航肢)の先にに奇妙な剣の切っ先が触れられており、足先を伝い光が剣へと移る。

 

目線が流れるまま持ち主を見れば百足なんぞよりは遥かに小さくなった青い衣の―――

 

「受けよ、これが渦雲(うずくも)(いかづち)ぞ」

 

 

 

 

 

弦一郎が意識を失う前に最後に見たのは、青い法衣を着た老人が持っていた奇妙に枝分かれした剣に、赤黒い稲妻を纏っていたということだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう良いぞ、静」

「…はっ…上人様、彼は町の先の滝に落ちたようです」

 

"上人様"と呼ばれる青い法衣の老人―――"仙峯上人"と畏怖されている灰色の肌の老魚人は咥えていた矢を手に持ち見つめながら、静より本金糸で編まれた誌公帽子(しこうもうす)を受け取った。

その頬は少し黒く焦げていた。

 

そして枝分かれした翡翠色の剣"七支刀"を手にしたまま弦一郎を飛ばした方を見据える。

 

「良いのですか?アシナの当主ですよ?」

「当ててはおらんよ」

 

ちょうどその時、雷が落ちたように、いやそれ以上の轟音が響き渡った。

見れば遥か向こう、山頂だからこそ良く見えるアシナを囲う霧の一角に大きな穴が開いていた。

 

霧に()()()のだ。

 

どうやらかの当主には当てずに()()()()程度で、雷の方は彼方に飛ばしたらしい。

ここから見てそうなのだから相当な範囲を蒸発させたのだろう。

それももう塞ぎつつあるが…

 

「十三年前の時じゃあるまいし、万が一にも宮には落としやせんよ、静」

「…風情があるからって残しておいた湖中の建物は粉微塵ですけどね。"ぬし"が怯えてないかだけ心配ですよ………アシナに、人を送った方が良さそうですね」

「静も気になるか」

「…当主自ら単身斬りかかってくる状況なんて気にならない方がおかしいですよ、上人様」

 

仙峯上人は今一度、若き一心との出会いを思い出す。

かつて彼は国盗り戦の際に宮の者たち―――正確には淤加美の一族だが―――が乱入し、そして当時の宮の長がアシナの忍びに敗れ、代理として久々に山を降り協定と不干渉の契りを一心と結んだのだ。

 

それが…恐らく孫くらいの齢だろうか?その代で破られたとすると一心はもう亡くなった後で、(弦一郎)は一心という強者の代わりの力を求めてきたのだろうか?

 

 

 

―――しょ、上人様!不死斬りを求めに来たと言う浪人がどうやってか朱の橋に…八尾比丘尼も刀傷を…!―――

 

―――不死斬りを求めに来た…黒の不死斬り、いや、"開門"を―――

 

―――不死斬りは確かにここにある、だがそれは黄泉を開く門にあらず。言い伝えられているような力などありはせん。立ち去るがよい―――

 

―――アシナのため…引くことは出来ぬ!押し通る!!―――

 

―――…っう!……まだだ!!―――

 

―――アシナのために…!!巴の雷、見せてやろう……!!―――

 

 

 

「一体誰のために戦っていたのだろうな」

「…上人様?」

「気にするでない。して、あの弓だが」

「あぁ!当主殿の弓!」

 

当人は吹き飛ばされたが、どうやら弓を取りこぼしていたらしい。

仙峯上人が指さした先に弦一郎の弓が落ちていた。

静はその赤い大きく山を二度描くように湾曲した弓を拾い呟く。

 

「凄まじい弓の腕でしたね…」

「威力に関しては、当主殿の方がおまえよりは上を行く」

「そのようですね。勝てそうなのはせいぜい飛距離ぐらいかと…それにあの雲を呼ぶ剣術といい雷といい…」

「丈と巴の関係者だろう。"巴の雷"、と言っていた」

「丈様と巴様の…私怨ですか?」

 

丈と巴と言えばミナモトの宮から()()()()()主従だ。

当時の長である丈の義父により盗み出された竜胤の実によって力を宿らされた不運の人の男の子。

 

そのため、巴という最も心強い、そして丈が最も信頼する従者をつけて"下"へと追放と言う形で義父の元より逃がしたのだ。

 

誤算だったのは、当時のミナモトの宮は閉ざされすぎていて、アシナが外海の勢力との戦の最中とは気づけなかったということ。

宮と契約している"水生村"でさえ霧に意図的に囲ませて隠しており、しかもそこは人が訪れるには至難の森の奥。

噂の一つも届くはずがなかったのだ。

 

…ただどこからか戦の知らせを聞いた丈の義父である当時の長は、丈を、いや竜胤を取り戻すために淤加美の一族の特に過激な連中を率いて山を下った。

その時、静はまだ十にも届かない齢でありあまり覚えていないようだが…

 

静が後に聞いた話だが、その時すでに丈と巴は両名病死しており、アシナ側も攻めてきた理由がわからないものだから互いに無意味に兵の命を消耗していたことになっていたそうだ。

 

そうして長の首を取るということで全てを終わらせたのは()()()()()()()()だったと言う。

 

和解と協定のために直々に仙峯上人が山を下り、全ての経緯を話したうえで謝罪を入れたそうなので、現在のアシナの当主となればその実態を知っていてもおかしくはない。

 

そしてその当主が丈と巴に特別な感情を抱いていたと言うのならば…

 

「それもあったかもしれない、だがあれは当主の目だ。命が燃え尽きる程の気迫…まるで鬼よ」

 

どうやら違うようで静は張り詰めつつあった気を抜いた。

"上人様"の見識は本物だ。()()()()()と言うのならば尚更のこと…

丈と巴とは面識があったからこそ、静はそれが私怨だったとして果たして責めることが出来るだろうかと考えてしまっていた。

 

とは言え違うのだから気楽に考えよう。

あれは侵入者。以上。

 

楽観できはしないが、まぁいいだろうと彼女は思うことにした。

 

「あの当主様が鬼なれば、上人様は竜ですか?」

「所詮百足よ」

「ニシオンデンザメですよね?」

「ちと長生きしすぎた…竜にも成れなんだ…そろそろ死に場所を決めなくてはな」

「海千山千と言いますから、とりあえず千年生きてみるのはどうでしょうか………それはそうと噂で聞いたのですが、仙峯寺で"豊穣の女神"が生まれたと」

「噂の出どころは?」

「私です」

「会ったのか」

「いえ、ですが、城下町に飛んだ(遊びに行った)時に色々と話を聞きました。どうやら、最近町にも降りてきたそうです…訳ありみたいですよ、それもオチの村ではなく、アシナ全てに関わる」

「会ったのか」

「……………彼女ら茶屋をやってまして、その時盗み聞きしたのです…大丈夫です変装していたので。()()()()()()()()()()()…それに人魚と悟られないようにしたので」

「おまえの身軽さに磯禅師もほとほと困り果てているぞ」

「今回の情報分で母上に告げ口するのはご勘弁を」

「いいだろう。して、オチの村を薦めた理由はなんだ」

「"豊穣"と聞けばそれで十分では?」

「長生きしたいわけではないぞ。()()を口にすれば本当に千年生かされそうだ」

「上人様はもっと長生きするべきです、この閉ざされた地だからこそ、歴史の語り部は世界より消されずにいられます」

「"下"が気になるのはそれが理由か」

「ええ。"彼ら"はアシナ存亡のために打って出るようです。アシナが安泰ならば上人様も安泰ということですから、出来るならばお力添えをしたいのです」

 

仙峯上人は静の目を真っ直ぐ見つめる。

その赤い瞳はなんの淀みもなく、ただ長としての務めを全うせんとしている女がいるだけだった。

彼は正直溜め息一つつきたいところではあったが、その表情が灰色の顔に映ることはなかった。

 

「手は貸さぬ」

「はい」

「行くのもお前だけだ」

「はい」

 

と、そこで彼に一つ気掛かりが。

 

「…待て、一心のやつはどうであった?」

「"豊穣の女神"のおかげでそれはもう元気してました」

「………まずは一心に話を通せ、現当主の件もだ。必要ならば"蛇の目"を"底"から連れ出してもいいだろう」

「水生村の神主と"霧籠りの貴人"殿にも話を通しますよ…当主殿に切り捨てられていなければですが。それと"蛇の目シラハギ"ですか?罪人ですよ?」

「だからこそだ。当人の同意の元、連れ行くがいい。」

「あぁ、使いこなして見せろっていう伝言も一心殿に伝えておきますよ。"シラフジ"が鉄砲砦から追いかけてきそうですが」

「それもよし」

 

静はその言葉に呆れるしかなかったが、それはそれで確実に戦力になるので悪い話ではなかった。

静が一心を見たのは茶屋での盗み見が初めてであったのでなんとも言えないが、上人様の見識に間違いなどあるはずもないから罪人位どうにかなるのだろう、と考えることを止める。

 

―――さて、これから忙しくなりそうだ。まずは母上になんて言えばよいものでしょうかねぇ………あ―――

 

「そういえば上人様」

「どうした」

 

静はすっかり聞き忘れていたことを思い出したようで、思うがままに聞いてみた。

 

「なんで不死斬りを渡してあげなかったのですか?」

 

少なくともアシナのためと力を使おうとする男だそうで、上人様も保証しているのだから私欲のためには使うまい。であれば渡して関係も良好にしておいた方が良かったのではないかと静は思う。

 

「簡単なことよ」

 

静はその言い方に好奇心を刺激され、無言で先の言葉を促した。

 

「"八尾比丘尼"が斬られたからな」

「あー…お二人は長いですものね」

 

八尾比丘尼…"破戒僧"と自身で名乗る、長い間このミナモトの宮の門番を務めている彼女は、仙峯上人と同じくニシオンデンザメの魚人だ。

アシナを拓く当時からいたわけではなく、どこからか魚人と人魚の隠れ里があるような話を聞いてやってきたという。

 

二百年程前はまだ比較的島の存在は公にされており、リュウグウ王国の世界政府加盟に反発して飛び出した実力のある連中がそれなりに隠居しにやってきたのだという。

 

彼女もその一人で、その時からずっと門番として宮を守り続けている。

その威風堂々たる佇まいは宮の、特に女の子供たちに人気で(お面が売っている)、それが原因なのか静のように女性が頭角を現すことも多く、またそれにあたって差別的な偏見も存在しない。

 

そんな宮の門番娘(?)を斬られたとなれば宮の住人にも示しがつかないだろう。

 

「確かに、人斬りに渡す刀などありはしませんね」

「そうでもない、託すべき者と確信したならば人斬りでも渡す」

「…どう見極めるのですか?」

「目を見る」

 

そう言われた静は仙峯上人の目をのぞき込む。

眉間に皺を寄せた自分が映っているだけだった。あらまた小皺が…

正直その見識は羨ましい、長としてやっていくならば尚更。

 

「思うですが、それは百足の力なのですか?それとも剣気の?」

「年の功だ」

 

あぁそれはどうにも、真似はできないなぁと彼女は空を仰いだ。

 

あれ程までに空を覆っていた低い黒々とした雷雲は今や跡形も無く、いつも通りの穏やかな気候が戻っていた。

音色と剣気(覇気)によって留めているだけの限定的なものであるため、()()解けば(意識を失えば)それは戻る。

雨上がりの空は美しいと言うが成程、確かに今まで見たことないような大きな虹がかかっていた。

 

それを見上げながら静は仙峯上人へ話しかける。

 

「上人様、たまには雲を呼ぶのもいいかもしれませんね」

「そうだな…無事戻って来たならば、考えておこう。今一度渦雲の雷を見せようぞ」

「落とす必要あるんですか?」

 

静は虹の輪を潜る様に赤い弓を背負って、蹴鞠を脇に抱えて飛び出した。

 

―――のだが、まずは湖の瓦礫処理から始めないといけないことを思い出してそっと引き返し始めた。

 

―――そういえば竜胤、関係なかったですね―――

 

 

 

しかし後に、嫌と言う程関係していることを知るのだがそれはまだ少し先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見上げようも滝口が遥か先、見えない程に高く長い滝の下。

あまりにも高い位置から落ちているがために殆どの水が宙に飛散し、蒸発してしまい滝の下とは言え浅く水が溜まる程度にしかならない、所謂滝壺が存在しない滝である。

 

それはミナモトより流れ落ちている水。

それが飛散し空気中に混ざったためか、その他にの底以外はひどく空気が澄んでいる。

 

()()()と言うが、まさに滝の下より少し外れた谷底は例外であり、毒の沼が形成されるほど環境が悪い。

それはミナモトより降り注ぐ水によって、毒の瘴気が谷を昇ることを押し留めていると表現できるかもしれない。

 

…とは言え、その地に住む"猿"たちには毒も何も関係がないようだ。

 

ここは"落ち谷"。

多くの猿が住まう谷。

 

崖壁沿いには一体いつ彫られたと言うのか、優しい顔をした巨大な仏が立ち並んで猿たちの生活を見守っていた。

だけどそんな中、猿というには毛深い体毛もなく、また熨斗目花色(のしめはないろ)の着物を着た人影が見える。

そしてその隣にはその人影より数倍は大きな巨体を持つ真っ白い体毛を生やした大猿の姿があった。

 

どうやら一人と一匹は滝のすぐ傍にある崖の上で昼寝をしているようで、白い大猿の方はその巨体に見合った大きなイビキをかいていた。

同じ白さのせいで紛れていたが、どうやらこの大猿は怪我を負っているのか体中に包帯のような白いボロ布を巻いている。

 

対して熨斗目花色(のしめはないろ)の着物の人影、壮年の女性だろうか?彼女は両手を頭の後ろに回して枕にしつつ、寝息の音一つ立てずに目をつぶっている。

 

そうして数刻過ぎた頃、遠くで地響きと轟音が微かに響いてくる。

 

雷でも遠くで落ちたのかとふと女性が目を開け、すぐさま立ち上がり滝を見上げた。

あまりの寝起きの良さに今まで本当に寝ていたのかと疑う程だろう…他に人間がいたならばの話だが。

 

暫くして女性の異変に気が付いたのか大イビキをかいていた大猿も眠そうに起き上がり、一度大きな欠伸をしてから女性の横に並んだ。

 

「なぁ…ありゃぁ人かね…?獅子猿よぅ?」

「ヴァゥ?」

 

まだ"獅子猿"と呼ばれた大猿も見えない遥か先を彼女はどうやら見えているようだ。

疑問に首を傾げる獅子猿を置いて彼女は見えたものめがけて滝のすぐ横の崖を登り始めた。

 

その身のこなしはまさに猿のようであって、しかし慌てて後を追う獅子猿も追いつけない程の跳躍を繰り出している。

それは彼女が持っている()()()()()()()()()()()()()()()()()()()によって成し得ているのだろうか。

 

濡れて滑る岩を器用に登りながら、ようやくはっきり見えてきたところで彼女の疑問は確信に変わる。

人が落ちてきているのだ。

 

「あぁ…こりゃぁ人だねぇ…しかも生きてんのかい?ありゃぁ?」

 

さて、こうも短い周期(しかも今回は奇抜な登場)で客人が相次いで来たなんて珍しい。

だがどうもまたまた、ばばぁにゃ見覚えがある客人だなぁと彼女は思い、取り合えずどうやって受け止めようかと思案するのである。

 

―――どうにもまた面倒なことになりそうだがねぇ…―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




登場人物の驚きの若者(20代)不足。これが高齢化社会…
10代も九朗様だけですね…そりゃぁヒロインにもなりますよ。
そして主人公は名前(異名?)だけの登場…申し訳ない。

今回登場しました仙峯上人ですが、悪魔の実によってではなく、種族としての長寿としています。
というのも、"不死鳥マルコ"も不老不死みたいな扱いになってしまうからです。

ちなみにニシオンデンザメは個体として400歳以上生きているものが確認されているようですよ。

それと上人の百足形態がでかいのは"年の功"です。桜竜百足バージョンと思ってください。
つまり弦一郎は本来狼が辿る道を辿り、滝底までつき落とされました。



隻狼との違い(?)まとめ

仙峯上人:ニシオンデンザメの魚人で、ムシムシの実モデルセンチピートの能力者。とても長寿でどうやら失われた歴史を知っているらしく、淤加美一族は代々彼の記憶を守るそうだ。
静:現淤加美一族の長を務めるフットワークの軽い中年女性人魚。あと超次元蹴鞠。
磯禅師:今作オリジナル。静の母。歴史上の人物から名前を採用。その娘の名は静御膳。
破戒僧:上人と同じ種の大柄の女性魚人。二百年程前魚人島から隠居しにきた。門番娘。
丈の義父:竜胤の蛇柿を盗み養子に食わせた。義父に外道が多すぎる。攻め入ったアシナの戦場で左腕が義手の忍びに討ち取られた。
丈:義父に竜胤の力を宿らされ、逃がされた不運の子。弦一郎に兄のように慕われていた。
巴:弦一郎に母のように慕われていた。巴流の"浮き舟渡り"とは後に弦一郎が名付けた。
巴の雷:巴の死後、弦一郎が一心や忍びと共に再現した。霧籠りの貴人のように、霧(雲)を笛の音に見立てた刃の音色で操り、雷を落とす技。正確には放射した覇気でもって操るのだそう。
弦一郎:アシナへの想いは本物だが、その根底には幼少の頃の叶わなかった約束があった。
落ち谷の壮年女性:「獅子猿!空から弦ちゃんが!」
獅子猿:怪我だらけだけど元気してた。一人目の客によろしくされたようだ。
イブキ:本当は出番があったけど持ち越しに。申し訳ない。(二回目)

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