幻晶騎士調整師(シルエットナイトコーディネーター)   作:ヌルポ撲滅の使徒

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タスク7:幻晶甲冑(解決編)

 幻晶騎士(シルエットナイト)の製造と、事故対策は切っても切り離せない問題だ。

 

 なにせ人間よりも大きく重い幻晶騎士だ。例え手足の一部だけであろうとも、落下した部材の下敷きになれば、十分に人間を殺しうる凶器になる。

 

 部材を運ぶ際はよほど小さくない限りは基本的に台車。組み立ての際には必ずクレーンや滑車を使い、下に人間が間違って入り込まないようにロープを張る。

 

 そうやって色々な対策をしても事故は発生し、そういった数々の失敗を教訓に新しい設備やルールといった、安全対策が生まれてゆく。

 

 それでも、作業する人間が生身である以上、どうしたって危険は排除できない。

 

 だからこそ、全ての鍛冶師達は常に安全に気を配る必要がある。たとえそれが、誰も経験したことのない未知の作業、工具、設備であったとしても。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 幻晶甲冑(シルエットギア)には様々な価値がある。

 

 人間を単純な身体強化魔法(フィジカルブースト)で強化するよりも遥かに強大な膂力。

 幻晶騎士の部材を軽々と運べる耐荷重量。

 精密作業以外の、人間の動作をほぼ完全に再現できる動作性と操縦性。

 

 そしてなによりも、全身を装甲、もしくはフレームで覆っていることや、直接部材に触れないことによる安全性の向上だ。

 

 流石に完品の幻晶騎士に全力で踏み潰されたら一溜まりもないだろうが、その手足の一部が脱落してきた程度なら、よほど打ち所が悪くない限りは死にはしないだろうだけの頑強性がある。

 

 そして、安全に作業できるということは、それだけ大胆に、単純に作業できるということでもある。

 

 例えば、これまでクレーンで吊り上げていた、部材を幻晶騎士に組み上げる作業。

 

 安全面を考慮するなら、クレーンの操作、取り付け担当の他に、事故防止のために両者に作業指示を出しつつ全体を俯瞰する人員……多くの場合は現場責任者が必要となる。部材の大きさによっては、落下時の二次被害に備えて近くで作業する人員を一時避難させる必要もある。

 

 だが、幻晶甲冑を用いている場合、低所に限るが、まずクレーンが不要になるので作業する人員は取り付け担当だけになる。これだけで現場責任者が監督する負担が減り、結果的に現場全体の安全性が上がる。

 また、他の人員も幻晶甲冑を装着しているため、考慮すべき避難させる範囲や規模も格段に小さくなる。もちろん、落下した場合に備えてロープ柵は必要になるが、それだって生身の人間の立入禁止を作業現場全体に対して徹底するだけになる。

 小さい範囲で細かく仕切り、なおかつ入っていい人員と入ってはいけない人員を、いちいち遠くから見分けなくてはいけない状況とは、監視する側の負担が雲泥の差だ。なにせ幻晶甲冑とそれ以外ではぱっと見のシルエットからして別物なので、見間違いようがないのだから。

 

 ……それだけに、今回発生したという第五工房での大規模な事故が不可解なわけだが。

 

 

 

「……うわあ」

 

 現場検証と、再発防止のために各工房長が集まった第五工房は、一言で言えば凄惨たる状況だった。

 

 事前に、奇跡的に死者は出ていないことは聞いてはいた。だが、床や幻晶騎士には血痕や砕けた装甲が散らばり、恐らくは二次被害にあったのだろう幻晶甲冑が何騎か放置されている。

 

 そして、恐らくは事故の中心であろう一角には、見事なまでに下半身が潰れた一騎の幻晶甲冑と、乗っていた鍛冶師を救出した際にどかしたのだろう、いくつかの幻晶騎士用の部材があった。

 

 ……乗っていた鍛冶師がどうなったかは容易に想像がつく。

 

 思わず漏れた呻きと一緒に胃液も出てきそうになったが、女の矜持に賭けて全力で押し留めた。

 実際、こんな仕事をしていれば怪我や人死にもなれてしまう。国機研に配属されたばかりの頃、操縦席を魔獣に潰された幻晶騎士を修理した際に圧死体を見てしまった時に盛大に色々ぶちまけてしまったのを最後に、とりあえず人前で醜態を晒すことは無くなった。

 

「で、原因は解っているのかい?」

 

 そしてこんなときでも顔色一つ変えない所長が、グスタ第五工房工房長に尋ねる。

 

「……幻晶甲冑の部品、今回の場合だと腕の綱型(ストランドタイプ)を固定している部品の脱落だ」

 

 彼の説明をまとめるとこうだ。

 

 ある新人鍛冶師が、自作の幻晶甲冑でいくつかの部材をまとめて運んでいた。

 その大きさと重量は、幻晶甲冑でも割と限界ギリギリだったようだが、彼はすでにここ数日で同じ部材を、同じ方法かつ同じルートで何度も運んでいたので、特に問題視することもなく運んでいた。

 ところが、目的の幻晶騎士の作業現場に到着して、部材を床に降ろそうと姿勢を変えた瞬間、左腕側の結晶筋肉(クリスタルティシュー)を固定している部品が外れ、脱落。新人鍛冶師はそのまま下半身を幻晶甲冑ごと潰され、さらに落下した部材や、固定が外れた際に弾け飛んだ幻晶甲冑の部品が近くの部材に激突。連鎖するように近くにいた鍛冶師達も事故に巻き込まれた、と。

 

「……となると、根本的な原因は作ったやつが固定を甘くしていたせいか?」

「いや、作業開始前のチェックや手入れを怠った可能性もある」

「生憎どちらも違う」

 

 第三、第四の工房長達の推測を即座にグスタさんが否定する。

 

「? 随分はっきりと断言しますね?」

 

 疑問に思った私の質問に、やはり即座にグスタさんが返事をした。

 

「やつの幻晶甲冑は、今朝両腕とも改造したばかりだ。しきりに周囲に自慢していた。ついでに言えば、自分も含めて、作業工程を見ていた。特に今回外れた部分の固定は、念入りにきつくしていたのを同席していた全員が見ている。……朝っぱらから煩かったんで、ぶん殴って静かにさせた直前にやってたんでな」

「ふむ、そうなると……」

 

 ガイスカ先生が思案顔で、放置された幻晶甲冑の残骸を見ている。

 

「実際に事故を起こした幻晶甲冑を調べんと断言はできんが……」

 

 うん、大体何を考えているのか予想がついた。恐らく私と同意見だろうし、他の工房長達も同様だろう。

 

「原因はその()()だろうな」

 

 

 

 ***

 

 

 

「……ごめん、もう一回言って?」

「はい。脱落した部分の綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)が、基本設計の1本から、2本に増やされていました。一応固定も強化されていましたが……」

 

 うん。この場にいないとは言え、重傷者に言う台詞じゃないんで口には出さないが、声を大にして叫びたい。

 

 ……馬鹿じゃないの!? 《テレスターレ》ですら1.5倍であの始末だったのに! 

 

「……そいつは、《テレスターレ》解析の際に引き起こされた事件をもう忘れたのか?」

「忘れてはいなかっただろうが……。第一、第二、第三以外の工房、特に一般の鍛冶師は直接あの事件を経験していないからなぁ」

 

 確かに。綱型の再現、研究、そして幻晶騎士への組み込み試験は、ダーシュを開発した第一工房、調整を行った第二工房、そして綱型の研究を引き継いで、現在進行系で改良している第三工房しか経験していない。

 他の第四、第五工房は成果物を受け取っただけなので、実感が薄いのは納得できる。

 

 それに、冷静になってきて気づいたが、今回の事故、単に新人のケアレスミスと切り捨てられない要素がある。

 

「……これは、私の提案が裏目に出たかな?」

 

 そう、今回の事故のさらに根本的な原因。それは幻晶甲冑の供給問題を解決するために、それぞれの騎操鍛冶師(ナイトスミス)が好き勝手に生産、改造することを容認したことだ。

 

 だが、だからと言って所長の提案が間違っていたかと言えば……。

 

「いえ、どちらかと言うと我々鍛冶師……ひいては儂ら工房長の責任でしょうな」

 

 ちょっと前までのガイスカ先生からは想像できないセリフが出てきたが、先生の言うとおりだ。

 

 そもそも、所長の提案がなかったら、国機研全体が機能不全を起こしていてもおかしくなかった。結果的な人的被害も今回の事故の比ではないだろう。

 

 第一、提案を具体化して実行したのは私達工房長を筆頭に各工房だ。その際に安全面を考慮して、製造はともかく改造や設計変更については一定のルールを設けるべきだったのだ。

 

「誰も彼もが浮かれすぎていましたね。……それこそ学生のように」

「全くだ。……これでは現役の学生の銀凰騎士団めに笑われてしまうわ」

 

 恥ずかしさのあまりに今すぐ自宅のベッドでふて寝したいが、たった今私達工房長の職務怠慢が露呈したというのにそんな真似はできない。

 

「まあ、とにかく。原因がわかれば後は対処するだけだ。なら、あとは優秀な君たちなら何をすべきかなど明瞭だろう?」

 

 所長が暗くなった空気を盛り上げるように、少々茶化して言う。相変わらず少々空気を読めていない、場合によっては不謹慎とも言われかねない言動だ。が、今回の場合は良い方向に作用したらしい。

 

「ふん。言われずとも解っておりますとも。……まずは全ての幻晶甲冑の点検と、設計図の調査だな」

「調査のついでに、いい機会ですから一括管理しましょう。専用の改造も含めて、ノウハウの蓄積が事故防止の一番の特効薬です」

「なら、汚名返上ではないが、一旦我々第五工房で管理しよう。最初の解析時に確保した資料の収納スペースにまだ空きがある」

 

 私も含めて、各工房長達がそれぞれの意見を提案しながら今後の方針を決めてゆく。

 

 幸い、まだ幻晶甲冑の本格生産が始まって一週間だ。手間はかかるが、ギリギリ調査、管理できる数だろう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そして半月後。

 

 一度作った幻晶甲冑を解体、解析、再組立するという、純粋にマンパワーが必要となる作業のせいでやたら時間はかかったが、なんとか幻晶甲冑の再運用が開始された。

 

 結局、幻晶甲冑については、専用の管理・開発工房として第六工房を新設し、そこで一括管理することとなった。

 

 他の工房で製造・改造するのは許されるが、製造時は必ず事前に許可された基本設計のとおりに行い、必ず第六のチェックを受けてから運用することが徹底された。無論、改造についても同様で、新しい改造方法を試した場合は、まず第六での安全試験に合格した後、最低でも一ヶ月間は定期的な整備・チェックを行う義務を負う。当然、違反すれば厳罰だ。本人の命にも関わることなのだから妥協はしない。

 

 なお、第六の工房長には第五工房工房長のグスタさんの直弟子、カールさんという若いドワーフが就いた。

 全く新しい幻晶甲冑という分野のノウハウを一から積み上げるのだから、若い人材がふさわしいという判断だ。

 

 そして私はというと……。

 

「ふふ……ふふふ……」

 

 ようやく帰ってきた我が専用幻晶甲冑を頬擦りしながら、天にも昇る心地だった。

 

「気持ち悪いですよ? ヨハンナ」

 

 親友の暴言が聞こえるが、無視する。今の私なら《ツェンドルグ》に匹敵する狂気を見せられても笑って許せるだろう。

 

 帰ってきた私の専用幻晶甲冑、通称調整師(コーディネーター)(私の異名にちなんで気づいたら定着してた)は、赤と黄色の警告色が眩しい自慢の一品だ。

 

 ベースは作業用に設計された《モートリフト》だ。それを私の体格に合うよう調整した上で、主に前面に装甲を追加。

 腕部は私の仕事の傾向上、精密作業が多くなるため五指を持つ《モートラート》の腕部と入れ替え。

 代わりに背部に重作業用の《モートリフト》の腕を追加。ただ、同時操作はできないので、もっぱら運搬や作業中の固定用だ。

 また、脚部を大型化して安定性と最大荷重を引き上げ、結果として余裕のできた積載量に物を言わせてトーチや刃物を始めとした各種魔導式工具、小さいが収納スペースまで追加されている。

 もちろん、長時間の作業に備えて居住性やドリンクホルダーなどもこだわり抜いている。

 

 全体として、力仕事には他の改造幻晶甲冑よりは向いていないが、代わりに長時間の精密作業に特化した構成にした。特に腕部の精密動作性は私直々に念入りに、それこそ第六の鍛冶師が泣いて謝るほど設計と調整を見直した結果、至高の出来となったと自負している。

 なんなら私自身の手よりも器用だ。

 

「ふふふふ。さあ、明日から張り切って行くわよ!」

「はいはい」

「……あ、いたいた。工房長(あねさーん)

 

 ……ん? 

 

「なんか銀凰騎士団から紋章式認証機構(パターンアイデンティフィケータ)とかいうやつが追加で届いたとかで……。これから緊急会議だそうです」

 

 ……嫌な予感がする。

 


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