幻晶騎士調整師(シルエットナイトコーディネーター)   作:ヌルポ撲滅の使徒

12 / 14
タスク8:紋章式認証機構(問題編)

 魔法や幻晶騎士(シルエットナイト)に関わる技術の中で、銀に関する取り扱いは基礎にあたる。

 

 数多ある金属の中でも群を抜いて魔力抵抗が低く、比較的柔らかいため、杖や魔導式の各種道具に頻繁に使用されるためだ。

 

 より魔力抵抗が低い金属がないわけではないが、その全てが希少金属のため、銅に次いで産出量が多い銀の方が何かと便利に使われる。

 

 とは言え、銀は非常に酸化しやすく、接合部分などの魔力の通りは悪くなりやすい。そのため、純銀をそのまま使わず、かさ増しの意味も含めて品質の低下と引き換えに安価な銀合金にしたり、あるいは表面に魔力を通しやすい酸化防止剤を塗ったりする。

 

 そして魔法は人々の生活に密接に関わる、そして誰でも扱える技術なので、必然的に銀を取り扱う専門家の需要も高い。

 

 王侯貴族向けに精密な銀細工を作る必要のある都市の職人工房や、数多くの杖や魔導式工具などを扱う街工房などでは腕利きは引っ張りだこだ。

 

 そして、こと銀の扱いに置いて右に出る者のいない職業がある。

 

 何を隠そう、構文技師(パーサー)だ。

 

 専門外の人間からは意外に思われることが多いが、実は私達騎操鍛冶師(ナイトスミス)はそこまで銀の扱いを専門にしていない。無論、幻晶騎士を構成する部品である以上、標準以上の知識と取り扱いのノウハウはある。

 だが、それでも構文技師には遥かに及ばない。

 

 何故かと言うと、それは主に魔導兵装(シルエットアームズ)等の特定用途用の魔導具の製造に必須な技術だからだ。

 

 魔導兵装を始めとした魔道具は、杖などと違って必要なだけの魔力を通すだけで特定の魔法が発動する。

 

 当然、魔法である以上、術式(スクリプト)が必須だ。なので魔道具には、銀板に術式を刻み込んだ上で組み込み、保護のために上から別の金属や板、布、薬剤などで覆っていることが多い。

 

 だが、魔導兵装や魔道具に使える銀板の大きさは有限だ。形状に制約があることも珍しくない。よって、構文技師には限られた面積の銀板に対して、効率よく、精密に、そして素早く術式を刻む技量が求められる。

 

 そしてその作業は一発勝負だ。間違って想定外の傷をつけたからと言って、その部分の銀だけ元の形状に戻すことなどできない。仮に傷を埋めたとしても、術式の効率が悪くなるし、傷の位置や深さによっては埋めることすら叶わない。

 必然的に彼らは銀そのものの扱いも含め、偏執的なまでに技量と知識を積み重ねる。

 

 そうして1000年を超える期間、技術を発展・蓄積した結果、単に術式を刻むだけでなく、魔導演算機(マギウスエンジン)のような複雑な機構や、紋章術式(エンブレムグラフ)を銀板内部に鋳込むなどの技術を生み出してきた。

 

 ある意味で、構文技師とは、現在の魔法文明の根底を支える職業なのである。

 

 

 

 ***

 

 

 

 昨夜の緊急会議、その議題に関する話し合いそのものははすぐに終わった。

 

 会議とは名ばかりの、通達と知識の共有だけだったからだ。

 

 問題はその後、今後の私達国機研(ラボ)の致命的な課題についてだった。

 

 ……すなわち、術式について、あまりにも国機研と銀凰騎士団……より正確にはエルネスティ・エチェバルリアとの間に技術格差があることだ。

 

 今後、銀凰騎士団、国機研の双方で、様々な発明、発見、改良が生まれることは想像に難くない。そして、それらは組織間で共有され、さらなる技術の発展が行われるだろう。

 

 ……が、そのためにはある大前提が必要となる。すなわち、互いの成果物を互いに理解できること。言い換えれば、新技術の元となる基礎技術を互いに共有していることだ。

 

 幻晶騎士本体に関しては問題なかった。

 

 これまでの銀凰騎士団由来の技術は、ある種の発想の転換であり、その設計思想と目的さえ理解(そして精神的に受け入れることが)できれば、障害こそあったが、再現と改良はできた。

 

 ……だが、術式に関してだけは別だ。

 

 例え同じ言語であろうと、あまりにも訛りがひどいと意思疎通が難しくなるように、あの少年団長が組む術式を国機研の構文技師が解読するのは、それだけで大事業になってしまう。ましてや改良など言わずもがな。

 

 そして、その結果が先日の背面武装(バックウェポン)システムだ。術式の解読ができないという、最初の一歩から躓いたあの案件は、我々国機研の鼻っ柱を折るのに十分だった。

 

 

 

 その上で、今回持ち込まれた紋章式認証機構(パターンアイデンティフィケータ)だ。

 

 これは乱暴に言ってしまえば、魔法の術式を幻晶騎士用の鍵にする技術だ。

 

 過去、幻晶騎士の盗難の防止には警備の兵を割り当て、「防衛」するという方法が取られていた。

 

 そもそも建造や維持に莫大な金額と資源、そして施設が必要とされる幻晶騎士は個人で所有・運用などできない。必然的に、幻晶騎士は国家、最小でも領地持ちの貴族が騎士団の「設備」として所有・管理することになる。

 そうなるとその保管場所は当然城や砦内部の格納庫、工房となり、当然そういった場所は警備の兵が見張っているし、そもそも城や砦そのものの出入りにもチェックが入る。

 例外は行軍中に騎操士(ナイトランナー)が降りたときだが、単独で行軍していないならやはり見張りが建てられる。(なお、この場合の「見張り」には幻晶騎士も含まれる)

 

 第一、盗んだ所で素人では幻晶騎士の操縦などできない。さらに言えば、このフレメヴィーラ王国では人間による盗難よりも、魔獣からの不意の襲撃のほうがよほど危険で現実的なので、特に単独行動中に幻晶騎士から降りる騎操士など存在しない。なにせ下手な馬車やテントよりも、操縦席の中のほうが安全なのだから。

 

 ……が、それがひっくり返された事件が起きた。

 

 例の《テレスターレ》、その盗難事件だ。

 

 話によると、賊はディクスゴード公爵領の砦にわざわざ偽装工作までして侵入。多くの幻晶騎士を破壊した上で《テレスターレ》に乗り込み、一騎だけだが、見事に逃げおおせたという。

 

 この事件は政治的にも軍事的にもとんでもない大事件なのは言うまでもないが、技術者としてはそもそも盗まれた、それ自体が噴飯物だ。

 

 ……もし、盗まれたのが《カルダトア・ダーシュ》等の私達が手塩にかけて仕上げた幻晶騎士だったら? そしてその盗難現場を実際に自分の目で見てしまったら? 

 恐らく、私なら下手人の頭を金槌で吹き飛ばすぐらいは絶対する。

 

 ……余談だが、騎操鍛冶師は決して無力な技術者ではない。特にドワーフの鍛冶師は下手な騎士よりもよっぽど腕力に優れているし、幻晶騎士の野外整備のために対魔獣を想定して戦闘訓練も積んでいる。ましてや工房長ともなれば、打撃武器が通じる魔獣相手なら一撃で仕留められる大型の鈍器と、それらを十全に扱える膂力とを併せ持っているものだ。

 

 

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 

 

 恐らく《テレスターレ》を盗まれたエルネスティも同様の感想を抱いたのは想像に難くなく、その結果生まれたのが紋章式認証機構なのだろう。

 

 紋章式認証機構は、鍵と鍵穴の二つからなる、幻晶騎士の操縦席の部品だ。

 

 まず、鍵の部分。こちらは装飾の多い刀身を持つ、銀製の儀礼用短剣の見た目をしている。実際剣としても一応使えるようだが、その本質は見た目ではなく、刀身内部にある。

 

 この短剣、内部に紋章術式を鋳込んであるのだ。

 

 とは言え、この短剣に魔力を流しても何も起きない。そもそも触媒結晶が取り付けられていないのだ。

 

 このままだと武器としてはもちろん、杖としてすら使えない、文字通りのお飾りにしかならないこの短剣内部の術式が本領を発揮するのは、対となる鍵穴部分に差し込んだときだ。

 

 鍵穴部分の構造はもう少し複雑だ。

 

 既存の幻晶騎士の場合、始動機……魔力転換炉(エーテルリアクタ)の起動を担う部品……に魔力を通すことで魔力転換炉が動作を開始し、連動して魔導演算機が操縦席からの操作を受け付けるようになる。

 

 正確には、魔導演算機は魔力転換炉から供給される魔力()()で動作しているため、魔力転換炉が起動しないと動作しないのだ。なおこの仕様は、かつて整備中の幻晶騎士を誤って操作してしまい、結果大事故を起こした事件に由来する、全世界共通の仕様だったりする。

 

 そしてこの鍵穴部分の部品は、その始動機の動作を妨げるように組み込まれている。そのままだと、当然幻晶騎士は起動しない。が、実はこの鍵穴部分にも紋章術式が鋳込まれているのだ。

 

 この術式は短剣側の術式と対になっており、短剣が差し込まれることで双方の術式に魔力が通り、この段階で初めて始動機が動作、幻晶騎士の起動に成功するという仕組みだ。

 

 もちろん鍵である以上、他の術式との組み合わせでは動作しない。双方の術式はパズルのように複雑に組み合わり、一つの術式として構成されているため、ほんの一部でも異なれば魔力が始動機に正しく通らず、結果として鍵として機能するという寸法だ。

 

 ……さて、ここまで説明すれば、現在何が問題かわかるだろう。

 

 

 

 ……紋章式認証機構に使われている術式が解読できない! 

 

 国機研の構文技師達は術式をひと目見た瞬間トラウマを刺激され、即日白旗を上げた。だが、私達鍛冶師や錬金術師に、構文技師でも解読できなかった術式を解読できるわけがない。

 

 かと言って、銀凰騎士団に術式に関する全てを丸投げするなど論外だ。

 

 これはプライド云々だけの話ではない。単純にあまりにも効率が悪すぎるのだ。なにせ国機研のある城塞都市デュフォールと、銀凰騎士団が間借りしているライヒアラ学園街の間は、馬車でも片道一週間はかかる。

 

 それだけの距離を術式に関する開発の為だけに頻繁にやり取りするのはあまりにも非効率的だし、第一、我々国機研の役目は銀凰騎士団が発明した荒削りな技術を改良・洗練させること。なのに自分たちの仕事を銀凰騎士団に丸投げするのは、あまりにも無責任というものだろう。

 

 ……いや、何をすべきなのかは判ってはいるのだ。が、流石にそれは、今度こそプライド云々が邪魔をして受け入れがたいものだった。

 

 私のような比較的若い世代はともかく、他の工房長達は最後の最後まで迷っていたし、だからこそ会議は朝焼けが見えるまで長々と続いた。

 だが、誰もが他に手がないことを理解していたし、先日の御前試合や幻晶甲冑(シルエットギア)の導入で精神的なハードルが下がっていたこともあって、最終的には受け入れた。

 

 ……あとは人員を選別しつつ、向こうの許可を得るだけだ。

 

「しかし、この年になって()()とはなあ」

 

 ……これから向かうはライヒアラ騎操士学園。つまりは銀凰騎士団の本拠地。

 

 目的は、新しい術式について、銀凰騎士団団長殿に直接()()()()()()()()ことだ。

 

 ……ああ、恥ずかしい。

 




ほとんど会話がない!

なお、認証方法については、自動車のイモビライザーを参考にしています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。