幻晶騎士調整師(シルエットナイトコーディネーター)   作:ヌルポ撲滅の使徒

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タスク2:綱型結晶筋肉(解決編)

 目の前には、成人男性の腕よりも太い綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)

 

 それを端から三分の一ほどまで、丁寧に解していく。

 

 解したら、もう一度元の編み方で編み直す。編み方自体はシンプルだったが、太さが太さなので、普段、重労働に耐えるために鍛えた体でもなかなかきついものがある。

 

 編み直したら、また解して、他の試料を参考に、別の編み方で編み直す。

 

 手を動かしながら、頭の中では泡のようにアイディアが生まれては消えてゆく。

 

 明確なイメージになるものは少ない。

 

 殆どは自分でも何を考えていたのかわからないほど一瞬で消えてしまう。だが、中には明確に形となって記憶に残るものがある。

 

 それをとっかかりに、手を動かす内容を変える。

 

 そしてまたアイディアを自分の中から抽出していく。

 

 これが私の、煮詰まった頭を切り替えるときのいつもの儀式。

 

 部下たちからは、何故か「デスマモード」などと不名誉な名で呼ばれるルーティンだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 格納庫の片隅にある作業机で綱型(ストランドタイプ)を弄り回しつつ、考える。

 

 これは本当によくできている。学生が作ったものとは思えないほどの完成度だ。

 

 特に結晶筋肉(クリスタルティシュー)の編み方。騎操鍛冶師(ナイトスミス)の授業にロープや糸の編み方はなかったはずなので、恐らく学園に併設されている服飾科の指導によるものだろう。結晶筋肉の伸縮能力を阻害せずに編み込むほぼ最適なパターンで編まれている。

 

 しかも使用する部位ごとに複数の編み方を使い分けている。足回りを中心に、負荷がかかりやすい部位は強度と出力を優先した編み方、逆に腕などの細かく柔軟に動かす部位は伸縮のスムーズさを優先した編み方を使うなど、だ。

 

 結晶筋肉はその用途上、ある程度の柔軟性と、金属内格(インナースケルトン)程ではないが幻晶騎士(シルエットナイト)の動作を支えるための強度を併せ持っている。だからこそ、「撚り合わせる」という前代未聞の使用法にそのまま流用することができるわけだが……。

 

「惜しむらくは、肝心の結晶筋肉が元々それなりに太いせいで、編み方に制限があること、か」

 

 なにせ人体の筋肉、その拡大版だ。使用する部位に応じてその太さ、長さはまちまちだが、どんなに細いものでも一般的なロープよりは太い。結果として部位によっては一応編んだと言えなくもない編み方の綱型しか使えない。恐らく先に上げた部位ごとの編み方の使い分けが生まれたのはこれが原点のはず……。

 

 ……。

 

「……これだ」

 

 立ち上がって全速力で駆け出す。

 

「あ、工房長(あねさん)。おはようござっ!?」

 

 途中、いいタイミングで出くわした、(恐らく仮眠明けの)部下たちの首根っこを掴んで引きずっていく。人手が必要だ。

 

 目的地は、試料保管庫と資料室だ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「問題は素材となる結晶筋肉の太さだ」

「太さ、ですか?」

 

 試料保管庫から目的のものが届くのを待つ間、過去テストした結果を残した資料のうち、目的に関連しそうなものを片っ端から部下たちに運び出させる。同時並行して、目録片手にリストを作成しているミラディ……第二工房所属錬金術師の筆頭に解説していく。

 

「順を追って話そうか。まず我々は……恐らくは学生たちも、単純に元の結晶筋肉を、同じ体積……つまり同じ太さの綱型と入れ替えた」

 

 なにせ目的は出力と強度の強化なのだから、増やすことはあっても減らすことはしない。最初の比較実験としての意味合いでも、まずは他の条件を同一にするのは理にかなっている。

 

 が、それはあくまで最初の理由で、恐らく最終的かつ最大の理由はもう一つの方だろう。

 

魔力蓄積量(マナプール)を削るわけにはいかないからな」

「ああ……」

 

 魔力蓄積量は幻晶騎士の最大蓄積魔力量、つまりは連続戦闘可能時間の延長に直結する二大要素の片輪だ。ただでさえ燃費が悪化しているのに魔力蓄積量まで削るわけには行かない。

 

 だが、だからこそ、ここに突破口があるはずだ。

 

「ライヒアラ騎操士学園も含め、国内で生産・流通している結晶筋肉は、品質の高低はあれど、基本的には同一のレシピで作られた同一品だ」

 

「ええ、レシピを統一することで国内のどこの錬金工房でも同一の結晶筋肉を調達できるように、意図的にそうしています。常識ですね」

 

()()。この半月で何度も破壊された概念だ。だが、いかに狂人とはいえ、《テレスターレ》の製作者も、この世の全ての常識から解き放たれているわけではない。

 

「そう、だからこそ、ライヒアラの学生達もそれを前提にして綱型を開発した。結晶筋肉は、これ以上()()()()()()、だから綱型も一定以下の太さにできない、とね。なにせ構成する最小単位の結晶筋肉の細さに限界があるんだから。元々単一で一つの筋肉として成り立つよう、1000年以上かけて最適化されているからね。一定以下の太さで強度や伸縮能力を保てるようには、最初からできていないんだ」

 

 無論、幻晶騎士のサイズと重量を支える事を前提にしての話だ。強度と出力が一気に低下することに目を瞑れば、量産品でもワイヤーサイズくらいには細くできる。意味のない仮定だが。

 

 だが幸運なことに、我々第二工房にとって、今回の常識は無いも同然だ。

 

「ここ第二工房には、建国以来の錬金術師達の試行錯誤の成果が全て眠っている。成功、失敗問わずで。そう、例えば、なんらかの性能が落ちる代わりに、()()()()()()()、細くしても性能が劣化しにくい結晶筋肉、とか」

「それは……確かに」

 

 幻晶騎士の開発の歴史は、同時に、その生産性・整備性を上げるための試行錯誤の歴史でもある。

 

 なにせ幻晶騎士は強化魔法で強化されているとはいえ、人の体重の200倍でもまるで足りない重量を支え、動かしている。

 

 金属内格、結晶筋肉を筆頭とする消耗品がおそしい速度で摩耗する以上、その生産効率の向上と、整備の簡易化は必須だ。

 

 そのため、世界各国の錬金術師達は、多少の性能を犠牲にしてでも、より単純な方法、より簡易な設備、より安価な素材で結晶筋肉を製造する方法の構築に心血を注いできた。その中には当然、より小さい結晶筋肉で性能を担保する、という着眼点での研究も含まれていた……はずだ。

 

 無論、その多少が多少ですまない場合もあるから、私達の仕事がなくならないわけで。さらに言えば建国以前のものも含めて、あまりに膨大な資料の中からピンポイントに欲しい資料を見つけられるのか、という別の懸念があるわけだが。

 

 ……それはさておき。

 

「結局の所、最大出力についてはどうしたってある程度落とす必要……というより、()()()()()()()()()必要がある。部位によって最適な出力が異なるのだから。今後金属内格や操作術式を改善することで、少しずつ許容可能な出力は伸びるだろうが、あくまでそれは先の話だ」

 

 既存の機体でも、部位に合わせて結晶筋肉のサイズ……太さを変えることで適切な出力になるよう調整していた。これに関しては綱型にも同じことが言える。

 

「探すのは、先程も言ったとおり、より細く、ないし小さく結晶筋肉を精製するレシピに関する資料、ないし現物の試料だ」

 

 無論、ただ細くなればよいわけではない。

 

 先にも上げた生産性の低下は最小限にしたいし、また、妥協できる性能にも限りがある。

 

「できれば、魔力蓄積量は据え置き。出力微減、耐久性は半減未満あたりに収めたいところだ」

 

 燃費の悪化を改善するための方策で逆に燃費を悪くするなど言語道断だ。

 

 逆に、綱型で大幅に上昇する出力、耐久力については妥協できる。むしろ出力については下がってくれたほうがありがたいくらいだ。

 

「承知しました。耐久試験を行っている二番機の人員以外は全てこちらに回します」

「ああ、他の工房にも心当たりないか連絡回しといて。あと……」

「?」

 

 試験明けで試験騎操士(アン)には無理をさせるけど。

 

「王都のいつもの幻晶騎士用マントの発注先に、各種ロープの編み方の専門家を紹介してもらえるように依頼しよう」

 

 うちの工房には高性能機開発の本場である第一工房に並ぶ専用機、特化型の開発経験がある。それは同時に、その乗り手である高い身分の騎操士……つまりは貴族や王族、騎士団長などにふさわしい装飾品を製造する各種専門家へのコネがあるということ。特にマント、外套といったものは幻晶騎士の簡易防具や防雨カバー、非常時のテント代わりとしての役割を兼ねていることもあり、腕利きとのコネは非常に重要だ。

 

「これから依頼書書くから、今のうちに一番機準備させてて。早馬よりは若干だけど速いし、定期便を待つ時間も惜しい」

「え、あの、一番機は先程ようやく両肩の修理が終わったばかりで……」

「足回りはいじってないから無事だし、既存の腕なら予備あるよね? 最悪腕は飾りでいいし、魔獣対策に他の工房に幻晶騎士の出撃を要請してもいい」

「しょ、承知しました!」

「アンには今の内に仮眠取らせておいて。ついでに、他に根回ししておきたい分の依頼書……特に錬金研究工房については間違いなく馬車馬の如く働いてもらうことになるだろうし、そっちにも届けてもらうから」

 

 さあ、楽しくなってきたぞ! 

 

 

 

 ***

 

 

 

「できましたぁ!!」

 

 あれから更に一週間以上が過ぎ、そろそろガイスカ第一工房長(せんせい)からの催促が怖くなってきた朝のこと。

 

 一通りのレシピを探し終え、仮眠室に戻るという発想すらなく、資料室で倒れるように寝ていた我々資料解読班は、ミラディの大音声で叩き起こされた。

 

「おぇ?」

「……できたって?」

 

 覚醒しきらない頭で返事を返す。……あれ、上着どこやった? 

 

「ですから、結晶筋肉を縮小精製するレシピの構築ですよ! 58番試料の再現レシピで成功しました!」

 

 なにぃ!? 

 

「よっしゃあ!」

「58かよ! 俺絶対57番のレシピだと思ってたのに」

「57は機材が複雑すぎるから成功しても量産は無理だろ……」

 

「はい、静かに!」

「「「! ……」」」

 

 一喝して黙らせる。

 

 58番……確か50年くらい前にアンブロシウス陛下が作らせていた、指の動作用の試作品のレシピだったっけ? ……結局疲労耐久性に難有りとの理由でお蔵入りになっていたはず。

 

「現物は?」

「テストロットは一旦三番機から外してます」

「レシピと必要機材、材料の目録は?」

「当時の資料とは別に、現在の書式で既にまとめてあります。他の工房の錬金工房に渡す分の写しもあります」

「追加精製は?」

「とりあえずうちの幻晶騎士3機分を今急ピッチで精製中です」

 

 ふむ、とりあえず58番で既存との比較試験を行うか。他のレシピの再現精製とテストが終わっていない以上、他の工房への生産依頼はまだ早い……いや、一応他の候補のレシピと一緒に第一に渡して向こうに選んでもうか。その上であっちから生産依頼してもらったほうがスムーズに事が進む。

 

「一番機のチームに連絡。既存品との比較試験を始めさせて。錬金工房と二番機、三番機のチームは引き続き残りのレシピの再現と簡易試験を続行。できれば3つ、最低でも2つは候補が欲しい」

「承知しました」

 

 いうが早いかというタイミングで、ミラディが駆けてゆく。あの子も徹夜続きのせいか、どうもテンションがおかしいようだ。

 

「はい、と言う訳で、君たちも休憩は終わり。一番機と錬金工房に合流して試験項目の記録手伝うよ」

「姐さんは?」

「私は第一工房でガイスカ工房長(せんせい)に報告してくる。そろそろ怒鳴り込んできかねないから」

 

 そして向かうのは第一工房……の前に、自身の第二工房長室。

 

 ……いくら幻晶騎士に人生を捧げた私でも、流石に寝起きのまま、化粧も直さずに恩師に会うほど女は捨てていないのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ほう、ほうほう……」

 

 一番機が出力試験用の重しを持ち上げる。以前は固定を強化してなお響いていた異音が聞こえず、動作にもぎこちない部分はない。

 

「なんと!」

 

 二番機がひたすら腕を曲げ伸ばししている。腕一本だけとはいえ、戦闘機動に匹敵する負荷を丸一日かけ続けているが、魔力転換炉(エーテルリアクタ)1基でも魔力蓄積量に問題はない。

 

「おおおお!」

 

 三番機がテスト用の広場をひたすら走っている。そのスムーズな動作に、転んでは起きるを繰り返していた面影はない。

 

「流石は調整にかけては右に並ぶもののいない第二工房! ここまで改善されるとは」

 

 で、それらに対していちいち感嘆符を叫んで目をギラつかせている、小柄なドワーフの御老体が、我が恩師、ガイスカ工房長だ。

 

「先生、あまりはしゃぐとまた腰を痛めますよ?」

「なにを言うか! あの所長(わかぞう)めに目に物見せるまでワシは生涯現役だわい!」

「ええ、私もそう思います」

 

 実際この人が言うと洒落になっていない。

 

 物心ついた頃から有言実行。第一工房工房長にまで上り詰めたその実力と行動力、そして偏屈さは誰もが認めるところだ。

 

 ……ここ数年は、それらが裏目に出てしまっているようでもあるが。

 

「で、話を戻しますが」

「うむ」

 

 眼下に各テスト機の試験光景を見下ろす応接室にて、手元の資料をもとに改良型綱型結晶筋肉(ストランド・クリスタルティシュー)の説明を続ける。

 

「あくまで途中経過ですが、改良型にはA、B、Cの3パターンのレシピで精製した結晶筋肉を使用しています」

 

 まずAタイプ。これは200年ほど前、魔獣が大繁殖した影響で一時的に結晶筋肉の供給が追いつかなかった頃に、苦し紛れで作られたレシピだ。

 

 単純な性能はひどいの一言だが、とにかく精製方法が単純かつ簡単で、少ない筋肉量でも一応動作するという利点があった。B、Cタイプと比較して性能、特に魔力蓄積量で劣るが、生産性、特に辺境や最前線での補給が楽である点を鑑みて候補に残った。

 

「個人的にこれはあまりおすすめできません。どのレシピも、綱型にする際に出力1.3倍になるよう編んでいますが、Aだけ断面積……太さが非綱型の結晶筋肉とほぼ変化していません。耐久性の向上も良くて3倍にぎりぎり届いていない上に、魔力蓄積量はむしろ減っています」

 

 次にBタイプ。例のアンブロシウス陛下が開発を指揮した結晶筋肉だ。

 

 特筆すべきはその柔軟性。よほど無茶な編み方をしない限りきちんと収縮してくれるため、どの部位にも幅広く使うことができる。

 

「断面積は非綱型の結晶筋肉に対して約8割……出力や魔力蓄積量については現行の結晶筋肉とほぼ同等か、わずかに劣る程度です。唯一疲労耐久性に難がありましたが、綱型にした場合、編み方にもよりますが、非綱型の現行結晶筋肉のおよそ5~7倍に収まりました」

 

 そして最後。Cタイプ。

 

「これについては試料をご覧になったほうが早いでしょう」

「なんと! これは……」

 

 先生の前にCタイプの試料を置く。

 

「完全に()ではないか!」

 

 そう、Cタイプの長所はとにかくこの一点につきる。綱型として使用するのに、これほどうってつけのレシピはないだろう。

 

 これのレシピが最初に記されたのは、なんと驚くことにおよそ1000年以上前。幻晶騎士開発の最初期だ。おそらく、結晶筋肉の基本仕様が定まるまでの試行錯誤の中で生まれた失敗作の一つだろう。

 

「正直、レシピが見つかったのが奇跡でした」

 

 無論、当時の資料がそのまま残っていたわけではない。連絡をとった王都の錬金工房から、なにかの役に立つのではないかと送られてきたレシピやメモの山に、過去の錬金術師の手記、その写しが含まれていて、その中に大昔のレシピとしてあったものだ。

 

「とはいえ、時代が時代なので、単体での性能はお世辞にもよくありませんでした。ですので、多少の改善は加えました」

 

 特に魔力蓄積量に関してはAタイプすら下回るほどだったが、ミラディを筆頭に一部のロマン派が丸一日かけてレシピを再現・改善した結果、最終候補に残るほどの性能になった。

 

「現時点での、数値上での性能は、正直全てBタイプの下位互換です。ですが、わずか一日でここまで改善されたレシピです。()()()不採用になっても、今後研究する価値は十分すぎるほどかと」

「良かろう。ワシの方でも第一と懇意にしている錬金工房や知り合いの錬金術師達に声をかけておく。最終的には専門の第三工房(脳筋)連中の担当になるだろうが」

「そこは最初からわきまえていますよ」

「……まあ、お主ならそう言うだろうがな」

 

 あくまで私達は調整屋だ。

 

 調教の終わった馬は、ふさわしいものの手に渡るべきで、そこで誇りを持つのではなく独占欲を出すような軟弱者はうちの工房にはいないのだ。

 

「さて、ならば今の内に次のじゃじゃ馬について詰めておくか」

 

 ……そう言えば、あまりの達成感にもう終わった気になっていたけど。

 

「次は板状結晶筋肉(クリスタルプレート)、そして蓄魔力式装甲(キャパシティフレーム)を頼む」

 

 まだ、全体の半分も終わっていないんだった。

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