幻晶騎士調整師(シルエットナイトコーディネーター) 作:ヌルポ撲滅の使徒
触媒結晶と呼ばれる物質がある。
この世の全ての生物が魔法を使う為の媒体として必須となる物質であり、魔獣が生まれながらにして魔法が使え、人間が使えない最大の理由でもある。
強力な魔獣ほど、大きな触媒結晶を体内に宿している傾向にある。同時に巨大な触媒結晶は強力な強化魔法の常時発動を可能にする。
魔獣の強大さと巨大さがほぼ比例する理由がここにある。巨大な肉体はより大きな触媒結晶を体内に持つことを可能にし、触媒結晶が大きくなることで、より巨大な肉体を維持することが可能になる。
そして、この触媒結晶、人類社会においても非常に重要な資源として扱われる。
主な使い道は2つ。
一つは、人間が後天的に魔法を使うため、媒体として杖などの道具や
そしてもう一つ。
倒した魔獣から剥ぎ取ったり、触媒結晶鉱山から採掘したりする触媒結晶を、錬金術により加工、精製することで、結晶筋肉は作られる。
つまり、幻晶騎士を製造するための最重要資源なのである。
***
第二工房の格納庫の隣、北側にある専用錬金工房に足を運ぶと、十数人の錬金術師達が次々と結晶筋肉を精製している。
「ミラディー、そっちはどんな塩梅?」
忙しなく動く彼らの邪魔にならないよう、壁際に沿って移動しながら、ここの主であるミラディ・カイヴァント研究工房長に声をかける。
「あ、ヨハンナさん。そちらは……駄目だったようですね」
手に試作品だろう結晶筋肉の欠片を持ち、単眼鏡で検分していたミラディが作業を中断して振り返る。疲れがこちらの顔に出ていたためか、声をかけながらも立ち上がってお茶を入れ出した。
錬金工房備え付けの簡易キッチンでお茶を入れる姿を、机に付きながら眺める。
相変わらず、全体的に色素の薄い、というより白い髪と肌だ。生まれつきの色素の薄さに加えて、本人が非常に出不精の研究馬鹿なのも色白さに拍車をかけている。更に基本白衣を着ているせいで、全身真っ白だ。
「はい、砂糖たっぷりですよ」
「ありがとう……」
長い付き合いなだけあってお互いの好みは把握済みだ。特に疑うこともなく一口飲んで、ほっと一息入れる。
「……で、どんな感じ?」
ちらりと机の上に乗っている複数の結晶筋肉の欠片を視線で示しながら進捗を問う。
「ひとまず、根本的な原因と、解消方法の目星は付けました」
「え、ほんとに?」
思わず聞き返してしまった。
原因の特定までは進んでいると踏んでいたが、まさか解消方法の特定……の直前まで行っていたとは。
「まず原因ですけど、言ってしまえば、結晶筋肉が繊維質に近い構造であることを考慮せずに穴を開けたからですね」
結晶筋肉はその名の通り結晶構造なのだが、その構造は細長い柱状の結晶体が束ねられたように見える構造になっている。そして、一定以上の魔力とともに特定の
質の良い結晶筋肉は、結晶柱の方向と密度がきれいに揃っていて、消費した魔力を効率よく伸縮力に変換してくれる。逆に質が悪いと、伸縮時の魔力効率が悪いだけでなく、無駄に膨張して干渉よけの空間を圧迫したりするので、腕の良い錬金術師はどこでも重宝される。
「ふむ。具体的には?」
「そうですね、まず、ここに木材があります」
そう言って取り出したのは、主に魔法を使うための杖や魔導兵装などに使う《ホワイトミストー》という種類の木の材木だ。廃材の一部を持ってきたらしい。
「よく、木材に釘を打つときなどに、無茶な打ち方をしたり、あまりにも端の部分に打ったりすると、木材が割れてしまうことがありますよね?」
言いつつ、廃材の適当な部分に釘を打つと、そこを中心に罅が入り、更に無理やり打ち付けるのを続ける度に罅が広がってゆく。
「あー、子供の頃によくやったなあ」
幻晶騎士の部材には、あまり強度が必要ない部分が中心だが、軽量化のために一部木材を使用することがある。重量がなく火も扱わない木材は怪我の危険が比較的少なく、溶鉱炉のような大きく場所を取る固定の設備も専有しないため、よく見習いが任せられる部分だ。無論、難易度が金属製の部材よりも低いわけではないので、なめてかかった見習いが泣きを見るまでがワンセットだ。
因みに、私はガイスカ先生の元で師事していた頃、木材のみでカルダトアの完全再現ミニチュアを作らされたことがある。幻晶騎士の構造を理解するための課題だったのだが、先生の想定を遥かに上回る精密さで再現して度肝を抜いたのは後にも先にも私だけだろう。
それはさておき。
「つまり、固定用に穴を開けた部分から結晶構造に沿って割れてしまうこと自体は防ぎようがない? 木材って単に穴をあけるだけなら意外と割れないもんだけど、結晶筋肉はなんだかんだで結晶だし」
「傾向的に、端の部分に穴を開けた
「じゃあ、対策は別方向?」
「はい、こちらです」
そう言って奥の方で作業している錬金術師達の一団の所に歩いてゆくので、カップを机に置いて素直について行く。
「結晶筋肉の精製工程はご存知ですよね?」
「まあ、大雑把な概要だけなら」
歩きながら前提知識の確認をしてくるので簡潔に答える。一般的な騎操鍛冶師には不要な知識だが、第二工房の特性上、この手の知識は嫌でも身につく。
大まかな工程は以下の通りになる。
「まずは原料となる触媒結晶を『溶かす』」
細かく砕いた触媒結晶を専用の溶剤につけてドロドロに溶かす。この段階で不純物を除くため、事前によく洗浄したり、複数の段階に分けたりと工夫するらしい。
「で、次は複数の薬品と混ぜる」
前の段階で溶かした触媒結晶は、そのまま固めても元の性質すら失ったただの石塊になるだけなので、魔力を蓄積する性質の保持と伸縮能力の追加のために様々な薬品と混ぜたり、反応させたりする。ここの工程が最も複雑で、専門外の人間からは正直なんか色々混ぜてるなあ、としか見えない。錬金術師に言ったら激怒されて早口で捲し立てられるので口には出さないが。以前ミラディの前でうっかり口にしたら、豪雨のごとく専門用語での説明を受け、そのまま凄惨なキャットファイトに移行したので二度と口にしないと誓っている。
「最後は型に流し入れて整形だったよね?」
「ええ、概ねその認識であっています」
もちろん、細かい手順を含めればこの倍はあるらしいが。
そして作業現場に到着。
何をしているかと見てみると、作業担当らしき錬金術師がなにやら器具をぐるぐる回している。こう、動物の丸焼きを作るときみたいに、ゆっくりかつ等速でぐーるぐーると。
「……なにこれ」
「さっき言っていた最終工程、結晶筋肉の凝固結晶化作業の改良版……を行うための器具の実地試験です。ちなみにこれが第3バージョンですね」
言われて部屋の片隅を見ると、失敗作らしき似たような器具が積まれている。妙に部品が少ないのは今試験している器具に流用しているからか。
「結晶筋肉が凝固する際に、結晶化する方向を決定する要素はわかりますか?」
「地面に対して垂直方向が収縮方向……つまり結晶化方向だったはず。あとは結晶化の形を誘導するために凝固済みの結晶筋肉を
「他にも色々ありますが、一般的にはその二つですね」
結晶筋肉の凝固作業は、触媒結晶に色々混ぜた液体を型に流し込み、地面に対して伸縮方向が垂直になるように型を固定して、加圧しながら凝固するまで放置するのが最も一般的だ。この作業の際に余計な空気が入ってしまったりすると質が悪くなる。
また、より品質の高い結晶筋肉を精製する手法として、先の方法に加えて、とても小さな結晶筋肉を等間隔で埋め込む方法もある。ただこちらの手法は『等間隔』に『同じ方向を向けて』埋め込まないと逆効果になるので、腕の良い錬金術師と少し高価な器具が必要になるので少しコストが高くなる。
「となると、今やっている作業は……」
「ええ、結晶化の方向をバラバラにして、なおかつ強度や
なるほど、繊維状かつ一定方向であるために割れやすいのだから、その状態を解消することで割れにくくする、と。元々の用途である人工筋肉としては問題外の解決方向だが、そもそも板状結晶筋肉は筋肉としての性能は要求されないのだから理にかなっている。
それを理解した上で、改めて今実験中の器具を見る。
外見はやはり丸焼き用のぐるぐる回すあれだ。そして実際に回される部分には板状になった結晶筋肉用の型。凝固時に上澄みとして残る廃液を排出するためだろう、四隅が型枠ではなく布になっている。
と、ちょうど精製が終了したのか、回転を止めて型からの取り出しを始めている。
「どんな塩梅?」
「あ、
そう言って、備え付けの
恐らくわざと小さく作っているのだろう。どうやらすぐに魔力蓄積量は最大になったようだ。
「魔力蓄積量は……微増?」
「いや、これくらいなら誤差の範囲だろ」
「だな、じゃあ耐久試験行くぞー」
流石に3回目ともなれば手慣れてくるのか、流れ作業のように試験が進んでゆく。私達は完全に見ているだけだ。
「じゃあ穴開けまーす」
そう言って取り出すのは魔法との併用で金属や木材、結晶筋肉を切断したり、穴を開けたりする器具だ。
一つ、二つ、三つと四隅を始めとした、固定によく使われる位置にガンガン穴を開けてゆく。さらにその穴に金属の棒を差し込んで金属板に固定、簡易試験用に腕だけ用意された幻晶騎士の腕に取り付けて、ひたすら振り回す。
「……おお、一部罅入ってますけど、改良前に比べると格段に少ないですよ!」
「じゃあ、やっぱり方向性はこれで良いみたいですね。ヨハ、……工房長」
ミラディが一瞬「ヨハンナさん」と言いかけたが、部下の前なので言い直している。相変わらずお硬いなあ。
「うん、じゃあこのまま進めちゃって。こっちは完成品の試験の準備をしておくから」
とは言え、それなりに日数がかかりそうだから、鍛冶師達には順番に休暇と買い出し行かせるか。
***
「……で、これが最終試験品?」
「はい」
あれから更に一週間たった現在、格納庫に積まれているのは改良型の板状結晶筋肉の山だ。
ぱっと見以前との違いがないように見えるが、断面や形状をよく見ると、以前にはあった結晶構造特有の六角形状の模様や凹凸がない。完全に板状だ。
「製造法についてですが、前回お見せした回転式だと全体にムラができてしまい、また回転させるために結構な重労働になったので改善しました」
具体的には以下のようにしたらしい。
まず、凝固前の結晶筋肉に、完成品の結晶筋肉を可能な限り細かく砕いたものを均一に混ぜ合わせる。これにより、従来の結晶化方向の誘導の真逆を引き起こす。
さらに、回転式では一編に凝固結晶化させていたのを、板状の型の中に少しずつ薄皮を重ねるように時間差で重ねることで結晶化する方向が連続することを防ぐ。
他にも色々工夫したそうだが、門外漢の私に理解できたのはここまでだった。
「まだまだ改良の余地はありますが、これ以上は月単位年単位での改良が必要ですからね。最低限の問題点は解決したと判断したので、これで最終試験品としました」
うん、最終的な試験はこれからだが、これならなんとかなりそうだ。
「お疲れ様! これでなんとかなりそうだよ。あとは
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
そして念入りにテストした一ヶ月後、私達は無事改良した板状結晶筋肉と
……次に待ち受けるじゃじゃ馬、